オリビアの告白
俺はオリビアさん、アンジェリっち、マリアさん、アースラ様に社長室に来て貰うことにした。
俺の隣にはギルとゴンが控えている。
既に飲み物は配られている。
各自好きな飲み物を飲んでいた。
俺はいつものアイスコーヒーだ。
美容室アンジェリは今日は定休日だ。
彼女とじっくり話をしようと思うと定休日を選ぶしかない。
このメンバーに心当たりがあるのだろう。
オリビアさんを始めマリアさんも緊張しているのが分かる。
明らかにいつもの遠慮無さを感じない。
それに押し黙っている。
普段ではあり得ない光景だ。
常にこうあって欲しいものだと思うのだが。
女神達が俺の前にあるソファーに座っている。
一人は・・・女神では無いな、女装をしたおっさんだ。
今日もバッチリと決め込んでいる。
まあそんなことはいいとしてだ。
これまでは北半球の戦争の話をオリビアさんが切り出すまで待つ気でいたが、乗り込む準備がほとんど整った今となってはもう待つ気にはなれない。
いい加減話して貰わないと困る。
時間が迫っているということだ。
それに俺は良くてもギルが待てる訳が無い。
ギルがどれだけエリスのことを想っていることやら。
北半球に乗り込むことが決定してからというもの、ギルの表情は硬い。
何かを決心したようなそんな趣きを感じる。
ギルらしくも無く常に何かを考えているのが分かるぐらいだ。
ゴンは次いでとばかりに同席している。
こいつも何かを感じ取ったのだろう、重要な局面であることを本能的に理解しているみたいだ。
聖獣の直感は馬鹿に出来ない。
こいつらの本能は本物だ。
これまでの彼女達との会話のやり取りや態度等、断片的ではあるが、俺の記憶の中に有る百年前に起きたと言われている北半球での戦争について、何かしら知っていそうな者達を集めてみた結果がこれだ。
アースラ様に関しては立場上話せない事があるかもしれないとも詮索したのだが、同席をお願いすることにした。
もしかしたら色々と話してくれるかもしれない。
ここは先ず俺から口火を切る必要があるだろう。
だから俺から話し始めることにした。
「皆さん、お時間を作って頂きありがとうございます」
返事すること無く、参席者達は会釈を行っていた。
緊張感は続いている。
「たぶん噂話などでお聞きになっているかもしれませんが、改めて俺の方からお話しさせていただきます」
何故か俺達の北半球行きは噂になっていた。
別に構わない事なのだが、何を勘違いしたのか分からない商人達から、同行させてくれと言われた時には本気で首を傾げてしまった。
噂がどんなものになっているのかは知らないが、販路を求めて北半球に乗り込むのではない。
いい加減にして欲しいものだ。
お呼びでは無いってえの!
商人には早々に退散して貰った。
いい加減身の程を弁えて欲しい。
「俺達は近々北半球に乗り込みます!」
俺は宣言した。
「そうなのね・・・」
「やっぱり・・・」
オリビアさんとアンジェリっちが声を漏らしていた。
「そこで北半球の事情を知っていそうな方々に集まって貰いました、それも百年前に起こった戦争についてです」
マリアさんが口を挟む。
「守ちゃん、あの戦争は百年前のことよ。知る必要があるのかしら?」
あるに決まっている。
エリスの生死が掛かっているのだから。
「マリアさん、大いにありますよ。これまでは俺は話を打ち明けられるのを待っていました。ギルにしてもそうです。でももういい加減待てません!」
不意にギルが顔を上げて全員に聞いた。
「エリスは・・・ドラゴンのエリスは・・・生きているの?」
その声はとてもか細く懇願しているようにも聞こえた。
まるで生きていてくれとの願いも含んでいるようだった。
振り絞って放ったギルの一声はこの場の空気を変えていた。
重い空気が圧し掛かってくるのが分かる。
「ギルよ、エリスは生きておるぞえ」
アースラ様が断言した。
まさかアースラ様が答えてくれるとは・・・
アースラ様に同席して貰ってよかった。
「ほんとですか?!」
ギルは必死だ。
叫ぶ様に尋ねていた。
「余は嘘はつかぬ、安心せい。エリスは生きておるぞえ」
ギルの表情は瞬く間に変わった。
歓喜と安堵が入り混じった顔をしている。
今にも泣きだしそうだ。
「うう・・・良かった・・・」
オリビアさんが泣きだしてしまった。
オリビアさんの肩を抱くマリアさん。
マリアさんとゴンは貰い泣きしていた。
それを見てギルも静かに涙していた。
アンジェリっちは上を向いて涙を堪えていた。
アースラ様は静かに皆を見守っている。
俺は思わず拳を握りしめていた。
全員がエリスの存命に安堵していたのだった。
本当によかった・・・
重たい空気が次第に晴れやかな空気に変わっていった。
間を置くとやっとオリビアさんが落ち着きを取り戻した。
それを見定めた俺は話を振った。
「オリビアさん、教えて貰えますね?」
俺の問いに決心した表情のオリビアさんが深く頷いた。
エリスの存命が影響したのかもしれない。
やっと話してくれるみたいだ。
百年前に起こった北半球の戦争が遂に詳らかになる。
「守さん、ギル君・・・これまで話せなくてごめんね・・・怖かったのよ、私。今でも思い出したくない、大失敗したのよ、私は・・・」
大失敗?
ここは口を挟むべきではないな・・・
彼女の発言を待とうと思う。
「私はエルフの村出身よ、それは知っていると思うけど、エルフの村では成人すると村の為に何が出来るかを選択する風習があるのね」
そうなんだ・・・でもある意味日本でも同じだよな。
成人して学業を終えると就職を迫られる現実がある。
中には起業する者などもいるが極めて稀だ。
こうして社会の枠に捕らわれていくことになる。
どの世界でも一緒だな。
働かなければ食べてはいけない。
ある意味の弱肉強食だ。
「そこで私は村の為に何かをするという事を選択できなかったのよ」
「そうだったわね」
アンジェリっちが口を添える。
「それはお姉ちゃんも一緒でしょ?」
「まあね、今は私のことはいいでしょ、ほら?」
アンジェリっちは顎で話の催促をしていた。
「ああ、ごめんなさい。それで私は旅に出ることにしたの、これでも狩りぐらいなら出来るんだからね!」
オリビアさんは力瘤を見せていた。
へえー、そうなんだ。
ちょっと意外。
オリビアさんに狩りができるとはな。
どうやらエルフは身体能力が高い種族みたいだ。
「それでいろいろな街を転々として、私はある人に出会ったのよ」
「ある人って?」
今度はマリアさんが話を促す。
「それはね、吟遊詩人のサマンサ、老齢の女性よ。偶然に入った酒場の片隅で彼女は歌を歌っていたわ。彼女の歌は凄かった。これまでにも吟遊詩人に出くわしたことはあったけど、彼女の歌は全く違った。心と魂が揺さぶられたわ。とても老齢の女性が歌い上げる歌とは思えないぐらいのパワーがあって、一気にその世界観と迫力に私は魅了されたわ。まるで命を削るかのような彼女の歌声に私は心を鷲掴みにされたの」
「吟遊詩人サマンサ・・・」
マリアさんが呟いた。
「私は思った、違う、全身で感じたの!私は吟遊詩人になるべきだってね・・・」
「・・・」
「そして私はサマンサに弟子入りしたの、始めは取り合ってくれなかったけど、何度も何度も彼女の元に足を運んだわ」
弟子入りの登竜門だな。
本気を試されたんだろう。
弟子入りとはどこの世界でもこんなものなのだろう。
「そして根負けした彼女からやっと弟子入りの許可が得られたわ。凄く嬉しかった、私は人生が動き出したのを感じたわ」
オリビアさんは当時を思い出しているのだろう爽やかな笑顔になっている。
「それからは毎日毎日、彼女から歌を教わり、楽器を習う日々が過ぎ去っていったわ、とても楽しかった、これは本当に修業なの?と思えるぐらい毎日が充実していた。そして私も気が付いたら一端の吟遊詩人になっていたわ・・・サマンサとの暮らしは本当に楽しい日々だった・・・」
オリビアさんは遠い眼をしていた。
「そしてサマンサと別れる時が訪れたの、彼女は言ったわ、オリビア、もうお前に教えることはない。お前には人を幸せにする力がある。世界を周って人々を笑顔にしなさい、ってね」
オリビアさんは少し寂しそうな顔をしていた。
サマンサとの別れが辛いものだったのだろう。
「彼女との別れは辛かった、老齢の彼女は日に日に身体が弱っていくのが分かっていたし、出来れば彼女の命の灯が消えるまで彼女の側にいたかった。でも彼女はそれを許さなかった。たぶん彼女のプライドがそれを許さなかったのかもしれない。彼女は勝気な性格をしていたしね。人間である彼女の寿命は短い、私に出来ることは彼女から教わった歌を皆に届けるだけだった。そして私は彼女の元を去ることにしたのよ・・・」
「その後サマンサはどうなったの?」
ギルが思わず尋ねていた。
その気持ちは分かる、俺も気になっていた。
「彼女とは・・・再会することは叶わなかったわ。その後、音楽の神になった私は彼女の元を訪れたけど、もうそこには彼女は居なかったの。彼女のことを詳しく知る人に聞いたところ、私が彼女の元を離れてから僅か半年後に、彼女は息を引き取ったということだったわ。でもね、彼女はこう言ってくれていたらしいのよ、人生の最後に神に成る素質を持った歌い手を、私は弟子にすることが出来た。私の魂の歌は永遠になったとね・・・だから彼女は私の歌の中に生き続けているのよ」
オリビアさんの神になったルーツが、オリビアさんの音楽のルーツが語られた。
それはとても感動的な物語だった。
子弟関係を理解するにはあまりにも分かり易かった。
神の素質を持ったエルフの女性を育て上げた老齢の人間の女性。
寿命が違えばこうはいかなかったのかもしれない。
偶然のようで必然の出会いであったのだろう。
この出会いがオリビアさんを作り上げたと言える。
この二人はソウルメイトであると俺には思えた。
それぐらいの深い繋がりを俺はオリビアさんの話から感じたのだった。
吟遊詩人のサマンサ・・・偉大な先人だ。
「そして私は流浪の神として各地を転々とした。そして久々にエルフの村に帰ってきたら、お姉ちゃんが帰って来ていて、お姉ちゃんが美容の神になっていたからビックリしたわよ!」
そうだったのか・・・
「そうだったわね、私も驚いたわよ。あんたが音楽の神になっていたじゃんね」
アンジェリっちも何かしらの出会いや修業を得て神になったのだろう。
この場では語られないのが残念でならない。
今度じっくり聞いてみたいものだ。
とても興味がある。
「そして私は旅を続けた、何年も何年もかけて人々に歌を届け続けたわ。そんなある日、北半球に向かう船団があることを私は知ったの。あれは確かボイルの街から離れた港だったと思うわ。その船団には旅芸人の一団が乗っていたの、そして私は声を掛けて同行させて貰うことにしたの。その頃には私もそれなりに音楽の神として名を馳せていたから、あっさりと受け入れて貰えたわ」
そして北半球に向かったということだな。
「船旅はとても厳しいものだった、でも旅芸人達が居たから楽しくもあったわ、そして私はエリスに出会うことになったのよ」
オリビアさんはギルを見据えていた。
ギルは息を飲んでいる。
「船旅を続けていたある日、大空に舞うドラゴンを見つけたの、そしておーい!って手を振っていたら、ドラゴンが急降下を始めたの。ビックリしたわよ、別に呼び込んだつもりは無かったのにね」
オリビアさんはおちゃらけていた。
「そして急降下してきたドラゴンが人化して船に乗り込んで来たの。余りの出来事に心臓が止まるかと思ったわよ」
ギルは楽しそうに話を聞いている。
「エリスらしい登場の仕方じゃえ」
アースラ様が呟いていた、どうやらアースラ様はエリスの人と成りを知っているみたいだ。
だろうなとは思っていたが・・・
どうして知っているのだろうか?
今後の話に期待だ。
「エリスは開口一番、ちょっと休ませてくれといって座り込んでしまったのよ。皆な唖然としていたわ。その後、水をくれーだの、食い物があったら分けてくれーって喚いていたわ」
エリスは天真爛漫な性格のようだ。
隣を見ると、ギルが少し笑っているように見えた。
エリスの人柄が分かって嬉しいのだろう、俺は微笑ましく見守ることにした。
「そして落ち着いたエリスは、あろうことか船を引き返した方がいいって言いだしたのよ。船内の動揺はすさまじかったわ」
「何で?・・・」
ギルが呟いていた。
「いきなりドラゴンが現れて南半球に引き返せだなんて、なんの冗談なのよ?って思ったわ。でもエリスから衝撃の一言が告げられたのよ・・・それは北半球では戦争が始まっている、巻き込まれるぞ。というものだったのよ・・・」
ゴンが唾を飲み込んでいる音がした。
相当話に集中しているみたいだ。
ギルも眼つきが変わっていた。
それはそうだろう、戦争というキーワードが口にされたのだから。
「そして私は音楽の神であることと、歌を聞いた者達の気分を変える能力があることをエリスに告げて、彼女と一緒に北半球に向かうことにしたの。船団は南半球に引き返すことを余儀なくされたわ」
そりゃそうだろう。
誰も戦地に行きたいなんて思わない。
それも旅芸人が戦地で出来ることなんて何も無いだろう。
下手すりゃ命を落とすことになりかねない。
「最初はエリスも私に懐疑的だったけど、一曲私の歌を聞かせたら信じてくれたわ。それに私も戦争を止められると自信に満ちていたの」
俺は敢えて聞かなければならないことを聞いた。
これは聞かざるを得ない。
「オリビアさん、話の腰を折ってしまいますが、そもそも神が人の争いに手を出してもいいのですか?」
この際だから神様のルールをちゃんと知っておきたい。
俺も半分は神だからな。
知らぬ間にルール違反をしていたっていうのは避けたいしね。
まだ半神だからといい訳出が来るかもしれないけど・・・
そんなに甘くはないだろうし。
「それは余が答えよう」
アースラ様が答えてくれるようだ。
聞かせて頂きましょうか。
「まず神のルールとして人の争いに加担することは出来ないぞえ」
でしょうね。
でないと世界の均衡が保てない。
神が直接善悪を決めてしまっては人類の発展は望めない。
人類が自らの考えを持たなくなる危険性を孕んでいる。
人にとって神は天上人に等しい。
一歩間違うと神のジャッジが世界のルールになりうるだろう。
そうなることは世界の理に反する。
神の行いに制限があって当たり前だろうと俺は思う。
「じゃがドラゴンは別じゃえ、人の争いを止めることが許されておる。ドラゴンは平和の象徴じゃからな」
だからエリスは戦地に向かったと・・・
ということはギルも人の争いを止めることが出来るということだな。
そんなことは起きてほしくないが・・・
ギルに出来るのだろうか?
俺は全力でギルに力を貸すけどね。
例え神のルールに抵触しても。
息子だけに重荷を背負わせるほど、俺はお気楽に出来ていない。
「じゃが、ここで間違ってはならんのは、例えドラゴンであろうとも、片方に加担することはできぬということじゃえ。あくまで仲裁、又は争い自体を止めることまでじゃえ」
なるほど、一国に肩入れすることは許されないということだな。
それはよく分かるが・・・
そうなると何かと制限されてしまうよな。
戦争の仲裁って、いざ戦争が始まってしまったら出来ることはあるのだろうか?
争いを止めるって・・・
なかなか難しいぞ。
そうなると戦争が起こらない様にすることが大事だな。
それ以外に何が出来るだろうか・・・
ここは考えておかないといけないな。
今後も決して戦争が無いとは言い切れないしね。
「そして今回のオリビアの件じゃが、なんとかギリギリセーフじゃえ」
「セーフなんですか?」
「それはドラゴンと一緒で、片方に肩入れしてないという事と、オリビアの権能による処じゃえ」
「そういうことですか、万人に向けた権能だから通用すると・・・」
ほんとにギリギリセーフだな。
ちょっとこじ付けにも思えるのだが・・・まあいいか。
上級神が言っているのだから良しとしておこう。
俺が口を挟む処ではないしな。
「その通りじゃ、でもあくまでギリギリじゃえ。現に余は・・・まあよい」
何か含みがあったが話を戻そう。
神様のルールの一部はこれで把握できた。
とても重要なことだ。
「すいません、オリビアさん続けてください」
ギルは複雑な顔をしていた。
自分ならどうやって戦争を止めれるのか?を考えているのだろう。
ギルならそう考えるはずだ。
制限がある中での仲裁だ、これはなかなか一筋縄ではいかないだろう。
どうしたものか・・・
オリビアさんは表情を改めた、
「話を続けるわね、私はエリスの背に乗って北半球を目指すことになったのよ。エリスとの旅は楽しかったわ。彼女は豪快で物怖じしない性格よ、私とはとてもウマが合ったわ。それに彼女はとても強かった。ジャイアントイーグルをブレスでやっつけていたわね。そうそう、そういえばこんなことがあったのよ」
ギルは話に集中していた。
ちゃんと切り替えが出来ているみたいだ。
「休憩しようと小さな島に降りたらね、エリスが凄い音を立ててお腹を鳴らしていたの。エリスは恥ずかしかったのか、ちょっと行ってくると言って何処かに行ってしまったと思ったら、たくさんの魚を抱えてきてね。豪快にブレスで焼いていたのよ。もうちゃんと料理しなさいよって私は笑ったわ。あの焼き魚は考えられないぐらいに不味かったわ。炭化してるし、生焼けだしね。でもとても楽しかった。そんな彼女を私は大好きになったわ」
エリスはなかなか豪快な人物らしい。
魚をブレスで焼いてはいけません。
それは料理ではありませんよ。
エリスに早く会ってみたいものだな。
「そして私達は遂に北半球に降り立ったわ、多少旅の疲れがあったけど、そんなことは構っていられないわ。戦地は何処かと聞いて周ったのよ、そして戦地を突き止めた私達は戦地に急行することにしたの」
「オリビアさん、因みにその戦争の原因とか国名は知っていますか?」
これが一番知りたいところだ。
「戦争の原因は知らないわ、国の名前は確かオーフェルン国とサファリス国だった筈・・・」
国名だけしか知らないか・・・
オーフェルン国とサファリス国ね、覚えたぞ。
「ありがとう」
戦争の原因を一番知りたかったが・・・しょうがないよな。
原因が分かれば対処は可能かと思うのだが・・・でも戦争だよな。
領土拡大とか単純なものであればいくらでも策はありそうだ。
一番厄介なのは累々と連なる恨みの連鎖だ。
断ち切ることは容易ではないだろう。
殺られたから殺り返す。
これが最も根深い。
復讐の連鎖は留まることを知らないからな・・・
「戦地は酷い状況だった。大地は焼かれ、人々の叫び声や金切声、武具のぶつかる音や凄惨な音で戦場は埋め尽くされていたわ。数々の人が倒れ、命を失っていた。これまでに聞いたことが無い音に戦場は支配されていたわ」
音で例えるとは流石は音楽の神だな。
とても分かり易い。
「戦場の上空に私達は位置どって私は全力で歌った。魂を込めて想いを乗せて、この戦場にいる全員に聞こえる様に歌ったわ・・・エリスは拡声魔法を持っていたから魔法を掛けて貰った・・・でも・・・私の声は届かなかった・・・何故なのかは分からない。確実に歌は聞こえていた筈なのに・・・なのに戦士達は止まらなかったのよ・・・私は大失敗してしまったの・・・」
能力が効かなかった?何故だ?
俺みたいに耐性が付いていた?
それはあり得ない。
オリビアさんが北半球に現れたのはこれが始めてだ。
耐性を持っている訳がない。
どういうことだ?
オリビアさんの能力は折紙付きだ。
戦場の音に歌がかき消された?
でもオリビアさんの声は何処でも通る声だし、拡声魔法も使っていた。
聞こえない訳がない。
耳栓なんてあり得ない。
根本的な何かが違う気がする。
何だろう・・・今は分からない・・・でも何かが引っかかるな・・・
「そしてエリスも困惑していたわ。彼女が牽制でブレスを吐いても、戦士達は気にも留めていなかったのよ」
何?尋常じゃないな・・・
ドラゴンのブレスが脇を掠めたら飛び退くに決まっている。
あり得ないことだ。
これはもしかして・・・
「それに何か変だったのよ、争う人々の眼が異常に感じたわ。あんな眼をした人を私は見たことがないわ、余りにも異常だった。まるで自分の意思で戦っていない様な・・・そんな感じだった・・・それでも私は止まれない・・・全力で歌い続けたわ、エリスも牽制を続けた。でも戦争は止まらなかった・・・」
もしかして洗脳か?
それ以外考えられないぞ。
ということは誰かが糸を引いている?
洗脳の魔法?
まさか神の能力の洗脳?
断定はできないが・・・
第三者の意図を感じる・・・
これはただの戦争では無い。そう考えざるを得ない・・・
謎が深まってしまった・・・
「気が付くと戦場は砂塵が舞う状況でまったく視界が遮られていたわ。そしてそこに極大の火炎魔法が放たれたの・・・どちらから放たれたかは私には分からない、何であんなにも大きな爆発になったのか・・・」
粉塵爆発だな、この世界の人達には無い知識だ。
その威力は測り知れなかっただろう。
辺り一帯を巻き込んだに違いない。
相当な被害が出ただろう。
オリビアさんはよく無事だったな。
「そして私達は爆発に巻き込まれて、地面に打ち付けられてしまったの、それも戦場のど真ん中に・・・私の記憶は・・・ここで終わっているの。その後は気が付くとアースラ様が私を介抱してくれていたわ。それもメルラドでね、私はアースラ様に助けて貰って・・・ううっ!・・・うっ・・・」
オリビアさんは泣き出してしまった。
忸怩たる思いなのだろう。
あのオリビアさんが拳を握りしめている。
「オリビアや、もうよいのじゃえ、気にするでないわえ」
アースラ様はオリビアさんを宥めている。
背中を擦られているオリビアさんは涙を隠そうともしない。
「だってその所為でアースラ様は・・・神界から百年間出られなくなったじゃないですか?私の所為で!・・・」
そういうことか・・・だからアイリスさんが枯れてしまった時にアースラ様は駆けつけれなかったんだな。
百年経った今、アイリスさんの所にしょっちゅう訪れるのは懺悔の気持ちもあるのかもしれないな。
アースラ様がオリビアさんを助けることは、神様のルールに抵触してしまう行為だったみたいだ。
たぶん直接的に他者の命を助ける行為は禁忌なんだろう。
でも慈悲深いアースラ様は手を出してしまったと・・・
ある意味無慈悲なルールだ。
そう想う俺はまだ神に成り切れていないということなんだろう。
でもそう想ってしまう。
しょうがないじゃないか、だって目の前で命の危険がある人がいたら、俺は間違いなく手を出してしまうと思う。
たぶん反射的に手が出るだろう。
俺は資質があるとはいっても、神に向かない性格なのかもしれないな。
恐らく禁忌に抵触しまくるのではないだろうか?
これは神罰という事で合っているのだろうか?
神のルールにアースラ様は抵触してしまったということなんだな。
その気持ちは痛い程分かった。
「それで、エリスとはそれっきりということなんですね」
「そうよ・・・」
これが百年前の戦争の顛末か・・・
オリビアさんにとっては、トラウマとなる出来事だったのかもしれない。
でもいくつか疑問が生じてしまったことも事実だ。
これより先の疑問は恐らく今は知りえない事なのだろう。
第三者の意図・・・
洗脳の有無・・・
戦争の原因等・・・
疑問は後を絶たない。
この世界の神様のルール。
知りえた情報はとても貴重だ。
でもこれはあくまで百年前の話だ。
北半球の今の現状はどうなっているのかは、全くもって謎だ。
それに何よりエリスの存命が確認できたことが大きい。
この場にいる全員が肩を撫で降ろしたことは間違いない。
なりよりギルに笑顔が戻ったのが俺には嬉しい。
後はエリスを早く探し出すことだな。
「アースラ様、エリスは今何処にいるのか教えてもらえますか?」
「それは出来ぬ相談じゃえ、答えてしまったらまた何年禁固刑になることやら、すまぬな島野よ」
「でも、エリスを助けたのはアースラ様なんですよね?」
「・・・答えられぬやえ」
アースラ様は無表情だった。
またあのポーカーフェイスだ。
残念ながら教えては貰えなかった。
でも俺には分かった、間違いなく答えはイエスだと。
でも何かしらの神様のルールの制約に引っかかるみたいだ。
確かめる事はこれ以上出来ない、しょうがないか・・・
でもどうやって探そうか?
やはり乗り込むしか無いようだ。
こうなったら俺も腹を決めるしか無さそうだ。
エリス・・・絶対に探し出してやる。
そしてギルと再会させてやる。
絶対にだ!何が何でも!
俺は腹の底から決意を固めた。
俺の息子の母親であろうドラゴン・・・
必ず会いに行くぞ、エリス!
待っててくれよ!
ギルと視線を合わせると同じ思いであることが分かった。
俺はギルの肩を抱いた。
思いの外ギルの肩幅が大きくなっていることに俺は気づいた。
もう大人と言ってもいいのかもしれない。
俺は少しだけ寂しさを覚えた。
俺の手を離れる日はもう近いのかもしれない。
ドラゴンの成長は・・・ほんとに早いな・・・
戦争の様子を小高い山の麓から見つめる一団がいた。
一様に黒の外套を羽織り、フードを目深に被っている。
その表情を伺い知ることはできなかった。
全員が不気味な雰囲気を漂わせていた。
「ドラゴンを始末することは叶わなかったようだな」
地を揺らすような低く響く声だった。
「あのような女神の介入があろうとは・・・」
「でも念の為の保険が上手く嵌ったようね」
甲高い声が発せられた。
上機嫌なようにも聞こえる。
「まさか上級神が介入してくるとは、想定外じゃったわい、ケケケ!」
「これで上級神には神罰が降るだろうて」
「ドラゴンも始末はできなかったがあの有様だ、もうあのドラゴンは飛ぶことは叶うまいな」
「当面の活動には邪魔者がいなくなっただけでも、我らの目的は達成されたという事じゃ」
「ああ、重畳だ」
「フフフ!」
「フハハハ!!!」
不気味な声が木霊していた。




