表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

亜希子のうれしい作品展 「なつてん30」

作者: Taxman

*この小説は、アルファポリスにも投稿しております。 


   亜希子のうれしい作品展 「なつてん30」


 北海道の十勝平野に、帯広市という地方都市がある。

 人口約13万6千人、隣の町と間には「帯広の森」という森林群が、境界線のように広がっている。

 そこからまた一歩外に出ると、広大な緑の大地が水平線まで広がっていた。

 その帯広市の郊外の緑が丘という地区に、「グリーン公園」と呼ばれる公園がある。

 その名が示すとおり、その公園には、3000㎡の敷地に新緑の芝が敷きつめられ、世界一長いと言われる『ベンチ』が置かれている。

 その『ベンチ』に寝そべって、透き通った青い空を見ていると、夏の暖かい風とおいしい空気が、疲れた身体を包み込んでくれるような気がする。


 1997年7月、十勝平野の夏は、とても暑かった。

 道路のアスファルトは溶け、子どもの足跡を残すほど、やわらかくなっていた。

 帯広市内の閑静な住宅地に、二階建ての小さな家が建っている。

 その家には、おばあちゃんとたくましい母親と三人の子どもたちが住んでいた。

 その家の一階は、住居となっており、二階は、おばあちゃんが守りつづけている、小さな『神様の神殿』が設けられていた。

 

 おばあちゃんは、近所の人から『不思議な能力を持っているおばあちゃん』と噂されているが、家族の者は、誰一人そんな事を思ったこともなく、また、誰も信じてはいなかった。 

 そんなおばあちゃんのところに、近所の渡辺さんのおばあちゃんが、いつものように、お孫さんの真理ちゃんを連れて遊びにきていた。

 二人は、いつものように神様にお参りしたあと、世間話とお茶をして時間をつぶしていた。

 孫の真理ちゃんは、神様からおやつをいただき、嬉しそうに神殿で遊んでいた。


 しばらくして、二人は心を豊かにして、いつものように家に帰っていった。

 おばあちゃんは、その日の午前中に予定されていたいつもの日課を終え、午後からは、また、いつものように『おさずけ』のために街へ出かけた。


 家には、めずらしく母親と三人の子供たちがいた。

 母親は、台所でお昼の食事の用意をしていた。

 今日のメニューは、とくいのカレーライスである。

 

 三人の子供、長女のデザイナー希望の亜希子は、会社が夏休みであったので、今日は部屋のベッドに疲れた身体を任せ、深い眠りの中にいた。

 次女の妹の理恵は、家の掃除当番の日となっていたので、朝から一人で一生懸命仕事をしていた。

 また、長男の弟の智寛は、昨日、友だちとのコンパで遅くなり、二日酔いで寝ていた。

 ごく、一般家庭の日常の生活の一コマである。


 その日の太陽は、サンサンとひかり輝き、二階の神殿に差し込んでいた。

 その光の帯は、神殿の鏡を照らし、反射した光は、神殿の隅の小さな四角い箱のようなものに当たった。

 そして、光はその色を少しずつ変えていった。


    「夢印 紙粘土」


 「キャー!」

 小さな家に、大きな女性の声が響きわたった。

 ベッドに横たわっていた亜希子は、部屋を飛び出し、急いで二階へ上がった。

 二階の神殿の隅に、身体を震わせ動けない状態で立っている、妹の理恵がいた。


 「どうしたの?」

 エプロン姿の母親がオタマを持ち、亜希子の後ろに立って、妹の理恵に聞いた。

 妹の理恵は、震えながら、ゆっくりと持っていたほうきを動かし、足下を示しながら言った。

 「足、私の足の下に、何か変なものがいるのよ。早く。早く、どけて」


 二人は言われるままに、妹の理恵の足下を見ると、何か足で踏んでいた。

 よく見ると、蒟蒻のような四角い物であった。


 母親が、恐る恐る妹の理恵の足を持ち上げ、その四角い物を手に取って言った。

 「なんだ。ただの、紙粘土じゃないの」

 亜希子は、母親の言葉に、後ろから近づいてよく見ると、たしかに「紙粘土」であった。

 「なんだ。ただの、紙粘土じゃないの」


 姉の亜希子の言葉に、少し落ち着きを取り戻した妹の理恵は、思い出したようにムッとし、言った。

 「紙粘土? どうしてここに、こんな物があるのよ」

 「さっき、渡辺さんのおばあちゃんと一緒に来ていた孫の真理ちゃんが忘れていったんでしょ」

 オタマを持ったエプロン姿の母親が、笑いながら言った。

 亜希子も、おかしさに耐えながらも、笑ってしまった。


 「お姉ちゃん、笑わないでよ。私の身になってみてよ。とてもびっくりしたんだから」

 妹の理恵は、自分の恥ずかしさを隠すように、怒りながら、自分の部屋へ行ってしまった。


 「亜希子、神殿の掃除の残り、お願いね」

 母親はそう言って、手に持っていた「紙粘土」を亜希子に渡して、一階の台所へ戻っていった。


 「お母さん、これどうするの?」

 「明日ゴミの日だから、そこの屑入れに捨てておいてね。渡辺さんの孫の真理ちゃんには、後で私のほうから謝っておくから」

 階段の途中から、母親の声が聞こえた。


 母親から受け取った「紙粘土」は、中身が袋から少しはみ出ていて、暖かく、ぬめっ、として、気持ちが悪かった。

 亜希子は、しかたなく「紙粘土」を棚の上に置き、妹のやり残した、神殿の掃除を始めた。


 そんな騒動があったにもかかわらず、我が家の番犬、ただ一人の男である弟の智寛は、神殿の隣の部屋にいながら出てこなかった。

 窓からは、暖かい日差しが、何事もなかったかのように入り込み神殿を照らしていた。

 そのとき、亜希子の後ろの棚の上の「紙粘土」が、淡い光を発していたことに、亜希子は気が付かなかった。


 小一時間ほどで、亜希子は、神殿の掃除を終えた。

 ほうきを、道具入れにしまい、汚いものを持つかのように、棚の上の「紙粘土」の包装の端っこをつまんで一階の部屋に戻った。


 亜希子は、「明日、ゴミの日に出そう」と、そう思いながら「紙粘土」を屑入れに投げ入れ、また、ベッドに倒れ疲れた体を任せた。

 一階の亜希子の部屋も、窓からの夏の日差しで暖かかった。


 亜希子は、「神殿の掃除」という、ほんの少しの労働で疲れたのか、眠りを妨げた出来事に遠ざかるように、ふたたび深い眠りについた。

 その時、亜希子が投げ入れた屑入れの「紙粘土」が、また淡い光を発したのに、亜希子は気が付かなかった。

 渡辺さんのおばあちゃんと一緒に遊びにきた、孫の真理ちゃんが忘れていった「紙粘土」の包みには、「夢印紙粘土」という名称が印刷されていた。


    「妖精の男の子」


 「亜希子さん。亜希子さん」

 亜希子は、遠くから…。

 そう、ずいぶんと遠くから、誰かに呼ばれているような気がして、目を覚ました。


 亜希子は、目を開け、ベッドの上から部屋の中を見わたしたが、部屋には誰もいなかった。

 何もなかったかのように、静かであった。

 部屋には、心地よい時計の音だけが、響いていた。

 亜希子は、「気のせいね」と思って、また、深い眠りに入っていった。


 それから、どのぐらいの時間が、過ぎたであろうか。


 「亜希子さん。助けてください。お願いします」

 亜希子は、遠くから…。

 そう、遠くから、また、誰かが自分を呼んでいるような気がした。

 亜希子は、目を開け、こんどはゆっくりとベッドからおきた。

 そして、静かに、そう、音を立てないように、部屋の中を見わたすと、机の上にさっき屑入れに捨てたはずの「紙粘土」があった。


 亜希子は、「寝る前に、たしか、屑入れに捨てたのに」と、何となく不思議に思いながらも、音を立てないようにゆっくりと静かに机に近づいた。

 そして、机の上の「紙粘土」をよく見た。

 さっき、妹の理恵が踏んづけた時には気がつかなかったが、「紙粘土」には妹の足型がくっきり付いていて、少し芸術的な趣があるように見えた。


 そっと触ってみると、さっきのような温かさはなく、袋からはみ出ていたところは乾いていて、気持ち悪くはなかった。

 亜希子は、「変ね、さっき、たしかに屑入れに捨てたのに?」と思いつつ、その「紙粘土」をもう一度屑入れに捨てようとした。

 その時。

 「亜希子さん、捨てないでください。お願いです、私を捨てないでください」

 亜希子が手に持っていた「紙粘土」が、目をあけ、口を開いて言った。

 その声に驚いて、亜希子は、「紙粘土」を机の上に投げ出し、部屋の隅に逃げた。


 「痛いなあ。ひどいじゃないですか」

 机の上の「紙粘土」が、また言った。

 部屋の隅に逃げた亜希子は、少しずつ机に近づいて、「紙粘土」をじっと見た。

 「はじめまして、亜希子さん」

 机の上の「紙粘土」が、また、目をあけ、口を開いて言った。

 亜希子は、夢を見ているような気がしていたが、たしかに「紙粘土」は、目をあけ、口を開いて話をしていた。


 「あなたは誰? 何者なの? どこから来たの?どうして話せるの?」

 亜希子は、驚きと高ぶる気持ちが抑えられず、「紙粘土」に、矢継ぎ早に、早口で次々に質問した。

 「待ってください。僕は、そんなにいっぺんに質問されても、答えられませんよ。その前に、お水を一杯、いただきたいのですが」

 「紙粘土」は、なぜか苦しそうに、そして、ちょっと笑うように話をした。


 亜希子は、とりあえず「紙粘土」がお願いをしていた水を取りに台所に行くため、部屋を出た。

 台所では、母が忙しく食事の仕度をしていた。

 今日の食事のメニューは、カレーライスであった。


 「亜希子、カレーライス食べる?」

 「いまは、いいわ」

 「そう。変ねえ、いつもならすぐ食べるのにねえ。体の調子(ぐわい)でも悪いの?」

 「ううん、いま食べたくないの。後で食べるから残しておいてね」

 

 亜希子は、母親に自分の興奮している状態を悟られないように、平静を装いながら、コップに水をいれ、戸棚からストローを取り出し、急いで部屋に戻った。


 「お待たせ。「紙粘土」さん、お水を持ってきたわよ」

 亜希子の声に、机の上の「紙粘土」は、まったく返事をしなくなっていた。

 そこで、亜希子は、「紙粘土」にそっと触れてみた。

 そのとき、「紙粘土」は、すでに固くなっていた。

 さっき、亜希子の前で話をしていた机の上の「紙粘土」は、部屋の温かさで固くなり、話をすることができなくなっていたのであった。


 コップを手に、亜希子はしばらく考えていた。

 そして、亜希子は、コップの水をストローに吸って、「紙粘土」の口のあったところにつけてみた。

 すると、ストローの水はいきよいよく「紙粘土」に吸い込まれていった。


 亜希子は、何度も、何度も、繰り返しストローに水を吸って「紙粘土」に水を吸い込ませた。

 コップの水が半分ほどになったとき、「紙粘土」の目が開いた。

 「ああ、助かった」と、「紙粘土」は言った。


 「亜希子さん、お願いします。もう少し水を飲ませてください」と、「紙粘土」が言ったので、亜希子はストローに水を吸い、また水を飲ませはじめた。

 そして、持ってきたコップの水が全部なくなってしまったとき、「紙粘土」は、ゆっくりと動きはじめた。

 いままで、妹の理恵の足型に固まっていた「紙粘土」は、亜希子の目の前で少しずつ形を変えていった。


 最初、「紙粘土」は、机の上をコマのようにグルグル回り出した。

 はじめはゆっくりと、そしてだんだんと勢いをつけて、速く回っていった。

 そして、丸く形を変えた「紙粘土」は、ゆっくりと止まり、今度は左右に揺れだした。

 さっきと同じように、はじめはゆっくりと、そして、だんだんとい勢いをつけて、速く揺れだした。

 数えられないほど左右に揺れて、丸い形から円筒形に形を変えた「紙粘土」は、急に動かなくなった。


 しばらくすると…。

 「亜希子さん。また、お水を少し下さい」と…。

 また「紙粘土」が言ったので、亜希子は、急いで部屋を出て台所に行った。


 台所の母が、また何か言おうとしたが、亜希子は、コップに水を入れると、足早に部屋に戻った。


 部屋に戻ると、亜希子は、さっきと同じように、ストローに水を吸い込んで「紙粘土」にちかづけた。

 すると、今度は、円筒形の上のほうに目が現れ、口が開いた。

 「紙粘土」は、ストローの水を、ゆっくりと美味しそうに飲み込んだ。

 しばらくすると、また、ゆっくりと波をうつように動きだし、最初に足が出て、次に手と胴体が現れ、最後に円筒形の上のほうに、顔が現れた。


 「ありがとう、亜希子さん。おかげで元に戻ることができました」

 亜希子の目の前の「紙粘土」は、小さなかわいい男の子の人形に変身して、亜希子に挨拶をした。

 「あなたは、誰?」

 亜希子は、不思議そうな顔をして、男の子の人形をのぞき込むようにして、尋ねた。

 「私は、『夢の国』から来た、妖精です」と、男の子の人形は返事をした。

 「あなた、夢の国の妖精?」


 亜希子は、目の前の男の子の人形に、そう言いながら、「やっぱり。これは、夢なんだわ」と思い、そう、そんなふうにしか思わずにはいられなかった。

 机の上の男の子の人形は、窓から差し込んだ光に当たって、妖精のように光り輝いていた。


    「 夢 の 国 」


 亜希子は、疲れたように、机の前の椅子にゆっくり座った。

 そして、机の上の男の子の人形、いや、目の前の「妖精」と表現してもいいと思う、男の子の人形をじっと見ていた。

 「妖精」と言っていた男の子の人形も、じっと亜希子を見ていた。


 今までの出来事は、まるで夢を見ているような事であったが、「妖精」と言う男の子の人形を目の前にして、何度も、何度も、見る夢ではなかった。

 亜希子は、少し落ち着きを取り戻し、目の前の現実を確かめるように、やさしく「妖精」と言う男の子の人形に聞いた。


 「あなたは誰?名前を、教えてほしいの」

 「妖精」と言う男の子の人形は、ただ困ったような顔をした。

 しばらくたってから、「妖精」と言う男の子の人形から、返事が返ってきた。

 「私は、『夢の国』から来た、「妖精」です」


 亜希子は、「妖精」には、「名前がないのかもしれない」と思ったので、念のためもう一度聞いてみた。

 「あなたの名前を、教えてほしいのよ」

 「亜希子さん。名前って、何ですか?」

 男の子の人形の「妖精」は、質問の内容がよくわからないといった様子で不思議そうに、亜希子に尋ねた。

 「ごめんなさい。やっぱり妖精さんには、名前がなかったのね」

 「いえ…」

 妖精くんは、亜希子の質問に答えられなくて、何となく、恥ずかしそうにしていた。


 亜希子は、妖精くんに、「何とか楽しく話をしてもらおう」と考えていたが、どんなことを聞いたらいいのか、わからなかった。

 しかたなく、「妖精くん。あなたは、どこから来たの?」と、そんな、つまらない、ふつうの質問をしてしまった。


 亜希子からの、その質問を待っていたかのように、妖精くんは、話しはじめた。

 「私の国は、亜希子さんの世界の言葉では、『夢の国』と、言われているところです。

 私は、その国の『夢ひろば学園』という学校の生徒で、いま、妖精になるためのお務めをしているところなのです。

 そのお務めの最後に、私たちは、『夢の国』の王様の決めた、冒険をしなくてはなりません。

 その冒険とは、隣の『未来の国』の『未来学園』まで、熱気球を使って行かなければならないということです。

 そして、『未来の国』の王様から、妖精の証となる『ガラスの心臓』をいただかなければならないのです。

 そのため私たちは、自分たちの乗る熱気球を、その冒険の日まで作りました。


 そして、私たちは、その冒険の日に大空に向けて熱気球を上げ、『未来の国』に飛び立ちました。

 私たちの冒険は、そこまでは、何のトラブルもなくうまく行ったのですが…」

 そこまで話すと、妖精くんは、急に話をするのをやめた。

 窓から差し込んでいた光が薄くなり、暖かいはずの部屋が、急に寒く感じた。

 亜希子には、妖精くんの目が、涙でうるんでいるように見えたので、泣いている妖精くんの顔を、見ていられなかった。


 「妖精くん。もういいわ。もう話さなくていいのよ」

 亜希子は、これから聞くことになるだろうと思った妖精くんの「悲しい話」を、聞きたくはなかった。

 しかし、妖精くんは、涙でうるんでいた目を拭い、話はじめた。


 「そして、私たちは、その冒険の日に大空に向けて熱気球を上げ、『未来の国』に飛び立ちました。

 私たちの熱気球は、青い空に吸い込まれるように、高く、高く、上がってゆきました。

 私たちの熱気球は、『未来の国』に向かって吹いている、暖かく優しい風に乗って、順調に大空の旅を続けました。

 もうすぐ、もうすぐ、『未来の国』に着くというその時…。

 私たちの、熱気球は、「悪魔の、そう、恐ろしい『悪魔の国』の、黒い鳥の群れ」に、襲われたのです。

 私たちの熱気球、そしてほかの妖精たちの熱気球も、その、恐ろしい『悪魔の国』の、黒い鳥の群れに襲われたのです。

 私たちの熱気球は、ボロボロに破れ、きりもみ状態になって、落ちてゆきました。


 私たちは、それからどうなったか、よく覚えていません。

 私たちが、気がついたとき、私たちは、大きな、大きな、二つの穴の開いた通気口の、煙突のような所にいました。

 でも、私たちが通気口の煙突と思っていた所は、『夢の国』の動物園のゾウの鼻のところでした。

 私たちは、逃げる間もなくゾウの鼻に吸い込まれ、ゾウのくしゃみとともに飛ばされました。


 次に、私たちが飛ばされたところは、『夢印紙粘土』の工場でした。私たちは、運悪く、紙粘土の材料置き場の粘土の上に落ちてしまいました。

 私たちは、逃げようと思いましたが、粘土にくっついてしまい逃げられませんでした。

 粘土とともに、工場の中に運ばれ、機械のなかに入れられ、そして、私たちは『夢印紙粘土』の中に入ってしまいました。

 それから、私たちは、『夢印紙粘土』の工場から『人間の国』へ運ばれ、お店で売られることとなったのです。


 私は、運良く渡辺さんの孫の真理ちゃんに買われたので、亜希子さんに助けられましたが、ほかの二人は、何処にいるのか分かりません。

 私は、二人を捜し出し、助けなければなりません。

 そして、みんなで、『夢の国』へ帰らなければならないのです」

 妖精くんは、そこまで話すと、何かを決心するように、亜希子をじっと見つめた。


 「亜希子さん、お願いがあります。私と一緒に、二人を探してください。

 私には、亜希子さんの世界のことがよくわかりませんので、私を助けてください。お願いします」

 妖精くんは、今にも泣きだしそうな顔をして、亜希子に頼んだ。


 亜希子は、妖精くんの話していた国、『夢の国』に行ってみたい。

 そして、妖精くんと一緒に『未来の国』へ旅をしてみたい。

 しかし、『悪魔の国』は、ちょっと怖いけど…。

 そんなことを考えながらも、別れ離れになった二人の妖精を探しに行こうと思い、亜希子は、妖精くんに優しそうにうなずいた。

 妖精くんは、亜希子が自分と一緒に二人の妖精を探しに行ってくれるのを知り、ほっと安心した顔になった。


 そのうち、妖精は疲れたのか、机の上で横になった。

 窓の光は、そんな二人を見守るように、暖かく照らしていた。

 亜希子は、妖精くんを、人形ケースのベッドに、そっと寝かせた。

 そして、亜希子もまた、ベッドに横になった。


    「携帯電話くん」


 あれから、どのぐらいの時間がたっただろうか。

 亜希子と妖精は、すやすやと寝息をたて、ベッドに寝ていた。


 「亜希子、亜希子」

 亜希子は、ドアをたたき、自分を呼ぶ母の声に目を開けた。

 「亜希子、入るわよ」

 そう言って、母が入ってきた。

 「あら、いるん、じゃないの。いるなら、いるって、どうして返事をしないの?」

 母は、ベッドに寝ている亜希子を見て言った。

 「もう、昼過ぎなん、だから、早く起きて食事をしたら」

 母は、そう言って、部屋を出ようとしたそのとき、何気なく机の上の人形ケースを、のぞき込んだ。

 「あら、可愛らしい人形ね。亜希子が作ったの?」

 そういって、人形ケースのベッドで寝ている妖精を見つけ、さわろうとした。

 「さわらないで!」

 亜希子の叫び声で、母の手が止まった。


 「お母さん、怒鳴って、ごめんなさい。まだ乾いていないから、さわらないでほしいの」

 そう言って、亜希子は、急いでベッドから起きた。

 「そうね、せっかく上手に出来たのに、さわって壊してしまったら大変ね」

 母は、そう言いながら、部屋を出ようとした。

 「あ、もう昼過ぎだから、食事をしたら」

 思い出したように、母は、言った。

 「うん。すぐ行くから」

 亜希子の、言葉にうなずいて、母は部屋を出て行った。


 母が、部屋を出て行ったのを確かめ、亜希子は、人形ケースをのぞき込んだ。

 「亜希子さん、びっくりしましたね」

 妖精くんは、笑いながら言った。

 「うん、驚かしてごめんね。お母さんが、部屋に入ってくるとは思わなかったから」

 亜希子も、笑いながら言った。

 「私、食事に行くけど。妖精くん、おなか空いてない?」

 「僕は、大丈夫です」

 「じゃ、もう少しここで、待っていてね」

 亜希子は、妖精くんにそう言って、部屋を出て行った。


 妖精くんは、また、ベッドに横になった。

 亜希子は、台所に行った。

 「お母さん、さっきはごめんね」

 「寝起きだから、仕方ないいんじゃない」

 母は、テレビを見ながら言った。

 「おばあちゃんは?」

 「大森さんの所にいるって、さっき、電話があったわよ」

 「そう、じゃ、理恵は?」

 「理恵は、自分の部屋でカレーライスを食べているよ」

 「智寛は?」

 「智寛は、さっき、起きてきたけど、牛乳を飲んで、また部屋に戻って寝たみたいよ」

 母は、テレビを見ながら言っていた。

 「そう…」

 亜希子は、母と、そんな話をしながら、お皿にカレーライスをもっていた。

 めずらしく、みんなが家にいるのに、今日もまた一緒に食事が出来ないのか。

 亜希子は、何となく、寂しかった。


 そんな気持ちから、亜希子は、台所で食事をするきがしなくなり、戸棚から爪楊枝を二本取って、部屋に戻った。

 妖精くんは、人形ケースのベッドで寝ていた。

 亜希子は、妖精くんの寝顔を見ながら、カレーライスを食べ始めた。

 しばらくすると、妖精くんは目をあけた。

 「起こしてしまったみたいね。カレーライス、食べる?」

 亜希子は、お皿のカレーライスを妖精くんに見せた。

 「カレーライス?」

 妖精くんは、まだ眠たそうな目をこすりながら、亜希子が差し出したお皿を不思議そうに見て、匂いを嗅ぐような動作をしながら、お皿のカレーライスを、小さな指で少しつまんで食べてみた。

 「おいしいね」

 「どうぞ」

 亜希子は、そう言って、妖精くんに爪楊枝を二本渡した。

 妖精くんは、それを箸のように上手に使って、カレーライスを食べはじめた。

 亜希子も、反対のほうから一緒に食べはじめた。

 母の作ったカレーライスは、とても美味しかった。

 「ごちそうさまでした」

 「ごちそうさまでした」

 妖精くんは、亜希子の真似をして、同じように手を合わせて言った。

 二人は、そのことが可笑しくて、楽しそうに笑った。


 「さてと、妖精くん。お腹もいっぱいになったところで、お友達を探しに行きましょうか。とりあえず、どこへ行ったらいいの?」

 亜希子は、妖精くんに、あとの二人の妖精を探しに行くため、場所を聞いた。

 「僕には、わかりません」

 「えっ、じゃ、どうすればいいか、わからないじゃないの」

 亜希子は、参ったなあという顔をした。

 「ええ、僕にも、わからないのですが、僕の友達の『携帯電話くん』だったら、知っていると思う、んですが?」

 「携帯電話くん? それ、誰?」

 「ええ、僕の持っている『携帯電話くん』のことなん、ですが。彼が、知っていると思うのですが、けど…」 

 「携帯電話くんって、それって、どこにあるの?」

 亜希子は、妖精くんの言っていることが、よく理解できなかった。

 「はい、ここにあります」

 妖精くんは、そう言ってポケットから、小さな丸い紙粘土を一つ取り出した。

 「これがそうなの?」

 亜希子は、妖精くんの、取り出した小さな丸い紙粘土をみて、ますますわからなくなった。

 「はい、でも、これ壊れてしまっているのです」

 妖精くんは、残念そうに言った。

 「壊れていたら、使えないじゃ、ないの」

 「はい、それで、これを亜希子さんに、直していただきたいのです」

 「だめだめ、私には無理よ。電気のことなんて、何も判らないのだから…」

 「電気のことは、わからなくてもいいのです。亜希子さんに、この小さな丸い紙粘土で携帯電話を作ってほしいのです」

 「私が、この小さな丸い紙粘土で、携帯電話を作るの?」

 「はい、そうです。お願いします」

 妖精くんは、そう言って、亜希子にその小さな丸い紙粘土を手渡した。


 亜希子は、小さな丸い紙粘土で妖精くんの言うとおり、携帯電話を作りはじめた。

 亜希子は、最初に小さな丸い紙粘土を、さっきの爪楊枝で、左右に転がし、円筒形にした。

 つぎに、指で押さえて長方形にしたあと、爪楊枝の先で携帯電話のダイヤルボタン等を付けていった。

 最後に、携帯電話にポスターカラーで仕上げの色付けをした。

 「はい、これでいいの?」

 「亜希子さん、上手ですね」

 妖精くんは、うれしそうに出来上がった携帯電話にさわろうとした。

 「妖精くん、ちょっと待って。まだ、ポスターカラーが乾いていないから、もう少し待ってね」

 「はい。わかりました」

 妖精くんは、そう言って、待ちどうしそうに、出来上がった携帯電話を見ていた。


 一時間ぐらいして、「もういいみたいね」と、亜希子は、妖精くんに言った。

 妖精くんは、そっと携帯電話に触れながら、何か祈るようにしていた。

 すると、携帯電話は、淡い色を放ち、ゆっくり光りはじめた。

 そして、その光はだんだんまぶしくなってゆき、強い光を放ち始めだした。

 部屋全体が、その光に包まれたとき、亜希子の目の前に、可愛らしい携帯電話の人形が立っていた。


    「スーツケースさん」


 「はじめまして、亜希子さん。僕は、妖精くんの友だちで、『携帯電話』と言います。よろしく、ね」

 亜希子の目の前の、携帯電話の人形は、握手を求めながらしゃべりはじめた。

 「携帯電話くんね。よろしく」

 亜希子は、人差し指を差しだし、あいさつした。

 「僕は、亜希子さんに、かっこよく作っていただいて、とてもうれしいです。ありがとうございます」

 携帯電話くんは、ポーズをつくって、亜希子にお礼を言った。

 「妖精くん、しばらく。元気していた? 一時はどうなるのかと思ったが、何とか助かったみたいだね」

 携帯電話くんは、元気な妖精くんの姿を見て、安心したように笑いながら言った。

 「それにしても、君のポケットのなかは、窮屈だね。少し太ったん、じゃないの? おかげで、僕の身体は丸くなってしまい、壊れて前の姿にもどれなくなってしまったからね」

 携帯電話くんは、そう言って、身体のあちこちが痛かったかのように動かした。

 「何、言っている、んだよ、そのおかげで前の姿より、とてもかっこよく作ってもらえたん、だから、僕に感謝してもらわないと、ね」

 妖精くんは、携帯電話くんに一方的に言われたので、負けまいと言い返した。

 「感謝? 感謝するのは、君にじゃなくて、美しい亜希子さんにじゃないのかな。 え! 僕を作ってくれたのは、亜希子さんだよ」

 携帯電話くんも、負けまいと言い返していた。

 「まあまあ、二人とも、久しぶりに会ったのだから、喧嘩をするのは止めたら。それより、妖精くん、さっきのことについて携帯電話くんに聞いてみたら」

 亜希子は、言い合いをしている二人の間に入って仲直りをすすめ、行方不明の二人の友達の妖精の行方を携帯電話くんに聞くように、妖精くんに言った。


 「そうだ、僕は、君と言い合いをしている暇なんか無かったのだ。携帯電話くん。あの時一緒にいた、二人の妖精の行方を知りたいのだが。知っている?」

 妖精くんは、携帯電話くんに聞いた。

 「僕は、君のポケットの中にずっと入っていたから、知らないよ。でも、君が入っていた『夢印紙粘土』のあった場所がわかれば、なにかの手がかりが得られると思うのだが」

 携帯電話くんは、考えながら言った。

 「そうね、真理ちゃんが持ってきたのだから、買ったお店がわかるかもしれないね。でも、私が真理ちゃんの家に電話して聞いたら、お母さんが変に思うから、困ったわね」

 亜希子は、腕を組んで、考え込んでしまった。

 「だいじょうぶ、僕が聞くから」

 携帯電話くんは、そう言って、「渡辺さんの、おばあちゃんの、お孫さんの真理ちゃんにつながれ…」と、胸のダイヤルをおした。

 携帯電話くんは、「プルルン、プルルン」と、音を出しながら身体を震わした。

 しばらくすると、「プー、プー」と、鳴り出した。

 「あれ、変だな?」

 「携帯電話くん、どうしたの?」

 「妖精くん。真理ちゃんは、寝ているみたいだよ」

 「あ、そうだ。今の時間は、真理ちゃんのお昼寝の時間だわ。困ったわね」

 亜希子は、思い出したように言った。

 「携帯電話くん、どうする」

 「だいじょうぶだよ、妖精くん。僕、ちょっと、真理ちゃんの夢の中に入って、聞いてくるから」

 携帯電話くんは、そう言うと、くるくる回り出し、消えてしまった。

 「妖精くん。携帯電話くんは、何処へ行ったの?」

 「いま、真理ちゃんの家に飛んで行ったんだよ。そして、真理ちゃんの夢のなかに入って、『夢印紙粘土』を買ったお店のことを聞いてくるのだよ」

 妖精くんは、当たり前のことのように言った。


 しばらくして、携帯電話くんが戻ってきた。

 「ただいま。やっぱり、真理ちゃんお昼寝の時間だった。真理ちゃんは、夢のなかで、お花畑でお花を摘んでいたから、僕も一緒に摘んできたよ。はい、亜希子さん、おみやげです」

 「わあ、きれいね。どうもありがとう」

 「いいえ、どういたしまして」

 携帯電話くんは、少し照れ気味に言った。

 「携帯電話くん。そんなことより、お店はわかったの?」

 妖精くんは、少し面白くなさそうに、言った。

 「ごめん、ごめん。真理ちゃんの話では、近所の、いろいろなお菓子を売っている、おばあちゃんのいるお店屋さんみたいだよ」

 「亜希子さん、どこかわかりますか?」

 妖精くんは、亜希子に聞いた。

 「たぶん、小学校の前の駄菓子屋さんだと思うのだけど?」

 「さっそく、行ってみましょう」

 「そうね、行ってみようか」

 妖精くんは、携帯電話くんをポケットに入れ、亜希子の胸のポケットに入った。

 妖精くんには、亜希子の胸が柔らかく、そして暖かく感じた。


 三人は、急いで家を出て、小学校の前の駄菓子屋さんに行ってみたが、小学校の前の駄菓子屋さんはお休みたっだ。

 「変ね、いつもなら、開いているのに?」

 「亜希子さん。どうしようか」

 妖精くんと携帯電話くんは、胸のポケットから残念という顔を出して言った。

 「ちょっと、待っていて」

 亜希子は、そう言って、閉まっている駄菓子屋さんの玄関口をたたいた。

 「ごめんください。ごめんください!」


 しばらくすると、駄菓子屋さんのお店の人が出てきてくれた。

 亜希子が、お店の人に、真理ちゃんが買った「夢印紙粘土」のことを聞いていた。

 残念ながら、紙粘土は、無かった。

 お店の人の話では、きのう、札幌の問屋さんが来て、商品の包装が古くなったので、取り換えて持っていったとのことであった。

 札幌の問屋さんの名前は、おばあちゃんが旅行でいなかったので、聞けなかったが、札幌の時計台の近くの文房具店らしかった。

 亜希子と妖精くんと携帯電話くんの三人は、心が疲れたように、家へ帰ってきた。

 部屋に戻ると、三人は、しばらくだまったままイスとベッドに座っていた。

 

 「さて、どうしようか?」

 妖精くんは、携帯電話くんと顔を見合わせ言った。

 「札幌ねえ。少し遠いわね」

 亜希子は、つぶやくように言った。

 「よーし。乗りかかった船だ。みんなで、札幌へ行きましょう」

 亜希子は、そう言って立ち上がった。

 「そうと決まったら、まず、旅行の準備をしなくてはね。藤丸デパートへ買い物に行こう」

 「亜希子さん。そこへ行って、何を買うの?」

 二人は、口をそろえて言った。

 「藤丸デパートで、スーツケースを買います」

 亜希子は、元気な声で言った。

 「スーツケース?」

 二人は、なんのことか、わからなかった。


    「藤丸デパート」


 真理ちゃんが買った「夢印紙粘土」は、駄菓子屋さんに無かった。

 亜希子と妖精と携帯電話くんは、最初の期待が大きすぎたことから、とてもガッカリした。

 もしかしたら、駄菓子屋さんに売っている「夢印紙粘土」が、二人の妖精かもしれないと思った。

 そんな、自分たちに都合のいい考え方をしていたのであった。

 しかし、そんな都合のいい考えは、もろくも崩れたのであった。

 真理ちゃんが買った「夢印紙粘土」は、遠く、札幌の問屋さんに持っていかれてしまっていた。

 妖精くんと携帯電話くんは、この先の不安から、悲しそうにうなだれていた。

 亜希子は、そんな二人を見ていられなくなり、乗りかかった船とばかり、札幌へ行くことにしたのであった。

 そこで、亜希子は、札幌までの旅行のために必要と考え、駅前の「藤丸デパート」に、スーツケースを買いに行くことにした。


 亜希子は、愛車のオープンカー「ポルコ99」に乗って家を出た。

 もちろん、妖精くんと携帯電話くんも一緒である。

 「亜希子さん。この乗り物は、とても速くてかっこいいですね」

 二人は、初めて乗る車に上機嫌であった。

 「二人とも、落ちないでね」

 亜希子の、胸のポケットから身を乗り出し、二人は、帯広市内の街並みを見ていた。

 「藤丸デパート」の五階に、旅行カバンの売り場があった。


 亜希子は、車をデパートの駐車場にとめ、車からおりて入り口へ行こうとしたとき、

 「亜希子さん、ちょっと待ってください。僕を、下に降ろしてください」

 妖精くんは、亜希子に、下に降ろしてほしいと頼んだ。

 亜希子は、妖精を胸のポケットから取り出し、下に降ろした。

 下に降りた、妖精くんと携帯電話くんは、なにかひそひそと話していた。

 「亜希子さん、ちょっと目をつぶってください」

 亜希子は、二人が何をするのかわからなかったが、妖精くんに言われるまま、目をつぶった。


 「携帯電話くん、いいかい」

 妖精くんは、亜希子が目をつぶったのを確かめて言った。

 「いいよ」

 妖精くんは、携帯電話くんの左手を握った。

 そして、携帯電話くんは、右手でダイヤルをゆっくり押した。

 「おおきくなあれ。おおきくなあれ」と言って、ダイヤルを押しおわったとき、妖精くんと携帯電話くんは、大きくなっていた。


 「亜希子さん、もういいよ」

 妖精くんの声に、ゆっくり目を開けた亜希子の目の前に、背が高くなった妖精くんがいた。

 「妖精くん、大きくなれるの?」

 亜希子は、背の高いスマートな妖精くんを見て、驚いた。

 「うん。少しのあいだだけど、大きくなることができるのだ」

 「僕と一緒だったらいいね」

 その声のするほうを見ると、携帯電話くんが、妖精くんの左手の中で、大きくなっていた。

 「妖精くん。どのくらいの時間、大きくなっていられるの?」

 「僕たちにも、よくわからないの」

 二人は、自分たちも不思議に思っているような顔をして、答えた。

 「そう。じゃ、速く買い物をしてしまわないといけないわね。急いで、行きましょう」

 三人は、早足でデパートに入っていった。

 入り口の側のエレベーターに乗り、五階のバック類の売り場に行った。

 妖精くんと携帯電話くんは、商品の多さに目を白黒させて、思わず息を飲んだ。

 それを見ていた、亜希子は、可笑しかった。

 ほかのお客さんがいなければ、声を出して笑っただろう。


 五階のバック類の売り場は、夏休みのお客さんで混雑していた。

 亜希子は、気に入ったスーツケースがなかなか見つからないのか、一生懸命探した。

 妖精くんたちは、そんな亜希子に、ただくっついて歩くだけであった。

 その時、足元の方から「ドン」と、音がした。

 「痛いじゃないの。失礼ね」

 どこからか、声がした。

 妖精くんと携帯電話くんは、あたりをキョロキョロ見回したが、周りには、誰もいなかった。

 「亜希子さん、待ってください」

 先に歩いて行ってしまった亜希子を見て、妖精くんは心細くなり、近くに行こうとしたが…。


 そのとき、「ちょっと待ちなさいよ」と、どこからかまた、声がした。

 妖精くんは、また、あたりをキョロキョロと見回したが、周りに誰もいなかった。

 「あんたねえ、どこ見て、るのさ。ここ、ここよ」

 妖精くんは、自分の足元の声がするほうを見た。

 すると、妖精くんの足元には、ピンク色のスーツケースがあった。

 「あ、どうも」

 「あ、どうもじゃないわよ。人を蹴飛ばしといて黙っていくなんて、失礼じゃないの。ちゃんと、謝ったらどうなの」

 「ああ、ごめんなさい。君がそこにいることが、わからなかったものだから」

 妖精くんは、亜希子とはぐれる心配のほうが気になって、ピンク色のスーツケースの話しに気が入らなかった。

 「私が、わからなかったって言うの? こんなに、美しい私が?」

 スーツケースは、ピンク色をますます鮮やかにして、プンプン怒って言った。

 妖精くんは、困ってしまった。

 「おい、彼女。彼が、謝っている、んだから、許してあげたらいいじゃないか。あんまり怒ると、美しい顔が台無しになるよ」

 妖精くんのポケットから顔を出し、携帯電話くんが言った。

 スーツケースは、携帯電話くんの声にびっくりして、怒るのをやめた。


 「わかったわ、あなたの言葉に免じて許してあげるわ。今度から、気をつけるのよ」

 「はい。ごめんなさい」

 妖精くんは、そう言って、あしばやにその場を離れた。

 「あ、あの…」

 スーツケースは、妖精くんになにか言いたそうに声をかけたが、妖精くんには聞こえなかった。

 「妖精くん、怖かったね。それにしても、あのスーツケース、あんなに化粧が濃いから、買ってくれる人はいないね」

 携帯電話くんは、そう言った。

 「でもね。あのスーツケースの彼女、なんとなく寂しそうだったみたいだよ」

 「何、言っているのかな?さっき、あんなに文句を言われた、んだよ。それをかばうなんて、君はどうかしているよ」

 妖精くんは、携帯電話くんの言うとおりであったが、さっきのスーツケースのことが気になっていた。


 「二人とも、どうしたの? 私から離れちゃだめでしょ」

 亜希子が、二人を探しながらやって来た。

 「すいません。ちょっと、妖精くんがトラブルをかかえていましたから」

 「さあ、むこうに行きましょう」

 亜希子は、妖精くんの手を取って歩き出した。

 しかし、亜希子の気に入ったスーツケースは、なかなか見つからなかった。


 「亜希子さん」

 妖精くんは、思いきって、一生懸命探している亜希子に声をかけた。

 「なあに?」

 「亜希子さん。僕、さっき、気に入ったスーツケースを見つけたん、です」

 「妖精くん。あれは、それまずいよ」と、携帯帯電話くんが、妖精の手をひっぱって言っていた。

 「妖精くん。いま、なんて言ったの?」

 「僕、さっき、気に入ったスーツケースを見つけた、んです」

 「ほんとう。それ、どこにあるの?」

 「あっちの方です」

 妖精くんは、亜希子の手を引っ張って、さっきのところへ戻って行った。

 そんな二人に、携帯電話くんの嘆き声は聞こえなかった。


 「亜希子さん、これです」

 妖精くんは、ピンク色のスーツケースを指した。

 「これ、これなの?」

 亜希子は、ピンク色のスーツケースに、少し戸惑いの顔をした。

 携帯電話が、亜希子に何か言おうとしたとき、妖精くんは、携帯電話の口をふさいだ。

 亜希子は、妖精くんの真剣な顔を見て、何か訳がありそうに思えたので、そのスーツケースを買うことにした。

 「いいわ、買うことにしましょう。ちょっと、ここで待っていてね」

 亜希子は、店員にスーツケースを買うことをつげにいった。


 「あのう…。ありがとう」

 ピンク色のスーツケースは、嬉しそうな顔をして言った。

 「いいえ。よかったですね」

 携帯電話くんは、そんな二人を見て、もう何も言えなかった。

 ピンク色のスーツケースは、箱に入れられ包装され、妖精の手にシッカリと握られて、車まで運ばれてきた。

 亜希子は、車のトランクにスーツケースを入れようとしたとき、妖精くんは、箱の上で小さくなっていた。

 「妖精くんは、ここね」

 亜希子は、そう言って、妖精くんを胸のポケットに入れた。

 さて、これから始まる三人の、いや、四人の札幌までの旅は、どんなふうになるのか想像できません。

 そして、お話に登場する人物?像は、どんな姿をしているのでしょうか気になるところです。


    「四人旅・前夜」


 亜希子は、藤丸デパートの買い物を終え、家に着いた。

 妖精たちは、車のトランクからスーツケースを取り出し、部屋に運び入れようとしている亜希子の、荷物運びを手伝うため、胸のポケットから出ようとした。

 その時、

 「あら、亜希子。何、どこかに行ってきたの?」

 運悪く、母親が、玄関の掃除をしていた。

 妖精たちは、慌ててまた胸のポケットに隠れた。

 「うん。ちょと…、買い物に出かけていたの」

 亜希子は、重そうに荷物を運んでいたにもかかわらず、なんでもないように言った…。

 「買い物ねえ…」

 母親は、亜希子の持っている重そうな荷物に目をやり、「なにを買ってきたのかな?」と、聞きたそうな素振りをしていた。


 「これ、スーツケースなの」

 亜希子は、明日からの、札幌への旅行のことを、母親に説明しなければならないのかと思うと、すこし、憂鬱になった。

 「面倒にならなければ、いいのだけど…」と、亜希子は、そんなふうに考えていた。

 「スーツケース?」

 母親は、今年の夏は、会社の同僚とか、学生時代の友だちからの、電話がなかったことから、夏休みには、じっと家にいるのかしらと思っていた。

 「そうよ。スーツケース…よ」と、亜希子は、平静を装っていた。

 「旅行に行くの?」

 母親は、「急にどうして?」と、言わんばかりに、亜希子に聞いた。

 「うん。ちょっと、休暇があるから、札幌まで遊びに行こうと思って…」

 亜希子は、いつもは前もって母親に話をしていたのだが、今回は、何も言っていなかったので、まずいなあと思いつつ言った。


 「誰と行くの?」

 母親は、問い詰めるように言った。

 「今回は、残念だけど、わたし一人で行こうと思っているの…」

 亜希子は、だんだん形成が悪くなりそうなきがしてきた。

 「一人で…」

 母親は、とんでもないというような顔をして言った。

 「友だちは、みんな、それぞれ計画があるから、急に話をしても、もう無理だと思うから、わたし一人で行くことにしたの…」

 亜希子は、少し開き直りの感じで、母親に言った。

 それを感じたのか、「一人で、だいじょうぶ?」と、母親は聞いた。

 「だいじょうぶよ。それに、向こうに着いたら、恵子のところに行くことにしているから…」

 亜希子は、少し後ろめたいことだったが、母親が心配して、旅行にいくことに反対したら困ると思い、札幌にいる友だちの名前を出した。

 「恵子さんのところに行くの。じゃ、おみやげを持たせなくてはね」

 母親は、少し安心したように言った。

 「恵子のところのおみやげは、もう私が用意したからいいわよ」

 亜希子は、母親がおみやげを用意したら困るので、そうつくろった。

 「そう、じゃ、恵子さんによろしく言っといてね」

 母親は、そう言って、何事もなかったように、また玄関の掃除を始めた。

 亜希子は、やれやれと思いながら、急いで部屋に行った。


 その夜、亜希子は、夕食を部屋で食べることにした。

 おばあちゃんは、大森さんのお家で夕食をいただいてくる予定となっているようであった。

 妹の理恵は、さっき、友だちと出かけていなかった。

 弟の智寛は、いまだ部屋から出てくる気配はなく、しかたなく、母親が夕食を別に作って、部屋に持っていったようであった。

 そんな諸般の事情からの、選択であった。

 少し寂しくもあったが、今日の亜希子にとっては、逆に好都合なことであった。


 亜希子は、台所にあったフランスパンと野菜サラダを、部屋に持ってきて、妖精くんと一緒に食べることにした。

 妖精くんは、藤丸デパートの買い物がすんだのあと、小さくなったまま動かなかった。

 亜希子にはその理由がわからなかったが、最初にであったときとは、なんとなく事情が違うような気がしたので、とくに心配はしなかった。

 亜希子は、妖精くんたちが起きるまでのあいだ、明日の札幌の旅行の準備を始めた。

 部屋のタンスから、旅行中の着替えを出していた。

 「洗面道具は…、これね。それから、着替えは、これと、あ、あれも必要だわ。いいわね…」

 亜希子は、あんなこと、そんなことをつぶやきながら、旅行の荷物をベッドの上に並べていた。

 その時、亜希子の後ろのほうから、「荷物が多すぎるわ。そんなに入るわけない、じゃないの」と、声がした。


 「妖精くん、何か言った?」

 亜希子は、後ろを振り返り、妖精くんのほうを見た。

 妖精くんは、人形ケースのソファーの上で横になって眠っていた。

 「変ねえ。たしかに、誰かの声がしたのに…」

 亜希子は、不思議に思ったが、「気のせいね…」と、また、旅行の準備を始めた。

 「うん、もう。多すぎるって言っている、じゃないの。そんなに入るわけない、じゃないの」と、また声がした。

 「妖精くん。変な、こわいろを使って、言わないでよ!」

 亜希子は、今度は間違えなく声がしたので、後ろを振り向き妖精くんを見た。


 「亜希子さん、おはようございます」

 妖精くんは、亜希子の声にびっくりして目を覚ました。

 「妖精くん。いま、何か言ったでしょう」

 亜希子は、怒った顔をして言った。

 「僕ですか? 何も言っていませんよ。それに、ぼくは、亜希子さんに起こされるまで、横になって寝ていましたから」

 妖精くんは、自分は何もしていないと説明をしていた。

 「じゃ、きっと、携帯電話くんよ。亜希子さんの聞いた変わった声は、彼に間違えないわよ」

 亜希子は、まさに、確信があるように言った。

 「亜希子さん。残念ですが、僕ではありません」

 亜希子に、名前を言われて、携帯電話くんは、妖精のポケットから出てきた。

 「じゃ、だれなのよ!」

 亜希子は、二人に向かって怒るように言った。

 「あ、もしかしたら…」

 二人はそう言って、ゆっくりスーツケースの方を指さした。


 亜希子は、二人の指さすほうを見た。

 そこには、藤丸デパートで買った、包装紙に包まれ箱に入っているスーツケースがあった。

 亜希子は、二人のほうを振り返った。

 二人は、亜希子にうなずいた。

 「亜希子さん。包装紙を解いて、箱から出してみてください」

 亜希子は、二人に言われるまま、おそるおそる、スーツケースの包装をとき、箱から出した。

 「ふうー。きつかったわ」

 スーツケースさんは、そう言って、動き出した。

 「あれから、ずーっと、箱の中に入れられていたから、少し肩が凝ったわ」

 「あ…、いやだ。少し顔にしわが付いたじゃ、ないの」

 スーツケースさんが、そう言って、鏡を出して手入れをしはじめた。

 亜希子は、目の前のスーツケースさんを、じっと見ていた。


 「おい、彼女。さっき何か言った」

 携帯電話くんが、スーツケースさんに聞いた。

 「そうよ。あんなに荷物を出されたら、多すぎるじゃないの。だから、入らないわって言ったのよ」

 「それにねえ、たくさん入れたら、わたし太ってしまって、美貌が台無しになるじゃないの。私にとっては、とても大変なことなのよ。だから、声をかけたのよ。何か悪いことでもしたのっていうの」

 スーツケースさんは、携帯電話くんにそう言って、横のイスに座っている亜希子に気がついた。

 「あら、わたしって、失礼したみたいね」

 スーツケースさんは、そう言って、亜希子のほうを向いた。

 「はじめまして、亜希子さん。わたしは、スーツケースといいます」

 「縁あって、あなたに買っていただくことができました。ありがとうございます」

 スーツケースさんは、上流階級の貴婦人のように亜希子に挨拶をした。

 「はじめまして、スーツケースさん」

 亜希子は、「また、新たな変なのがでてきた」と、思いつつ、スーツケースさんに、挨拶した。


 「あのう、わたし、先ほど失礼かと思いましたが、亜希子さんの荷物が、あまりにも多いので、少なくしてもらいたく声をかけました」

 「亜希子さん、私から、あらためてお願いしますが、もう少し荷物を少なくしてくださらない」

スーツケースさんは、澄まし顔で言った。

 「彼女、少し我慢したら…」

 携帯電話くんが、そんなことを言うものじゃないよ、という感じで言った。

 「あら、あなた。なに言っているの。女性の私が太るということは、それだけでとても大変なことなのよ。あなたみたいな、携帯電話に、私の気持ちなんかわからないじゃないの。失礼ね」

 スーツケースさんは、ピンク色をよりあざやかにして言った。

 「亜希子さん、スーツケースさんが、かわいそうに思えますので、荷物を少し少なくしてくれませんか」

 妖精くんは、亜希子に頼んだ。

 「そうね、何日も旅行するわけじゃないから、少しすくなくしようか」

 亜希子は、妖精の言葉で、少し荷物を少なくしようと考えた。

 「亜希子さん、すいませんねえ」

 スーツケースさんは、妖精のくんの言葉で荷物が少なくなりそうなんで、安心したようにお礼を言った。


 「いいえ、何とかなると思うから」

 亜希子は、旅行の荷物を見直し、少しずつスーツケースさんに詰めていった。

 スーツケースさんは、気持ちよさそうにしながら、ベッドの上で横になっていた。

 亜希子の旅行の荷物は、スーツケースさんの中に、最初から入っていたように、吸い込まれるように入っていった。

 旅行の荷物がすべて入ってしまうと、スーツケースさんは、ひとりでに音もなく静かに閉まった。

 「ああ、いい気持ち。これで、明日の旅行は、楽しいものになりそうだわ」 

 そんな、スーツケースさんの言葉に、亜希子も、「ほんとうに、楽しい旅行になってくれれば…」と、思わずにはいられなかった。


 妖精と携帯電話も、スーツケースさんの言葉に、うなずいていた。

 その後、亜希子は、妖精くんと一緒にフランスパンを食べた。 

 携帯電話くんには、小さな乾電池を二本あげた。

 彼は、それを両手で持って、体を震わせ踊っていた。

 スーツケースさんには、お腹がいっぱいのようなので、クレヨンをあげた。

 彼女は、それを使って、また、お化粧をしていた。

 それから、明日の旅行のため、今日は早めにベッドに入り寝ることとした。

 四人の夢の中では、どんな旅がはじまっているのでしょう。

 窓の外には、星空がひろがっていた。


    「札幌まで150キロ」


 亜希子は、窓からの明るい日差しに目を覚ました。

 昨日は、少しの興奮から、すぐ眠ることができなかったが、いつしか深い眠りに入り、今朝の目覚めは、とても良かった。


 「妖精くん。おはよう」

 亜希子は、妖精くんが人形ケースから起きているのを見て言った。

 「亜希子さん、おはようございます」

 妖精くんは、少し慣れたように言った。

 今日のこれからの旅行の興奮からか、同じように早い目覚めであった。

 その横では、携帯電話くんが、まだ寝ていた。

 昨夜、十分充電したので、お腹は満杯となっているからかもしれない。

 一方、スーツケースさんは、ベッドの横の鏡台で、朝のお化粧を入念にしていた。


 「スーツケースさん、おはよう」

 亜希子は、笑顔であいさつした。

 「亜希子さん、おはようございます」

 スーツケースさんは、お化粧の途中の顔であいさつした。

 亜希子は、その顔を見て、少し可笑しかったが、笑ってはいけないと思い、笑いをこらえていた。

 「妖精くん。一緒に朝御飯を食べようね」

 亜希子は、このまま部屋にいると、笑いだしそうになるので、妖精くんに、そう言って部屋を出た。

 「はい」

 妖精くんは、そんな亜希子を見て、笑顔で返事をした。


 台所に行くと、食卓テーブルのうえに、朝食が用意されていた。

 母親は、自分の部屋のほうにいるようであった。

 亜希子は、鏡に向かって笑顔であいさつして、顔を洗った。

 その後、亜希子は、朝食をお盆にのせ部屋に戻った。

 亜希子は、妖精くんと、母親の作ってくれた朝食を、美味しそうに食べた。

 スーツケースさんは、その間もずっと、お化粧を続けていた。


 「亜希子」

 母親が、ドアをたたいた。

 亜希子は、中に入られると困るので、急いでドアを開けた。

 「お母さん、なあに?」

 亜希子は、いま着替え中なのという感じで、ドアの隙間から顔を出して、ドア越しに母親と話をした。

 「はい。これ、お昼ごはんよ」

 母親は、昼食にと、おにぎりを作ってくれた。

 「飲み物は、途中で買うといいわね」

 そう言って、母親は、お弁当とお金を亜希子に渡した。

 「ありがとう」

 亜希子は、笑顔でそれを受け取った。

 食事を終えた亜希子は、妖精くんと携帯電話くんを胸のポケットに入れ、スーツケースを持って部屋を出た。


 亜希子の愛車、「ポルコ99」は、玄関の前で出発を待っていた。

 亜希子は、スーツケースさんを後部座席にのせ、車に乗った。

 「亜希子、気をつけてね」

 母親が、出発を見送ってくれた。

 「はい。行ってきます」

 四人を乗せた「ポルコ99」は、かろやかにスタートして、一路札幌へ向かった。

 車のバックミラーには、手を振っている母親が写っていた。

 「さあ、出発よ」

 亜希子は、これからの旅行に、自分を勇気づけるように言った。

 「出発!」

 妖精くんが言った。

 「いざ、出発!」

 携帯電話くんも、続けと、ばかりに言った。

 「亜希子さん、安全運転でね」

 スーツケースさんは、後ろから心配そうに言った。

 「OK!」


 愛車「ポルコ99」は、帯広市内を囲む広葉樹の森林群を抜け、新緑がまばゆいほどの草原のまっすぐな道を、スピードをあげ走りつづけた。

 顔にあたる朝の風は、少し冷たくも感じたが、車の四人には、じつに気持ち良く感じていた。

 芽室町の製糖工場の広い敷地の中を走り抜け、清水町のビート畑の中を、車は順調に走った。

 新得町に入る手前で左に曲がると、目の前に日勝峠の入り口が見えてきた。

 日勝峠を越えると、生まれ育った十勝平野とは、しばしのお別れであった。

 車の中では、三人が外の景色に夢中になっていた。


 「ねえ、みんな。峠の上で少し休みましょうね」

 亜希子は、三人に向かってそう言った。

 「いいですね」

 妖精くんは、高いところが好きなのか、よろこんで言った。

 「僕は、別にいいのですが…」

 携帯電話くんは、峠の上では、ぼくの電波が通じなくなるので、いやだなあという表情をしていた。

 スーツケースは、風でお化粧が乱れているのを気にしていた。

 亜希子は、日勝峠の上で車を止めた。

 すると、妖精くんと携帯電話くんは、亜希子の胸のポケットから出て、しっかりと左手をつないだ。

 携帯電話くんは、「おおきくなあれ。おおきくなあれ」と、右手でダイヤルをゆっくりおした。

 そして、二人は、前と同じように大きくなっていった。

 「空気って、おいしいね」

 亜希子は、三人に、うれしそうに言った。

 三人は、何のことかわからないような顔をした。


 「わー。高いところから見ると、遠くまでよく見えるね」

 妖精くんは、雲ひとつない、ぬけるような透きとおった、真っ青な青空をつき通して見える、目の前の風景に、とても喜んでいた。

 「亜希子さん、あの緑色に見える所は何ですか?」

 妖精くんは、水平線の彼方に見える所を指さして言った。

 「海よ。太平洋が見えるのよ」

 亜希子は、目の前の風景に、十勝平野に生まれ、そこで生きている自分が、幸せに思えた。

 「素敵ね。青空のなかに吸い込まれそうだわ」

 スーツケースさんも、うれしそうに、雲ひとつない、青空を見ていた。

 妖精くんは、あの時も、こんな日だったなあと、熱気球をあげた冒険の日のときを思い出していた。

 涙が、こぼれそうになった。

 日勝峠の上で、一時を過ごした四人は、日高山脈を越え、また、札幌への道を走った。

 道は、それまでの急カーブが続く道から、なだらかな坂道へと変わっていった。


 「あれ、変ね」

 亜希子は、愛車「ポルコ99」が、少し変なのに気がついた。

 「どうしたの?」

 助手席に乗っていた妖精くんが、心配そうに声をかけた。

 「スピードが、でないのよ」

 亜希子が、言った。

 「アクセルペダルを強く踏んでみれば…」

 携帯電話くんが、機械に強いというふうに言った。

 「踏んでいるわよ」

 亜希子は、何度も強くアクセルを踏んでいた。

 「だいじょうぶ?」

 スーツケースが、心配そうに聞いた。

 「わからないわ…」

 亜希子は、「まいったなあ」という顔で言った。

 「どれどれ、僕にみせてよ」

 携帯電話くんは、妖精の手から離れ、ハンドルの前に立って、目の前の計器類を見ていた。

 「あ、ハハハ…」

 携帯電話くんは、笑いだした。

 「どうしたの? 何かわかったの?」

 亜希子は、携帯電話くんに聞いた。

 「亜希子さん。これは大変です」

 「なによ。どうしたの?」

 携帯電話くんが、もったいぶって言っているので、亜希子は、速く原因を言ってよという顔をして聞いた。

 「亜希子さん。この車、ガソリンがなくなっていますよ」

 「ガソリンが無いって」

 亜希子は、携帯電話くんに言われて、ガソリンゲージを見ると、「E」をさしていた。

 「ガソリンが無いなら、走れないじゃないの」

 スーツケースさんが、言った。

 「ガソリンって、なあに?」

 妖精くんが、聞いた。

 「車の、ごはんさ」

 携帯電話くんが、言った。

 「じゃ、この車は腹ぺこで、走れないじゃないか」

 妖精くんは、事情がわかったのか、そう言った。

 「そうだよ。もう走れないのさ」

 携帯電話くんは、言った。

 「なに、のんきなことを言っているのよ」

 スーツケースさんが、怒ったように、言った。

 「だいじょうぶ。ガソリンが無くなったって、坂道だから、このまま走っていけばいいのよ」

 亜希子は、原因がわかったので、安心したように笑って言った。

 「亜希子さん。そうとも言い切れないよ」

 携帯電話くんは、前方を指さして言った。


 坂の向こうを見ると、馬車が走っていた。

「ポルコ99」のスピードは、徐々に速くなっていった。

 車のスピードを落とすと、この先の町まで走っていけなくなるが、目の前には馬車が迫ってきている。

 「プワーン」

 車のクラクションが、山々をこだまするように響いた。

 三人は、びっくりして、耳を押さえた。

 馬車は、猛スピードで近づいてくる車に気づいて、横道に入ってくれた。

 「おじさん。ごめんなさい」

 亜希子は、馬車の男の人に、大きな声で謝った。

 車は、猛スピードで走り抜けた。

 「気をつけて行けよ」

 遠くから、馬車の男の人の声が聞こえた。

 その後、目の前の直線道路には、障害物もなく、車は軽やかに走り続けた。


 しかし、亜希子は、この先のカーブが心配であった。

 道は、少しずつ登りになっていたのであった。

 亜希子の真剣な顔を見て、三人は黙っていた。

 車のスピードは、少しずつ、少しずつ、遅くなっていき、カーブをゆっくり曲がった。

 「もう少し、もう少しよ。頑張って」

 亜希子は、愛車「ポルコ99」に、心の中で声をかけた。

 その祈る気持ちが通じたのか、小高い丘をゆっくりではあったが、乗り越えることができた。

 丘の下には、小さな集落が見えた。

 「もう少しの辛抱よ」

 亜希子は、心配そうな顔をしている、三人に向かって笑顔で言った。

 三人は、亜希子の笑顔を見て、少しホッとした。

 亜希子の車、「ポルコ99」は、坂の下の小さな町の駄菓子屋の前で、ゆっくりと止まった。

 「ついたわよ」

 「ついたね」

 「いや、止まったと言うべきですよ」

 「どっちでもいいわよ」

 四人は、そう言いながらも、少しホッとして安心したように言った。


    「コインくん」


 亜希子は、ゆっくりと車をおりた。

 「みんな、ちょっと待っていてね」

 そう言って、亜希子は、駄菓子屋に入っていった。

 「こんにちは」

 店の中には、だれもいなかった。

 「ごめんください」

 亜希子は少し大きな声で言った。

 すると、店の奥の物陰から、すうっと、おばあさんが出てきた。

 店の中が、少し薄暗かったので、突然おばあさんが出てきたのに、亜希子はびっくりしてしまった。

 「こんにちは」

 「いらっしゃいませ」

 おばあさんは、小さな声で言った。

 「あのう…、この近くにガソリンスタンドは、ありますか?」

 亜希子は、おばあさんに聞いた。

 「この先に、一軒あるがの」

 「すいませんが、そこの電話番号を教えてくれませんか」

 亜希子の依頼に対して、おばあさんは、薄い電話帳を差し出した。

 亜希子は、電話番号を確認して、おばあさんにお礼を言って、店を出た。

 なんとなく、時間の長さが違うような空間に居るような気がした。


 亜希子は、駄菓子屋のおばあさんに借りた電話帳で、ガソリンスタンドの電話番号を確認し、店の前の公衆電話から連絡していた。

 「ガソリンスタンドに連絡が取れたから、もうだいじょうぶよ」

 亜希子は、車の中の三人に言った。

 亜希子は、「妖精くん、はい」と言って、オレンジジュースのカンを渡した。

 亜希子は、コーラを美味しそうに飲んだ。

 二人は、喉の渇きをうるおした。

 「携帯電話くん。これコイン入れに入れてくれない」と言うと、亜希子は、自動販売機のお釣りを、車のコイン入れに入れ手もらうため、ポケットからお釣りを取り出し、携帯電話くんに渡した。

 その時、コインが1つ、車の下に落ちてしまったが、誰も気が付かなかった。

 「いたいなあ」と、声がした。

 「いま、何か言った?」

 三人は、「いいえ」という顔をした。

 「おかしいわね?」

 そう言って…、亜希子は、車に乗ろうとした。

 そのとき、「踏む、んじゃ、ないよ。痛いじゃないか」と、声がした。

 亜希子と三人は、声のするほうを見た。

 すると、亜希子の足の下に何か小さなものがあった。

 亜希子は、ゆっくりと足をどけ、それを手に持った。

 それは、汚れて真っ黒になったコインだった。

 亜希子は、さっき自分が落としたコインなのに、気がついていないようであった。

 そして、それは、お金のようでもあり、メダルのようでもあり、今まで見たことがなかったのである。

 「これ、何だろうね?」

 「汚いね」

 「捨ててしまえば」

 亜希子と三人は、汚れて真っ黒になっていたコインをじっと見ていた。

 「そんなに見つめるなよ。照れるじゃないか」

 亜希子が手に持っていた、コインが話をした。

 亜希子は、びっくりしてコインを投げた。

 すると、コインは、スーツケースさんにくっついてしまった。

 「きゃー。どうして」

 スーツケースさんは、さけんだ。

 「早く取ってよ」

 スーツケースの驚きの声に、亜希子は、あわてて、くっついたコインを取った。

 「そんなに汚そうに言うなよ。俺だって、汚くなりたくて、こんな風になったんじゃ、ないんだよ」

 コインは、そう言って涙を流した。

 その涙は、コインの汚れを少し落としてくれた。

 亜希子は、手に持っていた残りのカンコーラのコーラをかけ、コインを洗った。

 「うー。しみるー」

 コインは、身体を振るわした。

 コーラで洗い、布でよくふくと、コインは、金色に光り出した。

 「あら、きれいじゃないの」

 スーツケースさんは、少し驚いたように言った。

 「そうだよ。僕は、本当はきれいなのさ」

 今までのうっぷんを晴らすかのように、コインは偉そうに言った。

 「あなたは、だれなの?」

 亜希子は、手に持っていたコインを車のシートに置くと、のぞき込むように聞いた。

 スーツケースさんは、自分の傍らにおかれたので、少し後ずさりをした。

 「逃げなくてもいいじゃないか。僕は、コインだよ。

 君に食いついたりはしないよ」

 コインは、気味の悪いものを見るかのようにしているスーツケースを見ながら言った。

 「コインくんね。よろしく」

 亜希子は、微笑みながら言った。

 「コインくん。よろしく」

 妖精くんは、コインくんと握手をしながらあいさつした。

 「コインくん。よろしく」

 携帯電話くんも、あいさつした。

 「わたしも、よろしく、ね」

 スーツケースさんは、少し遠巻きに、あいさつした。 

 そうしているうちに、向こうの方から車が一台やって来た。

 さっき電話をした、ガソリンスタンドの車らしかった。


 「どうも、遅くなりました」

 「いいえ、助かりました」

 ガソリンスタンドの店員は、助手席に座っている妖精を見て、少しびっくりしていた。

 「とりあえず、スタンドまでの分を持ってきました」

 そう言って、手際よく車にガソリンを入れてくれた。

 「では、私の後についてきてください」

 「はい。わかりました」

 亜希子は、店員の車の後に続いた。

 しばらく行くと、ガソリンスタンドが見えた。

 「あれ、さっき助手席にいた人は、どうしました?」

 「助手席に?」

 亜希子は、妖精くんが小さくなってしまったので、店員には、何もなかったかのように、とぼけて言った。

 ガソリンスタンドの店員は、うす気味悪そうにしながらも、車にガソリンを満タンに入れた。

 亜希子は、店員にお礼を言うと、遅れを取り戻そうと、札幌に向けて車を走らせた。

 コインくんは、車のシートの影に隠れていた。

 「コインくんは、どこにいるの?」

 亜希子は、聞いた。

 「さっき、シートの袋の中に隠れたみたいだよ」

 妖精くんが、言った。

 「もう、誰もいないから、出てくるように言ったら」

 「おーい、コインくん。顔を出しなよ」

 「きみ、そんな所に隠れてないで、出ておいでよ」

 携帯電話くんも言った。

 「あらら、以外と恥ずかしがりやさんで、臆病なのね。さっきの勢いはどうしたの?」

 スーツケースさんは、からかうように言った。

 「わかったよ、いま出ていくから。僕は、臆病なんかじゃない、んだから」

 コインくんは、そう言いながら出てきた。

  亜希子は、コインくんを左の胸のポケットに入れた。

右の胸には、妖精くんと携帯電話くんが入っていた。

 「私たちね、札幌まで行くん、だけど。きみは、どうする」

 「僕は、特に急ぎの用事もないから、いっしょに札幌に行ってもいいよ」

 「僕たちね、二人の妖精を探しに行くん、だよ」

 携帯電話くんは、言った。


 「妖精?」

 「そう、僕の友だち、なんだ」

 妖精くんは、そう言うと、コインくんに今までのことを話した。 

 「そうか、じゃ、僕も仲間にいれてほしいな」

 「そうだね、こんなふうに出会うなんて、不思議な巡り合わせだからね」

 携帯電話くんは、言った。

 「それもあるけど、僕は、君たちと会う前に、さっき妖精くんが言った「夢印紙粘土」を見たことがあるからね」

 「え、ほんとう」

 「うん。たしか夕張の「石炭の村」だったと思う、んだ。そこのおみやげ屋に、それが売っていたと思う、んだ」

 「夕張ね…。ちょっと遠回りだけど、行ってみましょう」

 亜希子は、そう言うと、交差点の道を右に曲がった。

 「見つかるといいね」

 「うん」

 「石炭の村にいくの? 汚れそうだわね」

 スーツケースさんは、そう言うと、お化粧の用意をしだした。

 コインくんの話しから、みんなは少しうれしくなった。

 夕張の「石炭の村」までは、一時間あまりの所に来ていた。

 車は、山々の間を縫うように、軽快に走って行った。

 あの山の裏側が、夕張市であった。



    「夕張・石炭の村」



 山々のあいだを、蛇行するように、車を走らせ、夕張市内に入ってきた。

 昔、石炭がエネルギーの中心であったときのころ、夕張市内には、買い物の人であふれていた。

 その後、エネルギー事情が変わり、石油エネルギーに変わるとともに、石炭を掘ることもなくなり、炭鉱の閉鎖に合わせるように、夕張市の人口が減少していった。

 今は、山あいの炭鉱の跡地に「石炭の村」という施設を作ることで、観光産業に変わっている。

 「石炭の村」は、夕張の石炭の歴史を伝える博物館を中心として、遊園地が作られており、北海道の各地はもとより、本州からの観光客の観光コースとなっていた。

 亜希子たちは、スーツケースさんに車の留守番を頼み、コインくんが言っていた、おみやげ屋に直行した。


 「いらっしゃいませ」

 おみやげ屋さんのおばさんが、笑顔で迎えてくれた。

 「こんにちは」

 亜希子は、笑顔であいさつした。

 「お友達に、おみやげですか?」

 「はい、それもありますが。このお店には、「夢印紙粘土」を置いてありますか?」

 「「夢印紙粘土」ですか? 残念ながら置いていませんね」

 お店のおばさんは、亜希子が変なことを聞くので、観光客ではないのかなと思い、ガッカリしていた。

 「お母さん、それって、博物館の売店に置いてあるものじゃないの」

 おみやげ屋の娘が言った。

 「ああ、そうかもしれないね」

 「博物館の売店ですか?」

 亜希子は、聞いた。

 「ほら、あそこに見える博物館さ。そこの売店に、工作用の品物が置いてあるから、そこにあるかもしれないね」

 おばさんは、指をさして言った。

 「ありがとう、おばさん」

 亜希子は、お礼を言うと、うれしそうに走っていった。

 「あ、お嬢さん。お友達のおみやげはどうするの?」

 「あとできます」

 「あとでね…」

 おみやげ屋さんのおばさんは、また、がっかりしたように言った。

 「おかあさん、いいじゃないの…。それより、欲しいものが見つかるといいわね」

 娘は、笑って言った。

 「石炭の村」の博物館は、小高い丘の上に建っていた。

 建物の色は、石炭のように黒く、輝いていた。

 そして、それは石炭の塊のような形をしていた。

 博物館に行くには、細い階段を上がっていく方法と、トロッコに乗っていく方法があった。

 亜希子は、トロッコの出発時間を待っていることができないので、細い階段を登った。


 建物の入り口は、長いトンネルのようだった。

 長いトンネルのような入り口を入ると、中は少し薄暗く、涼しかった。

 中では、青白く光り輝く案内係の女性が、博物館の中の説明をしていた。


 説明を聞いているうちに、次のホールへ自然と案内された。

 亜希子は、足元がベルトコンベアーになっていることに、気がついていなかった。

 ホールに入ると、そこには、氷山のような大きな石炭の塊が置いてあった。

 そして、それを取り巻くように、過去から現在までの、石炭の歴史を写真が説明していた。

 亜希子は、ゆっくり歩きながら、それを見た。

 妖精くんたちは、亜希子の胸のポケットから、それまでのところを、ずっとのぞいていた。

 館内の中程に、売店があった。

 「売店よ」

 亜希子は、三人に、「店内をよく見ていてね」と、小さな声で言った。

 「ぼくたち、一生懸命見ているよ」

 妖精くんたちは、言った。

 亜希子は、店内をゆっくり見て歩いた。

 しかし、店内には「夢印紙粘土」は、見当たらなかった。

 「ないわね」

 「ないよ」

 「僕も、見つけられなかった」

 「俺も、だ」

 しかたなく、亜希子は店員に聞いてみた。

 店員は、先日のイベントのときにそれらしきものを置いていたが、今は無いとのことであった。

 みんなは、ガッカリして店を後にした。

 少し歩いて行くと、坑道の入り口が見えてきた。

 亜希子は、この先の坑道に入る、エレベーターに乗ることにした。


 坑道に入るエレベーターまでは、また、トンネルのような、薄暗い通路があった。

 通路の途中に、「入坑許可書」の料金所があった。


 エレベーターの前には、先ほどと同じように、青白く光り輝く案内係の女性がいた。

 青白く光り輝く案内係の女性の説明では、エレベーターは、地下1000メートルまで降りていくという。

 エレベーターに乗ると、静かに音もなく、急速に下に降りていった。

 胸のポケットから、妖精くんたちが飛び出るような気がして、亜希子は、胸をぎゅっと押さえた。

 「むぎゅう、くるしい…」

 「つぶれる…」

 「たすけて…」

 妖精くんたちは、エレベーターの落下の浮力と同時に、「地球の重力を感じる」と、三人は、亜希子の胸の中で、宇宙空間の疑似体験をしていた。

 それから程なく、エレベーターは、静かに止まった。

 亜希子は、胸に当てていた手を離した。 

 「助かった…」

 そんな声が聞こえた。

 エレベーターから出ると、そこは、まさに石炭採掘の坑道の中だった。

 中は、薄暗く涼しかった。

 亜希子は、一緒に降りた観光客のグループの後ろから、少し離れて歩いた。

 「妖精くんたち、見える?」

 「ええ、地球の地下が見えます」

 「地球の地下は、暗かった」

 「楽しそうね」

 亜希子は、可笑しかった。

 途中、石炭の掘る機械が動き出し、すさまじい音がした。

 すると、

 「亜希子さん、ほら、あそこ、あそこを見てください」

 コインくんが、慌てているように言った。 

 「え、どこ?」

 亜希子の胸のポケットから、コインくんが顔お出し、指さす方を見ると、何か少し輝くものが見えた。

 亜希子は、歩くのを止め、ゆっくり周りを見た。

 亜希子たちの周りには誰もいなかった。

 コインくんの指さすほうに近づくと、四角いものが少し光り輝いていた。

 でも、亜希子のところからそれを取ることは、できなかった。

 亜希子は、もう一度周りを見た。

 そのとき、妖精が胸のポケットから飛び出て、その四角いものを、重たそうに引っ張ってきた。

 亜希子は、それを妖精から受け取ると、持っていたハンカチの中にくる、んだ。

 妖精くんが石炭の埃にまみれていたので、亜希子は、口でふっと吹いてあげた。

 妖精は、また、亜希子の胸のポケットに入って隠れた。

 亜希子の後ろから、次のグループが、坑道を歩いてきていた。

 亜希子は、目の前の機械の動いている様子を見ているように、そこに立っていた。

 そして、そのグループの後ろから、一緒に坑道を歩いていった。

 少し長くいたせいか、寒く感じた。

 坑道を出ると、丘の下の公園に出た。

 「すーっ」と、吸う空気が美味しかった。

 太陽の光が、目にまぶしかった。

 博物館の建物が、上の方に見えた。

 

 亜希子は、ハンカチにくるんだものを落とさないように持ち直し、駐車場へ行った。

 駐車場の車の中では、スーツケースさんが、黙って座っていた。

 「お帰りなさい」

 スーツケースさんが、言った。

 「あ、おきていたの?」

 「ええ、女性が一人で車の中にいるのよ。寝ていたりしたら、何をされるかわからないでしょう」

 と、「か弱い女性なのよ」という感じで言った。

 「ごめんなさいね。独りぼっちにさせて」

 「いいえ、こんな姿では一緒に歩けないでしょう。それに、誰かさんのように、足手まといになってはいけないしね」

 「おい。それって俺のことじゃないだろうな?」

 携帯電話くんが、ポケットから顔を出して言った。

 「さあ、どうでしょうね」

 スーツケースさんが、とぼけて言った。

 「亜希子さん、さっきのものを見て見ましょう」

 妖精くんが、ポケットから出て言った。

 「そうね」

 亜希子は、そう言って、ハンカチにくるんでいたものを、助手席に置いた。

 スーツケースさんが、「え!なんなのかしら?」というような顔をして、それを見た。

 「石炭の村」の山あいには、暖かい風が吹いていた。


    「カメラくん」


 亜希子は、ハンカチをゆっくり開いた。

 ハンカチの中から出てきたものは、四角いもので、石炭の埃に包まれ黒くなっていた。

 「亜希子さん、これは汚すぎるわ」

 スーツケースさんは、車の中が汚れてしまうというように言った。

 亜希子は、車を降りて、車を拭く布でそれを拭いた。

 「カメラのケースよ」

 「カメラ?」

 携帯電話くんが、車から乗り出して、言った。

 「そうよ、ほら」

 石炭の埃を取ると、それは、カメラのケースだった。

 「中身は、どうなっているの?」

 スーツケースさんが、聞いた。

 亜希子は、車に戻り、みんなの前で、ゆっくりケースのフタを開けた。

 すると、中から、銀色に輝いたカメラが出てきた。

 「きれいね」

 「うん、きれいだね」

 「壊れているのかな?」

 「捨ててあったから、きっと、壊れているよ」

 みんなは、キラキラ輝いているカメラを見ながら言った。

 「ちょっとまってて」

 亜希子は、カメラを手に持って、ゆっくり動かし始めた。

 「だいじょうぶみたいよ」と、亜希子が言ったとき、

 「ああー、気持ちいいなあ」

 カメラが、話した。

 亜希子は、その声にカメラを落としそうになった。

 「あっ、あぶないなあ。落とさないでください」

 「はい。ごめんなさい」

 亜希子は、落ちついて、ゆっくりとカメラを持ち直した。

 「こんにちは」

 亜希子は、カメラにあいさつした。

 「こんにちは。ぼくは、妖精です」

 「こんにちは。ぼくは、携帯電話です」

 「ぼく、コイン。よろしく、ね」

 「わたしは、スーツケースね」

 みんなは、カメラくんの周りに集まりあいさつした。

 「こんにちは、はじめまして。ぼく、カメラです」

 カメラは、みんなに見られて、恥ずかしそうにしていた。

 「壊れていなくて良かったね」

 妖精くんは、言った。

 「そうね。壊れていなくて良かったわ」

 亜希子は、とう言うと、カメラくんを持ってみんなを写そうとした。

 「写さないでください。ぼく壊れている、んです」

 カメラくんは、言った。

 「え、どうして? 壊れてなんかいないじゃないの」

 亜希子は、カメラくんに言った。

 「いいえ。ぼくは、壊れている、んです」

 カメラくんは、なにかを思って言ったので、亜希子は、手に持っていたカメラくんを、助手席に置いた。

 「ぼくには、心が写せない、んです」

 「心が写せないって?」

 スーツケースさんが、聞いた。

 「カメラは、目の前のものを、そのまま写せばいい、のじゃないか」

 携帯電話くんが、言った。

 「たしかに、カメラは、目の前のものを、そのまま写せばいいかもしれないが、それじゃぼくには、納得がいかない、んです。ぼくは、被写体の、その心を写したい、んです。でも、ぼくには、それができなくて、それで…」

 カメラくんは、そこまで言うと、泣き出してしまった。

 みんなは、カメラくんの話しを聞くのを止めてしまった。

 「とりあえず、ここにいても時間の無駄になりそうだから、札幌に行きましょう」

 亜希子は、そう言って、車を走らした。

 「おみやげ屋さんのおばさんには、悪いことをしてしまった」と、亜希子は思った。

 夕張の「石炭の村」には、「夢印紙粘土」はなかったが、また一人、仲間が増えてしまった。

 スーツケースさん、コインくん、カメラくん。

 それぞれの事情はよくわからないけど、いっしょの旅行をすることになる、不思議な縁を、亜希子は感じていた。

 少し遠回りしたけれど、昼過ぎには札幌に着くだろう。

 「向こうに着いたら、なにか手掛かりになるようなことがあればいいが」、そんなことを思いながら、亜希子は、車を運転していた。

 妖精くんたちは、後ろの席でカメラくんを囲んで、また何かを話していた。

 亜希子には、その話しが聞こえなかった。

 車は、緑一色の水田のなかを、走っていった。



    「生い立ち」



 「もう、泣くのは、やめなよ」

 「そうよ。何も、あなたをいじめようとして、言った、んじゃ、ない、んだから」

 「僕たち、君のこと何も知らなかった、のだからね」

 「そうだよ。それに、君も僕と同じように、また表舞台に登場できた、んだから、良かったじゃないか」

 四人は、カメラくんの周りに集まって、カメラくんを励ましていた。

 「うん」

 カメラくんは、みんなの励ましの声に、泣くのをやめた。

 しばらくして、カメラくんはゆっくり話し始めた。

 「僕は、道北の小さな村の時計屋さんで作られた、んだ。その村は、人口が1600人しかなく、村の中央には、国道が走っている、んだけど、駅前通りと交わるところに信号機が一つあるだけの、寂しいところ、なんだ」

 カメラくんは、一つ一つ思い出すように話をした。

 「その村の北の外れに、小さな時計屋さんがある、んだ。僕を作ってくれた時計屋のおじさんは、むかし、国鉄の車掌さんで、機関車で行った仕事先で、古い時計を集めるのが趣味だったことから、仕事をやめたあと、時計屋を始めた、んだって」

 「おじさんは、仕事をしながら、『その村は、むかし、急行列車が止まるところで、JR北海道になる前は、「国鉄の村」と、言われ、冬は雪が多くて、よく汽車が走れなくなり、その村に止まっていた』と、よく昔のことを、ぼくに話しをしてくれた」

 「おじさんは、その時計屋の店先で、仕事をしていたときに集めた古い時計を、少しずつ直しながら、毎日、毎日、のんびり過ごしていた、んだ。

 そんな日々を過ごしていた、ある吹雪の日に、行商の人が訪ねてきた、古いカメラを直して欲しいと置いていった。それが僕、なんだけどね」

 「おじさんは、カメラを直したことがなかったけど、毎日、毎日、少しずつ僕を直してくれた、んだ。

 でも、あの吹雪の日に訪ねてきた行商の人は、その日以来、二度とお店に来ることがなかった、んだよ」

 「おじさんは、古い時計が掛けてある近くの棚に、僕を置いてくれたのさ。それからさ…」

 カメラくんは、幸せそうな顔をして、話しをつづけた。

 「おじさんが僕を棚に置いてくれたその日の夜、僕は、優しい人達に囲まれていたことに気がついたのさ」

 「おじさんが僕を直してくれた、その日の夜、僕は、誰も知らない所にいることに気がつき、とても寂しくなって、シクシク泣いていた、んだ。

 すると、

 「坊主、泣くことじゃない」

 「そうよ。あなたは独りぼっちじゃないわよ」

 「君の周りを、よく、見てごらん」

 と、声が聞こえてきた、んだよ。

 僕は、泣くのをやめて周りを見ると、周りに掛かっていた古い時計たちが、僕を優しく見ていてくれていた。

 「坊主、焦ることはない。お前は、さっきまで傷ついていた、んだから、ここで少しの間傷を癒やしていればいいだろう」

 「そうよ。そのうちきっといいことがあるわよ。それまでの間は、私たちと一緒に仲良くしましょうね」

 「ここにいるのは、お前の曾お祖父さんのような時計や、お祖父さんのような時計が、そして、お父さんや、お母さんのような時計だ。

 友だちはいないが、何かの縁じゃないか、しばらくの間、仲良くしよう」

 カメラくんの周りにいる時計たちは、自分を包み込むように、優しく、声を掛けてくれた。


 それからの僕は、幸せでした。

 曾お祖父さんの時計は、僕に、古い、古い時代のお城のなかの話しをしてくれました。

 お祖父さんの時計は、辛い悲しい戦争の話しをしてくれました。

 自分の振り子の傷は、その時のものだと言っていました。 

 お父さんの時計は、お祖父さんと一緒に働いていた、国鉄の時代のことを話してくれました。

 お母さんの時計は、僕に、毎日子守歌を歌ってくれました。 

 僕は、そんな幸せな毎日を過ごしているうちに、ふと、自分がこの人たちの子どものように思えてきたのです。

 そんな日々を過ごしていた、ある吹雪の日に、その時計屋さんに一人の若者が訪ねてきたのです。

 その若者は、父の形見の懐中時計を直して欲しいと、やってきたのであったが、おじさんは、その時計に見覚えがあった。

 その若者は、以前同じような日にやって来た、行商人の人が持ってきたものであった。

 おじさんは、その若者に、僕を差し出し、「ここらは、以前きみのお父さんが、ここに置いていったものだから、君にもらってほしい」と、言って渡した。 

 若者は、写真を撮りながら、各地を転々と旅をしていたところ、偶然、おじさんの所に立ち寄ったのであった。

 若者は、おじさんの話を聞いて、亡くなった父がここに導いてくれたような気がしたと話しをしていた。

 「坊主。お別れだな」

 「もう、会えないかもしれないけど、元気でね」

 「いい人に、会えたみたいだ。傷も癒えたと思うから、一生懸命生きる、んだな」

 「私たちのことを、忘れないでね」

 時計たちは、そう言って、カメラに別れを告げた。

 時計たちは、別れに際し、僕に不思議な力を持たしてくれた。

 その力とは、僕に、心が写せるようになったとき、自分が思ったところに行くことができるというものであった。

 若者は、その夜、おじさんのところに泊まり、朝早く、時計屋のおじさんにお礼を言って、南へ旅立った。

 僕は、その後、若者と写真の旅をつづけたが、いっこうに、心が写せるようにならなかった。

 僕は、若者と旅を続けながら、そのことに悩んでいた。

 僕が、札幌の「雪まつりの日」の夜、その若者の写真を、大通り公園で撮ろうとしたとき、なぜか、若者が光り輝き自分の中に入ってきて、時間が止まったようになって、さっきの所に飛んでいってしまった…」

 カメラくんは、そこまで言って話しをするのをやめた。

 四人は、黙っていた。


 「僕は、もう一度若者に会わなければならない。そのためには、心を写すことができるようにならなければ…」

 カメラくんは、そう言った。

 「そうね、あの時に戻らなければならないわね」

 スーツケースさんが、涙を拭きながら言った。

 「ぼくたち、これから札幌に行くから、そこで、きっと、もう一度会えることができるよ」

 コインくんが、言った。

 そのとき、スーツケースさんが、つぶやくように、また、言った。

 「そうよ。あの時に戻らなければ」 

 車は、住宅街の道を走っていった。

 「あの時に戻らなければ」

 「そうよ。私も、あの時に戻らなければいけないのよ」

 カメラくんの話を聞いていたスーツケースさんは、自分自身を納得させるように、言った。

 「スーツケースさん、急に真剣な顔をしてどうしたの?」

 妖精くんは、聞いた。

 「私ね、カメラくんの話を聞いているうちに思ったの。私も、私が生まれたときのことに戻るべきなんだはとね」

 「生まれたときに戻るって?」

 携帯電話くんが、聞いた。

 「私ね、今まで黙っていて、誰にも言わないでおこうと思っていた、んだけど、なぜか急に、私の生まれたときのことを、誰かに聞いてもらいたくなったの」

 「ねえ、みんな、聞いてくれる?」

 スーツケースさんは、みんなの顔を見た。

 「うん。いいよ」

 スーツケースさんは、走り抜ける青い空を見上げながら、ずっと遠くを見るような目をして、話し始めた。

 「私もね、カメラくんと同じような所で作られたのよ。ほんとはずっと意地を張って、外国で生まれたような顔をしていたかったのにね」

 「そんなふうに思い続けていられたら、毎日どんなにか楽しかったのにと思うことも考えたけど、結局、ダメみたいね」

 みんなは、「へー」と、意外な顔をした。


 「私が作られたのは、道東の小さな町の小さな剥製工場なの。その町は、カメラくんの生まれた村より少し大きくて、人口は、3000人位かな?」

 「昔は、もっとたくさん住んでいたみたいよ。その代わりと言っては変だけど、牛の数はとても多いのよ。三十万頭もいる、んだから」

 「三十万頭もいるの!」

 コインくんは、驚いたように言った。

 「そうよ。すごいでしょう」

 スーツケースさんは、言った。

 「その町の周囲は、一面の牧草畑で、冬が来ると、白銀の世界になり、白一色の大地になるのよ」

 「それがね、春の雪解けとともに、新緑の大地に変わるのよ」

 「なぜか、生きているという実感が沸いてくるのよ。そして、道は広くて、どこまでも、どこまでも、まっすぐなのよ…」

 「そう、地平線の果てまでもね。僕も、そんな風景を見たことがあるよ」

 カメラくんが、うなずいて言った。

 「そう、吸い込まれるような感じがするわね」

 「私を作ってくれた人は、その剥製工場で働いていた人なの。年老いた人、おじいさんなの」

 「おじいさんはね、そこで、毎日、毎日、動物の剥製を作っていたの」

 「そんな毎日を過ごしていた、おじいさんは、ある日のこと、自分が作っていた剥製たちが、何となく泣いているように見えて、だんだん作るのが嫌になってしまったみたいなの」

 「きっと、動物たちがかわいそうになってしまった、んだね」

 妖精くんは、言った。

 「それでね、私を作ったみたいなのよ」

 「その、おじいさんは、ずっとそこに住んでいた人なの?」

 カメラくんが、聞いた。

 「違うみたいよ。そのおじいさんは、昔、悪いことをして、網走刑務所に入っていたことがあるのよ」

 「網走刑務所に入っていたって…」

 コインくんは、驚きの声をあげた。

 「ばかね。昔、昔の話しでしょう。今は、真面目に働いているんだから」

 スーツケースさんは、少し怒ったように言った。

 「おじいさんは、その網走刑務所で、いろいろな動物の剥製を作ることを覚えたみたいなの」

 「一生懸命、勉強した、んだね」

 妖精くんが、言った。

 「網走刑務所から出てくるとき、おじいさんは、自分はもう故郷に戻ることが出来ないので、近くの小さな町の剥製工場の仕事をさせてもらうことにしたのよ」

 「故郷に帰れないなんて、とても、かわいそうだね」

 携帯電話くんが、言った。

 「そうね。でも、おじいさんは、動物の剥製を作るとき、いつも、自分の幼い頃のことを話して、故郷を思い出していたみたいなの…」

 「そんなおじいさんの独り言を聞いて、おじいさんの悲しい気持ちが、動物の剥製たちに伝わったのか、ふと、剥製たちが泣いているように見えたのかもしれないわね」

 「きっと、おじいさんは、寂しかった、んだね」

 コインくんが、言った。

 「おじいさんは仕事の手を休め、しばらくの間、壁に掛けてある動物の剥製を見ているうちに、そばにあった余った皮を使って、私を作り始めたのよ」

 「毎日、毎日、少しずつ、少しずつ、私を作ってくれたのよ。

 もちろん、おじいさんは私を作りながら、毎日、子守歌のように幼い頃の話しをしてくれたわ」

 スーツケースさんは、おじいさんの話しを思い出しながら話し続けた。

 「なあ、おまえたちは、どこで生まれ、どんな風に育ったか、わしゃには、とんとわからないが…。

 こんなふうに、小さな、なめし革になってしもうたら、もう、捨てられるだけだろうな…。

 そうなると、悲しいこと、だべな。

 誰も捨てられないように、そう思って作るから、一枚、一枚、ずっと手をつないでいてくれや、な…」

 そう言いながら、おじいさんは赤い色の皮、青い色の皮、黄色い色の皮、白い色の皮、…と、余った小さななめし皮を、一枚、一枚、つなぎ合わせて、大きな一枚の皮を作り上げた。

 「わしはな…、ここから、ずっと遠い、遠い、海辺の小さな村に生まれた。村の人はなあ、300人もいたかなあ…」 

 「わしはな、そこで小さいときから、毎日、毎日、海岸に出て、おっ、かあと、一緒に昆布を拾ったり、ウニを取ったりしていた」

 「おとうは、船に乗ってマグロを取っていた」

 「おとうは、わしが三才の時、冬の海に漁に出たまま帰ってこなかった。それから、わしは、おっかあ、と一緒に、雨の日も、風の日も、雪の日も、休むことなく、昆布を拾い続けた…」

 「おっかあは、死ぬまでおっとうが、帰ってくると信じていた。いや、そんなふうに思わなくては、生きていけなかったかもしれないなあ…」

 そう言いながら、おじいさんは、もう一枚の皮を作りあげた。

 「わしは、昆布拾いを覚えたが、字を覚えなかった。学校へ行くと、飯が食えなくなるから、なあ」

 「わしが、十五歳の時、おかあが、病気で死んだ。独りぼっちになった、わしは、隣の少し大きな町に働きに出た」

 「毎日、毎日、一生懸命働いたが、飯を食べるだけで、精一杯だった」

 そう言いながら、おじいさんは骨を削り、私の身体を作ってくれた。

 「ある日の夜、仕事先の仲間と喧嘩をして、大怪我をさせてしまった。仲裁に入った警官も、大怪我をさせてしまった」

 「それが、ケチのつき始めだったのかもしれないなあ…。わしはな、それから刑務所暮らしを始めることになって、しもうた」

 「おじいさんは、そんな話をしながら、私を作ってくれたのよ」

 スーツケースさんは、しんみりとしながら言った。

 「わしには、家族もいないし、仲間も友だちもいない。せめて、お前がずっと側に居てくれたらなあ…」

 おじいさんは、私を磨きながら、そう言っていたのよ。

 「私はね、おじいさんに作ってもらってから、とてもうれしくて、毎日、毎日、おじいさんの作業場に一緒にいたのよ」

 「あんなことが無ければ…」

 スーツケースさんの話しに、みんなは、黙って聞いていた。

 「そうよ。あんなことが無ければ…」

 「私はね、動物の剥製たちが、毎晩話しているのを聞いていたの。動物の剥製たちは、いつも、大きな都会の話をしていたの」

 「大きな都会は、夢があって楽しいところだって。みんなが、口をそろえて言うのよ…」

 「鹿のおじさんも、リスのおばさんも、ウサギのお姉さんも、よ。

 私は、そんな大きな都会を見たことないでしょう。それでね、わたしは、大きな都会へ行ってみたくなったの」

 「おじいさんは、ずっと側に居て欲しいといっていたのにねえ…」

 「ある日、わたしは、おじいさんに、大きな都会へ行ってみたいと言ったの…。そしたら、おじいさんはね、大きな都会は、夢もなく、楽しくもなく、とても怖いところだから、行かない方がいいと言うの」

 「でも、わたしには、おじいさんの言うことが、信じられなくて…」

 「それからしばらくして、動物の剥製を取りに、大きな都会のお店の人が、工場にやって来たの」

 「わたしは、おじいさんに、一生懸命頼んだの…」

 「おじいさんは、そんなに言うものならと言って、私が、大きな都会にいくことを許してくれたわ」

 「おじいさんは、別れる前の晩に、お前が不幸にならないようにと言って、わたしに、不思議な力をあげようと言ってくれたの」 

 「不思議な力って、どんなの?」

 妖精は、聞いた。

 「不思議な力については、私には、よくわからないの…。

 でも、おじいさんは、お前が優しい人にもらわれるとき、それが少しずつ出来るようになると言っていたから…」

 「じゃ、亜希子さんに会えたから、きっと何か出来るようになるよ」

 「そうだよ。何か出来るよ」

 みんなは、口を揃えて言った。

 「そうね、亜希子さんは、とても優しい人だから、何か出来るわよね」

 スーツケースさんは、笑顔で言った。

 「なあに? 何か言った?」

 亜希子は、後ろのみんなに声を掛けた。

 「何でもありません」

 みんなは、口を揃えて言った。

 「もうすぐ、札幌よ」

 亜希子に言われ、車の外を見ると、周りは建物が連なって建っている街の景色に変わっていた。

 もうすぐ、札幌に着く…。


 ここで少しお休みいたします。


 私が仕事の方向性について少しの悩みを抱えていた30代のころ、姪っ子がある会社の広告の媒体として作成していた『粘土のお人形』の作品展を見に行ったことがきっかけとなって、その『粘土のお人形』の作品を題材にして、なんとなく思いつくままに書いた、『亜希子のうれしい作品展「なつてん30」』というタイトルの短編小説です。

 小説のテーマは、自分自身の「人生(生き方)の選択」だったのかもしれません。


   「文房具問屋「夢屋」」


 亜希子たちを乗せて「ポルコ99」は、札幌市の中心に向かって走っていた。

 「ポルコ99」にのっているのは、亜希子と、妖精くん、携帯電話くん、スーツケースさん、コインくん、そして、カメラくんの六人であった。

 札幌市内に入ると、通りの街並みは少しずつ高層化してゆき、ビルの谷間を走っているような感じがする。

 並んで走る車の数も次第に多くなって、地方都市から出てきた者には、カーチェイスをしているような気がして、少し怖いものがある。

 豊平川を越え右に曲がると、ビルの隙間から札幌テレビ塔が見えてきた。

 もうすぐ、大通公園に着く。


 「もうすぐ、着くわよ」

 亜希子は、みんなに言った。

 大通公園に着くと、亜希子は近くのビジネスホテルに車を止めた。

 「少し待っていてね」

 亜希子はそう言うと、ホテルの中に入っていった。

 しばらくすると、亜希子は笑顔で帰ってきた。

 「部屋が開いていたわ。今日は、このホテルで泊まることにするわね」

 そのビジネスホテルは、札幌市の夏祭りにもかかわらず、偶然にも部屋が一つ開いていたのであった。

 亜希子は、すぐフロントで一泊の予定で宿泊を決め、一室を借りた。

 亜希子は、車をホテルの裏側にある駐車場に止めた。

 「中島亜希子様。今日のお泊まりは、お一人様ですか?」

 「はい。私一人です」

 「では、こちらの宿泊カードに、お名前を記入してください」

 ホテルのフロントマンは、一枚の宿泊カードを差し出して言った。

 亜希子は、カードに住所と名前を記入して渡した。

 「お部屋は、三階の301号室です。窓から大通公園が見えますので、今夜は、イルミネーションが輝く素敵な夜景が楽しめます。どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい」

 フロントマンは、笑顔で部屋の鍵を差し出した。

 「ありがとう」

 亜希子は、部屋の鍵を受け取り、エレベーターのところに向かった。


 亜希子の手には、ピン色のスーツケースがあった。

 エレベーターで三階に上がり、301号室に入った。

 部屋のカーテンを開けると、眼下に大通公園が見えた。

 夏祭りのため、たくさんの市民が公園にいた。

 亜希子は、スーツケースさんを部屋に置くと、今までの疲れをとるため、ベッドに横になった。

 しばらくすると、

 「亜希子さん。そろそろ、出かけませんか?」

 妖精くんが、申し訳ないように言った。

 「そうね、友達を探しに行かなくてはね」

 そう言うと、亜希子はベッドから起きた。

 「妖精くん。少しの間、大きくなって、てくれる」

 「うん。いいよ」

 妖精くんは、そう言うと、携帯電話くんと手をつなぎ大きくなった。

 「カメラくんは、妖精くんの肩にぶら下がって、て、ね」

 亜希子はそう言うと、コインくんを胸のポケットに入れた。

 みんなは羨ましそうにコインくんを見た。

 コインくんは、ラッキーという顔をしてポケットに入った。

 「じゃ、出かけましょう」

 亜希子たちは、そう言って部屋を出ようとした。

 そのとき、

 「私を置いていくの?」

 スーツケースさんが、悲しそうに言った。

 「しかたないじゃないか。スーツケースさんは、大きくて、重たくて、持ってあるくには、大変だからね」

 携帯電話くんが、言った。

 「せめて僕みたいに、肩からぶら下がるぐらいになっていればいいのにね」

 カメラくんが、妖精の肩にぶら下がりながら言った。

 「私も一緒に行きたいのよ。ねえ、連れてってよ」

 「だめ、だめ。無理だよ」

 みんなは、口を揃えて言った。

 「そうね。私もスーツケースさんを持っては歩けないわね。困ったわね」

 亜希子は、残念そうに言った。

 スーツケースさんは、自分一人がこの狭い部屋に取り残されるのが悲しかった。

 そう思うと、ひとりでに、涙があふれてきた。

 「ねえ、なんとかならないのかしら。せめて、カメラくんみたいに、私の肩からぶら下がれるまで小さくなれたらいいのにね」

 亜希子は、そうつぶやいた。

 「そうだよ。スーツケースさん、小さくなればいい、んだよ」

 コインくんが、ポケットから顔を出して言った。

 「小さくなるって?」

 「そうだよ。君はさっき僕たちに言ったじゃないか。おじいさんから不思議な力をもらったってね」

 「そうだ。小さくなればいい、んだよ」

 みんなは、口を揃えて言った。

 「小さくなるって言ったって、どうすればいいのよ」

 スーツケースさんは、困惑したように、言った。

 「おじいさんの顔を思い出して、小さくして下さいって、心の中でお願いすればいい、んじゃない」

 コインくんが、言った。

 「スーツケースさん。ためしに、コインくんの言うとおりにやってみたら。僕も、一緒にお願いするから」

 妖精くんが、そう言って、スーツケースの前にかがんだ。

 スーツケースさんは、妖精くんの言葉に、おじいさんの顔を思い出すようにして、「私を、小さくしてください」と胸に手を当ててお願いした。

 すると、スーツケースさんは、ピンク色を少しずつ薄くしてゆき、黒色に変わったとたん、小さなバックに変身したのであった。

 「やったね」

 携帯電話くんが、言った。

 スーツケースさんは、恐る恐る目の前の鏡に自分の顔を写した。

 鏡に写った自分の姿は、今までの自分とはまるで違っていた。

 そこに写っていたのは、可愛らしい小さな黒い色のバックであった。

 「素敵、これが私なの!」

 スーツケースさんは、うれしそうに、言った。

 「かわいいバックね」

 亜希子は、変身したスーツケース(可愛らしい小さな黒い色のバック)さんを、手に取って言った。

 「これで、みんなで出かけられるわね」

 亜希子は、バックを肩に掛けた。

 スーツケースさん、いや、変身したかわいいい小さな黒い色のバックは、亜希子の肩にぶら下がりながら、うれしそうに、ゆれていた。

 みんなは、部屋を出て、エレベーターに乗り、一階のフロントに降りて行った。

 「少し出かけますので」

 亜希子は、部屋の鍵を差し出して言った。

 「はい、お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 部屋の鍵を受け取ったフロントマンは、亜希子の後ろから一緒に出て行った妖精くんを見て、不思議そうな顔をした。

 手元の宿泊カードには、一名と記入されていた。

 ホテルを出ると、亜希子は、札幌時計台の方へ歩いて行った。


 「亜希子さん、どこへ行くの?」

 妖精くんは、聞いた。

 「まず、最初に、時計台の近くにあるお店を探そうと思うの」

 「そうですね」

 妖精くんは、納得したように、歩いた。

 札幌時計台は、ホテルの近くにあった。

 「さてと、札幌時計台に着いたけど、これからどうしようか?」

 「近くのお店で聞いてみましょう」

 「そうね」

 亜希子は、隣の店に入り、お店の人に文房具店のことを聞いてみた。

 「そのお店でしたら、札幌時計台の裏通りにありますよ」

 お店の店員の人が、そう教えてくれた。

 「ただ、…」

 お店の店員の人が何か言おうとしたが、亜希子たちは、それを聞かずにお礼を言って店を出た。

 亜希子たちは、急ぎ足で時計台の裏通りに行った。

 たしかに、文房具店は、そこにあった。

 しかし、お店のシャッターは、閉まっていた。

 シャッターには、張り紙が一枚貼ってあった。


 『お客様各位へ

  当店は、諸般の事情で札幌支店を閉めることになりました。

  長い間、格別のお取引をいただきありがとうございました。

  なお、当店に対するお問い合わせは、今後、左記本店において業務を行っておりますので、ご連絡ください。

  連絡先 奈良県天理市一丁目一番地一号

      文房具問屋 「夢屋」

     電話(〇七五三)三三-五五〇〇


 亜希子たちは、しばらくの間その店の前に立っていた。

 しかたなく、連絡先をメモして時計台の方へ戻った。

 みんなのガッカリした顔を見て、亜希子は言った。

 「札幌テレビ塔に行ってみましょう」

 「札幌テレビ塔?」

 「そうよ、高いところに上がれば、何かが見えるでしょう」

 亜希子は、そう言いながら妖精くんの手をひっぱって歩いた。

 妖精くんの足取りは、重かった。

 二人の妖精の手掛かりが、ここでぷつんと切れてしまったショックは、大きかった。


 亜希子は、そんな妖精の気持ちがいたいほどわかっていたので、気持ちを取り戻すために、札幌テレビ塔に上ることにしたのであった。

 札幌テレビ塔は、大通公園のはずれに建っていた。

 妖精くんは、亜希子に引っ張られながら、札幌テレビ塔に上がった。

 展望台からは、札幌市内全域が、一望できた。

 「すてきでしょう」

 亜希子は、妖精くんを励ますように、言った。

 「はい」

 妖精くんは、元気のない返事をした。

 「この中から、二人の妖精を探すなんて無理かもしれないね」

 携帯電話くんが言った。

 「そんなことはないさ。世の中、結構、不思議なことがある、もんさ。きっと会えるよ」

 カメラくんが、言った。

 そして、自分もまた、早くあの人に会いたいと思っていた。


 「ねえ、亜希子さん。せっかく札幌に来たん、だから、市内をみて回ろうよ」

 「そうよ、行きましょう」

 コインくんとスーツケースさんが、亜希子に何か楽しいことがあるかもしれないから、探しに行こうと言った。

 「そうね、ここで足踏みしていても、先へは進めないから、前に歩いて先に進むことにしようか。きっと、何かいいことに出会えるかもしれないしね」

 亜希子は、今までの気分を一掃するため、札幌市内見学、いや、探索をすることにした。

 「さあ、行くわよ」

 亜希子は、妖精くんに元気よく言った。

 「まずはじめは、大通公園の散歩よ」

 眼下に見える、大通公園を指さして、言った。


 大通公園は、大きな噴水とそれを取り巻くように花壇が広がり、周囲を街路樹が囲んでいる。

 札幌市民と観光客の憩いの場所である。

 今日は夏祭りのため、所々に仮設のステージがあり、いろいろなイベントが行われていた。

 亜希子たちは、いつしか大通公園で憩う市民の中に溶け込んでいった。

 大通公園の中では、名物のトウモロコシ(とうきび)の売店があり、観光客たちが美味しそうにほおばっていた。


 駅前通りの交差する場所では、特設ステージでカラオケ大会が行われていた。

 今日の大会は、飛び入り参加自由となっていて、出場者には多くの景品が出されることになっていた。


 「亜希子さん、面白そうですね」

 携帯電話くんが、言った。

 「そうね、楽しそうね」

 「出てみませんか?」

 「何を、言っているの。恥ずかしいじゃないの」

 「そうですか。妖精くん、残念だね」

 携帯電話くんは、なぜかとても残念そうに言った。

 「そんな出でたいのなら、でればいいじゃないか」

 コインくんが、言った。

 「そうよ、亜希子さんに言うだけじゃなくて、自分が出ればいいでしょ」

 スーツケース(かわいいい小さな黒い色のバック)さんが、言った。

 「そうだよ、出れば」

 カメラくんも、言った。

 「ノン、ノン、僕が出て行ってどうする、んだよ。僕が出たら、大騒ぎになるよ」

 「それも、そうだね」

 みんなは、納得していた。

 「じゃ、誰のことを言っているの?」

 「妖精くんさ」

 「妖精くん?」

 「そうさ。彼は、夢ひろば学園のバンドリーダー、なんだよ」

 「へー」

 「だから、彼に出てもらったらいいなあと思ってさ」

 「妖精くん、出てみない?」

 亜希子は、妖精くんに言った。

 「ぼく、いまそんな気分になれないから」

 「だから出るのよ。歌を歌って、嫌なことを忘れるのも、一つの方法よ」

 「そうだよ。妖精くん出てみたら?」

 カメラくんが、言った。

 「そうだよ、出たらいいよ」

 スーツケース(かわいいい小さな黒い色のバック)さんが、言った。

 「でもね、バンドがいないから。音楽がないから、だめだよ」

 妖精くんは、何となく苦笑いをしながら言った。

 「だいじょうぶだよ。ぼくがバンドの代わりになるよ」

 携帯電話くんが、言った。

 亜希子は、妖精くんが出ることをきめ、さっそく申し込みに行った。

 しばらくして、亜希子が戻ってきた。

 「申し込んできたわよ。妖精くんは特設ステージの階段の所へ行って待つのよ。妖精くんの名前は、「夢一郎」としておいたから、ね」

 「夢一郎? 変な名前だね」

 「名前なんかどうでもいいさ。頑張ってね」

 妖精くんは、みんなにそう言われて特設ステージの方へ行った。

 カラオケ大会が、楽しそうに続いていた。

 次は、妖精くんの出番であった。


 「次の方は、夢一郎さんです。どうぞこちらに来て下さい。今日は、どちらからきましたか?」

 「はい。帯広です」

 「帯広ですか。どなたと来ましたか」

 「亜希子さんと、それから友達と一緒に来ました」

 「そうですか。それでは、帯広から来ました夢一郎さんが歌ってくれます。歌は、あれ? この歌は、…」

 「夢未来です」

 「夢未来。どなたの歌ですか?」

 「よくわかりません」

 妖精くんは、そう言うと、携帯電話くんをスピーカーに接続して、歌を歌う準備を始めた。

 携帯電話くんは、嬉しそうに身体を震わせ、バンドを入れた。

 妖精くんの歌う歌は、不思議な歌、であった。

 歌を聴いている者が、自然に体を揺らしていた。

 歌のリズムが、体の中を突き抜けるような気がして、とても気持ちが良かった。

 歌を聴いているうちに、自分が自然と一体感をもったような気がして、生きている喜びが感じられた。

 妖精くんの歌が終わった。

 「夢未来。いい歌ですね」

 「はい。ありがとうございます」

 「それでは、審査員の方、点数をお願いします」

 審査員の点数は、全員10点の満点であった。


 「おめでとうございます」

 司会者がそう言って、賞品を妖精くんに渡した。

 妖精くんは、賞品を抱えながら、照れながら戻ってきた。

 「とてもよかったわよ」

 亜希子は、嬉しそうに言った。

 「ありがとう」

 妖精くんは、少し明るさを取り戻した。


 大きな噴水が、妖精の歌に感激したように、大きな水しぶきを上げていた。


    「真夏の夜の夢」


 特設ステージのカラオケ大会に出た妖精くんは、何か吹っ切れたようになり、少し元気を取り戻した。

 亜希子たちは、大通公園から離れ、三越に向かって歩いた。

 三越前からは、札幌市内を一周する路面電車が走っていた。

 何処まで行っても、170円の料金である。

 路面電車に乗って市内を一周すると、窓の風景は都会の表と裏の姿を映し出してくれた。

 路面電車の終点は、すすきの駅であった。

 すすきの駅で降りると、街は昼の姿から夜の姿へと変身するため、少しずつ、少しずつ、準備を始めていた。


 亜希子たちは、少し休憩を取るため、地下の喫茶店に入った。

 喫茶店は、少し薄暗かった。

 店内の音楽は、亜希子たちの疲れた気持ちに、少し安らぎを与えてくれた。

 亜希子はコーヒーを、妖精はジュースをたのみ、ゆっくり時のたつのを確かめていた。

 しばらくしてから、亜希子たちは店を出た。

 地下の世界を離れ、地上に出ると、外は夕暮れになっていた。

 街路の伝統に灯りがともり、すすき野のネオンサインが、夜を迎えた喜びに歌っていた。

 亜希子たちは、そんなすすき野の街を背に、また、大通公園に向かって歩いていた。

 大通公園では、ビアホールが開店して、多くの人達が冷たいビールに喉を潤していた。

 公園の芝生では、子供たちが花火をしていた。

 小さな線香花火から、大きな打ち上げ花火と、たくさんの花火に火をつけて、楽しんでいた。

 亜希子たちは、何気なく、花火をしている子供たちを見ていた。


 「おい、この花火が最後だぞ」

 「俺が火をつけるよ。危ないから離れてなよ」

 リーダー格の子供が、大きな花火に点火した。

 「あれ、へんだぞ」

 「どうした」

 「火がつかないんだよ」

 「もう一回、つけてみてよ」

 「うん」

 子供は、もう一度点火したが、火は少しついて消えた。

 「だめだ。この花火は、しけってるよ」

 すると、少し離れたところから、子供たちを呼ぶ声がした。

 子供たちは、呼ばれたので、花火をあきらめて走って行った。


 亜希子たちは、そんな光景を見ながら、そこに立っていた。

 妖精くんが、子供たちが残していった花火に近づいていった。


 「妖精くん。近づいたら危ないわよ」

 亜希子は、妖精くんに気をつけるように言った。

 妖精くんは、亜希子の声が聞こえないのか、さらに花火に近づいていった。

 「妖精くん、危ないわよ」

 亜希子は、心配のあまり、妖精くんに走り寄った。

 「亜希子さん。だいじょうぶです」

 妖精くんは、そう言って、残された花火のところで座った。

 そして、じっと花火を見ていた。

 亜希子も同じように、花火を見ていた。


 「そんなに見つめないでください」

 亜希子と妖精くんは、顔を見合わせた。

 「ぼく、恥ずかしいです」

 子供たちが残していった大きな花火が、話をした。

 「はじめまして。ぼく、花火です」

 「花火くん」

 「そうです。ぼくは、気の弱い花火なん、です。さっき、見ていましたでしょう。子供たちが点火しても、大きく飛び上がらなかったでしょう」

 「そうね、すぐ火が消えてしまったね」

 「あれは、ぼくがわざとやったんです」

 「不発花火か」

 携帯電話くんが、言った。 

 「不発ではありません。ちゃんと打ち上がります」

 「でも、打ち上がらなかったから、不発だろう」

 「ちがいます。ぼくの意志で、そうしたのです。だから、不発ではありません」

 「そんなふうに言わなくても、いいんじゃない。彼には、彼の都合があるんだから、認めてあげればいいじゃないの」

 スーツケースさんが、言った。 

 「そうね、みんなそれぞれの生き方があるものね。選択は、自由よ」

 亜希子は、納得したように言った。


 「で、君はこれからどうするの?」

 妖精くんが、聞いた。

 「わからない。ぼくは、どうすればいいか判らないの。まだ、自分で自分のことをきめていないから」

 「ぼくたち、何か君にしてあげることないかなあ」

 カメラくんが、言った。

 「そうね、このままにしておくこともできないし、どうしましょうか」

 「でも、途中で破裂したら大変だよ」

 コインくんが、言った。

 「ぼくは、そんなことしません。約束します」

 「じゃ、ぼくたちと一緒に旅をします?」

 妖精くんは、聞いた。

 「もし、あなたたちが迷惑でなければ、お願いします」

 「それじゃ、そうしましょう」

 亜希子は、そう言って花火くんを手に持った。

 「ありがとう。みなさんよろしく、ね」

 花火くんは、みんなに向かってお礼を言った。

 亜希子は、花火くんを、昼間妖精くんがカラオケ大会でもらった、賞品の袋の中に入れた。


 そのとき、

 「おれは、困るなあ」

 袋の中から、声がした。

 みんなは、おどろいて、袋の中をのぞき込んだ。

 「俺は、困るなあ」

 また、袋の中から声がした。

 妖精くんは、手に持っていた紙袋を下に置き、中から花火くんを取り出し、賞品を持った。

 そして、ゆっくりとその包装を開いていった。

 包装紙をとると、中は紙箱であった。

 ゆっくりと箱のフタを開けると、中から薄い液晶付きのラジオが出てきた。

 ラジオに液晶がついているとは変な感じがしたのだが、何度見てもラジオであった。

 「見えるラジオ?」であった。

 「おれは、そんな恐いものと一緒にされると迷惑なんだけど」

 「きみは、だれなの?」

 妖精くんは、聞いた。

 「おお、自己紹介するのを忘れていた。俺は、ラジオだ。さっき、液晶が付いていて変に思った奴がいるが、テレビじゃない。ちゃんとしたラジオだ」

 「ラジオくんね」

 「そうだ。君がさっきのカラオケ大会で変な歌を歌うものだから、目を覚ましてしまったんだよ」

 「変な、歌って、失礼じゃないの」

 スーツケースさんが、言った。

 「いや、いや、失敬。本当は、いい歌だよ。あまりいい歌で、俺の心を震わせてしまったのさ」

 「そう、それなら納得できるわね」

 「で、君は、さっき目を覚ましたって言ったけれど、どういうことなの?」

 亜希子は、聞いた。

 「俺たちは、どういうわけか変な形をしているので、ラジオとして扱ってもらえなかったので、みんな悲しい歌ばかり歌っていたから、俺は、歌うのをやめてずっと寝ていたというわけさ」

 「なんだ、壊れていたということか」

 携帯電話くんが、言った。

 「壊れていた。違うね。俺の意志で、歌うのをやめていたと言ってほしいね」

 「じゃ、花火くんに似ているじゃないの」

 「こいつと一緒にしてもらいたくないね。俺は、爆発するような物騒なものじゃないからなあ」

 「ぼくは、物騒じゃないよ。そりゃ爆発することはあるけど、ぼくは大丈夫だよ」

 それを聞いて、みんなは少し離れた。

 「でも、さっき約束したじゃないか。破裂、いや、爆発しないって」

 「そうね」

 みんなは、元の位置に戻った。

 「俺は、さっきの歌で目を覚ました。こんなたのしい歌があるんだってね」

 「そうか、よかったね」

 カメラくんが、言った。

 「これからどうするの? 花火くんと一緒が嫌なら、私たちと一緒にいられないわね」 

 亜希子が、言った。

 「そうさな。さきはあんなことを言ったけれど、置いていかれても困るし、我慢して一緒にいることにするさ」

 「そうよ、それがいいわね」

 スーツケースさんが、言った。

 みんなの考えが一致したので、今夜はホテルに一泊して、明日の朝どうするか考えることにした。

 

 亜希子は、ホテルのフロントで部屋のカギを受け取った。

 「先ほどの男性のお連れ様は、ご一緒ではないのですか?」

 「えっ、何のことですか? 私一人ですが」

 亜希子は、何のことを言っているのか理解できないという顔をした。

 「いえ、失礼しました。お休みなさい」

 フロントマンは、不思議そうな顔をしながら言った。 

 エレベーターに乗り、301号室に入った。

 部屋に戻ると、変身したかわいいい小さな黒い色のバックのスーツケースさんが元の姿に戻った。

 亜希子は、部屋のバスに入って、今日一日の疲れを癒やしていた。

 部屋の中では、妖精くんたちが、話しをしていた。

 「俺は、さっき、君の歌で目を覚ましたあと、同じ歌が聞こえないかずっと探していたんだ」

 「すると、南の方から聞こえるじゃないか。君たちがあの後、大通公園を散歩しているあいだ、ずっと俺はその歌を聴いていた」

 「その歌声は、誰かを探しているようにも聞こえたがなあ」

 「それは、きっと、ぼくの友達だよ。ぼくたちは、友達を探して旅をしているんだ」

 「南って言っていたけど、どの辺かわかるかい」

 「ああ、たぶん函館の方だと思うんだがなあ」

 「函館の方? そこって、遠いのかい?」

 「けっこう遠いところだよ」

 「亜希子さん、行ってくれるかなあ…」

 「あした、お願いしてみようよ」

 「そうだね」

 みんなは、明日の朝お願いすることにした。

 大通公園では、夏祭りを彩る楽しい音楽が流れていた。

 街路樹には、イルミネーションが、流れる音楽と歌声に合わせるように点滅していた。


    「煉瓦造りの博物館」


 今朝の大通公園は、早起きであった。

 昨夜の夏祭りで、居場所を失った小鳥たちが、ふたたび戻り、朝のあいさつを交わしている。

 大通公園には、昨夜の祭りの汚れを落としている、作業員の姿があった。

 昨夜、多くの人がここにいたとは、思えないほど、静かであった。

 大きな噴水が、朝日に向かって顔を洗うように、大きな水しぶきを上げ、風が運ぶ水しぶきを、周囲の花壇の花が待ちかねたように受け取り、色とりどりの顔を見せていた。

 亜希子は、窓のカーテンのすき間から差し込む、朝の光に目を覚ました。

 ホテルのベッドは、昨夜の疲れを優しく吸い込んでくれ、とても気持ちが良かった。

 みんなは、ベッドの側の机の上に、思い思いに座っていた。

 亜希子が目を覚ますのを待っていたかのように、

 「亜希子さん、おはようございます」

 妖精くんが、みんなを代表するように言った。

 

 「妖精くん、おはよう」

 「おはようございます」

 亜希子の目覚めを確かめるように、みんなが、言った。

 「みんな、早起きね。おはよう」

 亜希子は、そう言ってベッドから起き、窓のカーテンを開けた。

 朝の光が、部屋を包むように明るくした。

 と同時に、都会の朝の声が部屋に入ってきた。

 窓の外の通りには、たくさんの車が急ぎ足で走り抜けている。

 「みんな、これからどうしようか?」

 亜希子は、聞いた。

 「亜希子さん。もし、できれば、南の方へ行ってみたいのですが…」

 妖精くんが、言いづらそうな顔をして、言った。

 「南の方へ、行きたいって?」

 「はい」

 「南の方って、どこ?」

 「函館、なんですが」

 「函館!」

 「はい」

 「どうして?」

 「じつは、ラジオくんが昨日、ぼくたちに話をしてくれたのですが…」

 妖精くんは、昨日、ラジオくんがぼくの歌っていた歌を、南の方で歌っているのを聞いたと言っていた。

 もしかして、南の方へ行けば、友達の二人に会えるような気がすると言った。

 「そう、函館にね」

 亜希子は、しばらくベッドに座って考えていた。

 「よし。ここまで来てしまったんだから、函館まで行こうか」

 「ほんと」

 「ほんとよ。行きましょう」

 「ヤッター!」

 みんなは、亜希子の言葉に喜んだ。

 「でも、その前に、小樽へ行くわよ」

 「小樽?」

 「そうよ。せっかくここまで来たんだから、小樽市内の観光旅行もしましょうよ。いいでしょ」

 「はい、もちろんです」

 「そうと決まれば、さあ、早く出かけましょう」

 亜希子の号令で、みんなは、それぞれ出発の準備を始めた。

 スーツケースさんは、亜希子の身支度のお手伝いをして、荷物を収めると、昨日のようにかわいい小さな黒いバックに変身した。


 亜希子は、胸のポケットにコインくんを入れた。

 妖精くんは、カメラくんとラジオくんを肩からかけた。

 「ぼくは、どうしたらいいの?」

 花火くんが、困って言った。

 「花火くんは、危ないからなあ」

 妖精くんが、冗談半分に言った。

 「そんな、ひどいよ」

 花火くんは、泣きそうな顔をした。

 「うそだよ。花火くんは、ぼくの背中に、くっついててね」

 妖精くんは、そう言って、花火くんを背中にせおった。

 花火くんは、リックサックのように妖精くんの背中にくっついた。

 「さあ、出かけましょう」

 亜希子は、「お世話になりました」と、お部屋に向かって挨拶して、部屋を出た。 

 「おはようございます。お出かけですか?」

 「おはようございます。今日、小樽の方へ行ってみようと思うの。お世話になりました」

 フロントで会計を済ませ、亜希子は、ホテルを出た。

 「さようなら」

 妖精くんは、フロントマンに言った。

 「あ!」

 フロントマンは、驚いたような顔をしていた。

 「ポルコ99」は、ホテルの駐車場を出て、小樽への道を走っていった。

 札幌市から離れるほど、少しずつ車の数が少なくなっていった。

 街並みも、ビル街から住宅街へと移り、少しずつ、都会の風景から田舎の風景へと変えていった。


 「海よ!」

 「え、どこ」

 「ほら、向こうの方が青く見えるでしょう。日本海よ」

 亜希子の言葉に、みんなは、指さす方を見た。

 車のはるか前方に、青い海が見えた。

 しばらくすると、海が車と一緒に並んで走っているように見えた。

 「海って、広いですね」

 「そうよ。歌にも、なっているんだから」

 「ところで、なぜ、海は青いんですかね?」

 「空が青いからよ」

 「では、なぜ、空が青いのかな?」

 「海が青いからに決まっているじゃないの」

 車内の結論の付かない会話に、みんなが笑った。

 亜希子の愛車「ポルコ99」は、小樽市内に入り、運河沿いの喫茶店の駐車場に入った。

 亜希子たちは、喫茶店に入り、軽い朝食を取った。

 朝の早い店内には、お客が少なかった。

 喫茶店の隣には、昔の生活道具が展示してある、博物館が建っていた。

 「亜希子さん、悲しい歌が聞こえてくるのですが」

 ラジオくんが、言った。

 「悲しい歌が聞こえるって? 変ね、お店の音楽は楽しい歌よ」

 「いいえ、お店の音楽じゃなくて、お店の外から聞こえてくるのです」

 「お店の外から?」

 「はい」

 亜希子は、窓の外を見たが、通りには誰もいなかった。

 「誰もいないじゃない」

 「ラジオくんの聞き間違えじゃないの?」

 「いいえ、たしかに聞こえたんだよ」

 「そう、じゃ、外に出て探してみましょう」

 亜希子たちは、ラジオくんの話しに付き合うことにして、喫茶店を出た。

 喫茶店の前には、小樽の名所の運河が見えていた。

 「ラジオくん、どっちの方へ行けばいいの?」

 「うん、隣の博物館の方だと思うんだが…」

 喫茶店の隣に建っている、古い煉瓦造りの博物館の方を、ラジオくんは指さして言った。

 「じゃ、ここに入ってみようか」

 みんなは、ラジオくんが指さした博物館に入った。

 博物館のなかは、昔の人達が毎日の生活に使った道具類が、所狭しと、置いてあった。

 入り口には、貼り紙があった。


 「 入場者各位様へ

   当、博物館は、古物商を営んでおりますので、ご希望の品物がございましたら、

   館内の係員までお申し出下さい。

   お客様のご希望の価格に同意できましたら、お譲りいたします。

                                  博物館 館長 」


 「亜希子さん、あっちの、奥の方ですよ」

 ラジオくんが、言った。

 亜希子たちは、置かれている生活道具類の間を、ぬうように歩いて奥の方へ入っていった。

 「ここです。この棚だと思います」

 ラジオくんの指さすところを見ると、古い戸棚が置かれてあった。

 戸棚の中をみると、たくさんのトロフィーが置いてあった。

 みんなは、しばらくじっとそこに立って、戸棚の中のトロフィーを見ていた

 「ほら、そこのトロフィーが泣いていますよ」

 携帯電話くんが、言った。

 みんなは、戸棚の中の小さいトロフィーを見た。

 そのトロフィーは、埃をかぶっていて少し壊れていた。

 そして、外の大きなトロフィーの陰に隠れていて、よく見ないとそこにあることさえ判らなかった。

 妖精くんが、戸棚の中から、その小さなトロフィーを取りだした。

 「君ですか? さっき悲しい歌を歌っていたのは」

 妖精が、トロフィーに聞いた。

 ところが、トロフィーは、何も言わなかった。

 「どうして、返事をしないんだよ」

 コインくんが、聞いた。

 「ぼくたちは、君の悲しい歌を聞いたから、みんなで、ここに来たんだよ」

 ラジオくんが、言った。

 トロフィーは、少し目を開けてみんなを見たが、すぐ目を閉じてしまった。

 亜希子は、持っていたハンカチで、トロフィーの顔を拭いてあげた。

 トロフィーの顔は、少しきれいになった。

 「あんた、男の子でしょう。ハッキリしなさいよ」

 スーツケースさんが、お姉さんのように言った。

 トロフィーは、恥ずかしそうに目を少し開けた。

 「すいません。ぼく、ここに来てはじめて見てもらったから、少し驚いているんです。

 だって、ここに来た人達は、誰もぼくのことを見てくれないんですもの。

 だから、毎日、毎日、悲しくて、悲しくて、泣いてばかりいたから…」

 みんなは、トロフィーの気持ちがよくわかるよとうなずいていた。 

 「君は、どうなりたいと思っているの」

 カメラくんが、聞いた。

 「ぼくね、周りの大きなトロフィーさんたちみたいに、みんなに見られたいと思っているんだけど。

こんなに小さくて、壊れていては、ダメなんだ」

 「そうだね、君の周りのトロフィーたちは、とても大きくて、立派に見えるからね。それに比べると、君はね…」

 携帯電話くんが、そのとおりだというように言った。

 「そこまで言わなくても、いいじゃないか。君だって、ぼくと同じぐらいの大きさじゃないか」

 「ぼくは、この大きさが普通なんだよ」

 携帯電話が、怒ったように言った。

 「亜希子さん、この小さなトロフィー、買って欲しいんですが」

 「そうね。ラジオくんが見つけたんだから、このままほっておくわけにもいかないわね。でも、高いんじゃない」

 「ぼくが、館内の係員の人に聞いてみます」

 「そうね、ちょっと聞いてみて」

 妖精くんは、そのトロフィーを持って、係員のところへ行った。


 しばらくすると、嬉しそうに戻ってきた。

 「亜希子さん、このトロフィーは売り物じゃないんですって」

 「売り物じゃないって、じゃ、買うことができないの?」

 「そうじゃなくって、これは、タダで差し上げますと、博物館の係員の人が言っていました」

 「タダ、どうして?」

 「このトロフィーは、この博物館に来た人が、黙ってこの戸棚に入れていったものみたいだ、と言うんです。ですから、売り物じゃないので、欲しいなら差し上げますと言うのです」

 「そう。タダ、ね」

 「タダ、だって」

 みんなは、可笑しくなって笑った。

 「タダ、タダ、って言わないで下さい」

 「そうよ、そんなに笑っちゃ失礼でしょう」

 スーツケースさんも、そう言いながら笑っていた。

 亜希子たちは、係員にお礼を言って、博物館を出た。

 小さなトロフィーは、妖精に優しく抱かれて、嬉しそうな顔をしていた。

 太陽の光が、小さなトロフィーに、祝福の光を与えてくれていた。

 亜希子たちが博物館を出て、「ポルコ99」の止めてある駐車場に向かって歩いていたら、橋の袂のゴミステーションの所で、犬がゴミ箱をあさっていた。

 ゴミ収集車が、通りの向こうに見えていた。

 その側を通り過ぎようとしたとき、犬が慌ててその場を去って逃げていった。

 すると、亜希子の足元に、ホットドックが転がってきた。

 犬がいたずらしたのか、ホットドックは、くの字に折れていた。

 亜希子は少し汚いと思ったが、ホットドックの端をつまみ、ゴミ箱に投げ入れようとした。


 その時、

 「捨てないでください。お願いです、捨てないでください」

 ホットドックが、言った。

 みんなは、驚いて亜希子の持っていたホットドックを見た。

 「ぼくを捨てないで下さい。お願いします」

 「食べられないんだから、捨てなくては、腐れてしまうよ」

 花火くんが、妖精の背中から顔を出して言った。

 「ぼくは、腐れません。腐れないんだよ」

 亜希子は、ホットドックの言葉に、つまんでいたホットドックよく見てみた。

 「あら、これ作り物よ。よく出来ているわね」

 妖精くんも、触ってみた。

 「ホントだ。これ紙粘土で作ってあるみたいだ」

 「ヘエ-」

 みんなは、亜希子の持っているホットドックをあらためてじっとみた。

 「そんなに見ないで下さい。恥ずかしいじゃないですか」

 「壊れているけど、よく見ると、美味しそうに見えるじゃない。きっと、作った人の心がこもっているのね」

 「そうだね」

 みんなは、感心していた。

 「ぼくを治してくれませんか。ぼく、もう一度、ショーケースの中に入りたいんのです。そして、子供たちに見られたいのです。お願いします」

 「どうしようか」

 「このまま、捨ててしまうなんて、かわいそうよ」

 「そうだよ。亜希子さん、直してあげようよ」

 「そうね、うまく出来るか判らないけど、やってみようか」

 「ありがとう。助かりました」

 ホットドックは、嬉しそうにお礼を言った。

 その時、ゴミ収集車が近づいてきて、ゴミ箱のゴミを「バリバリ」と、音を立てながら収集していった。

 みんなは、ホットドックくんを匿うように、その場を通り過ぎて行った。

 ホットドックくんは、亜希子のハンカチに包まれ、これ以上壊れないように優しく抱かれていた。

 「ポルコ99」は、小樽市内をぬけ、洞爺湖へ向かう道に入った。


 亜希子たちは、新しく仲間に加わったトロフィーくん、ホットドックくんのことがあったので、小樽の観光旅行をやめ、南へ行くことにしたのであった。

 「ポルコ99」は、森林のゆるやかな道を、南へ南へと走っていった。

 真夏の太陽の日差しが、森林の隙間から時々顔を見せ、通り抜ける風は、涼しかった。

 亜希子は、いろんな友達が次々に現れ仲間が増えるので、旅がとても楽しく感じてきた。

 これから先、どんなことが、亜希子の周りに起こるのだろうか…。

 そんな楽しみを求めるかのように、「ポルコ99」は、軽やかに走っていた。


    「おとしもの」


 「ポルコ99」の横を猛スピードで、一台のトラックが追い越していった。

 森林帯のゆるやかな道を、偽るかのようなトラックの登場に、亜希子たちは、驚き、心臓の高鳴りが聞こえてくるようであった。

 「ひどいなあ」

 「ひどいわね。こんなにゆとりがある道なのに、あんなに速く走らなくてもいいのにね」

 みんなは、口々に言った。

 「ポルコ99」は、先ほどのトラックの登場を忘れるように、ゆっくりと森林帯を走り続けた。

 しばらく走ると、道の中央に何かが見えてきた。

 亜希子は、何だろうと思いながら、近づいてくる物を見ながら、少しずつ、車のスピードを遅くした。

 「ポルコ99」は、道の中央にある物に、行く手を阻まれてしまった。

 亜希子は、車から降りてその物に近づいていった。

 「亜希子さん、待って下さい」

 妖精くんが、心配そうについてきた。

 「何だろうね?」

 二人は、道の真ん中に落ちていた物の前で止まり、立っていた。

 「ぼくが、見て見ます」

 妖精くんが、それを動かしてみた。

 ひっくり返すと、

 「なんだ。赤ちゃんのバスタブよ」

 「バスタブ?」

 「そう、赤ちゃんが入るお風呂よ。生まれたばかりの赤ちゃんは、この小さなバスタブを使って、お風呂に入るのよ」

 「どうして、こんな物がここにあるの?」

 「きっと、さっきのトラックがここに落としていったのよ」

 「ああ、あのトラックね」

 「ここに置いといては危ないから、どこかに捨てなくては行けないわね」

 「そうですね、でも、この近くには捨てるところが無いようですよ」

 「しかたがないから、街まで持っていって捨てようか」

 「うん。そうしたほうが、ほかの車の迷惑にならなくていいかもね」

 「じゃ、妖精くん悪いけど、車の所まで持っていってくれる」

 「はい」

 妖精くんは、道に落ちていた、小さなバスタブを小脇にかかえた。


 その時、

 「友達も一緒につれって、てよ」

 バスタブが、言った。

 「えっ、なんだって」

 妖精くんは、バスタブをまた道に置いた。

 「できれば、友達も一緒に連れてってほしいの。いいでしょう」

 「友達って、どこにいるの?」

 「ほら、あそこよ。あの道のフェンスの所にひっかかっているでしょう」

 「ああ、あれのこと」

 妖精くんは、正方形の厚紙のようなものを見た。

 「妖精くん、どうしたの?」

 亜希子は、車の方にやって来ない妖精くんをみて、聞いた。

 「亜希子さん。もう一度ここに来てください」

 妖精くんは、自分の所に来るように、手招きをしていた。

 「どうしたの、早くしないと、後ろから来る車の邪魔になるわよ」

 亜希子は、そう言いながら、妖精くんの所に戻ってきた。

 「彼女を紹介します。バスタブさんです」

 「わかっているわよ。バスタブね」

 「そうじゃなくって、バスタブさんです」

 妖精くんは、あらためて、亜希子にバスタブを紹介していた。

 「こんにちは、亜希子さん。はじめまして、私、バスタブです」

 バスタブさんが、言った。

 「こんにちは」

 亜希子は、驚きながら返事をした。

 そんな亜希子を残して、妖精は、さっきバスタブさんが言った、フェンスの所に引っかかっている物を取りにいった。

 「君の言っていた友達って、これのこと」

 妖精くんが持ってきた物は、一枚のレコードであった。

 「ありがとう。私の友達のレコードくんよ」

 亜希子は、妖精くんの持ってきたレコードを、不思議そうに見た。

 「レコードくん。お話してよ」

 バスタブさんがそう言うと、

 「ありがとう、助かったよ。一時はどうなるかと心配して…」

 レコードくんは、バスタブさんに向かってお礼を言った。

 「よかったわね」

 バスタブさんは、嬉しそうに言った。

 「君たち、どうしてこんな所にいるの?」

 妖精くんが、二人に聞いた。

 二人の話によると、

 二人とも、もういらなくなったから、捨てられて、ゴミ捨て場まで運ばれていく途中、トラックの荷台から偶然に落ちてしまったと話していた。

 そして、できれば捨てないでもらいたいと、二人にお願いしたのであった。


 「亜希子さん、どうしようか」

 「二人の話を聞いてしまったら、捨てるわけにもいかないでしょう。それに、車のみんなもいることだし、みんなで一緒に旅をしましょう」

 「はい、そうしましょう」

 妖精くんは、そう言って、二人を小脇に抱え車の所まで運んできた。

 車の中から見ていたみんなは、仲間がまた増えたことに、とても喜んでいた。

 それぞれ、自己紹介を終え、「ポルコ99」は、また走り出した。

 「あなたは汚れていて汚いわよ。私が美しく変身させてあげるから、いい」

 「ありがとう。少し汚れているから、みんなに見られるのがとても恥ずかしくて…」

 「みんな、お化粧が終わるまで外を見ていてね。女性は、お化粧しているところを見られるの、恥ずかしいのよ」

 スーツケースさんに言われ、みんなは、車の外の景色を見ていた。

 スーツケースさんは、バスタブさんが汚れていたので、丁寧にお化粧をしてあげた。

 バスタブさんは、とてもきれいに変身した。

 「さあ、終わったわよ。とても綺麗になったわ」

 「ありがとう」

 「みんな、もういいわよ」

 みんなは、バスタブさんを見た。

 「おおっ、いいね」

 「さっきとは、別人のようだ」

 「バスタブさん。とても綺麗だよ」

 レコードくんが、嬉しそうに言った。

 「ありがとう」

 バスタブさんは、恥ずかしそうに言った。

 「でも、どうして、こんな可愛いバスタブさんを捨てるのかなあ」

 「そうだね」

 みんなは、バスタブさんの気持ちがよくわかると同情していた。

 ある意味で、自分たちも同じような状況にあったからである。

 「レコードくん。少し歪んでいない?」

 携帯電話くんが、言った。

 「うん。ぼく、少し歪んじゃってね。それで捨てられたの」

 「治してもらったら」

 「え、誰に?」

 「スーツケースさんに」

 「なぜ、私なのよ?」

 「スーツケースさんのお尻の下に少し置いてもらうと、治ると思ってね」

 携帯電話くんが、笑いながら言った。


 「失礼ね。レディのお尻の下にいるなんてとんでもないわよ」

 「でも、それで歪みが治ったら、素敵だなって思うよ」

 「そうだよ、治るかもね」

 みんなは、口々に言った。

 スーツケースさんも、みんなが言うものだから、少し、しかたがないかなあと思った。

 「スーツケースさん、私からもお願いします。レコードくんが、もし治ったら、また、歌が歌えるので…」

 バスタブさんも、一生懸命スーツケースさんにお願いした。

 「仕方ないわね。じゃ、いいわよ。レコードくんこっちに来て。でも、余計なところを触らないでよ」

 そう言って、スーツケースさんは、レコードくんをお尻の下に置いた。

 「すいません。よろしく、お願いします」

 レコードくんは、スーツケースさんにすまないような顔をして、お尻の下に入り込んだ。

 スーツケースさんのお尻の下は、歪みを治すのにちょうど良かった。

 そして、車の振動もそれに合っているようであった。

 レコードくんは、スーツケースさんのお尻の下で、いつしかすやすやと眠っていた。 

 みんなは、そんな状況がとても可笑しかったが、ここで笑ってしまうと、スーツケースさんがへそを曲げてしまうので、じっと耐えながら車の外を見ていた。

 スーツケースさんは、不思議な気分でじっとしていた。

 車の前方に洞爺湖が見えてきた。

 亜希子は、今日の宿泊は、洞爺湖と決めていた。

 「ポルコ99」は、湖畔に沿って走っていた。

 湖は、海のように青く輝いていた。

 湖畔の反対側に、ホテルが見えてきた。


    「湖面の仕事師」


 「洞爺湖温泉」

 正面に大きな立て看板が見えてきた。

 亜希子は、温泉の入り口の丸太小屋風の喫茶店の駐車場に車を止めた。

 「少し休憩しましょう」

 亜希子と妖精くんは、喫茶店に入って行った。

 みんなは、車の中でくつろいでいた。

 「ポルコ99」の車の中には、携帯電話くん、コインくん、カメラくん、バスタブさん、レコードくん、スーツケースさん、トロフィーくん、ホットドックくん、ラジオくん、花火くん、と、座る場所がなくなるほどの仲間が集まった。

 一人一人は、それぞれ違った生活をしてきたが、何故か、ずっと以前から一緒にいるような気持ちがしていた。


 「レコードくん、そろそろいいんじゃないかな」

 コインくんが、言った。

 「そうよね。私も、少し疲れたわ」

 スーツケースさんが、助かったというように言った。

 「でも、気持ちよさそうに、寝ているわよ」

 バスタブさんが、いま起こしてしまうのは可愛そうだわとゆうような顔をして、言った。

 「だけど、あんまり長く寝ていると、反対側に歪んでしまったら、また、大変だと思うけど…」

 カメラくんが、言った。

 「そうだよ、もう起きてもらおうよ」

 ラジオくんが、言った。

 そんなことを勝手に言っているうちに、レコードくんが、目を覚ました。

 「ああ、気持ちよかった。スーツケースさんありがとう。とても、いい感じですよ」

 「いいえ、どういたしまして」

 スーツケースさんは、肩が凝ったように体を動かしながら、レコードくんをお尻の下から取り出した。

 「よかったわね」

 バスタブさんが、嬉しそうに言った。

 「うん、おかげで元に戻ったみたいだよ。また、歌が歌えたら、もっといいんだが…」

 レコードくんが、嬉しそうに言った。

 

 「あれ、亜希子さんと妖精くんがいないけど、どうしたの?」

 「そこの喫茶店に入って、休んでいるのよ」

 バスタブさんが、言った。

 その時、「ポルコ99」の隣の場所に、ゆっくりと一台のトラックが止まった。


 トラックから降りてきたのは、頭にヘルメットをかぶった、作業着を着た三人の男たちであった。

 男たちは、そのまま、喫茶店に入って行った。

 「おい、着いたみたいだな」

 「やっと着いたか」

 隣のトラックの荷台から、声が聞こえてきた。

 みんなは、声のするほうを見た。

 「おい、隣の小さな車の中に、変な連中がいるぞ。見て見ろよ」

 「なにっ、変なやつだって」

 トラックの荷台から顔を出したのは、丸顔のボールのような物だった。

 「ヨオ! お前たちここで何をしているんだ」

 「私たち。私たちは、ここで休んでいるのよ」

 「そうか。これから、何処まで行くんだ」

 「函館までよ」

 「函館か、いいところだ」

 「あなたたちは、何なのよ」

 「何なのとは、よく言うよ」

 「俺たちの姿を見て、判らないのか」

 「始めて見るから、判らないわよ」

 「おい、そこの小さな花火、お前なら、俺たちのことを知っているだろう」

 車の隅のほうに、隠れるようにしていた花火くんは、自分のことを見られたので、びっくりしていた。

 「ぼくも、君たちのことを見たことがないから、判らないんだよ」

 「なにいってんだ。お前も俺たちと同じ、同業者じゃないか」

 「えっ、同業者だって?」

 みんなは、花火くんの方を見た。

 「そうさ、形は違うけど、同じ花火なんだ」

 「もっとも、俺たちはそこの小さい花火と違って、大きいからなあ」

 「ところで。おまえ、どうしてそこに居るんだ」

 「もうお前の季節は、終わったんじゃないか。それに、お前だけ一人とは、変じゃないか。おまえの仲間はどうしたんだ」

 トラックの荷台の丸顔のボールのような物は、花火だった。

 「彼は、ちょっと事情があって、ぼくたちと一緒に旅をしているんだ」

 「そうか、お前一人じゃ面白くないだろう。どうだ、俺たちと一緒に行かないか」

 「俺たちは、今夜、湖の中央で華々しく活躍するんだぞ。最後に一花咲かせるため、一緒に行かないか」

 「今夜、活躍するって」

 「そうさ、今夜、洞爺湖の花火大会さ。毎晩行っているんだが、今夜は、俺たちの出番さ」

 「お前もどうだ。俺たちと一緒に仕事をしないか。楽しいぞ」

 トラックの花火たちは、花火くんをからかうように言った。

 「さそってくれて、ありがとう。でも、僕は、みんなと一緒にここにいたいんだよ。それに、君たちは高いところで仕事をするけど、僕は、そんなふうにできないし、それに、近くに子供たちがいないと楽しくなれないから」

 「そうだな、お前は俺たちと違って、子供たちがいないと、寂しくてしかたがないからな」

 「ぼくは、けしてさみしがりやじゃないよ」

 「まあ、そう強がりを言うな」

 「そのうち、お前だって、一人で活躍できるときがあるさ。じゃ、今夜は、遠くから俺たちの仕事を見てくれや」

 「ほら、お前たちの仲間が戻ってきたみたいだ」

 喫茶店から、亜希子と妖精くんが戻ってきた。

 「お待たせ」

 「遅くなって、ごめんね」

 妖精が、みんなにそう言うと、みんなは、隣のトラックの荷台を指さしていた。

 妖精が指さす方を見ると、荷台から見知らぬ者たちが手を振っていた。


 「なんだい、彼らは」

 「花火だって」

 「花火?」

 「そう、あとで説明するよ」

 「さお、行くわよ」

 亜希子はそう言うと、「ポルコ99」を走らせた。

 トラックの荷台の花火たちは、小さな花火くんに向かって手を振っていた。

 「ぼくだって、いつかきっと活躍できるんだから…」

 花火くんは、そうつぶやいていた。

 みんなは、そんな花火くんを黙って見ていた。

 亜希子は、湖面に面した大きなホテルの駐車場に車を止めた。

 「今日は、ここで、一泊するわ。みんなは、あとで部屋に運ぶから、ここで少し待っていてね」

 そう言うと、亜希子は、ホテルの中に入って行った。

 しばらくして、亜希子は戻ってきた。

 「お待たせ、運良く一部屋開いていたわ。妖精くん、みんなを部屋につれていってね」

 亜希子と妖精くんは、みんなと一緒に部屋に向かった。

 今日の部屋は、湖がよく見える和室の部屋であった。

 札幌のビジネスホテルと違って、とても雰囲気がよかった。

 みんなは、窓の外の湖の風景を見ていた。

 「わたし温泉に入ってくるから、みんなは、ここでゆっくりしていてね」

 亜希子はそう言うと、部屋を出て行った。

 みんなは、妖精くんに喫茶店の駐車場での出来事を話した。

 「そうか、彼らは、花火くんの仲間か。でも、形がまるで違っていたね」

 「彼らは、今夜、この湖で仕事をするんだって言っていたから、あとで見て見ようよ」

 花火くんは、なにも言わずに、黙って湖の方を見ていた。

 夕日が、湖面を赤く染めて、地平線に沈んでいた。

 亜希子は、温泉から戻って部屋でゆっくりと体を休めていた。

 午後七時ちょうど、夜空に光とともに雷砲がなった。

 湖面には、火柱が高く、高く上がった。

 「綺麗ね」

 「綺麗ですね」

 みんなは、湖面のほうを見ていた。

 湖面では、大きな音とともに、七色の色を持つ火柱が、夜空に星空のような絵を描いていた。

 「昼間の花火たちが、仕事をしているのね」

 「すごいなあ」

 花火くんは、昼間の彼らの仕事ぶりをじっとみていた。

 「ぼくだって、いつかあんなふうに出来るんだから」

 花火くんは、自分を少し元気づけるようにつぶやいていた。

 みんなは、そんな花火くんの気持ちがよくわかるというふうに見ていた。

 湖面の花火は、より一層力強く、大きく夜空に花開いていた。


    「クリスマスの夜」


 洞爺湖温泉を後にして、亜希子たち一行は、内浦湾を左に見ながら、一路函館への道を走った。

 昨日の花火師たちの仕事は、花火くんに少しの感動を与えてくれ、前向きに生きることを教えてくれた。

 また、みんなもまた、同じ思いであった。

 途中、長万部、八雲、森、という小さな港町を通り、「ポルコ99」は、函館の一つ手前の大沼公園で、少し休憩をとった。

 「もう少しね」

 「はい、もう少しです」

 妖精くんは、ラジオくんが言っていた、函館に二人の友達がいるように思えて、しかたがなかった。

 みんなにも、妖精くんの思いが伝わったようであった。

 妖精くんは、車の中で、カラオケ大会で歌った歌を歌った。

 携帯電話くんが、ラジオくんと手をつないで、リズミカルに音楽を流してくれた。

 「ポルコ99」は、その歌に合わせるように、軽やかな走りを続けた。

 函館市内に入って、亜希子は、まっすぐ函館山に車を向けた。

 函館山から、ラジオくんに、妖精くんの歌っている歌が聞こえる方向を探してもらいたかったからであった。 

 函館山の頂上をめざし、「ポルコ99」は、コマのように回りながら、上っていった。

 亜希子は、頂上の駐車場に車を止め、みんなと一緒に展望台に上がった。

 函館山の展望台からは、市内が一望でき、津軽海峡の向こうに、青森県の下北半島が見えた。

 津軽海峡の海は青く、空と一体となっていた。

 心地よく吹く風は、潮風となって、亜希子たちを包んでくれた。

 「ラジオくん、聞いて見てくれない」

 「うん、聞いてみる」

 みんなは、ラジオくんに注目した。

 ラジオくんは、一生懸命、妖精くんが歌っていた歌を探していた。 

 「おかしいなあ、全然聞こえない」

 「聞こえないの」

 「うん。全く聞こえてこないんだよ」

 ラジオくんは、そう言って、また、一生懸命探し始めた。

 その時、

 「みんなそこに立ってみて」

 カメラくんが、言った。

 「カメラくん、どうしたの?」

 みんなは、カメラくんに聞いた。

 「うん。なぜか、ぼく、急にみんなの写真をとりたくなったの」

 「カメラくん、写真撮れるようになったの」

 「いや、やってみなければ判らないけど…」

 「みんな、だめなの?」

 「いや、そんなことないけど」

 「それじゃ、さあ、はやく。そこに並んで、立ってみて」

 カメラくんは、そう言って、みんなに自分の前に集まるように指示した。

 「みんな、いいかい」

 「はい。いいわよ」

 亜希子たちは、カメラくんが、一生懸命に言うので、言われるとおりにしていた。

 「はい。チーズ」

 カメラくんは、そう言うと、シャッターをゆっくり押した。

 すると、真っ白い閃光が亜希子たちを包んだ。

 白い閃光が、少しずつ元に戻っていくと、亜希子たちの周りは、白一色の銀世界の夜の世界に変わっていた。

 青空が星空に変わり、目の前には、函館市内の夜景が、七色の星空となっていた。

 遠くから、汽笛の音が聞こえ、市内には教会の鐘の音が鳴っていた。

 「メリークリスマス」

 頂上にいた若者たちのグループが、シャンペンを手にして言った。

 「クリスマス?」

 亜希子は、目を疑い、そして、耳を疑った。

 さっきまで、ここは、夏だった。

 どうして、急に冬になったの。

 亜希子には、目の前の状況が信じられなかった。


 妖精くんたちも、同じであった。

 でも、カメラくんは、違った。

 「やった。僕、やったよ」

 「カメラくん。やったって、どういうことなの」

 妖精くんが、聞いた。

 「うん。僕、心が写せたんだよ」

 「心が写せたって。どういうことなの?」

 コインくんが、聞いた。

 「僕たち、さっきと別の世界にいるんだよ」

 「そんな。じゃ僕たち、もうさっきの世界に戻れない、ということじゃないか」

 「そんなことないよ。たぶん大丈夫だよ」

 みんなは、何が何だか判らなかった。

 「聞こえる。聞こえるよ」

 ラジオくんが、言った。

 「何が聞こえるって?」

 「妖精くんの歌っていた歌が、聞こえるんだよ」

 「歌が、聞こえるって」

 みんなは、ラジオくんの側に寄った。

 「ほら」

 ラジオくんのスピーカーから、たしかに歌が聞こえていた。

 「友達が近くにいるんだ。亜希子さん、ぼくの友達が近くにいます」

 妖精くんは、亜希子に嬉しそうに言った。

 亜希子は、何がどうなったかよくわからなかったが、とりあえず、ラジオくんが妖精くんの歌っていた歌を探してくれたので、その歌を頼りに捜すことにした。

 「それじゃ、みんなで探しに行きましょう。ラジオくん案内してね」

 みんなは、急いで「ポルコ99」に乗って、函館山を下りた。

 「亜希子さん。右の方から聞こえます」

 「右ね」

 ラジオくんに言われて、交差点を右に曲がると、五稜郭公園が目の前に見えた。

 「ラジオくん、ここでいいの?」

 「うん。ここから聞こえるんだけど」

 車を公園の駐車場に止めて、みんなは、車を降りてラジオくんの後について行った。

 公園の外れで、ラジオくんは止まった。

 「ここです。ここでいちばん強く聞こえます」

 みんなは、歩くのを止め、静かに周りを見渡した。

 「何もないじゃないの」

 「誰もいないみたいだよ」

 「静かに、静かにして」

 ラジオくんが、言った。

 みんなは、静かにして耳を澄ませた。

 すると、少し離れた所から、歌が聞こえてきた。

 歌の聞こえる方をよく見ると、クリスマスツリーが一本立っていた。

 亜希子たちは、ゆっくり、そのクリスマスツリーに近づいて行った。

 クリスマスツリーには、一つだけ飾りが付いていた。

 よくみると、「福笑い」であった。

 みんなは、それを見て大きな声で笑った。

 「ぼくは、笑われていることになれているけど、こんなに悲しいときに笑われると、実に不愉快である」

 その「福笑い」が、言った。

 「だって、君の顔、とても可笑しいんだもの、笑わずにはいられないじゃないか」

 携帯電話くんが、言った。

 「あたりまえだ。福笑いがつまらない顔をしていたら、福笑いにならないじゃないか。そんなことどうでもいいから、もう笑うのを止めてくれないだろうか」

 福笑いが真剣な顔をして言うものだから、みんなは、余計に可笑しくなって、もっと大きな声で笑った。

 「わかったよ。もう笑わないから、君はちょっと横を向いていてくれないか」

 コインくんが、笑いながら言った。

 福笑いは、これ以上笑い続けられても困るという顔をして、ふくれて横を向いた。

 その顔もまた可笑しかったが、みんなは、とにかく笑いをこらえた。

 「君は、さっき歌を歌っていたよね」

 ラジオくんが、聞いた。

 「ああ、歌っていたよ」

 「あの歌、どこで覚えたの?」

 「トンネルの中から毎日聞こえてきたから、自然に覚えてしまって、歌っていたのさ」

 「トンネル?」

 「そうだよ。僕たちは、青函トンネルの工事現場にいたんだ。そこにいたとき、聞いた歌さ」

 「そのトンネルって、ここから遠いの?」

 「そんなに遠くないよ。函館湾に沿って車で走っていくと、トンネルの入り口が見えるよ」

 「ありがとう。亜希子さん、そこまで行きましょう」

 「そうね。今日はもう遅いから、明日にしましょうね」

 「君も一緒に行ってくれるかい?」

 「いいよ。僕も、ずっとここに居るわけにはいかないし」

 「クリスマスツリーは、どうしたらいい?」

 「彼は、この公園に住むって言っていたからいいんじゃない。それに、ここにいたら毎年クリスマスの日に、みんなに可愛がってもらえるから」

 「そうだね」

 妖精くんは、福笑いくんをクリスマスツリーから外すと、優しく手に持った。

 「クリスマスツリーくん、さようなら」

 「福笑いくん、元気でね。さようなら」

 クリスマスツリーくんは、一言そう言った。

 亜希子たちは、クリスマスツリーくんに別れを告げると、五稜郭公園を後にした。

 今日は、市内のホテルに泊まり、明日、青函トンネルの所に行くことにした。

 星空から、粉雪が降りてきた。


    「別 れ」


 遠くから、汽笛の音が聞こえた。

 亜希子は、ホテルの部屋のベッドの上で目を覚ました。

 昨夜、五稜郭公園で福笑いくんに会い、妖精くんの友達の新たな手掛かりが、青函トンネルにありそうなことがわかったので、今日は、福笑いくんの案内で、そこへ行くことに決め、公園の近くのホテルに泊まったのであった。

 ベッドの側の机の上には、妖精くんたちが、まだ静かに寝ていた。

 亜希子は、ベッドから起きてホテルの窓の外を見た。

 窓から、函館湾の風景が見えた。

 「雪が無いわ。どうして?」

 昨日は、クリスマスの夜だった。

 だが、今朝の函館は、真夏の風景を見せていた。

 「亜希子さん。おはようございます。

 気がつくと、妖精くんが目を覚まし窓の側に立っていた。

 「妖精くん。おはよう」

 「亜希子さん、不思議ですね」

 妖精くんは、窓の外を見ながら言った。

 「そうね。たしか、昨日はクリスマスの夜だったわね」

 「はい。昨日の夜は、たしかにクリスマスの夜でした。でも、今朝はすべて元に戻っているのです。ただ一つのことをのぞいては…」

 妖精くんは、そう言って、指をさした。

 妖精くんの指を指した方を見ると、そこには、昨夜五稜郭公園で会った、福笑いくんが寝ていた。

 「不思議ね。福笑いくんがそこにいるのにね」

 そう言いながら、カメラくんの方を見たが、彼はまだ寝ていた。

 亜希子は、窓のカーテンをゆっくり開けた。

 ホテルの部屋に、朝の光が差し込み、部屋は少しずつ明るくなっていった。

 机の上に寝ていたみんなは、朝の光に照らされ目を覚ました。

 「亜希子さん。おはようございます」

 「みんな、おはよう。今日は、青函トンネルまで行くのよ。出発の準備をしてちょうだい」

 「はーい」

 亜希子の号令で、みんなは、それぞれ出かける準備を始めた。

 「カメラくん、教えて欲しいことがあるの」

 「はい。何でしょうか?」

 「昨日の夜は、クリスマスの夜だったわね」

 「はい。僕がみんなの写真を撮ってから、急にそうなってしまったんですが」

 「でも、今朝はすべて元に戻っているのよ。ただ一つのことをのぞいてはね」

 亜希子は、福笑いの方を指さして言った。

 「どうしてこうなったか、説明して欲しいの」

 「はい。僕にも、どうなっているのかよく判らないのです。でも、彼がそこにいることで、昨夜のことは、事実であったことが証明されているのですが…」

 「そこのところを、どのように考えたらいいのかな?」

 「とりあえず、いまの僕には、不思議なことが起こったんですとしか、言いようがないのですが…」

 「そうね…」

 亜希子は、そう言って、みんなの顔を見たが、みんなもまた、カメラくんと同じですという顔をしていた。

 「まあ、いいか。さあ、出かけましょう」

 昨夜のことをこれ以上考えても、結論が出ないことが判ったので、亜希子たちは、ホテルを出て、福笑いくんの案内で、青函トンネルの入り口へ向かった。

 途中、トラピスト修道院の所に立ち寄り、近くの食堂で軽い朝食をとった。

 津軽海峡を左に見て走り続けた道も、知内から山間の道に変わり、福島町吉岡の港に向かった。

 福島町吉岡の港のはずれに、青函トンネルの作業用のトンネルの入り口があると、福笑いくんが説明していた。

 福笑いくんは、昨夜何か悲しいことがあったようで、妖精くんが歌っていた歌を歌っていたと言っていたが、今日の顔は、とてもいい顔をしていて、昨日の話が嘘のように思えたが、みんなは、あえて彼にその事を聞こうとは思わなかった。

 どんなことがあったにせよ、いまは、自分たちの仲間であった。

 二人の妖精を探すことを目的に、一緒に旅をしてくれている仲間であった。

 吉岡の港をすぎてしばらく行くと、工事現場の跡についた。

 いまは、青函トンネルの海底駅の入り口となっている。


 「亜希子さん、着きましたよ。ここが、私が住んでいた工事現場です。今は、トンネル工事が終わり、当時の面影はありませんが、ほら、あそこがトンネルへの入り口です」

 「青函トンネル海底駅入口」、トンネルの入り口には、そう書いてあった。

 青函トンネルには、ここから入ることが出来るようになり、最近、観光客が多く訪れていた。

 亜希子たちは、入場券を購入してトンネルに入った。

 トンネルの中は、明るく、長い、長い、階段が続いていた。

 階段を少し降りると、海底駅までの電車が出発を待っていた。

 亜希子たちは、その電車に乗り、海底駅まで行くことにした。

 電車は、亜希子たちを乗せて、ゆっくりと走りはじめた。

 どのぐらいの時間、走っただろうか、トンネルの奥の方が、青白く光り始めた。

 もうすぐ、海底駅に到着する。

 海底駅で降りると、ラジオくんが、妖精くんの歌っていた歌を探し始めた。

 「亜希子さん、こっちの方から聞こえてきます」

 ラジオくんは、ほかの観光客が歩いて行く方と反対の方を指さしていた。

 「それじゃ、みんな、行きましょう」

 亜希子は、そう言って、懐中電灯をつけて歩き出した。

 ラジオくんが指を指した方は、普通、観光客が入るところではなく、保安設備等の点検のため係員が歩くトンネルのようであった。 

 どのぐらい歩いたであろうか、トンネルの奥の方がほのかに赤くなって見えてきた。

 「亜希子さん。ほら、あそこです。あの、赤く光っている所を、見て下さい」

 亜希子たちは、ラジオくんが指さす所を見た。

 そこには、壁に赤く光る丸い穴が空いていた。

 「ここです。ここから、歌が聞こえてきます」

 ラジオくんは、そう言って、その穴の前に立った。

 「妖精くん、どうしたらいいの?」

 亜希子は、妖精くんに聞いた。

 妖精くんが、しばらく考えていると、その穴は少し小さくなった。

 「妖精くん。あなが、穴が小さくなっていくよ」

 携帯電話くんが、言った。

 「よし。呼んでみよう」

 妖精くんは、そう言うと、大きな声で叫んだ。

 すると、穴は光るのを止めた。

 そして、穴の向こうから、なにか声がきこえてきた。

 「妖精くん、聞こえた?」

 「うん。携帯電話くんにも、聞こえたみたいだね」

 妖精くんは、嬉しそうな顔をして言った。


 「ねえ。なんて言っているの?」

 スーツケースさんが、聞いた。

 「うん。この穴は、僕の国『夢の国』に通じていて、僕の友達の妖精が、向こうで僕のことを心配して、この穴から歌で信号を送っていたみたいなんだよ」

 「でもね。妖精くんの友達の話では、もうすぐこの穴が閉じてしまうと言っているんだよ」

 携帯電話くんが、言った。

 「じゃ、穴が閉じる前に、早く向こうに行かなくては」

 コインくんが、言った。

 「でも…」

 「でも。どうしたのよ」

 スーツケースさんが、聞いた。

 「穴の向こうに行くためには、何か乗り物がないと、向こうまで行けないんだ」

 「乗り物」

 「ここに、そんなもの、ないじゃないか」

 「そうなんだよ。僕たちは、乗り物を持っていないから、向こうまで行くことができないんだ」

 「ああ、もうだめだ。せっかくここまで来たというのに…」

 花火くんが、言った。

 「何か、なにかいい方法はないの?」

 スーツケースさんが、言った。

 「あの…」

 ホットドックくんが、言った。

 「あのって、何なのよ」

 スーツケースさんが、ハッキリしなさいよというように言った。

 「じつは、こんなことを言っていいのか判らないのですが…」

 「いいわよ。早く言ったら」

 スーツケースさんに言われ、ホットドックくんは、言った。

 「スーツケースさんに、乗っていけば向こうまで行けると思うのですが…」

 「私に乗って行くって…」

 「はい…」

 ホットドックくんの話しに、みんなは、しばらく黙っていた。

 たしかに、スーツケースさんには、おじいさんが付けてくれた小さな車があった。

 それを出してトロッコのようにすれば、乗り物になる。

 そうすれば、妖精くんは、『夢の国』へ行くことが出来るのである。

 帰ることが出来るのだ!

 でも、みんなは、黙っていた。

 そんなことを言っているあいだに、トンネルは、また小さくなった。

 「あ、トンネルが、トンネルが小さくなった」

 レコードくんが、言った。

 「どうしたらいいいの」

 バスタブさんが、言った。

 「じゃ。みんなで、みんなで行ったら…」

 トロフィーくんが、言った。

 「みんなで、みんなで行くって」

 福笑いくんが、聞いた。

 「そうだよ。ここまでみんなで出来たんだから、このまま別れ別れになるなんて、嫌だよ。だから、妖精くんたちと一緒に『夢の国』へ行こうよ」

 トロフィーくんが、言った。

 「そうね。トロフィーくんの言うとおりかもしれないわね。みんなは、ここにいるより妖精くんの『夢の国』へ行った方が、幸せになれるかもしれないしね」

 亜希子は、どうすればいいか決めかねているみんなに、そう言った。

 「そうね。みんなそれぞれ悲しい思いをして集まった仲間だから、別れ別れになりたくないものね」

 スーツケースさんは、何かを決心するかのように言った。

 「みんな、そうしようよ」

 妖精くんは、みんなに一緒に行こうと促した。

 みんなもまた、そう思った。

 「じゃ、いいね」

 妖精くんは、そう言うと、スーツケースさんを穴の前のところに置いた。

 そして、その上にバスタブさんを置き、みんなに中に入るように言った。

 「亜希子さん、お別れです。長い間、お世話になりました。お元気で…」

 「妖精くん、元気でね。みんなも、元気でね…」

 亜希子は、悲しくて涙が出そうになったが、みんなの手前、こらえていた。

 「それじゃ。亜希子さん、押してくれますか」

 「ええ。じゃ、いくわよ」

 亜希子は、スーツケースさんをゆっくり押した。

 スーツケースさんは、みんなを載せて、ゆっくり動き出した。

 「亜希子さん、さようなら」

 「妖精くん、さようなら。元気でね」

 みんなが遠ざかっていくにつれ、穴はしだいに光を強く輝かせていった。

 亜希子の周りが、真っ白になったとき、あきこは、遠くから誰かに呼ばれているような気がした。

 「亜希子、お姉ちゃん。亜希子、お姉ちゃん。こんな所で寝ていたら、風邪をひくわよ。早く起きて…」

 亜希子は、その声で目を覚ました。 

 「ああ、私、居眠りしていたのね」

 亜希子の目の前に、佳子と知子が立っていた。


 「亜希子、お姉ちゃん。作品展おめでとう。はい、お祝いの花束」

 二人は、大きな花束を亜希子に渡した。


 「ありがとう」

 亜希子は、花束を受け取って、自分の作った作品展の作品の方を見た。

 妖精くん、携帯電話くん、スーツケースさん、コインくん、カメラくん…、みんなそこにいた。

 明日から、亜希子のうれしい作品展、「なつてん30」が、ここで始まる。

 作品展の当日、受付には、綺麗な花束と、綺麗な化粧箱が置かれてあった。 

 送り主は、『夢の国』の王様、サンタクロースであった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ