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アイの独白  作者: 川口 黒子
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おじさんの独白2*他者視点

 


 桜が舞い散る季節に私は京刻高校にやってきた。京刻市は国家主導の都市開発に選ばれた最初の都市だった。超がつくほどの田舎で、京刻高校はこの市の唯一の高校である。この高校にある図書室の司書として勤めていた前任の方が高齢で退職することになったので、私が新しく配属されたというわけだ。


 私がこの高校に来て最初に抱いた印象は、とにかく古いだ。今の時代、ほとんどの高校がコンクリートでできているのに対し、京刻高校は未だに木造であった。エアコンは無く、生徒の数は少ない。正直、すぐにでも辞めたい気分だった。


 だが、図書室の扉を開けたとき、そんな気分は風に乗って飛んでいった。

 広すぎず、狭すぎない絶妙な空間で、蔵書数も申し分なく、換気もしっかりとできる、何よりとても静かだった。私にとって最高の職場だ!そう思っていた...。


 桜の花びらがすべて散り終えた頃、私はようやく悟った。


(この高校の生徒、まったく図書室使わん!!)


 それもそのはず、最近、京刻市で実験的に普及された『携帯型タブレット端末』が今若者の間で人気らしい。しかも本を電子化してその端末の中で読めてしまうそうだ。おかげで書籍として本を読む若者が少なくなった。


 それでも、ここを使ってくれる生徒が一人いた。一年生の子で、放課後に一人で来て本を読んだりたまに借りたりする。たまに来ない日もあったが、顔を見る回数は多かった。物静かな子で、言葉を交わす機会は本を借りるときぐらいだ。


 彼女が読む本は日によって変わっている。ミステリー系を読むのかと思いきやB級ホラーの小説だったり、青春ものやサスペンス、たまに大人の恋愛など、彼女からは想像もつかないほどアグレッシブな読み方だった。

 私はいつしか、彼女が今日何を読むのかを楽しみにする日々を送っていた。


 桜の木々に緑色の葉がつき、蝉の鳴き声が聞こえ始めた頃、彼女の読む本のジャンルが極端になってきた。正確には恋愛系の小説だ。しかも学生ものである。当時の私はこう思った、


(この子、絶対恋してる!!)


 私は真相を確かめるべく、彼女が本を借りる際にさりげなく聞くことにした。


『おや、最近このシリーズをよく借りるね』


『はい、結構面白くて』


『内容はたしか、高校生の甘酸っぱい恋愛物語だったような...もしかして君にもそういう想い人がいるのかな?』


 あまりにも露骨すぎたと言ってから気づいた。


『私もこういう恋愛できるかなって思って読んでるだけですよ』


 そう言って、彼女は静かに微笑んだ。

 私が後悔していることの一つは、このときの彼女の笑顔の裏にあった何かに、気づかなかったことだ。


 蝉の声が本格的にうるさくなってきて、高校が夏休みに入った頃、私は暑苦しい図書室の中で扇風機の風を受けながら、誰もいない読書スペースを眺めていた。彼女も流石に夏休みには図書室に来ないのだろう。久々に静かで退屈な時間を過ごしていた。


 閉庁日の一日前

 今日も誰も来なかった図書室の鍵を閉め、職員室の裏口から校舎の外に出る。今日の天気は珍しく雨だった。傘をさして校門を抜ける。家への帰り道、傘をさした二人の男女が道の先からやってきた。女の子の顔をよく見てみると、私のよく知る彼女だった。となると、隣にいる男の子はもしかして彼氏だろうか。そう考えると、思わず顔がにやけてしまう。


 ここで話しかけるのは流石に野暮なので、何も言わずに通り過ぎることにした。蝉は鳴いておらず、雨の音と私たちの足音だけが聴こえてくる。彼女の横を通り過ぎたとき、彼女は小さく呟いた。


『お世話になりました』


 その声を聞いたとき、周りが一瞬、静寂に包まれた。


 ————え


 私が振り返ると、彼女たちはもう遠くに見える。うるさい雨音が私の耳に戻ってきた。


 私の最大の後悔は、このとき彼女のもとへあの言葉の真意を聞きに行かなかったことである。



 私の後悔はすぐに訪れた。

 彼女が山の崖から転落して亡くなったことが市のニュースで明らかになった。警察は雨の影響で柵を支える土が弛んだことによる事故死として処理した。しかし、どうして彼女...彼女達は雨の日なんかに山に行ったのか、あの時の言葉はまさか———頭の中で憶測だけが飛び交った。


 ずっと図書室に来てくれていて、昨日だって会ったあの子が、突然この世からいなくなった。それは当時の私にとって耐え難く、京刻高校の司書を辞めるのに十分な理由だった。


 司書を辞めてからしばらくして、さらなる悲劇がテレビのニュースに映し出された。京刻高校で二人を除く2-3の生徒全員が無惨な姿で発見された。この事件発生後、京刻市の都市開発は中止になり、第二の実験都市として"士富市"が選ばれた。


 それから、私は士富市にある唯一の図書館に勤めることになった。



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