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第4話 タローと花子

 



「貴方の心情は分かりました! それならば尚の事、私達は世界に干渉するべきなのです!」


 私は堂々と言い放ち、立ち上がって両手を広げた。それにより、身長の低いタローくんは私を見上げることとなる。


 タローくんには、世界の命は簡単に失われていいものでないのだと、理解してもらう必要があった。でもそれは、タローくんなら自分で分かってくれると思った。

 彼には寂しいと思う感情がある。となると、当然人情もあると思うのだ。現在の振る舞いは、命というものに現実味が無いからこそできるのだと思う。

 しかしその為の前提条件として、まず世界に関わってもらわなければいけない。


 テーブルを挟んでお互いに向かい合い、目と目を合わせる。

 タローくんは私の発言に納得していないようだった。そして、苛立たしげに反論する。


「何が『干渉するべき』だ。オレが言った事をもう忘れたのか? それとも、やはり理解していなかったのか? あの世界は不可侵だと言った筈だ」

「貴方が世界の意志を不可侵とするのは、世界が貴方を受け入れないからですよね?」

「……ああ」

「受け入れられない事に孤独を感じたのでしょう?」

「だったら何だ。何が言いたい」


 私は私の解釈に間違いが無いのかを確認し、タローくんは目を鋭く細めて、出方を伺うように声を潜めた。

 今、私はタローくんに試されている。

 失敗は許されない。タローくんの期待に応えられなければ、私達はそれまでの関係になってしまうだろう。

 それだけ今回は重要なのだ。先程とは違う。今回はタローくんの心境を理解した上で話をするのだ。私が間違った論点で話をしようものなら、タローくんが私を見限る十分な理由になる。

 だからこそ、私は緊張感を誤魔化すように、タローくんに向けて明るい声色で言った。


「今は私がいるではありませんか!」


 自分の存在と価値を主張するように、ドヤ顔で胸を張る。

 そんな私を前にして、タローくんは目を見開き沈黙した。驚いているようだったが、真意は読み取れない。

 そして、タローくんが明確な反応を見せたのは、見開いていた目を呆れを含んだジト目に変えた時だった。

 張り詰めていた空気が緩み、白けたような間ができる。


「……で?」


 私が渾身のドヤ顔を披露する中、タローくんの気の抜けた声が静寂に響く。緊張感もへったくれも無い。

 失敗した。

 内心では後悔しながらも、私はそれを表に出す事はせず、代わりに「うゔんっ」と大袈裟な咳払いをする。

 色々と誤魔化したかった。


「オマエがいるから何だって?」


 タローくんが嘲笑した表情で私に聞き返す。咳払い程度では誤魔化されてはくれず、無かった事にはしてくれない。

 私は左手を腰に当てながら右手で顔を覆った。冷や汗がダラダラと流れる。

 どう挽回しよう? まだ間に合う? 何事も無かったかのように、冒頭からやり直すか?


「……ふっ」


 私が必死に考えを巡らせていると、堪え切れないというようにタローくんが吹き出した。

 一瞬、私は訳が分からずに動きを止めて、パチクリと瞬きを繰り返した。遅れてタローくんが笑っている事に気づき、驚愕する。

 私はからかわれていたのか?


「タローくん……?」


 今まで私が好き放題していた仕返しなのか?

 咎めるようにそう言えば、タローくんはニヤニヤとした表情のまま、中断してしまっていた話を再開させた。


「オマエがいると、どう変わるんだ? 話くらいは聞いてやろうじゃないか」


 先程の出来事を無視する不自然な流れと、タローくんの偉そうな態度に思わず苦笑いをする。

 これは私の言葉は間違えてはいなかった、という事でいいのだろうか?

 ……それにしては馬鹿にされている気がするけど。


 まあいい。間違いだったにせよ、正解だったにせよ、話を聞いてくれるなら十分だ。

 それに、こんなのは子供のちょっとした悪戯だ。こういうやり取りができるくらい、親近感を持ってもらっているという事でもあるのだろうし。

 きっとそう。


 タローくんの言葉は依然として偉そうで、小馬鹿にしている。しかし、表情や口調は前よりも柔らかかった。

 少なくとも、真っ向から否定しようとする頑固な雰囲気は無い。

 私はタローくんの対応に合わせるように、平静を取り繕って話を続けた。


「私も現在は名乗れる名前がありません。そして、貴方の世界には受け入れられない存在です。これは、貴方と同じですよね?」


 名前が有るのと無いのとでは違うだろうけど、誰にも名前を呼ばれないという点では同じだと思うのだ。

 そして、私とタローくんが世界に受け入れられないのは、最早言うまでもないだろう。

 存在に関しても、転生を果たしていない霊魂は肉体が無く、誰の目にも映らない。異世界の霊魂ともなれば、世界からはきっと同じような扱いになる。

 だから、タローくんの世界に関わる上での条件は、どちらも変わらない筈だ。


「神と霊魂が同じ、か。やはりオマエは図々しいな」

「一部は紛れもなく同じですよ」


 不満に思って反論するものの、タローくんはそうなる事を分かっていたかのように軽く受け流す。


「それで、なぜ世界に干渉しようなどという話になるんだ?」

「世界の一部になりたいのなら、まずは世界に関わらなければ始まりません」

「関わったところで何になる。世界の意志は絶対だ。無謀な事はしたくない」

「それは貴方が独りになるからでしょう? 今は私がいます。世界から弾かれる時は、私も一緒です」

「オマエと一緒でもな……」

「私に期待したのはタローくんですよ。それならば、最後まで信じてくださいよ」


 タローくんは私に不審なものを見る目を向ける。

 例えるなら、問題無く運行しているけれど、今にも壊れそうなボロボロのジェットコースターを見る目。問題が無いから運行しているのだろうけど、乗ったが最後、事故に見舞われそうな感じ。

 私はそのジェットコースターの安全性を口頭で説明しているに過ぎない。


 結局はタローくんの気持ちの問題なのだろう。どれだけ私が論理的に話したところで仕方がなかった。

 まあ、論理は論理で信じられるだけの根拠が無いのだから、タローくんが尻込みするのも分かる。

 しかし、だからといって試す事すらしないのは不毛だ。


「このままでは何も変わりません。世界は私達を拒絶します。こうなったら、こちらから行くしかないんですよ。一度世界の意志など無視して、思いっきり混ざりに行ってやりましょう。そして無理矢理、世界の一部になるのですよ!」

「不可能だ」


 私の説得をタローくんはきっぱりと切り捨てる。それでも簡単に諦める気は無く、私は更に言葉を並べ立てた。


「なれますよ! 確かに私達は世界に組み込まれてはいません。しかし、そこに存在する事は許されています。完全に受け入れられていない訳ではないんですよ」

「明確に存在する物を排除する術は世界に無いからな」

「だからこそ、望みがあるのでは?」

「それが決まりだからだ。それ以上の譲歩は無い」

「何を以ってして、世界に受け入れられる事とするかにもよりませんか? そこに在る事を許されているのなら、いくらでも手段はあるように思うのですが」


 私は顎に手を当てながら、考えを巡らす。

 要は納得が得られればいい。


「例えば?」

「世界に存在できるのは大きなアドバンテージです。行く事すらできなければ、そもそも関わる事もできませんからね。世界が私達の存在を許していなくとも、現に存在できています。であれば、組み込まれていない私達が居るのが当たり前となる事で、組み込まれていない私達が居るのは、世界にとって当たり前という事にもなります」

「屁理屈だ」


 その納得を得るのが難しいのだけれど。

 うーん、こういう堅苦しい話し方しかできなくてもどかしい。相手に受け入れられない論理は、タローくんの言う通り屁理屈になってしまうし。

 私はどうにか納得してもらおうと言葉を探す。


「押しかけ女房みたいな感じですよ。合意も無く家に上がり込み、既成事実を作るのです。大丈夫です。あっちは拒絶できません。嫌よ嫌よも好きの内的なあれですよ」

「オマエのその例えは何なんだ」


 私は渾身の例え話をするが、タローくんは眉間を指で押さえて渋い顔をした。


「分かりやすくないですか?」

「その所為で、それを実行する自分のイメージが押しかけ女房になった」

「いいじゃないですか」

「なんか嫌だ。『女房』という単語が特に受け入れ難い。こう、自身の性を否定され、神の威厳が侵されたかのような……」

「考え過ぎです。それにタローくんは神様って柄でもないでしょう」

「おい、それはどういう意味だ。事と次第によっては元の世界に送り返すぞ。消せなくてもそれくらいは出来る」

「大丈夫です。自力で戻ります」

「しぶとさはゴキブリ並みだな……」

「女性をゴキブリに例えるとはどういう了見ですか。神様にチクられたいですか」

「話が脱線している。直ちに戻そう」

「ちょっと、逃がしませんよ」


 私は鉄槌を振り下ろし、タローくんは両手を掲げて真剣白刃取りに挑む。そして、鉄槌がタローくんに直撃した。

 タローくんはテーブルに突っ伏して「理不尽だ!」と愚痴をこぼす。私もそう思わなくはないが、だとしてもゴキブリは許せない。

 すぐに謝っていたのなら、或いは褒め言葉として言っていたのであればまだ許せた。あの虫の生命力には感心する。しかし、あの苦虫を噛み潰したような顔が悪意ある言葉だと物語っていた。


「タローくんの『ゴキブリ』に比べれば、私の『押しかけ女房』の例え話の方が何倍も秀逸でしょう。タローくんに苦情を言う資格はありませんよ」

「張り合ったつもりは無い」

「ええ、張り合えてすらいませんね」

「だから張り合っては……クソっ! 何だこの反論したくともできない感じは!!」


 負け惜しみのようにタローくんが吠える。言おうとした言葉を途中で引っ込めたのは、堂々巡りになる事を悟ったからだろう。

 タローくんは基本的に子供っぽいし頑固そうだけど、私が不躾なお願いをしたクッキーの件といい、案外意固地にはならない。これは寛容と言えるのか?

 決着もついたので、脱線した論点を元に戻す。


「やはりタローくんから世界に関わりに行く事は必須だと思うのですよ。他に手段があろうと無かろうと、それが一番可能性が高いです」

「実現性に乏しいがな」

「だから何ですか。元々望みが薄い事は承知の上でしょう。可能性がある事に注視すべきです」

「可能性があるのかすら分からないから言っているんだ」

「だったら試すべきです」

「嫌だ」

「理由ですらなくなってますよ」

「『嫌だ』。それが理由だ」

「屁理屈はどちらですか」

「お互い様だ」

「それと一緒にされるのは納得がいかないのですが」

「オマエ個人の問題だろう」


 押し問答の末、私はげんなりした顔でタローくんに話しかけた。


「神様に限界は無いんじゃなかったんですか?」

「なっ……」

「あれはただの強がりでしたか」

「うぐ……っ」

「まあそうですよね。神様にも限界はありますよね。分かっていますとも、ええ」

「オマエ、わざとほじくり返しているのか!?」

「いえ、別に。ただそう言っていたなーと、ふと思い出しただけですよ。いいんですよ、別に、強がっても。……ガキなんですから」

「消す!!」


 一向に改善する兆しの無いタローくんの思考にうんざりした私が、最終的に挑発するに至ったのは最早必然だった。

 あれは続けられない。続けたって無意味だ。理知的な話し合いを諦めた方がまだマシだ。寧ろ、最初からそうしていれば良かった。


 両者共に椅子から立ち上がり、鋭い目つきで睨み合って出方を伺う。

 タローくんは意固地にはならなくても、沸点が低いのが難点である。そして、ガキという言葉に極端に弱いところも。やはりこれは寛容とは言えない。

 私は静寂を断つように力強く声を発した。


「こうなったら論は捨て、拳で白黒つけましょう! 敗者は勝者に従う! 自然界の絶対的な法則です!」

「いいだろう! しかし、それだとオレが不利だ! オマエにはオレに対する特効能力がある!」

「でしたら公平を期す為、運に任せましょう! じゃんけんです!」

「しょぼい! 却下!」

「じゃんけんを舐めるなッ!! 世界でどれだけの数行われたと思っているのですか! 特に幼少期のじゃんけんは戦争です! おもちゃの所有権も給食の余りも全て勝者が掻っ攫っていくのです! 私は指相撲でもあっち向いてホイでもしりとりでもマジカルバナナでも一向に構いませんがね!」

「一様にダサい!! もういい、じゃんけんだ!」

「当然、一本勝負ですよね!?」

「当たり前だ! 未練がましく三本勝負などと言い出したヤツは即敗者だ!」

「異論ありません! ついでに後出しじゃんけん、最初はパー、四択目のグーチョキパー全部など変則的で卑怯な事を言い出した奴も即敗者としましょう!」

「異論無い! ついでに心理戦を仕掛けた狡猾なヤツも即敗者だ!」

「こうなれば運から逃げた奴は即敗者です!」


 熱り立つ私達は、無駄なエネルギーに満ち溢れたやり取りを交わした後、拳を握りしめて今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな構えをとる。

 真剣勝負だった。


「よし、いくぞ!!」

「じゃーん!」

「けーん!」

「ぽんっ!!」「ぽんっ!!」


 その瞬間、私は高らかに拳を突き上げ、タローくんは崩れ落ちるように床に膝をついた。

 内心、ホッとした。神様補正があったらどうしようかと思っていたのだが、無用な心配だったようだ。


「私の勝ちですね。ではタローくん、私と一緒にファンタジーが横行する、無法地帯さながらの世界を創りましょう。拒否権はありません」

「……オマエは魔王か何かか」

「不満でも?」

「無い。逆に満足はしている。踏ん切りがついた」

「それは良かったです」


 まあ、勝者がどちらだったにせよ、結果は変わらなかったような気もする。

 タローくんは最初から、気持ち的には世界に関わろうとしていた。ただ、優柔不断になっていただけだ。

 いざ決まってしまえば気持ちの方に傾くだろうし、タローくんが勝利していたとしても、未練がましく『やり直す』などと言い出して即敗者になっていた。

 その為の穴埋めでもあったのだし。


 タローくんは気が抜けた顔で椅子に座り直す。そして疲れ切ったサラリーマンのように、椅子に体を投げ出した。

 私もそれに倣って椅子に座り、テーブルに肘をついてクッキーに手を伸ばす。既に紅茶とクッキーは残り少ない。

 今までの張り詰めた空気の反動からか、全体的にダラけた雰囲気になった。


「小腹が満たされて、ご飯物も食べたくなってきましたね。やはり日本人としては白米。たまごかけご飯も捨て難いですが、火で表面を炙り焦がされた後、無残に横たえられた哀れな魚をおかずにするという手もありますよね」

「何だその微妙に悲しくなる焼き魚の表現は……。それより他に話す事は無いのか?」

「他ですか?」

「今後についての具体的な行動だとか、食べ物を催促(さいそく)する前に色々とあるだろう」

「となると、まず最初に改善が急がれる場所や生物の選定ですが……疲れ切った今する話じゃなくないですか? 腹が減っては戦ができぬ、ですよ」

「霊魂のオマエに空腹という概念は無い」

「疲労は食事で癒すのですよ」

「得る栄養も無いくせによく言ったものだ」


 タローくんは呆れたように鼻で笑う。

 そう言うタローくんも紅茶を飲んだりクッキーをつまんだりしていたじゃないか、と内心思ったが、くだらない事で言い争う体力が惜しかったので口にはしなかった。


 お互いに何となく暇で雑談をしていると、遂にテーブルの上に置かれた食べ物が無くなる。空のお皿を見て、ちょっと悲しくなった。

 そんな私の正面では、タローくんがテーブルに肘を乗っけて頬杖をついた。

 ダラけてるな、私達。

 すると、タローくんがふと思い出したかのように顔を上げる。


「オマエは『ファンタジーが横行する無法地帯』にするらしいが、本当にそんな世界にする気なのか?」

「……まあ、それはファンタジーの可能性に賭けた、夢みたいなものですよ。本当に無法地帯になるとは過信していません。現実は先程話した通り、枠に収まった予定調和の世界になることでしょう。そうでなければ、結局世界は壊れてしまうでしょうし、私には天罰が下されます」

「やはり現実問題そうなるか。オマエの話は根拠が無い、机上の空論であったからな」


 つまらなそうにも、落胆したようにも取れる表情でタローくんはテーブルを1回だけ指で叩く。


「期待しましたか?」

「多少はな」

「すみません、夢でも何でも言わないと説得はできないと思ったもので……」

「構わない。それに触発されたのも事実だ」

「弁明ではないですが、嘘を言っていたのではありませんよ。私の価値観に基づく可能性の話で……どうしても言い訳になりますね」

「分かっている。夢と現実は違うのだろう。矛盾はあっても本心であると。まさかそれが嘘だったのか?」

「いいえ」

「だったらいいじゃないか。夢であるからこそ語る価値がある、だろう?」

「違いありません」


 私は若干脱力して椅子にもたれかかる。理解が得られて安心したのかもしれない。

 こういうやり取りをしていると途端に現実に返るというか、現実を直視しなければいけないというか、夢と現実の落差に沈むというか……。

 タローくんの夢を否定しようとする現実的な意見を聞いていると、つい夢のある話で反論したくなるんだよな。

 それに、タローくんは私の言葉を洩らさず聴いて、更に意見まで返してくる。応戦しない訳にはいかないだろう。

 これが神様の言っていた『気が合う』という事なのか? 考え過ぎ?


 タローくんの事について考えていると、何となく不思議に思った事があった。

 そういえば忘れかけていたけれど、タローくんって一応神様なんだよな。無気力そうにテーブルに伏せている子供を見て、私は思い出す。


「タローくんでも疲労は感じるものなんですか? 大分ダラけた姿勢をしていますけど」


 見た感じは疲れているようだが、神様が口論で疲れるとも思えなかった。


「体は無いが、精神は削られている気がする」

「私と同じじゃないですか」

「こっちは『気がする』だけ。オマエは実際に削られている。一緒にされるのは不服だ」

「え、削られてるんですか?」

「残念な事にすぐ修復するくらいだな。魂がそんなヤワだったら転生などできないし、そもそも世界が成り立たないぞ」

「ああ、ですね。タローくんの世界は成り立っているとは言えませんが」

「機能しているのだから成り立っているだろう」

「貴方の目は節穴ですか」

「オマエ、もう少し神を敬ったらどうだ」

「敬ってますよ。神様は」


 私の皮肉めいた正直な返しに、タローくんは何故か笑う。意味が分からない。絶対に怒鳴られると思っていたのに。

 怪訝な表情でその様子を呆然と見つめる。すると、タローくんが笑いながら可笑しそうに言った。


「オマエを見ていると、本当に世界がめちゃくちゃになりそうで困る」


 それを聞いて、私は暫く言葉の意味を呑み込めずに硬直する。そして、理解をした途端に私にも自然と笑みが浮かんでいた。


「本当にしてやりましょうよ。素敵な夢ではないですか」

「夢か。大層なものだな。現実は想定内に収めた世界にするというのに」

「夢は信じなくては意味がありませんよ。無茶ではありますが、将来の展望でもあるのですから。諦めてしまっては、夢が夢でなくなってしまいます」

「それもそうだな」


 タローくんは表情を緩めて、歯を見せながら無邪気に笑った。私もつられて笑顔になる。


 世界をファンタジーでめちゃくちゃにする事こそ、私達の夢だ。

 世界に想定外な出来事が乱立し、私達が数ある想定外の内のひとつとなって、特異性を失う。そうなれば、タローくんは……私達は世界の一部になれたと言えるのではないか。

 想像した世界はめちゃくちゃで、混沌としていた。何が正しくて、何が間違っているのか分からない。それが当たり前で、普通の世界だった。


「夢が叶ったらきっと、カオスな世界になりますね」

「ああ、そうなるといいな」


 お互い、期待に満ち溢れた顔を見合わせる。今の私達は心が通じ合っていた。何もかもが上手くいくように思えた。

 しかし、私はある事を思い出して警戒心をあらわにする。タローくんもそれに伴って訝しげな表情をした。


「な、何だ?」

「ちょっと上手くいき過ぎなような気がして……また私をからかっているのではないかと。ほら、タローくん私のこと信用してないじゃないですか」

「何故そうなる?」

「忘れたとは言わせませんよ。私が自信満々に言い放ったひと言を聞いて、白けた空気にさせたのちに笑ったでしょう。その後もじゃんけんに持ち込むまで、私の言葉を全然聞き入れなかったじゃないですか」

「ああ……根に持つな、オマエ」

「何ですか、その顔は」


 やれやれと言うような表情で、タローくんが半笑いする。先程までの屈託の無い笑顔とは、似ても似つかない笑顔である。

 私が冷めた目を向けると、タローくんは半笑いを引っ込めて穏やかに笑う。


「いや、花子のあの言葉は嬉しかったぞ。それが無ければオレはオマエを諦めていただろうし、世界に干渉する事を端から検討していない」


 私は自分の目と耳を疑った。


「……そう、ですか」


 反応を返すのに、暫く時間がかかった。

 急に素直になられると調子が狂う。それに、仮名とはいえ名前を呼ばれたのは初めてだ。

 そうか、間違いではなかったのか、あれは。へえ。

 しかし、タローくんはここで終わらない。


「ただ、あの時は素直に喜んでやるのが癪だっただけだ。オマエの反応も面白かったしな」

「そりゃどーもです……」


 最後のが無ければ、こちらも素直に喜んでやったものを。ていうか、私そんな面白い反応してたっけ? ……駄目だ、記憶が曖昧だ。

 タローくんがケラケラとせせら笑う。笑顔が多いのは良い事だと思うが、ところどころ腹立つ笑顔が混じるのはやめてほしい。

 タローくんらしくはあったけれども。



 ひと段落ついて穏やかな空気が流れる中、私は神様に言われた言葉を思い出す。


『生前、叶わなかった夢を果たしてくれ』


 神様はどういう意図を持ってあんな事を言ったのだろう。

 夢とは、将来なりたい自分を思い描く事である。あるいは、実現が不可能な空想である。

 タローくんの夢は世界の一部として受け入れられる事。私の役割はタローくんの夢を応援して、神様の望み通り、タローくんの世界を壊れないように作り替える事。


 私自身の夢は……もうどこにも存在しないのに。



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