オズワルドの懺悔
約束通りオズが俺の元に現れた。
オズは付き物が取れたような表情で、今では生まれ変わったかの様に人が変わっていた。
神経質そうな顔が今では爽やかさすら感じさせる顔に変貌している。
「島野さん、九尾の狐と、ここで生まれたドラゴンを呼んで頂けないでしょうか?」
この二人を呼ぶということは・・・そういうことなんだろう。
オズの表情は硬い。
何となくそうだろうな、という気はしていたが・・・
オズが何を言い出すのか聞いてみたい処だ。
俺は『念話』でギルを呼び出した。
ゴンは事務所の受付でこちらも堅い表情で俺を待ち受けていた。
ゴンはオズの顔を知っているから当然か・・・これからどうなるのだろうか?
緊張感のある時間を過ごしそうだ。
ギルが事務所にやってきた。
「パパ、何か用?」
「ギル、まずは座りなさい」
俺の横にはオズが座りその正面にゴンが座る、ゴンの隣にはギルが座っている。
「ゴンは知っていると思うが、こちらはオズワルドさんだ、タイロンで法律の神をやっている」
「オズワルドだ、よろしく頼む、そして九尾、久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです、中級神様・・・」
ゴンは複雑な表情でオズを見つめている。
「もしかして・・・」
ギルが漏らすようにつぶやいた。
「ああ、君はギル君というらしいね」
「はい・・・」
なんとも言えないやり取りだ。
「この島の社に君を奉納したのは、私だ」
だろうな。
「そうなんだ・・・」
ギルも複雑な表情をしている。
「まずは二人に謝罪をさせて貰いたい、本当に申し訳なかった」
オズは深々と頭を下げた。
その様を見てゴンは嗚咽を漏らしていた。
そのゴンを見て俺は言いようのない感情が湧き立ってきた。
「特に九尾、私はお前にとても辛い思いをさせてしまったと思う、許してくれとまでは言わないが、謝罪を受け入れて貰えると助かる」
ゴンは堰を切った様に泣き出した。
ギルはゴンを見て狼狽えるばかりだ。
何かが俺の中で弾けた。
「オズ!それは自分勝手な物言いだな。ふざけてんのか?ゴンは百年も独りぼっちだったんだぞ!お前にそれが出来るのか?意味の無い役目を与えられて、無駄に時間を過ごすことがどれだけ辛い事かお前に分かるのか?それにギルだって随分悩んだんだぞ。島の土地神にならなければいけないのかってな、僕には自由が無いのかってな!何とか言ってみろよ!おい!」
これだけは言ってやらなければ気が済まなかった。
こいつの事情は分かってはいるが、俺の子供達を苦しめた事は事実だし、過去の事と簡単に済ませていいことではない。
何より俺がこいつを許せない!
「主・・・主・・・」
ゴンは泣きながらも、俺に何かを訴え掛けようとしている。
ギルは先ほどまでとは打って変わり、神妙な表情になっている。
オズは座るのを止め、その場で土下座しだした。
「なっ!」
そこにゴンが寄り添う様に、オズを後ろから抱きしめた。
「主・・・もういいんです・・・ありがとうございます・・・もういいんです」
ゴンは必死にオズを庇おうとしている。
だが俺はまだ止まれない。
止まれる訳がない。
「オズ、俺は今お前を蹴り飛ばしたい衝動を必死で堪えている。何でだか分かるか?今のお前なら分かるよな?子供を傷つけられたんだ。土下座ぐらいで許せるもんか!」
俺の怒気にギルとゴンは狼狽えていた。
オズは涙を流しながら、
「島野さん、すまない、申し訳ない」
必死に額を床に擦りつけている。
ああ、これで二人の溜飲が多少は下がることだろう。
俺がここまでの態度を今まで見せたことは無いからな。
それにこれぐらいは言ってやらないと俺の気も収まらない。
ゴンがオズの土下座を止めさせようと、必死に体を掴んでいる。
オズは抵抗して土下座を止めようとはしない。
不意にギルが呟いた、
「もういいよパパ、ありがとう、オズワルドさんももういいよ、ゴン姉が受け入れているみたいだし、もう止めてよ」
吐き捨てる様に言った。
「うぅ・・・ですが・・・」
「オズ!もういい、頭を上げろ!」
俺は命令口調で強く言う。
観念したオズは零れる涙を拭おうともせずに席に着いた。
ゴンもほっとした表情を浮かべている。
「オズ、経緯を聞かせて貰おうか?」
「はい、ありがとうございます」
ゴンがハンカチを差し出し、オズはそれを受け取ってから顔を拭いていた。
オズは気を取り直そうと肩で息をしている。
少し時間が必要だろう。
「ゴン、何でもいいから飲み物を取ってきてくれ」
「畏まりました」
ゴンは部屋から出て行った。
数分後、ゴンがお茶をお盆に乗せて戻ってきた。
お茶を受け取るとオズが、
「九尾、ありがとう」
お礼を述べていた。
「オズワルド様、私には主から頂いた、ゴンという大切な名前があります。今後はゴンとお呼びください」
「そうか・・・分かった、そうさせて貰う」
俺はお茶を一口飲んだ。
そろそろオズも落ち着いたことだろう。
話を進めようか。
「オズ、そろそろ話せるか?」
「ええ、失礼しました。御心遣い感謝します」
ゴンも着席し準備は整った。
一度肩で息をしてからオズは話始めた、
「まず、私はタイロン出身です。幼少期の頃の記憶を島野さんのお陰で取り戻すことができました。改めましてありがとうございます」
オズは会釈した。
それにしてもこいつ、言葉使いまで変わってるぞ。
凄い変貌ぶりだな。
「両親は小さいながらも食堂を営んでおり、お客様に愛される素敵なお店で、私もこのお店が大好きでした」
ゴンはオズワルドの過去に興味があるようで、食い入るように耳を傾けている。
「しかし更生すると約束した元犯罪者を雇ったことで状況は一変しました。その者があろうことか父と母を殺害し、私の頭を殴りつけてお店の売上金を奪い、逃走したのです」
ゴンは口に手を当てて驚いている。
「頭を殴られた事が原因なのか、あまりのストレスが原因なのか、この出来事によって私は子供の頃の記憶を無くしてしまいました」
「記憶喪失ですか?」
ギルが尋ねる。
「ええそうです。その記憶を島野さんのヒプノセラピーによって蘇らせることができたのです」
「流石はパパだね」
俺はギルに親指を立ててみせた。
「その後の私はというと孤児院で育てられ、青年となった時には有志の者達を集めて自警団を結成しました」
「自警団?」
「そうです、当時のタイロンは犯罪が多く今とは比べ物にならないぐらい、国も荒廃していたのです」
「なるほど」
「そして徐々に治安が良くなり、私は風紀の神になることができたのです」
風紀の神ね。
その発展系で法律の神ということか。
分かり易いな。
「しかし、私は何故私が神に成れたのか不思議で仕方がありませんでした」
「それはどうしてでしょうか?」
ゴンが尋ねる。
「それは、私は自分自身神になる素質など無いと自覚していたからです」
「そうなの?」
ギルの純粋な疑問だ。
「私は自分で言うことでもありませんが、徹底的な合理主義者で、慈悲の心など持ち合わせていないと思っていたからです」
「そんな・・」
「ゴンよ、そうなのだ、実際私には特に犯罪者に対して憎悪ともとれる思いを抱いていた。そして、そうでない人達に対しても決して慈悲深いと思えるような感情を持った事がなかったのだ」
「オズ、それはお前のトラウマがお前の性格に影響していたと考えるべきだろう」
「そうなのかもしれません、今では過去の自分に対して嫌悪感すら覚えています」
「今のオズは本来のオズに戻ったということだな、両親の愛を知り、心を取り戻したことによって慈悲深い神になったということだ」
「主、トラウマとはそれほどのものなのでしょうか?」
ゴンにはいまいち理解出来ていないようだ。
「ゴン、トラウマを舐めてはいけない。心を縛る鎖みたいなものなんだ。本来明るい性格の持ち主だった者が、トラウマを抱えることによって暗い性格になってしまうものなんだよ」
「パパ、オズワルドさんのトラウマって両親を犯罪者に殺されたことなの?」
「そうだ、オズは小さな子供の時に、目の前で元犯罪者に両親を殺されたことによって、犯罪者に異常なまでの増悪の感情を持つ様になったということだ。それがオズ自身の性格にも影響し、本来オズの持つ慈悲の心や愛の心を封じ込め、合理的で無慈悲な性格に変異してしまったということなんだ」
それを受けてオズが続ける、
「しかし、私が本来の自分に戻ったとしても過去の行いは変えられない。今は懺悔の気持ちでおかしくなりそうだ」
「それはお前自身で乗り越えなければならないことだ、ただその思いに捕らわれ過ぎるなよ。また違うトラウマを抱えることになるぞ」
「はい、ご忠告痛み入ります」
「それで、続きを聞こうか?」
「ありがとうございます。その後タイロンで神をしておりましたが、この島の話を聞き、私はこの島に下級神として赴任することになりました」
「なるほど」
「そして、ゴンと出会ったのです」
「えっ!それじゃあ、私は・・・」
「私がこの島に赴任してきた時にはゴンは既に島にいた。当時の住民からの話だと、ある時森から弱ったお前が現れたようだ。そのお前を私が保護しその後は恐らくお前の記憶にある通りだと思う」
「オズワルドさん、ということはゴン姉は元々このサウナ島に居たってことですか?」
ギルが話を纏める。
「恐らくはそうだろうと思う、私がゴンを保護した時にはゴンは弱っていたので、もしかしたらゴンの親はゴンを守る為に獣か魔獣と戦い、ゴンを村の者に預けたのかもしれない。ただ、細かいことは私も知らないんだ。すまないなゴン」
「いいえ、オズワルド様が謝ることではありません。それに私がこの島出身であることは間違いがなさそうです、それが分かっただけでも嬉しいです」
ゴンは笑顔だ。
自分の歴史を知ることに思う所があるのだろう。
「話を戻そう、その後私はこの島で下級神として暮らしていたが、犯罪者を取りしまることに執着していた私は法律を考えだし、法律書を纏めたところで中級神に成ったのです」
そして世界樹の件に繋がるということなんだろうな。
「その時の私は法律を纏めることに必死になっていて、島の住民が世界樹の葉を巡って争っていたことにすら気づいていませんでした」
「それで事件が起こったということだな」
「はい、死者が出てしまいました。責任を感じた私はこの島を離れることを決意し、島を離れることにしたのです」
「で、タイロンに帰ったということか」
「その通りです」
そういうことか・・・
さて、ギルのことを聞かなければいけないな。
「で、ドラゴンの卵をどうやって手に入れたんだ?」
「ドラゴンの卵を手に入れたのは、世界樹の葉の事件が起こる少し前に、エリスを名乗るドラゴンがこの島に現れたからです」
「エリス・・・」
ギルが呟いていた。
その表情は複雑だ。
「そのエリスを名乗るドラゴンが今から北半球の戦争を止めに行くから、ドラゴンの卵をこの島で預かって欲しいと言われまして、私が預かることになったのです」
戦争を止める?オリビアさんが酔っぱらって、戦争を止めれなかったとか言ってなかったか?
それに百年経ってるのにまだ迎えに来ないってことは・・・
考えたくも無いがもうこの世には・・・
卵を持ってきたってことはエリスはギルの母親か?
断定はできないが・・・
「他には何か言ってなかったの?」
ギルは必死に尋ねていた。
「エリスはどうやら相当急いでいたようで、あまり会話が出来ませんでした。エリスが言ったことといえば、直ぐに卵が孵ることは無いということと、必ず帰ってくるからということだけでした」
だからこのサウナ島に奉納したということか・・・
「後は無いんですか?」
ギルは懇願する様な顔をしている。
「後は何も・・・すまないギル君・・・私の直感だから余り頼りにならないかもしれないが、エリスはとても強いと思う。実際とても大きな体をしていたよ。それに聞く限りではそう安々と殺られるような質ではないと思うよ」
「だといいんですが・・・」
おいおい心配しかないぞ・・・
「それに結構クレバーな一面もあるという噂もあったし、何の慰めにもならないかもしれないが私はエリスは生きていると信じている、彼女は決して約束を違わないと信じているよ」
「だからこのサウナ島に卵を奉納したということだな」
ギルの表情は晴れない。
「はい、でももし卵が孵ってしまってはよくないと、ゴンを島に置いて行ったということです・・・すまないことをした」
オズはゴンに頭を下げた。
「いえ、やっと理解出来ました。でも何で人から守るなどという役割を与えたのですか?」
それはそうだ腑に落ちない。
「それは、その可能性が無いとは思えなかったからだ」
ん?何故?
「どういうことだ?」
「世界樹の葉の事件は、裏である豪商が糸を引いていたからなんです」
「豪商?」
「はい、当時のこの島に住んでいた者達は実は研究者であったり、学者が大半だったのですが、その中で弱みを握られた者が世界樹の葉を豪商に流していたようなのです」
俺は手を挙げて話を制した。
「ちょっと待ってくれ、もう少し背景を説明してくれるか?」
要点過ぎて話が入って来ない。
「ああ、すいません。まず世界樹の葉は大変貴重な物で、その価値は測り知れない物であります」
「そこは分かっている」
「その世界樹の葉がこの島にあることを知った、当時のタイロンの王は他国に知れてしまってはいけないと、この島に多くの研究者や学者を極秘で送り込むことにしたのです」
「それは何でだ?」
「当時は国家間での緊張状態が続いており、いつ戦争やクーデターに発展してもおかしくなかったからです」
戦争やクーデターって、いい加減にしろよな。
「学者や研究者の家族を含めておよそ千名近くの者がこの島に上陸し、この島をタイロンで管理することになりました」
「・・・」
「しかしどこでどう情報が漏れたのか、この島に世界樹の葉があることをあることを知った豪商が、世界樹の葉を集めようと、島民の家族を脅し、時には弱みを握って、島民達を外部から操りいつしか事件へと発展してしまったのです」
「そういうことか、一部の者の欲望が凄惨な事件を引き起こし、世界樹を枯らせることに至ったということだな」
「そういうことになります」
「そういったことから、誰かがいつこの島に現れてもおかしくないと考えたんだな?」
「そうです」
「それでその豪商はどうなったんだ?」
「その豪商は今は墓の中に居ます。当時活躍していたガードナーが豪商を追い詰め家族諸共粛清しました」
「そうか・・・」
ガードナーさんもやるじゃん。
それにしてもお腹一杯だな。
一気にいろいろ話が繋がったな。
でもギルには辛い話だ。
今のすぐにでも北半球に殴り込むなんて言わないだろうな?
ギルを見ると何かを考え込んでいるのが分かる。
「ギル、何を考えているんだ?」
「パパ、僕はどうしたらいいんだろう・・・今直ぐにでも北半球に向かいたい気持ちだけど、それは違うと思うんだ・・・僕もオズワルドさんが言った様にエリスを信じてみたい。でも・・・辛いよ・・・何で戦争なんて起こるんだよ・・・それに何で止めに向かったんだよ・・・きっと僕のママなんだろ?・・・僕を誰かに任せて行っちゃうなんて・・・何でだよ!」
ギルは泣き崩れていた。
俺はギルを抱きしめてやることしか出来なかった。
掛ける言葉が思い付かない。
散々泣き散らして冷静になったギルは、
「僕はエリスを信じることにしたよ」
必死に苦笑いをしながら言葉を紡いでいた。
ギルは強い、我が子ながらも俺は関心していた。
そしてエリスの無事を願うばかりだった。
一先ずは区切りをつけようと、一度食事休憩を取ることにした。
まだオズは話があるようでもう少し時間を下さいとのことだった。
ゴンとギルも興味があるのか昼飯後も残るようだ。
昼飯を終えソファーに腰かける。
「ゴン、アイスコーヒーを頼む」
「外の二人は何にします?」
「では、私はお茶を」
「僕もアイスコーヒーで」
「おお!ギルお前、コーヒーを飲めるようになったのか?」
ギルは止めてよと言わんばかりに手を払っていた。
「もう僕も大人だよ」
強がって見せている。
でも午前中に比べて少し気分が落ち着いたようだ。
まだまだ子供と思っていたが、精神力はかなり鍛えられているようで安心した。
流石はドラゴンと言っておこう。
ゴンは飲み物を取りに行き、ちょっとした世間話となった。
「そういえば、オズ、お前も転移扉いるか?」
「いいのですか?」
「ああ、構わないが、連れてくる人選だけは間違ってくれるなよ」
「大丈夫です、私は友達がいませんので」
下を向くオズ。
「寂しい事言うなよオズ、こう言っちゃあ何だが俺は友達ぐらいに思ってるぞ」
そう、もはやこいつとは絆すら感じ始めている。
とてもじゃないが今さら神様扱いなんてできそうもないしな。
「いえいえ、滅相も無い」
「じゃあさ、僕と友達になってよ?」
ギルはオズに好奇の目を向けている。
「そんなギル君まで・・・」
「否な申し入れではないだろ?」
「はあ・・・ではお言葉に甘えて二人共私の友人ということで」
「ハハハ!」
「やったね!」
「島野さん・・・照れますよ・・・」
オズは顔を赤らめていた。
「あと、ガードナーさんもな」
「そうですね」
ゴンが飲み物をお盆に乗せて現れた。
各自に飲み物を渡す。
「なんだか楽しそうな声が聞こえてきましたが?」
「まあな、それでオズ、話を聞こうか?」
ギルがアイスコーヒーを口にして苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
舌はまだ子供の様だ大人振りたいんだろうな。
「島野さんのいた異世界での法律の事を教えて貰えないかと思いまして・・・」
法律か・・・あまり詳しくはないんだがな。
「それは構わないが、あまり参考にしない方が良いかもしれないぞ」
「それはどうしてでしょうか?」
「社会構造があまりに違うからだよ」
「社会構造ですか?」
「ああ、法律とは社会の構造があって始めて機能するものだと思うんだが、違うか?」
「それはそうですね」
「まず、この世界と俺がいた異世界、異世界とは俺の故郷の日本のことだが、世界の有り様から違うんだ」
「有り様ですか?」
「そうだ、まず簡単な所から話すと異世界には魔法が無い」
「えっ!そうなの?」
あれ?ギル達も知らなかったのか?
そういえば日本の話をほとんどした事がなかったかな?
今さら感が強いな。
やれやれだ。
「ゴンやギルにも日本の話をあまりしてこなかったな」
「はい、特に伺ったことはありませんでした」
「僕も」
「じゃあせっかくだから話そうか、先ほど言った様に魔法が無いし神様もいない」
「「えー!」」
全員が驚いている。
「神様は創造の産物とさえ考えている人達もいるんだぞ」
「神の権能無くして世界が成り立つのですか?」
オズの質問は当然とも言える、この世界の者達からしたら考えられないことなんだろう。
「世界はちゃんと成り立っている、何といっても科学技術が発展しているからな」
「科学ですか?」
「ああそうだ。例えばこの島にあるなんちゃって冷蔵庫だが、本物の冷蔵庫が日本にはあって、電気を動力にいつでも冷蔵庫の中は冷えてるし、自動で氷を作ることもできるんだ」
「自動で氷を・・・」
オズは考えられないという顔をしている。
「他にも言ったらキリがないぐらいだ、飛行機といって簡単にいうと鉄の塊が空を飛んだり」
「はあ?何それ?」
「それが科学なんだよ、だから文化レベルとしてはこの世界の比ではないぐらい高い」
「・・・」
「だが俺はその科学をこの世界に持ち込むことは今の所考えていない」
「それはどうしてでしょうか?」
「理由はいくつもあるが、まずは俺がそうしたくないからだ。この世界で自然と科学が発展するならば問題はないと思うが、化学は使い方ひとつで世界の破滅を招くものだといえる」
「・・・」
全員神妙な面持ちだ。
「それにこの世界には魔法や神様達がいるから充分だと思うし、俺は今のこの世界が好きなんだ、だから今後もこの世界には無い物を俺は造るだろうし、研究も行っていくがこの世界にある物で造ることにすると決めている」
「パパはこの世界が好きなんだね」
ギルは嬉しそうだ。
「ああ、俺はこの世界が好きだ。なによりお前達がいるからな」
ゴンは顔を赤らめている、照屋さんだな。
「はっきりとそう言える島野さんが羨ましい・・・」
「オズもこの世界がもっと好きになるさ、そう言うなよ。ちょっと脱線したみたいだな、社会の構造について話そうか?」
皆は興味が止まらないようだ、前のめりになっている。
「まずは今の日本は民主主義だ」
「民主主義ですか?」
「ああそうだ」
俺は民主主義について説明した。
「あまりに社会構造違いすぎますね・・・」
「だろ、だから日本の法律がこの世界に当てはまらないとも言える。それに民主主義になったのもまだまだ歴史としては浅い」
俺は日本の歴史を掻い摘んで説明した。
「日本でも戦争があったんだね」
ギルは残念そうにしていた。
エリスの話を聞いた後だから尚更だろう。
「日本の戦争に関しては五郎さんから聞いてなかったか?」
「パパと五郎さんが話してたことは覚えてるけど、ほとんど寝ちゃってたからさ」
ギルは頭を掻いて誤魔化している。
正直でよろしい。
「五郎さんは戦争の当事者だから戦争の苦しみや辛さ、悲しみを知っている、俺には慮ることは出来ない。それにこの世界の戦争を俺は知らないが、戦争の有り様も違うものだと思う」
「そうなの?」
「ああ、先ほど話した科学によって様々な兵器が開発され、いかに簡単に多くの者を殺すかに重点をおいた戦争になっていたからな」
「そんな・・・」
「科学の取り扱いとはそういうものなんだよ、良い側面もあるが悪い側面もある、結局は扱う者の意思次第だからな」
「どういうことですか?」
「簡単な話だよ、包丁は料理をするには便利で良い物だけど人を殺す道具にもなるだろ?」
「確かに、扱う者の意思次第ということですね」
オズは納得の表情で頷いている。
「そういうことだ、だから俺は科学を持ち込む気にはなれないんだ、あまりに便利な道具は時として武器になってしまうからな」
「この世界には平和であって欲しいと」
その通りだ。
「ああそうだ、危険な物は持ち込まない、だがこの世界にとって便利となる物は今後も開発していくがな」
ギルは随分持ち直したようだ。
表情が変わってきている。
「さて、法律について話そうと思うが、実に日本の法律は幅広い、どんなところが聞きたいんだ?」
「一番聞きたいのは刑罰に関するものですね」
「そうか分かった。じゃあまずはタイロンの刑罰や裁判について教えてくれないか?」
「裁判ですか?」
「ああ、もしかして無いのか?」
「はい、裁判という物事自体が存在しません」
「じゃあ犯罪者は捕まった後、どう裁かれているんだ?」
「犯罪者は犯した犯罪の内容に応じて法律の基に裁かれます」
「それで」
「以上です」
「はい?」
「後は私がステータスを書き換え、鉱山送りとなります」
荒い仕組みだな、情状酌量なんてまったく存在しないな。
「そうか、オズはそれを変えていきたいということだな?」
「その通りです、タイロンの法律や追随する仕組みを変えれば、他の国や街にも波及するのではと考えています」
そこまで考えていたのか。
じゃあじっくり話すとするか。
俺は日本の法律について説明した、特に裁判員制度について一番時間を割いた。
これは俺の持論だが、裁判員裁判は情状酌量を得るには優れている制度だと思っているからだった。
「なるほど、島野さんの言う通りですね、これをタイロンで行使することは難しいでしょう」
「だろ?でもなオズ、俺の考えとしてはまずは犯罪者が社会復帰できる仕組みを作ってみたらどうかと思うんだ」
「どういうことですか?」
どうやら腑に落ちていないようだな。
「これはガードナーさんに聞いたことだが、犯罪者は全員鉱山の労働施設で働かされることになってるんだろ?」
「ええ、仰る通りです」
「重犯罪を犯した者ならそれでもいいと思うが、軽犯罪者には他にも出来ることが多くあると思うぞ」
「それはなんでしょうか?」
「例えば国が管理する施設を造って、そこで服飾を造らせたり、鍛冶仕事をさせたり、又は農業をさせることも出来るんじゃないか?」
オズは何か合点がいったようだ、何度も頷いている。
「そういうことですか、鍛冶や服飾、農業を行うことで社会復帰した時に就職先があるということですね」
「そうだ、犯罪者に労働を行わせること自体は間違ってはいないし、それが国の財源になっていることも悪い事ではないと思う、であるならば何も重労働に拘る必要は無いんじゃないのか?それに技術を学ばせることにもなる」
「確かに・・・」
「農場に関して言えば、国が管理している農場があるんじゃないのか?」
「あります」
「あと出来れば、読み書き計算を教えた方がいいな」
「確かに・・・」
「そういうことだよ、あと奴隷制度は止めるべきだ」
「そう・・・ですよね・・・」
オズは言われるだろうなという顔をしていた。
「これは真っ先に行うべきだ」
「・・・」
「ステータスに元奴隷と書きこむ必要はないと思うが?」
「その通りです」
後々知ったのだが、オズは過去にステータスを書き換えた者達を探し出し、ステータスを治すことに相当な時間を割いていたようだった。
彼の懺悔は今後も続く。
「これが犯罪の抑止になっていたことも事実だろうが、更生させることが出来ない要因になっていることも事実だ」
「はい」
「それにガードナーさんだって、自分の身を投げうって頑張っていることをオズは分かってるんだろう?」
「・・・」
オズは苦い顔をしていた。
「今のタイロンは昔とは違う、もっと国民を信じてみてもいいんじゃないか?」
「ありがとうございます」
「あと、裁判はどんな形であれ行うべきだと思うぞ」
「そうですね」
「冤罪ということもありそうだしな」
「はい、可能性はありますね」
「出来ればちゃんと物的証拠を揃えたりした方がいい」
「全くです」
「その辺はガードナーさんと話してみたらどうだ?」
「そうしてみます、ご相談に乗って貰えますよね?」
「勿論だ」
そういえばこのサウナ島には法律は無いし、特にルールもないんだよね。
強いて言うなら、立場や地位に関係なく皆が平等にというぐらいだ。
まあ国では無いし常識ある者達がほとんどだから特に要らないと思うが。
「島野さん、ガードナーを呼んで来てもよろしいでしょうか?」
「今からか?」
「はい」
「流石に今日は疲れた、又の機会にしてくれないか?」
「畏まりました、そうさせて頂きます」
その後オズに転移扉を渡して解散となった。
仕事熱心なオズは翌日にはガードナーさんを伴い事務所に現れた。
「オズ、随分熱心だな」
「はい、ここが私の正念場と捉えてますので」
「肩に力が入り過ぎだぞ、ちょっとリラックスしろよ」
「そうですかね?」
「あれ?いつの間に二人はそんなに仲良くなったんですか?」
ガードナーさんが横槍を入れる。
「いつの間にも何も俺達は友達だぞ、なあオズ?」
オズは恥ずかしそうにしいている。
「嘘でしょ?」
「ほんとだよ」
「それに島野さんオズワルドのことオズって言うんですね・・・」
「いけなかったか?」
「いえ、そうではなくて、私にはさん付ですよね?」
「そうだな・・・」
「無しでお願いします」
何だこの距離の詰め方は・・・
まあいっか。
「分かったよ、ガードナー」
「はい、ありがとうございます」
此処で最早秘書のゴンが飲み物を尋ねにきた。
「俺はアイスコーヒーで」
「私はお茶を」
「私もお茶をお願いします」
「畏まりました」
退室するゴン。
ゴンも昨日とは打って変わり終始ご機嫌だ。
昨日のことで蟠りが無くなったのだろう。
実に晴れ晴れとしている。
「それで、ガードナーはどこまで聞いたんだ?」
ガードナーと呼ばれて喜んでいる様子、何でそんなに嬉しいの?
「大体のことは聞いたかと思います」
「そうか」
「それで二人で話し合ったんだろ?」
ここは私がと言わんばかりにオズが前のめりになった。
「裁判自体は何とかなるんじゃないかと結論が出ました」
「ほう、というと?」
「裁判官を私が行い、聞き取り調査を行ったガードナーが弁護をするのが一番いいかと考えています」
「そうか・・・」
検事がいない裁判か・・・
成り立つのだろうか?
まあ先ずはやってみてからということなんだろうな。
それにしても、他国の内情に俺は随分と首を突っ込み過ぎてはいないのだろうか?
完全に巻き込まれているよな。
今となってはしょうがないか・・・
まあいいや。
「まずはやってみたらいいんじゃないか?」
「そうしようと思います」
「そこでちょっと具体的な話になるのですが、犯罪の証拠を集めるとなると、なかなか難しいのではないかと話が座礁に乗り上げまして・・・」
「そこか・・・」
「どうしたものなのでしょうか?」
日本で行われている化学捜査やDNA鑑定なんて出来ないだろうし、指紋すら採取できないだろうからな。
「何も物的証拠に拘る必要は無いと思うがどうなんだ?」
「といいますと?」
「要は目撃者だよ」
「犯罪の目撃者ということですね」
「ああ、あと何か捜査に役立つような魔法とか魔道具とかは無いのか?」
「それは有りますが・・・あまり使いたくはないですね」
「どういうことだ?」
「実は嘘が付けなくなる魔道具があるんですが、使用者の精神を著しく消耗してしまうのです」
なんだその魔道具!怖わ!
「それは頂けないな」
「そうですよね」
「それこそトラウマになりかねないです」
オズがいうと説得力があるな。
「そうなると、疑わしきは罰せずにするしかないかもしれないな」
「疑わしきは罰せずですか・・・」
「後は捜査に特化した部隊や職業を育ててみたらどうだ?」
二人はいまいち理解できていない様子。
「要は探偵とか、身辺調査をすることに特化した者達を育ててみてはどうなのかということだよ」
「身辺調査を行う部隊ですか・・・いいかもしれませんね」
家でいうロンメルだな。
あいつの情報収集力は半端ない。
「情報集めの上手い奴は結構いると思うぞ、酔っぱらった振りして実はしたたかに噂話に聞き耳立ててる情報屋とかな」
「そんな奴がいるのですか?」
あ、駄目だ、こいつら世間離れしてるな。
「なあ、お前達もっと国民達と交流を持ってみたらどうなんだ?」
「・・・」
二人は下を向いてしまった。
反省しているのだろう。
「そんな奴はいくらでもいるし、そういう奴らをスカウトしたら探偵なんて直ぐにでもゲットできるぞ」
「「ええ!」」
おいおいハモってんじゃないよまったく。
「えーと、まず君達はもっと国民と触れ合う機会を作ってください」
「「はい・・・」」
どうやら結論が出てしまったようだ。
真面目過ぎるこいつらには全く周りが見えていないようだ。
はあ、疲れるな。
やれやれだ。
その後情報部という部署が設立され、タイロンでは闇の部署として暗躍することとなった。
そして彼らの功績は著しく、様々な事件の裏側を暴くプロとして一部の犯罪者集団から恐れられる存在となった。
彼らは普段は一国民として過ごしているが、実は国を守るエリート集団という裏の顔を持ち合わせている。
タイロンの闇は彼らへと受け継がれていくのだった。




