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未来人と原始人の不倫

作者: 餅角ケイ



 親戚のおじさんからたまたまもらったお古のタイムマシーン。ついさっき親の介護のことで旦那と喧嘩して、勢いでそれに乗ってしまっていた。ふらっと辿り着いた先は、どうやら数万年の森のようだった。


 あ、だめだ。

 私は半ば倒れこむような形で、適当な大木に背中をつけ腰を降ろした。26世紀(いま)と比べると遥かに酸素濃度が高いのか、逆に頭がくらくらしてしまう。うずくまっていたら茂みから荒々しい足音のようなのが聞こえてきて、あっこれ死んだなと思った。走馬灯は流れなかったけど「本当あいつ何考えてるか分かんねえし、言わないとゴミ出しすらやらねーし」という旦那への愚痴が頭の中をループしていた。



 歴史の教科書で見たような、ぎりぎり人間らしきものが私を見下ろしていた。裸だったので一発で男だとわかった。土で全身が薄汚れていて、しかし彫りが深い。色白の女が珍しいのか、私はただひたすらに凝視されていた。

 そのうち男が荒い息を立てはじめながら距離を縮めてきたので、私は再び死を覚悟した。このままじゃ私は本能のままに殺されて、『消えた26世紀人』として未解決事件になってしまうだろう。私は気まぐれで家出しただけなのであって、死ににきたわけじゃない。


 生き残るすべは一つしかないと思った。私はふらつきながらも薄手のワンピースやその他もろもろを取っ払って、目の前の男と全く同じ成りになった。段々と男の息遣いの種類が変わってきて、どこか湿り気を帯びている。普段は獲物しか追いかけていないのであろう鋭い眼光が、水風船みたいな私の乳房ちぶさの丸みを捉えている。

 私は無理やり男の顔を押さえてキスの手ほどきをした。一瞬だけ触れた舌が妙にザラザラしていて普通に気持ちよかった。終わった後で殴られるかと思いきや、原始人ながら「は?」みたいな顔をしていて笑ってしまった。嗅いだことのないような、口の中まで森みたいな匂い。


 理性なんてないから、場所なんてお構いなしだ。無理やり主導権を奪われながら、あー原始人って回りくどくなくていいな。旦那とは大違いだなと思った。原始人ってゴミ出ししないだろうし羨ましいな。適当にその辺に捨てるか中に出せば済むんだから、とくだらないことも合わせて思った。


 だんだん高ぶっていく体とは裏腹に、私は心の中で静かに感動していた。……ほんと、ヒトは便利にできているものだ。言葉が通じなくたって、こうやって体2つ(1つ?)で分かり合うことができるのだから。時代によって多少のアレンジや嗜好はあれども、最後の最後にすることは変わらない。これは、始祖より続く不変の肉体言語なのだ。




「あー、床が枝だらけで痛かったから、でっかい葉っぱとか敷いてくれたらもっとよかったかな」

 この時代にピロートークの習慣などあるはずもなく、私の呟きはことごとく無視されてしまう。でもそういった後ぐされのないところがいいのかもしれなくて、ちょっと惹かれる。


 ぐったりした原始人が背中を向けたとき、私は「待って」と大声を出した。こっちを向いて警戒している。

 私はネックレスを外して、彼の首に付けてあげた。不思議と拒否はなかった。……これは完全な未来人のエゴだ。安っぽい金色のスマイル君のモチーフが、悪目立ちしている。強制されていた趣味の悪い旦那からのプレゼントがまさかこんなところで役に立つなんて、思いもしなかった。



 ああ、そろそろ帰らないとお義母さんに心配される。


「気持ちよかった。また来る」

 だめだ酸素が濃すぎて限界だ。私は朦朧とした意識で最後にもう一度口づけをした。

 次は、会えるだろうか。…………このだだっ広い森の中で、どうか私が彼を、彼が私を、識別できますように。いや、別にいいかなどっちでも。タイムマシンに乗りこむ別れ際、首元のネックレスを光らせていた彼はすがるような視線を向けてきて、もはや全然原始的ではなかった。


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