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最終話 『私』

 



 目の前には小さな『私』がいた。

 女の子は無表情に冷めた眼差しで私を見据える。


「楽しい?」


 静かに、女の子は私に問いかけた。




***




 もう過去の事になるけれど、中学生の頃、私には空想好きの女の子の友達がいた。女の子は少女漫画はもちろん大好きだったし、魔法も幻獣も、非現実的な夢のような話が大好きだった。

 彼女と仲良くなったのは、たまたま同じクラスで席が近かったからという単純な理由だ。一緒にいる事は比較的多かったけれど、特別仲が良いとは言えなかった。

 縁があってもそこまで仲良くなれなかったのは、彼女と私の相性はそれほど良くなかったからだ。


 当時の私は、大人ぶった子供だった。

 成長と共に知って理解をするよう現実を、早いうちに『そういうもの』として受け入れていたから。


 サンタさんはいない。

 おばけは作り話。

 現実は作り話のようにはいかない。

 ファンタジーは矛盾点だらけ。

 実現は可能か不可能か?


 いつでも現実的に、叶わない夢は呆気なく諦めて、手の届く範囲で物事を考える。

 それが正しいと思っていて、そんな自分に満足していて、だから夢見る人を小馬鹿にしていた。特に同年代の子供はありもしない事を簡単に信じていたりするから、余計にそう感じた。

 周りが馬鹿に見えてくると、自分は欠点など無い完璧な人間に思えてくる。自分自身を盲信できてしまう。


 誇らしかった。

 自分は特別だと思えた。

 優越感に浸れた。


 今思えば、思い上がりも甚だしい。全能感に翻弄されて、中二病を拗らせていただけだ。

 それは大人になれば誰もが少なからず理解する、当たり前の事なのだ。自分ばかり正しいと慢心して周囲をまともに見ず、視野が狭くなっていただけの、愚かな勘違い。達観しているとは言い難い。


 そんな私に対して、彼女は空想を話すのが好きだった。もしも話をよくしていた。およそあり得ない、非生産的に感じる話。

 私は何となくそれを聞いていて、彼女も手頃な私にそういう話をしていた。私は学校では暇を持て余すタイプだったし、暇そうにしていて尚且つ空想の話に付き合ってくれる存在は彼女にとって数少なかった。


 私は殆ど黙って聞いていたが、たまに矛盾点や意図の分からない点を指摘しては、彼女がそれに対して反論し、空想の素晴らしさを私に力説していた。面倒臭いなと思う事はあっても暇を感じる事は無かったので、彼女の話は嫌いではなかった。

 ただ、お互いに気は合わなかったので、話がすれ違うのは常であったけれど。


 彼女と一緒に過ごした時間はあまり多くない。彼女は途中で転校する事になり、卒業まで一緒に過ごす事はできなかったからだ。

 転校とは友人関係の断絶だ。

 私は人間関係に関心を向けるのを馬鹿らしく思っていたし、その事に何の疑問も持っていなかった。だから、彼女とは遠く離れてからも友好関係が続くほど親しくはならなかった。

 それなのに、彼女がいなくなって心にぽっかり穴が空いたような気がした。


 なぜだろう。

 特段仲が良かった訳では無い。ただクラスが同じで、たまたま縁があっただけ。対照的な私たちはあまり気は合わなかった。お互いに離れ難い存在ではなかった。

 私は考えた。考えて、考えて結論を出した。


 彼女の空想を聞いている時、私は楽しかったのだ。


 当時は暇さえ潰せて、自分だけが満足できればそれだけで良かった。だというのに、今、私は彼女の話が聞けなった事に対して、軽視し難い喪失感に襲われている。

 つまり、それは私が再び彼女の非現実的で到底あり得ない空想の話を聞きたいと思っているということ。そこに、価値を見出したということ。

 理解不能だ。散々馬鹿にしていた彼女の話が好きだったなんて。


 気づいた途端、私は特別じゃなくなった。


 だって、夢を語る彼女の方が生き生きとしている。オリジナリティがあって、何より楽しそうだ。

 彼女の長所に気がつき、肯定すると同時に対照的な自分の生き方がとても陳腐なものに思えてしまった。

 もっと素晴らしい生き方は存在する。そんな現実的で誰にでも想像し得る、当たり前の事を考えて何が楽しいのかと。


 私の価値観はひっくり返った。

 この変化は完全なる不可抗力であった。


 私は今までの自分の思考や行動に、なんの面白味も特別感も見出せなくなったのだ。

 正しくはなかったけれど、間違ってもいなかった。

 私は周囲の人と同じ視点で物事を考えたくなかっただけだ。そこに特異性を見出して他人と区別し、自分の価値を確立していたから。自分を凡庸な人間にしたくなかったからこその考え方だ。

 ただ、他人を馬鹿にして自分を盲目的に特別視する、その生き方の胸糞悪さに耐えられなくなった。

 多分、これは彼女を羨んだ事による劣等感だった。


 完璧な思想を持つ完璧な人間は存在しない。皆平等にそれぞれの理に適った思想を持っていて、確固たる確信を持っていても簡単に覆る。

 それが正しいのか間違っているのかどうかは議論できる事ではなく、語れる事があったとしても、個人の物差しでその思想に賛同できるかできないかを判断するくらいなものだろう。

 それでも、大多数が占める在り方の正しさで言えば、私は『性格が悪い嫌な人間』だったのだろう。他の誰でもなく、自分自身がそう感じてしまった。


 私は変わらないといけなかった。

 自分を肯定する為に、変化した価値観に見合った生き方を模索しなければいけない。


 元々人間関係にしがらみなんて無かった私だから、そこからの飛び抜け方は凄まじかった。

 安定した普通の生活なんてもういらなかったので、高校には行かなかった。それに、高校に行っても自分のやりたい事はできないだろうと思った。

 当然親は止めたけれど、私は誰の言葉も聞き入れようとはしなかった。

 私は、『私』が正しいと思う生き方はしたくない。


 その後は冒険家を自称して様々な場所を渡り歩き、通常経験し得ない体験を求めた。そうしていれば、私は自身が無性に欲しているものを得られる気がしたから。

 所謂『自分探しの旅』という奴だったのだろう。それは逃避であったり、無意味であったり、しなくてもいいだろうというもの。立ち止まっているだけとしか思えない。

 けれど、かつての自分の思考を無視して、私は実行に移していた。そこしか道が無いように思えて。


 嫌いな自分から脱却したい。

 ただ、それだけの想い。


 最初は自分は生まれ変わったのだと思った。かつての自分は絶対にこんな事はしなかったから。

 ファンタジーの存在を探し求めたり、空想したり、作り話に夢中になったり。

 けれど、非日常はいずれ日常になる。

 刺激的で不安定な毎日は、やがて当たり前の普通の生活に変わった。すると、冷静で、合理的で、現実的な『私』が言うのだ。


 やりたかったのは、こういう事じゃないだろうと。


 気づいてはいた。ファンタジーを追い求めるというのは、現実に存在する証明を得ようとする事ではない。

 ファンタジーは現実に存在しないからこそファンタジーなのだと誰もが知っている。見つけてしまえば、それはファンタジーじゃない。


 仮に見つけられたとして、私はそれで満足するだろうか?

 仮に目的が達成されたとして、その時私は変われているのだろうか?


 完全に間違っていた。

 自分が何を追い求めているのか、何を欲しているのか、自分自身が理解していない。


 人は好き勝手している私を楽しそうだと言うけれど、隣りの芝生は青いという言葉があるように、本人はそこまで楽しくなかったりする。

 好き勝手しているぶん大変な事は多いし、本当にこれでいいのかと自問する日々だ。

 明確な理想も思い描けず、無い物を探すのはどうしたって虚しい。意味が無いと思う。そして、無意味な事に面白味を見出せない自分は、やはり変われていないと思った。

 何だか、毎日毎日壺を作っては割る陶芸家にでもなった気分だ。弟子入りしてみようかな。自分の生き方にピッタリな気がしてきた。


 生きているだけで幸せとか、そう思いたかったけど、私はそこに『何か』を見出したい。

 漫画やアニメは好きだ。楽しみは得られる。でも、私自身が『何か』を得られる訳ではない。

 私は『特別』で『価値』があって『意味』があって、そう自分自身が肯定できる生き方がしたい。

 退屈に生きるのは御免だ。

 凡庸に生きたくはない。

 いてもいなくてもいい人間として死にたくない。


 私は自尊心が強い人間なのだと思う。

 価値観が変わる前の『私』と同じ理由で、私は今、無意味な事をしている。要は、私の根本は何も変わっていないという事だ。

 価値観は変わっても考え方は変わっていない。


 生きる事ってこんなに疲れる……辛い事だっけ?

 ずっと、満たされない。今の自分に満足できない。自分が本当は何を欲しているのかもあやふやで。

 私は老衰で死ぬまで何も変わらないのだろうか。それとも、何か変わっているのだろうか。

 それはいつ?こんなに焦燥感に駆られる無意味な時間をいつまで続けるの?


 私はあのまま何も気づかずに、胸糞悪い生き方をしていれば良かったのだと思う。

 楽しみは無かったかも知れないけど、少なくとも今よりは満たされていた。生まれ持って培われた考え方は、どうしたって変わらないのだから。


 そんなある日、私は日本の何の変哲も無い川の上流付近……つまり岩や石が無造作に転がり、足場の悪い場所で足を滑らせて転倒した。

 それが私の最期だった。

 なんとも呆気ない。あれだけ永く続くように感じていた人生が、取るに足らない理由で簡単に終わってしまった。


 まだ死ぬ訳にはいかなかった。だってまだ何も成し得ていない。それがとてつもなく悔しい。

 死んだ直後の私は悪霊並みに結構ドス黒かった。それはもう恨み辛み、後悔だらけであった。

 私の価値観をめちゃくちゃにしやがったクッソ忌々しいあのメルヘン女子と、私の垂らした餌に釣られて罠に嵌った愚かな魚たちには見当違いな方向へ怒りながら毒を吐きまくった。

 死んだんだからこれくらいは許せとばかりに(すさ)んでいた。


 けれど、それは最初だけ。


 生きる事から解放された事に安堵して、死んでしまった後の後悔は何も残らなかった。

 だって、生き返れる筈も無いし、もう手が届かない『何か』を欲したって意味が無い。実現は確実に不可能となった。

 私は仕方がないものとして自分の死を受け入れ、天国へ旅立つ事にした。あれだけ執着していたものは何だったのだろうと思うくらい、あっさりと。

 私は死ぬ事でようやく『私』と同じ思考に帰結した。これでもう、価値観に囚われて生きる事に悩まないで済む。


 天国での生活は退屈で暇であったけれど、そういう場所だから許せた。そこで過ごす事自体に意味があったから、無意味な時間経過にはならない。

 それに、もう私には何も無い。焦燥感に駆られるくらいの『何か』を失った。

 そうして私は『私』と同化して、転生の準備を進めていた頃。私は神様に呼び出された。


 私は死んだ。

 死んだから、私の望みは潰えた。

 だから次は転生して、新しい自分に生まれ変わって、まっさらな自分に託そうとしていた。

 そして神様は都合良く、好条件での転生を約束してくれた。

 嬉しかった。

 今の私は、もう駄目だから。

 それなのに神様は『生前、叶わなかった夢を果たしてくれ』と言った。


 分からない。

 そもそも、私の夢とは何だっただろうか。

 ファンタジーに没入すること?

 納得する自分に変わること?

 意味のある生き方をすること?

 価値ある人間になること?

 満足のいく死を迎えること?

 しっくりこない。どれもとうに諦めて、踏ん切りがついている。


 夢ってなに?


 漠然と思う。

 タローくんにあれだけ夢を語っておいて滑稽だ。

 私の言葉は、理想の私が言うであろう空想。あるいは、目的を達する為の詭弁。


 私は嘘つきだった。



***




「花子、何を見ているんだ?」


 テーブルの下からひょっこりと、陸上クラゲが光沢のある傘を覗かせる。相変わらず、神々しさの欠片も無い外見である。

 私は手にしていたタブレットをテーブルに置いて、椅子に座った陸上クラゲと向かい合う。


「ロボット天使さんからこちらに転送されてくる霊魂の推移のグラフを頂いたので、その時にあった出来事と照らし合わせながら今後の対策を練っていました」

「ふん、そんなもの必要無いだろう。生真面目だな」


 今のタローくんはのっぺらぼうではあったけれど、声色は完全に馬鹿にしている。

 なんも分かっちゃいないな、このガキンチョクラゲ。


「生真面目にもなりますよ。これは神様が私に与えた仕事……いえ、使命ですから!」

「生き甲斐のように言われてもな。もっと他にやりたい事は無いのか?散々語っていた夢のファンタジーだろう」

「それはそうですけど、天罰を下されたくないので、先にやる事はやっておかないと」

「……つまらんな」


 ぽつりと、どこにも無い口から言葉が漏れる。そして、途端にタローくんは癇癪を起こしたように荒ぶった。


「想像以上につまらない!」


 大きな声で叫んで、不満を訴えかけるように複数の触手でベチベチとテーブルを叩く。なんだ、この奇妙な光景は。


「タローくん、暇なんですか?やる事は沢山あるので、暇になる筈は無いんですけど」

「飽きた!」

「飽きないでください。それに、いつまで陸上クラゲでいる気ですか。無駄に潤ったキノコみたいですよ」

「キノコじゃない!宇宙海賊パピルピポパス星人だ!」

「知りませんよ」

「何だと!?宇宙最強と言っても過言ではない種族だぞ!勉強が足りないんじゃないか!?」

「そんなふざけた戦闘民族、私は認めませんからね。早急に退化させてください」

「断る!アイツらはオレのお気に入りなんだ!」

「断らないでください。頷くまでロボットコレクション没収しますよ。その間、私がめっちゃ乗り回しますからね。宇宙戦争引き起こして、その何とか星人ってやつを滅ぼすかも知れませんよ」

「何故オマエにそんな権限がある!?」

「何故でしょうね」


 余裕たっぷりの笑みを見せると、タローくんは「ぐうぅ」と唸りながら、ぷるぷるの傘をテーブルに押し付けた。

 私は撃沈したタローくんを放って、再びタブレットを手にしようとする。しかし、さっきまでの騒がしい声とは打って変わって、落ち着いた声に引き戻された。


「なあ、オマエの夢は何だ?」


 顔を上げてタローくんに目を向ける。陸上クラゲはテーブルに突っ伏した体勢で、私の方は見ていない。

 タブレットに触れようとした手が不自然に浮いたまま、私は内心動揺していた。


「どうして……突然そんなこと聞くんですか?」

「オマエがつまらない事ばかりしているからだ」

「つまらなくないですよ。それに、夢の話だって飽きるくらい聞かせたつもりですけど」

「今までオマエが話していた夢は全て、オレを説得する為のオレへ向けた夢だろう。まだオマエ自身の夢は聞いていない」


 タローくんは傘を上げて多分私を見た後、こてんと斜めに傾いて、傘がぷるんと揺れた。緊張感なんて全くの無い見た目なのに、私は依然として心が落ち着かなかった。


「与えられた使命が無ければ、オマエは何がしたいんだ?」

「何って……最終的な夢は転生ですけど」

「そこに至るまでに何がしたいのかを聞いているんだ。それに最終的な夢って何だ。言葉がおかしいだろう」

「確かに」

「夢を語る割に、その辺が甘いんじゃないか?」

「そうですね」

「認めるだけか……」

「反論の仕様がありませんからね。自分の事でも分からない部分はあるでしょう」


 私はタローくんから目を逸らしてタブレットを手に取る。さっきまで見ていたグラフに視線を落とすけれど、内容は一切頭に入っていなかった。

 暫く間ができたのち、タローくんの声が淡白に問う。


「オマエの人生は不幸だったのか?」


 なぜその質問をしたのかは分からなかったけれど、私はその質問に少し苛立ちを覚えていた。

 幸せだったとは言い難いけれど、不幸だったとも言いたくない。ましてや他人に不幸だと決めつけられたくもない。

 自分の人生を、その一言で終わらせたくなかった。


「満足はしていませんよ。事故死でしたから」

「それは結末の話だろう。生きている間はどう思っていた?やりたい事は何だった?」

「……総評としては楽しい時もあれば楽しくない時もありましたし、普通です。やりたい事は勿論、漫画とかアニメとかゲームとかして遊んで暮らす事でした。それで、不幸だったら何かしてくれるんですか?」

「いや、単純な興味だ」


 タローくんにそんなつもりは無いのだろうけど、幸福か不幸か、どうにかできてしまう立場である神様の言葉だと思うと余計に私の神経を逆撫でする。

 苛立った思考で考える。

 人間の人生はそのどちらかしか無いのか、とか。幸福に満たされて死ぬ人間と、不幸を自覚して死ぬ人間の数はどれほどの差があるのか、とか。神様は……神様は何もしてくれないの?

 私はぎゅっとタブレットを握る手に力を込めた。


「神様には、人を平等に幸せにしようという気持ちは無いのですか」


 無自覚に出た声は刺々しかった。言った後に後悔して、自分の狭量さ加減にうんざりする。受け流せば良かったのに。

 今更文句を言ったって仕方がない。タローくんは私の世界の神様でもないし、文句を言うという事は不幸だったと言っているようなものだ。

 けれど、タローくんは私の問いを不快に思った様子も無く、なんて事ないように淡々と答えた。


「人の幸福が平等かどうかなど、どうでもいい事だ。平等である必要はどこにも無い。人が勝手に自らの価値観で、自分と他人を対比しているだけだ」

「つまり、幸せにしようという気持ちは無いと」

「幸せかどうかなど個人の感性によるだろう。ポジティブなヤツとネガティブなヤツの差は凄いぞ。それを平等にでもしてみろ。人の個性や、人生の多様性が損なわれる」

「神様ならどうにかしてください」

「無茶を言うな。……でもまあ、ある程度は平等にできているんじゃないか?皆が皆、永遠に幸福な訳でも不幸な訳でもないのだからな。もし極端なヤツがいたとしても、ソイツには来世がある」

「来世で報われたり罰を受けたりしたって意味が無いですよ。記憶が無いんですから」

「だからどうでもいいと言っているだろう。オレは魂単位で考えているんだ」

「勝手ですよね。人間には今しかないというのに」

「オマエは何に怒っているんだ?」

「怒ってませんよ」


 タローくんは困っている様子だった。陸上クラゲだから表情は無いけれど、そんな雰囲気。

 はぁ、と何処からか溜息が聞こえて来て、タローくんが頬杖をつくように触手で傘の下を支える。


「オマエは矛盾が多過ぎてよく分からない」

「矛盾?私は私なりに納得した意見を述べているのですが、何かおかしな点でもありましたか?」

「おかしいというか、今みたいに明らかに怒っているくせに怒っていないと言ったり……まあいい、わざわざ矛盾点を指摘する意味の言葉でもないしな」

「じゃあ何ですか?」

「ただ、初めオマエはオレと同じなのかもしれないと思っていた。しかし、寧ろ真逆なのかもしれないと思い直しただけだ」

「真逆?」


 訝しく思いながら疑問を口にすると、タローくんは何故か声を弾ませて「ああ」と傘を揺らしながら深く頷き、腕を……触手を組んで話し出す。


「オマエは夢を信じているようで信じていないし、オレは夢を信じていないようで信じていた。根本的に、期待値が違っていたんだ。ようやくオマエの事が分かってきたぞ」

「……嬉しそうですね」

「オマエだけがオレの事を分かっている、というのも癪だからな」

「今さっき、矛盾が多くてよく分からないって言ってませんでした?」

「オマエが心にも無い事を言う矛盾だらけのヤツだという事が分かったんだ!」

「心にも無いって……」


 酷い理解の仕方だと思う。でも、否定する気は起きない。あながち間違ってはいなかったし、タローくんは何故かそれを嬉しそうに話していたから。

 私はタローくんの脳天気な雰囲気に当てられて、少し気を抜いて苦笑いした。


「本当に分かっているんですか?」

「一部だけな!」

「こっちは、タローくんが人の欠点を見つけて笑っている理由がよく分からないのですが」

「欠点?」

「欠点でしょう。私の悪い一面ですよ、それ」


 私の自傷的な指摘に動きを止めて黙り込んだ後、タローくんの透明感あふれるボディーがぷるぷると震え出した。ゼリー……?


「これがオマエの欠点か!」


 美味しそうだと思っていると、唐突にゼリーから楽しげな声が上がり、私は小さく跳ね上がって驚いた。


「なっ、何ですか?」

「人間らしくていいんじゃないか?」

「に、人間らしくて……?」


 タローくんはうんうんと傘を振って頷き、対するわたしはその反応に眉をひそめた。

 さっきからタローくんのこの不可解なテンションは何なのだろうか。私を分析するような発言といい、理解が及ばなすぎて怖くなってきた。


「そうかそうか、オマエはこれを欠点と認識しているのか。大いに結構!」

「どうして上から目線なんですか」

「悩みがあるのなら、オレが広い心で相談に乗ってやってもいいぞ。ドンと任せておけ。神であるオレ様には欠点など存在しないからな!」

「タローくん、私は真剣に話をしているんですよ」

「オレも至極真っ当に話をしているだろう」

「えっ、ふざけてないんですか?」

「相変わらず無礼なヤツだな、オマエは」


 タローくんは不満げにそう言いながら、頬を膨らませる要領で若干ボディーを膨らませた……ような気がした。

 そして、その奇妙な生き物は偉そうに踏ん反り返って楽しげに話し出した。


「オレとオマエは真逆だと言ったが、お互いファンタジー愛し、今は同じ夢を共有する同士だ。オマエがやりたい事を見つけられない言うのなら、一緒に探してやろうじゃないか!」

「……やりたい事と言われても、私はもう死んでいるんですよ?だから今更何をしたところで、得られるものなんてありません」

「何を言う。ただの自己満足にオマエが死んだかどうかは関係無いだろう。その程度の事に神の手を借りるというのは気が引けるだろうが、遠慮しなくてもいい。オレは今、暇を持て余している!チャンスだぞ!」

「いやいや、さっきも言いましたけど、タローくんは暇じゃない筈なんですけど……」

「オレは夢を叶える過程も楽しみたい派なんだ!オマエこそ、オレの夢に付き合うという約束を破るつもりか?」

「ちょ、ちょっと待ってください。そんなこと言ってないですよ。今何の話をしてるんですか?私のやりたい事の話ですか?タローくんの夢の話ですか?」


 私のやりたい事を探す話を断ると、なぜタローくんの夢を叶える約束を破る事になるのか。関連性が分からない。頭がこんがらがって来ていた。

 すると、タローくんは自信満々に言い放った。


「オレの夢を叶えるという過程で、オマエの夢を叶えるという話だ!」

「勝手に巻き込まないでください……」


 タローくんの自己中っぷりに脱力する。

 そうですか。私の夢は暇つぶしですか。まあタローくんにとっては所詮他人の夢ですし、いいんですけどね。いいんですけど、その程度ですか。私が自分の夢について長々と考えている事が馬鹿らしくなるじゃないか。

 私と話しているタローくんを見て、ふと思う。ああ……そうか、タローくんって、私の友達だった女の子に似ているんだな。だから、眩しく思える。


「タローくんは私が『自分を好きになりたい』とかいう、個人主義でつまらない夢を見つけても手伝ってくれるんですか?」

「それがオマエの夢か?」

「例え話です」


 そう言うと、タローくんは少し考えるような間を持たせて、穏やかな声色で言った。


「理想の自分があるのなら、いくらでも追い求めればいい。必要とあらば、オレも手伝ってやろう。だが……まあ、自分自身が好きになれずとも、今のオマエが駄目だなどという事は決してないと思うが」

「そうですか?」

「オレは今の花子も好きだからな」


 ───ストン、と腑に落ちた……気がした。

 タローくんの真っ直ぐな言葉はとても心地良く、散々追い求めていた『何か』の正体に気付き、そのちっぽけさに笑えてくる。


「タローくんって、私のこと好きだったんですか?」

「ああ、宇宙海賊パピルピポパス星人よりも好きだぞ。知らなかったのか?」

「知らなかったです」


「そこと比べんな」という言葉が出ないくらいには、今の自分に驚いている。

 私は今まで『特別』で『価値』があって『意味』がある存在になりたくて、その誰かが自分自身でも大多数でもなく、タローくんで私は結構嬉しい。


「私って単純な人間だったんですね」

「そうだぞ。人間は三大欲求を満たし、ついでに富と権力と名声を与えてやれば腹踊りをするくらいには単純だ」

「その発言は舐め過ぎでは」

「オマエの好きな例え話だぞ」

「下手なのでやめた方がいいですよ」

「なっ、なんだと!?」


 本当におかしい。

 こんな陸上クラゲのガキンチョに……。


「私もタローくんのそういうところ好きです」

「……っ!そ、そういうところって何処だ!?」

「例え話が下手なところですかねぇ」

「随分とピンポイントだな!」


 タローくんは「別にそれでも構わないがな!」と、若干悔しがる様子を見せながら自慢のボディーを震わせる。

 素直に言えないのは許して欲しい。だって、恥ずかしいし。

 タローくんもあの時、こんな気持ちだったのだろうか。


「ありがとうございます、タローくん。でも、それ人間の姿で言って欲しかったです。イマイチ決まってませんでした」

「なに?オレはいつでもカッコイイだろう」

「自意識過剰も甚だしいですよ。今のタローくん、ただのキノコですからね。まあ、人間になったところでアレですけど」

「アレとは何だ!アレとは!」

「どうどう」

「気安く頭に触るな!」


 ベシィッと、ぷにぷにの触手に手を払われる。全然痛くなかった。

 私はクスクスと笑い、テーブルに身を乗り出してタローくんに顔を近づけた。


「では、手始めにそのパピルピポパス星人……ですか?彼らから宇宙最強の称号を奪ってやりましょう。そして、私達が宇宙最強となるのです」

「オレとオマエが?」

「そうです。私達が宇宙最強となれば、世界は私達をどう扱うのでしょうね?小手調べですよ」


 私はニヤリと悪巧みをする笑みを見せると、椅子から立ち上がって陸上クラゲを抱えた。タローくんは戸惑ったような声を上げて抵抗するが、私に逃す気は一切無く、そのまま部屋の外へと歩みを進めた。


「オレを何処に連れて行く気だ!?」

「タローくんのロボットコレクションをバージョンアップします!ド派手にぶちかましてやりましょう!これは破壊という名の救済です!退屈はさせませんよ!」

「オマエ極端だな!?さっきまでの生真面目さは何処へ行った!」

「生真面目に考えた上での行動です!」

「馬鹿なのか!?」

「タローくんに言われたくないです」


 タローくんは「理不尽だ!」と嘆く。

 私はその反応が面白くて、また笑っていた。



***



 目の前には小さな『私』がいた。

 女の子は頬を緩めながら優しい眼差しで私を眺めている。


「楽しそう」


 静かに、女の子は私に笑いかけた。



最終話までお付き合い下さり、ありがとうございます。

まだオマケも更新する予定になりますが、花子達の設定を置いておきます。



*花子(仮)

生前、周囲からは夢見がちな変人に思われていたが、実際はリアリスト。口では空想の存在がどこかに実在すると肯定しながら、内心は一切信じておらず、現実的に物事を考えている。

夢の無い現実的な自分に辟易していて、そんな自分を覆したいと思っている。そう思うきっかけとなったのは、中学生の頃に友達だった空想が好きな女子の影響。

あまり笑わない子供だった。感情表現が豊かになったのは、実現不可能な夢を追い求めるようになってから。

漫画、ゲーム、アニメが好き。しかし、既に頭に入った物は手元に置かない。理由は単に幅を取るから。他のものに対しても同じような考え方で、いらないと判断したものは躊躇無く手放すので常に身軽。

遠出が趣味で、死因は遠出先で釣りをしていたところ岩場で足を滑らせて転倒した為。

死んだ直後は幽霊や天使が存在する事実にテンションが上がるが、やがて「そういうもの」として受け入れ、夢が現実となった。結局は変わらなかった自分に気づき、以降は夢は夢のままであってほしいと弱気に思うようになる。来世に望みをかけて転生待ちをしていた。

ファンタジー、夢に固執している。理由は自分自身を肯定し、自分を好きでいる為。笑わない子供に戻らない為。

自分の意見を他者に話すとき語り口調になる。絶対に伝えたい事は迫力を持たせる為に語調を強めて話し、それを演説と称する。

納得がいくまでしっかり話さないと気が済まない性格。面倒がられるのが大半なので我慢する事が多いが、面倒がらずに聞いてくれて、意見まで返してくるタローに対しては遠慮が無い。論争になる事も多々あり。

自称冒険家。現在は神様のお墨付き。

理想の自分を追い求めている。



*タロー(仮)

花子の世界の神様の息子。神様の親子の定義は不明だが、タローが世界を創る以前は一緒に生活していた。

見た目は変幻自在だが人型はただの子供で、性格も基本的に子供っぽい。現在は反抗期。

神様らしく達観した一面もあるが、根底は達観し切れておらず、どうしようもない現実に足掻いている。

短気で自己中。良くも悪くも人間らしい神様。

地球の創作物が好きで、自分の世界はそんな夢のあるところにしたいと思っていた。しかし、自分はその世界の仲間にはなれず、傍観する事しかできない現実に打ちのめされて、崩壊の一途を辿るカオスな世界を創るに至る。

孤独だったが為にロボット天使に人格を持たせるが、望む対等な関係にはなれなかった。

自分を受け入れない世界を現実のものとして見ていない。生き物の命である魂を、生き物を動かす為の動力源としか思っていない。しかし、本当はそうではないと理解していて、気づかないフリをしているだけ。認めてしまえば罪悪感が生まれて、自分の気持ちを貫き通せなくなるから。

名前に対して強いこだわりがあり、名前を呼ばれる事が自分の存在を他者に肯定される事だと思っている。

自分とは対等になり得ない存在を見下してかかるが、それは表面上だけ。対等になれない存在と対等になろうとして傷つきたくないから。

タローという仮の名前に不満があるが、呼ばれる名前がある事は嬉しく思っている。



*神様

花子の世界の神様。タローの親。

姿や性別は不明で、性別はあるのかすら分からない。性格も掴みどころがなく、全てを見通しているような発言をする。花子の想像する神秘的な全知全能の神様に一番近い。

世界に存在する全ての命を大切に想っている。その考えは花子の世界や、タローの価値観にも影響を与えている。

思慮深く人情のある神様だが、誰と接する時も一歩引いた立ち位置から意見を述べて、一個人に肩入れする事は無い。息子のタローにもそれは変わらないが、他者に息子の話をする時だけは感情的になる。

世界から離れられない自分の代わりに、花子に力の一部を与えてタローの世界に送り込む。たった一部で神様であるタローに対抗できる程なので、本人の力は計り知れない。

規則に忠実で、柔軟性が無い。



*宇宙海賊パピルピポパス星人

タローの世界に存在する、宇宙最強の陸上クラゲ。タローのお気に入り。

見た目は珍畜無害だが、その種族が保有する武器は手がつけられない程に強力。ただし、武器さえ持たせなければ見た目通りの戦闘力しかない。

後に、花子とタローによって武器を木っ端微塵に破壊され、何もかもが無に帰した。それにより平和でファンシーな星に移り住み、日常系アニメのような生活を送ることとなる。


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