図書館
『おーい、遅いぞー』
先輩が校門の前で大きく手を振っている。半袖短パンでアロハ仕様、肩にはタオルをかけていて、いかにも夏を満喫してそうな服装だ。
『まだ九時じゃないですよ』
『十分前行動が基本だろ!』
先輩と駄弁っていると、麦わら帽子をかぶった部長が、こちらに向かって走ってきた。
『すいませーん遅れましたー!』
『大丈夫だ、まだ時間じゃない』
(どうして私の時だけ、、)
『あ、ランちゃん、どう?この麦わら帽子、似合ってる?』
そう言うと、部長はその場でクルリと一回転した。長い髪を後ろで結んだポニーテールがヒラリと宙を舞う。
『はい、似合ってると思います』
『そう?よかった!実は手作りなの。今度ランちゃんにもあげるね!』
『本当ですか?ありがとうございます』
『おーいそろそろ行くぞー』
これから行く図書館は、士富高校からは少し離れた地域にある。私たちは最寄りのバス停まで歩き、バスが来るのを待つ。
『しっかしあっついなぁ異常気象か?』
『天の気分はコロコロ変わりますからねー今年は熱くなりたい気分だったんですよ』
『流石ですね部長。ロマンチックな言い回しです』
『ふふーん』
部長はドヤ顔でこちらを見つめてくる。
バスが到着し、一番後ろの席に腰を下ろす。部長が真ん中で、私と先輩が端に座る。地面から離れているこの浮遊感を味わっていると、バスはすぐに出発した。窓から見る景色は、いつも私が見ているものとは違ってみえる。これが"大人"の視点というものなのか。
くだらないことを考えていると、隣にいる部長が話しかけてきた。
『ランちゃんてさ、何かなりたい職業とか、夢ってある?』
『突然ですね......特にはないですが、強いて言うなら人の役に立つことをしたいです』
『いい心がけだな。ココロは何かあるか?』
先輩が話に割り込んできた。
部長は少し考えるように俯いた後、ゆっくりと口を開いた。
『私、小説家になりたいんです。なって、色んなことを表現していたいんです。私は絵も下手だし、音楽も得意じゃないから、自分の頭の中を上手く表現する方法がないんです。だから、せめて言葉にして、この世界に残したい。残したいから......』
『まだ、死にたく...ない...』
そう言って、部長は大粒の涙を流しながら、顔を手で覆った。
———私は、何も解っていなかった。
あの場所の"恐怖"を、みんなも克服していると思っていた。なんだかんだ楽しんでいるのだと、そう思っていた。笑っていた先輩を見て、冗談を言っていた部長を見て、大丈夫だと、そう勘違いしていた。
本当は、みんな怖いんだ......けど、だからこそ
『だからこそ、知ろうとするんだろ、ココロ。"恐怖"を知って、立ち向かうんだ。俺だって怖いさ...。だけど、お前たちと一緒なら大丈夫な気がするんだ。だから安心しろ!俺が必ず守ってやる!』
『———』
部長は、何も言わずに先輩の顔を見つめている。心なしか、部長の顔が赤い気がする。さっきまで泣いていたからだろうか。いずれにしても、部長が安心できたようで良かった。
『勿論ランもだぞ!』
『あ、はい!』
突然の呼び掛けに、私は慌てて返事をした。




