男の子、女の子、告白スパイラル
予告通り新連載の開始記念に投稿させていただきました。
本作は特におもっ苦しい内容も無く、かる~い気分で読んで頂けると嬉しいです。
P.S.この物語のヒロインは美少女系女装男子です。
「俺は今日告白する」
朝っぱらから何を宣言しているのか、と笑いたければ笑えばいい。俺はいつものように観月と登校しながら、高らかに宣言した。
「ふうん。ボクに?」
「なんでおまえだ……違えよ」
結構真剣に言ってみたのはいいが、聞き手である親友はえらく軽い反応で返してきた。しかも冗談交じりである。俺の決意は青空の下のくしゃみのように間抜けだった。
とにかく、と仕切りなおすように言う声が慌てていた。
「今日こそはばっちり決めるよ」
「……キミのその宣言も、一週間聞き続けると飽きてくるよね」
う、と痛い所を衝かれてたじろぐ。
否定できないのが哀しいが、確かに俺は今週の月曜にも同じ様な宣言をして、今日である金曜までそれが日課になっていたのは事実だ。決意こそ固めはするが、いざ本人を前にすると一歩が踏み出せないのである。
「きょ、今日は違うんだよ。俺だって、これまでの失敗から何も学ばなかったわけじゃねえ」
「門の所で棒立ちすることから、なんの経験が得られるのかボクには理解できないよ」
観月は癖毛を探すように前髪を弄びながら、もう嘆息さえも出ないという具合に俺を罵る。ぱたぱた揺れるショートヘアが憎たらしい。
反論できない俺は逃げるように視線を足元に落とし、見る物もないので見慣れた観月の全容を拝見した。
細長くて白い脚を辿っていくと、短めのスカートに行き着く。ブレザーに包まれた華奢な上半身と、中性的で整った顔。男女共に絶大な人気を博する観月は、さながら学園のアイドルとでもいうのだろうか。
「なんなら、ボクが恋愛レクチャーをして上げても構わないよ」
「……そうですか。ってたく、経験豊富なヤツはいうことが違う」
先週もまた二桁単位で告白されたらしい親友に、出来る限り僻みにならぬよう毒を吐く。と、観月はそんな俺を軽く笑って、
「失礼だね。ボクだって誰かと付き合ったことはないよ。告白だって、全部断ってるもんね。もちろん、男女問わず」
「は? そうなのか……?」
男女問わず。……というと、やはりまだ観月に思いを伝える哀れな男達が後を絶たないということか。
俺の親友は――黄金比的目鼻立ち、長い睫毛、透き通るような瞳、人形のように淑やかな姿――男だ。
中性的で洒落にならないくらいに綺麗な顔をしているから、観月の性別を判断する材料として最も有力なのは服装である。そして本人は何を考えてそんなことをしているのか知らないが、観月の服装はスタンダードで女装だったりするから、世の男達はこいつを女子と見てしまうこと多々。本気で恋愛感情を催すやつだっているから普通じゃない。
しかし恐ろしいのは、そんな哀れな男が週一単位で観月にふられていることではなく、男が間違って告白するような美少女男子に惚れる女子がいるということだ。
倫理的に考えれば、性別的な問題はない。だが、どうだろう。事情を知らない人間が見れば、それは背徳的な画ではないだろうか。
そんなわけで、観月は男女両性から憧憬を受ける学園のアイドルとして君臨していた。
「うん。告白されるのは嫌じゃないけど、好きでもない相手と付き合うのは相手に失礼だからね」
「……言ってみてえよ、その台詞」
がっくりと肩を落とす俺。
隣にいるはずの親友と俺の間には、絶対的な壁があるようだ。
「ところでさ。キミは女の子と付き合ってどんなことがしたいの?」
「ど、どんなこと、っておまえ」
年頃の男子中学に、恋人となにがしたい? なんて質問をすることが、どれだけ放送コードに引っ掛かる結果を生むか理解していないのだろうか。
俺は脳裏に浮かんだ雑念を振り払うようにかぶりを振る。けれど一度発生した妄想は簡単には消えてくれず、思わずそれが口を吐いて出てしまった。
「手、とか繋いで帰りたいなー……と」
「キミは……うん。なんだか可哀想に思えてきたよ」
本気で同情された。
「最低限キスだとか、それくらいは考えるんじゃないかな」
「初心者に、そのレベルは高位過ぎるよ」
我ながら情けない思いはあるが、俺には手の届かない領域だ。
ふうん、と鼻を鳴らして、観月は唇に指を当ててかくりと首を曲げた。やけに扇情的な姿を横目に見ていると、数秒思案してから観月は俺の正面に回りこんだ。
「だったら、ボクで練習してみる?」
悪魔の囁きが、早朝の青空に響いた。
思わず耳を疑って、俺は唖然と口を開く。
れんしゅう……というと、あれか、キスの……なのか?
「いや、おまえ、いきなり何いって……!?」
違う違う違う! 観月は男で、俺もまた男だ! 倫理とか、背徳とか、そういうのは全部無視して本能的にそれがダメなことだと解っている!
だというのに。
俺の生物的倫理観と理性の前に、観月は女の子過ぎた。
そして俺は、自分の中で大切な何かが崩れ落ちていくのを感じた。
「ね……いいよ」
観月が目を閉じた。身長百五十センチ丁度だという観月と、百六十センチ後半の俺では必然的に観月がこちらを見上げる形になって……
形のいい顎が斜め上を向き、魅惑的過ぎる唇に視線が釘付けになる。
心臓が爆発しそうな鼓動を抑えきれず、俺の手は、無意識に観月の華奢な肩へと伸びて行って――
「なーんてねー。ホンキにした?」
軽い衝撃が胸板を打つ。脱力の極みに達し、意識さえも彼方を浮遊していた俺はその力に逆らえずふらふら後退させられた。
「あっははは。変な顔になってるよ。ほら、早くしないと遅刻するよ」
「観月……おまえなあ……」
羞恥や怨嗟や、なによりも自分のみっともなさが俺を苛み、目尻には青春の汗が滲んでいた。
*
放課後のこと。
烏色の空の下、肩を並べて歩く二人の姿があった。
俺と、そして観月である。
本当ならば、今俺の隣にいるのは観月ではなく隣のクラスの高崎さんのはずだったのだが……それは昼休みに見た夢の中の幻であり、決して現実として成立することはなかった。
端的にいうならば。
俺の特攻は玉砕という結果に終わったのだった。
遡ること一時間ほど前。これまで毎日そうしてきたように、俺は校門で下校してくる高崎さんを待ち構えていた。普段ならそこでゴーゴンに魅入られでもしたように石化する俺だが、今日は違った。
勇気を搾り出して、彼女を呼び止めた。
だがしかし。
現実はそれほどに甘くなかったのだ。
高崎さんは俺の呼び声に振り向き、それだけではなくこちらに駆けてきてくれた。それだけで既に歓喜の絶頂に至ってしまった俺は、続いて自らの想いを告げるべく口を開こうとした、のだが。
あろうことか高崎さんは俺を空気のようにスルーし、走り去ってしまった。
はてな、と振り返る俺。そしてそこに見たものは。
頬を真っ赤に染め上げて、深々と頭を下げて観月に告白している高崎さんだった。
以上、回想終わり。
「俺が明日から学校来なくなったら……病名は恋の病ですっていっといてくれ」
憧れの高崎さんをフッた親友に、俺は言う。
恋の病。そういえば、あれだろう、なんか幸せそうじゃん。
「はあ……キミがそんな様子だと、ボクが申し訳ない気分になるよ」
そう思ってくれるのはお門違いではないのだろうが、俺は親友に八つ当たりする元気さえも残っていない。逆恨みできたなら、どれだけ楽になれただろう。
そんなことを思いながら肩を落としていると、ふと。
俺の手に別の体温が重なる。
「謝っても許してくれなさそうだから、せめてキミの夢を叶えてあげるね」
「……なんだよそれ」
ぎゅ、と強く手を握られる。
「ね、ほら。手、繋いで帰ろう?」
「…………」
励ますように、どうしようもなく優しい表情が微笑みかける。
俺は半ば自棄になって握力の限りを尽くし、観月の手を握り返す。
そうして思った。
こいつが、女の子だったらきっと好きになっていたんだろうな。と。