異世界転生
「神域へようこそ。えー、後ろ詰まってるんでチャッチャと行き先決めちゃいますね。どれどれ、慎也さんの死因はトラックに轢かれた事による……おっ、異世界転生ものにありがちなやつですね。うちの神様好きなんですよー、そういうの」
「はぁ」
俺は困惑混じりの相槌を打ち、天使だと思われる陽気な男を観察するようにジッと見つめる。その視線はあからさまだったのだが、男は気にした素振りも無く背もたれに体を預けて楽しそうに笑っていた。
「年齢もピッタリじゃないですかー。経歴も陰キャっぽい感じイイですねー、素質ありますよ。チート能力授かっちゃえばもう完璧じゃないですか?」
「天使って意外と俗っぽいんですね」
「よく言われますー」
男は歯を見せてケラケラと大袈裟に笑い、巻き物を手に喋りながら時折視線を落とす。そこに俺の一生が書かれているのだろうか。
もっと真剣に対応してくれよと思いはするが、言い出す隙が見当たらない。よって、ヤケクソ気味に諦めて男のペースに乗っかった。
「あっ、慎也さんって異世界転生もの好きですか?俺メッチャ好きなんですよー、創造主の影響かなー?どうなんです?」
「まあ、それなりに」
「とか言いつつ、エグいくらい読んでません?慎也さんってば素直じゃないんですからー」
「分かるんなら訊かないでください」
「まあまあ、これも仕事のうちって事で。えーっと……お?この小説面白そうですね。俺も読んでみよっかなー。慎也さん的には面白かったです?」
「忘れました。ていうか、さっきからどこ見てるんですか。もっと重要な事が……」
「と言われましても、慎也さんの人生って平坦で読み応えがねー。ほら、この恋愛の項目なんか一行で終わってますよ。なんもなさ過ぎてやばくないですか?」
そう言って男は巻物に書かれた寂しい一文を指差して俺に見せる。
確かに一瞬で読み終わるけど、人生ってそれだけじゃないだろ。もっとなんかあるだろ。分かんないけど!
流石の俺もこれには苛立ちを隠し切れなかった。
「なんの面白味も無い人間で悪かったですね!後ろ詰まってるんじゃなかったんですか?早く行き先決めてくださいよ!」
語調を強めて巻物を広げているテーブルを乱暴に叩く。しかし、男は揺るがない。
「そんな急かさなくっても、慎也さんは何の問題も無く天国行きですよー」
「でしょうね!なんの面白味も無いらしいですから!」
「天国に行けるんですから、もっと喜んでくださいよ。なんの面白味も無い経歴気にしてるんですか?」
「別に!あんたを楽しませる為に生きてませんでしたし、カケラも気にしてませんけど!?」
「あははっ、慎也さんってば捻くれ者ー。気にしてる反応ですよ、それ」
「うるせぇ!」
鬱憤を晴らすように声を荒げて、ヘラヘラ笑っている男を目一杯睨みつける。相変わらず男はノーダメージだったのだが。
すると、急に男が深く息を吐き、先程より少し落ち着いた態度で口元を緩める。俺はその変化を訝しく思い、眉間にシワを寄せて黙って相手の出方を伺った。
「さすが、あの方の世界から拉致して来た霊魂って感じですね、神様?」
「……神様?」
急に何を言っているのだろう。
俺以外の誰かに向けられた言葉に表情を厳しくさせる。そして、その疑問の答えはすぐに分かった。
「『拉致』とは人聞きが悪いぞ、No.66」
背後から何の前触れも無く男の子の声が聞こえて来て、俺は素早く後ろを振り返る。そこには10歳前後の男の子が偉そうに仁王立ちしていた。
……子供?
男の子はスタスタと軽い足取りでこちらへ歩いて来て、俺の目の前で足を止める。
「オマエは選ばれた」
自信満々にニヤリと口角を上げて、悪ガキ然とした態度で俺を見上げる。
一方で、俺は選ばれたと言われても何が何だか分からず、困惑しながら黙って見返すしかない。その反応が男の子にとってはつまらなかったらしく、不服そうにしながら文句を垂れる。
「地味なリアクションだな。もっと騒ぎ立ててもいいんだぞ?」
「……え、いや、混乱してて……誰?」
「『誰』とは不躾な。オレ様はこの世界の神だ。頭が高いぞ」
「か、かみ?」
意味が分からない。何でこの子供はこんなにも得意げにふんぞり返っているんだ。ただの生意気そうなガキじゃないか。
俺が侮っているのを雰囲気で察したのか、男の子はじとっと非難するような目を向けてくる。
「ふん、まあいい。オレが神である事は揺るぎの無い事実。直にオマエも否応無く理解する事となるだろう」
「くふふ……まぁーた、神様だって信じてもらえてないでやんの。神々しさが足りないんですよー」
「黙れ、No.66」
「はーい」
No.66と呼ばれた男は、ふざけた態度で自分の口を塞ぐ。男の子は腕を組んで心底呆れたと言わんばかりの様子でため息を吐き、俺の方へと視線を戻す。そして、得体の知れない怪しい笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「オマエをオレの世界に転生させる。これは娯楽だ。通常有り得ない設定を加えて送り出してやろう。面白くなりそうだと思わないか?」
ふと、男の子の存在に妙な違和感を覚える。
仰々しい態度や言葉遣いが子供の姿と乖離している事もそうだが、子供の姿と子供の思考が釣り合いを取っている当たり前の事が薄気味悪さを感じさせる。
要は、こんな不可思議な子供はどこにも存在しない筈なのだ。
本当に神様なのか……?
「ど、どうして俺を……」
「『異世界転生』を再現する為だ。まあ、設定作りだな。他にも候補は居たのだが、アイツの目を盗んで魂を抜き取れるタイミングに丁度居合わせたのがオマエだっただけだ。オマエも面白味の無い人生にうんざりしていたのだろう?願ったり叶ったりじゃないか」
いやいや、おかしいだろ。それじゃあ、まるで俺は子供のおもちゃじゃないか。
言葉を失くして立ち尽くしていると、ぽんっとNo.66と呼ばれた男が俺の肩を叩く。男は相変わらずの呑気さで耳打ちした。
「諦めてください。神様の意思は絶対なんですよ」
条件反射のように男と目を合わせると、少し困った表情を見せた後、何事も無かったかのように笑顔で隠された。
「な───」
「まっ!何事も楽しまなきゃ損ですよ!宝くじが当たったと思って豪遊してやりましょう!」
グッと拳を作って男が明るく言い放つ。誤魔化された気もするが、そのポジティブさ加減に呆気に取られて言葉は続かなかった。
「案内役としてその煩いのをつけてやろう。だが、当てにはしない事だ。本来であればオマエ一人、何の説明もせず放り込みたかったんだ。しかし、実験的な試みであるが故、不測の事態を避ける為に仕方無くつける事にした」
「じっ、実験……!?」
「大丈夫ですよ、俺がついていますからね。……おっ、その不審げな目は信じてませんね?」
信じてませんけど何か?という何者も信用しない目を向けていると、男の子が腰に手を当てて急かすように声を上げた。
「こんな所でうだうだしていても何も始まらない。説明は向こうに着いてからでも構わないだろう。これからオマエを『異世界転生』させる」
「えっ、ちょっと待ってください!俺は異世界転生したいなんて一言も……っ!」
「拒否権は無い。オマエは選ばれたと言っただろう」
「慎也さん、そう言う事です」
「そう言う事って何ですか!」
俺が叫んだ瞬間、男の子のありふれた黒い瞳が鋭く光った気がした。存在を飲み込まれるような感覚に身体が硬直し、気が遠くなっていく。
気がつくと、俺は真っ白な上も下も無い空間に居た。
(ここは……あれ?声が出ない?)
「神域と地上を繋ぐ通り道です。霊魂である慎也さんは、ここで人型は取れませんよ」
(あんた……!)
手足や声帯をなくして魂そのものの姿になった俺と違い、男は変わらない姿で満面の笑みを浮かべている。
「ここを通るのちょっと時間かかるんですよねー。あっ、そうそう、俺No.66って言うんですけど、長いし言いにくいんでロクローって呼んでください」
(No.66って名前なんですか?)
「俺こう見えてもロボットなんですよー」
(は?ロボット?天使じゃないんですか?)
「天使ですよ、ロボットですけど。これは完全なる創造主の趣味ですねー」
(創造主の趣味……って、そんな事どうでもいいんですよ!あの子供!本当に神様なんですか!?俺こんなの望んでないんですけど!)
男は俺の感情的な叫びを聴き、口元に笑みを浮かべながら目を瞑って悩ましげに唸る。
「んー、それはご愁傷様としか言えないですねー。俺は神様の忠実な使徒なので」
(あんたどう見ても忠実な使徒ってガラじゃないでしょう!)
「決めつけは良くないですよー?ところで、ロクローって呼んでくれないんですか?」
(呼ぶ訳ないじゃないですか!俺はあんたと仲良くやるつもりはありません!)
「それは残念です。俺は慎也さんと仲良くしたいと思ってるんですけど……っと、もう地上に着きそうですよ」
不意に顔を上げ、遠くにある黒い点のような穴を指差す。そして、男はまたあの困ったような表情で口を開いた。
「神様に代わって先に謝っておきます。すみません。本来であれば繋がりすら無い世界に連れて来てしまって、面倒ごとに巻き込んで申し訳ないと思っています」
(謝られたって……)
「ですよねー。悪い神様じゃないんですけど……さすがに自己中が過ぎますよね。本当にすみません。言い訳になってしまうんですけど、俺たちは神様に逆らう事がどうしても出来なくて」
(……)
何て言葉を返したら良いのか判断がつかず黙っていると、その沈黙を破るようにパンっと手を叩く大きな音が鳴った。
「はい!じゃ、しんみりするの終わり!もうどうする事も出来ないんで、憧れの異世界転生を思いっ切り楽しみましょう、慎也さん!」
(変わり身早過ぎじゃないですか?)
「こういうのは切り替えが大切なんですよー?主人公待遇を満喫して、チート能力で無双してやりましょう!」
男はニヤっと歯を見せて笑い、心の底から楽しんでいるように明るく俺に話しかける。
……文句が引っ込んでしまった。
間も無く、俺は呆れながら穴の底に落ちて行った。
***
「ロクローーーー!!!」
俺は必死に走りながら、喉が痛くなるくらい声を張り上げていた。
すると、どこからか白い小鳥が現れて、全力疾走する俺の横を併走し始める。
「はいはい、お呼びですかー?」
「どこがチートだよ!あんなん逃げるしかないんだけど!?」
「あれはねー、仕方ないと言いますか……ねー?でも、今の慎也さんってこの世界じゃ最強のモンスターハ○ターじゃないですか。ちょっとくらい良い勝負出来そうじゃないですか?」
「できるか!あれと比べたらモンスターなんてただのミジンコだっつーの!」
「モンスターをミジンコ呼ばわりとは、他のハンター仲間が聞いたら卒倒しますよ。よっ!その発言、まさに世界一!」
「やめろ!皮肉にしか聞こえねー!」
背後から禍々しい存在が迫り来るのを全身で感じ取っていた。まるで警告音が鳴り響いているかのように、強い危機感が俺を追い詰める。
想像してた異世界転生と別もんかってくらい全然違う!詐欺だ!
「ヒヒッ!逃げちゃダメっすよ?異物クンっ!」
背後から聞こえて来た不気味な声にゾワッと鳥肌が立つ。俺は瞬時に大剣の柄を握り締め、力任せに抜き取った。
大剣が風を切り、刃の重みを利用して振り返る。膝を曲げて踏ん張るように勢いを殺してから、片手で横に構えていた大剣を両手で掴み、下から上へ刃が宙を切り裂く。
それより以前、刃の向こう側に視認した黒い人影は大きな鎌のような武器を構え、同時にフッと一線引かれたような残像がだけが残った。
見えな───えっ?
捕捉し切れない速度に焦りを覚え、次の瞬間には驚愕に変わっていた。
大剣の刃が無くなっている。
その時に俺の脳裏を埋め尽くしていたのは絶望だった。こんなの勝てる訳がない。
「……っ!」
横に逸れた視線を慌てて正面に戻すと、狂気の塊が俺を眼球の中に捉えて嗤っていた。そいつは血走った目を見開いて、片手で掴んだ鎌を頭上に持ち上げている。
一瞬の出来事だった。鎌が振り下ろされる瞬間、鎌を掴む手に力が込められ、大口を開けた口内から異常なテンションの奇声が熱量を含んで吐き出される。
「ヒャハハァッ!!毎度毎度お疲れぇえっす!!」
それを合図にパッと視界が暗転して、目の前に偉そうな子供と、その後ろに能天気そうな天使が現れる。そして、偉そうな子供は開口一番にこう言った。
「オマエ、すぐ死ぬな」
あまりの物言いに顔が引きつった。
「文句ならあの頭のおかしなサイコキラーに言ってくださいよ!」
「No.10には『オマエの事は見逃せ』と言ってあるんだがな」
「ぜんっぜん、言う事聞いてないじゃないですか!地の果てまで追って来ますよあいつ!」
「テンちゃんあれでメッチャ真面目ですからねー。神域の秩序は無いも同然みたいな感じですけど」
「しかし、No.10が手を下すまでも無く死んだ回も数え切れない程あっただろう」
「俺は悪くありません!寝ている間にパピルピポパス星人の超破壊型光線が惑星を直撃して死ぬとか予想できませんって!」
「うむ。あれは興奮した」
「しないでください!!」
「あははっ!何が起こったのか死ぬまで理解できませんでしたねー。もう笑うしかなかったですよー、ほんと。あとアレ!『天使と悪魔と巻き込まれた人間大戦』もやばくなかったですか?」
「天使と悪魔が存在する事すら十数年間知らず、急に現れて全てを掻っ攫って行ったやつだろ?振り回されっぱなしでチート能力が有って無いような人生だった!」
「あの時の慎也さんは面白かったですねー。なぜか天使と悪魔の昼ドラ的修羅場にも巻き込まれて……くふふっ、良かったですね、恋愛の項目増えますよ」
「嬉しくねーし笑い事じゃねーんだよ!」
俺とロクローがギャーギャーと騒いでいる中、神様は椅子に座ってその様子を眺めながら頬杖をつく。
「……やはり、これが世界の意志か」
***
「あっ、こんにちは」
廊下を歩いている途中、たまたま見かけた初対面の男性のロボットさんに挨拶をする。しかし、ロボットさんは挨拶をした私を驚いたように見返すだけで挨拶は返って来ない。
私たちの間に沈黙が流れる。
目は合っているし、立ち止まってくれているから無視されている訳では無い……のだろうか?
「……こんちは」
あっ、返って来た。
「初めましてですよね。私は本来別の世界の霊魂なのですが、今は事情があってこちらにお世話になっている花子と呼ばれている者です。どうぞよろしくお願いします」
「……」
「タローくん……ここの神様から貴方の話は聴いているんですよ。あと、モニターで見かけたりとか」
「……」
「私だけ一方的に知っているのも変な感じがしまして、お会いできて良かったです」
「……」
ロボットさんは私の事を凝視したまま、一言挨拶を返したっきり黙り込んでしまう。呆気に取られて固まっているようだった。
会話のペース早かったかな。喋り過ぎ?
そう思いながらも、もう一度話を振ろうとすると、先にロボットさんが口を僅かに開き、私は言葉を止めた。
「……どうして話しかけようと思えたんすか」
「どうして、とは?」
「……俺が普段何してんのか知ってんでしょう」
「知っていますけど、それが世界に置ける貴方の仕事でしょう?それに私、こう見えて貴方より強いんですよ。怖がる理由が無いんです」
得意げに言ってみせると、ロボットさんは「そうなんすか」と淡々と言葉を返し、再び沈黙が訪れた。
「……」
「……」
「……試してみていっすか」
「構いませんが、瞬殺しますよ」
すると、ロボットさんは僅かに口角を上げて「ハッ」と短く笑う。
「……じゃ、やめとくっす」
そう言い残して、ロボットさんは私の横を通って去って行った。
話してみると意外と静かな人なんだなと、彼の背中を見送りながら思った。
***
「オマエまた勝手な事をしただろう!!」
タローくんが怒った。
いつもの事ではあったけれど、今日の喧嘩相手は私ではない。
「勝手なのはそっちじゃないっすか。今までなぁもして来なかったのに、今更口出ししねぇでくださいよ」
「オレの創作物の分際で生意気なッ!!」
「あー!そういう発言いけないんすよぉ!てか、ボクちゃーんと働いてるんで、文句言われる筋合いねぇんすけどぉ!?」
「うがあああぁあ!!!」
今にもちゃぶ台をひっくり返しそうな叫びを上げ、タローくんが癇癪を起こす。
一方、私はその様子を傍観者の立ち位置で眺めながら、どうするべきかと頭を悩ませて困り果てていた。
うーん……『意外と静かな人』……?
「もう放っときましょうよ。どうせいつもの事よ」
私が首を捻っていると、横に居るエロい保健室の先生を彷彿させる女性のロボットさんが呆れたような表情で投げやりに言った。
「いいんですかね」
「気にするだけ時間の無駄よ。それより、あいつに機能停止させられたNo.97を直してあげないと」
「それもそうですね」
保健室の先生の言葉に素直に納得し、言い争っている2人の事は気にしないことにする。
「ところで、この機能停止させられたロボットさんは何をやらかしてしまったんですか?」
「地上に送り出す魂を間違えたみたいで、前世の記憶を持ったまま転生させちゃったみたいなのよね。それを密かに隠蔽しようとしたところ、あいつに見つかって———ズバッと」
「あーそれは……」
「間違ってはいないのでしょうけど、何の相談もせずにやり過ぎなのよね。No.97も働き過ぎで疲れていたが故のミスだったみたいだもの。花子、そこの部品取っていただけるかしら」
「はい。これですか?」
「ええ、ありがとう」
未だに争い続ける2人の声をBGMに、私は椅子に体を落ち着けて紅茶のカップを手に取った。
***
「あっ、こんにちは」
「……こんちは」
ワンテンポ遅れたものの、前回と比較すると今回はすぐに挨拶が返って来た。
「あの後、大丈夫でしたか?」
「……大丈夫?」
「喧嘩していたでしょう。タローくんって、怒るとすぐ消しにかかって来ませんか?私の初対面とか正にそうだったんですけど」
「……大丈夫っすよ。あいつ身内に甘いんで」
「えっ、私だけですか、未だに消されそうになるの」
「……何だかんだで、パワーバランス考えてるんすよ。正直、羨ましいっす」
「羨ましい?消されそうになるのがですか?」
「……ま、そっすね。ガキでしかないあいつに本当の意味で対等にぶつかれんのは、結局は強者だけなんすよ。いくら反抗してもボクは……」
ロボットさんは目を逸らして少し考え込むように言葉を区切ると、静かな声でゆっくりと続けた。
「……ボクたちは、神様の下で信じているんです。貴方のようにはなれません」
私はロボットさんの言葉を聴いて笑顔を浮かべた。
「役割が違うだけですよ。私はタローくんがいけない事をした時に殴って叱る役なんです。ロボットさんたちはタローくんのサポート役なんでしょう?私のように真正面からぶつかる必要は無いと思います」
「……」
「だから、全部一人で解決しようとしなくてもいいんですよ。力尽くで解決したい事があったら遠慮無く私を頼って下さい。でないと、紅茶を飲んで呑気に寛いじゃいますから」
ロボットさんはジッと私の顔を凝視して、気怠げな動作で首を傾げた。
「……紅茶好きなんすか?」
「どちらかと言えば、緑茶の方が好きですね」
「……じゃ、緑茶とそれに合う菓子持って来んで、聴いて欲しい話あるんすけど、いっすか」
「勿論いいですよ!」
「……あざっす」
***
私はとあるモニターを見て険しい顔をしていた。
これだけ他と別に置いてあるのだ。しかも、特定の一人を常に追っている。
「タローくん、このモニターって何ですか?」
「ああ、それは……」
と言いかけて、タローくんは言葉を切って動きを止める。後ろめたい事に気がついたのだろう。
「それは?」
「それは……あの、あれだ、何でもないやつだ」
「何でもない?」
「気にするまでもないやつだ」
「とぼけないで下さい。No.10から話は聞いているんですよ」
「な……っ!アイツがオマエに話したのか!?」
「しましたよ。相当困っている様子でした」
「どっ、どこまで聞いた!」
「タローくんが異世界転生を再現して、大分前から世界の秩序を乱していると聞きました」
「なぜオマエに話したんだ!?」
「なぜでしょうね」
冷たく突き放すように言うと、タローくんはぐっと声を詰まらせて項垂れた。そして、観念したように異世界転生の経緯を説明した。
こうして一通りの状況を把握し、私は腕を組んでタローくんに非難の目を向ける。
「……まさか親のものをパクったんですか?」
「ふっ……パクった?まさか!そんな低俗な事をする筈がないだろう。逆だ!こちらに受け入れてやったのだ」
「パクってんじゃないですか」
完全に開き直っている。隠し通せない事を悟って、自棄になっているんだろうな。
まさか、別世界の人間とロボットさんたちを巻き込む傍迷惑な実験を私に隠れて実行していたとは思いもよらなかった。
記憶を無くした真っさらな魂であれば別世界の魂を転生させたとしても大した影響は無いのだが、記憶を持ち越して、しかもチート能力を授けてしまっている事が問題だ。そんなの、世界に弾かれるのは目に見えている。実験するまでもない。
そんな無謀な事をするのは私とタローくんだけで十分だと言うのに。まあ、異世界転生という名の実験を始めたのは私がここへ来る前だったようだけど。
私がため息を吐いていると、問題のモニターに異変が起きる。鎌を持った黒い男が画面を横切り、それを合図に目まぐるしく場面が切り替わる。追尾している対象が大きく移動しているのだ。
「場所を変えましょう。彼とも話をしなければいけませんから」
「く……っ、計画通りという訳か!」
「ふざけてないで行きますよ」
モニターの画面がザザッと黒く塗り潰された。
***
自分が死んだと気づいた時、意外にもその事実を淡々と受け入れられた。
生への執着が無かった訳でも、後悔する事が全く無かった訳でもないけれど、自分はまだ死んでいないと思えるだけの根拠が無かったからだ。
嘘なんじゃないかと思いながらも、心の底では確信を持って理解していた。俺は死んだんだ、と。
悲しみは少しずつ追いついて行く物なのだと思った。
人に存在を認識されない。
友達とくだらない話もできない。
泣いている親に何も言ってやれない。
ここに俺の居場所はもう無い。
あれがしたかった、ああしておけば良かった、俺の人生こんなもんかよ、と時間が経つにつれて後悔が増す。
一つずつ気づいて、実感を得て、どうしようもなく悲しくなって、悔しくなって……そうやって、感傷に浸る時間を俺には与えられなかった。
いつも通りの暗転。目の前には偉そうな子供と、能天気そうな天使が居る筈だった。しかし、俺の目の前には首根っこを掴まれた子供と、子供の首根っこを掴む女の人と、女の人の後ろでケラケラとせせら笑う見知った顔の天使が居た。
「……ん?」
一人多い。初めて見る顔だ。この人も天使?
女の人が俺の存在に気づき、男の子の首根っこを掴んだままこちらを向く。
「慎也さんですね。初めまして。早速ですが、このガキンチョが貴方にご迷惑をおかけしていたみたいで、本当に申し訳ありません」
「え……」
女の人は深々と頭を下げる。俺はと言うと、唐突に知らない人に謝られ、訳も分からず混乱していた。
「ようやくこの異世界転生ループから抜け出す時が来たんですよー!良かったですね、慎也さん!」
「ぬ、抜け出す?」
ロクローは両手でガッツポーズをして、テンションの高い弾んだ声で俺に話しかける。
何なんだ?どういう状況?展開に追いつけない。
「ではタローくん!土下座して下さい!」
「神であるオレ様が土下座だと!?そんなの絶対にしないぞ!絶対にな!」
……と言っていた男の子が10秒後には、俺の目の前で「すいませんでした」としょぼくれた様子で見事な土下座を披露していた。
マジでなにごと。
今まで振り回されていた所為もあり土下座を若干いい気味だと思っていると、背後からゴッと硬い靴が床を踏み締める足音が響く。
何処にでもあるあり触れた音だ。けれど、妙に嫌な予感を感じさせられ、俺の体は無意識の内に緊張で強張る。
正体を確かめたいと思うのに振り返れない。正体を知るのが恐ろしい。そんな気分だった。
動けないでいる間にも重々しい足音は徐々にこちらへ迫り、思っていたよりも近い位置から予想外の声が発せられた。
「……神サマの土下座とか、ウケるっすね」
嘲笑を含んだ落ち着いた声に「ん?」と疑問を抱くと同時に拍子抜けする。もっと攻撃的でテンションの高い声を想像していたからだ。
あいつじゃないのか?
すると、土下座をしていた男の子がその声に反応して素早く顔を上げ、俊敏な動きで立ち上がって俺の背後に居る人物を睨む。
「No.10!オマエ裏切っただろう!」
えっ、No.10?
驚いてパッと振り返り、やはり俺の直感は間違っていなかったのだと悟る。そこには、ついさっき俺を殺した鎌を肩に担ぐ、見慣れた黒い男立っていた。
「ひぃっ!!」
散々絶望的な状況で殺されてきたのだ。当然のように、情けない悲鳴が喉の奥から出た。
黒い男の視線が男の子から逸れ、身構えた俺を横目で見る。そして落ち着いた……というか暗い声で言う。
「……もう何もしねぇっすよ。これで終わるんで」
その言葉に俺はポカンと口を開けた。黒い男は俺の横を通り過ぎ、女の人とロクローのもとへ歩いて行く。
終わる。終わる?
なんて事ないように言われた単語を頭の中で繰り返す。そうだ、さっきから全員そんな話をしている。
「タローくん、『裏切った』という言い方は良くないですよ。してはいけない事をしたのは、タローくんの方なんですから」
「そうですよー、テンちゃんは悪くないですよー、神様が慎也さんを使って実験なんてしたから、こうなっているんですよ」
「そっすよ」
「オマエら全員オレの敵に回るのか!?」
男の子は3人に次々と責められ、今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ。けれど、誰も同情はしていないようで何ともかわいそうな感じになっていた。
俺は少し悩んだ末、男の子の前に出て3人と対峙するように向かい合った。
「慎也さん?どうしたんですか?」
ロクローは不思議そうな顔で問いかけ、俺は気が引ける思いを抱えながら自分の考えを口にする。
「そこまで責めなくてもいいんじゃないかと……。俺も怒っている訳じゃないので」
「しっ、慎也……!オマエ……っ!」
後ろに居る男の子が感激したように今まで一度も呼んだ事の無かった俺の名前を言う。なんて調子が良いのだろうと、つい呆れてしまった。
「でも慎也さん、異世界転生なんて望んでいなかったじゃないですか。チート能力は授かりましたけど無双なんてできませんでしたし、散々文句を言っていたでしょう?それこそ怒っていましたよね?」
俺は目を逸らして口を引き結ぶ。
ロクローの言葉は間違っていない。だが、そこに補足をする形で俺はまとまり切っていない自分の感情について話す。
「……最初はそうだった。でも今は怒ってない。正直、途中から楽しんでしまっていたと思う。『終わる』と言われて、素直に喜べないくらいには」
つまり、俺はどちらかと言えば男の子の味方をしたいという意味だ。これは手のひら返しだった。
気まずげに告げると、俺の前に女の人が進み出てハッキリとした口調で言った。
「貴方がタローくんの所為で辛い思いをし続けずに済んだ事は、心から良かったと思います。というか私自身、異世界転生が経験できるなんて羨ましいとすら思っています。でも、異世界転生ものはファンタジーであって、現実に存在してはいけない代物なのです。ご理解いただけますか?」
「え?あ、はい、それは勿論」
異世界転生が羨ましい?そういう事言う人なんだ。
少々驚きつつも、俺の都合でどうにかなる事でないのは分かっている。ただ、男の子だけが責められているのを、楽しんでしまっていた俺が被害者面で黙って見ているなんて出来なかっただけだ。
「では、タローくんの事は慎也さんに免じて、この辺で済ませてあげる事にしましょう」
女の人は穏やかに笑うと、同意を求めるように「いいですよね?」と振り返って問う。ロクローは「仕方ないですねー」と相変わらずの呑気さで答え、黒い男は無言で同意を示す。
「この件はこれで解決という事で、次は慎也さんの今後についてですね」
「!」
いつかはそんな話になるだろうと思っていたが、実際にその時が訪れると動揺が隠し切れなかった。
本当に、終わってしまうのか。
「元の世界に帰して、そこで通常の輪廻転生に戻るのが妥当ですが……貴方には色々と迷惑をかけてしまったので、多少の融通なら効かせられます。次は女に生まれてみたいとか、こんな家の子供になりたいとか、元の世界には帰らずここで転生をしたい、とか。どうされますか?」
そう言われても、その時俺は全部忘れているのだろうし、あまり意味が無い気がする。
すぐには答えられずに黙り込んで、無意識の内にロクローへ目を向ける。ロクローの事も、最初は嫌いだったけど今はそこまで嫌いじゃない。長い転生を繰り返して仲間意識なんかも芽生えてしまったし、俺が孤独を感じなかったのはロクローのおかげだ。終わるという事は、ロクローともこれで終わりという意味で……。
「もう少し考える時間があってもいいんじゃないですか?」
ロクローが突然そんな事を言い出し、全員の注目が集まる。
「急に決められるものじゃないですよ。まだ整理もついていないでしょうし、暫くここで過ごすっていうのも悪くないんじゃないですか?急いではいないんですよね?」
「そうですけど、慎也さんはそれでいいんですか?」
自分に話を振られ、戸惑いながらも「いいです」と考える間も無く答えていた。
あれ?いいのか?
「でしたら、慎也さんには暫く神域で過ごしていただきましょう。タローくんも、それで構いませんよね?」
「……拒否権など無いのだろう」
「よく分かっているじゃないですか」
「ぐうぅ……っ!」
男の子は悔しそうに唸る。この見た目はただの子供でしかない神様が逆らえない女の人って、結局何者なんだ?天使じゃないのか?
「慎也さん、良かったですね。俺に会えなくなるのが寂しかったんでしょう?」
不意にロクローがやれやれと言った様子で話しかけてきて、強烈な苛立ちを覚えた。
「そんな訳ねーだろ、調子乗んな」
「またまたー、素直じゃないんですからー」
「うっぜえ!マジうっぜえ!」
「あははっ!そんなこと言って楽しんでたくせにぃ」
「黙れッ!!」
楽しげに笑うロクローを思いっ切り蹴る。
保留になって安心したなんて、生まれ変わっても言わねー!
***
働かざる者食うべからず。という言葉がある。
「突っ走んな、No.10!おい!」
「あれ聞こえてないですねー」
「くそっ!何で俺がこんな事してんだよ!」
世界が終わる寸前のような荒れ果てた大地で俺は全力疾走していた。それに対して、横を併走する小鳥が優雅に思えてならない。
「あっ、あそこが現在進行形で世界を破壊しかけている大魔王が居る城ですねー。大魔王はテンちゃんがさっさと倒してくれる筈なんで、俺たちは早くその余波で消し飛びそうな魂を救出しましょうか」
「あのサイコパスキラーちゃんと時間稼いでくれるんだろうな!?瞬殺したりしないよな!?」
「…………頑張りましょうね!」
「俺だけ難易度高すぎ!!」
俺は現在、強大な力の渦に阻まれて神域へと逃げ遅れてしまった魂の救出に向かっていた。
今の俺に肉体は無い。異世界転生は終わった。なのに、俺は人手不足という理由でこんな事に駆り出されていた。
全ての元凶はあの子供だ。世界の規定に反した力をばら撒き、命をぽんぽんと失わせ、天使に過重労働をさせているあの子供の所為だ。
あの時かわいそうだと思って庇う必要無かったんじゃないか!?
「でも、慎也さんはなんだかんだで楽しんでるんでしょう?」
「楽しんでねーよ!!」
直後、大魔王の城が文字通り吹っ飛んで、文句を言っている時間も無くなった。
俺はまだ、感傷に浸る事はできないようだ。