少年の独白*他者視点
やめろ、やめてくれ、俺たち親友だろ!?痛い!痛いぃ...あ...腹が...
腹から腸が飛び出たところで俺は目を覚ました。急いで腹を確認する。そこには傷ひとつなかった。
『また夢...』
最近、毎晩親友に殺される悪夢を見る。しかも斬られた感触があり、たまに痛みがある時もあった。とても夢とは思えないそのリアルさのお陰で、俺は寝るのが段々怖くなってきた。毎日あんな夢をみていたら気がおかしくなる。
携帯で時間を確認すると、もう朝の九時だった。メールに通知がないか確認する。
何故か最近親友からのメールが来ない。夏休み中は毎日くだらないやり取りをしていたのにある日を境にぱたりと連絡が途絶えた。
(あいつ、どうしたんだ...)
親友の名前は田辺レン、幼馴染で同じ剣道部に所属している。無口でひとりぼっちだった俺に明るく接してくれた恩人でもある。
ふと、レンが今なにをしているのかが気になった。あの悪夢を毎日みているからなのか、俺は少なからずレンに対して不信感を抱いていた。レンが何も連絡をしないのは、俺の見ている悪夢と関係があるのではないかと。あいつが俺を殺そうとしているから、予知夢として現れたのではないかと。俺は居ても立っても居られなくなり、木刀片手に家を出た。
今にして思えば、この時の俺も相当頭がイカれていたのだろう。親友を疑い、ましては木刀まで持ち出したのだから。だが結果的に、それが俺の命を救うことになる。
*
レンの家は古くから存在する剣道の名家だ。家の横には剣道場があり、いつもレンは朝早くからそこで竹刀を振っている。今日もそこにいると思い、道場の扉を開いた。
中には案の定レンの姿があった。
『レン、何してんだ...?』
レンは真剣が飾られている棚の前で静かに立っている。するとそれを手に取り、こちらを向いた。
『ダイキ、ダイキィィ!!』
レンはいきなり叫び出すと凄い気迫でこちらに迫ってくる。振り上げられた真剣を俺はとっさに木刀で受け止めるが、その衝撃で押し倒されてしまった。
『とうとう俺を殺しにきたな!!ダイキ!!』
『何言ってんだ!!それはこっちのセリフだ!!』
なんとか耐えていたが、木刀が真剣に敵うはずがない。木刀は音たてて割れた。
『いい加減にしろ!!』
その瞬間、俺はレンの股間を蹴り上げる。レンは飛び上がり床に転げ回る。
『うぉーいてぇー何すんだ!』
『はぁ、はぁ、頭は冷えたか?』
俺の声を聞いて我に返ったのか、レンは自分のしていたことに気づいた。
『...おう』
俺とレンは道場の真ん中で正座しながら最近あったことを話し合った。
『すまんダイキ、俺は正気じゃなかった...。親友を殺そうとするなんて...』
『もういいって言ってんだろ。それよりお前も悪夢を見てたのか?』
『ああ、お前に首を絞められる夢だった。思い出しただけで首が痛くなってくる』
『実は俺も見てたんだ。お前に刀で斬られる夢。...なぁこれおかしくねぇか?』
『...もしかして俺ら、"あいつ"に呪われたのかもしれないな』
『......』
悪夢を見るようになったのは、一人のクラスメイトがこの世を去った時からだった。名前は藤村アイ。百年に一人の天才と呼ばれ、この京刻市の都市開発を担っている藤村ユキオの一人娘でもある。彼女が死ななければ人類の叡智は百年先に進んでいたと言われている。
彼女は夏休み中に事故で亡くなったと報道されていたが、俺はそうは思わない。あいつは自殺したんだ。
彼女はクラスの女子生徒にいじめられていた。天才への妬みなのか、金持ちへの僻みなのかは分からないが些細なことがきっかけでいじめは始まった。
俺たちは止めようとはしなかった。巻き込まれたくなかったからだ。元々国側が地域住民の反対を押し切って強引に"管理"を進めたのだ。大人たちは権力には敵わないからと、彼女がいじめられているのを黙認することによって反抗した。いわば八つ当たりみたいなものだ。もし彼女を庇えば今度は俺たちかもしれない、そういう不安が頭の中にあった。
結局俺たちも、権力に、恐怖に、屈したのだ。
暫く、沈黙の時間が続いた。何か話題を変えようと口を開いた瞬間、携帯に一通のメールが映し出される。それはレンの携帯にも届いていた。
『なんだこれ、差出人不明?』
メールにはこう書かれていた。
【悪夢を終わらせたい者は二時に学校に来い】
寒気が全身を覆った。なぜ悪夢を見ていることを知っている?だとしたらこのメールを送ってきた奴が悪夢の元凶か?
頭の中に色々な考えが駆け巡る。レンも困惑しているようだ。
『...どうするレン、行くか?』
『行くしかないだろ...』
悪夢が終わるならなんだってしてやる。そのくらい、あの時の俺は追い詰められていた。だが、あんな惨劇を体験するくらいだったら、俺は永遠に悪夢を見ていただろう。
*
夜になり、俺はレンの家の前に行く。そこには何やら大荷物なレンの姿があった。
『なんだそれ?』
『護身用の刀だ。お前にもやるよ』
そう言うと、レンは刀を入れた袋をひとつ俺にくれた。
『必要か?』
『何言ってんだ。いいか、今から敵地に乗り込むんだぞ。これくらい当たり前だ。早く行くぞ』
そう言い、レンは歩きだす。俺もその背中を追いかけた。
学校に着くと、2ー3のクラスだけ明かりが付いていた。校舎の中は暗く、廊下の電気を付けようとするも、ボタンが壊されていた。唯一明かりが付いている2ー3の教室を覗くと、なんとクラスメイトの殆どが集合していた。やはりみんな何かしらの荷物を抱えている。
『お前たちも悪夢みてたんか!?』
お調子者の山下が話しかけてくる。
『ああ、お前もあのメールを見たのか?』
『せやで、たく、気味が悪いわ』
他のクラスメイトも不安の表情を浮かべている。
『誰よ!!こんな馬鹿げたまねしたの!!あなた達の中にいるんでしょ!!』
そう言って、一人の女子が声を荒げる。彼女の名前は雪乃。彼女はアイをいじめていた生徒の一人でいつも他にいじめをしていた二人と三人で行動している。だが、今日に限って残りの二人がいない。
————ピンポンパンポーン
すると突然校舎に放送の音が鳴り響く。そして低い男の声が後から聞こえてきた。
《悪夢から解放されたければ、
【生き残れ】
その瞬間、教室の後ろの扉が突然開いた。そこにはいじめ三人衆の一人が縄と、血塗れの包丁を持って立っていた。
『ユイカ!どこ行ってたの!?』
雪乃がユイカのもとに駆け寄る。
『サキちゃん......』
『な、なに?』
『死んで』
そう言うと、ユイカは雪乃の首を包丁で切り裂いた。
『あ、がぁ』
『知ってんのよ!!サキとユミが私を殺そうとしてたのは!!』
雪乃は血を撒き散らしながら床に倒れる。
『これはまずいな...』
『ああ、俺たちの時と同じだ』
ユイカは教室を見渡すと、白目を剥きながら叫び出す。
『あなた達も私を殺す気なんでしょぉぉ!!』
ユイカは近くにいる人を片っ端から切りつけていく。教室は一瞬にして阿鼻叫喚に包まれた。
『一旦逃げるぞ!!』
そして俺たちは急いで教室を出た。悲鳴を背にとにかく廊下を走った。
『くそ、何がどうなってんだ!?』
『考えるのは後だ!確かこの先に調理室があったな。あそこなら廊下側の窓がない。立て籠もるぞ!』
俺たちは調理室の中に入り、扉を机などで塞いだ。
『ユイカのやつ、大分ヤバかったな』
『ああ...これからどうする?』
『どうするってそゃ————
——ドンドンドン
『お願い開けて!助けて!』
扉からユキの切羽詰まった声がした。ユキは美化委員の真面目で大人しい生徒だった。
『...どうする?』
『どうするって、開けるに決まってるだろ!』
そう言って、俺は扉の前に置かれた机をどかした。ユイカが近くに来ている可能性はあったがその時の俺はそんなこと考えられなかった。
机をどかし、扉を開ける。そこには、ボウガンを構え、不気味に笑うユキの姿があった。
『ありがと♡』
———!
俺は咄嗟に身をねじるが、ボウガンから放たれた矢は無慈悲にも腕に突き刺さった。
『いてぇ!!』
『あははははは!!』
『ダイキ!!』
俺はあまりの痛さに思わず座り込む。レンはすかさず刀を取り出し、ユキの腹を刺し、そのまま壁に突き刺した。
『あははいたい!あは、はひひは、あ、、』
ユキはそのまま力尽きた。
『ダイキ!大丈夫か!?』
『あぁ、なんとかな』
レンはすぐに俺のもとに来てくれた。
『...矢、抜くぞ。これ咥えとけ』
レンはそう言ってハンカチを手渡した。俺はそれを口に入れ、傷口から目をそらす。
『行くぞ、3、2、1』
———ううぅぅ!
自分の腕から異物が取り除かれる感覚と同時に、激しい痛みが襲ってくる。
『止血する』
レンは自分の上服を脱ぎ傷口に巻きつける。お陰で少しは出血が止まった。
『ありがとな、レン』
『いいか?お前はもう少し他人を疑え。じゃなきゃ殺されるぞ』
『...ああ、分かった』
『おし、じゃあ生き残るぞ』
『ああ』
『全員殺して』
『...え』
レンは袋から予備の刀を取り出し、こちらを向く。彼の眼に光はなかった。そこにあったのは明確な殺意と、俺の姿だけだった。
『何言ってんだよ...』
『何って、俺たち以外全員殺すんだよ。じゃなきゃ"生き残れない"だろ?』
『生き残るって...』
『生き残るんだよ。それが目的だろ。生き残って解放されるんだよ』
俺は何度もレンに言い聞かされた。
頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。必死に形を保とうとしても、もう限界だった。
『あ、ああ、、そうだよな、、生き残るんだもんな、、』
『そうだ。殺すんだ。じゃなきゃ"生き残れない"』
俺の中で、何かが崩れた。
刀を手に持つ。
『片手で大丈夫か?』
『ああ大丈夫だ』
今になって思う。あのとき、
俺は、俺たちは、とっくに狂ってた。
*
廊下に出ると、さっきまで逃げ惑っていたクラスメイトが我を忘れて殺し合っている。血は床に染み込み、臓物は飛び散り、飛び出した一つの眼球がこちらを向いていた。
そんな地獄のような惨状を見ても、俺たちは冷静だった。
『人の油や血で刀は切れ味が落ちる。なるべく一撃で殺すぞ』
『ああ、分かってる』
こっちに気づいた二人の生徒が一斉に襲いかかってくる。一人がケン、もう一人がアユミ。二人は恋人同士でいつも一緒に過ごしていた。
俺たちはそんな彼らを容赦なく斬り捨てる。
『腕は鈍ってないな』
『真剣を使うのは久しぶりだな』
初めて使った時は全く切れなかったが、今では竹を割るくらいには上達していた。
刀を振り血を落とす。
俺たちは教室をしらみつぶしに見て回った。どこもかしこも死体だらけ。鼻が曲がりそうだった。
理科室に行くと、山下が劇薬の瓶を集めていた。
『よぉ山下、生きてたんだな』
『...!く、来るなぁ!』
山下はこちらに気がつくと怯えながら瓶を構える。
『まぁ落ち着けって。俺はお前を殺しに来たんじゃない』
嘘だ。山下を見つけたとき、既に作戦は練ってある。今山下はレン一人だけだと思い込んでいるが、実際は俺が後ろに隠れていて不意打ちで殺す手筈だ。
『し、信じられない!!』
『...そうか、残念だ』
そう言って、レンは素早くしゃがむ。その瞬間、俺は山下めがけて刀を投げた。山下はそれを咄嗟に瓶で防ぐが、瓶が割れ、顔面に全てかかった。
『ぎいやゃゃゃゃ!!』
すかさずレンは刀で山下の首を切った。山下は後ろに倒れ、痙攣した後、動かなくなった。
『いい投擲だったぜ!』
『案外うまくいくもんだな』
俺たちは死体の前でハイタッチをする。その後、まだ生きている生徒がいないか歩き回った。周りから声は聞こえない。
『だいぶ死んだな』
『残りは俺たちだけか?』
『いや、まだ死体を見てない奴がいる』
ユイカ、タクマ、マサシの三人の死体がない。ユイカは最初に暴れてた奴。タクマは俺たちと同じ剣道部で副部長を任されている。タクマの家系も剣道の名家で実力は高い。マサシは大のグロ好きで前に山でウサギの解剖をしていたほどだ。どいつもまだ生きている可能性は高い。
『ここからは二手に分かれるぞ。そっちの方が効率がいい。集合場所は2ー3の教室だ』
『分かった。気をつけろよ』
『お前もな』
そう言って、レンは暗闇へと消えた。同時に今まで無視していた腕の傷が痛み出した。痛みのお陰で少し頭が冷める。すると空き教室の方から微かに音が聞こえてくる。
かつてクラスメイト"だった"ものを横目に俺はそこに向かった。
空き教室行くまでの廊下はかなり酷かった。さながら血のレッドカーペットだ。しかも転がっている死体は何故か身体の一部が無い。
慎重に空き教室の扉を開くと、そこには死体の解剖をしているマサシの姿があった。マサシの周りには腕や耳、脳みそなどが置かれていた。音に気づいたマサシがこちらに振り向く。
『やぁ!よく来たね』
『なにしてんだ』
『何って、ユイカさんの解剖だよ。感謝してよ〜暴れるユイカさん殺すの大変だったんだからさ』
『...狂ってんな』
『君もだろ?』
俺は勢いよく踏み込む。次の瞬間、俺の視界が半分消えた。
『...あ?』
『どうだい?メスはよく切れるだろう?』
右目をやられた。それに気づくのにそう時間はかからなかった。マサシは素早く喉に突き刺そうとしてくる。俺はそれを左手で受け止める。
『——!抜けない!?』
俺の身体のリミッターは既に壊れていた。理性、本能の全てを"生き残る"ことに注いだ。
『終わりだ』
俺はマサシの心臓を突き刺した。視界が赤く染まる。
『化...物』
『...お前もだろ』
これで三人のうち二人は死んだ。あとはタクマだけだが、ここまで騒いで誰も来ないということはもうレンが殺したか、或いはまだ闘っているか、どちらにしても一旦2ー3の教室に戻ることになる。俺は右目を押さえながら赤い凱旋道を歩いた。
*
教室の前に着くと、レンがタクマの首を持って待っていた。
『よぉ、そっちはどうだ?』
『二人は死んだ。目はやられたが』
『大丈夫か?』
『ああ、にしてもよくタクマに勝ったな』
『剣道じゃねえからな。殺すだけなら簡単だ』
『じゃあ、これで終わりか?』
『...そうだな』
『.......』
沈黙が続く。俺はこのまま永遠に黙っていたかった。
(頼む...早く放送が流れてくれ...)
俺は心の中でそう何度も呟いた。それでも教室は、校舎は、この町は、残酷なほど静かだった。血を流しすぎたのか、意識が朦朧としてきた。
『ダイキ、俺たちが初めて会った時も、こんな夜だったよな』
突然、レンが口を開く。心なしかその声にはさっきまでは無かった優しさが感じられた。
『誰もいなくて、静かな公園でさ、一人で泣いてるお前を見たときはびっくりしたぜ。何かあったのか聞いても黙ったままでさ。ようやく口を開いたかと思えば、家出したっていうくだらない理由だった』
『くだらないって言ってた割にはお前の道場に泊めてくれたじゃないか』
『あの時の俺は優しかったからな。まぁ結局バレて二人とも説教だったな』
『お前の父親の拳骨はマジで痛かった』
『俺なんてまだタンコブ残ってるぜ』
『はは...』
『......』
『......』
『...ダイキ』
『...レン』
『『今までありがとな』』
この先に言葉はない。
あるのはただ、鳴り響く金属音だけだった。
*
"生き残り"をかけた最後の闘いが始まる。
レンの一撃は重い。俺はさばくのに精一杯だった。身体を左右に揺らされる。俺は一旦教室に逃げ込んだ。
すかさずレンも入ってくる。俺は刀を構え、足を引く。体力的にこれが最後の一撃になるだろう。レンも抜刀の構えをとる。
目と目が合った。彼の眼に俺の姿はもう無い。
永遠とも思える間に踏み込み、刹那とも思える交わりをする。
倒れていたのは、俺だった。
薄れゆく意識の中、最後に聞こえた声は、レンのものではなかった。
【そこまで。時間切れだ。】
その声を聞いたところで、俺は意識を失った。
*
目覚めると、そこは病院の一室だった。その瞬間、家族が泣きながら俺の名前を叫ぶ。俺は何が何だか分からなかった。唯一その場で理解できたことは、俺は"生き残った"ということだけだった。
家族に俺が気を失ってからのことを全て教えてもらった。
あの日、夜に学校から悲鳴が聞こえるという通報があり、警察が駆けつけて中の惨状を発見したらしい。すぐに救急車が来て俺とレンはこの病院に運ばれた。俺は奇跡的に一命を取り留めた。レンは目立った外傷が無かったためそのまま退院して、今は警察の事情聴取を受けているそうだ。
俺は話を一通り聴いた後、家族に一人にしてほしいと頼んだ。家族が病室から出た後、俺は声を出して泣いた。
歓喜でもなく、安堵でもなく、ただ罪の意識だけが片目の涙にはあった。あの時の俺は狂ってた。だから仕方がなかった。そんな言い訳は頭の中になかった。俺はこの罪を、死ぬまで背負うのだ。
死んだ方がマシだった。
数ヶ月後、俺は退院した。退院してすぐに、俺は自殺しようとした。生きていても何の意味もないと思っていたからだ。だけど出来なかったんだ。死のうとすると、"生き残れ"と頭の中で何かが呟いてくる。それを聞くと何故か身体が動かなくなった。
俺は悟った。これは【呪い】なのだと。
俺が殺したクラスメイトの怨念が、罪を背負えと言っているのだと。
暫くして、俺にも事情聴取が始まった。といっても、レンが言ったことの内容確認が主だった。
レンは自分が全てやったことだと言ったらしい。だが警察はすぐにそれを疑問視した。あの凄惨な現場を一人で作り上げることはできない。それに凶器もバラバラで指紋もそれぞれ違う。
俺はレンの証言は間違っていると警察に言った。俺はあの日に起こったことを全て話した。
警察はやはりあのメールを送ってきた人物を犯人だと決定付けた。長時間の事情聴取も終わりに近づいたとき、警察にとある質問をされた。
なぜ、あの場所から逃げなかったのか、と
——————
俺はそれを聴いて絶句した。
確かにそうだ。何故俺たちは学校から出なかった?窓も、入り口も、開いていたじゃないか...どうしてだ...そうすれば、皆んな"生き残れた"じゃないか...わざわざ殺し合いをせずともよかったじゃないか...。
何故だ?狂っていたからか?そもそも何故狂ったんだ?悪夢を見ていたからか?悪夢を見たぐらいで、
俺たちは殺し合いをしたのか?
*
数日後、事件のことは大々的にニュースになった。事件の名前は【京刻高校惨殺事件】。警察は生徒が集団発狂を引き起こしたと記者の前で説明した。俺たちは精神が不安定だったとして罪に問われることはなかった。それでも俺が人殺しであることには変わりない。連日マスコミが俺の家に押しかけた。
今の心境は?どうやってクラスメイトを殺したのか?現場の様子はどうだったのかなど、思い出したくもないことばかり口に出す。
家の壁に落書きをされることも多かった。【死ね】【人殺し】【娘を返せ】ありとあらゆる罵倒が我が家に浴びせられた。俺はこれ以上家族に迷惑はかけられない、そう思い、家を飛びだ出した。
誰も俺を知らない場所まで、とにかく走った。
夜になり、近くの公園で朝日を待つことにした。遊具も、トイレもない小さな公園だった。
ベンチに寝転がり、瞼を閉じる。今までのことが、走馬灯のように暗闇に映し出される。
レンと初めて会った小学生時代のこと。レンと竹刀をぶつけ合った中学生時代のこと。偽りの平和だった高校生時代のこと。そしてもう二度と忘れることのない地獄の景色。
俺は自然と涙が出た。何の感情も入っていない、ただただ純粋な涙だった。この涙と共に、全てを忘れられたらどれだけ良かっただろうか。
『なんで泣いてんだ?』
その声を聞いて、俺は勢いよく起き上がった。目の前にもう二度と会わないと思っていた、"親友"がいた。崩れていた何かが、俺の中で蘇る。
『どうして...ここに...』
『家出して、走ってたらここに着いた』
『...俺もだ』
『...傷はどうだ?』
『まだ痛む』
『...すまんな』
『謝んな。俺だってお前を殺そうとした』
レンは黙って俺の横に座った。
『これからどうするんだ?俺はとりあえず士富市に行く。"償い"をしにな』
『俺は...まだ決めてない。けど、海が見える場所に行こうかな。もう何も思い出したくないんだ』
『...そうか』
突然、レンが立ち上がる。
『じゃ、俺はそろそろ行くわ』
『寝なくていいのか?』
『ベンチ一つしかないだろ。...じゃあな』
『...ああ』
呆気なく、レンは去っていった。けどそれでいいんだ。別れならもう、あの場所で済ました。
俺は再び寝転がる。瞼の裏には何も映らない。
今日は、今日だけは、
良い夢が見れそうだった。




