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とある犯罪者の話

北半球に足を踏み入れてから一年以上経過していた。

魔物同盟国『シマーノ』はルイベントとの交流が盛んになってきていた。

もはや『シマーノ』は国として認められたのは事実となっていた。

今では普通に『シマーノ』で人族を見かける。

それも当たり前の様に。

そこに不自然さは一切無かった。

もはや人族が日常の風景として溶け込んでいた。


この功績はスターシップにあるといえる。

スターシップはとても秀逸だった。

先ずスターシップは『シマーノ』から帰国すると、国内に向けて魔物同盟国『シマーノ』との国交樹立をあっさりと宣言した。

余りに唐突な出来事だった。


それによりルイベントは大きく揺れた。

そもそも魔物同盟国とは何なのか?

その響きからして魔物が国を建国したのか?

そんなことがあり得るのか?

あの知能の低い魔物達にそんなことができるのか?

更に国交を樹立するほどの国なのか?

等と疑問が後を絶たない。

それを一切問題ないとスターシップは払拭する。

今思えばとても剛腕の所業だった。


それにより魔物同盟国『シマーノ』が一気に脚光を浴びることになったのだ。

その注目度は測り知れない。

またスターシップの宣伝の仕方が巧であった。

ある意味恣意的とも思われた。

上質な衣服と頑丈で良質な防具や武器を持ち帰り、更にその文化について王自ら語り歩いた、そして国民や出入りする商人達にそれを見せつけたのだった。


その反応は素晴らしかった。

ここまで出来の良い品物は見たことがないと、ほとんどの商人達が血気盛んになった。

その反響は留まることを知らない。

その為商人達がここぞとばかりに魔物同盟国『シマーノ』に、虎視眈々と狙いを定めることになっていたのだった。


しかし問題となるのはモエラの大森林の危険度だった。

魔獣が跋扈する森に簡単に訪れることは出来ない。

いつ魔獣と遭遇するのか分からないと、腰が引けてしまう者達が後を絶たなかった。


誰もが命には変えられないのである。

それはそうであろう、命と利益を天秤にかけたら命になることは当たり前のことだからだ。

その為『シマーノ』では街道整備が必要と、大工部門の棟梁達が日中夜問わず駆り出される始末となっていた。

ここを何とかしてしまえば大きな利益に繋がることになる。

商売の素人のこいつらにも簡単に分かることだった。


魔物達にとってはこのチャンスを放棄することは愚の骨頂だった。

街道が整備されてしまえば旅は安全になると考えられた。

そうなれば『シマーノ』の繁栄は約束される。

魔物達も必死だ。

これを何としても完成させなければならない。

その想いは国を挙げてのものになっていた。

そう、こいつらの目標は『シマーノ』を他国に認められる国に仕上げることであることに変わりはないのだから。


それを聞きつけたランドールさんが、これは良くないと精鋭部隊を率いて一気に街道を整備しようと動いてしまったぐらいだ。

結局のところランドールさんはとても慈悲深いのだが、その行いは神の手本とも言える行動だった。

とても慈愛に満ちている。

その様を目の当たりにして、俺だけ呑気にしている訳にもいかず、俺も全力で手伝う羽目となってしまっていた。

本当は面倒臭いと思っていたのだが・・・

口には出さないけどね。


久しぶりに能力全開での作業になってしまった。

でも正直久しぶりの全力の作業に肩を回してしまったことも事実だった。

労働って気持ちいい!

本心では俺も満更ではなかったみたいだ。

能力を発揮出来てすっきりしていたのだ。


その所為でものの一ヶ月で『シマーノ』と『ルイベント』を結ぶ街道が出来上がってしまっていた。

ちょっとやり過ぎたかもしれない・・・

その偉業に打ち震える者が後を絶たなかった。

俺達への感謝の言葉が絶えなかった。

俺は意地になっていただけなのだが・・・


でも実際の所はスターシップの思惑を受けた形になったと思われる。

奴は実にしたたかな奴だ。

相当に頭が切れる。

俺はサウナを享受してやったが、もしかしたらこれも恣意的なことだったのかもしれないと感じてしまったのだった。


もしかして、してやられたか?

そうとは思いたくは無いのだが・・・

まあいいだろう。

ちょっと疑問が残るな・・・

流石は英雄とここは褒めておこう。


街道には魔獣避けの鈴と柵が等間隔で設置されている。

これはダイコクさんが手配した。

ダイコクさんとしても魔物達に頼りっきりとはいかないのだ。

一方的に街道を造って貰ったと言われてしまえば、いつ何時通行税を払ってくれと言われかねない。


少しでも手を貸したという実績を残したかったのだろう。

だがその労働力としてはこっちに分があるのは間違いがないのだ。

こっちがマウントを取ったことは覆し様がない。

この先の交渉は面白いことになるだろう。

実際ダイコクさんは青ざめていた。

商売の神相手に魔物達がどう動くのか?

実に見物である。


街道は安全もある程度担保されており、街道には水場も提供されている程のホスピタリティーとなっていた。

この街道は万全であった。

というもの常時警備の魔物達が警護に当たっているのだ。

間違って街道に魔獣が現れても警護兵が狩ってしまう。

中には狩りをしたいのか街道に魔獣が現れないかと望む者もいたぐらいだ。

今では魔物達の魔獣狩りはお手の物だった。


そして今後宿泊宿や飲食店も造る計画もある。

ルイベントからの渡航者は安全で快適な旅を約束されたといえるだろう。

この偉業にルイベントの商人他達は沸いた。

今では『シマーノ』に行きたいという者が後を絶たなかった。


始めはルイベントの国民も及び腰であったが、街道が出来上がると我先にと『シマーノ』に急行することになったのである。

街道も馬車での通行が可能である為、移動も早い。

それに安全が担保されている。

快適な旅が保証されていた。


今では『シマーノ』で人族を見かけないことは無いぐらいだった。

特に宿屋、飲食店、温泉、そしてサウナが人気を博していた。

そして図書館は人数制限を毎日設けることになってしまっていた。

皆のお目当ては漫画である。

連日行列が後を絶たない始末だ。

こうなるとは思っていたが俺の想像を超えていた。

余りに行列が長い。


これは良くないと俺は漫画喫茶を造ることにした。

いくらでも『複写』は可能で増刷することは簡単だが利益を得ない事には話にならない。

となるとこれしか思いつかなかった。


簡易的ではあるが現在の日本での漫画喫茶をモデルに造ってみた。

まさか異世界で漫画喫茶を造る羽目になろうとは思わなかった・・・

俺もたまに休日に嗜んでいた施設だ。

実に三千冊の漫画が取り揃えられている。

時間制、食事も割かし高めの強気の値段設定にしたのだが無茶苦茶流行ってしまったのだった。


どんだけ娯楽に飢えてるんだよ!こいつら!

まさか仕事サボって無いだろうな?

仕事しろ!仕事!


漫画を売って欲しいという者達が後を絶たなかった。

勿論販売なんてしませんよ。

俺しか作れないんだからさ。

そんな暇はありません。

絶対行いませんよ!

俺は印刷屋ではありませんからね!


この成功を受けてサウナ島でも漫画喫茶を造ってみたがここでも流行ってしまった。

まさかの出来事だった・・・

だったらもっと早く造ればよかった・・・

こうも簡単に流行ってしまうとは・・・

日本の文化恐るべし!

てかもっと早く気づけよな俺・・・

久しぶりにやってしまった。

我ながらやれやれだ。


その成功を受けてタイロンでは漫画の海賊版が出回っている始末だった。

オズすまん・・・後は任せる・・・

ガードナーが何としても摘発すると鼻息が荒い。

大の漫画好きのガードナーとしては許しがたいのだろう。


「漫画を貶すな!」

猛烈に怒っていた。

それに輪をかけてオズが無茶苦茶気合が入っていた。

俺の能力が汚されたと琴線に触れたらしい。

異常なぐらい二人は気合が入っていた。

何が何でも締め上げると不気味な顔をしていた。

それは俺が引くぐらいだった。


犯人捜しは苛烈を極めていた。

ものの数日で犯人を摘発していたのである。

もはや天晴と言わざるを得ない。

俺も海賊版の漫画を読んでみたが残念な仕上がりとなっていた。

よくこんな物を買う人がいたもんだ。

漫画としての体をなしていない。


そして驚くことに遂にマリアさんが漫画家デビューを果たした。

前に漫画の存在を知ってから創作活動を行っているとは聞いてはいたが、渾身の作品が出来たと何故かマリアさんは漫画を俺の所に持ち込んできた。

俺は出版社ではありませんが?

俺でいいのかい?


「守ちゃん、読んでみて頂戴!」

漫画の原作を手渡された。

それは結構な枚数となっていた。


「マリアさん、遂に書き上げたんですね。おめでとうございます!」

先ずはその功績を労いたい。

素晴らしい!


「私の渾身の作品よ、率直な感想をお願いね。守ちゃん!」

期待の眼差しで見つめられてしまった。

これは本気で読まなければならない。

俺はサウナ島の事務所のソファーで読むことにした。

漫画は寛ぎながら読むもんでしょ?

俺はそう思っている。


漫画のタイトルは『恋の伝道師マリたん』

内容としては、主人公のマリたんが様々な恋を成就させていく物語だった。

恋に悩む男女がマリたんの助言を受けて恋愛を深めていく、そんな作品だった。

マリたんの顔がオリビアさんにそっくりなのが気になったが、作品としては素晴らしいと感じた。


俺は率直に意見を述べることにした。

マリアさんは緊張した趣きだった。

珍しく顔が引き攣っている。

こんな表情も出来るんだと俺は思ってしまった。


「マリアさん、素晴らしです。これは出版しましょう!」


「よかったー!守ちゃんありがとう!」

抱きつかれてしまった。

嬉しくはないのだが・・・

てか腰を振るんじゃない!

殴るぞ!

おっさん!


「俺の複写で何部か作りましょう?」


「どれぐらい売れると思う?」


「そうですね、この世界初の漫画家のデビュー作です。ここは景気よく一万部でどうでしょうか?価格は強気に一冊銀貨十枚でどうでしょう?」


「一万部?そんなに売れるかしら?」


「それは分かりませんが、これを機に印刷技術も学んでみたらどうでしょうか?何部かは俺が複写しますが、一万部俺が造るのは一苦労ですし、今後も創作活動を続けるのならこれは必要なことです、それに後進が出来るかもしれませんしね」

海賊版の漫画は残念な出来上がりではあったが、何かしらの印刷技術があると俺は睨んでいた。

オズとガードナーに依頼すれば、しょっ引いた犯人から印刷技術を得ることができるはずだ。


「そうなのね、やってみるわ!」

マリアさんの闘志に火が付いた。

俺達はさっそくオズとガードナーの所に向かった。




事情を二人に説明すると快く快諾してくれた。

結局の所、印刷技術は『複写』の魔法だった。

俺からしてみれば、この世界で『複写』を思いついた犯人には輝るものがあると感じた。

俺は二人に犯人と合わせて欲しいとお願いした。

二人は始めは嫌そうだったが、俺の説得に応じることになった。

それは俺の意図を汲み取ってくれたからだ。

実の所二人共マリアさんの作品を読みたいみたいだ。




俺は犯人を前に驚きを隠せなかった。

その犯人は何と十五歳の少女だったのだ。

そして十五歳にしてはやさぐれていた。

反抗期はまだ続いている様なそんな印象だった。

眼つきが大人全員が敵と言い出しそうな雰囲気だった。

この少女の名はハル。


俺は問答無用で『催眠』を使用し、事情を聞いてみた。

少女とはいえど犯罪者だ、容赦はしない。

ハルがあっさりとゲロった姿を見て、オズとガードナーは驚きを通り越して呆れていた。


ハルはメッサーラの魔法学園を卒業後、就職先が見つからず。

ハンターをやるには生活魔法しかできない為あっさりと断念。

『照明』や『浄化』を使うことはできるが、それを職業にする気には成れず。

サウナ島にやってきた時に呼んだ漫画にインスパイアを受け。

自己修練を行い『複写魔法』取得した。

サウナ島のスーパー銭湯で呼んだ漫画を参考に『複写』して海賊版を作製。

地元のメッサーラでは足が付くからと、タイロンの裏市場で海賊版漫画の販売を行っていたらしい。


俺はその行動力に感心した。

これは素晴らしい人材だ。

是非ともスカウトしたいと思っていた。


「オズ、ガードナー、この子のその後の扱いはどうなるんだ?」

ガードナーが困った顔をして話し出す。


「そうですね、まあ個人的には私の愛して止まない漫画を冒涜されたので許しがたいのですが、軽微な犯罪ですので直ぐに出所することになります。仮釈放ですが保釈金は掛かります」


「それはいくらだ?」


「金貨二十枚です」

オズが回答する。


「分かった、俺が支払うが条件がある」

それまで人生を放棄した様な目をしていた少女の眼つきが変わった。


「条件って何?・・・」

ハルは俺を睨んでいた。

この世界の全てを恨んでいるとでも言いたげだ。


「それは印刷工場を俺が造るから君が運営を手伝うことだ、出来るよな?君なら」


「なっ!・・・」

これにマリアさんが続く。


「私の作品を世に出したいのよ!協力して頂戴!」

何のことかと少女は眼をひん剥いていた。


「あなたの力が必要なのよ!お願いよ!」

マリアさんの圧力に少女は気押されていた。


「う・・・訳が分からない・・・」

だろうね。

俺達はこれまでの経緯を説明した。

少女はやっと事情を理解したようだ。


「私の魔法が必要ってことね、へえー」

急に態度を改めた。

あり得ない反応だった。

あろうことかハルは上から目線になっていた。

結局の所私の魔法がいるんでしょ?と言いたげだ。

この態度に俺はカチンときてしまった。

これは流石に許しがたい。


「あ!やっぱり無しだ!駄目だ、自分の力を過信する君には過ぎた話みたいだったな。撤回させて貰うよ。今回の話は無しだ、失礼する」

いきなり踵を返した俺に少女は付いてこれていなかった。

唖然とし、口をパクパクとさせている。

俺は問答無用で席を立ち上がった。

この後、俺はハルとは一切目を合わさないことにした。

こちらの意図を悟らせてはならない。


「オズ、ガードナーすまなかったな、時間を取らせた様だ。マリアさん帰りましょう。話になりませんよ」

俺はオズとガードナーにウィンクしてサインを送った。


「いいのですか?」


「守ちゃん・・・」


「よろしいので?」

俺の急変ぶりに三人も戸惑っていたが、オズとガードナーは俺の眼をみて察してくれたみたいだ。


「ああ、いいんだ。マリアさん帰ろう。いくらでも手はあるからさ!」

俺は敢えて少女に聞こえるように話した。


「そう・・・」

マリアさんも席を立ち上がり俺達は拘留所を後にした。

俺の発言に察しのいいマリアさんも何かを感じ取ってくれたみたいだ。


俺は気づいたのだった。

少女がなぜあのような態度を取ったのかを。

恐らく彼女はこれまでに真剣に叱られたことがなかったのだろう、それに輪をかけて自分の才能に溺れプライドが高くなっていることを彼女自身が理解していないことを。

その気持ちは分からなくもない。

だがそれではこの先はやってはいけないだろう。

現に犯罪に手を染めている。


この後彼女がどういう経緯を辿るのかは知らないが、この事実を受け止めることを願うばかりだ。

せっかく貰えたチャンスを自身のプライドの高さで台無しにしてしまう愚かさに、彼女は気づけるのだろうか?

オズとガードナーのフォローに期待するしかないな。


そして実際次の手はあるのだ。

ゴンやルイ君に俺の『複写』見せれば、魔法として習得することは出来るだろう。

そこから更に生活魔法に適正がある者達に『複写』を覚えさせることは容易だ。

何もこの子に拘る必要は無いのだ。

冷たく思えるかもしれないが現実はそうなのだ。

だが今の彼女にはここまで考えることは出来ないだろうが・・・

自分の愚かさに気づいて欲しいものだ。


実の所、俺は彼女に自問自答する時間を与えたかったのだ。

その答えが何なのか?

それは彼女が導き出すしかない。

俺は見守ることしか出来ない。

十五歳にして人生の転換期を迎えている彼女に、俺はこれ以上手を差し出すことは出来ない。


見守ることの歯痒さに俺は見悶える思いだった。

でもこれが現実。

俺は見守ることの難しさに直面してしまっていた。

説得しても意味が無いのだ。

結局は本人が説得されるのではなく、納得しなければいけないのだから。


その後オズとガードナーが彼女を諭すことになった。

どう諭したのかは俺は知らない。

だが、数日後謝りたいとの一報を受けることになった。

真剣に頭を下げるハルの姿に俺は胸を撫で降ろすことになった。

こうしてサウナ島に印刷工場が出来ることになり、その後マリアさんの処女作が無事出版されることになった。

売れ行きは好調、この世界初の漫画家の誕生である。


この後ハルはこの世界の漫画文化を発展させるほどの、凄腕編集者へと成り変わっていったのだが今はまだ誰も知る由もない。

人生とは不思議なものである。

どこでいつ人生が変わってもおかしくないからである。

いつでもチャンスは巡ってくる、それを掴むかはその人次第なのだ。


『複写』に関しては、案の定ルイ君とゴンに寄って簡単に開発されていた。

今では生活魔法の取得すべき魔法となっていた。

『浄化』や『照明』と同様に初心者でも取得可能になっていた。

俺はこの後複写を行う必要が無くなり嬉しく思っていた。

だって地味に大変なんだもん。

よかった、よかった。



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