勝手に宣言
時を同じくしてオーフェルン国とサファリス国は静まり返っていた。
守とゼノンの絶叫に時が止まったかの様だった。
人々は二人の言葉を心の中で反芻し、心で受け止めていた。
それは心に突き刺さっていた。
それも深く奥深い所で。
その言葉を、その想いを国民達は魂の中心で受け止めていた。
心が打ち震え、全身を駆け巡っていた。
国中を静かな時が流れていた。
そして次第に時が動き出す。
それはまるで一度灯を得た炎が瞬く間に伝播する様であった。
辺り一面に炎が広がり、縦横無尽に焼き尽くしていく。
そうそれは平和を望む炎だった。
燃え広がる炎は留まることを知らない。
全てを焼き尽くそうとしていた。
「そうだ!」
「その通りだ!戦争自体を憎むべきなんだ!」
「もう終わりにしよう!」
「やっと解放されるんだ・・・」
「次に進める・・・」
「遂にか・・・」
「戦争を終結しよう!」
「もう振り返らないぞ!」
「戦争なんて止めだ!」
国民達は前に進むことを選択していた。
もう戦争は終わらせるのだと。
恨みの連鎖は断ち切ろうと選択したのだ。
両国の国民達は歓喜と笑顔に包まれていた。
それはまるでこの時の解放を待っていたかの如く、凄まじい歓声に沸いていた。
両国が歓声で揺れていた。
涙に暮れる者もいた。
何かを決心した者もいた。
泣きながら笑顔の者もいた。
ひたすら歓喜に沸いていた。
それぞれが思い思いに前を向いていた。
もう戦争を終わらせるのだと。
それをルメール一同とレイン一同は嘘だろという表情で眺めていた。
国民達の決断を受け止めきれずにいるみたいだ。
国の上層部とはそんなものなのかもしれない。
国民の真意を汲み上げれているようで、実際の所本音までは引き出す事は出来ていないのだ。
本当の想いとは裏腹に、挙げられてくる陳情や意見等は本音とは違い表層でしかないのだから。
これまでそれを気づかずして国家運営をしてきたのだろう。
だがそれを一概に責める訳にはいかない。
国家運営とはそんなものなのだからだ。
その様に守は考えていた。
やっぱり国民は戦争にいい加減疲れていたという事が本音なのだと、守は見抜いていたのだ。
それは何も守だけに限らない。
ゼノンもそれを分かっていたのだ。
今回はその本音をぶち撒けるきっかけを与えたに過ぎないのだと。
本音しか語れない状況にしてしまえば言いたいことを言えるだろうと。
国民達はまるで待ってましたと言うが如く騒然と騒ぎ出した。
もうこれは留まることはないだろう。
箍が外れたかの如く好きに騒ぎ出していた。
「俺は次に進むぞ!」
「もう過去は振り返らない!」
「いい加減止めようや!」
「これでお終いだ!」
「恨むのはいい加減疲れたんだよ!」
「争いはもうたくさんだ!」
本音が駄々洩れだった。
始めは戸惑いを隠せない国の上層部だったが、この思いを真摯に受け止めようと勤めだしていた。
それはそうだろう。
両国民全員が潜在意識剥き出しなのだから。
それは国の上層部も同じである。
実の所思いは一緒なのだ。
本音以外何も語れない状況に陥っていたのだから。
これを守始め、ギル、ゼノン、エリスはしめしめと眺めていた。
その様子を我が物顔で見守っていた。
ギルは胸を張って腰に手を当てて。
エリスは手を叩いて。
ゼノンはウンウンと頷いていた。
そして守は禁じ手の能力を発動する。
それは『多重存在』であった。
これまでに誰にも見せたことが無い能力である。
ヒュン!
能力発動と共に、守は多重存在をサファリス国に転移した。
守は当然とばかりにゼノンの横に立っている。
興奮した国民達はそれに気づいていない。
気づいたのは予め知っていたゼノンとエリスのみである。
守はゼノンに問いかける、
「よう!ゼノン、予定通りか?」
「まあのう、上手くいった様じゃな」
「じゃあ行くか?」
「おお、行こうか」
守は周りを一瞥すると『転移』の能力を発動した。
ヒュン!
ルメール一同とレイン一同は一瞬にして転移させられていた。
問答無用で、誰に何をされたのかも解らず。
その正体は当然守であった。
守以外にはあり得ない。
守はルメール一同とレイン一同を同時に魔物同盟国『シマーノ』に強制的に転移させていたのである。
転移させられてきた者達は何が起こったのか全く把握出来ていない。
挙動不審に狼狽えていた。
余りの出来事に尻もちを付いている者もいる。
中には腰が砕けてへたり込んでしまった者もいた。
全員が顔面蒼白になっていた。
身体を震わせている者もいる。
全員が現状を把握出来ぬ儘に打ち震えていた。
そしてそこには予め計画されていたのであろう者達が、両国の一同を待ち構えていた。
それは魔物同盟国『シマーノ』の首領陣と魔物の一団『ルイベント』のスターシップとその一団、更に『ドミニオン』のベルメルトとその一団である。
北半球の同盟国の主要メンバーが集結していたのである。
当然糸を引いたのは守である。
守は事に当たるにおいて、ソバルやプルゴブに前もって話をし、ダイコクを通じて同盟国の主要メンバーを集める様に指示していたのである。
勿論同盟国のリーダー達は二言返事で頷いていた。
これで北半球の平和が約束されるのだから。
断ることなんてあり得ない事だ。
後日談として。
スターシップは、
「あの神様は規格外が過ぎる・・・」
とぼやいており。
守を崇拝するベルメルトに至っては、
「よーし!よし!流石は島野様だ!よっしゃー!」
と騒いでいた。
同盟国の主要メンバーはしたり顔でルメールとレインを迎え入れていた。
その顔に余裕の表情が見受けられる。
しかしソバルとプルゴブは其処には眼を向けてはいなかった。
やはりこの二人は真っ先に守を見てしまうのである。
それは本能的な事であった。
「なんと!島野様が二人も?」
「我が神が増えておるぞ!」
その発言に魔物達が釣られる。
「おお!島野様が増えたぞ!」
「何で二人も、これは分身か?」
「あり得ない!」
今度はその声に全員が釣られている。
しまったと守は『多重存在』を解除した。
「すまん、すまん。驚かせたな」
一拍遅れて他の者達もそれに気づいた。
「ええー!」
「嘘でしょ!」
「島野様・・・あり得ませんて・・・」
「流石っす!」
何故かライルだけは親指を立てて褒めていた。
なんの事やらである。
騒ぎ出す一同を守が手を挙げて制した。
「俺の事はいいから、早く始めろよ!お客さんが困っているだろうが!」
他に眼を向けさせて、自分のやらかしを帳消しにしようとする守であった。
そうとは気づかず、ソバルとプルゴブはしまったと我を取り戻していた。
従順過ぎるのも考えものである。
「そうでしたな、これは失敬!」
「兄弟、気を引き締めようぞ!」
スターシップとベルメルトも我に返っていた。
「すまない事をした」
「そうだった」
スターシップが前に出てきた。
やはり纏め役はスターシップである。
「私は永世中立国『ルイベント』の国王スターシップです、どうぞよろしく」
ここは負けじとベルメルトも続く、
「私は武装国家『ドミニオン』の国王ベルメルトです」
仰々しくお辞儀をしながらソバルが名乗る、
「儂は魔物同盟国のソバル、オーガの首領じゃ」
「ゴブリンの首領のプルゴブにて御座います、以後お見知りおきを」
「俺はオクボス、オークの首領だ」
「私はマーヤ、ジャイアントキラービーの女王よ」
「俺はコルボス、コボルトの首領をしている」
「リザードマンの首領のリザオだ」
「同じくドラゴムのリザードマンの首領のアリザだ」
「私はクロマル、島野様の影だ」
クロマルだけニュアンスが違っていた。
でもここは普通にスルーされていた。
守だけにやけていたのだが・・・
放置でいいだろう。
突然の転移だけに留まらず、北半球の重要人物が勢揃いしていた。
その事に未だにルメールとレインは戸惑っていた。
これは時間が掛かるだろう。
当人達にしてみれば、国民が声高に終戦を謳い出したと思ったら、知りもしない所に突然連れてこられたのである。
発狂しないだけ益しである。
訳も分からずルメールが呟く、
「島野様・・・これは一体・・・」
膝から崩れそうになるのを何とか気力で保っている。
レインも続く、
「ゼノン様・・・ここは何処でしょうか?」
こちらも気力を振り絞って震える身体を押し留めていた。
話し出そうとする守を制してゼノンが話し出す。
「ここは魔物同盟国『シマーノ』じゃよ、そして同盟国の盟主達がお主達を待っておったのじゃよ。ハハハ!これは愉快じゃ!」
ゼノンは声高に笑っている。
「なっ!同盟国の盟主」
「そんな・・・」
二人は狼狽えるばかりだ。
今度は俺がと守が前に出てきた。
「驚かせて悪いが、お前達はいい加減戦争を終わらせる必要がある。だよな?そこで平和を確たるものにする為に同盟を結んではどうかと思ってな、お節介を焼かせて貰う事にしたよ」
その発言に二人は更に混乱する。
「嘘でしょ!」
「急展開過ぎる・・・」
両者のお付きの者達も付いて来れてはいない様子。
未だ青ざめている者もいた。
不意に人化したエリスがレインの肩に手を置いて、
「いい加減終わりにしようや!」
笑顔で問いかけていた。
今度は人化したギルがルメールの正面に位置どると、
「平和になろうよ!」
と声を掛けた。
「そうだそうだ!平和が一番!」
「笑顔になろう!」
「手を取り合おう!」
「仲良くしようや!」
何処からかこんな声が掛けられていた。
いつの間にか当たり一面に人々が集まり、歓声が沸き上がっていた。
多くの声が掛けられ、拍手喝采となっていた。
その有り様に我を取り戻したルメールとレインは、自然と笑顔になっていた。
お付きの者達も何とか我を取り戻していた。
こちらも周りの喝采に乗せられて笑顔になっている。
引き攣った笑顔の者もいたが、そこはご愛敬だろう、どうにも乗り遅れる者はいるのである。
俺は場の雰囲気を見て状況を見極めていた。
そろそろかと思った俺は、ルメールの肩に手を置きルメールごと瞬間移動した。
ルメールをレインの真横に転移し、その間に俺は転移した。
そして多重存在を発動しギルを『オーフェルン』に転移し、エリスを『サファリス』に転移させた。
二人の手には魔水晶が握られている。
多重存在を解除し『収納』から更に魔水晶を取り出した。
その魔水晶をゼノンに手渡す。
「監督、任せるぞ」
嬉しそうにゼノンは魔水晶を受け取ると魔力を流して、撮影を始めた。
「ライブ配信開始じゃ!」
実はこの三つの魔水晶はゼノンの同調魔法で繋がっているのだ。
ゼノンが撮影する映像はオンタイムでギルとエリスの持つ魔水晶に映像が映し出されることに成っている。
ゼノンには同調魔法を俺の同調を参考に、取得して貰っていた。
修業の成果がここに発揮されたのである。
ゼノンは催眠の能力の取得の時とは打って変わって、こちらの魔法の獲得には喜々として行っていた。
これでまた新たな映像の革命が起きるとゼノンはノリノリであった。
俺は驚く両者を無視して無理やり手を掴み、俺の眼の前でその手を握らせた。
そして宣言する。
「皆の者!聞くがよい!サファリスとオーフェルンの王は此処に手を取り合った!!!これにて戦争は終結した!!!」
俺の勝手な終戦宣言に魔物同盟国は沸いた。
否、無茶苦茶大興奮していた!
騒ぎが爆発していた。
興奮の坩堝と化している。
魔物同盟国が揺れに揺れていた。
飛んでもない騒ぎになっている。
「遂にやったぞ!」
「島野様が戦争を止めたぞ!」
「島野様だけじゃない!ゼノン様も天晴だ!」
「ギル様!平和の使者だ!」
「エリス様!やりましたね!」
「俺達の神は最高じゃねえか!」
「皆!愛してます!」
魔物達だけではない、この場にいる人族も全員大興奮している。
留まることを知らない大興奮となっていた。
そして熱に当てられたのか、ルメールとレインも驚きの表情を浮かべていたが、自然と笑顔に変わっている。
その手も握り直されて、がっちりと握られていた。
両手を挙げて二人は答えていた。
実に誇らしげにしている。
「これで北半球に平和が訪れたぞ!」
「戦争反対!」
「戦争終結宣言!」
「最高だ!」
「今日は吐くまで飲むぞ!」
観衆は止まない。
止みようがない。
そしてオンタイムでこの映像が『オーフェルン』と『サファリス』にも届けられていた。
両国の国民はお祭り騒ぎとなっていた。
両国は大きく揺れ、歓喜の表情に沸いていた。
胸を撫で降ろす者、涙に暮れる者、ガッツポーズを決める者。
様々な喜びの感情が爆発していた。
もうこれは誰にも止められない。
それをギルとエリスは笑顔で見守っていた。
その喜びを受けてギルとエリスは人化を解いてドラゴンスタイルに戻っていた。
二人は魔水晶を国民に手渡してホバリングを開始した。
ゼノンも撮影をアリザに任せて、ホバリングを始める。
そして三体のドラゴンが一斉に大空を舞い出した。
神々しい光景が三国に訪れていた。
平和の使者が、平和を祝おうと大空を舞っていたのだ。
神話でも語られない様な勇健あらたかなる風景がそこには広がっていたいたのである。
これを感慨深い思いを胸に抱いて、ルメールの一団とレインの一団とそして『オーフェルン』と『サファリス』の国民達は眺めていた。
やっと百年に及ぶ戦争が終わりを告げたのだと。
苦しい年月が終わりを迎えたのだと。
心が解放たれたのだと。
『サファリス』と『オーフェルン』に平和が訪れた。
ルメールは涙を浮かべていた。
レインは拳を握りしめていた。
魔物同盟国に集まった者達はそれを温かく見守っていた。
北半球に平和が訪れていた。
俺は空に浮かび上がると『集団催眠』の能力を解除した。
もうここからは不要だと思えたからだ。
充分本音は聞かせて貰った。
その想いは受け取られて貰ったと。
さて祝いの儀式を始めようか。
俺は笑顔で声を掛ける、
「首領陣!祝杯を用意しろ!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
首領陣が慌ただしく動き出す。
指示を受けた魔物達が一斉に準備を始める。
次々とグラスが配られていく。
そしてこの日の為に準備されていた、シャンパンが配られていく。
皆が皆、並々とシャンパンを注いでいた。
全員笑顔だ。
ゼノン達も人化して混じってきた。
俺の隣に並んでいる。
「島野様、完了致しました!」
ソバルが俺に告げた。
俺はグラスを上に掲げる。
「平和を迎えた今日この日を祝おう!乾杯!!!」
「「「「「乾杯!!!」」」」」
グラスがガシャンガシャンと幸せの音を奏でていた。
皆の笑顔が眩しかった。
そして次々と声が掛けられていた。
「おめでとう!」
「ありがとう!」
「嬉しい!」
「平和が来た!」
「最高だ!」
「私はこの日を忘れない!」
「幸せだ!」
『シマーノ』『サファリス』『オーフェルン』国を覆う様に金色の幸せな神気が舞っていた。
それは『黄金の整い』で得られる以上の充足感に満ちた神気だった。
世界が金色に包まれていた。