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汝は何者かと惨状に問う

 勇者公女一行は、予定通り宿場町を出発した。街の出入り口は、見送りの住民たちで大混雑。早朝だというのに、皆笑顔だった。肩を並べて戦った衛兵たちなどは、最大の敬意を表した。左右一列に並び、武器を掲げる儀礼。まるで式典のようだった。


 旅路は今までと違い順調に進む。人数が少なくなったおかげで、日が落ちた後に寄ってくる死体の数も大きく減った。さらにいくつかの試みを施した結果、移動に困るほどの戦闘は起きなかった。


 一行の移動に滞りはない。セシリア達と侍女は、公爵家所有の長距離旅行用馬車に。騎士達は己の馬に。ヒデオンと兵士たちは己の足で前へ進む。整備された街道だけあって、道の悪さで移動が遅くなるという事もない。馬車や荷馬車の車輪が必要以上に傷むというトラブルもなかった。


 そんなわけで、最初の移動とは違い皆の顔に疲れは少ない。勇者公女はそれを確認し安堵する。最初の行軍での誰も彼もが下を向くようなそれは、いまだ彼女の記憶に暗い影として残っている。


「いやな気配です」


 しかし、聖女の見識は全く別のものに向けられていた。彼女が見るのは、土地の気配である。


「……何か感じるの?」

「ええ。ここは、王都や他の土地よりも呪いが濃い。死霊災厄……か、別の影響を強く受けているようです。その証拠に、まだ春だというのに草木や木々に活力を感じられません。死の呪いの影響でしょう。これでは、今年は不作になるでしょうね」


 沈痛な表情でリーフェが告げる。作物の不作は、ヒトの生死に直結する。呪詛風邪によって多くの命が奪われた。それに加えて不作が来るとなれば、王国の受ける傷はさらに深くなるだろう。立ち直るまでに、何年かかることか。


「別って?」

「それは分かりません。呪いを集めているか、あるいは発する何かとしか」

「いやな話ねえ……いやといえば不作もそう。物価も上がるでしょうし。やだやだ、不景気って最悪よ」


 同乗しているベルティナも、うんざりとそう告げる。ただ食えないだけでは済まされないと、言外で語っていた。


「全体、停止、停止ー!」


 と、そこで兵士が大声を張り上げるのが聞こえた。セシリアは、騒ぐことなく報告を待つ。兵士たちは仕事をこなしている。上が急かしてそれを乱しても、良い事は無いと学んでいた。


 ほどなく、フリッツが馬を寄せてきた。


「姫様、街道を塞ぐ馬車がありました。ただいま、撤去作業をしております」

「事故ですか? それとも……」

「死体どもの仕業です。食われた跡がありました。保安官殿が、兵と共に確認にしています。しばしお待ちを」

「私も行きましょう。弔いは我らの勤め。それに、略式であっても鎮魂の祈りを捧げれば呪いで起き上がってくることもなくなります」


 リーフェが馬車を降り、残りの者達も後に続いた。


「馬車で待っていてくださればよろしいのに」

「自分の目で状況確認しなくちゃいけないかな、と」

「馬車の中に居続けるのも疲れるしねー」


 魔導士が大きく背伸びをする。自然と大きく息を吸い込むが、漂う臭気に顔をしかめる。これが何であるかは、ここまでの旅路でいやというほど知ってしまった。


 一行の先頭まで歩みを進めると、道の先に見えるものがある。そこには横転した馬車があった。作りからして、金のある商人が乗っていたと思われるもの。そしてその周囲には、複数の死体が散乱していた。


 その場を確認していたヒデオンが、近寄ってくる娘たちに向かって腕でバツを作って見せる。


「みんな、こっちに来るな。今回のは、今までで一番最悪だ。まともな形をしていない」


 警告は聞こえたが、セシリアが歩みを止めることはなかった。敵を切れば、形が崩れるものだ。最前線で戦い続けた娘には、今更の話。葬儀などで死者と向き合う機会が多かった聖女もまた、それなりに肝が据わっている。


 学院暮らしのベルティナはあからさまに表情をゆがめた。そして主の傍に付き従う侍女は表情を動かさないものの、内心悲鳴を上げていた。それが普通である。


 乙女たちは、現場に到着した。


「……うっ」


 職務意識から同行していた侍女が、あまりの惨状に口元を押さえる。


「ベルティナ。彼女をおねがいしてもいいかしら」

「はいはい。さ、こっちいこう。キツイよね」


 悪臭を放ち、蠅がたかる場所から侍女を離す。リーフェは両手を組み合わせ、死者の魂の安らぎを祈った。そしてセシリアは、ヒデオンの隣に立つ。


「どう思われますか?」

「今までのヤツとは、一段か二段、強いやつがいるな。しかも複数」

「根拠は?」

「死んでいる連中、ほとんどが武装している。護衛だったんだろうな。これだけいて、普通のヤツにやられたりはしないだろう。ちょっと強いのがいても、囲んで倒せる。でもこの有様だから」


 ヒデオンは両手を合わせて冥福を祈ると、遺体を移動し始める。街道を塞がれては自分たちが進めない。周囲を警戒するものを残し、兵士や従者もそれを手伝う。無論、平気ではない。さりとて、惨状に恐怖し手が動かせないという者もいない。人は慣れるのだ。


 同道していた狩人に、顔見知りがいるかもたずねる。男は青い顔をしながら顔を横に振った。そもそもまともに判別できるのは半分ほどだったが。


 遺体はひとまとめにして焼かれることになった。ボナンザのおかげで燃料の心配はない。道中、可燃物を食わせては燃料ペレットを作りだめさせてある。こういう時の為でもあるし、たき火にも使える。


 火葬を済ませ、壊れた馬車を退かす。その際、馬車の中身を改めたのだが。


「きゃぁっ!」

「……おお、金銀財宝ってやつだなこれ」


 ベルティナが歓声をあげ、ヒデオンは驚く。馬車の中には金属によって補強された大きな箱があった。彼がもつ、奇妙な鍵開け道具を使って鍵を外したが蓋が開かない。それを見たフリッツが、もしやと思い魔導士を呼んでみれば案の定。魔法の鍵までかけられていた。


 そこまで厳重に封じられた箱の中身は、ヒデオンの言葉通りだった。ぎっしりと詰め込まれた革袋。中に入っていたのはそれぞれ金貨、銀貨、宝石、宝飾品。素人目でも、価値ある品々であるとはっきりわかる。


「わあ! 見てよこっちの袋! 魔導具が入ってる! この中身だけでも、ひと財産……ううん、大金持ち間違いなし!」

「おー、大当たりだ。良かったなセシリア。軍資金たんまりだ」

「え?」


 唐突に振られた話題に、勇者公女はついていけない。隣にいたフリッツが慌てて問い詰める。


「まて、保安官。貴様、これを己の懐に入れる気か!?」

「いや? チームリーダーはセシリアなんだから、そっちにだな」

「まてまてまて! 姫様に盗人の真似事をしろというのか!?」

「え。盗賊とは違うだろ。自分で襲ったわけじゃないんだから」

「それはそうだが、死者の持ち物を奪うのは不名誉だろうが! 貴様、騎士……と同じ職に就いているのだろう!」

「でも、地元じゃ合法だよ?」

「なにぃ!?」

「フリッツ、落ち着いて。騒ぎ過ぎだから」


 見かねたセシリアが騎士の肩に手をかける。そこまでされれば、ヒートアップした陪臣騎士の脳は強制的にリセットをかけられる。普段から主に無礼が無いようにと心がけているが故の条件反射だった。


「失礼しました。……しかし」

「ええ、そうね。私も驚きました。……で、ヒデオン。本当にあなたの所では合法なの?」

「姫様?」

「勘違いしないで。彼の所の法律に従おうという話ではないから」

「合法だよ。うちじゃ、街の外にある物資は拾得者が所有権をもつんだ。外のものを拾ってくるのを仕事にしている連中もいるくらいだ」


 ヒデオンの故郷もまた、過酷な環境にある。過去の遺物も誰かの遺品であろうと扱いは変わらない。使えるものは使う。そうしないと生きて行けぬ環境なのだ。


「ちなみに、こっちでは死者の遺品についてどういう扱いなんだ?」

「む。それは、だな……」


 フリッツが言葉を濁す。その手の話は争いの種だからだ。まずバルタニア王国としては基本的にこのように定めている。領地内にまつわる物事は領主の判断によって対処される、と。


 つまり領主が判断すれば黒も白になると言うことだ。死者の所有物についてどうするかは、それぞれの見解によって変わる。


 もちろん何もかもやりたい放題にできるわけもない。家臣や民の忠義心が無くなれば、貴族もただの人だ。首に縄をかけられぶら下げられるか、もっとわかりやすく刃の餌食になるか。


 ほかの権力者の目もある。あまりに良識を疑うような振る舞いをしていれば、それを口実に正当性を持って貴族などに攻撃されるだろう。その果ては、地位と財産の消失である。往々にして命もこれとセットになる。


 かといって、貴族や民の顔色をうかがっていては統治などやっていられない。だからこそ法が必要である。さて、法といえばそれを司る神がいる。


 よく誤解されるが、シュルティーサ神が法律を定めるわけではない。法は思想や能力の違う人々が、手を取り合って生活するために定めるものだ。国によって守るべきルールは変わってくる。そこに住む人々が、互いに譲歩できる点を話し合った末に法は生まれる。


 シュルティーサ神殿はそれの制作を手助けし、完成の後はそれが遵守されることを見守る場所である。なので、神殿は基本的に出しゃばらない。違反があった時だけ、それを問い正すのである。


 為政者、または権力者にとってシュルティーサ神殿の後ろ盾があるのは大きい。特に国と国、貴族と貴族の話し合いなどがあったときは重要だ。約束が不履行になったならば、神の名を堂々と掲げて不義理を正せる。第三者にわかりやすい大義名分は、トラブル回避にもなる。


 もちろんこれは、民相手にもとても有効だ。また、領主もこの法を守らねばならないわけで、横暴な振る舞いを戒められるという点で民衆にも支持される。結果的にシュルティーサへの信仰や神殿への喜捨も増える。


 以上のことから、国王も領主もシュルティーサ神殿によって認められた法の元に国や領地を管理運営している。また国家内で生活にまつわる法が大きく違うのは不便であるから、大概の領地では例外的な事例がないかぎり同じ法を守るのが普通だ。


 なので現在の状況、死者の持ち物についても一般的な対処方法がある……とならないのが人間の面倒くさいところ。これが街の中であれば話は早い。子供や家族に相続させればそれで終わる。場合によっては税をとられもするが、暴利である所は希だ。


 だが、ここは街の外。領地同士の境界線。加害者は死者。目撃者はなく生き残りもいない。この状況が判断材料を非常に増やす。


 まず、領地の境目という点がいけない。明確な線が引かれていないし、どちらの領主もそれを許さない。確実に、自分に有利な場所を境界と言い張る。なので、この時点でどちらの法を守るか不明瞭である。


 どちらも同じ法ならば気にする必要は無い、とはならない。税を納める先、殺人事件の管理者、遺体の搬送と管理など、もめようと思えばいくらでもやれるのだ。これが貧乏人であれば、雑に対処される。だが、今回は大金持ち。上に報告すれば確実に紛糾する。そして、報告者はそれに巻き込まれる。


 このようなことをつらつらと、フリッツは保安官に説明した。ヒデオンは大きく頷く。


「とてもよく分かる。あるあるすぎる。……で? この場合はどうするんだ?」

「うむ……姫様、聖女様。いかがなさいますか」


 陪臣騎士は上司に判断を投げた。致し方がないことである。確実に権力者が動く事態。彼の判断が正しくても、それを覆される可能性は多々あるのだ。


 少女達が顔を見合わせた。互いに、その表情に迷いも困惑もない。それを確認して、リーフェは友人を促した。勇者公女は頷いて、己の見解を述べる。


「家族を見つけ出し、返却します。報告はボスハールト領で行います」

「……ほかの介入があった場合はいかがいたしましょう」

「お父様に手紙を書きます。私たちの歩みを止められてはかないません」


 その言葉に、多くの者がほっと息を吐く。思わぬトラブルを抱え込みそうになっていたのだ。それでなくても問題だらけの旅路。障害は少ないに越したことはない。


 そのやりとりを、ヒデオンは作業を続けながら聞いていた。遺体を探り、個人を特定できそうなものを取り出し、遺髪を回収してそれぞれ別の袋につめる。


 集まった遺体の上に燃料ペレットを並べていく。そして口を開く。


「ちなみに財宝を返却した結果、骨肉の争いが起きそうな場合はどうするの?」


 一同の動きが、ヒデオンを除いて停止する。また面倒ごとを、とフリッツを始め一部の騎士が剣呑な視線を投げる。だが当人は気にせず作業の手を止めない。そんな彼の背に聖女が疑問を投げる。


「財宝を巡って、争いが起きると? 何故そう思うのです?」

「遺体の種類。ほとんどが、兵士……傭兵? まあともかく、戦う人なんだよね。でも三人、明らかに毛色の違うのがいる。若い娘が二人に、じいさんが一人」


 彼は集められた遺体を指さす。直視を避けたくなる有様の中、確かに服装も年齢も異なる者達がいた。


「これがさ、じいさんと孫なら何の問題も無い。でも、うっかり権力握ったままだったご隠居と愛人だったりしたら……えらいことになるよ?」

「……具体的には?」


 リーフェに促され、着火剤として油を準備しながら保安官は告げる。経験に基づきながら。


「そうだなあ……仮に後継者がいて、しかしじいさんに押さえつけられていた場合。力も権力も無いのに金だけ渡されたりしたら。会ったこともない親戚がぞろぞろ会いに来て。覚えのない子供が山ほど増えて。自称じいさんの隠し子とかも沸いて出て。そのうち適当に徒党を組んで腕力で奪い取るって話に流れていく……ってのが、俺が知っているパターンだな」


 うわあ、と一同が呻いた。わかりやすく納得できる地獄だった。聖女はこめかみを指でもみほぐし頭痛に耐えながら指摘する。


「実際そうとは限らないでしょう? 遺体の状態から妄想しただけではないですか」

「そうだよ。だけど、その箱の中身は大金なんだろう? 人を狂わせるには十分だ。ましてや、呪詛風邪と死霊災厄で国が弱っている。モラルが死ぬには十分な環境だ」


 火葬の準備は整った。リーフェが略式ながら鎮魂の祈りを神に捧げる。集った一同も、それぞれが犠牲者に哀悼の意を表した。


 そして火をかける。ヒデオンがライターで集めた枯れ草に火をつけ、それを遺体にかける。油に燃え移り、そのまま広がっていく。


「欲望の火は、困窮しているときほどよく燃える。何事もなければそれでいい。俺の考えすぎなら笑い話で終わる。だけどこの先が、そんなのんきな場所とはどうしても思えないなあ」


 訥々と保安官が語る。火葬の煙は黒々としていて、視界を遮るほどだ。誰もが、行き先に不安を感じざるを得なかった。


/*/


 結局その日は野宿となった。街道沿いなので、宿場町はある。しかしそこが使い物にならない事をすでに一行は知っていた。


 先日出発した町より小さく、防衛力も低かったそこは死霊災厄に耐えられなかった。衛兵と防衛設備に多くの被害を出し、町を放棄したのだ。そして、避難民が最初に寄るのが一行の泊まっていた所。情報を得るのは容易かった。


 放棄されていても宿は残っている。そこを利用するべきではないかという意見も出たが採用されなかった。もちろん、もっともな話だったので検討はされた。


 しかし、どれだけ死体共が残っているか分からない。さらに、防衛設備が壊れているという。それらを把握し、守りを固めるまでに時間がとられる。


 そういった諸々を勘案し、野宿の方が手間がないという結論に至ったのだ。


「実際、上手くいったわね」


 たき火を囲みながら、ベルティナが独り言ちる。野営地は、見晴らしの良い場所を選んだ。少し歩けば小川もある好立地だった。焚き火の跡も残っていたので、かつての旅人も同じ判断をしたようだ。


「最後の襲撃があって、だいぶたちます。この辺りにはもういないようですね」


 襲ってきた者共の供養を終えたリーフェが相槌をうった。日が落ちてからしばらくして、死体共の襲撃があった。とはいっても数はまばらで、ヒデオンが銃を撃つ必要すらなかった。


 騎士や兵士の働きだけで対処は終わり、現在は三交代で休憩に入っている。


「……そろそろ寝ないといけないんだけど、どうもまだ休めそうにないわ」

「私もです」


 魔導士がそうぼやいてたき火に薪を継ぎ足した。術者は眠らねば精神力を回復できない。故に、休憩は一番最初に入るよう指示されている。リーフェも同じなのだが、こちらもまだ床にはいれないと焚火の前にいた。


「……気持ちは分からなくないけど、明日もあるのだし。ヒデオン、なにかいい案ないかしら?」


 困ったように笑いながら、セシリアは隣の男に話を振る。


「そうだなあ……なくもない」


 作業用の布地で銃器を拭っていた保安官は、話題を提供する。無茶な要求をされたのだからそれにふさわしいものを。


「ここにいるのは、眠りたい気分にならないから。だったら、ベッドに逃げ込みたいような話をすればよい」

「不穏な流れになってきたわね」

「というわけで、各自恥ずかしい話を提供するように。もちろん、自分の物をだ」

「「「サイテー」」」


 乙女たちの非難をへらりと笑って流すヒデオン。その余裕の表情に、いたずら心を沸き立たせたのはベルティナだった。


「じゃあ、言い出した張本人のヒデオンは話せるわけ?」

「おう、いいぞ。そうだな……ちょっとまてよ」

「恥ずかしくて言えないってはっきり言ったら?」

「汚い話を除外しただけだ。よし、これだ。……幼馴染の母親を、うっかり母さんと呼んだことがある」


 きゃあ、と笑いだす乙女たち。何事かと兵たちの注目が集まる。一通り笑い声が収まった所で、ヒデオンは三人に促す。


「さあ、次はそっちの番だ」

「えー? 私たちは喋るなんて言ってないしー」


 にやにやと笑いながらベルティナが述べれば、二人も首を縦に振った。流石に魔導士ほど人の悪い笑みは浮かべていない。


 その返答を聞いてヒデオンは怒ることなく、むしろ底意地の悪さを体現したような笑いを浮かべた。


「そうか。それじゃあしょうがない……これからしばらく、酒の席の定番が決まったな。俺氏、お貴族様に騙される、と」


 少女たちの笑みが固まった。ヒデオンは、荒野で出会った悪党の誰よりも邪悪に笑いながら話を続ける。もちろん、演技であり悪乗りである。


「お嬢様に頼まれて、恥をさらしたのに話をひっくり返された。まったく、お貴族様ってやつは恐ろしいもんだぜ……同情で酒の一杯や二杯、奢ってもらえそうだなぁ?」

「ヒデオン、貴方、そんなことをしたら……」

「公爵家を敵に回す? いやはやまさか。俺も馬鹿じゃない。名前も家柄も出しやしないさ。ただ……噂ってのは怖いよなあ? まったく、発言には気を付けないと」

「ぐぐ、ぐぐぐ……」


 セシリア、ぐうの音も出ない。貴族として生まれたからには、身に着けていて当然の振る舞いだ。街の外という環境、気安い友人達ということもあり油断していた。


 もちろん、ここで冗談だったと話を終わらせることもできる。だがそれは貴族的に負けである。後々、この話題を引っ張り出されては問題だ。


 もちろんヒデオンは貴族ではないし、彼女も家門を背負う立場ではない。政治的に敵対しているわけでも、もちろんない。致命的な事にはならない。


 なので単純に、ただ意地だけで挑発に乗ることにした。大いに墓穴を掘っているのだが、頭に血が上っているので気づかない。


「分かったわ。ええ、クラーセン公爵家の者は約束をたがえません。たかが雑談、問題になりませんとも。……恥ずかしい、話、であっても」


 流石に後半は口ごもる。周囲で耳をそばだてている騎士兵士達からの刺すような視線がヒデオンに集まる。こういう時、焦ったら負けであるとヒデオンは考える。


「この際だから、子供の頃の話に限定しよう。その方が角が立たない」

「……わかったわ。子供の頃……あ」


 何かしら思いついた公爵令嬢は、ほほを染めつつ居住まいを正した。


「社交界にデビューした日。挨拶も会話も完璧にこなしたんだけど。最後のダンスで……ステップを、間違えたの」


 会話が止る。焚き火の弾ける音が響く。保安官が首をかしげる。


「……それの、何処が恥ずかしい話なんだ? 微笑ましい話では?」

「恥ずかしいわよ! ずっとずっと、社交界のために練習を続けたのよ!? あれさえなければ、完璧だったのに! 未だにダンスの先生やお父様に話題にされるんだから!」


 憤慨する公爵令嬢。何やら訳知り顔で頷く周囲の騎士ども。乙女二人と保安官は顔を見合わせ、やはり首を傾げた。


「……まあ、お貴族様にはいろいろ事情があるってこったな。本人恥ずかしそうだから、合格で」

「ふう、よかった」

「唐突に合否判定始まったわね」

「次、リーフェいってみようか」


 覚悟を決めて背筋を伸ばしていた聖女に話を振る。彼女もまた、耐えるように目を閉じほほを染めながら過去を振り返る。


「まだ見習いだった頃、孤児院の子供に菓子を配る仕事がありました。菓子といっても貴族が口にするようなものではなく、ほんのり甘いパンのようなものですが。……それで、たまたま一つ余りまして。本来ならば、切り分けて子供たちに追加してあげるべきものだったのですが。年上の同僚が不和の元だから私がもらってしまいなさいと。本来ならば、断るべきことでしたが……小腹が空いていて、良い匂いもしたので」


 彼女が語れたのはそこまでだった。恥ずかしさにうつむいてしまった聖女を見て、残りの三人は頷いた。


「合格で」

「そうね、間違いないわ」

「っていうか、ミスでもなんでもないじゃない」

「節制を心がける身としては! 我慢するべきだったのです!」


 僧職として正しい振る舞いを全身で主張する。その振る舞いすら可愛らしく、兵士たちが魅了される始末。騎士が咳払いして見張りに戻らせる。


「じゃあ最後、ベルティナ」

「うわー、プレッシャー……」


 魔導士は銀の髪をかき上げ、ため息をつきながら話し出す。


「私、魔導士学院の学費も生活費も全部自力で稼いでるんだけど。入った当時はそれらを稼ぐだけで精一杯で教本とか手が回らなかったのよね。だから、昔の生徒が置いてったゴミみたいなやつを拾い集めて勉強してたの。我ながら、恥ずかしい話だわ」


 再び、静かになる。焚き火が崩れる乾いた音。乙女二人と視線を合わせ、代表してヒデオンが口を開く。


「それは、恥ずかしい話じゃなくて立派な話だと思うんだ」

「賛成するわ」

「学問を志すならばかくあるべし、と語って聞かせたくなりますね」

「やーめーてーよーねー。そんな立派な話じゃないんだから。今だって貧乏学生で、金にがめつくやってるんだから。この旅も報酬目当てなんだからね!」


 嫌そうに、そして少し恥ずかしそうに手を振る魔導士。何とも微妙な空気が醸し出され、ちょうど良い塩梅であるとヒデオンは判断する。


「はい、それじゃあお開き。それとも、もう一周する?」


 保安官の胡散臭い作り笑顔を見て、乙女たちはうんざりという感情を顔に出した。そして互いを見合い吹き出す。


「それは遠慮させてもらうわ。それじゃあ、おやすみなさい」

「私も休ませていただきます」

「おやすみー」

「良い夢をー」


 乙女たちを見送って、ヒデオンは焚き火に薪を継ぎ足した。その隣に、フリッツが腰を下ろす。


「手間をかけたな」

「なんの。この程度どうってことないさ」


 フリッツは、主に対する不敬について釘を刺そうかと思ったが、やめた。勇者の旗を掲げる彼女には、重圧がかかっている。気楽に過ごせる時は、あった方がよいのだ。


 代わりに別の話題を出すことにする。


「……子供の頃、年配の女性を母と間違える話。私の身近でもあったな」

「そうか。俺の場合はもうちょっと事情があってな」

「と、いうと?」

「母は俺が物心つく前に亡くなっていてな。ほとんど覚えていないんだ。幼馴染の母親には良く世話になった。実質、母親代わりだったんだ」


 話を聞いて、陪臣騎士は押し黙る。しばし、夜虫の鳴き声に耳を澄ませてから思ったことを述べた。


「結局、貴様の話も恥ずかしいとはズレているように思う」


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― 新着の感想 ―
[良い点] すいませぇえん・・・よく考えたら社会性持ってないと保安官になれませぇん・・・グッドコミュニケーション!!
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