神聖ローズミール教国
ーーー少ないーーー
神樹ユグドラシルと呼ばれる巨木は、神聖ローズミール教国のある、中央大陸西南西に位置する場所にあった。数万年という悠久の時を生き続けているこの木は、この星の生き物が死ぬと、大地からその栄養を吸い取っていた。
ーーーあの時は美味しかったーーー
ーーーあの時は、そうか。実をつけてーーー
ーーーもう一度、あれをーーー
ユグドラシルの生態は謎に包まれており、誰も知らない。そもそもこの巨木に近づく者すらいないのだ。遠くから見るには認識できるが、近づけば近づくほど意識から薄れていく。まるでそうさせられているかのように……。ローズミール教の教皇であるキラーだけが近づいても認識することができた。
その日、キラーは神の声を聞いた。
「おおぉ、神よ!少ないとは……いったい何が足りないのでしょうか?」
神の声はあまりに小さく、完全に聞き取れない。
「実とは……実をつけて、とはいったい?……もう一度?御身に実をつけるということでしょうか!」
(何かが少なかった……。神樹ユグドラシルが実をつける?何かが起こる前触れか?大きな出来事と言えば、1年前に世界中で起こったスタンピードが何か関係しているのか?ええぃ、この体では神の声が極端に聞きとり辛い!早く次を考えねば……)
1年前、世界中で魔物が爆発的に出現するスタンピードが起こった。各地にある迷宮から次々と魔物が飛びだしてきたのだ。どの国も対応に必死になった。多くの犠牲を払って、何とか落ち着いたものの、また起こるのではないかと戦々恐々としている状況だった。
スタンピードが起こる10年ほど前から、徐々にその傾向が見られていたため、念のため各国は重要拠点の事前調査や討伐部隊を配置したり、部隊を編成していた。
スタンピード発生当初、中には万に達する場所も確認されたと聞く。だがどの国もある程度の被害のみで食い止めていた。だがある程度の被害と言っても小さな村や町はひとたまりもなかっただろう。
だがどうだ。神聖ローズミール教国には、スタンピードの「ス」の字すらない。他国から魔物が流れてくることはあっても、この地より魔物が大量に出てくることはなかった。迷宮がないからかもしれないが……。いや、それを含めてやはりこの国は神に守られる国であり、神より救われし土地なのだ。
この「魔物がローズミール教国からは出てこなかった」という噂を知った人々は、徐々にローズミール教の教えを信じ、移住し、信者は増えていく。
(神の声を聞き、もっと多くの人々を救わなければ)
キラーの胸と目からは、淡い紫の光が怪しく光っていた。
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約1,000年前、神聖ローズミール教国は元々ミッドガルズ王国の一部だった。中央大陸の西中から南までを領土とする広大な国だったが、ローズミール教徒の暴走により、完全に分離する。
神樹ユグドラシルのあるローズミール教の本拠地であった南側の領土を奪われる形となった。
「ミッドガルズにローズミール教徒なし」と言われるほど毛嫌いされており、法律によりローズミール教徒は国外追放すると定められているほど断絶している。
分離する前、第3・4王子がローズミール教徒となり、手を組んで国王と王太子を異教徒として殺害。クーデーターを起こしたことが原因となっていた。
第3・4王子は急に態度がおかしくなったため、操られているのではないかと城内では噂された。
クーデターが公になったため、第3・4王子は国家反逆罪として追われ南へ逃走。ミッドガルズ王国では、ローズミール教は布教禁止となった。
暗殺されそうだった第2王子は難を逃れそのまま国王となった。以後、代々引き継がれている。
この1,000年もの間、ミッドガルズ王国は領土を奪還しようと何度もローズミールに宣戦布告し戦った。しかし、この国は普通とは違っていた。神兵と名乗る部隊及び精鋭部隊は当然屈強で、これを打ち破るのは難しい。が、これは普通の国でもあることだ。
違っていたのは一般人が逃げないのだ。そもそも避難していない。むしろ向かってくる。狂気の沙汰だ。武器はそのあたりにある包丁や農具、木剣など、そのような物でゲリラ的に襲ってくる。命を顧みず、男も女も老人も、子どもまで。
兵士はこの状況に心を病むものが増えていった。また、ローズミール領土に踏み入ってしばらく進むと、兵の中で裏切者が出始める。何度攻めても同様のことが起こっていた。
5回目の領土奪還作戦を最後に、ローズミールには手を出さず当時の王の判断で、現在の境界を守れるよう留まっていた。




