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メタルバイソン

 夜が明けた。まだ動けた死体共も、日の光によって呪いを払われていく。早急に片付けをしなければ疫病が発生する。動ける兵士や衛兵は、その作業に追われている。


 幸いなことに、無事だった住民達が手伝いを申し出ていた。わずかながら、街が正常化する兆しが現れていた。


 一方、代官屋敷。表は作業で騒がしいが、内部は静かだ。その中にある、来客用の部屋。ベッドに寝かされたセシリアがいた。不調であることが、流れる汗でわかる。


「それで、状態は?」


 わずかな休憩を終えて調子を取り戻したヒデオンが聖女に問う。彼女は徹夜しており、疲労が顔に色濃く表れていた。


 しかし彼女の表情が優れないのは、疲労によるものだけではなかった。


「……吸血鬼化の呪いを受けています。それもかなり強く。このままでは、数日で彼女は変わってしまう」


 一度、部屋に沈黙が下りる。ともすれば、泣きそうにも見える聖女。感情を押し殺し、表情を消したフリッツ。


 そしてヒデオンが、力強く再び口を開く。


「助ける方法は?」

「吸血鬼の心臓から抜き取った血を用いた解呪。あるいは親である吸血鬼を消滅させること。どちらもなるべく早くが望ましい」

「なるほど。その吸血鬼についての情報は?」

「デニス、今一度説明を」


 治療を受けたフリッツが、努めて冷静に語る。彼の内心は怒りに煮えたぎっていた。不覚を取った自分と敵に対して。


 故に、吸血鬼の縁者だったデニスにも強く当たりそうになる。騎士として恥ずべき振る舞いなので、彼はそれを強い意志で戒めていた。


 促された文官見習いは、昨晩と変わらぬ青い顔で語る。彼も休んでいない。先ほどの戦いで、怪我をしたもの以外は大抵そのまま起きていた。やるべき事が多かったから。


 例外は倒れる寸前だったヒデオンと、ここには居ないベルティナである。魔道士の精神力は眠らねば回復しない。いざという時のために彼女場万全であってほしいというのが皆の意見だった。なのでなかば強制的にベッドに放り込まれた。


「あの方……いえ、奴の名はヤスペル・ボスマン。ボスマン子爵の三男……でした」

「この国は怪物でも貴族になれるのか?」

「保安官。それは侮辱にもとれるぞ」

「すまん。失言だった」


 フリッツに謝罪し、話の続きを求める。


「……ヤスペルも、はじめから怪物だったわけではありません。至って平凡な人物でした。それ故、優秀だった二人の兄と常に比べられていました」


 青年が訥々と語る内容は、それほど多いものではなかった。何事も、人並みにはこなせた。しかし上の二人はそれ以上。どれほど頑張っても兄たちのようにはなれない。


 気がつけば、家族も家臣も不出来をさげすむ有様。いつしか、ヤスペルは部屋から出てこなくなった。


「私はヤスペルの側仕えとしてしばらく過ごしていましたが……部屋から出てこなくなったあたりで、その仕事から外されました」

「そしてここに送られた、と。じゃあ、怪物になったのはその後か?」

「はい。時期としましては呪詛風邪の最中でした」

「一体何があったのか……騎士殿、何か気付いたことは?」

「今の話を踏まえてのことだが。やつは戦いの素人だ」


 フリッツがはっきりと断定する。


「多少なりとも訓練はしたのだろうが、身になっていない。技がない。力だけで暴れている。なにより精神が戦士のそれではない」

「はい……一般的な兵士よりも、少し下というレベルでした。自分が知る限りでは」

「なるほど、それは良い情報だ」

「これでか?」

「怪物退治は慣れている」


 保安官は不適に笑ってみせる。一人でジャイアントグールを撃退した実績を知る二人は、頼もしさとうっすらとした恐ろしさを感じた。


「吸血鬼の話はもう少し聞かせてほしいけど、いったん後回しだ。そいつを早く倒さなきゃいけないわけだが……潜伏場所は分かるか?」


 用意の良いことに、デニスは地図を手元に置いていた。テーブルにそれを広げる。


「ここがヴェルテン。こちらが領地の中心であるアルネムです。ヤスペルは、ずっとここに住んでいました」

「じゃあ、今も?」

「可能性はあると思います。ですが……」


 文官の指先は、アルネムにほど近い大きな森へと移動した。


「ここの可能性も、大きいと思うのです」

「ここは……山城か? 何故ここに?」


 いぶかしむフリッツに、文官が歴史を語る。曰く、バルタニア王国の成立前。小国が乱立し土地を奪い合っていた頃に建てられたものだと。


 当時はともかく、現在は無用の長物。取り壊すにも大きな費用がかかるため、最低限管理するだけにとどめてある場所。


「……話を聞くに、あまり手入れもされていないのだろう? 何故ここだと?」

「理由は二つあります。一つ目は、ヤスペルはアルネムを好いていませんでした。家族に虐げられ続けた場所です。よく、あの街を出たいとぼやいていました」


 眉根に皺を寄せながら、デニスが語る。過去に思いをはせながら。


「もう一つは、やつが小国時代の話を好んでいたという所。この山城にもいってみたいと、時折話をしていました」

「邪魔者がいなくなり、力も得た。夢の城に堂々入城、と。なるほどありそうだ」

「ずっと街の外に出ておらず、しかしそこには居たくない。アテはそこしかないだろうな」


 ヒデオンとフリッツが同意する。これで、居場所の見当が付いた。となれば後は移動と準備だが。


「この城まで、どれぐらいの距離なんだ?」


 保安官の問いかけに、男二人がそろってため息をついた。


「なにも問題が無ければ、五日ほどで到着します。ですが……」

「この死霊災厄の最中では、な。姫様を置いていくわけにもいかん。護衛もかねて全員で移動するとなると……十日、いや半月でたどり着ければ御の字か」

「それ、大丈夫なのか?」


 再び、男二人が沈黙する。非常に厳しい問題だった。騎馬だけで移動、というのは無理な話。馬は生き物だ。馬草が必要だし、飲み水も用意しなければならない。ここまでの旅路でも、それらを苦労して都合していた。


 供回り無しで、馬の世話をするのは厳しい。急ぎの旅であるならばなおさらだ。そして馬なしでは徒歩以上の速度は出せない。


 打つ手無し、という言葉が三人の脳裏によぎる。


「……ふひゃっ!?」


 重苦しい空気を砕くように、かわいらしく素っ頓狂な声が部屋に響いた。三人が振り向けば、口元を拭う聖女の姿があった。


 男達は顔を見合わせた後、うなずき合った。


「リーフェ、そろそろ休んだ方が良い」

「いえ、大丈夫です。それよりも……」

「デニス、部屋の用意を頼む」

「はい、フリッツ卿。聖女様、こちらへ」

「まだ大丈夫です! そんな事より保安官!」

「なんだ?」


 居眠りをごまかそうとしているかと思ったが何かが違う。ヒデオンは訝しんだ。


「御使いが貴方へお言葉をくださいました。『愛用品は、すべて持ち込める』……何を意味するか、分かりますか?」

「んん?」


 覚えのあるフレーズだった。ヒデオンがこの土地にやってくる際、シュルティーサの使者に言われた言葉だ。今このときに、わざわざもう一度それを伝えてくる。


 当然そこには何かしらの意味があるはず。保安官はそれを掴もうとこめかみをもみほぐしながら悩む。


「愛用品。愛用品? ……銃はある。ボナンザもある。忌々しいアレらは持ち込みたくなかった。ほかに、何がある? いつも何を……まさか」


 ひらめきが、稲妻のようにヒデオンの脳裏を走った。そして部屋を飛び出していく。


「保安官!?」


 フリッツの呼び止める声を無視し、屋敷の外へ。作業で開け放たれた門扉の外へ。上着の内ポケットから、手帳ほどの機械を取り出す。


 これは専用の無線装置である。操作することで、彼の愛用品を呼び寄せる。そういう道具だ。しかし、この地では使えぬものであると思っていた。


 スイッチを、押す。朝の街に、力強いエンジン音が鳴り響いた。


「……なんだ、これは」


 ヒデオンの奇行と聞き覚えのない轟音に驚き走ってみれば、代官屋敷の入り口前に全く見た事もない物体が鎮座している。フリッツでなくてもこのような感想が出るだろう。事実、兵士や衛兵たちも彼と同じ表情をしていた。


 その物体を彼らの知識で無理やり表せば、鋼の車体をもつ馬車となる。もちろん、細部は全く違う。まず大きさ。明らかに馬車のそれより大きい。貴族用の馬車の三倍はあるだろうか。もっとかもしれない。


 次に車輪が四対八輪ある。こちらも鋼であり、しかも大きく太い。鋼だけでなく、黒い見た事もない素材で覆われている。車体の前には檻かと思うほどの太い格子が取り付けられていた。守りの為のものではないかとフリッツはかろうじて推察する。


 最後に武装。ヒデオンの銃とは似ていない、別の何かがあちこちから突き出ている。特に天井などには、ひときわ大きな銃が据え付けられていた。ヒデオンが宿場町で使用した物よりも一回り大きい。


 こんな物、馬が八頭いても引けないのではないか。そんな考えを浮かべるフリッツ達に対し、保安官はこれ以上のない強い笑みを浮かべていた。


「神様の使いが、この状況にピッタリの切り札を贈ってくれたぜ」

「切り札、だと?」

「そう。シェルターシティ防衛軍採用。荒野用装甲兵員輸送車両。名称メタルバイソン。こいつがあれば、一日で吸血鬼の寝床をぶっ飛ばしににいけるぞ」


/*/


 出発は翌日早朝となった。理由はいくつかある。吸血鬼退治に参加するメンバーの体調を万全にしたかったというのが一点。ヒデオンが装備を生産する時間を欲したのが一点。移動時間を昼にすることで、道中に死体共との戦闘を回避する目的が一点。


 そうして迎えた翌日、日の出前。代官屋敷前に一同が集っていた。見送るのは、セシリアの騎士団のほぼ全員と、ヴェルテン衛兵隊。代官屋敷の使用人たちと、デニス。


 メタルバイソンは、操縦者を含めて十名搭乗できる。騎士団全員はとても連れていけない。先日の戦闘での怪我や疲労が回復しきっていない者もいる。なにより、この街での仕事はまだまだ多い。そのような理由により、多くのものが残らなくてはならなくなった。


 もちろん反対意見は多々あった。それを抑え込んだのは、呪いに蝕まれつつも目を覚ましたセシリアの説得によるものだった。主に命じられては、彼らは否と言えない。


 吸血鬼ヤスペルを退治するべく選出されたのは以下の通り。


 クラーセン公爵家陪臣騎士、フリッツ。及び同僚騎士一名、従者二名。


 魔導士学院所属、ベルティナ。


 シュルティーサ神殿の聖女、リーフェ。


 そしてジャンクランドの保安官、ヒデオンである。


 さらにセシリアとその世話係の侍女も同道する。何故危険な状況に連れ出すかと言えば、護衛と治療の為である。


 まず第一に、吸血鬼にまともに痛打を与える手段が乏しいというのがある。神の奇跡、聖別された武器、銀、炎、雷。これらでなくては吸血鬼は容易く傷を塞いでしまう。


 騎士や従者、兵士はこれらを持っていない。リーフェやベルティナによって一時的に与えることはできるが、全員には無理だし何より短時間だ。


 加えてこの二人が討伐に参加するとあっては、この場に襲撃された時に攻撃する手段が大変乏しくなる。油壷による炎上攻撃だけでどうにかできるほど容易い怪物ではない。一昨晩にやられたように、精神攻撃をされる可能性も高い。あれらをどうにかするのも、奇跡や魔導が必要になる。


 そのような理由から、守るためには連れて行くしかないという結論となった。もちろん反対意見は出たが、具体的な防衛策を上げられる者がいなかったため却下となった。


 セシリアを連れて行くもう一つの理由、治療。退治できなくとも血があれば呪いは解ける。それをするには、本人がいなくては始まらない。そのためにも同道は必要だった。


「……これは、何とかならんか?」


 だが、いざ公女をメタルバイソンへ乗せる段階になってフリッツが難色を示した。今回セシリアは、担架に寝かされて運ばれることになる。


 兵員輸送車両にそれを乗せるスペースは後部。兵員が対面に座る場所があるが、その足元に固定することになる。騎士としては納得しがたいのも当然だろう。


「なんともならん。これが一番負担が少ないんだ。座席とかにすると、すごくつらい目にあうことになるぞ?」

「ぬううう……申し訳ありません、姫様」


 良い案が浮かばず、陪臣騎士は折れた。そんな小さなトラブルはあったものの、物資の搭載と人員の搭乗は無事終了。出発の時刻と相成った。


「姫様をよろしくお願いします!」

「街の事は我らにお任せを!」


 兵士や衛兵の見送りを受けた後に、ヒデオンは後部のドアを閉めた。そして運転席へと向かう時、近くに立っていたデニスが一歩前に出た。


「保安官殿。どうか、ヤスペルに死の眠りをお与えください」


 いろいろな葛藤を抱えた表情だった。それに触れてやる時間は、一行にはない。


「まかせろ」


 ただそれだけ伝え、ヒデオンは運転席に乗り込む。エンジンスタート。大型エンジンが目覚め、朝のヴェルテンを震わせる。


「メタルバイソン、発進。目標、アルネム近郊の古城!」


 クラッチを踏み、ギアを1速に。生まれるパワーが、鋼の雄牛を前へと進ませる。初めはゆっくり、そして力強く。仲間たちを乗せ、装甲車両が進んでいく。


 何事かと窓より覗き見る住民たちの視線を受けながら、ヒデオンたちは出発した。


 幸いな事に道中では、足止めを受けることはなかった。街道沿いにまっすぐ進む。途中で、死者に襲われたものと思しき馬車が散見されたが、足を止めてはいられない。道を塞いでいる場合を除き、速度を落とすことなく進んでいく。


 流石に硬く舗装された道というわけではないので、最高速度は出せない。それでも、馬車や馬などよりも早く進んでいく。が、それを乗員たちが感じることはなかった。


「ねえ。この馬車、どこか窓開いたりしないのー?」


 ベルティナが運転席に向けて叫ぶ。エンジン音がうるさく、そうしないと声が届かない。


「防御力優先で、窓はなーい! 天窓ならあるけどな!」

「じゃあ、そこ開けてよ! せまっ苦しいの! 涼しい風は吹いてくるけどさあ!」

「エアコンなー。寒かったら言えよー。あと、道が良くないから席を立つのは駄目だ! すっ転ぶぞ!」


 と、ヒデオンが叫んだのとほぼ同時に、大きく揺れる。道のへこみにタイヤが入ったのだ。もちろんすぐに出たが、車体が揺れるのは避けられない。もしサスペンションが無かったら、皆の尻は大変な痛打を受けていた事だろう。


「こんな感じになー!」

「もー! リーフェ! あとでそこ変わってー!」

「……後でね!」


 聖女は、助手席に座っていた。なんとなくの好奇心でこの場を選んだのだが、大正解だった。全力疾走する馬よりも早く、世界が移り変わっていく。視点の高さもいい。遠くが見渡せる。


 窓を開ければ、風が入ってくる。それがなんとも心地よい。人生初の体験に、少女は大いに感動していた。本当ははしゃぎたかったが、聖女としての立場と普段の修業が彼女を自制させていた。


 ただし、目が輝くのだけは押さえきれなかった。隣でヒデオンが微笑んでいるのも気づかない。


「おっと、もう最初の宿場町が見えてきたな」

「ええ!? もうですか!」

「早いだろう? リーフェ、地図を広げてくれ」

「あ、はい。すぐに」


 デニスから貰った地図によればこの先、宿場町2つに街が一つあると書かれている。交易街道ということもあり、一本道。迷う要素はない。


「……流石に、街を助けて回る余裕はないな」


 苦々し気に、ヒデオンがつぶやく。間違いなく、死者の群れに脅かされているだろう。助けが必要なのは明白だった。


 民衆を助けたいという気持ちは、聖女もまた同じ。


「吸血鬼を退治することは、人々を助けるのに一助となります」

「と、いうと?」

「吸血鬼ってのはね! あいつ自体が呪いの大本なのよ!」


 ずい、と運転席と助手席の間に身を乗り出したのはベルティナだった。


「席に座ってろって言ったろ。危ないぞ」

「なんかこの馬車、あっちこっち掴まる所あるじゃない。へーきへーき」

「そういって舌を咬んだ奴は山ほどいる」

「魔導士はそんな間抜けじゃないわよ。で、話の続き。吸血鬼は死者を操れる。もっと言うと、死体やグールを動かす呪いを操作できる。そんな吸血鬼がくたばれば、影響下にある連中も大きな痛手ってわけ」

「なるほどな」

「だから、吸血鬼退治を急ぐのは民衆の助けになるって話になるわけよ」


 自慢げに胸を張る魔導士。車の振動を拾って、胸もよく弾む。その動きを、目をすがめてにらむ聖女。彼女の胸の弾みは、極めてささやかだった。


「じゃあ、あいつを倒せば死霊災厄ってのが終わるのか?」

「流石にそこまでではありません。大きな要素ではあるでしょうが、吸血鬼一体だけで国一つに呪いを広げるのは困難でしょう。何かしらの儀式や道具がなければ」

「そういうのは目立つから、もし古城にあったら確保しないとね」


 聖女と魔導士の言葉に、保安官は納得してうなずく。この吸血鬼退治は、セシリアを助けるだけに止まらない。アクセルを踏み込みたくなる気持ちを押さえて、安全運転で進む。


 地図をしまったリーフェは、ふと紙の束をみつける。それは、手紙だった。


「ヒデオン、これは?」

「ああ。故郷の連中からだ。車に突っ込まれてた。なにせ、置手紙一つできずにこっちに来ちゃったからな。めちゃくちゃ怒ってた」


 おどけて見せる保安官。わざとらしく怯えて見せるが、その顔には笑みがある。二人の女の勘がささやいた。


「……ヒデオン、お手紙の送り主は女性ですか?」

「ん? 女性も、いる。幼馴染と戦友だな」

「へえ~、モテるんだ」


 おもちゃを見つけたと、ベルティナが猫のように笑う。聖女はすまし顔だが、目の輝きが違う。神殿の中でも、恋の話は良い娯楽だ。


 友人が倒れた状況でこんな話に花を咲かせる後ろめたさはある。だが、気を張ってばかりでは夜までもたない。後で共有すれば問題なしと二人は内心折り合いをつけた。


 乙女の興味を大きく引いたわけだが、運転するヒデオンはリラックスしたまま。暇つぶしの話題に乗るだけという風だ。


「モテ……る、ことはまあ、そうかもなあ。それなりに稼ぐし、地位もあるし、力もある。酒場とか行けばそれなりにお姉さんが寄ってくるよ。それがまあ、油断ならない」

「えー? 普通鼻の下を伸ばすものじゃないの?」

「財布をスられる程度ならいいけど、命を取りに来てる可能性もあるのがうちの地元だからな」

「なんという……衛兵は何をしているのですか」


 聞くに堪えぬとリーフェは首を横に振る。ヒデオンは笑って己を指す。


「俺を狙うようなやつにとって、衛兵なんて怖くないのさ。なにせ、俺自身が衛兵よりもえらいお巡りさんだし」

「保安官……騎士を暗殺しにくるって、何したのヒデオン」

「何って、仕事。カルト組織根こそぎ吹っ飛ばしたり、盗賊集団たくさん吹っ飛ばしたり」

「法の守り手なのに、暴れすぎでは……?」


 車は早いが、道中はそれなりに長い。途中、何度か休憩を取りながらメタルバイソンは先を急いだ。


 その甲斐があり、日暮れにはアルネムの姿を確認することができた。子爵家の街としては、十分に立派な佇まい。ヴェルテン以上の城塞都市だ。


 しかし、日も暮れるというのに炊事の煙は一つも見えない。風が吹き、何かしらの物音が立つのがヒデオン達のいる場所からも聞こえるがその程度だ。


「……アルネムの街は、街道沿いということもあり多くの旅人が行きかうと聞く。だというのに、この有様はなんだ」


 フリッツは厳しい表情で遠方を睨む。今は最後の休憩中。太陽が隠れれば、吸血鬼を倒すまで休むことは叶わないだろう。


 ヒデオンは、もっていた双眼鏡を陪臣騎士に渡した。


「覗いてみるといい」

「おお、これは。確かこうだったな」


 以前借りた経験のあるフリッツは、いそいそと便利な道具を両目に当てた。夕日に照らされた街が、目の前にあるようにはっきり見える。初めは道具の凄さに笑みを浮かべたが、やがてそれも抜け落ちていく。


「……だれも、いないな。兵も、旅人も、住民も」

「ヴェルテンのように、隠れているならいいんだが……」


 そうあってほしいとヒデオンは願うが、保安官としての経験と勘がそれを否定してくる。どちらであったとしても、今は立ち寄る暇がない。


 もやついた気持ちを振り払うように、ヒデオンは振り返った。


「みんな、準備はいいか?」


 視線の先には、準備を整える仲間たちがいる。騎士と兵士は鎧を身に着け、乙女たちもそれぞれの装備を整えた。


 セシリアの顔色は、出発前と変わらない。移動の疲労がないのは、侍女の献身的な介護のおかげだろう。


「いつでもいけるわよ」


 ベルティナが代表して応えれば、皆が揃って頷いた。


「よし。これからの作戦を説明する。といっても、古城に到達するまではシンプルだ。メタルバイソンで走る。敵が出てきたら避けるか倒して進む」

「あの速度で移動しながら、か? 槍や矢では難しいぞ。騎兵突撃しながら戦えと言っているようなものだ。魔導なら何かしら手もあるだろうが……」


 フリッツが魔導士を見やるが、その本人は手のひらを振る。


「無理言わないで。吸血鬼と戦う前に、空っぽになっちゃうわよ」

「安心してくれ。道中の敵はメタルバイソンで片づける」


 自信満々で告げる保安官。彼の言葉を受けて、鋼の猛牛はその武装を輝かせていた。

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