10話【軍服とガーターベルトどっちが好きなんだろ?】
体術による攻防がしばらく続いた後、アビスが距離をとり、両手を上げて降伏した。
「俺の負けです。もう動けません」とアビスが告げる。その言葉に私も同意した。体が限界に達しており、これ以上動けば筋肉を痛めてしまいそうだった。
観客席では、驚きや興奮の声が上がっていた。アビスと私の激しい戦いに見入っていた観客たちは、アビスの降伏という意外な展開に驚き、その場の緊張感が一気に解けたようだった。人々は拍手や歓声を上げ、その戦いに感銘を受けたことを示していた。
『アビス・・・大丈夫?』
会場を去ろうとしていたアビスが振り返り、微笑みながら頷いた。私は安心のため息をついた。
一応、大会の優勝者であるアビスは、軍への加入が決定された。その決定は会場中に響き渡り、歓声と拍手が湧き起こった。多くの人々が祝福の言葉を送った。
その後、私はイケオジに連れられて、軍の宿舎へ案内された。宿舎は堅固な石壁に囲まれ、厳かな雰囲気が漂っていた。入り口から中に入ると、整然と配置された部屋が並び、精悍な軍人たちが行き交っていた。イケオジは私を案内しながら、宿舎の構造や生活ルールについて詳しく説明してくれた。
部屋に入ると、そこには軍服を纏ったアビスが待っていた。彼の姿が目に飛び込んできた瞬間、私は驚きを隠せなかった。
「ここがお前の部屋だ。」イケオジが言った。
アビスは微笑みながら私に声をかけた。「相部屋になったみたいだね。よろしく」
『ちょっとちょっと!?どういう事!?男女で相部屋って問題あるんじゃないの?』
私は「はい」とだけ答えた。アビスの言葉に対して、私の体は何も感情を示すことはなかった。
イケオジは厳しい表情でアビスに向かって言った。「この化け物を制することができるのはお前くらいなものだろう。頼んだ。」
アビスはふざけた口調で「了解しましたー」と応じた。
アビスの軽い態度に対し、イケオジは深い溜息をつき、厳しい表情を崩さないまま去っていった。
『やっと解放されたー。体痛いー。寝たいー。絶対聖女がする事じゃないよ。アビス、この体寝かしつけて。』
「自分の力で癒せば?」アビスが問い返すと、私は『その手があったか。』と応えた。
強く念じることで私の体は聖なる力を呼び起こし、傷ついた部分を癒していく。
「ついでに俺も癒してよ。」とアビス。私はアビスの言葉に驚いたが、彼の要望に応えるために、聖なる力を彼の身体に向けた。
その後、アビスは一人称を「俺」か「僕」かで悩んでいた。
『確かに僕だとあざとすぎるし、俺はイケショタって感じで良いかも。』
「そのイケショタとはなんだ。」
『イケショタっていうのは、イケメン少年を意味するんですー。つまり、外見や雰囲気が魅力的で、若々しい魅力を持つ男性を指す言葉かな。』
アビスに「妙な言葉を使うな、お前は」と呆れ笑いされてしまった私。
『あー…そんなことよりベッドに倒れ込みたーい。』
「ベッドに倒れ込んで体を休めろ。」
すると、私の体は従順にベッドに倒れ込み、疲れた身体をやすらかに休め始めた。
『アビスナイス!!最高!!』
アビスはリアの不思議な体に興味深そうな表情を浮かべた。
「俺の命令は聞くのか。おかしな体をしているな」と言いながらも、彼はリアの状態を理解しようとしていた。
『ほんとうにね。それより、アビスってメーベル無しでも魔法が使えたんだね。』
リアの言葉に対し、アビスは頷いた。
アビスはゆっくりと指を伸ばし、左手の中指にはめられた大粒のルビーの指輪を見せながら説明した。「俺のメーベルは五段階ある。段階ごとに使える魔法が増えていく。最初はこの指輪だ。簡単な魔法はこれで十分だ。」
次に、アビスが手元に宝石で飾られたステッキを現した。「これが【二段階】だ。この建物を半壊させる程度の力を持つ」と語った。
そのステッキは、鮮やかな宝石がきらめき、力強さを感じさせる存在だった。
さらに、アビスは三段階として、赤くて豪華な王冠を示した。その王冠は王の威厳を示すような存在感を放ち、周囲に高貴な空気を漂わせた。
四段階に至ると、アビスは赤い重厚なマントを見せた。そのマントは力強さと威厳を象徴し、アビスの存在感を一層際立たせた。
そして、五段階目には驚きのアイテムが登場した。それはロココ調の金があしらわれた豪華な赤い椅子だった。その椅子はまるで王侯貴族の座に相応しいものであり、その華やかさはまさに一級品と言える存在だった。
『凄すぎて言葉がでません。』
「そうであろう?俺も難儀でなぁ。一般人に紛れる事はもうできないと思った。」その言葉には、彼の複雑な心情がにじみ出ていた。
アビスはベッドの上で足を組み、手には本を持ちながら読み始めた。その姿はどこか落ち着いており、物静かな雰囲気を醸し出していた。彼の眼差しは、本の文字に集中し、時折ページをめくる音が静かな夜の中に響いていた。
ベッドに横たわりながら、私はじっとアビスを見つめていると、彼が軍服に身を包んでいることに気付いた。
『イケショタは何を着ても素敵だわ。目が癒されるー。アビス好きだなー。』と、私が心の中でつぶやくと、アビスは淡々と「それはどうも」と返した。
『やば。声が駄々洩れなんだった。』
「何回やるのそれ。」アビスは呆れたように呟いた。
夜の静けさの中、私は今日一日の出来事を思い返していた。騒々しい戦いの場面が、まるで別世界の出来事のように感じられた。そう、聖女としての行為ではないと、心の中でつぶやいた。
「確かにそうだね。文献で読んだ聖女は毎日礼拝堂で祈りを捧げたり傷ついた兵や国民を癒して回るような存在だっけ?今のリアはただの殺人兵器でしかないもんね。」
『うっ。』アビスの言葉に返す言葉もなかった。
「落ち込む事ない、よ。俺だって、王のする事じゃないからね。剣術も体術も魔法も知恵だってある。それが軍人って、おかしすぎて楽しいけどね。」アビスは少年っぽさを出すために、口調を変えているようだった。
『まぁ確かに。』
「さ、もう寝ろ。じゃなかった。寝るよ。どうせ明日も早いだろうからね。」
アビスはまず、身につけていた軍服を丁寧に脱ぎ、そのままベッドサイドの椅子にしまい込んだ。次に、部屋の明かりを消すと、彼は布団に身を包んで横になった。深いため息をついて、彼は眠りにつく準備を整えた。
『着替え全部見ちゃった。』
「変態。」
『イケショタがムキムキなんて…、ちょっと許せないかも。』
アビスは深いため息をつきながら答えた。「仕方なかろう。何年鍛えていると思っているんだ。」その言葉には、苦笑いのようなものが込められていた。
『確かに。皇帝だったんだもんね。』
「あぁ。もう寝るよ。」
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夜が明け、朝の光が部屋に差し込む。その柔らかな光が、眠りから覚めた二人の姿を照らしていく。アビスは眠りから目覚め、ぼんやりと部屋の中を見渡す。リアもまた、眠りから覚めた様子で、ゆっくりと体を起こしていく。お互いに何のためらいもなく着替えを始めた。
『ちょっと!!恥じらいってものないの!?』と私が心の中で叫ぶと、アビスはあきれたように答えた。
「何をいまさら。」
アビスと談笑していると、突然、部屋の扉がドンッと大きな音をたてて開かれ、イケオジが入ってきた。
イケオジの厳しい声が室内に響き渡った。「アビス一等兵。本日の任務を言い渡す。ルティー王子の護衛だ。リアは俺について来い。隣国ガナン王国の軍が国境を超えて進軍中との事だ。迎え撃つぞ。」その言葉に、一同は静かな緊張感を感じた。