表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空に描く自由の軌跡 〜翼なき魔法使いの夢〜  作者: kchan
空を夢見る少年
5/59

第5話「火と暮らしの魔法」

生まれてから4か月――首がしっかり座りかけ、おんぶで揺られながら世界を見渡せるようになった。縁側から差し込む朝の光、畳の縁に映る格子の影、遠くに広がる空。胸の奥で小さく歓声が湧く。



ある夕刻、母は台所へ向かい、薪を取りに外へ出た。束ねられた薪を手際よく割り、石造りのくどに組み上げる。薪同士が乾いた音を立て、白い粉が舞う。この音だけで、ぼくは何か新しい出来事の気配を感じ取った。



母は薪のそばに立ち、低くひと息つくと、やわらかな声で言葉を紡いだ。

言葉の意味は分からない。でも、次の瞬間、母の指先に小さな火花が灯った。

チリチリと小さな音をたて、薪の山へ踊るように飛び移る。

「ポッ……」



薪の一本がゆっくりと燃え始め、パチパチと薪同士が火をくべ合う。ほのおは勢いよくその輪を広げ、まもなく炉いっぱいに赤い熱を満たした。煙突からは穏やかな煙が上がり、部屋を暖かな木の香りで満たしていく。



ぼくは背中で大きく弾み、肺いっぱいに匂いを吸い込んだ。

――これが、魔法というものなのか。



おんぶ紐に覆われたまま、僕は間近で炎の様子を確かめたかった。だが母はすぐに動き出し、炎は視界の奥へと消えていく。僕は声にならない声をあげ、足をバタバタと振り回して必死に「あーあー!」と訴えた。

母はふと立ち止まり、振り返ってそっと笑った。

「お腹が空いたのね。もうすぐご飯よ」



その一言とともに、僕の好奇心は一度宙に浮いた。だが母の腕は優しく、細い息遣いとぬくもりが胸に伝わり、やがて僕は不思議と安心に包まれた。



母は鍋に野菜を放り込み、煮立った湯気に手をかざしながら再び語りかけた。

「火が消えちゃ困るからね。今日は少し長くかかるわよ」



鍋底で野菜が踊る音、出汁の香りが立ち上る。僕は背中で身体をよじりながら、その音と匂いを全身で覚えようとした。



やがて台所からは湯気の音だけでなく、金属のへらが鍋底をこするカタリ、カタリという音が混ざる。母は軽く調味料を舐め取り、再び鍋に加えると、まるで儀式のように静かに蓋をした。

「はい、できあがり。少しずつだけど、あなたもお味見しましょうね」



母はぼくを前に抱き寄せ、口元に小さな汁を運んだ。熱すぎない温度に、驚きながらも舌先で液体をすくう。塩のほんのりとした甘みと、野菜や肉の旨味が混ざり合い、口の中で広がる。僕の全身がふわりと温かくなる。


その瞬間、世界は味覚とぬくもりで満たされた。火をつける呪文の不可思議さではなく、目の前で料理が生まれる喜び――生活の中にある魔法の本質を、ぼくは理解した気がした。



やがて夕闇が家を包み、縁側には暖かな灯りが揺れる。僕の瞼は重くなり、またひとつ大きな発見を胸に、ゆっくりと眠りへ誘われていった。



明日の朝には、さらに新しい何かを見つけられるだろう。そう思いながら――瞼が閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ