オーガレイジ
代官屋敷の戦いは、膠着状態に陥っていた。
「はぁぁぁぁっ!」
気迫を込めて、セシリアが聖剣を振るう。横なぎの一撃が、グールの首をはねた。勇者公女は獅子奮迅の戦いぶりを見せていた。ほかの騎士達も同様だ。入り込んでくるグールを確実に退治していく。
だが、無傷とは流石にいかない。
「ぐ、うおおお!?」
グールの蹴飛ばしを、正面からまともに食らってしまった騎士が吹き飛ばされる。金属鎧を着ていなかったら、致命傷を負っていたかもしれない。それほどの怪力だった。
「ああ!?」
主力を失った兵士達が浮き足立つ。その隙を突いた、というわけではない。単純に躊躇いというものが無いだけ。なので間を読まず、グールは近場の兵士に掴みかかった。万力のような両手の握力。兵士の着ていたブレストプレートが軋む。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
「くそ、離せ怪物がッ!」
仲間の危機に、周囲の兵士が団結する。両腕めがけ、己の武器を振り下ろす。一発では足りなかったが代わる代わる切りつけ、あるいは殴りつける。痛みではなく、損傷によって拘束は解かれた。
「おい、しっかりしろ!」
倒れた兵士を、仲間が脚を引っ張り戦場から離す。しかし、当人は細かく震えて動かない。口から泡を吹いているのを確認し、兵士が叫んだ。
「麻痺毒だ! こいつを後ろへ!」
少しずつ、戦力が削られていく。癒やし手はいる。なので致命傷ではない。しかし多くもない。そもそも、セシリアたちは数が多くない。衛兵隊の合流が無ければ、もっと危なかった。
敵は動く死体どもだけと、気付かぬうちに侮っていた。
(後悔はあと! 数は減っている!)
セシリアは必死になって剣を振るう。彼女の認識通り、グールも死体どももまばらになってきた。
「あと一息だ! 力を振り絞れ!」
「「「剣にかけて!」」」
兵士達が声を上げる。まだ折れていない。負けていない。勝てる。己を奮い立たせたセシリアの耳に、すさまじい咆吼が届いた。同時に、感じたことのない邪悪な気配も。
それに呼応するかのように、聖剣がその輝きを強めた。
「これは……?」
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若干時間をさかのぼる。ヒデオンの巨人狩りは、難航していた。追いつき、何発か弾丸を浴びせるのだがそのたびに逃げられる。
(これ、絶対操ってる奴がいるな)
ヒデオンは魔法が分からない。呪いについてもさっぱりだ。ただ、戦いの経験は豊富にある。体自慢のでくのぼうが賢く動く時、指示するものがいる。
(となれば、これは罠だ。もどってロケラン担ぐのが正解と見た)
一発で倒せないならば、千発撃ち込むべし。あるいはより大火力をもってくる。過酷な荒野で得た知識である。なお、全くダメージが入らない場合というのもあり、その時は大抵何かしらの弱点があるのでそちらを探す。排熱口やエネルギーコアなどが該当する。
ヒデオンが踵を返そうとしたとき、彼を挟むように路地からグールが現れた。絶妙なタイミングで、片方を処理していたらもう一方は間に合わない。
「お見事っ!」
保安官がとった選択は、跳躍だった。ハイジャンプを起動し、人の身の丈よりも大きく飛び上がる。そしてそれだけではない。手甲にもまた様々な機能が搭載されている。その中の一つ、アクティブグラップを使用。
あらゆる『掴む』という行為を補助するこれにより、壁のわずかな突起にすら手をかけることができる。さながら伝説のニンジャか、怪人クモ男か。するすると垂直の壁を上っていく事で挟み撃ちを無効化した。
再び屋根の上に舞い戻ったヒデオンは、一息ついて下を向く。するとそこには、予想外の光景があった。なんとグールも壁を上ってくるではないか。しかもその方法がパワフルだ。怪力で壁に穴をあけ、それに手をかけ己を持ち上げている。
「これは予想外。こっちの怪物も侮れないな」
ヒデオンの行動は素早かった。狙いを定めて、ショットガンの引き金を引く。壁を上る最中に避けるなんてアクロバットな事をグールはできない。頭を吹き飛ばされ、二体の怪物が地面へ真っ逆さまに落ちていく。
しかし、そこで終わりではなかった、周囲の壁が騒がしい。何が上ってきているか、考えるまでもなかった。そしてヒデオンは、個人戦闘の熟練者。すぐさま行動に移った。
すなわち、別の建物に飛び移るのである。取り囲まれると分かっていて、狭い場所で戦うのは愚かな事だ。常に自分が有利な位置へ移動する。
故郷の荒野には、様々な危険地帯がある。盗賊の砦、ブラッドスキンの巣、カルトの拠点などなど。そういった場所を単身で壊滅させてきたのがヒデオンである。一対多での行動は、もはや条件反射レベルで鍛えられている。
ハイジャンプのクールダウンは終わっていた。彼を取り囲もうとしたグール達はその場に取り残され、呆然と立ち尽くす。その頭もまた、ショットガンにより吹き飛んだ。
「……常人だったら、間違いなく窮地だったな。これは急ぐべきか」
ホルダーからショットシェルをつかみ取り、クアットロードで高速装填。改めて代官屋敷へ戻ろうとした。
「うわぁぁぁぁぁ!」
しかし悲鳴が聞こえてしまっては、保安官の行動は一つだった。アサルトダッシュで飛び出し、ヒーローランディングで地面に着地。群がるグールにショットガンの弾を見舞う。
わずかでもタイミングがあれば装弾。それらの行動に淀みはない。障害などないように、保安官は現場にたどり着いた。
そこにあったのは、何の変哲もない木造の平屋だった。おそらくは、資産が裕福ではない平民の家。防備と呼べるものはなく、せいぜい扉に何かしらの障害物を置く程度。当然、ジャイアントグールを止められるわけがない。
入口どころか周囲の壁や屋根すら破砕され大穴が空いている。その中へと怪物が手を伸ばす。何をしているかは明白だった。
「住居不法侵入っ!」
狙いは、伸ばされた腕の肘だ。破壊できれば、住民を助けられるだけでなく戦闘力の低下も見込める。アクティブグラップを起動し、強引に反動を抑え込むとショットガンを連射する。
銃身に負担がかかる為、普段はやらない行為だ。しかし今は緊急時、装備の損耗よりも人命優先。次々と吐き出されるスラグ弾が、ジャイアントグールの肉と骨を砕いていく。
「グアァァァァァァッ!」
痛みを感じているわけではない。ただ己の不調は理解できるようで、使い物にならなくなった腕を引っ込める。そして大穴から、みすぼらしい姿の男が一人飛び出してきた。
「た、助けてくれぇ!」
「こっちだ、早く!」
ずた袋を加工したようなズボンとシャツ。布地を巻きつけただけの足。水浴びすらもしていないような汚れ具合。これ以上もなくわかりやすい、貧民の姿。
(……そんな貧乏人が、平屋の家を持っている?)
戦闘に集中している最中に浮かんだ疑問。それは少しばかり遅かった。みすぼらしい男が、通り過ぎるかと思いきや横から体当たりをしてきたのだ。
「う、あ!? まて、放せ!」
「掴む掴む掴む掴むうううううううう!」
男は正気ではなかった。目には暗く赤い輝き。口からは泡。骨と皮だけのような身体のくせに、恐ろしい怪力でヒデオンにしがみつく。
すぐさま、引き剥がさなければならない。手甲の力を使えば可能だ。しかしそれでは、この男に重傷を負わせる。場合によっては即死もありうる。助ける方法があるかもしれない。保安官は、市民の命を諦めてはいけない。
残念ながら、ヒデオンの躊躇いは最悪の結果を招いた。
「ゴァァァァァァッ!」
ジャイアントグールが、手近な瓦礫を投げつけてきたのだ。アンダースロー気味に放り出されたそれは、地を何度かバウンドした後にヒデオン達に直撃した。
「がぁっ!?」
衝撃で、地面に転がる。そのまま転がり勢いを消し、回転を利用して立ち上がる。己のダメージをチェックする。
怪我はなし。手甲の機能であるフォースシールドのおかげだ。ただし万能ではない。今の衝撃でダウンしてしまった。復旧には数秒かかる。
ショットガン、ロスト。シェルホルダー、ロスト。両方とも地面に転がっている。
民間人、致命傷。首の骨が折れ、肋骨が体から飛び出している。
「……やってくれたな、クソ野郎ッ!」
目の前に迫る巨人に対して、手甲の機能を使用。フォースバリケード。正面に、遮蔽物として使える光の壁を作り出す。一定ダメージで消滅するし、巨人の突進を止められるほどでもない。だが、わずかながら足止めはできる。
「グァァ!?」
アサルトダッシュ。即座の加速により、巨人の側面へ回り込む。
「スペシャルなパンチだ。味わいな!」
デストロイスマッシュ。一度使用すると、再チャージに5分かかる保安官の切り札。青く輝く拳が、ジャイアントグールの脇腹に突き刺さった。光と衝撃が浸透する。
「ゴバァッ!?」
噴水のように、血反吐を吐き出す。常人なら内臓破裂で即死だ。怪物と言えど無事では済まない。その隙を付いて、ヒデオンは地面に転がるショットガンへと飛びついた。シェルホルダーも拾い、距離を取る。
そのまま使う、などと素人のような事はしない。転がった衝撃でどうなっているか分からない。引き金を引いて暴発などしたら目も当てられない。
一度離れる必要がある。そう思い、ハイジャンプを起動しようとした刹那。グール達が彼を取り囲んだ。
「くそっ!」
背後から、ジャイアントグールが立ち上がる気配がする。挟まれた。ならば上しかない。ハイジャンプにより空に舞い上がり、エアウォークとアサルトダッシュで大きく距離を稼ぐ、つもりだった。
「ゴアァァァァッ!」
「があっ!」
再び、瓦礫が投擲された。今度はフォースシールドの守りがない。木片、釘、石材が衝撃と共に保安官の肉体を損傷させる。さらに、受け身も取れず地面に落ちた。打撲が追加される。骨折と出血。
痛みには慣れている。怪我をした経験も数え切れないほど。その経験からして、これは重傷だと感覚で理解する。
時間はない。周りは敵だらけ。味方はいない。民間人は死んだ。
つまり、手加減も不要だ。
「使ってやる。来い」
手を伸ばせば、それは当たり前のようにそこにあった。当然だ。その恐るべきものは、とっくの昔にヒデオンを主と認めているのだから。
それは奇怪な大剣だった。刀身はマグマのように赤く輝く水晶。持ち手は怪物の骨。直近にいるだけで火傷するような熱量と、魂そのものに圧をかける圧倒的な気配を放っている。
およそ人の手では作り出せぬ、おぞましき神秘の結晶。それを手にしたヒデオンの手は、血のように赤く染まっていた。
腕だけではない。全身が赤い。背の聖印が抗うように金色に輝いている。
「オ、オオオ、オオオオオオッ!」
吠える。傷口が沸騰している。呪われた力が、ヒデオンを戦わせるために再生させる。邪悪な力が、全身から迸る。
ブラッドスキン。彼の故郷に蔓延する、生物を怪物へと変える力。父親が彼に施した聖印によりほぼ完治していたそれ。しかしこのマグマの剣を含めた異形の武器をとある事件で手にしてしまってから、彼のこれは悪化していた。
場合によっては理性を失う力。使いたくはなかった切り札。しかしもはやヒデオンにためらいはない。怒りのまま、この力を叩きつけるだけである。
「オラァァァァァッ!」
飛び跳ねる。脚甲の力ではない。素の身体能力で、ジャイアントグールとの距離を大きく詰める。そして、両手で握った剣を振り回した。まだ、刃の届く距離ではない。だが、このおぞましき武器には特別な力が宿っていた。
刀身が一瞬膨らむと、砲弾のようにマグマが放たれたのだ。超高熱のそれに触れれば、火傷では済まない。本能ではない何かに突き動かされ、巨人は咄嗟に横に転がった。
他のグールは間に合わなかった。
「ギャバァァァァァ!?」
直撃を受けた者は、たちまち上半身が焼却された。骨も残らぬ熱量である。飛沫を受けた者共は、身体に大穴が空いた。被害はそれだけに止まらない。土の地面もグール同様、黒い穴がいくつも穿たれる。たった一撃だというのに、甚大な被害だった。
その最中もヒデオンは止まっていなかった。次こそは、と直情的にジャイアントグールを追う。そこに、平時の冷静さは残っていない。精神も肉体も、炎のような熱さで焙られている。
殺意と焦燥が脳を支配していた。切り刻みたい。解体したい。焼き滅ぼしたい。剣を手放したい。戦いを止めたい。元に戻りたい。
集中力など無きに等しい。事実、生き残ったグールが目の前に現れれば巨人を追うのを止めてしまう。手近な敵に刃を叩き込み、片っ端から焼却していく。圧倒的な殲滅能力。無双の力。
しかし、視野が狭ければ当然不意打ちを貰う。空気を砕きながら大質量が飛ぶ。半壊した家の瓦礫が、暴れ回るヒデオンに投げつけられた。
「ダラァァァァァッ!」
苦し紛れに、大剣を振り回す。流石の火力で家の壁やら柱やらを焼き尽くすが、すべては流石に無理だった。煉瓦が強かにヒデオンの腕を打った。その衝撃で剣が零れ落ちる。拾う暇は与えられなかった。次々に家の欠片が降り注ぐ。
投げているのは当然、ジャイアントグール。倒すべき敵を再び見定めたヒデオンは、次の武器を呼び寄せた。
彼の手に現れたのは、頑丈な鎖だった。太く、猛獣でもつなぎ止められそうなそれの先端に括り付けられたものがある。大人でも抱えるのに苦労するほどに大きい、頭骨。当然ながら人のそれではない。
鰐のように、顎が突き出ている。その牙は鋭く、鮫のように大量だ。一般的な動物でも、突然変異のものでもない。では何か。
「オオオオオオリャァァァァァァ!」
ヒデオンが鎖を振り回す。巨大な頭骨が宙を舞う。骨の隙間を風が吹き抜ける。すると、音が鳴る。聞くものの魂を恐怖させるような、おどろおどろしい低音。
変化はそれだけにとどまらなない。風が吹く。振り回すことでおきるそれよりも、はるかに大きな風が巻き起こる。
近辺にある家々の窓やドアを大きく揺らす豪風。それだけに止まらず、稲妻まで風に絡み始めた。その発生源は当然というべきか、振り回される頭骨から。
吹きすさぶ風と貫く稲妻。それを纏った頭骨が周囲のグールらに叩きつけられる。大剣は一撃必殺の威力を持っていたが、こちらも負けてはいない。直撃すれば打撃と風と雷という三属性に蹂躙される。
グールの強靭さは鍛えられた兵士を凌駕する。それがたちまちぼろ雑巾にされるのだからその威力は推して知るべし。そして直撃しなくても悲惨である。
旋風と雷電が掠めただけでも、その行動力を阻害する。攻撃も移動もままならなくなったところに、頭骨が襲来するのだ。物言わぬ死体どもであるから、この程度で済んでいる。
生物が相手であれば、阿鼻叫喚の地獄絵図であったことだろう。
「グアァァァァァッ」
事ここに至って、ジャイアントグールは抗う事を止めた。ヒデオンが、普通の生物とは違う怪物であると理解したのだ。結果、怪物は新たな行動に出た。勝てぬ相手と無理に争う必要はない。
死体食らいの巨人は、背を向けた。大きく飛び跳ねて、逃げを打ったのだ。
「逃ガスカぼけェェェェェェ!!!」
ヒデオンの怒りが、おぞましき武装と共鳴する。頭骨の顎が開いた。風と雷をつかさどる竜の躯が、その牙をジャイアントグールへ突き立てたのだ。
「ガァァァァァァァァ!!??」
旋風と稲妻が怪物の体内を駆け巡る。高圧の電気が死した細胞を焼く。真空の刃が腐った血をまき散らす。強烈な痛打が、巨人の肉体を蹂躙する。しかし、致命傷にはならなかった。
逃げる背に撃ち込んだため、その衝撃が完全に伝わらなかったのだ。むしろ、その背を押す結果となった。重傷を負いながら、ジャイアントグールは闇の中へと消えていった。
「マテエエぇぇぇぇ……がはっ」
鎖を取り落とし、血反吐を吐く。そしてその場に崩れ落ちた。武装の力で無理やり身体を癒したが、重傷だったのだ。加えて、ブラッドスキンの力まで使ってしまった。肉体も魂も、限界だった。
震える手で、腰の道具入れから治療薬入りの無針注射器を取り出す。首筋に撃ち込むと、たちまち薬剤が全身へ駆け巡っていく。これもまた、ヒデオンには理屈が分からない。しかし何度も命を救われた薬だ。疑いはしない。
保安官は周囲を見渡す。無事な敵は一体もいなかった。どいつもこいつも倒れ伏し、その身体を大きく損壊させている。呪いの力でまだ動こうとしている個体もいるが、破損が大きく立ち上がる事すらままならない。
とりあえず、命の危険は去った。ジャイアントグールも取り逃してしまったが。
「くそ、しくじった。ここで仕留めて……ん?」
背中に、普段とは違う痛みが走る。いつもであれば焼けるようなそれだが、今は突き刺さるような痛みがある。傷ではない。聖印がもたらしている。
「なんだ……? まさか」
理由のない、直感的な閃き。ヒデオンは鉛のような身体を無理やり動かし、装備(おぞましき武装はどこかへ消えた)を拾って立ち上がる。
彼の視線は、代官屋敷へと向けられていた。