第10話「成長と通過儀礼」
ぼくは六歳になり、毎晩寝る前に魔力を使い切ることを習慣にしていた。
夜の静寂が深まるころ、布団のうえでぼくは手から水の塊を窓から庭へ何度も打ち出す、続いて小さな火をつけては消しつけては消し、次に土で様々なものを形作り、最後に5本の指先から順に風を起こす。
指先→手のひら→背中→肘→足→首→頭、という魔力の出口の順序を意識しつつ──
水・火・土・風と、魔力消費の多い属性から段階を踏まえつつ──
魔力枯渇を感じつつ、静かに目を閉じる。気絶寸前まで魔力を引き出し切ると、すぐに深い眠りに落ちる。
目覚めれば魔力は満ち、また翌日の研究と実験に臨める。このサイクルが、ぼくにとって最も効率的な成長曲線だった。
――三歳の時、夜中の実験中に父と母に気づかれた。魔法を使った痕跡がいろんなところにあったらしい。
無詠唱で魔法を使えることに相当驚かれたが、それよりも魔力枯渇を起こさないようとても心配された。
――四歳のとき、妹が生まれた。
名前はリリー。今は二歳になり、好奇心と元気だけはぼく以上だ。
父の畑仕事にくっついて蛙に似た小さな生き物を捕まえ、母に見せびらかす。
その姿が楽しそうで、母は「また泥だらけじゃない!」と困りつつも、ヌメッとした生き物を近づけられ「キャー」っと叫び逃げている。
リリーは逃げる母を追いかけ、きゃっきゃと嬉しそうに声を上げる。
(母さん、かわいそう)
ぼくはそんな妹を見て微笑みながら、いつか魔法を教えたいと思っていた。
――五歳の春、通過儀礼のために教会のあるミラーズタウンへ向かった。
馬車に揺られて二時間、街の教会にはミラーズタウンの子や、近隣の村から集められた子どもが約100人。
魔力制御と生活魔法の講習会が開かれ、水をちょろちょろ出したり、地面の土をやわらかくする生活魔法を教えられた。
火の扱いはないらしい。事前に母に聞いたが、小さい子に火の魔法を教えたら火事になる可能性があるからだそうだ。まぁそうだろう。通過儀礼の後、火の生活魔法については親から通常12歳を目処に教えられるらしい。
さてぼくもやらなきゃ。ぼくも幼い頃から生活魔法も実験を繰り返してきた。無詠唱で見せびらかせば面倒を引き寄せるだけだと父母に言われていたから、ぼくはあえて儀礼の場でも上手に「学んだふり」をすることにした。水の儀礼では、きちんと言葉を紡いでみせる。
「水よ 我が祈りに応え ここに顕現せよ……ウォータ」
会場に静寂が訪れた瞬間、小さな水の塊がぼくの掌に浮かんだ。見守る母の目がまっすぐこちらに注がれる。
呪文によって、自動的に魔力が魔力管を伝い、指定した出口に顕現する。呪文式の魔法は調整が効かないが、一度唱えれば誰でも似たような魔法を再現できる。
隣の子が「水を出せた」と歓声を上げる中、ぼくは静かに頷いた。
(魔力をもっと出せば大きな水塊になるけれど……目立たないように……)
ぼくは胸の奥で脈打つ魔力を感じながら、この世界に生まれ落ちた意味を少しずつ理解していた。儀礼が終わり、子どもたちは再び村へ帰っていった。
夕暮れの空は淡い茜色に染まり、教会の尖塔が長い影を落としていた。ぼくは六歳の夜も、寝る前の魔力研究に余念がない。手から水を、火を、土を、そして風を──
魔力の出口と属性の順序を意識しながら、静かに引き出す。
気絶寸前になって布団に倒れ込むと、そのまま深い眠りに引き込まれた。
目覚めればまた、新しい夜明けが待っている。
空への道はまだ遥か遠いが、ぼくのたどる軌跡は確かに空へと向かっている。