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ロボット天使

4話の後の話。

 



 世界の外側には神域という場所がある。

 そこは神様の住む場所、所謂『天国』と呼ばれる肉体を持たない者達がいるところだ。

 一生を終えて霊魂となり、転生待ちをする者にとってはその名の通り天国で、これ以上無いくらいに快適だ。居心地が良過ぎて怠惰になる。

 そして、唯一の不満である『待たされている』という感覚があるからこそ、暇を持て余す。

 私も例に漏れず、天国では快適に暮らしていた。


 天国で生前の姿を模した霊魂として過ごし、やがて自我を無くし、真っさらな魂となって世界に戻る。

 そういう循環があった。


 天国とは対となる地獄も存在するらしいが、天国に住む私達に多くの情報は無い。しかし、知らないからといって不満に感じるような不信感も無い。

 誰もが平和ボケしていた。


 私にとって、来世に想いを馳せる事は最大の娯楽であった。

 また日本人に生まれ変わるのも良いが、別の国に生まれて別の人生を送るのもいいだろう。

 犬や猫の一生にも興味はあるし、野生動物の中で弱肉強食に身を投じるのも良い。鳥や虫となって空を飛んでもみたいし、特に水辺の鳥となって魚を貪り食ってやりたい。

 微生物となって未だ見ぬ世界を切り開くのも面白そうだし、もし存在するのなら宇宙人にだってなっても良いと思う。

 転生する頃には記憶は無くなっているというのに、色々と想像をしては心躍らせたものだ。


 それが、私の知る天国である。


「随分と活気のある場所ですね」


 私は部屋中を埋め尽くす多数のモニターに映し出された、現在の天国の様子を見て言った。

 タローくんは腕を組んで得意げに何度も頷く。


「そうだろう。素晴らしいだろう」


 すごいなー。暇とは縁遠いところだなー。みんなゲーム感覚で霊魂を謳歌してるなー。

 喜怒哀楽の感情が移り変わり、食に舌鼓を打ち、友情に一喜一憂し、恋色沙汰に心を動かし、殴り合いの喧嘩で衝突し、ギャンブルに涙し、惰眠を貪る。欲しいと望めば生前の行い次第では何でもできるらしく、誰もが好き勝手に二度目の人生を満喫していた。

 これは、ひとつの大きな世界だ。人生と比べるとイージーモード過ぎるけれど。

 こいつら、生前の欲を捨ててない。果たせなかった夢を爆発させてやがる。


「タローくん、外は天国らしくしてあるって言ってませんでしたか?」

「どう見ても天国だろう」

「ええ、まあ、娯楽地という意味では間違ってはいないでしょうけど……」

「天国じゃないか」

「……」


 意味が違う、と思ったが上手く説明する術も無く黙り込んだ。今のところ支障は無いようだから構わないけれど。

 ……いや、本当に支障は無いのか? 魂を休めなくてもいいのか? 天国ってそういう場所じゃなかった?

 あ、男性のロボットさんが喧嘩の仲裁をしてる。やっぱり大変なんだ。ロボットさんにとっての天国は、とんだブラック企業じゃないか。

 頭を抱えたい気分だった。


「ロボットさんの為にも、もう少し規制をしたらどうです? もうちょっと穏やかな場所にしてもいいと思うのですよ。私のいた天国の様に」

「あのつまらないダラけ切った空間にか?」


 遂に私は頭を抱えた。

 反論できない。こっちの方が酷い有様だというのに。『お前が言うな』と言いたいのに。

 ごめんなさい、ロボットさん。私には早急に着手しなければいけない事案があるのです。成功したらこちらに送り込まれる魂の数も減るかと思いますので、もう少しの辛抱です。

 モニターの向こうで喧嘩に巻き込まれ、殴り飛ばされてしまった不憫なロボットさんを見て、私は更に罪悪感を募らせた。

 タローくん、恨まれますよこれ。


 私が呆れたものを見るような目を向けると、タローくんは真顔で私を見返した。


「冗談に決まっているだろう」

「冗談になってないんですよ」


 ていうか冗談だったのか。で、どこからどこまでが?

 タローくんなら、本当にやりかねないと思えるからややこしい。じゃあ今私が見ているこれは何なのか。


「天国で転生待ちをする為の、天国の待合室みたいな場所だな。こっちが本拠地」


 タローくんがどこからともなく取り出したリモコンのボタンを押し、多数のモニターが一斉にパッと切り替わった。そこに映し出されたのは、ダラダラとする見慣れた霊魂達の姿だった。

 端から見るとこんな感じなのか。以前の自分がああだったが為に、何ともコメントがし辛い。


「今見せているのは一番数の多い人間の区域だが、人外の区域も見るか?」

「いえ、モニター越しではなく、実物をこの目で見たいので遠慮しておきます」


 最初に目にする憧れの人外が、霊魂を謳歌する浮かれた姿になる事は避けたい。そして、週末のお父さんのようにダラダラと怠けている姿になるのも残念過ぎる。

 私が真剣な表情でキッパリと断ると、タローくんに「賢明な判断だ」と褒められた。


「転生するのに二度待つ事になるって、どういう事ですか。私の知る限り、二度待たされた霊魂は私の世界にはいませんでしたよ」

「魂の数と肉体の数が合わないんだ。死人は多いが、生まれ変わる肉体が増えにくくてな」

「それでこんな待ちぼうけを食う羽目に……」

「たまに死者蘇生で世界に魂を呼び戻されたり、肉体を人工的に作って魂を強制召喚するヤツもいるのだが、やはりそういうヤツは総じてすぐ帰って来るしな。決意が弱い子供の家出のようで、まるで貢献はしていない。困ったものだ。暫く帰ってくるなと常々思う」


 信じられない単語が次々と飛び込んで来た気がする。常識的に考えて色々と可笑しい。

 タローくんは笑い話のようにそれを言う。その対応にまさかという思いが過った。


「冗談では……」

「ないな」

「笑い事じゃないですよ」


 冗談であってほしかった。先程の冗談よりも、こっちの方がまだ冗談らしい。何で死んだ人間が世界に呼び戻される事態になり得るんだ。有り得ない。

 私はモニターを見ながら思考するように口元に手をやり、もう片方の手を腰に当てて考える。

 現状は仕方がないにしても、打開策は見つけなければいけないだろう、これは。


「あ、地獄って存在するんですか?」

「地獄? ああ、魂リサイクル工場か」

「リサイ……こうじょ……」

「見るか」


 タローくんがリモコンをモニターに向ける。


「見……いえ、やめておきましょう」

「これも実際に見たいか」

「そういうのではなく」


 怖いもの見たさもあったが、私は本能に従った。私の魂が恐怖を訴えかけている。

 地獄の定員はどうなっているのかと思ったのだが、そういう問題ではなかったらしい。


「地獄の正式名称って、そんな恐ろしい名前だったんですか?」

「いや、通称が魂リサイクル工場で、正式名称は地獄で合っている」

「なぜ通称がそんな物騒な名前になったんですか」

「物騒か?」


 タローくんは訳が分からないと言いたげに首を傾げた。

 その反応からして、地獄は私が想像するような場所ではないのかも知れない。しかし、実態については今のところ知るつもりは無いのだ。本当に私が想像する通りだったらどうする。

 私とタローくんの価値観は文字通り、天と地ほどの差がある。せっかくタローくんと距離を縮められたのに、それを思い知るような事態は避けたい。今更な気もするが。

 奇跡的に意気投合はしたものの、その絆は案外脆い。何せ出会って間も無い上に種族が違う。だからこそ違いを知る前に、先に築くべきものがあった。

 それにしても、今後の事を思うと気が遠くなる。


「魂が渋滞中なのは十分、分かりました。それよりちょっと気になる事があるのですが……」

「何だ?言ってみろ」

「タローくんの世界の天使さん、人間味があり過ぎませんか?」


 私はモニターを見ながらずっと感じていた事をようやく口にできた。さっきの殴られていたロボットさんもそうだが、声は聞こえなくても途方に暮れて嘆いている様子が手に取るように分かった。

 人形のように無機質だった私の世界の天使さんとは全然違う。彼らには喜怒哀楽が確実に存在していた。

 タローくんは私の言葉に「ああ」と苦い顔をする。


「寂しかったからですか?」

「……間違ってはいないが、ハッキリ言うな」

「オブラートに包んでも仕方ないじゃないですか。それで、ロボットさんとは仲良くなれましたか?」

「オレは神で、アイツらは部下だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「つまり、友達にはなれなかったと」

「うぐっ……」


 カッコつけた言い方だったので言い直してあげると、タローくんはダメージを受けたように唸った。私はその反応を微笑ましく思ったが、タローくんのプライドの為に心の中だけに留めておく。


「私にも紹介してくださいよ。これから沢山関わる事になるでしょうし」

「それは構わないが……」

「含みのある言い方ですね?」

「……いや、オレよりアイツらと仲良くなるのは複雑な気が……やっぱり何でもない。紹介したらいいんだろう」

「お願いします」


 もごもごと口を動かして躊躇っていたが、ややあってタローくんは渋々了承した。そして、モニターのリモコンを操作すると、ロボットさんを中心に映し出した。

 タローくんはモニターを指差しながら、流れ作業のように説明を始める。


「コイツはNo.1の天使長。オレが最初に創ったヤツだ。すべての天使を統括する存在で、神域の管理、運営をしている。最上位の天使だな」

「へえ、真面目そうな男性の方ですね」

「オレと違う視点で物事を考えられる思慮深いヤツが欲しくて創ったのだが、コイツは思慮深いというより考え過ぎの難儀ヤツになったな。他のヤツらは『ボス』と呼んでいる」

「慕われているんですね」

「いや、周りは面白がってそう呼んでいるだけだ」


「大人しそうな見た目に反して部下を顎で使っている女がNo.2だ。天国を管理する上位天使だな」

「女王様の気品がありますね」

「他人に任せて怠けているだけだろう。No.1を反面教師にして創ったのだが、コイツは両極端に不真面目なヤツになった」

「アリとキリギリスですか」

「で、No.2にこき使われているのが魂の状態を管理する上位天使のNo.8だ。立場もそれなりに上で多才でもあるんだが、何かと不憫なヤツだな」

「……確かにそんなオーラが」

「ヤツは場の空気を読む事が得意なだけのヘタレだ。オレにも全く本音を話さない」


「このヘラヘラした男がNo.3だ。地獄を管理する上位天使で、通称工場長」

「こ、工場長……」

「人を揶揄うのが趣味の嫌なヤツだ。関わらない方が良い」

「分かりました」


「怪しい実験室に居る女がNo.4。天使のメンテナンスをする上位天使だ」

「保健室のエロい先生みたいな方ですね。タローくんの趣味入ってます?」

「入ってないッ!!」

「そんな力強く否定しなくても……逆に怪しいですよ?」

「心外だからだ!理知的なヤツなら問題点を指摘してくるかと思って創ったが、ヤツは神の献身的な信者になったな!やましい思いなど欠片も無い!」

「怪しい……」


「このやつれている眼鏡の男がNo.5だ。魂の動きを管理する上位天使で、この世界を文句一つ言わずに支えてきた功労者だ」

「功労者だけあって目の隈がやばいですね。休ませてあげたらどうです?」

「言っても休まないだろうな。真面目で厳格なヤツならオレに楯突いてくるかと思って創ったが、目の前の仕事を淡々とこなす社畜になった。ついでに、私生活はかなりだらしない」

「側に女の子が居ますけど……」

「神域の身の回りの世話をする上位天使のNo.7だな。メイド長と呼ばれている。世話焼きだからなのか、No.5に好意があるみたいでな……」

「思わず心配になるチョイスですね……」


「コイツはNo.6。世界を見回る上位天使だ。無愛想で堅物な軍隊長だな。神域には殆ど居ない」

「ガタイが良いですね。かっこいい」

「……」

「何ですか、その目は」

「いや……」

「側にいる2人は部下の方ですか?」

「あぁ、中位天使のNo.15とNo.17だ。No.15は硬派なNo.6とは正反対の軟派なヤツで、No.17は小学生みたいな見かけだが戦闘能力は高い。2人はしょっちゅう喧嘩しているな」

「でこぼこトリオですね。No.17の女の子、No.6にかなり懐いてますね。可愛い」

「見た目に騙されるな、猛獣だぞ。No.15を蹴落とすタイミングを常に見計らっている」


「ところで、あの異彩を放っている全体的に黒いロボットさんは……」

「世界に悪影響を与える存在を排除する上位天使のNo.10だ。世界の秩序を守っている」

「その割に破天荒そうですけど。天使というより堕天使では」

「オレに遠慮したり崇めたりする従順な天使ばかりだったから、ヤケを起こして創ったんだ。そしたら世界以外の秩序は守らないし、口は悪いし、コミュニケーションもままならないヤツになった。一部の世界では邪神と呼ばれている」

「なるほど……」


 タローくんの話を聞きながら、モニターに目を向けている横顔を盗み見る。淡々としているようで、話している内容はロボットさんたちの事をよく見ているからこその愛情あるものだと思った。


「おい、花子。聴いているのか?」

「勿論、聴いてますよ。あのロボットさんはどんな方なんですか?」

「あー、アイツはなぁ……」


 困り顔をしながら親目線で話しているのがおかしい。見た目はガキンチョなのに。

 自然と表情が緩む。タローくんに愛されているロボットさんはきっと幸せだ。あとはその優しさを神域の外にも広げてくれたら良いのだが。


 羨ましい、とちょっとだけ思ってしまった。



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