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ダイナミックエントリー

 そして夜が来た。一行を乗せた兵員輸送車両は、ライトを点灯させて闇夜を進む。古城があるとされる森は目と鼻の先。辛うじて続いている道を進むと、前方に人影が複数現れた。


 もちろんこの時間、この状況で現れるのが常人であるはずもない。よろめきながら歩くのは、呪われた死体たち。瞳を赤く輝かせて機敏に動く、グールも複数散見される。


 にじり寄るそれらに対し、ヒデオンは車両を一時停止させる。そしてメタルバイソンに搭載された武装を起動させた。


「照準、視認モード。短距離レーザー二門、発射」


 車両前方に搭載された光学兵器。赤く色づけされた光が、死者を照らす。瞬く間に発火点を突破し、呪われた死体に火をつけた。


 そしてそれだけに止まらない。レーザーは肉体に残った水分を蒸発させ、熱量で強引に乾燥させる。そうなれば燃焼に妨げはなくなる。


 赤い光によってわずかな間に二体が炎上する様に、同乗者たちが揃って驚愕する。


「ええ……なにこの威力。魔導使って……いないわよね?」

「いたって普通の科学、のはずだ。構造は俺もわからんからな」


 魔導士の問いかけに、気軽に答える。ベルティナとしては心中複雑だ。こんな威力を簡単に出されては魔導士の仕事がなくなる。学問として魔導を志す者達は喜ぶかもしれないが、それができるほど裕福なものは稀なのだ。


 赤い光が、次々と炎の柱を作っていく。そしてある程度の掃除が済んだところで、保安官は次の武装を使用することにした。


「スマッシャー起動。総員、口を閉じていろよ!」


 フリッツが檻のようだと思った、車体前方の格子。大型バンパーが青く輝く。ヒデオンの手甲にも装備されている格闘用機能が、この車両にも搭載されている。使用目的はもちろん、体当たりの為。


 アクセルが強く踏み込まれる。鋼の巨体が加速する。グールも死体どもも避けるということを知らない。


 生理的嫌悪感を抱かせる衝撃が数度、メタルバイソンを襲った。乙女たちは思わず目を閉じた。そして恐る恐る開く。ボンネットの上に、生首が一個転がっていた。


「「いやぁぁぁぁぁぁ!?」」

「だから、口を開けるな。舌を咬むぞ」


 ヒデオンが軽くハンドルを揺らす。車体も揺れて、生首も転がり落ちていった。バンパーに青い輝きはもうない。車両からエネルギーが供給されるのでチャージは早い。それでも輝かせない理由は、単純に使用する相手がいないから。


「もっとわらわら出てくるものと思っていたが、意外といないな」


 森の中を低速で進みつつ、ヒデオンは先を見る。ハイビームで照らされる先には、荒れた地面があるだけだ。それでも、車両が進める程度に整備されているのは助かっていたが。


「おそらく……」

「喋るなら、歯を食いしばりながら!」


 自分は平然としゃべっているではないか、という言葉が漏れそうになった。が、ぐっとこらえてフリッツは話を進める。悠長に会話している時間はないのだから。


「おそらく、まとめているのだろう。操れるのなら、その方が役立つ」


 若干聞き取り辛くなるが、なんとかそう言い切った。なお話をしている最中に二度、車が跳ねた。危うく舌を咬むところだったとフリッツは背に汗をかいた。


 彼の予想は、ほどなくして答えと向き合うこととなった。


「フリッツ、大正解」


 速度を緩めて停車する。城門前には、百を超える数の死体共が集まっていた。グールも多く混ざっている。一同に緊張が走る。


「ヒデオン、どうしますか?」


 聖女の問いかけに、しかし保安官は全く動揺していなかった。


「それはもちろん、蹴散らすのさ。大きな音が連続してするから、総員、防音器具を装着しろ。重機関銃、起動」


 車両の天井から、静かな機械音が聞こえた。何か酷い事が起きる、と悟った一同は事前に配られていた装備を装着した。耳を覆う形の防音保護具だ。セシリアにも、侍女がしっかりと装着させた。


「照準、視認モード。重機関銃、発射」


 轟音が、夜の森に響き渡る。大口径弾が、一定の間隔を置きつつもばら撒かれる。人体はおろか、やわな一般家屋すら穴だらけにする代物だ。呪いを纏った程度の死体が直撃を受けてまともな形を残せるわけがない。


 わずかにかすっただけでも、被害は甚大だ。衝撃でまともに立っていられないし、骨折や出血も確実。死体であるからこそ、それだけで済む。生きていたら重傷間違いなしである。


 それは、圧倒的な暴力だった。銃弾が通った場所は、肉と骨と血が混ざってぶちまけられている。まともに形を残しているものは稀だった。


 効果を見て、ヒデオンは満足した。仲間たちは逆に顔を青くしたが。最も深刻に受け取ったのは戦争の知識があるフリッツである。


(……この馬車、いや車が他者の手に渡らぬようにせねば。万が一これがドワーフの手に渡れば、戦争の形が変わるかもしれない。いや、もしかしたら。同じではないにしても類似品が)


 幸か不幸か、彼の悩みは長く続かなかった。ヒデオンが残る敵目がけて攻撃を再開したからだ。音による衝撃が、車体を小刻みに揺らす。全身に響くそれは、呪いで苦しんでいたセシリアすら目を見開くレベルだった。


 え? なにこれ? と周囲を見渡し、侍女がなんとかなだめようとする。そんな後部座席の様子に気づくことなく、保安官は再び車両を発進させる。


 散らばる『なにか』を容赦なく踏みつけ、メタルバイソンは古城に近づいていく。動く死体やグールなどはまだいたが、それはレーザーによって処分していく。


 時折、車体に飛び掛かってくるものもいたが、装甲が汚れる程度以上の影響はない。防音器具のおかげで、後部座席の面々も大して反応しなかった。


 かくして、一行は城門前にたどり着いた。古く大きな城門は、無残に破壊されている。言うまでもなく、大口径弾を大量に浴びたせいだ。これを見越して、ヒデオンは重機関銃を使ったのだ。


「総員、防音器具解除。外していいぞー。もう使わないから」


 運転席から、外した器具をかざして見せる。声は聞き取り辛くても、その動作で何を伝えたいのか仲間たちは理解した。


「……あのドカドカ言うの、弾切れになったの?」


 恐る恐る、そうであってほしいという願いを半分込めながらベルティナが問う。が、ヒデオンは左手を振って否定した。


「いいや。弾はまだある。単純に対費用効果が落ちるから使わないだけ。さっきは、敵が固まってたし門の射線にいたからうまく作用したけどな。これからはそう楽にはいかないよっと!」


 語りながら、右手でスイッチを操作。格闘装備が青く輝き、体当たりでまた一匹グールが行動不能となる。


 ついでに城門の残骸を超えれば、そこはもう古城の中。大口径弾の威力は内部にも浸透していた。古い木製の門扉に、威力減衰を求めるのは酷だった。


 門扉の内側に配置されていたであろうグールたちもまた、動かぬ肉片に成り果てていた。難を逃れたほかの怪物が寄ってくるが、片っ端からレーザーで焼き払われる。メタルバイソンに乗っている限り、危険はないといってよい状態だった。


「状況よし! 降車準備ー!」


 ヒデオンは車両を侵攻させる。跳ね飛ばし、焼き払い、動かぬ死体の戻していく。そして古城の入口へと到達する。そこで車両をターンさせ、背面を古城へと向けた。


「自動攻撃モード設定。対象、前方10mの動物体。……よし! いいか? 絶対にこの車両の前に出るなよ! ああなるからな!」


 燃え上がるグールを指さし、仲間に注意を促す。全員が強く頷いたのを確認し、ヒデオンもまた準備を始める。


 仲間が背面ハッチから外に出ていく。空いたスペースで装備を装着。手甲、脚甲、ガンスリング付きアサルトライフル、予備マガジン、ハンドガン、ナイフ、グレネード。


 あらかじめ準備しておいたそれらを手早く身に着け、自らも降車しようとする。が、その前にセシリアと目が合った。


「もうちょっと待っててくれ。すぐにロクデナシを吹き飛ばして直してやるからな」

「……わたし、も」

「おいおい勇者様、まずは俺たちの出番だ。ヒーローはラストで輝けばいい。こいつをもって、大人しく待ってて……うっわ、重いな」


 彼女の剣、ドンダーを引き寄せようとして失敗する。聖剣は己が認めた物でなければ運ばせてもくれない。


 頼れる保安官の残念な様に、セシリアも思わず噴き出した。


「ぷっ……ふ、ふふ。わかった。気を付けて」

「おう。……彼女を頼む」

「ご武運を」


 侍女と短いやり取りを済ませ、ヒデオンは外に出る。丁度、フリッツが仲間の騎士の肩を叩いている所だった。


「姫様を頼んだぞ」

「貴様こそな。大仕事、果たして見せろよ」

「無論」


 フリッツ以外の騎士と従者は、この場に残って防衛を担当する。メタルバイソンは強力だが、無敵ではない。ファイアレンジの外から迫られた場合の備えが必要だった。


 全員が揃った所で、聖女が守りの奇跡を嘆願する。淡い光が、それぞれに降り注いだ。これにて準備は完了である。


 ヒデオン、リーフェ、ベルティナ、そしてフリッツ。四人が門の前に立ち、即座に保安官が門を蹴破った。


「……ねえ、ヒデオン。こういう時はもっとこう、今から行くぞ、とか頑張ろう、とかそういうのあるもんじゃないの?」

「ダラダラしている暇はない」

「士気の向上は必要だと思うぞ。指揮官は意識するべきだ」

「騎士殿の言う通り。気持ちの切り替えが必要だと思いますよ? 轟砲の勇士殿」

「あー、わかったわかった! ったくもう」


 背に投げられるチクチクとした非難の言葉に保安官は降参する。こんな事をしている場合か? という気持ちを一端棚上げし、素早くスピーチを組み立てる。故郷での様々な経験は、こんな所にも役立ってくれた。


「……今、吸血鬼に苦しめられている者は大勢いる。この地域に住む多くの人々。街道を使いたい人々。そしてセシリアだ。この上でふんぞり返っている野郎に、やらかしたことのツケを払わせる。全員の力を貸してくれ。行くぞ!」

「「「おおーーー!」」」


 突入するベルティナ達だけでなく、待機組である騎士達も声を揃えて咆哮した。フリッツが満足気に頷く。


「素晴らしい。重要な戦いの前はこうでなくてはいけない。できるなら最初からやってくれ」


 そうだそうだ、と皆が頷く。反論はあったが、ヒデオンは口を閉じた。相手も馬鹿ではないのだ。入口でこれほど騒げば気づかないはずがない。相手に準備する時間を与えたくないのだ。


 問答する時間も惜しい。ヒデオンは城内に一歩踏み出した。


/*/


 ヒデオンには城の知識がない。だが、仲間はそうではない。特に、騎士として戦にまつわる事柄を学んでいるフリッツなどは専門家といっていい。


「小国時代の山城は、それほど部屋の数が多いわけではない。使える資源に限りがあったからな」

「世知辛いが、すごく納得できる話だ」


 騎士と保安官、二人が先頭となり場内を進んでいく。そして扉を見つけるたびに中を調べる。それをせずに素通りし、背後から襲われてはかなわないからだ。


「冒険者はこういう時、楔とか使ってドアを塞いじゃうって話聞いたことあるわ」

「……そのような準備は、しておりませんね」


 乙女二人の会話を背で聞きながら、男たちは調査を続ける。兵の待機所。倉庫。食堂。炊事場……。各所を回ってみたが、それらの場にグールなどの姿はなかった。


 だが戦闘が完全に無かったわけではない。配置というよりは、徘徊と表現するべき状態で、数体のグールなどと遭遇した。が、数も少なければ囲まれたわけでもない。ヒデオン達が苦戦する要因はなかった。


 数メートル離れた所からヒデオンがアサルトライフルを射撃し、頭部を粉砕。あるいはフリッツの剣により真正面から切り捨てられる場合もあった。


 このような場合、奇跡や魔導は温存される。使用回数には制限があるためだ。もちろん、リーフェ達が油断などするはずもなかったが。


 その様な戦闘を数回こなし探索すると、内部はそれほど広くはなかった。事前の説明通り、最低限の管理はされていた。だが傷んだ家具や雑に塞がれた壁の穴などを見ると、わびしさを覚える。


 感傷に浸る時間はもちろんない。一階部分の探索を終えると、二つの行き先が見えてくる。上階への上り階段と、地下への下り階段だ。


「地下には、吸血鬼の寝床があるでしょう。完全に倒すならば、対処が必要です」

「じゃあ、潰すか?」


 こちらの怪物退治は素人である保安官に尋ねられ、聖女は首を横に振って回答する。


「あえて残しておきましょう。私が賜る奇跡と、魔導士の術があれば様々な対処が可能です」

「寝床、複数あるのが普通だから。あえて現物残しておいて、別のそれを探す手がかりにするって手があるのよ」

「専門家にお任せするぜ……となれば」


 保安官は不気味なほど静かな上階を見た後に、仲間たちを確認する。無言で頷く皆の了解を得て、階段を上っていく。マガジンを交換したばかりのアサルトライフルを向けながら、一段一段進む。


 貴族の三男坊がトラップを仕掛ける可能性は低い、とフリッツが探索中に語っていた。実際、一階にそのようなものは確認できなかった。だからと言って油断するようでは生きて保安官は続けられない。


 ワイヤーや床の感触などに気を配りながら先へ進む。拍子抜けしそうになるほど、何もない。一同は無事に上階へとたどり着いた。


「……います。一昨晩感じた呪いの気配が、すぐそばに」

「血の臭いも漂っているな」


 見栄の為だろうか。ひときわ大きな扉が見える。仲間の準備を再度確認し、ヒデオンは扉を蹴り開けた。


「蛮人め。ドアノブを知らんのか」


 そこは、謁見の間というべき場所だった。二階の大部分を使った広い部屋。奥まった場所に、古びてはいるが豪奢な椅子。そこに、青白い肌の男が座していた。


 その手にあるのはガラスのグラス。中に注がれているは、赤黒い粘り気のある液体だった。


 壁際には、数名の乙女たちの姿があった。皆、目が虚ろであり入ってきたヒデオン達にも反応しない。


「ヤスペル・ボスマン。罪を認め、神の裁きを受けなさい。さもなくばその魂、長く贖罪の苦しみを受けることになりますよ」


 錫杖を掲げ、聖女が告げる。吸血鬼の返答は、哄笑から始まった。


「ふはははははっ! 罪! 罪と来たか! 罪人は我にあらず! わが父、我が兄たち、妹たち! そして忌々しい家臣とアルネムの愚民ども! 私を認めず、貶めて、愚弄した! 故に罰を与えた……いや? ちと違うか?」


 己と血に酔う怪物は目の前に敵がいるのにも関わらず、それを気にするそぶりがない。しかし前回の戦いを経験している者達の緊張は高い。吸血鬼の動きが目にもとまらぬ速さであるということはよく知っている。


「私がこの強大なる力と身体を得るための贄になったのだから……栄誉、か? なんと! 私としたことが、あんな奴らに何と寛大な! 貴様らも、そうは思わんか?」

「親兄弟、家臣や民にいたるまで犠牲にしたというのか……外道め!」


 フリッツが吐き捨てる。すると、気分よく語っていた吸血鬼の顔がたちまち険しくなった。


「猪騎士……貴様まで来たのか。ああ、いやだ。あの時しっかり縊り殺しておけなかったことが悔やまれる。今すぐにでも、グール共の餌にしてやりたい所だ」

「なんだ、フリッツにはずいぶん当たりが強いな。なんか恨まれるようなことでもしたか?」

「してやりたい気持ちは山ほどあるが、覚えはない。私、というより騎士そのものを嫌っているようだ」

「その通り! ……騎士に同意してしまった。ああ、気分が悪い。お前らが私を嫌うように、私も……いいや、私の方がもっと! もっと貴様らが大嫌いだ。汗臭く、強くなければ何でもけなし、腕力で物事を解決……したように勘違いする愚物どもが!」

「本当に、騎士、嫌ってんだなこいつ」


 ヒデオンが呆れる。短いやり取りで、彼も吸血鬼の気性という物を理解し始めていた。とにかく気分屋だ。山の天気どころではない。突風が吹くように機嫌が変わる。


 そのつぶやきにも、ヤスペルは反応した。小首をかしげ、訝し気にヒデオンを見やる。


「貴様は……? ああ! 分かったぞその匂い! 何かが焼け焦げたそれが染みついている! あの時、デカブツを相手どっていた化け物か!」

「吸血鬼に化け物呼ばわりされるのは心外だな」

「どの口で言う! あのおぞましい力は一体何だ! 話に聞く魔導士や、死霊術師でもあのような災厄はおこせまい。加えて、その匂いだ! この城でもそうだったが、あの喧しさはなんだ! 流石の私も耳を塞いだ!」

「銃っていう文明の利器……ただし最高に野蛮な。そんな道具だな」

「は。ドアを蹴破る事しか知らぬ蛮人にはお似合いか」


 ヒデオンは、試しに軽く卑下を入れてみた。案の定、ころりと吸血鬼の機嫌がよくなる。おだてれば簡単に操れるのではないかという考えが頭をよぎる。


 しかし、またもや機嫌が変わるのを確認し、それを捨てた。一瞬しか買えられないものを制御できると考えるのはうぬぼれだ。


「……というか、貴様ら。何故ここにいる。我はいい。夜空に溶け込めば、空を自由に移動できる。デカブツもいい。疲れ知らずだから、夜の間どれだけでも走れる。……貴様らは違うだろう。ヴェルテンからここまで、どうやって来た。馬を使い潰した、では説明がつかん。交換の馬など用意出来まい」

「そっちは車を使った。ご機嫌な移動を提供してくれる、本当の文明の利器だ」

「ほおう? それは興味深い。私に献上する栄誉を与えてやろう」

「残念ながら、俺の所有物ではない。貸与されたものだから、贈呈することは……」

「私が寄こせと言っている!」


 手にしていたグラスが、矢のように投げつけられた。幸い、力が強すぎて精密なコントロールに欠けていた。ヒデオン達の手前で床にぶつかり砕け散る。血の臭いが強く漂ってくる。


 保安官はアサルトライフルの照準を吸血鬼へと向けた。


「悪いが、聞けないね。俺はこの国の市民じゃない。あんたがえらかろうが関係ないね」

「外国の者であったか! であれば、旅先で消えるのに不自然は無し! そういうことでいいな?」


 ゆっくりと、椅子から吸血鬼が立ち上がる。ベルティナ達も、各々武器を構えた。いよいよ緊張が最高潮に高まる中、ヒデオンは鼻で笑う。


「親兄弟、家臣も市民も全部ぶっ殺した男が、今更体裁なんて気にするのかよ」

「罰だと、いや寛大な処置だったといったが? 耳が悪い……ああ。あのような大音を放つ武器の近くにあれば、さもありなんか」

「あいにくと、しっかりケアしているから聴覚はばっちりだ。そっちこそ耳が悪いんじゃないか? それとも記憶力に問題が? さっき聖女様がなんていったかもう忘れたか」


 先ほどは、双方に戦意が高まっていた。今は、保安官と吸血鬼の間に殺意が高まっている。怒りと不快感を暴力に変えたいという思いが全身に満ち始める。


「ふ。ははは。……口の利き方を知らぬ男だな。私を誰だと思っている。この地の支配者! ヤスペル・ボスマン子爵であるぞ! 私に逆らうということは、死を賜ると……」

「クズ」


 侮蔑と嘲笑をたっぷりと込めて、ヒデオンはシンプルな罵詈雑言を叩きつけた。怒りに顔を引きつらせながら笑っていた吸血鬼も、これには表情を消す。


「……今、何と?」

「クズと言ってやったんだよ。ゴミクズってな。何の役にも立たない粗大ごみ。それがお前だ。負け犬ですらない。お前は自分の負けを認められない。自分がダメな奴と認められない。認めたら大事なプライドがぺっきりと折れる。だから虚勢を張る。自分がすごいやつだと言い続ける。しかし、本当の所は自分自身に何もないことを知って……」


 次に起きたことは一瞬だった。まず、吸血鬼が怒りに耐えかねて飛び跳ねた。怪物の身体能力、それを暴発させての高速大跳躍。矢か砲弾のようにヒデオンに襲い掛かる。


 ヒデオンはそれを待ち構えていた。あからさまな挑発をしたのもこのためだ。真っすぐ飛び掛かってくるのも予想していた。


 直情的な性格だ。頭に血が上った状態で、からめ手が使えるようなやつではない。力いっぱい殴りつけてくるに違いないと。なので、こちらの狙いもまっすぐ。ただ動いたと思った瞬間に引き金を引けばいい。


 銃声一回。ライフル弾が、吸血鬼の身体をあっさりと貫通した。音を超えて飛来した金属弾の一撃。突撃の勢いを削る。ヒデオンへの到達に遅れが出る。そのわずかな時間を逃さず、さらに二発目、三発目。


「ぐ、が、ああ!?」


 ついに、悶えながら床に転がる羽目になった。


「フリッツ!」

「分かっている! ええい、肝を冷やしたぞ!」


 陪臣騎士が、剣を構えて吸血鬼ににじり寄る。ヒデオンも銃口を改めて敵に向ける。吸血鬼の耐久力がどれほどか未知数だ。血を採取するまで、うっかり殺すわけにもいかない。動いたら傷を広げる。そのつもりで引き金に指をかける。


 しかし、ここでヤスペルのとった行動は、一声吠えるだけだった。


「かかれ!」


 号令を受けて動き出すのは、壁際に立っていた娘たちだった。己の意志を感じさせぬ虚ろな瞳のまま、一行へ向けてふらりふらりと歩き出す。


 顔をしかめながら、保安官は銃口を娘たちに向ける。非情の決断を下そうとしたとき、さらに一声吸血鬼が叫ぶ。


「こいつらは! まだ生きているぞ!」

「てめぇぇぇ……」


 ヒデオンはこれ以上ない怒りを沸き立たせながら、引き金から指を外した。後ほんの僅か遅かったら、取り返しのつかない事になっていた。


「ぐぬ、ぬ! どうする!? どうにかなるか!?」

「リーフェ! ベルティナ!」

「なる! 娘たちを取り押さえて!」

「取り押さえろと言われても……!」


 フリッツはわずかに迷った後、剣を鞘に仕舞った。流石に刃物を握ったままで娘たちと取っ組み合いをするのは躊躇われた。事故を起こさない自信がなかった。


 無造作に手を伸ばして掴みかかってくる娘たち。男二人は、これへの対処に戸惑った。二人とも、暴徒を無力化する技術は心得ている。投げ技、関節技も知っている。しかしそれを、この娘たちに使っていいものか?


 顔色が悪い。やつれている。手首を見れば、無造作に巻かれた包帯。黒く汚れているソレを見れば、心理的な抵抗を覚えて仕方がない。


 加えて数。十人近くいる彼女達を、同時に対処しなければならない。多勢に無勢、打つ手も浮かばない。暴力で解決できない状況に、騎士と保安官は追い詰められる。


 状況を動かしたのは、ベルティナだった。


「まったくもう! こうするのよ!」


 魔導士は、全力の体当たりを娘に仕掛けた。腰の入った、力強いアタック。掴みかかられてもお構いなしで、勢いよく隣の娘を巻き込む。合計二人の娘があっさり転がった。


「転んだ程度じゃ死にやしない! 体力も削れて一石二鳥! 眠りの術を準備するから、全員転がして!」

「助かったっ!」


 ヒデオンが魔導士を真似る。方針さえ決まれば、手法もいくつか浮かぶ。銃にセイフティをかけて、それを娘たちに押し付けていく。


 鉄の塊だ。軽いわけがない。鍛え上げられた保安官の筋力と、銃の重さ。体調不良の娘が堪えられるはずもない。ごろりごろりと転ばされていく娘たち。


 フリッツも同様に、操られた者達を無力化していく。が、それも一時の事。大きな怪我などないのだから、あっさりと立ち上がるのは道理。


 何度倒されようと、何事もなかったかのように立ち上がる。そして再び一行を囲むのだ。


「キリがないんだけど!?」


 ヒデオンも流石に悲鳴を上げる。そこに、魔導士の術が成立した。


「微睡め、気を抜け、眠ってしまえ。夢へのいざない」


 薄煙のような輝きが、娘たちに広がる。すると、どれほど転ばされても起き上がってきた娘たちがあっさりと床に倒れ伏したではないか。


「……体力が無いほどよく効く術なんだけど。心を操られて、限界まで体力を振り絞るようにされてたみたい。ひどい事をするわ」


 ため息をついて、ベルティナが倒れた娘たちを見渡す。そこに銃声が轟く。娘たちに手を伸ばそうとしていた吸血鬼の手をヒデオンが撃ち抜いたのだ。


「ぎゃぁ!? おのれ、せっかく傷がふさがったというのに、また!」

「クソみたいな時間稼ぎしやがって……フリッツ!」

「ああ、今度こそ、だ!」


 名を呼ばれた騎士は、大股で歩きながら剣を引き抜いた。目指すはもちろん、吸血鬼の目の前である。


「寄るな、猪騎士がっ!」


 ヤスペルの瞳が怪しく輝く。心を操る異能である。一昨晩は大きな効果を上げた力。ここでも間違いなく役立つ。そう確信していた吸血鬼の左腕が、容赦なく切り飛ばされた。怒れる騎士の一刀だった。


「ぎぉ!? な、何故だ! 何故動ける!」

「一度やられたものを、何故対策しないと思った! シュルティーサ神のご加護と、心構えがあれば貴様の妖術など恐れるに足りん!」


 あの時の不覚を、仲間たちはよく覚えていた。放置できぬ厄介さ。幸いにも神より賜る奇跡には、こういった呪いへの抵抗力を向上してくれるものがあった。


 山城に入る前にリーフェが使用した奇跡が、ここで役立った。


「おのれ、おのれ、おのれぇ! 貴様ごときに!」

「そっくりそのまま返すぞ、このカカシ男がっ! 干された藁のようだな貴様はっ!」

「ぐぅぅ!?」


 今までさんざん言われたお返しと共に剣を再度振るう。銃創がふさがりかけていた右手が宙を舞う。


「その剣! 何を塗ってある!」

「リーフェ様が聖別された霊験あらたかな水だ! 貴様にも十分効果があるようだな! よし、保安官!」

「任せろ! とりあえず一発ぶん殴れ!」

「素晴らしい!」


 我が意を得たり、とフリッツは全力でヤスペルの顔面を蹴り飛ばした。悲鳴を聞きながら、しまった殴るんだったか、と思いを抱いた。が、結果は変わらないのだからこれで良し、と自己完結。


 そんな彼の横をヒデオンが通過する。アサルトライフルはガンスリングで肩に引っかけ、空いた手には大型の注射器を持っていた。家畜用の、冗談のように大きく頑丈なもの。


「まて!? なんだそれは! 何をする気だ!」


 青白い顔をさらに血色悪くさせる吸血鬼に、保安官は鮫のように笑って見せた。


「吸血鬼ってのは人様の血を飲む怪物って話だな? じゃあ、たまには相手の気分を味わうのも悪くないだろ」

「何、やめ、やめろぉぉぉ!?」


 静止を聞くはずもない。ヒデオンは容赦なく吸血鬼の心臓に注射器を突き刺した。そしてそのままピストンを引く。透明な本体の中に、見る見る赤黒く気色悪い液体が溜まっていく。血であるはずなのに、おぞましい。


 顔を引きつらせつつも、きっちり根元まで引っ張る。そして針を抜けば、ヤスペルは仰向けに倒れてしまった。


 今まではどんな怪我も瞬く間に再生してしまったのに、倒れた後はそれがない。両手の再生も止まっている。


「よし。今のうちだ。もってけ」

「うむ。魔導士殿!」

「羽根のように、綿のように、泡のように。自由なる落下」


 ベルティナが杖を掲げると、ヒデオンと吸血鬼を除く者達が淡く輝いた。倒れていた娘たちもである。


「騎士殿! 血をこちらに。それから娘たちもお願いします」


 リーフェはそれだけ告げると、渡された注射器を手に窓の外に飛び出した。ここは、二階である。そんなことをすれば当然落ちる。……が、その速度はとても緩やかだ。先ほどベルティナが使用した呪文は、このためのものだった。


「ぬうう。数が多いが、放り出すだけならば」

「手伝えなくて済まんね」

「構わん! 吸血鬼を見張っていてくれ!」


 倒れた娘たちもまた、術の影響にある。窓の外に放り出されても、中を舞う泡のようにゆっくり降りていく。


 その間、ヒデオンはアサルトライフルをしっかり構えていた。もちろん安全装置は解除済み。いまだ再生が始まらないとはいえ油断はできない。


 そして、止めを刺すことも出まだできない。先ほど抜いた血を使って、セシリアの呪いを解く。うっかり倒してしまったら、その血がどうなるか分からないと専門家二人の言葉があった。


 このまま動かないでいてくれれば。ヒデオンのその願いは、次の瞬間あっさりと露と消えた。吸血鬼がその姿を霧に変えたからだ。


「くそ! ヤツが消えた! フリッツ急げ!」

「もう終わる! この娘で……」

「行かせるかぁ!」


 霧が集まり、フリッツの目の前に吸血鬼が現れた。大きく開いた口に、鋭い牙が輝いている。娘の首筋にそれが迫る。


 窓へと投げる体勢だったフリッツは対応が間に合わない。ベルティナも術の制御で動けない。だが、手甲と脚甲を青く輝かせたヒデオンは間に合った。


「キスはノーセンキューッ!」


 アサルトダッシュ&デストロイスマッシュ。故郷の荒野にて、幾多の悪党と怪物を屠った一撃が吸血鬼に叩き込まれた。全身に広がる、殺人的衝撃。骨を、肉を、内臓を致命的に損傷させるエネルギー。


 もし怪物に変じていなかったら、ヤスペルの運命はここに尽きていただろう。そのかわり、人では味わうことのない苦痛もまた受けずに済んだだろう。


「ご、おぉぉぉぉぉぉ……」


 もはや文句すら言葉にできず、傷口を押さえてもだえ苦しむ。その隙に、仲間たちが窓へと飛び出していく。


「後は任せたぞ!」

「おう。そっちも下を頼む」

「気を付けてね! 作業が終わったら戻るから!」

「急がず安全に頼むぞ、ベルティナ」


 銀髪の魔導士が窓へと消えて、この場に残ったのは保安官と吸血鬼のみ。先ほどの経験もある。ヒデオンは万が一を思い窓を閉めた。仲間を追われてはかなわないからだ。もっとも、霧に変われるこの怪物に、隙間だらけの窓がどれほど役立つか疑問が残る所だったが。


「貴様ら……なにをしている。私の血を、どうするつもりだ……」

「教えてほしいか? 『プライドばかりでかくて、反省一つできないガキの私にどうか教えてください』って言えたら考えなくもない」

「き、さ、まぁぁぁ」


 なので煽る。案の定、これ以上なく憎しみを込めた視線で見上げてきた。


「しかしまあ、空っぽのプライド一つ守るために家族含めた住民大虐殺? 俺も色んな悪党を見てきたが、お前ほどどうしようもないやつは初めてだ。認めるよ、ナンバーワンだ。いや、アンダーワンかな? ともかく今後、お前以下はいないと思う」


 黒い煙のようなものが、ヤスペルの身体から立ち上っていく。先ほどまでは血の力で動いていた。今この吸血鬼は、怒りを呪いに変えて己に注ぎ込んでいる。


 だが、ヒデオンは罵倒を止めない。この男がしでかしたことを、少しでもわからせるべきなのだ。保安官もまた怒りに燃えていた。


「反省できれば。自己保身を捨てられれば、お前は前に進めた。失敗を認めて、初めて人は学びを得る。お前はそれができなかった。だからそんな様になっている。親や兄弟に言われなかったか? 一体いつになったら成長するんだって」

「あ、ああ、あああああああああ!」


 絶叫。トラウマを刺激され、感情が爆発する。そしてまたも、無策に飛び掛かる。先ほどそれをして、どうなったかを学ばぬまま。


 結果は同じ。銃弾が次々と、吸血鬼の身体を穿つ。が、ここで先ほどとは違うことが起きた。


「ガァァァァァァァ!」


 家族、家臣からの侮蔑と嘲笑。不出来な自分への絶望。それを忘れるために肥大化するプライド。様々な記憶が蘇り、怪物になってなお心を苛む。


 その痛みが、身体の損傷を凌駕した。再生した両腕がヒデオンを襲う。だが、ヒデオンも無策で煽っていたわけではない。しっかりと対策を取っていた。


 大跳躍。脚甲が青く輝くと、ヒデオンは大きく飛び跳ねて後退した。ハイジャンプの機能は、回避と移動に役立つ。


 同時に、グレネードのピンを抜く。レバーが跳ね飛ぶのを確認して、吸血鬼の足元へ転がした。着地してから、素早く床へ転がり伏せる。


「ァァ……? は。なんだ? 着地に失敗し」


 爆発。無数の破片が飛び散り、吸血鬼の身体を損傷させる。数十か所を一度に破損されては、流石の伝説的怪物も無事とは言い難い。


 立ち上がったヒデオンは、銃のマガジンを交換する。


「実は、初めから段取りを組んでいてな。お前の血を抜いたら、俺だけ残って足止めするって作戦を計画していた。こういう、仲間に被害が及びかねない装備を持っているんでな、俺は」


 レバーを引いて初弾を装填。アサルトライフルを構える。


「徹底的に、ボロボロにしてやる。神様に代わって罰を与えてやるよ。痛みでな」


 グレネードで吹き飛ばされたヤスペルは、目の焦点が合わなくなっていた。だからだろうか。ヒデオンが、地獄の悪魔のように見えた。


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[良い点] 実益を兼ねたわからせは良いものだ(物理)
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