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第79話「青天の霹靂」

それは唐突に起こった。



南の迷宮を守る衛兵は、迷宮から地響きを聞く。衛兵達は急ぎ狼煙を上げた。準備されていた薪や馬糞は勢いよく煙を出していく。迷宮を取り囲むよう設置された壁の上部へ衛兵が走る。複数の弩を準備すると迷宮入り口を照準を合わせた。


今日も何事もなく1日が終わるはずだった。迷宮衛兵のミゲルは今週で領都に帰還予定だったため、今日は荷物をまとめ始めようかと思っていた矢先の緊急事態となる。


「くそっ!なんでこんな時に………あと2日なのに……くそっ!」



文句を言いながらも何度も訓練してきた通りに配置へ着く。地響きが徐々に大きくなってきた。異様な空気が漂い始める。ミゲルが回りを見ると、皆緊張した面持ちで迷宮の入り口付近を見つめていた。


今日探索に入った冒険者数名は既に無事ではないだろう。念のためリストをバックに入れてきた。この通知を出すということはそういう事なのだ。残された家族に通知が届くことを想像すると心苦しい。



「来るぞ!!!攻撃準備!!!」

兵長の声もひどく緊張したものだった。


ゴゴゴゴゴゴ……ドパァ!!!!


迷宮の亀裂から黒い水が噴き出てきた。(え?水?なんで?)と思う間もなく壁の内側にどんどん溜まっていく。元々大きかった亀裂は更に大きくなり、水量も増えた。


「兵長!兵長!!なんですかこれ!!!」

周りの兵士が兵長へ疑問をぶつけるが、こんなの兵長だって分かりっこない。何か?ではなく、どうするか?を尋ねたかった。



「これは……どうにもならん……退避だ!一旦退避!!壁から溢れ出すぞ!急げ!!!」


ミゲルは横目に水を見ながら急いで走った。もう間もなく壁の上から溢れそうなくらい黒い水が溜まっている。黒い水は意志を持ったかのように動き始めた。1人走るスピードが落ち、後ろの兵から「何やってる!急げ!!」と言われても、この水のことが気になって仕方なかった。避難しつつ確認していると、黒い水が徐々に集まり始め、何かの形を成そうとしている。



(な、なんだこれは?)


形が徐々にでき始めていく。


(あれはブラッドウルフ、あちらはブラッドベア?こっちはトロール?……ま、魔物が水から?そんな……水はまだどんどん出てきているぞ……これは…もう……)



「ミゲル!急げ!何してる!?これは無理だ!!訓練した通り避難所へ急げ!!」

兵長が最後に残ったミゲルを待っていた。急ぐミゲル。階段降り口を駆け抜け、砦の裏側にある避難所を目指す。既にギリギリまで閉められていた扉の隙間から入り、重い扉は閉められた。兵長は指一本あるかないかほどの隙間から砦の様子を伺っている。



「…………」


兵長が覗く隙間から一筋の光が差し込み、驚愕に声が出ない顔が見える。

「へ、兵長………どうしました?」


暗い部屋の中で、目が慣れてきたのか兵長の膝がブルブルと震えているのがかすかに見えた。

「なんだこれ………あんな大量の魔物、見たこと……」


兵長は発した言葉の途中までで頭を抱えてうずくまってしまった。ミゲルは代わりに隙間から外を確認する。

「……さっき見たのは見間違いじゃなかったのか」


隙間からは確認しようがないほど大量の魔物やが次々と現れている。もしかするとこの世の終わりかもしれない。ハロルドタウンはどうしようもないだろう。領都までかなりの距離はあるが、もしそこまで進まれると、実家が……。ミゲルはもうどうにもならないことを嘆きながらも最後の時を家族と過ごせないことを悔やんでいた。



兵士は代わる代わる外を見て絶望し「世界はどうなってしまうのだろう」と口々に肩を落としていった。










【ハロルドタウン】

ハロルドタウンの門兵は昼食を食べて交代したばかりだった。「今日も平和だ。平和が一番。腹がいっぱいってのは平和だなぁ」と言いつつ、先日来たラミアーナ姫の顔を思い出し、(あんな美人がこの世にいたんだなぁ……あんな人とどっかで出会えたらいいなぁ……)と、どうでも良いことを考えながら南の空を眺めていた。



南の迷宮付近からチラチラと細く伸びる煙がたち始めている。

「ん?………おっ、おいーー!!!おーーい!南の迷宮から緊急事態の狼煙だ!緊急事態だ!もしかしたらまた……早く鐘だ!鐘っ!鐘を鳴らせ!!!緊急事態の鐘!!!」


カンカンカンカン!カンカンカンカン!カンカンカンカン!


けたたましくならされる鐘が町全体に広がっていく。町中で歩いている人々は鐘の音が鳴り始めた途端、動きを止め、ざわめきが止み、どの方向から何度鐘が鳴らされるか顔と耳を傾けた。


カンカンカンカン!カンカンカンカン!カンカンカンカン!


短く4回鳴っている。魔物の襲来もしくは緊急事態を表すサインだった。町人は自分が何をすべきか、どう動くべきか何度かの訓練で体に染みこませていた。今、まさにそれが試されるときと認知する。




身体強化や魔法を学ぶ者たちは教師に指示され、配置に着くよう動き始めた。リリーもその一人であり(もしかしたらまた……)と考えつつ走る。


リリーの能力は別格だった。身体強化組や魔法組の誰よりも強く、努力で差を埋めようなどと考える者は1人たりともいない。あまりにも強すぎたため、学校ではむしろ教える方にまわるくらいだった。抽象的な教え方になっていたので、教えるのはとても難しいことなんだと分かった。兄が話して体験させて教えてくれたいろんなことから、自分の兄がどれだけ優秀だったかを痛感していた。


しかし今は緊急事態。リリーは遊撃を任されていた。(今は一番前に行かなきゃ!)そう思いつつ、南門へ急ぐ。



南門へ着くと、門は閉ざされていた。階段を上がり、城壁の上へ出る。かなり遠くではあるが緊急事態の狼煙が上がっていた。魔物はまだ見えない。兵士や身体強化組、魔法組が次々と集まり組織的に動き出す。


20分程たつと、城壁には隊列を組んだ人々が最後の調整をしようと、装備のチェックを始めていた。



「見えたぞ!!」


その声にリリーは顔を上げた。土煙で良く見えない。ズームアイを使用する。


「え……」


リリーは自分が見た物が間違いであってほしいと思った。以前のスタンピードはせいぜい500程度の数だった。兄から習った魔法を使えばどうにかなると思える程度だった。だが今回は違う。見渡す限り魔物がいる。数は1,000以上まだ習っていないが、それどころではない。


「お、お兄ちゃん………どうしたら良いかな……」


「お!リリー!!!ここにいたか!」

「お兄ちゃん!」


兄は既に上空から索敵を行っていたようだった。この安心感はなんだろう。やっぱり兄は最高だと感じでいた。



「こいつは相当ヤバいな。迷宮からまだ次々と魔物が出続けている。下手すると10万を超える魔物が出ているかもしれない」


「…大丈夫なの?」


「まぁ俺とリリーがいれば何とかなるさ。他の町人の実力も見てみたいところだけどな。ちょっと行って罠を仕掛けてくる。それと数減らしだ。打ち漏らしたやつを頼むぞ!リリー!」



兄は魔力を高めると、一瞬で南の迷宮目掛けて飛んで行った。


「お兄ちゃん………お願い!」









【迷宮避難所】

2時間ほど外部から魔物が生まれているであろう気味の悪い音に絶望を感じていた兵士たちだったが、外からの音が少なくなった。兵長は再び確認する。そして再び驚愕した。目の前に現れたのはとてつもない大きさの魔物の一部だった。あまりにも大きすぎて始めは何も分からなかった。全容を把握できない。何という魔物かすら分からなかった。魔物はゆっくり動き出す。


ズーン!……………ズーン!……………ズーン!……………ズーン!



地震の揺れのようにその音は少しずつ遠ざかって行った。

「神は人類を滅ぼすつもりなのか……」


ボソッと呟く兵長の声が虚しく避難所に響いた。


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