ノベ研の苦悩
《生徒コード334425 藤岡ラン 8:17》
校舎に入ると、自分のスマホに出席通知が届く。ご丁寧なことに遅刻しない為のマニュアル付きだ。
廊下や広場には既に多くの生徒が準備を進めていた。飾り付けや看板作り、劇の練習など、皆各々の作業に熱中している。
私のクラスではオバケ屋敷をやるのだが、今日の作業は午後からなので、直接部室のほうへと向かう。
ノベ研の部室は少し特殊な場所にある。
校舎の端、人が滅多に来ない電気室の前にある、ちょっとした物置きだった所だ。校内にある案内板にすら載っていないので、生徒の間では【幻の同好会】なんて言われている。当然新入生の目に留まるはずもなく、偶然知った私以外、一年生はいない。
(相変わらず暗い...)
電気室への廊下には窓がないので、他の場所と比べて少し薄気味悪い。早歩きで進んで部室のドアを開ける。
『失礼します』
部室に入ると、気持ち良さそうに眠っている現部長がいた。しかも本に顔を沈めたまま。
彼女、田辺ココロ先輩は三人いる部員の一人で、去年引退したユウキ先輩に代わり、新たに部長の席に座っている。自由奔放で、小説は本人曰く『ホラー以外はなんでもいける!』らしい。
『起きてください、本が汚れますよ』
『うーん、、、あともう少しzzz』
長い髪の毛を口に含ませながら返答する。
一度寝た部長はとことん起きないのだ。
部長が起きるまでの間、自分も何か本を読もうとあたりを見渡す。
ここには先代の部員たちが残した数多くの本がある。それが部室の棚一面に並べられている光景には、いつ見ても圧倒される。
私は本が好きだ。そこにある物語を読めば、自分とは違う人の人生を体験しているかのような気分になれる。人は自分自身の人生しか歩めない。だからこそ、多くの本を読み、多くの"道"を知る必要がある。ノベ研に入ってより一層、そう思うようになった。
自分の好きなジャンルの本はほとんど読んでしまったので、新たな趣向の本を読んでみようと思っていると、ユウキ先輩が部室に入ってきた。
『二人とも、待たせたな』
『いえ、大丈夫です』
『おーいココローそろそろ起きろー』
『ふぁーい、、』
眠たそうな返事をしている。
さすがの部長でも、元部長の言うことには逆らえない。くっつけた四つの机を囲むように座り、早速話し合いを始める。
『さて、俺はもう引退しているが、なんと今年の1年がひとりだけしかいなかったわけで、急遽俺も参加することになった』
『勉強してなくていいんですかー?』
私も気になっていたことを部長が聞いてくれた。
『ノベ研存続の危機だぞ!ここで存在感を出しておかなければ来年には廃部かもしれないのに、勉強なんかしている場合か!』
『それで、今年は何をするんですか?』
『よくぞ聞いてくれた!!』
先輩が突然大きな声で叫んだ。元気なのはいいが、毎回そのテンションだと疲れないのだろうか。
『今年は起死回生の策として、自分たちで小説を書くことにする!』
——ドンッと先輩は机を叩きながら言い放った。振動で転がり落ちるペンを拾いながら部長が興味津々に反応する。
『へーそれはいいですね〜。過去にも自作の小説を書いた部員がいるとか。わたしも書いてみたいです!』
部長は小説を書くのも読むのも好きなようだ。私は読むことはあっても書いたことはない。別に書くのはいいが、一つ疑問がある。
『本当にそれで存在感を示せますか?いくら自作とはいっても、製本はできないですし』
『なぁに心配はいらない。どうやら夏休み終盤にAIコンテストなるものが開催されるらしい。全国から集められた作品の中からAIが優秀な作品を選ぶんだそうだ』
私もそれは知っている。AIが選び出すから、結果発表に時間が掛からないらしい。さらに入賞した作品は書籍化も行えるそうだ。
『そこで俺たちの書いた作品を出して入賞できれば、士富高祭でも注目が集まるだろう』
『それって入賞できなきゃ意味無いんじゃ、、』
『まあまあランちゃん大丈夫だよ、わたしも手伝うからさ!』
部長がバシバシと私の背中を叩く。
『じゃあまずはジャンル決めからだな』
『ホラー以外でお願いしまーす』
『わかってるよ、じゃあみんな書きたいジャンルを言ってくれ。ちなみに俺はホラー』
『いや分かってないじゃないですか!もう、、、わたしはラブコメがいいです』
『ランは?』
『私は、、ミステリー、、』
『うーん見事に意見が割れたな』
『あの、少し疑問に思ったんですけど、これって個人で書いて出しちゃダメなんですか?そっちの方が各々書きたいジャンルで書けると思います』
『確かに!その方がいいね!』
『よし、では一人ずつ応募しよう。いいか?この機を逃したらマジでやばい。各員、一層奮励努力せよ!』
『俺たちノベ研は不滅だ!!』
先輩が声高に叫び、拳を上げた。
*
その後は皆それぞれ小説の執筆に移った。基本静かではあったが、たまに内容について意見をもらったり、息抜きに雑談をするなどして時間が過ぎていった。
私は内容の大まかな概要をメモしながら、作業を進めていった。
『ランちゃんはメモをとるのが好きだよねー』
『AIにやれって言われてるだけです』
『ホントお前はAI信者だよな。AIの言うことは正しいけどさ、それだけが人生じゃないぜ』
『わかってますよ、、』
分かってる、分かってるけど、、
落とし穴だらけの人生なんて、私は嫌だ。