プランB
古城入り口前。そこに、救出された娘たちが並べ寝かされている。その前には、変わらずメタルバイソンが鎮座する。自動攻撃システムは順調に稼働し、近寄る死体共はレーザーによって灰に変えられていた。
そんな物騒で安全な乗り物の後部座席。聖女リーフェが、友の前で祈りを捧げている。公女の胸の上には、赤黒い液体の入った注射器が一つ置かれている。
「法律神シュルティーサに願い奉る。罪深き血に浄化の奇跡を与えたまえ。呪いを受けし者を救いたまえ」
光が集う。セシリアに。注射器に。寝かされた娘たちに。
「諸々の罪穢れ、ことごとく払い清めたまえ。呪詛浄化」
沸き上がる黒い霧。娘たちの身体から立ち上るそれが、光によって消し去られていく。苦しげだった娘たちも、顔の険がとれていく。
大きな変化があったのは、やはりセシリアだ。首筋の傷口から、凄まじい勢いで呪いが抜けていく。同時に、あれ程血色の悪かった肌に赤みがさしていくではないか。
黒い霧が周囲から消える頃には、セシリアを含む娘たちからは呪いがすっかり抜け落ちていた。なお、注射器の中身もまた消滅していた。
「……聖女殿、いかがか」
「問題なく、処置は済みました。本来ならば安静にさせておきたい所ですが、そうもいっていられません」
リーフェはちらりと、二階部分を見やる。断続的に、銃声が聞こえてくる。今も戦いは続いている。
悩み躊躇う暇はない。聖女は自らが使える奇跡の中で、最も高位のものを嘆願した。
「法律神シュルティーサに願い奉る。無法に抗うものに加護を。立ち上がる活力を。傷に癒しを。再生」
先ほどとは比べ物にならない、強い輝きがセシリアに宿る。ただ治療するだけのものではない。本来ならば数日は休まねば癒されない、諸々の不調を快癒させる奇跡だ。
長く修行した行為の司祭が稀に与えられるもの。彼女が聖女として内外に認められる理由がここにある。
光が収まると、セシリアの瞳が自然と開いた。そして、勢いよく飛び起きる。治療のために床との固定が解かれていなければひどい事になっていだろう。
「リーフェ、それからみんなもありがとう!」
「なにより、です」
くらり、と倒れこみそうになった聖女をセシリアが抱き留める。立て続けに二つも強力な奇跡を嘆願したのだ。不調になって当然。リーフェの額には玉のような汗が浮かんでいた。
もう一度お礼を伝えてから、友人を侍女に任せる。外には、配下たちが感極まった表情で待っていた。
「姫様! 御快癒おめでとうございます!」
「ありがとうフリッツ。皆も、大儀でした。……ベルティナ」
「おはよう。ちゃっちゃと準備してね。上も周囲も、いつまで持つか……」
「グォォォォォォッ!」
魔導士の言葉をさえぎって、咆哮が場内から響いた。聞き覚えのある、おぞましい声。ジャイアントグールのそれだった。巨体が走る振動が、外まで伝わってくる。下から上へ。地下から、二階へ。
「あのデカブツ、下にいたんだ……ヒデオンが危ない!」
古城を揺らす振動に、魔導士も焦りを見せる。吸血鬼に加えてあの怪物。ヒデオンが手練れであっても、窮地に立たされることは用意に分かる。
「姫様、我らだけでも応援に参ります!」
居並ぶ騎士たちが叫ぶが、公女は手で制する。彼女は従者たちから鎧を装着してもらいながら、冷静に状況を判断する。
「あの巨体が暴れる場所に入るのは自殺行為です。ヒデオンは不思議な道具をいくつも持っています。逃げるだけなら、自分でなんとか……」
「ギャァァァァァァ!?」
今度は上階からの悲鳴だった。男の断末魔にも聞こえるそれ。ヒデオンのものでは、なかった。
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何が起きたのか。時間を若干巻き戻す。ヒデオンと吸血鬼の戦いは、互いにとってひどくもどかしいものだった。
セシリアの治療が終わるまで、止めを刺すことができない保安官。戦闘経験がほとんどない為、能力を生かすことのできない吸血鬼。
手加減を誤れば吸血鬼が死ぬ。かといって攻撃が手ぬるすぎると己が死ぬ。加減を見極めながら攻撃をしなければならないヒデオン。
飛び掛かっても距離を置いても撃たれる。異能で操ろうとしても弾かれる。いっそのこと逃げようかとも考えるが、丁寧に身体を損傷されてままならないヤスペル。
やれることと、やりたい事が咬みあわない。自分たちでは状況を変化させられない。決定打のない消耗戦をしばしの間続けていた。
(くそ! くそ! くそ! 何でこうなる、どうして……違う! 今はそんなことを考えている暇はない!)
そして、ここに至ってヤスペルの精神に変化が始まる。人であった頃ならば、家族が喜んだであろう成長の兆し。もちろん、今は誰もそれを祝福しない。彼が殺してしまったから。
(自分の力ではどうしようもない! グールでも、死体でもいい! 少しでもヤツの気を逸らせる何か、何かを……、そうだ!)
吸血鬼は思い出した。保安官に敗北した後、走って帰ってきたでくの坊。使いどころが思い浮かばず、地下に放置していたジャイアントグール。ここで使わずしていつ使う。呼び出すのは簡単だ。ただ思念を放てばいい。
「グォォォォォォッ!」
「この、声は」
「ふは、ふははっ! そうだ、ヤツだ! 直ぐに来るぞ!」
古城を揺らしながら、巨体が駆け上がってくる。ほどなくして現れたのは、死肉食らいの巨人。だがその身体には、損傷があった。稲妻で焼かれた焦げ跡。背は肉がえぐられている。
竜骸秘典によって刻まれた傷は、再生能力に異常を与えた。呪いの力が、巨人の方が弱かったのだ。結果、いまだにこの有様である。
(とはいえ……楽な相手じゃない)
ヒデオンは頬が引きつりそうになるのを堪えた。敵に焦っているのを見せても得はない。罠にかけるなら話は別だが。
アサルトライフルや手甲だけで、この巨体を削り切るのは至難だ。グレネードはあと一つしかないし、決定打にはならないだろう。
となれば、これをいなしつつ現状を維持するという選択肢しかない。大変ではあるが、不可能でもない。仲間が下に降りてそれなりの時間が経っている。
セシリアの治療が終われば、吸血鬼を倒してしまってもいいのだ。
(ジョーカーは、使いたくないものな)
今度アレに変わったら、戻れなくなる可能性があるとリーフェから釘を刺されている。主治医の言うことは素直に聞くのがヒデオンの信条だ。
歩み寄る巨人に、銃を構える。今すぐは撃たない。自分の元へ大きく動いた際に膝を打ち抜き、その勢いを利用して自損させようという策が浮かんだからだ。
「ク、クク! これで、これでやっと……お?」
ひょいと無造作に、床に転がっていた吸血鬼が巨大な手によって拾われた。虚を突かれ、ヒデオンも対応を忘れた。
「おい、貴様何をしている! 敵は……」
ジャイアントグールはそのまま人には不可能なほど大きく口を開くと、吸血鬼に食らいついた。
「ギャァァァァァァ!?」
鉄片に身体を刻まれた。銃弾で貫かれた。雷撃で焼かれた。短い間に色々な苦痛を経験したが、食われた事はない。肉に歯が食い込み、千切られていく感覚は筆舌に尽くしがたいほどおぞましい。
「止めろ! 止めろ! 私がだれか分からないのか!? くそ、なんで霧になれない! あああ、食うな! 食うなぁ!」
ただ物理的に食われているのではない。呪いが奪われている。食いちぎられるごとに、黒い力がジャイアントグールへ流れていく。損傷した巨体が、少しづつ元に戻っていく。吸血鬼が蓄えた力は、竜骸秘典のそれを押し流すほどだった。
「ああ、あの商人め! こんな不良品を押し付けるとは! ぐ、ぐぐ、おい! 貴様! 私を助けろ! 急げ!」
「世話が焼ける!」
気は乗らないが、セシリアの事を考えれば吸血鬼をこのまま食べさせるわけにはいかない。ヒデオンは、銃弾をジャイアントグールの頭部に集中させる。音速を超えた金属が、怪物の頭を削っていく。
口が無ければ食べられない。何発か吸血鬼に当たっているが、コラテラルダメージである。ヒデオンはそう判断した。
「私に当たったぞへたくそめ! ……しかし、ふう。よくやった。褒めてやる」
未だ捕まったままだが、食いつくされることは回避した。時間が経てば再生するし、基本的に痛みは鈍い。ヤスペルはとりあえず安堵した。
ヒデオンもまた、先ほど吸血鬼が口にした一言について考える余裕ができた。
「……商人といったか? このデカブツは、買ったものか?」
「違う。役に立つとかいって勝手に置いていったのだ。それでコレなのだから許しがたい。貰うのは、あの黒い本だけで十分だった。あれは役に立った、こんなふうにな」
再生していく身体を見せつけてくる。そしてそれで、確信めいた推論がヒデオンに浮かぶ。
「その商人が、吸血鬼になる本も置いて行ったと」
「そうだ。むしろそちらがメインだった。怪しい本だったが、ふたを開ければ……本を開けばこの通りよ」
嬉しそうに語るヤスペルを前に、いよいよヒデオンの疑問は膨れ上がる。商人の目的はなんだ? 何故この冴えない男を吸血鬼にした?
巨人の動きは、その答えに繋がっているように思えた。
「……ジャイアントグールに、こいつを食わせるのがそもそもの目的、か?」
「なんだと?」
その一言に、吸血鬼は頭部を殴られたかのような衝撃を味わった。先ほどまでの痛撃とは全く違う、意識を叩かれるかのような。たった今、呪いを食われたせいかヤスペルの思考は妙に冴えわたった。
(私は何故、あんな怪しい商人の話に乗った? どうして、あんな真っ黒な本を手に取った。そもそも、あんな奴は知らない。だというのに、信じてしまったのはどうしてだ?)
そこまで考えて、己に宿った力を思い出す。他者を操る力。それが、己に使われたとしたら?
「まさか。いや、そんな嘘だ。違う違う違う。ありえない。私は、自分の意志で……」
致命的な事実に気づいてしまい、それを慌てて否定する。そうであってはならない。全て自分が正しく、世の中が間違っていなければならない。
無様に操られ、酔っぱらった意識のまま手あたり次第に吸って殺した。そんな事実は、あってはならない。
そうやって現実を無視していたせいだろう。ジャイアントグールに起きた変化に、ヤスペルは気づけなかった。巨人の腹に、巨大な口が生まれたことを。そこにひょいと、己が放り込まれた事も。
「へ?」
「しまったっ!」
ヒデオンが銃を撃つも手遅れだった。巨大な顎が閉じられる。
「は? ああ!? い、いやだ! 私は、私はまだなにも! こんな様で……」
ぐしゃり、と音を立てて吸血鬼は潰れた。そのまま咀嚼されていく。手の出しようがなかった保安官は、皆が逃げた窓まで走り寄る。
取り降りる前に振り返る。ジャイアントグールは、その姿を凄まじい勢いで変化させていた。再び頭を再生。体中の傷も修復。筋肉は肥大化し、全身から黒い呪いを漂わせる。
「グルルルルル……」
「ハッピーバースディ、ジャイアント……ヴァンパイア、か。全く、厳しいな」
窓枠でハイジャンプを起動。人の常識を超えた大跳躍。そこからさらにエアウォークとアサルトダッシュにつなげる。空中だというのに、大きく距離を稼ぐ。その必要があった。
「ガァァァァァァッ!」
巨人吸血鬼がその筋肉から全力を振り絞り、砲弾のように追いすがってきたからだ。砦の建材を薄っぺらな紙のように吹き飛ばし飛び出てくる。ヒデオンが距離を開いておかなければ、跳ね飛ばされるか掴まっていた事だろう。
「あっぶない!」
ヒーローランディングで落下の衝撃を吸収し、振り向きざま射撃を加える。当たるし、肉体を削りもする。しかし効果的でもない。巨体に多少穴が開いても、すぐに再生してしまうからだ。
「分かっては、いたがっ!」
距離を取りながら、グレネードのピンを抜いて投擲。続いて、敵の右ひざを重点的に狙って撃った。巨体を支えるひざを破壊されは、素早く動けない。もちろん呪いの力で骨折すら回復するのだが、今はわずかな時間だけ動けなくするだけでよい。
爆発。
「グルァァァァァ!?」
無数の鉄片が全身を刻む。一般的な生物よりも頑丈ではあるようだが、銃弾が効く事からもわかるように無敵ではない。体内に潜り込んだ破片が、若干ながら再生を遅らせるだろう。
ヒデオンはその隙に、メタルバイソンへとひた走った。距離はそれほど離れていない。一つ角を曲がればすぐに見えてきた。
「保安官! 何が起きている!」
「デカブツがパワーアップした! 運転席開けてくれ!」
叫びながら全力で疾駆する。これ以上なく余裕のない形相のヒデオンに、仲間たちも慌てて対応する。ギリギリの所で従者がドアを開けた運転席に飛び込むと、素早くシステムを立ち上げていく。
地響きが、ゆっくりと近づいてくる。仲間たちが身構えながら、固唾を飲んでそちらを見やる。曲がり角、古城の壁に人よりもはるかに大きな手が添えられる。過剰な力がかかり、石壁に大きなひび割れが走る。
そして、黒い呪いの煙を纏わせたジャイアントヴァンパイアが姿を現した。いまだ再生の途中らしく、その動きは鈍い。ヒデオンは車両を発進させる。もちろん、逃走ではない。戦闘に仲間を巻き込まぬための配慮だ。
土を蹴り飛ばしながら、鋼鉄の車体を滑らせる。派手に動いたおかげか、いまだヒデオンを追っているのか。ジャイアントの視線は、メタルバイソンに向けられた。
ヒデオンにとっては好都合。ハンドルを回し、正面に敵を捉える。武装の照準が合った。
「照準、視認モード。短距離レーザー、重機関銃、同時発射ぁ!」
赤い閃光と大口径弾が、怪物に浴びせられる。穿たれ、焼かれる。ヤスペルから膨大な呪いを奪ったとはいえ、この圧倒的暴力は簡単に抗えない。
「グルアァァァッ!? コのままデは!」
削られる。焼却される。体積が減る。グール時代にはなかった知性が、己の危機に覚醒する。
巨人は跳ねた。己の損傷を考慮せず、あらん限りの力をつかって大きく跳躍した。そして城壁の外に逃れた。
「まずい! 逃げやがった!」
ヒデオンは気づく。相手側に、自分たちに付き合う理由はない。ここで戦う必要性がない。厄介だから倒そうという思考に至っても、後でも構わない。
対してこちらはそうではない。周辺地域の呪いの元は、巨人に移ったと推察できる。ここで倒さねば、まだいるかもしれない生き残りの生命が更に危うくなる。
保安官は再び車両を移動させ、後部座席を古城の入口へと向けた。
「追うぞ、乗れ!」
窓から身を乗り出して仲間に叫ぶ。装備を整え終わっていた公女は、配下に振り返った。
「お前たちはここに残って娘たちを守りなさい! フリッツ、供を!」
「は!」
セシリアはベルティナらと共に、メタルバイソンの後部ドアを目指す。……そして、ここで些細な不幸がおきる。車両と公女達の直線上に、荷物を拾い上げていた侍女がいた。ヒデオンが急発進したため、車から転げ落ちたのだ。
他ならぬ主の荷物である。戦いの場が少々離れたのを見計らって、彼女はそれを拾おうとしたのだ。
「え? え?」
状況に対応できず、身をすくませる侍女。急ぐ状態だった。避けている暇はない。かといって、弾き飛ばすようなひどい事もできない。セシリアの腹は決まった。
「ああ、もう! 連れて行きます! フリッツ!!!」
「かしこまりました!」
「えええ!?」
かくして、それこそ荷物のように侍女も車に放り込まれることになる。
「ドア閉めたらそこいらに捕まれ! 急ぐぞ!」
「ふんっ!」
重い鉄扉を、ベルティナが気合を入れて閉じる。それほど裕福ではない彼女は、時に力仕事をしなければならない時もあった。こういうことに拒否感はない。切羽詰まっていればなおさらだ。
「閉めたわよー!」
「よっしゃ!」
エンジン音を高らかに響かせて、メタルバイソンが発進する。まずは城門へ進路を取る。しかしその後が問題だ。
「あいつどっちに逃げたか、だれかわかる!?」
「私が。やつは森の中にいます。それと、すみません。今日はもう、奇跡の嘆願は期待しないでください」
「場所がわかるだけで十分! あと、奴が逃げ出しそうになった場合の対応!」
「森の中なら私が術で何とかする! 外に出られると大分きつい!」
「オッケー! なら森の中で倒そう! で、あとは倒し方だが……」
門を抜けて、森の中へ。車を通す隙間はあったが、当然道などない。凹凸のある地面を、エンジンパワーで無理やり進んでいく。当然速度も落ちる。
「この車の銃で、なんとか、ならないかしら!?」
舌を咬まないよう苦労しながら、公女が後部座席から身を乗り出す。
「セシリア、復活、おめでとう! 間に合って良かった!」
「ありがとうって、言ってる場合じゃなくて!」
「分かってる! 正直、微妙! やれるかもしれないし、やれなっ」
舌を咬んだ。口元を押さえて痛みに耐える保安官。こうなってしまっては作戦会議もできないし、自分たちも二の舞になりかねない。木の根、石、土の凹凸。車が揺れる要因は森の中に数多くある。
もどかしい時間を過ごしながら、車両は進む。闇をヘッドライトで照らしながら進むことしばし。目標の発見に成功した。
「なんてこと……」
「ああ、やっぱり」
セシリアが慄き、ヒデオンは諦めを含んだ納得をする。ジャイアントヴァンパイアの周囲には、多数の呪われた死体とグールがいた。
守っているわけでは、無い。死体共にそんな意思はない。巨人にもそんな意図はない。もっと単純な理由。食料としているのだ。
メタルバイソンの射撃によって破損した部位、そのすべてに口が生まれていた。腹にも腕にも足にも手にも。それらが当たるを幸いに、周囲の呪われし者どもに食らいついている。
いかなる不思議か、食えば食うほどその体積を増やしてく。この調子であれば、傷も癒えるだろうし戦闘力も向上するだろう。
「なんとなく、こんな気はしていたんだ。もう一段階化けそうだなって」
うんざりとしながらヒデオンが吐露する。過去の経験と勘からの言葉だった。聖女もまたその言葉に同意する。
「街ひとつを飲み干したヴァンパイア。それを食らったというのなら、このおぞましさも納得です」
「黙って見ている場合じゃない! 攻撃しないと、もっと強くなってしまうんじゃ」
「セシリア、落ち着いて。今攻撃したら、戦闘が始まっちゃう。……ヒデオン、さっきの話の続きだけど」
魔導士に促され、運転席で彼は顎に手をやった。
「んー……さっきは半信半疑だったけど、これで確定。倒しきれん。弾もエネルギーも足りない」
「リーフェは奇跡が打ち止め。セシリアの聖剣は多数には向かない。そして私の術でも……この数は無理」
「打つ手なし、なのか?」
フリッツが、諦めきれぬ思いを声ににじませる。誰もが同じ思いだった。だからこそ、保安官は案を出す。
「リスクのあるプランが二つある。プランA、消極的アプローチ。とりあえずここは見逃す。車を下げて、砦に残ってるみんなと引き上げる。その後、装備と仲間を揃えて再チャレンジ。俺たちの安全は保障される」
「……ボスハールト領の住民に、更なる被害が出ますね。それに、いったん離れたとなればもう一度見つけるのにどれだけかかるか」
セシリアが友に視線を向ければ、当人は首を横に振った。
「先ほどは、近場であったからこそ見つけられました。遠方では、せいぜい大雑把な方角程度……」
「時間がかかる分、被害はさらに広がる。これがプランAのリスク」
「プランBは!?」
公女がさらに詰め寄る。民の犠牲を許容するような人物であれば、そもそも自ら災厄を終わらせるために動いていない。
眉をつり上げる彼女を見ながら、保安官は不敵に笑う。
「俺が竜骸秘典を使う」
「いけません! この間でさえ、危険だったのに! 次は理性を失いかねません。そうなれば、誰も貴方を止められない」
聖女が悲鳴を上げる。肌を赤くする変異、フォールンの力は強大だ。それに竜骸秘典の力を加えれば確かにあの怪物を倒せるだろう。
だが、ヴァンパイアを倒した後に新しくより強い怪物が生まれては意味が無い。
「そう、それがリスク。逆に、このリスクを回避できればプランAに頼らなくて済む」
「あのねえ、フォールンなんてそれこそ吸血鬼と同じくらいの化け物なのよ? それに加えて、あんな危険極まるマジックアイテム四つも持ってる。そんなのどうやって倒せって言うのよ。いっそ目の前のアレを今から殴った方がまだ勝ち目があるわ」
呆れたと言わんばかりのベルティナ。仲間達も口に出さないがほぼ同意見だった。しかしそんな中、セシリアがひらめきを掴む。
「ねえ、ベルティナ。貴女さっき、吸血鬼を捕まえる術があるって言ってなかった?」
「言ったけど……周りに丈夫な樹木があって、それを支柱にして蜘蛛糸の術を使うって話。長々とは無理だけど、短時間ならって話。まあ、フォールンにも効果はあるだろうけど……」
「そのマジックを使えば、俺はその場に縛り付けられるんだな?」
確認するヒデオンの顔には、いたずら小僧のような笑みがある。不吉なものを感じつつも、魔導師は首を縦に振った。
「短時間よ。一回、何かするぐらいの時間は稼げる。でも、たったそれだけで何が出来るって言うのよ」
「我に策あり」
そう嘯いて保安官は策を、いやとびっきりのいたずらを開陳する。内容は短く単純だ。しかし話が終わった後の仲間達の表情は様々に変化した。
セシリアはこめかみを押さえた。これ以上の策は思い浮かばないが、実行してもよい物かと。
リーフェは神に祈った。あまりにも無体だったが故に。
ベルティナは口元を覆って思案する。上手くいくかどうか、自分の中で再検討している。
フリッツは力強く頷いた。覚悟を決めることにかけて、彼はヒデオンの次に慣れている。
そして侍女は顔を真っ青にさせた。
「これより良いプラン、誰か思い浮かぶ?」
そして、そんな一同にヒデオンは容赦なく選択を迫った。実際、時間が押していた。決めるのは早いほうが良い。
仲間達から否定も次案も無いことを確認して、保安官は両手を打ち合わせた。
「よし。それじゃあプランB、行ってみようか」