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1話【寒そうだね。】

視界は酷く暗転していた。まるで深い眠りから覚めたかのように、意識がぼんやりと現実に戻ってくる。しかし、その現実は想像を絶する異様なものだった。


手足を伸ばしても、思ったようには動かすことができない。やけに短く感じられるそれらは、まるで自分のものではないかのように違和感を覚えさせる。まるで身体が別の存在に支配されているかのように、自在に操れない不自由さが広がっていく。


そこにはひとりの赤ちゃんの姿があった。その小さな存在は、まだ世界の全てを理解するには遠く及ばない。


しかし、その小さな存在が抱える不思議な感覚は、まるでこの世界が彼女にとっての未知の領域であることを示唆していた。


『心の声:乙女ゲームの世界だとか、悪役令嬢に憑依してだとか、ヒロインだとか、モブだとか、そういう転生物語に夢を見てたし憧れていた。だけど実際転生したら人生の終わりみたいな環境なんですけど!?』


彼女の心の中で、幼い頃から夢見てきた乙女ゲームの世界や憧れの悪役令嬢に憑依するという物語が鮮やかに蘇った。しかし、現実に転生してみると、彼女の期待とは程遠い光景が広がっていた。


真冬の吹雪が荒れ狂い、彼女は自分の身体が極度の冷えに襲われていることを痛感した。手の感覚からして、赤ちゃんとして生まれ変わっているのだろう。しかも、まるで捨てられてしまったかのような状況に置かれている。


彼女の視界はほとんど何も捉えることができず、その事実に絶望が襲った。赤ちゃんの視力がこんなにも悪いものなのかと、彼女は絶望的な状況に嘆息した。


しかし、冷静に考えても生前のことを思い出す余裕はない。寒さに凍えながら、彼女は絶望の叫びを上げた。『心の声:死ぬ!死ぬ!寒すぎて死ぬぅぅぅ~!!!』


彼女の転生は、夢見ていた物語のようには進まず、その先に待ち受けているのは冷たい絶望の淵だけだった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~!!!」絶望の叫びが彼女の口から飛び出し、吹雪に飲み込まれていった。喉は枯れ果て、声も出なくなりつつあった。『心の声:死ぬ~~~~~!!!』彼女は自らの運命に抗うこともできず、ただ切ない絶望に身を委ねるしかなかった。


吹雪の中、赤ちゃんの体は氷のように冷たく、その小さな手は風に揺られている。彼女の心は悲しみに溺れ、無情な自然に対する怒りと絶望が胸を突き刺した。


彼女はこの寒々しい風景の中で、自らの運命を嘆き悲しむしかないことを悟った。彼女の物語は、夢見たような幸せな結末ではなく、冷たい現実の中で絶望と苦しみに満ちたものになりかけていた。


『心の声:どこにいるの?この寒さは、どうしてこんなにも凍えるの?』彼女は自問するが、返答はただの無音だった。視界は白一色で、ただの吹雪。どこに向かっているのか、どこから来たのかも分からない。ただ、孤独と寒さが彼女を包み込んでいく。


こんなはずじゃなかった。彼女はもう一度過去を思い出そうとするが、記憶はぼやけていく。何か大切なことがあったはずなのに、その意味も失われていく。


孤独と絶望に包まれながら、彼女は誰かに助けを求める声を上げ続けた。しかし、その声は風に吹かれて遠くへと消え去っていくばかりだった。


ギィィっと扉が開く音が聞こえ、その直後、ガラガラ声の女性の叱責が轟く。


「なんだい、うるさいねぇ!! 何時だと思ってるんだい!!」


赤ちゃんの心臓はドキドキと慌てふためく。まずい、と彼女は思った。誰でも良いから、この寒い中助けてくれないか。何にも見えないけれど、笑って愛想を振りまけば、きっと助けてくれるだろう。


「きゃっ、きゃっ!!」彼女は思わず飛び跳ね、無邪気な笑顔を浮かべた。


「こんな寒い中笑ってるなんて気味が悪いったらありゃしない!!」


しかし、期待に反して、扉はバンッと閉ざされた。


『心の声:そんな事あるの!?今、絶対拾ってもらえる流れだったよね!?死んじゃうよ!?私、このままだと死んじゃうんですけどーーーー!?』


彼女の心は落ち込む。だが、まだ諦めるわけにはいかない。どうにかして、この寒さと孤独から抜け出さなければ。


彼女は周囲を見渡し、もう一度助けを求めることを決意した。身動きも取れない中、彼女の心は希望を捨てず、どうにかしてこの厳しい状況を乗り越えようとしていた。


その後もしばらく、彼女は泣き続けた。しかし、誰にも拾ってもらえず、とうとう感覚がなくなってきた。孤独と寒さに打ちひしがれながら、彼女は絶望の淵に立たされていた。


急激な睡魔が彼女を襲い始めた。その身体の力が徐々に奪われ、意識は次第に遠ざかっていく。どうやら、お迎えが来たようだ。


『短い転生人生だった…』


『次の人生は、地球でお願いします』――そう思いながら彼女は深い眠りに落ちた。




―――――――――

――――――


目が覚めてしまった。外の世界とは異なる場所だ。あの後、誰かに拾われてしまっただろうか。ガラガラ声のおばさんだろうか?それとも、別の誰か?


「目が覚めたかい?」と、優しそうなお爺さんの声が聞こえた。彼女は「あう。」と返事をした。


その声に安心を覚えながら、彼女は周囲を見回した。どこか暖かな部屋の中だ。照明が柔らかく、穏やかな雰囲気が漂っている。壁には温かみのある絵画が飾られ、暖炉からは心地よい暖かさが広がっている。彼女の心は、まるで包まれるような安らぎに満たされた。


「大丈夫かい?寒くなかったかい?」お爺さんが心配そうに尋ねる。彼女は微笑んで頷いた。


「温かいミルクをやろう。」お爺さんが優しく提案した。彼女は口に硬い何かを突っ込まれ、そこから流れてきたのは生温かい臭いミルクだった。


『何だコレ―!!!吐きそう、吐きそう!!何だコレー!!!うえええええええ!!!』彼女は心の中で叫びながらも、不味そうな表情を浮かべながらも、ゴクゴクと飲んでいる自分に気づいた。


彼女は生き延びるためには必死だった。どんな味でも、この温かいミルクが彼女の命を救ってくれるのだと信じて、彼女は不味そうながらも、必死に飲み干していくのだった。


牛のミルクではないだろう。山羊か羊のものだろう。でも、体の本能が不味いミルクでもゴクゴクと飲んでしまうように促している。彼女は、その生きるための本能に従って、苦しみながらもミルクを飲み続けた。


ミルクを飲み終えると、彼女は抱きかかえられ、背中をポンポンと叩かれて噯気を出した。良い人に拾ってもらったかもしれない。ミルクは激マズだったが、それでも彼女は感謝の気持ちでいっぱいだった。


お爺さんは彼女を優しく抱きしめ、その手で彼女の背中を撫でながら、「よく飲んだね、それじゃあ少し休んで、また元気になってから色々話そう」と言った。


彼女はその言葉に安心し、穏やかな眠りに落ちていった。


それからしばらくの間、彼女は日々喉を鍛えるために、無我夢中で声を出し続けた。お爺さんは彼女の奇妙な行動に笑いながら、「おかしな子じゃな」と言った。その笑顔と優しさに、彼女は心から安心し、この場所が自分の新しい居場所であることを感じた。


彼女は、独自のメロディを奏でるように声を発し、その音色が部屋中に響き渡る。お爺さんはその姿を見ては微笑み、時には一緒に歌い、彼女の成長を見守っていた。


日が経つにつれて、彼女の声は次第に力強く、清らかな響きを持つようになっていった。


――――――――


――――――

恐らく一歳くらいになった頃、彼女はしっかりとした言葉を話せるようになっていた。視界もようやくしっかりとしてきた。


しかし、彼女は何故か喋れることを隠していた。まだお爺さんとは歌しか歌っていない様子だった。その理由は彼女自身もよくわかっていなかった。お爺さんが優しく、彼女を受け入れてくれることは十分に理解していたが、それでも彼女は自分の言葉を隠し続けた。


視界が鮮明になったことで、どうやら彼女はどこかの教会に拾われてしまったことがわかった。拾ってくれたお爺さんが祭服を着ているので、ほぼ間違いはないだろう。恐らくここは、とんでもない田舎にポツンと立っている教会だろう。


彼女が持っていた疑問が頭をよぎる。そして、口に突っ込まれていたミルクが出る硬いものが、なんと、おっぱいの形をした茶色の土器だったことに気づいた。いったいどれくらい昔の世界に転生したんだろう。哺乳瓶じゃなくて土器って…。


彼女はその時代の習慣に戸惑いつつも、お爺さんの優しさに安心を覚えていた。


彼女は自分が女だということはお風呂を入れてもらった時に分かった。やっと気付いたことにひと安心したが、そこには更なる驚きが待っていた。


お爺さんがお風呂を用意してくれた、その時、彼女はお爺さんの手から不思議な光が放たれているのに気付いた。そして、お風呂の水が自然に湧き出てきたり、ふんわりとした温かな湯気が立ち昇るのを見て、彼女は驚きを隠せなかった。


『魔法が存在する世界なのですね…』彼女は心の中でつぶやいた。


その後も、お爺さんはさらに驚きの魔法を見せてくれた。手から火を出し、水を出し、風を操り、そして電気までもが存在していることが分かった。彼女は感嘆の声を上げ、驚きと興奮が胸を満たした。


『これが、魔法の力…!』彼女は目を輝かせながら心の中で呟いた。


雷属性とやらなのだろうか、全属性の魔法が誰でも使える世界なのかもしれない。いやいや、それよりも電気が通っているのに、どうして哺乳瓶は土器の急須なわけ!?だってほら、窓ガラスが存在してるのなら哺乳瓶くらい作れるでしょう!?と、彼女は突如として疑問に思った。


お爺さんの魔法の扱いには驚きつつも、彼女の心にはまだ解決されていない謎が残っていた。なぜこの世界で哺乳瓶は土器で作られているのか。魔法が使える世界だからといって、そういった基本的な物質が普及していないのはなぜなのか。


彼女は窓の外を見つめ、外の世界に対する興味と疑問が膨らんでいく。


しかし、この家を観察しているうちに、彼女は驚くべき事実に気づいた。食器類は全てお爺さんの土魔法による作品だったのだ。


かつて疑問に思っていた哺乳瓶の土器や、家の中にある家具や小道具の多くも、お爺さんの手によって土魔法で作り出されていることに気づいたのだ。


この驚くべき事実を知ることで、彼女は文句をたれるのをやめた。彼女はお爺さんの魔法の技術と創造力に深い感銘を受け、その作品たちに対する尊敬の念を抱くようになった。


彼女は静かにこの世界の不思議さを受け入れ、その魔法によって作り出された日常に感謝の気持ちを抱いた。


それから、彼女は自分の記憶の断片を辿りながら、過去の生活について考え込んだ


前世では、転生ものの小説を読み漁って、いざという時のためにサバイバル動画で日々自身を鍛えていた。ただの普通のOLってところまでは覚えている。が、しかし。自分が死んだ瞬間だけが全く思い出せない。


『私って、死んだのかな?もしくは妄想を拗らせた夢…。』彼女は不安げに考え込んだ。しかし、あの寒さは本物だったし、ミルクの臭さや不味さも本物だった。それに死ぬ要素なんてあったっけ?残業のない事務仕事で、友達も普通にいて、健康診断だって毎年問題はなかった。親兄弟は…ちょっといたかどうか思い出せないな…。何せ随分と昔を思い出すような感覚で思い出すには時間がかかりそう。うん、もっと情報が必要だわ。


お爺さんが私にミルクを与えに来た時、私は思い切って聞いてみることにした。ボイストレーニングの成果を見せてやるぞ!


「お爺さん、誰。」私ははっきりと声を張り上げた。


「はて?」お爺さんが首をかしげる。


「お爺さんは誰ですか。」私は再び問いかけた。


「お、お前さん、もう喋ったのか?」お爺さんは驚きの余り、腰を抜かして尻餅をついてしまった。


彼の驚く姿を見て、私は内心で満足げに笑みを浮かべた。


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