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呪われし者共に鉄槌を

 決戦の火蓋は、メタルバイソンの射撃によって始まった。


「オオオオオオオオオオ!」


 多くの呪われた者どもを喰らい、巨大化した巨人が吠える。かつては平屋の屋根を見下ろす程度の背丈だった。今は二階建ての屋敷に迫るほど。


 装甲車両の猛烈な射撃であっても、その体積を削るのは容易ではない。表面はえぐれていくが、深くはならない。傷ついた部位から、肉が盛り上がってくる。


 所詮、これは牽制にすぎない。ヒデオンはエンジンがかかったままの車両から降りた。


「それじゃあ、行ってくる」

「武運を祈るわ。後は任せて」

「頼んだ」


 セシリアにそう告げて、保安官は敵に向かって歩き出す。それを見つけて、邪知を獲得した巨人が声を轟かせる。


「殺さレにぃ、来たカぁ……嬉しイぞォ……散々やらレた恨み、晴らしテやるゥ……」

「おお。ちょっと見ない間に、おしゃべりになったじゃないか。あとは服装を整えればナンパもできるぞ。引っかかる女の子はいそうにないが」

「減らず口もォ……これまでェよ……。死ぃねぇぇぇぇェェェ!」」


 巨人が、右手を広げて振り下ろす。害虫を叩き潰すように。鈍い水音が、あたりに響き渡った。血と肉が、周辺に飛び散る。


 ジャイアントヴァンパイアの右手に、穴が開いていた。高々と掲げられた赤い右拳に、貫かれたのだ。


「あ”……?」

「死ぬのハ……」


 天を突くように掲げられた拳。それが開かれると、そこに真っ赤な玉が現れた。大きさは大人が両手で掴みきれないほど。そこから、幾本もの線が伸びる。細く鋭いそれが、十重二十重と巨人を包む。


 赤い肌の怪物、フォールンと姿を変えたヒデオンが怒りを混ぜて吠える。


「お前だァァァァァ!」


 赤い糸が、巨人を刻む。竜骸秘典ドラゴンレリック水竜の血潮。混ざらず、乾かず。ただの血の塊になっても、己を保ち続ける呪詛の塊。使用者が念じれば、敵を害するものであればいくらでも変化する。


 血の裁断機に包まれ、巨人は全身を切り裂かれる。何より、込められた呪いが全身を苛んだ。己とは別種の呪詛。発生源は、人ではない。取り込むことは不可能。


「グォぉォォォ!? 貴様あァ!」


 真っ赤な敵に向けて、怒りを爆発させる。死者の脳が、怒りによって巡ってきた血にたたき起こされる。記憶が蘇る。そうだ、こいつには散々やられてきた。やり返さねば、気が済まない。


 身体に詰め込まれた呪いに方向性が与えられる。ただの活動源だったそれが、相手を害する為のものへと変化する。


「コれだァ……」


 唐突に、巨人が霧へと変化した。意識と邪知を得たことで、吸血鬼の能力に覚醒し始めたのだ。水竜の血潮からの束縛を逃れ、距離を取る。


 巨人は怒りと憎しみに支配された意識でたくらみを巡らす。目の前にいるのは怪物だ。炎の剣、骨のハンマー、そして血。そういった武器を使ってくる。


 真正面から殴るのは上手くない。なにか、もっと頑丈なもので殴りつけるべきだ。周囲に意識を飛ばす。まず見つけたのはあの忌々しい鉄の馬車。


 残念ながらこれは使えない。周囲にいろいろ居る。別の何か、と考えすぐに気づく。多くあり過ぎて逆に目に入らなかった。これならばよい。


 巨人は距離を置いて実体化すると、手ごろな樹木を根元より引っこ抜いた。再び、赤い糸が迫ってくるが気に留めない。槍のように投げつける。


「ヌぅああああっ!」


 ヒデオンは気合と悲鳴がまじりあった雄たけびを上げながら、投げつけられた樹木を避ける。本体は避けられたが、枝が彼を強かに打ち据える。変化した事で耐久力が向上していたが、痛くないわけではない。


 なんとか耐えきり攻撃を仕掛けようとするも、そこに二本目が飛来する。不意打ちめいていた一本目とは違い、今度は避け切ることに成功する。


 水竜の血潮で攻撃を仕掛けていたのも、避け切れなかった原因だった。改めて巨人を探すが、その姿は周囲のどこにもない。また霧になって隠れたのだ。


 怒りと苛立ちを込めて竜骸秘典を操作する。この武装は変幻自在。例え何処に現れようと、今度こそ先に攻撃する。ヒデオンは火が付きそうな熱い吐息を吐きながら周囲を探る。


 背後に現れた巨人を、今度はしっかりと捕らえた。


「コの野郎がぁぁぁ!」


 今度は糸ではなく槍を二本作り出し、身体に深々と突き立てる。竜の怨念を叩き込まれ、吸血鬼は苦しげに呻く。


「グあァ!? ……だガぁ!!!」


 肉を切らせて骨を断つ、というヒデオンの故郷に伝わる慣用句を知っていたわけではない。結果的にそうなっただけだが、巨人は確かに目的を果たした。


 振り向いたヒデオンの左腕を、しっかりと掴んだ。そして痛みとこれまでの恨みを込めて、全力で握りしめた。肉が潰れる。骨が軋む。耐久性が上がっていなければ、一瞬でミンチ肉になっていた所を、辛うじて形を止める状態で耐えた。


「ギぃ!? は、な、せ、ボケぇ!」


 ヒデオンは直感的に、武装を変更した。竜骸秘典ドラゴンレリック、最後の一つ。地竜の爪牙。大地ある場所ならばどこにでも現れる、柱のごとき牙と爪。彼の意思と怒りに従って、それは地面から噴火のごとく突き出した。


 狙いは、彼を掴む右腕。金剛石よりなお硬いとされる牙が、巨人の腕を容易く貫いた。


「ガアアァァ!? こレも、また違う呪イ! なんダこれは。一体どれだけ持っていル!」

「教えてやル義理はねぇなァ!」


 拘束は解かれたが、ヒデオンの左腕は動かない。吸血鬼もまた、胸と腕に治らぬ傷を抱えた。


 両者痛み分け。左腕を潰された事で、ヒデオンの防御力は低下した。そちら側へ攻撃すれば、攻撃が通る。


 吸血鬼は右腕を潰されて、攻撃力が落ちた。時間をかければ再生可能だが、戦闘中には難しい。


 痛手を負った巨人に対して、地面より再び爪牙が伸びる。しかし、怪物はこれを大きく飛び跳ねて回避した。不意打ちでなければ、回避できる。恐ろしい気配が足元に集まるのを感知できるのだ。


「やっぱ、こいつヲ当てるのは難しいカ」


 肩で息をしながら、ヒデオンが呻く。四つの秘典の中でも高い攻撃力をもつ爪牙。発生に予兆があるため、まともな知恵と運動能力があれば避けられる。


 一番早いのは水竜の血潮だが、決定打にならないのはここまでの戦いで分かっている。残る二つの内、風竜の頭蓋は両腕が使えなければ威力が落ちる。


 思案の結果取り出したのは赤色に輝く大剣グレートソード、炎竜の精髄。消去法で選んだが、吸血鬼にはこれが最も威力が高い。炎は浄化の力を持つ。


 例え呪われた武器であっても、敵を焼き滅ぼす力に曇りはない。当たれば、確実に大きなダメージを与える。問題は、これを片手で振らねばならないという事。


 フォールンの力を宿した今であるなら、それ自体は可能だ。ただ、これを当てるとなると難易度が上がる。


 走って近づき、振り回す。まず避けられる。それどころか隙を付かれ攻撃を食らう。呪いと怒り、両方で頭は茹るがそれでも思案する。自分で動けないなら答えは一つ、カウンターしかない。


 限界が近いと体感で分かっていたが、ヒデオンは大剣を片手で下段に構え相手を待つ。


 対して、吸血鬼もまた限界が近かった。元々が知性のないグール。呪いを強め怒りを覚醒させた結果、邪知に目覚めたが理性があるとは言い難い。


 度重なる攻防で、わずかながら得ていた堪忍も蒸発した。もはや残っているのは呪いと、怒りと、空腹だけである。


「ア、アア! 食って、やるゥゥ!」


 ジャイアントヴァンパイアは、再び全身に口を作り上げた。どこに当たろうとも、食い破る。目的と、意思と、本能が一体となって全身に現れる。もはや何があろうと止まることはない。


「食われテ、たまるカっ!」


 出鱈目に飛び掛かる巨人。ヒデオンはそれを紙一重で何とか避ける。向かってくるのは望むところだが、下手に切りかかれば食いつかれる。カウンターを狙って逆にもらっては笑い話にもならない。


 幸い、本能で直進してくるだけだ。避けるだけなら難しくはなかった。だが足りない。後一手が足りない。


「ガァァァッ!」

「ぐあっ!」


 いよいよ邪知すら忘却した吸血鬼は、穴の開いた腕すら攻撃に使ってきた。棍棒のように振り回された腕に作成された口。不揃いの牙が、ヒデオンの肉を削り取る。怪我をした左腕をさらに傷つけられる。


 血が流れる。それが霧となり、吸血鬼に飲まれていく。途端に、血が凍ったかのような寒気が走る。命を食われているというのが感覚で分かる。


 動きが鈍る。そこに重ねて、更なる攻撃。風を切って振るわれる腕。槍のように突き出される足。そして押しつぶすように全身で飛び掛かってくる。


 直撃は避けるが、そのたびに傷が増える。皮膚が割け肉がえぐれる。傷が増えれば血を吸われる。力が抜けていく。熱が奪われる。命が削られる。


 もはや、相打ち覚悟で反撃するしかない。朦朧とした頭でそのような覚悟を決めた時。


「唸れ! 吠えよ! ぶっ飛べ! 野蛮なる一撃っ!」

「グァァ!?」


 衝撃が、巨人を揺らす。動きが止る。その一瞬を逃すヒデオンでは無かった。全力を振り絞り、片手で振り抜いた大剣が吸血鬼を切り裂く。剣が走った場所を、炎が激しく焼いた。


 そこに作成された口があろうと違いはなかった。肉も牙も、刃を止める助けにならない。等しく、灰になれと燃え上がる。


「余力はもうないからね! 決めちゃって!」


 術で支援してくれたベルティナに答える余裕が、ヒデオンにはもはやなかった。魔剣を燃え上がらせて、敵を倒す。それだけで精一杯。


「オオオォォォォォォッ!」


 炎竜の精髄から高熱が吹きあがる。肩口、脚、脇腹。当たるを幸いに薙ぎ払っていく。炎による浄化と竜の呪詛。相反する二つの属性に、街ひとつ飲み干して作り上げられた吸血鬼が削れれていく。


「ア、アア、アアアッ!?」


 悲鳴を上げる。己の消失を感じ取り、恐怖を覚えた。情けなく、巨人は背を向けて逃げ出す。


 ヒデオンに、情け容赦はなかった。


「くたばレぇぇぇぇッ!!!」


 全身のバネを使い、大剣を槍のように投げ放つ。使用者の意思に従ったのか、およそ投擲に向かぬその武装はまっすぐ巨人の背に突き刺さった。


 そして、間髪入れず刀身より溶岩が吹き出す。いかに大量の呪いを抱えようと、触れれば瞬時に発火蒸発する高温には無力だった。


「~~~~~~~~~!!!」


 肺も喉も焼かれ、声すら出せず。高温によって膨張した空気が、身体に空いた穴を吹き抜けていく。それが断末魔の代わりとなった。数多くの人々の犠牲によって作り上げられた呪詛が、燃え尽きていく。


 数日ほどかかるだろうが、地域を覆っていた呪いもこれで晴れるだろう。炎によって薄れていくそれを見て、一行はそのように確信した。


「保安官、見事。……で、終わらせたい所ですが」


 やや離れた所で状況を見守っていたフリッツが言葉を止める。彼の視線の先、たたずむヒデオンが醸し出す不穏な空気がそうさせた。


「やっぱり無理、みたいね……」


 鞘に納められているのに、漏れ出す光が見えるほど聖剣が反応している。柄に手をかけながら、セシリアは声を張り上げた。


「ヒデオン! しっかりして! 目を覚まして!」


 これで正気にもどってくれれば幸いと、呼びかける。しかし、ゆっくりと振り向いた保安官の目は敵意が宿っていた。


「姫様、予定通りに」


 フリッツが、盾を構え剣を抜く。想定通り故、その動きに迷いはない。セシリアもまた、聖剣を抜き放つと大上段に構えた。


「ええ、分かっているわ。……ご先祖様、どうぞご加護を。友人を助ける力を。……輝け、ドンダーッ!」


 振り下ろす。すると、聖なる輝きを宿した稲妻が空を走った。正に光の速さで突き進み、ヒデオンに直撃。遅れて、雷鳴が轟いた。


「オオオオオオッ!」


 苦痛に呻く。悪魔殺しの伝説を持つ、聖なる剣。それが放った稲妻だ。今のヒデオンにとって、これ以上は望めないほどの効果を持つ。それこそ、使いすぎれば殺してしまうほど。


「アアアアアアッ!」


 当然、正気を失ったヒデオンがやられっぱなしでいるはずもない。増大した力で大地を蹴り進み、一直線に二人に向かって突撃する。


 力を込めて振り上げられる右こぶし。人外の異能を込めたこの一撃は、容易に相手を打ち殺す。


 それに立ちふさがるのは、両足を踏みしめたフリッツだ。


「ぬぅんっ!」


 気合一発。陪臣騎士は、盾のふちをヒデオンの右肩に叩き込んだ。どれほど力が込められた拳であっても、突き出せなければ当たらない。動きの起点となる肩を押さえられてしまえばなおさらだ。


 怪力だって、その支えは骨であり筋肉である。満足に力を振るえぬ状況を作られてしまえば、フォールンのパワーも意味を成さない。


 もちろん、突進してきた分の勢いはある。おかげで、フリッツは後ろに押し込まれてしまう。地面に、浅く溝ができるほど。


 だが、突撃は止まった。セシリアが一手差し込むには十分だった。


「はいっ!」


 くるりと身体を旋回させて、聖剣を振り回す。刃を立てず、剣の腹で叩くのはヒデオンの背だった。鉄の塊であるから、打たれれば当然痛い。だが目的はダメージではない。その背にある聖印を刺激することにあった。


「グアあ!? 痛イ……」


 残念ながらそれで意識を取り戻しはしなかった。しかし、わずかながら反応はあった。動きが鈍る。それを見やりながら、主従は位置を変えていく。


 背は見せない。今のヒデオンに対してそれをするのは自殺行為だった。正面に捉えながら、ゆっくりと後退していく。


 フリッツの額に汗がにじむ。楽な事ではない。先ほどは、ヒデオンの動きが単調だったからこそできたカウンターだった。同じことを、二度も三度もできる保証はない。盾を握る左手は、いまだ痺れが残っている。


 加えて、あの恐るべき四つの竜骸秘典ドラゴンレリックのこともある。どれもこれも、まともに対応できるような装備ではない。一度直撃すれば良くて戦闘不能。悪くてあの世行きだ。


 そんなヒデオンから、主を守らなければならない。


「あの巨人と戦うのと、一体どちらが楽だったか……」

「どっちも厳しい、が正解じゃないかな」

「ごもっとも……」

「グォォォォォッ!」


 ヒデオン、吠える。そして繰り出されたのは、強烈な回し蹴りだった。咄嗟にフリッツは盾を掲げる。強力な衝撃が、彼の上体を激しく揺さぶった。腕といわず全身に浸透するかのような振動。


 思わず呼吸が止まる。その彼に向かって、握られた拳がハンマーのように振り下ろされる。赤く禍々しい輝きが宿る。どこに当たっても打撲では済まない。


「は、あっ!」


 寸での所で、セシリアの切り上げが間に合う。聖なる力と呪い。相反するものがぶつかり合い、光と衝撃を生む。


「グゥゥゥゥっ!」

「うううううっ!」


 勇者公女と保安官。二人が大きく弾かれる。先に態勢を整えたのはセシリアだった。これは、状態の差である。


 先ほどまで吸血巨人と戦い続けていたヒデオンと、ほぼ万全の状態で待ち構えていたセシリア。さらに前者は暴走中であり、後者は意気軒高という状態。差があって当然だった。


「フリッツ、まだいける?」

「申し訳ありません。すぐに立て直します」


 公女は従者を支えると、再び武器を構えつつ後退する。彼女も無傷というわけではない。衝撃で全身を揺らされている。しかし、だからと言って弱音を吐いたりはしない。


 自分を助けるために、仲間たちはここまで全力を尽くしてくれたのだ。今度は自分の番。ここで死力を尽くさずして、どうして勇者を名乗れようか。


 そして再び、ヒデオンとの攻防が続く。彼の攻撃は全て徒手空拳。左腕はまだ不調であるため、使用されるのは右腕と両足のみ。だがそれらが、ウォーハンマーの勢いと威力を備えている。


 一瞬たりとも気が抜けず、わずかでも受け損ねれば体力を大きく削られる。大きな怪我こそまだないが、二人の身体に打撲が確実に刻まれていく。


 それでも。主従はここにヒデオンの理性がわずかながら残っているのを感じていた。まず、あの四つの武器を使用しない。さらに、手甲と脚甲に備えられたパワーも使っていない。


 これらを一度でも使われれば、二人の命は危うい。理性を失うほどの呪いを受けていてなお、抗っている。奮起するには十分の理由だった。


 が。流石に意思と気力だけではどうしようもない事もある。度重なる攻防で、フリッツのもつ盾はただの板切れに成り代わった。セシリアも、剣を持ち上げることができない。落とさぬように引きずるのがやっとという有様。


「姫様、こうなれば」

「ええ……合図をしたら、走って」


 疲労困憊の二人は覚悟を決める。対するヒデオンは、ここにきて体力を回復し始めている。左腕も何度か動かしている。こちらで攻撃を開始するのも間もなくだ。


 だからこそ、セシリアは賭けに出た。


「今よ! 輝け、ドンダーッ!」


 聖剣の稲妻を、ヒデオンの足元へと放った。轟音と輝き、そして衝撃が足元を揺らす。その隙を狙って二人は後方へ向けて走り出した。倒れこむように前のめり。残った体力を絞り出すような疾走。


 しくじったら終わり。もつれそうな足を動かし前へ、森の中へ。そんな二人の背後から、これ以上ないほど力強い足音が距離を詰めてくる。


「オオオオオッ!」


 ドンダーの衝撃から素早く復帰したヒデオンが、怒涛の追い上げを見せていた。明らかに、二人より早い。


 フリッツが、苦し紛れに盾の残骸を投げつける。腕の一振りでそれを薙ぎ払う。一呼吸分の隙すら作れない。


 目標地点まであとわずか。しかし、間に合わない。追いつかれる。万策尽きたと二人が観念した時。


 夜の森に響き渡る、大音量の警笛が鳴り響いた。発生源はもちろん、メタルバイソン。思いもよらぬ音色に、ヒデオンの動きがわずかに鈍る。それで十分だった。


「結べ、縛れ、止め! 捕縛の蜘蛛糸!」


 残る精神力をすべて注ぎ込んだ、全力の魔導。森の木々を支えとする強力な蜘蛛糸による捕縛が、ヒデオンをその場に縫い止めた。


「オオオオオッ!」


 怒りに吠えるヒデオン。全身に赤い輝きが宿り、縛り付ける糸が音をたてはじめる。これが千切れるまで、そう時間はかからない。


「二人ともー! 全力で横に飛べー!」


 ベルティナの絶叫を聞き、慌てて主従が横に飛ぶ。同時に、力強いエンジン音とライトのハイビームがヒデオンに浴びせられる。


「左足踏んだ。機械が唸った。レバーを1にいれて、右脚を踏んで……」


 メタルバイソンの操縦席、半泣きになりながら操作するのはメイドだった。彼女が唯一、手が空いていた。なのでこの大役を任された。


 一度たりとも操作した事のない機械。それの方法を、付け焼刃で教え込まれた。ヒデオン達が戦っている最中、ひたすら反復練習していた。その成果が今出ている。


「エンジンがうなったら、左足を半分力を抜く。そうしたら左手のレバーのボタンを押し込んで下にさげる、です」


 助手席に座っているリーフェが、メモを読み上げてサポートする。なお、彼女が運転するという選択肢はなかった。アクセルやブレーキに、脚が少しばかり届かなかった。


 メイドが、ハンドブレーキを解除する。メタルバイソンは、一速のまま真っすぐ前へ飛び出した。ヒデオン目がけて。


「「ああああああああ!」」


 半分パニックになりながら、娘たちが悲鳴を上げる。ハンドルを操作などできやしない。しかし真っすぐ進めば当たるように、位置を調整した。その為にセシリア達が頑張ったのだし、蜘蛛糸で拘束もしたのだ。


「グオォォ!?」


 かくして、鋼の車体がヒデオンに直撃した。樹木が軋み、蜘蛛糸が千切れる。吹き飛んだヒデオンが、ゴロゴロと地面を転がっていく。


 なお、作戦を立てたヒデオンもほかの仲間たちも、引き潰してしまう可能性をすっかり忘れていた。そうならなかったのは完全に偶然だった。


「オ、オオ、オ……」


 逃げ場のない所に、重量物の一撃。とてつもない痛打に、呻く事しかできない。呪いのおかげで即死はしない。だが、行動不能には十分追い込めた。


 地面倒れ伏すヒデオンに、よろめきながら近づく者あり。セシリアだ。


「これで……おしまい」


 その背に、鞘に納められたドンダーが乗せられた。主を選ぶ聖剣。一度使用者の手から離れれば、大木のような重さに変わる。現在のヒデオンを拘束するのに、これ以上のない道具だ。


「リーフェ、おまたせー」

「……実に綱渡りでした。全員の努力に賞賛を。我らを見守ってくださったシュルティーサ神に感謝を」


 聖女もまた、おぼつかない足取りでやってきた。ヒデオンを跳ねた一発は、彼女にも相応の衝撃を与えていた。メイドは運転席でのびている。


 身動きの取れないヒデオンの隣に膝をつき、額に汗を浮かべながら聖女は奇跡を嘆願する。


「法律神シュルティーサに願い奉る。浄化の奇跡を与えたまえ。呪いを受けし者を救いたまえ。諸々の罪穢れ、ことごとく払い清めたまえ。呪詛浄化リムーブカース


 渾身の祈りが、神に届く。降ろされた御業により、ヒデオンの身体より呪いの赤が抜けていく。


「オオ……おおお……痛い……くっそ痛い……あと重い」

「ヒデオン! 正気にもどったの? 私の名前、言える?」

「セシリア、セシリア、お姫様……お願いだから、聖剣どけて。死ぬ。マジで死ぬ」


 慌てて大剣が退かされる。フォールンの力が抜けたヒデオンは、瀕死の重傷だった。メタルバイソンの直撃を受けたのだから、残念ながら当然と言うしかなかった。


「聖女さま、聖女さま……どうか、治療の奇跡をおめぐみを……」

「ざーんねん。さっきのでラストみたいよ」


 ベルティナの言葉通り、リーフェは気を失っていた。奇跡を嘆願しすぎた代償である。彼女が倒れていないのは、女魔導士が支えているおかげだった。


「ま、マジか……。え、リーフェが回復するまで、俺、この状態なわけ……?」

「背中の聖印で、どうにかならないの?」

「ここまでの怪我だと、流石に時間が……」

霊薬ポーションはあるわよ。多分治りきらないけど」

「それより、俺の道具入れから、薬を……」


 元に戻った途端に騒がしい保安官を眺め、フリッツはその場に座り込んだ。


「やれやれ。とりあえず、ひと段落か」


 何と無しに、空を見上げる。澄んだ夜空に、星が瞬いていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] バーサーカーを戦闘後鎮めるのは大変なんだよなぁ・・・
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