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伊勢凌成の幸運

作者: えやま

 伊勢(いせ)(りょう)(せい)は幸運だった。 

 不慮の事故に巻き込まれ両親を亡くしたときも、彼は生き残ったからだ。



 僕は幸運だった。

 僕は、大して輝いてもいない少年時代を送った。小学校、中学校と成長とともに身体的特徴が大きく出てくる時期でも、周りと比べて一回り体格が小さかった僕は、クラスの悪ガキたちによく馬鹿にされた。

 それでも負けないようにと、毎日しがみつくような思いで机に向かって鉛筆を握った。

 僕は暗記科目だけは得意だったが、地頭や要領が悪かったので学校のテストで平均点を取れるほど優秀ではなかった。友達もいないので「ただガリ勉の頭が良さそうな奴」と思われていたのだと思う。僕には他人より努力ができる奴だというプライドだけが残った。それが自分だけの認識でも構わなかった。


 でも、僕は限りなく幸運だったのだ。

 「怪しい人がこの家に侵入していくのを見た」という近所の通報から、駆けつけた警察により、この家に盗みに入った泥棒が捕まった。


「君、名前は? ご両親はどこに?」


「伊勢、凌成です」


 パニックのあまりそれしか言えないのを見た警察は、僕を保護した。後ろでは、現場を見た警察官たちの会話が聞こえる。


「うわ、見てくださいよ。結構荒らされちゃってます」

「馬鹿野郎、被害者の方がいるんだから、そういうことは言うな」


 僕は、尋常じゃないほど動悸が激しくなっていた。一刻も早く、こんな場所から逃げ出したいと思っていた。

 しかし、僕はその後警察署で長い事情聴取を受けることになった。動悸の状態は変わらなかった。

 盗まれた物や両親について犯人に取り調べを行ったが、犯人は全て否定もしくは黙秘しているとのことだった。

 犯人は捕まったものの事件は解決には至らず、両親は帰ってこないまま、僕は両親とは疎遠になっていた祖父母の家に預けられることになった。

 僕の顔を見た祖父母は怪訝な顔をした。事件のトラウマが残っていると思ったのか、僕にはある程度優しくしてくれた。

 学校にも変わらず通えと言われたので、嫌嫌に通うことになった。

 僕は何だか自由になった気がした。

 事情聴取で身動きが取れない期間があり学校は休んでいたのだが、周りの生徒の視線やクラスの雰囲気は、なぜか懐かしいながらも新鮮に感じたのだ。


「伊勢くん、なんか変わったね」

「あれでしょ、両親がコロされちゃったんだっけ?」


 周りから見れば、僕は「強盗に入られ、両親を失ったかわいそうな奴」だった。それは周りの同情も、興味も誘った。

 僕はそれまでとは違う自分になった。頭は悪くても、ノリの悪い奴をいじったり周りに合わせて行動したりしていれば、思ったよりも人生が楽だと気付いたのだ。

 こんなことなら、最初からこうしていれば良かった。そう思っても、もう取り戻せない過去だ。

 でもそのおかけで、良好な人間関係を保てた。

 僕はひたすら幸運な人間だと思った。


 この一瞬の期間だけが、僕の人生の頂点だったかもしれない。


 それから数日後、僕は逮捕された。



 僕は不運だった。

 僕は、両親と共に数日間の旅行に出かけていた。

 車の後部座席に乗り、トンネルを抜け、山道を登るワクワク感は良かった。


「家の鍵はちゃんとかけたっけか?」

「やだ、もう、怖いこと言わないでよ」


 家を出てから一時間ほど経ってから、そんなことを両親は喋っていたが、僕も少しだけ怖くなった。

 しかしそこで、不幸が車を襲った。

 今にも崩れそうな細い崖のような道を走らせていた。空は薄暗くなってきた頃だった。

 人の手がほとんど行き届いていないような山道で、道を見誤った車は、なけなしのガードレールを突き破り真っ逆さまに崖を落ちていった。

 ものすごい衝撃と痛みで、何がどうなったのか分からなかった。

 不幸中の幸いか、僕は傷を負ってはおらず、打撲による痛みがかなりあった。

 でも僕の両親はそうはいかなかった。目にも当てられないほど、悲惨な光景だった。思い出したくもない。おそらく即死だった。

 僕は動けずにいた。どのくらいの高さから落ちたのか分からなかったし、暗くて周辺の地形が分からないので、下手に動けば今度こそ死ぬだろう。携帯も壊れていて、誰かに助けを求めるのは不可能だった。

 旅行のために積んでいた荷物には水と、お菓子や酒のつまみ程度のものしかなかったが、それで何とか生き長らえた。明るくなっても、体力を温存するために動くことはしなかった。

 まるで地獄にいるようだった。死んでいないことが夢なのではないかと思うくらいに恐ろしかった。


 この数日間が、僕の今までで一番のどん底だったかもしれない。


 それから数日後、僕は発見された。



「伊勢凌成が見つかりました!」


 その時が来てしまった。

 僕は頭を抱えた。もう逃げられようがなかった。



 僕は驚いた。僕が失踪していたことは学校などで話題になっていたのかと思っていたのだが、事態はもっと複雑だったのだ。


 空き巣は二人いた(・・・・・・・・)

 まずは家族旅行中の家に侵入した小柄な男性。

 もう一人はその後に侵入してきた男性。


 空き巣として逮捕されたのは、後に侵入してきた男性だけだった。何故だろうか?

 その理由を聞いた僕は、耳を疑った。



 僕は……確かに幸運だったのだ。


 生活するには金が足りなかった。だから、どうも気の迷いで、空き巣をしてしまった。

 二台分の駐車場に、車が一台なかった。もしやと思いこっそりと家の中を覗くと、誰もいない。食事時に誰かがキッチンに立つだろうと思っても誰もいない。仕事や学校から帰って来る頃だろうと思っても誰もいない。そこで、魔が差してしまった。

 家の鍵はかかっていなかった。かかっていればまだ歯止めが利いただろうが、もう戻れなかった。

 内装から、父と母と息子の三人暮らしなのだと予想できた。

 収納や戸棚を物色する。衣服やバッグ、カードの類はあまりなかった。旅行にでも行っているのかもしれなかった。

 途中で、あるものが目に入った。息子の中学校の卒業アルバムだった。何を思ったのか、僕はそれを手に取った。

 家に入る前に見た名字のプレートを思い出す。「伊勢」……確かそう書いてあった。

 イセ、イセとつぶやきながらアルバムのページをめくっていく。集合写真からイベントの写真、そしてクラスごとの先生と生徒の写真が載っているページを見る。

 伊勢凌成。その名前が書かれた顔写真を見たとき、衝撃が走った。

 世界には、同じ顔の人間が最低でも三人いると聞いたことがある。僕は伊勢凌成と、限りなく似ていたのだ。

 その後、偶然にも僕と同じようにこの家を狙って侵入してきた泥棒は、為す術もなく逮捕された。窃盗と誘拐の容疑をかけられていたが、彼は否認した。

 僕はアルバムに書いてあった名前を言うだけで良かった。その日から、僕は「伊勢凌成」になった。


「伊勢凌成が見つかりました!」


 この言葉がなければ、僕は今でもやり直した人生の絶頂にいたのだろう。

 伊勢凌成は、確かに幸運だったのだ。

ジャンルをミステリーにしましたが、ミステリーをあまり読んだことがないので正確にはミステリーっぽいものです。

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