賭け
[当電車をご利用の方にお知らせです。機器の故障により前の駅へ引き返します。後ろの車両に移動をお願いします]
「前の駅へ引き返します!後ろの車両へ移動をお願いします!」
車内放送が流れると車掌と運転手、警官が乗客を誘導し始めた。
その波に乗って元々いた車両に戻る。
混み合っていてあの子の場所が見えない。
「大陽ー!いた!」
「おかえり、何があったの?」
不思議そうに見つめられる。
「後で話す、今すぐ後ろの車両に避難して。あと胡蝶返して」
「香織は?」
「私は...ちょっと賭けに出てくる」
1人にするのは心許ない。
けど、そうも言ってられないこの状況。
「いいよ、俺は1人でも大丈夫だから」
コツンと額を当てられた。
「その代わりちゃんと後で話してよね」
「ごめん。代わりにお守り持ってて」
付けていたブレスレットを渡す。
「死神出すんだ...頑張ってね」
「うん」
大陽が移動していくのを見送り人の波に逆らって先頭の運転席へ戻った。
「戻りました。運転手の名前は分かりましたか?」
「山口祐輔、28歳です」
目を閉じて胡蝶に名前を告げる。
〈胡蝶、山口祐輔28歳〉
《分かりました、探してきます》
白の世界から胡蝶の姿が消えたので目を開ける。
考えた作戦は胡蝶の力に頼るしかない。
胡蝶が運転手の意識下、白い世界に入り眠らせて車掌にブレーキをかけてもらう。
人の夢を渡り歩く胡蝶にしか出来ない技だ。
これは賭けである。
胡蝶が運転手の白い世界を探し当てるのが先か、電車が着くのが先か...
もし間に合わなかった時は、私が迫ってくる電車を切断する。
乗客を後ろの車両に行かせたのは被害を出さないため。
この電車は運転して前の駅まで逃げてもらう。
迫ってくる電車は車両を切り離して運転席のみ突っ込んでくる手筈になっている。
「後はお願いします」
窓から線路へ飛び降りると電車が動き出し加速して前の駅へ向かって行った。
「さあ、やるか」