建設ラッシュ
建設ラッシュが始まっている。
現在のサウナ島は大工職人で大賑わいとなっている。
大きな掛け声と共に次々と組み上げられていく建造物。
そのペースは速い。
現場監督の指示の元、建築部材が運び込まれていく。
ある者はトンカチを片手に、ある者はのこぎりを片手に、そしてまたある者は図面と睨めっこをし作業を進めて行く。
サウナ島は活気に満ち溢れていた。
遡ること数ヶ月前
ランドール様のスケッチを元に、現地にて確認作業を行っている。
「場所はここでいいとして、大体の建坪としては八百坪ぐらいですかね?」
「そうなりますね、島野さんが言っていた収容人数が、広々と使える施設となると、それぐらいが妥当かと、後風呂やサウナは本当に二階で大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません。もし水量不足が起きてもいいように、水道管の引き込みは一本増やしますし、水圧も低くなるようでしたら解決策はありますので」
これは俺の拘りの一つである。
日本のとあるスーパー銭湯で一階がスーパー銭湯、二階がボーリング場という施設があった。
そこでの整いは満足のいく物では無かった。
二階の物音が一階に響き渡り、外気浴場でも音が煩かったからだ。
やはり整っている時は要らない音は避けたいのだ。
その為風呂やサウナを二階に持っていくことにした。
「島野さんがそう言うのであればいいでしょう」
「サウナや風呂に関しては、俺が前面に立って造りますので任せてください」
「元よりそのつもりですよ、この世界にサウナはここでしか無い筈ですからね」
「そのようですね、サウナ文化が広がって欲しいんですけどね」
「今回の件によって、サウナが広がるってこともあるんじゃないですか?」
「そうかもしれませんね」
この異世界でもサウナ文化が広がって欲しいと切に願います。
サウナの可能性は無限大ですから。
あー、サウナに入りたくなってきた。
「それでこの入島受付場ですが、どうですかね?」
ランドール様がスケッチした入島受付場は少々無機質な造りに見える。
前にも述べたが、島の玄関口となる為良い印象を与えたい。
「もう少し派手にして貰いたいですね。こことか、こことか」
「分かりました」
「受付を後二つ増やしてください。受付渋滞は少なくしたいので」
「なるほど、他にはどうでしょう?」
「そうですね、天井の高さを挙げましょう。巨人族のような大きな人達でも、狭く感じない造りにしたいですので」
「そうか、すまない、見落としていた」
イラストにメモを加えていく。
「いえいえ、これは実際にメッサーラで俺が感じたことですので、気にしないでください」
「島野さんのホスピタリティーは凄いですね、脱帽です」
「いえいえ、見た目はこんなですけど、実際の年齢は結構いってますので、それなりに人生経験を積んでますので」
「ほう、そうなのですね。敢えて年齢は聞きませんがね」
「そうなんですか?聞いて貰っても構いませんよ」
「えっ!いいんですか?」
「はい、六十二歳です」
「・・・はい?」
「見えないでしょ?」
「まったく見えませんね」
ランドール様は俺の顔をまじまじと覗き込んでいる。
やだ、イケメンに見つめられてるわ。
なんてね。
「実はこの世界に来る時に創造神様と交渉して、若い肉体にして貰うようにしたんです」
「交渉してって・・・」
「なかなかズルいでしょ?」
「ええ、ズルいとしか言いようがないですね。でも合点が行きましたよ、あまりに落ち着いているし、知識が豊富な所は年齢を重ねているところに帰結するんですね」
「まあでもこの肉体になってから、精神的には随分と若くなったと思いますよ」
「そうなんですか?」
「ええ、言葉遣いも雑になったような気がします」
「島野さんと会話して私はそうは感じませんがね」
「そう言って貰えるとありがたいです。話を戻しましょう」
「おお、これは失敬」
「後は天井の一部にガラスを使用して、日光を取り込んで明るく見せたいですね」
「天井にガラスをね」
ランドール様が更にメモを加えていく。
「横壁は警備上外が見えない様にして貰って、後は入場扉をもっと大きくして貰って、両開きのドアにして貰うのはどうでしょうか?その方が豪華に見えませんかね?」
「それは良い考えですね、扉も意匠の凝った物に仕上げましょう」
「玄関口はその土地の顔ですので、精一杯威勢を張らせて貰いますよ」
「この扉を開けたら島の風景が一望できるというのも、いい発想だと思いますよ」
入島受付の建物は敢えて石の階段を組んで高い位置にしてある。
島を一望とまでは行かないが、上からの景色は心を掴むものである。
はやり第一印象は大切だとの考えから、この様にしている。
「あとはもう一回り大きくしましょう。万が一入場が重なったら、収容できない可能性がありますので」
「一回り大きくと」
「入島受付の建物はそんなところで次に行きましょうか?」
「はい、迎賓館ですね」
「ええ」
迎賓館は先程の建物から出て、階段を下った後に右側に位置する場所に造ることになっている。
「この建物は格式の高い造りにして欲しいです」
「格式高くですね、意匠を隅々にまで行き渡らせるということですか?」
「それもいいんですが、重厚な造りにしたいんです。もっとこう高級感が漂う様に、入口の前に大きな石造りの柱を置くような感じですかね」
「なるほど、イメージは掴めました」
「この迎賓館では商人が商談をし、各街や村の代表達が会談を行う所にするのがコンセプトです。ここに訪れることを誇りに感じるような、ここで商談を行うことがステータスになるような建物にしたいんです」
「それはいいですね」
「あっ!そうだ、ランドール様は家具は作れますか?」
「家具ですか?」
「はい、ここに置くソファーやテーブルも、重厚な物を揃えたいんですよ」
「そういうことなら多少はできますが、そこはやはりその道のプロに頼んだ方が良いかもしれませんね」
「その道のプロですか?」
「ええ、ゴンガス様ですよ」
えっ!あのおっさんそんなことも出来たのかよ・・・知らなかった。
「ゴンガス様は武器等はもちろんですが、家具の作成も一流ですよ」
「知りませんでした」
「とは言っても鉄製の物が中心で、木製は俺の方が腕があると自負していますがね」
「なるほど鉄製と木製ですか・・・どちらかに統一するべきなんでしょうか?」
「いや、そこはセンスが分かれるところですね。どちらも良い物は良いですし」
「そうですね・・・一先ず家具のことは置いておきましょうか」
「ですね、先ずは建物の完成が先ですね」
一度ゴンガス様の家具を見てこようかな?
次に社員寮だ。
「社員寮は設備としてトイレと台所、洗濯場、後は簡単なシャーワールームを設けようと考えています。後は個室ということで」
「島野さん、シャーワールームは本当に必要でしょうか?」
「もちろん要りますよ」
「それはどうしてですか?スーパー銭湯で充分では?」
「そこはほら、女の子には月に一度あるじゃないですか。その期間は風呂には入れないかと・・・」
納得がいった表情のランドール様。
「ああ、そうだった、これは余計なことを聞いた。そこまで考えているとは・・・」
「案外重要なことですよこういった所は、我々男性は女性に対してもっと気を遣うべきだと思います」
「そうですね・・・参考になります」
「あと本当は寮も男女別々にしたかったんですが、どれぐらいの男女が集まるか分からないので、そこは一旦断念ですね。使用の仕方で分けていくしかないと思います」
「そういえば従業員はどうやって集めるんですか?」
「いろいろ考えていますが、メルラドで募集しようと考えています」
「メルラドが国民を手離すことを良しとしますかね?」
「どうでしょうか?まあメルラドには大きな借りがありますし、別に通いでもいいので、その辺はどうとでもなるかと思います」
「そうですか・・・そう言ったことに煩い国もあると聞いたことがあります、まあ島野さんなら上手にやるんでしょうが、気をつけてくださいね」
「ええ、ありがとうございます」
そういった国もあるんだな、それだけ税収が上手くいってないということか?
「それで二階建てにしてもらって、三階の屋上を洗濯場にしてはどうかと」
「なるほど、では三階は事実上屋上として手すりを造るぐらいですかね?」
「そうなりますね、シャワールームは二階でと考えています」
「シャワールームは二階と」
ランドール様はメモを余念無く書き込んでいく。
「これは、二階を女性専用にする為です」
「なるほど」
「トイレは上下階共に完備で、もちろん水洗式です」
「そうだ、ここの水洗トイレはいいですね。ビックリしましたよ。こんな衛生的なトイレがあるなんて知りませんでしたよ」
日本のトイレはもっと衛生的なんですけどね、流石にあのレベルをこの世界で再現するのは難しいな。
ウォシュレットなんて夢だよな。
「衛生面は重要です。病気の原因のほとんどが衛生面から来ていると言っても過言ではないですからね」
「そうなんですね、我々神には病気は無縁ですが、そうは言ってられないですしね」
「ええ、重要な要素です」
未知の病気が蔓延したら目も当てられないよ。
「肝に銘じておきます」
「あと、台所は小さな規模でいいです。恐らく使うことはあまり無いかと思いますので、念の為の設備です」
「台所は規模は小さくと」
「寮に関してはそんな処ですかね」
「島野さん、従業員達はどこで食事を摂るんですか?」
「それはスーパー銭湯の大食堂でと考えています」
「なるほど、いいですね。余計な施設は要りませんからね」
「当初は職員食堂も考えていましたが、よく考えたらその必要はないかと思いまして」
「うん、それでいいと思いますよ。それにマーク達に聞いたんですが、島野さんの所は三食無料で食べれるらしいじゃないですか、それにビールも二杯まで無料だとか、この世界でそんな好待遇な話は聞いたことがありませんよ」
「これは俺の持論なんですが、職場環境は従業員達にとっては重要で、ある程度好待遇にすることでモチベーションが上がると思うんです。やはり気持ちが乗ってないと良い仕事は出来ないですからね」
「それはそうだが、現実として難しいものですよ」
「そうなんでしょうね、でもやっぱり福利厚生というか、従業員達にとってやりがいとなる物は必要だと思いますよ」
「やりがいか・・・」
ランドール様が顎に手をやっている。
彼の考える時の癖だな。
「話を戻しましょうか」
「ですね、それにしても島野さんと話していると、何かと考えされられますよ、本当に参考になります」
「ありがとうございます。次はいよいよスーパー銭湯ですね、向かいましょうか?」
「行きましょう」
スーパー銭湯の候補地は入島受付の館から階段を降りて左に向かった先になっている。
スーパー銭湯までの道も石造りの道を整備するつもりだ。
土のついた靴で上がられると、掃除が大変なのは間違いない。
雑務は少しでも減らしたい。
「一階の施設ですが大食堂がメインですが、横になって仮眠が取れる場所も重要です」
「仮眠室ということですね」
「この仮眠室ですが、実はまだ悩んでいる部分があります」
「ほう、どういった点でしょうか?」
「まず仮眠を取るにしても、その質が問題なんです」
「質ですか?」
「はい、雑魚寝で物足りるのか物足りないのか・・・」
「なるほど、でも宿泊施設ではないので、そこまで拘る必要はないのでは?」
「確かにそうなんですが・・・経験上そうとも言えないんですよね」
多くのスーパー銭湯では個別の仮眠室があったほうが寛げたなと思うことがあったのだ。
どうしたものか・・・
「一先ず保留とさせてください」
「分かりました」
「次にトイレと簡単な遊戯施設は要りますね」
「トイレは分かりますが遊戯施設ですか?」
「はい、今のサウナ島の遊戯施設までは距離がありますので、そこに行くことも出来ますが、やはり子供達は親とは違う楽しめる場所が要ると思うんです」
「子供ですか・・・」
これも自分の経験談になってしまうが、遊戯スペースで楽しく遊んでいる子供達を何度も見かけた、子供達にとっては風呂が楽しい場所とは限らないのだ。
ただ親に付き合っているではもったい無いと思ってしまう、子供には子供のスーパー銭湯の楽しみがあっても良いと思うのだ。
「ちなみに遊戯スペースでは何をしようと考えているんですか?」
「これはいくらでも案はあります」
「ほう、例えば?」
「水を張った大きな桶を用意して、そこに小さな魚を泳がせて、紙で作ったスプーンの形をしたもので掬って遊ぶとか、後はオモチャを並べておくとか、いくらでも考えられます」
そう、金魚すくい一つだけでも充分に楽しめるのは間違いないのだ。
「流石です。私にはそういったことは考えつかないですよ」
「いえいえ、俺は子供にも楽しめる施設にしたいと思っているだけのことです。因みに小さい子供はサウナは入れない様にしようと考えています」
「それはどうしてですか?」
「子供にとってはサウナの意味は分かりづらいと思うんです、何度かサウナに入る子供を見かけたことがあるんですが、直ぐに出て行ってしまいますので、返って他の利用者にとっては迷惑になる可能性がありますからね」
「なるほど、年齢制限を設けるということですね」
「はい、適正年齢は今後考えますが、そうしようと考えています」
大事な事はいかに全ての世代の方々が、楽しめる施設になるのかということだ。
それには拘る必要がある。
「後はこれは考え処ですが、ステージを作ろうと思います・・・」
「ステージですか?」
「はい、大食堂に加える形でお願いします・・・」
「それはどうして?」
「オリビアさんが・・・どうしても私が歌う場所を作って欲しと・・・」
「ああ・・・分かりました」
ランドール様も理解してくれたらしい。
まあこの人にとっては、何度もオリビアさんにちょっかいを掛けては、毎回歌で眠らされてるから、その効果の程は実感があるのだろう。
逆に挑み続けるガッツに俺は引いているのだが・・・
「次に二階ですが、ここは俺の独壇場ということで話をしますが、一階も二階も天井が低いのでもっと上げてください」
「分かりました」
「特に内風呂は天井が高ければ高いほどいいと考えています」
「それはどうして?」
「それは湿度の問題です。当然水蒸気は上に向かいます、それによって風呂自体の温度は下がっていきます」
「はい」
「でも湿度は一定の湿度を保ちます」
「ほう」
「そうなると、室内自体が一定の湿度を保つことで、室内に一定の温度感を保つことが出来ます。それが重要と考えています」
「といいますと」
「浴室に入った時の第一印象です」
「第一印象ですか?」
「はい、浴室に入った際に何が出迎えてくれるのか・・・これが大事な事なんです」
「レベルが高すぎて私には理解出来ません」
「かもしれませんが、ここは拘らせてください。天井高をあと四メートルは作ってください、お願いします」
「分かりました」
「サウナルームに関しては俺に一任して下さい。ただ十段の階段は設けてください、これは必須です」
俺のサウナの拘りをここにぶつける。
これまでにないサウナを作りたい。
どうしたものか・・・考えはあるが・・・今はまだ言うべきではないだろう・・・
「シャワーは四十台、内風呂は大きく作って三十人以上は入れる広さにして下さい。そして角には電気風呂を造ります」
「電気風呂とは?」
「はい、魔石に微量な雷魔法を付与して、マッサージ効果を得る風呂です」
「おお!マッサージ効果ですか?」
「はい、そうです」
あれ?この人のマッサージはこれで合ってるのか?
まあいいや。
「後は大事な部分として水風呂ですね。二ヶ所必ず設けて貰います」
「二ヶ所ですか?」
「はいそうです、超冷水風呂と普通の水風呂が必要です」
「温度帯で分けるということですね」
「そうです正解です。これが重要なんです」
俺はこれの重要性を嫌というほど知っている。
おでんの湯で超冷水風呂をどれだけ堪能してきたことだろうか。
これまでに超冷水風呂に関しては、試行錯誤してきたことは間違いない。
突如突きつけられた超冷水風呂・・・
あれはおでんの湯がリニューアルした時だった。
おでんの湯のリニューアルのメインはオートロウリュウだった。
そこに目を奪われ過ぎてしまっていた。
リニューアル初日、俺はオートロウリュウに満足し、いつも通り通常の温度帯の水風呂を使っていた。
その翌日、
「超冷水風呂はなかなかの破壊力ですよね?」
飯伏君に尋ねられた。
超冷水風呂?
「何のこと?」
「あれ、まだ試してないんですか?」
「嘘、そんなのあるの?」
「ええ、水風呂の隣に、ほら前は運動浴があった処ですよ」
頭を抱えてしまった、またやっちまった。
おっちょこちょいにも程があるな。
超冷水風呂を見落としてしまっていた。
我ながら嫌になる。
「ありがとう、試してみるよ」
「温度帯はグルシンですよ」
「そうなのかい?それは期待できるね」
「ええ、最高ですよ」
見に行ってみると超冷水風呂があった。
水温はなんと七度。
期待値が爆上がりした。
確か名古屋市栄のフィンランドサウナの名店の冷水風呂が水温五度前後だった筈。
一度だけ入りに行ったことがある。
余りの寒さに一瞬手足が動かなくなったのを覚えている。
あの名店のクオリティーとまではいかなくとも、それに近しいクオリティーを地方都市のスーパー銭湯で体験できるなんて、なんてお得なんだ。
この日から超冷水風呂の最もサウナトランスに良い入り方の研究が始まった。
飯伏君ともどう入ったらいいのかという談議が数日続いた。
最終的に俺が落ち着いた入り方は、一セット目は超冷水風呂に数秒、二セット目は通常の水風呂で数十秒、三セット目は超冷水風呂に数秒の後に、通常の水風呂を数十秒の、から揚げの二度揚げならぬ、水風呂の二度入りだ。
俺にとってはこの入り方が最もサウナトランスが深かった。
因みに四セット目以降はその時の気分で変えている。
「後は外気浴場と露天風呂と塩サウナですね」
「そうなりますね」
「露天風呂に加えて、温泉をここまで引き込もうと考えています」
「今の温泉はどうするのですか?」
「潰そうと思ったんですが、そのままにしておきます」
これはノンからのたっての望みだった。
何かに使いたいとのことだった。
余りの懇願だったので深くは聞かないことにした。
「そうですか」
「引き込み自体は対して負担な作業にはならないので、問題は有りません」
「負担な作業にはならないと簡単に言ってしまう島野さんに脱帽です」
「いえいえ、俺は能力に恵まれているだけです」
「なんとも・・・」
「後、炭酸泉用の風呂も外側スペースに設けようと考えています」
「そうなると外気浴スペースを狭くする必要がありますね」
「そうするのは偲びないので、二階を一階よりも広く設ける様に柱を組んで貰えないかと考えているんですが、どうでしょうか?」
「出来なくはないです。そうなると構造計算が変わってくるので一度持ち帰らせてください」
「お願いします、出来れば海を見渡せる箇所に外気浴場を設けたいと考えてますがどうでしょうか?」
「そこは工夫でカバーしましょう」
「助かります」
「いえいえ、今回の建設は私にとっても大きな経験になります。なにせこの世界初だらけですからね、歴史に名を刻めます」
「言い過ぎですよ、ランドール様は」
「何を言ってるんですか島野さんは、自分がどれだけのことをしようとしているのか分かってないのですか?」
どれだけのことって言われてもねえ・・・
ただ単に好きな事をやってるだけなんだけどな。
「あなたはこの世界の有り様を変えようとしているのですよ」
「と言われましても、あまり実感がないのが正直な所でして・・・」
「ふう、まあ島野さんらしいということでしょうね」
またらしいと言われてしまった。
俺らしいって何なんだろうね?
「さて、一先ずはこれで確認は済みましたね」
「あとの細かい所は、修正後にまたということで」
「はい、そうしましょう。今日も入っていかれますよね?」
「ええ、そうさせていただきます」
最近のランドール様はほぼ毎日サウナに入っている。
既にサウナジャンキーだな。
さてさて、今日の晩飯はなんだろうな。
ゴンガス様の所にやってきている。
さっそく受付のメリアンさんからワインの購入の催促があった。
「メリアンさんもワインが好きなんですね」
「ええ、島野さんのワインは格別ですから」
代金を支払ってくれた。
「ゴンガス様はいますか?」
「今は工房かもしれません、覗いてきますね」
「お願いします」
数分後ゴンガス様が現れた。
「お前さん納品か?」
「はい、それもありますが、見させて貰いたい物がありまして」
「見たい物があるのかの?」
ゴンガス様が二ヤリと笑った。
金の匂いを嗅ぎつけた顔をしている。
「家具を見させて貰えませんか?」
「おお、家具か!何に使うんだの?」
「迎賓館とスーパー銭湯に置けるような物があれば買いたいなと」
「なるほどのう、着いてこい」
ゴンガス様は工房の更に先にある倉庫に俺を誘導した。
倉庫の鍵を開けると中に入っていった。
そこにはたくさんの家具や武器類が所狭しと並んでいた。
「これまた凄い数ですね」
「おお、自慢の作品達だ、遠慮なく見てやってくれの」
「そうさせて頂きます」
鉄製な所為か、重厚な雰囲気を感じさせるテーブルや、椅子、カウンターテーブルの様な物も置いてあった。
「お勧めはどれですか?」
「迎賓館に置くにはこれだの」
ひと際目立つテーブルセットだった、所々にある意匠が良い仕事をしている。
椅子を引いてみた。
「あれ?思いの他軽いですね」
「見た目とは違って軽量の鉄を使っておる、毎日使う物なら軽く無ければなるまいしのう」
「確かに、いくらですか?」
「これはセットで金貨四十八枚だの」
「結構しますね」
「ふん!自慢の一品だからのう」
「まあ、たくさん購入しますので、その時はまけてくださいね」
「おお!そうかそうか、お前さんのたっての願いとなれば、受けてやらんとのう、ガハハハ!」
「あと、オーダーメイドでお願いしたい物がありますので、時間を貰えますか?」
「いいだろう」
ニコニコ顔のゴンガス様だ。
倉庫の中を一通り見て周って倉庫を出た。
取り敢えず納品を済ませていつもの部屋にいる。
「それで何をオーダーメイドするんだの?」
「ロッカーを作って欲しいのですが?」
「ロッカーとな?」
「はい、そうです」
俺はロッカーの構造や鍵の部分等について説明した。
「ほうほう、それなら作れるが、ここまでの数となるとちょっと時間が掛かるのう」
「どれぐらいかかりますか?」
「そうだのう、全部で八百個となると、うーん」
髭を撫でながら考え込んでいる。
「鍵の部分に時間が掛かりそうだのう、弟子達を使ったとして、一ヶ月は欲しいのう」
「一ヶ月ですね、じゃあそのタイミングになったら声を掛けます。あと最後の組み立ては現地でお願いできますか?多分そうしないとサイズ的に入らないと思いますので」
「そうか、そうだの、出来たは良いが入らんとなっては意味が無いからのう、ガハハハ!」
今日はお金になる話だからか終始上機嫌のようだ。
「また材料は『万能鉱石』を使うのかの?」
「はい、でもゴムは島にありますのでそれを使ってください」
「そうか、サウナ島にはゴムの木があったの、ゴムだがの、ちょっと多めにくれんかのう?」
「いいですが何に使うんですか?」
「この世界ではゴムは貴重での、さっき見た家具なんかにも本当は使いたいんだの、なかなかそうもいかなくてのう」
「なるほど、いいですよ、せっかくですので帰ったら新しくゴムの木を植えておきますよ」
「本当か?ガハハハ!お前さんには頭が上がらんのう」
しょっちゅう頭は上がってると思いますが?
俺はサウナ島に帰ってゴムの木を新しく植えた。
アイリスさんがその様子を見てニコニコしていた。
建設工事は順調に進んでいる。
俺も大工の皆に交じって作業を行っている。
もはやガテン系と言ってもいいのかもしれない。
ランドール様は流石と言わざるを得ない、工程の管理から細かな作業に関してまで指示は的確で、大工の皆も全幅の信頼を置いているのが分かる。
エロい一面が無かったらとは思うが、最近はあの下卑た顔にも慣れて来た。
ただ、この島の女性陣はランドール様に黄色の声を向ける者は誰一人もいない、というより下卑た顔をしたランドール様をレケが酔いに任せて殴っていた。
俺は敢えて見なかったことにしたのは、言うまでも無いだろう。
今日は特別な来客があった。
オリビアさんが魔王一団を引き連れてサウナ島にやって来た。
彼らがサウナ島に来てから、そんな約束があったなと思い出したぐらい、俺は建設工事に熱中していた。
「いらっしゃい!」
「この度はお招きいただきありがとうございます」
リチャードさんが仰々しく頭を下げた。
こちらから招いた訳では無いのだが・・・まあいっか。
「島野さん、オリビア様から聞いてはおりましたが、凄い規模の建設工事が行われているのですね」
「ええ、圧巻でしょ?」
「はい、なんだかワクワクします」
「あ、そうだ、前もって言っておきますが、このサウナ島では身分や立場は関係なくをモットーにしておりますので、失礼があったら前もって謝っておきますよ」
「はい、聞いておりますので大丈夫です」
親衛兵達がざわめいた。
「あと、親衛兵の方達には悪いが、武器はこの島には持ち込み厳禁なんだ。戻って置いてくるか、なんならこちらで預かろうか?」
「いえ、そういう訳には行きません」
「そうです」
親衛兵達は引かない。
「なら悪いが帰ってくれないか?」
「えっ!」
絶句している。
こいつらは堅いんだよな、分からんでもないが。
前もそうだったが・・・
「だから、このサウナ島のルールに従えないのなら帰ってくれるかな?」
「それは・・・」
「君達、島野様に従いなさい。そもそもオリビア様からそう聞いていた筈です」
「しかし・・・」
「では島野様が言う通りあなた方は帰りなさい。オリビア様お願いします」
一連のやり取りをにやけ顔で眺めていたオリビアさん。
「だから言ったでしょう、あなた達はお堅いのよ。ねえ?リチャード」
「ええその通りです。ここは敵地ではありません。それに私達は勉強に来させて頂いていることを分かってないようだ、君達は!」
おお!厳しい態度のリチャードさんは始めてみるな。
「分かりました、では武器を預かってください」
リーダーであろう男性が諦めたように言った。
「お前達もそうしろ!」
と一喝する。
その指示に従い武器と鎧を脱ぎだした。
やれやれ、なんでこんなことになるのかね?
何かそうさせる過去でもあるのか?
俺は武器類を預かると最近勝手にオリビアさんが使いだしたロッジの部屋に置いた。
「守さん、何もここに置かなくても・・・」
「オリビアさんが勝手に自分の部屋にしてるようですが、俺が知らないとでも?」
「うう、良いじゃないですか」
「いいですけど、せめて一声かけてくださいよ」
「じゃあ、この部屋を貰ってもよろしいので?」
「そうは言ってません」
項垂れるオリビアさん。
どうせ外っといても勝手に住み着くんでしょ?
まったく・・・
「さて、何処から見たいですか?」
「島野さん、畑から見たいです!」
メリッサさんが目を輝かせている。
「では行きましょうか」
「はい、是非!」
俺達は連れ立って畑に向かった。
畑に着くと、
「これは、凄い・・・」
メリッサさんは声を失っていた。
親衛兵達も同様に言葉を失っている。
アイリスさんがこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「メリッサさん紹介しますね。アイリスさんです」
「あなたがあのアイリスさん・・・ああ・・・会いたかったです。本当に・・・」
メリッサさんは泣き出してしまった。
アイリスさんは、はて?と首を傾けている。
「どうしたんですか?」
「メリッサちゃんはアイリスちゃんの大ファンなのよ」
「大ファン?」
「ええ、国の復興に大活躍しただけで無く、アイリスの書は彼女にとってはバイブルなのよ」
「へえー、アイリスさんの本の・・・」
「メリッサちゃんは本当は農家になりたかったのよね?」
オリビアさんが話を振った。
「はい、そうです。農家になりたかったんです」
「なるほどね」
農家になりたいならアイリスさんの大ファンになってもなんら不思議はないな。
しかしそんな彼女が何で魔王になったんだ?
聞いてみたいが・・・
アイリスさんがメリッサさんの手を取り、引き寄せてハグした。
小さく振えるメリッサさん。
「いいんですよ」
背中を優しく撫でている。
やっと泣き止んだメリッサさん。
「すいません、気持ちが抑えられなくて」
「いえ、いいんですよ」
「メッリサと申します、よろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ」
握手を交わしていた。
「畑を見て貰えますか?」
「お願いします」
立ち直ったメリッサさんはアイリスさんに付いて周り、畑のイロハを教わっていた。
何とも楽しそうである。
オリビアさんが俺の横に並んで話しだした。
「あの子はもともと農家の一人娘だったのよ」
「そうなんですね」
「彼女は両親が育てている畑が大好きで、自分も将来はその畑で両親と一緒に農家として暮らすことを、当然の様に受け止めていたわ」
「・・・」
「でも十五歳の『鑑定の日』に彼女に膨大な魔力量があることが露呈し、慣習に則り彼女は三年の準備期間を経て魔王となることになったのよ」
「魔王になる条件は、魔力量ということですか?」
「それに彼女の魔法は万能で、火・水・土の属性があるのよ。メルラドのみならず、自然属性の魔法が三種類も使えるなんて異例の話だわ」
家の聖獣達は普通に三属性ありますけど?
人では無いから関係ないのか?
「その準備期間には、魔王は威厳に満ちた存在でなければならないと教え込まれるらしいのよ」
「旧世代の考えと思えますね」
「守さんもそう思いますでしょ?私が出会ってからはそうじゃないと再教育しておりますの」
「そうなんですね」
「威厳では国は守れませんからね、そんなことは私も散々見てきましたわ」
この人も苦労して来たんだな。
「因みに、何で親衛兵達はああもお堅いんですか?」
「彼らも同じですわ、親衛兵たる者、魔王の安全を最優先で確保すべしってね」
「職務に忠実であることには間違いはないんですけどね・・・」
「でも、あれはあれでメリッサちゃんも良くないのですわ」
「どういうことですか?」
「あの子、何度か王城を抜け出してしまったことがあるのよ」
「へえ、それはどうして?」
「両親に会う為よ」
「ちょっと待ってください。魔王になったからって親に会えなくなるんですか?」
「ええ、今のメルラドはそうなのよ・・・」
「それに意味はあるんですか?」
「・・・無いわね」
「だったら・・・」
ああ、他国の有り様に口を出すべきではないな・・・
全く意味の無い理不尽は少なからず存在するが・・・
こちらの世界でもあるのか・・・
どうしたもんか・・・
まあ今は何も言うまい。
その後サウナ島の施設をアテンドして周り、風呂に行くことにした。
風呂やサウナに関してはオリビアさんに任せた。
もうオリビアさんは風呂や温泉、サウナに関しては常連なので俺が出しゃばる必要は無い。
その間に俺は料理班に加わり、晩御飯の準備をすることにした。
「メルル、今日のメニューは何の予定なんだ?」
「今日はてんぷらにしようかと考えてました」
「そうか、急で悪いんだが焼き肉に変更したいんだが、いいかな?」
「いいですけど、どうしてですか?」
「メルラドからお客さんが来てるし、大工達にも精を付けて欲しいからな。それにメルラドとボルンの交流を図るには焼き肉が良いかと思ってさ」
「いいですね。ちょうどノンが今日ジャイアントピッグを狩ってきていましたからそれを使いましょう」
「解体は済んでいるのか?」
「ええ、終わってます」
「そうか、じゃああれも出せそうか?」
「ええ、いけます」
「了解、ちょっと味付けを変えた物も作っておくよ」
「また新たな味の登場ですか?」
「そこまでではないが味は保証するよ」
「島野さんがそう言うのなら間違いはないでしょうね、他の準備はやっておきますよ」
「頼む」
俺は解体した肉を見に行った。
なるほど、良い状態で保存されている。
もはやこのサウナ島には、なんちゃって冷蔵庫は普通に使われている常備品となっている。
俺はさっそく仕込みを始めた。
晩飯時、
メルラドの一団とボルンの大工達が集まっている。
「今日はメルラドからお客さんが来ておりますが、ここサウナ島では皆さんご存じの通り、身分や立場は関係無くをモットーにしておりますので、遠慮なく食って飲んで、そして新たな仲間との交流を楽しみましょう、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!!!」」」
焼き肉パーティーが始まった。
空気を呼んだのかランドール様がメリッサさんに話し掛けに行っていた。
その横でオリビアさんが鉄壁のガードを展開していた。
何をやっているのやら・・・
賑やかに食事は進んでいく。
「皆さん、今日は新メニューをご披露させていただきます」
「おお!島野さんの新メニューか!」
「なんだ、絶対上手いに決まってるだろ!」
「早く、食わせてくれ!」
声援が凄い。
「皆な、これは俺の故郷の食べ物でとんちゃんという食べ物だ。遠慮なく食ってくれ」
「よっしゃー!」
「早く早く!」
「俺にも!」
大賑わいだ。
「これはホルモンの味噌味ですね」
メルルが関心していた。
「ああ、一味唐辛子をアクセントにしている。味噌の甘い味と唐辛子の辛さが合わさって絶妙な味になる上に、ホルモン独自の噛み応えが癖になるんだよ」
「ええ、そうですね。これは癖になる味ですね」
「主、これは上手いです!」
ゴンが舌鼓を打っていた。
「それにしてもこの島は飽食だな」
大工の一人が話掛けてきた。
「お陰げさんでね」
「ここにこれから南半球に住む全員の注目が集まるんだろうな」
「だろうね、ただ神様達は大忙しになるだろうがね」
「ハハ、違いねえな。我らのランドール様も大層この島を気に入っているようだから、それはそれで良いんじゃねえか。ハハハ!」
ランドール様に目をやると既に眠らされていた。
早すぎないか?・・・
俺はオリビアさんとメリッサさんに話し掛けにいった。
そろそろ話しておかないといけない件があるからな。
「メリッサさん、オリビアさんちょっといいですか?」
「ええ、どうぞ」
俺は二人の対面に座った。
「相談なんですが、食料飢饉と復興の褒美の件ですが、メルラドの国民を何人かこのサウナ島で雇うことで手打ちにしてもらいたんですが」
「島野さん、それはどういうことでしょうか?国民を譲れということでしょうか?」
「いえ、そういうことではありません。国民の中から公募を行い、意志のある者のみをこのサウナ島で働いてもらいます。従業員用の寮も建設しておりますが、転移扉を使ってメルラドから通っていただくことも可能です」
「国民はメルラドの国民のままということでしょうか?」
「そうです、分かり易く言えば出稼ぎみたいなもんです」
「なるほど出稼ぎですか。であればまったく問題ありませんが、それではこちらに理がある話になりませんか?」
メリッサさんはちゃんと話を理解できているようだ。
「そうなりますが、こちらとしては人手が足りないことも事実です。ですのでどちらに理があるというよりは、ウィンウィンの関係ということで」
「ウィンウィンですか?」
「はい、お互い徳するといった所ですね」
「しかし・・・これで手打ちとは寛大すぎますわ」
「そこは・・・」
俺は周りを見てこちらに注目が集まってないことを確認した。
顔を二人に寄せると二人も察してこちらに顔を寄せてきた。
「俺は神様になる修業中の身ですので、これぐらいがちょうどいいんですよ」
と告げて顔を離した。
二人は顔を見合わせていた。
オリビアさんが口を開く。
「まあ、そんな事情がありましたのね、私はてっきり創造神様が守さんに化けているのかと思っておりましたわ」
「・・・」
なんだか近しい様で怖いな。
「それでは、甘えさせて頂きます」
メリッサさんは頭を下げていた。
「それで、何人ほど必要でしょうか?」
「そうですね、多くて百人、少なくても六十人は欲しいですね」
「どの様に手配致しましょうか?」
「そうですね、まずは国民に公募があることを伝えてください。その上で面接を行い決めて行こうと考えています。募集要項はこちらで纏めておきますので、後日お渡しさせていただきます」
「分かりました」
どうやら上手く話は纏まったようだ。
重畳なことです。




