第3話 机上の空論
私はテーブルを挟んだ向こう側にいる、意識を失った彼を見て胸をなでおろす。
でも少し複雑な気分でもある。
切羽詰まった状況から解放されたのだから、安心するのは当然だ。しかし、相手は神様といえども子供の容姿をしているので、罪悪感を抱いてしまう。
私は彼の元へと近づいて上から見下ろした。今は普通の子供にしか見えない。
テーブルに目を向けると、まだ手をつけていない紅茶とクッキーがそこにあった。
きっと、悪い子ではないのだろうね。悪い子ではないのだろうけど……。
ピクリと彼の指先が動く。そして、閉じられていた瞼が僅かに開き、まだ夢の中にいるように虚空を見つめていた。
「大丈夫ですか?」
声をかけると途端に彼の目が見開かれる。まるで野生動物のような素早い動きをして起き上がり、私に一切背を向けることなく後退した。
彼は壁に同化でもするのかと問いたくなるくらいにべったりと張り付いて、ただただ、まんまるい黒い目で私を見る。
「なんですか、その反応は。言っておきますけど、私は謝りませんよ。こちとら命の危機だったんですから」
「そんな事はどうでもいい! オマエは今オレに何をした!?」
「鉄槌ですよ」
なんのひねりもない言葉で返せば、彼はそうじゃないと言いたげに苛立った表情をする。
そんな事を言われても、私はそういう力を与えられただけで他に答えようがないのだ。
私は彼の真意を測りかねて、さっきの鉄槌という名のチョップをした右手を彼に向けてみる。すると、彼は面白いくらい露骨に警戒をした。
私に何をされると思っているのだろう?
「私の演説を覚えていますか?」
「演説……? ああ、アレか……」
「そうです。もう分かっているかと思いますが、私はそれを貴方に伝える為に、貴方の親御さんに送り込まれてきたんです。ここで自己紹介をするべきなのでしょうが、あいにく死んだ霊魂に名乗れる名前は無いので好きに呼んでください」
霊魂は一度人生を終えた存在だ。終わるという事は、生前の自分を捨てるという事だ。だからこそ、生前の名前を使う事は許されていない。
私が言える事といえば、ここにいる理由と、霊魂だという事くらいなものだった。
自己紹介らしい自己紹介はできないが、それは仕方がないだろう。
「貴方は?」
「……」
「ガキンチョと呼びますよ」
「オマエのその不躾な態度はなんだ? わざとなんだろう! どういう魂胆だ!」
「ふっ……神様に許されている特権ですよ」
「オレも神だっ!!」
「私は『私の世界の神様』しか神様とは認めないことにしました。なので、名前を教えてください」
「どうせオマエには理解できない」
その返しに私はムッとする。投げやりに言われた言葉は、私と向き合う気がないように感じたからだ。
「理解できないなんて、決めつけられたくないです」
「―――」
「え?」
「―――!!」
「それ名前ですか?」
「ほらみろ、理解できてないじゃないか!」
彼はしてやったりといった様子で、自分は正しかったのだと主張する。
音を発したのは分かった。ところが、それは私には聞き取れない響きだった。今までに聞いたことの無い、不思議な音。それでいて、なぜか記憶には残らない。
しかし、だからと言って諦めるのも悔しくて、私は雰囲気だけを思い浮かべながら口をもごもごと動かす。
「ほ……ほっ……やさにゃしょひょッひょ……」
「何だその奇怪な言葉は? いや、そもそも言葉ですらないぞ。ふざけているのか?」
「待って、もう一回。もう一回だけお願いします」
「霊魂ごときがいくら頑張ろうと無駄だ。神はオマエのようなちっぽけなヤツなんかと同列じゃないんだ」
「はい、どうぞ」
「―――」
「みょっひゃりまきょグフッ、ひひゃ(舌)かんだ……」
「ざまあないな!!」
じんじんと痛む舌を庇うように手で口を押さえる。
目の前の彼は何が面白いのか、ゲラゲラと壮大に笑っていた。こうも笑われると負けた気分になる。
というか、発音すらできない名前って、名前の意味が無いのではないだろうか。
「……別名とかないんですか? 貴方を呼ぶ為に毎回、舌を噛むのは嫌なんですけど」
「そんなものは無い。別名など、まずそう呼ぶヤツが存在しなければある訳がないだろう。そういう意味では『神様』が別名とも言えるのだろうがな」
「じゃあもういいです、呼ばれたい名前はありますか?」
「ふむ……ゼウス、ルシファー、フェンリルでも可だな! 響きがかっこいいだろう?」
「嫌ですよ。恥ずかしい」
見た目はただの子供にしか見えない奴を、尊大過ぎる名前で呼びたくはない。馬鹿みたいじゃないか。
それに、私の中のかっこいいイメージが崩れる。
「タローくんとかどうです?」
「なんだその汎用の中の汎用すぎる名前は?」
「横文字ですよ」
「関係あるか、そんなこと! 神への冒涜だ!」
「そう言う貴方は、全国のタローを敵に回しましたね」
「くそっ、オマエなんか花子と呼んでやる!」
「えぇ……タローと花子って、なんか汎用ネームコンビみたいじゃないですか。やだなぁ」
「失敬なッ!! 泣いて喜べ!」
タローと花子の言い争いは、タローが「もういい!」と諦めの言葉を叫んだことで終了した。
結果として、タローと花子という呼び名は決定事項になっていた。それでいいのかと思わなくもないが、既に過ぎた話となっていたのでまあいいかと流す。
どちらも本名という訳でもないし、そこまで呼び名にこだわる必要はあるまい。
大分脱線してしまったが、2人は改めて椅子に座り直してクッキーを食べ始めた。
紅茶は冷めてしまっていたし、先程の影響かテーブルに少し溢れてしまっていたが飲めなくはない。
久々の食べ物は凄く美味しかった。
「それで、オマエはどうする気だ。先に言っておくが、オレはこの世界を変えるつもりは無い。魔法も無くさないし、オーバーテクノロジーだって規制はしない。悪魔も、幻獣も、怪物も、全てがオレのコレクションだ。たとえ世界が壊れても、それはそれで物語として面白い」
タローくんの言葉には色々と引っかかる部分があった。しかし、指摘したところで堂々巡りで終わるだけなので、敢えて突っ込まずにニヤリと笑う。
そんな怪しい私を見て、また何かされるのではないかとタローくんが怪訝な顔をして警戒する。
余程、私の鉄槌を受けるのが嫌らしい。私は理由も無くそんな事はしないのに。
「ふふ、何も『創作物を全て排除しろ』と言っているのではないのですよ。言ったでしょう? 私もファンタジーが大好きなんです!」
「……でもオマエはさっき、オレのロボットコレクションを否定したじゃないか」
口を尖らせて、いかにも子供らしい表情で拗ねる。
どうやらあのタイミングで私が演説を始めた事で、とんでもない誤解をしているらしい。
「違いますよ、タローくん。私が話した事は全て本心です。勿論、強大な力で世界を破壊したいという言葉もです」
「矛盾しているぞ」
「そりゃそうですよ。夢と現実は違います。それは紙に描かれた白米と、実物の白米くらい。そしてカニカマと、海で生きるカニくらいにね」
「その例えはわからん」
「本物のカニが食べたい! でも私にはカニを模したカニカマしか無い! なんてもどかしいの! でも許しちゃう! ……そういう気持ちです」
「説明はいらん」
「まあ、妥協ですね。どこが限界かを見極めてます」
「オレに限界など無い」
「タローくんは創る側なんですよ!」
世界を創るという事はタローくんにとって、自分の想像する世界を文字や絵にするのと同じ事なのだろう。当然、そうなると何もかもが自由で、本人の技量などを問わなければ限界などありはしない。
しかし、それでは駄目なのだ。タローくんの作った世界は、確かに存在する。
「いいですか、タローくん。神様だという貴方にも、限界はありますよね」
「何だと? ある訳が無いだろう」
「言い換えます。タローくんの見た目ってガキですよね」
「オマエはそんなに消されたいか!!」
ガキという単語に過剰反応するガキっぽさが微笑ましい。めちゃくちゃ単純だ。
そして、タローくんは宣言通り私を消しにかかってきたので、正当防衛として軽い鉄槌を喰らわせた。
先程とは異なり、両者に真剣味は無い。タローくんにはあわよくばという思いもあったのだろうけど。
頭を抱えて悶絶するタローくんを尻目に、私は中断した話の続きをする。
「各々、限界は必ずあります。限界が無いという貴方の世界にも、実際は世界が壊れるという限界が存在するのです。その世界の限界に達しない為に、管理者である貴方が適切な住人の限界を設定しなければならないのです」
「適切に設定された世界などつまらない。アイツが創った、オマエのクソ真面目な世界が最たる例だ。何もかもが一定で、決して枠からはみ出ない。全てが予定調和だ。それが世界を守るという事なら、オレは絶対に嫌だ」
鉄槌を喰らった直後だというのにまるで懲りた様子も無く、小馬鹿にした態度で椅子にふんぞり返る。
私は故郷を馬鹿にされてイラッとしたが、子供の言う事だと言い聞かせて平静を保つ。
そして、私はタローくんに言い放った。
「夢が無いんですよ」
タローくんの世界は一見、夢に溢れている。しかし、それはまやかしでしかないと私は思うのだ。
「私は夢が好きです。夢を語るのが好きです。それはなぜか? 限界の向こう側にある世界だからです。誰も当たり前の事に興味など持ちません。思いもよらない事だからこそ、私は好きなのです。しかし、貴方の世界は限界が限りなく存在しません。つまり、全てが想定内。貴方が望んだ、なるべくしてなった結果です。何が起ころうともそれはあり得る事であり、予想できない事ではないのです。それこそ、貴方の言う予定調和ではありませんか?」
タローくんはそれを聞いて失笑する。どこか諦めたような、乾いた笑いだった。
「ふんっ、そうなると何もかもが予定調和だな。まあ、オレという規定があるのだから、当然と言えば当然か。……で、それがどうした? だからと限界値を下げたところで何になる。世界の崩壊という危機が無くなって、余計につまらなくなるだけだろう」
「有り体に言えばそうなるでしょうね。何せ神様でさえ止める事のできない、唯一の事柄が無くなるのですから」
「そう思うのなら、オレが頷かない事も分かるだろう」
「考え方を変えましょう」
私は笑みを深めて話す。
「貴方は予定調和がお嫌いなようですね。それならば逆に、枠に収まった予定調和を作りましょう。全て、貴方が把握していて、操る事のできる、思い通りの世界を創りましょう」
「……何だと?」
「貴方は夢を夢ではなくしているのです。であれば、夢を意図的に作る必要があります。ファンタジーの中に限界を定め、枠から外れたものこそを夢としましょう」
「オレの作る世界は完璧だ。そうだと決めてしまえば、それ以上の事になどなりはしない。想定外を夢とするのなら、夢など存在し得ないんだ」
「慢心です!」
強い語調で指摘する。タローくんは突然の大声に驚き、ビクッと肩が跳ねた。
私は自分のこだわりがある話題となり、徐々にヒートアップしていく。声の抑揚が過剰になり、矢継ぎ早に言葉を並べ立てる。
「ファンタジーは無限の可能性を秘めています! 何が起こるのか想像できない! 本当にそうであるのか分からない! 想定外の塊です! 尊く、不可侵な領域であり、神聖なのです! 手に入らない! だからこそ憧れる! ビバ、ファンタジー!!」
「……それこそ慢心じゃないか」
熱くなった私に冷水を浴びせるように、タローくんは呆れたように言った。
私は冷静さを欠いていた事に気付き、気持ちの切り替えの意味を込めて「こほん」と咳払いをする。
話し合いは結局は感情論となる部分もあるのだから、相手を置いて行ってしまっては世話がない。反省、反省。
そこで少し気づいた事があり、私はタローくんを戒めるように言う。
「それにしても、タローくん。ファンタジーの数ある魅力のひとつである、無限の可能性を見失ってはいませんか? 私は同じファンタジー好きとして、悲しいですよ……」
何でも実現できてしまうからこその弊害なのだろう。私の言葉を『慢心』として軽く受け流しているところに、そう思わせる部分があった。
私はあからさまに悲しむように、声色を弱々しくして、目元に手を当て、オーバーリアクションをする。ここまでオーバーだと、はたから見れば挑発しているようにしか見えない。
そんな私を見てタローくんは案の定、苛立ったように片眉を上げて「ムカつく」と言葉を吐き捨てた。
私は再び場の雰囲気を切り替える為に、声のトーンを変えて、落ち着いて話す。
「まあ、とにかくその無限の可能性を得ようではありませんか。魔法は無くしません。超能力も、オーバーテクノロジーもウェルカムです。悪魔も、幻獣も、怪物ですら受け入れましょう。それこそが想定外を作り出します。バグの蔓延る世界を創りましょう!」
「バグだと?」
「そうです。ファンタジーが存在するという事は、バグだと言えます。何せ、物理法則を無視する人類の夢ですからね。きっと、いくら完璧に枠に収めようとしても、綻びはできます」
「できない。それで想定外の世界を作れるとでも? ファンタジーだろうが何だろうが、全て織り込み済みだ。神を舐めるな」
「ファンタジーとは夢。それ即ち、整合性が無いのです。こちらも言いたいですね。人類のファンタジーに対するご都合主義を舐めるなと! そして、現実はそんなに甘くはないと! 確かに限界は見極めるべきですが、限界を限界だと決めつけては、それ以上は望めません」
現実はファンタジーのように、全て上手くはいかない。ファンタジーを現実に持ってくる事は、不可能だ。
神様がどれだけ凄いのかは正直、分かっていない。それでも私は、私の大好きなファンタジーに自信を持っていた。
「貴方は始めにカオスな世界を創りました。まだ、真面目なファンタジーの世界を創った事は無いのでしょう? 試してもいないのに、決めつけられたくはないですね」
「オマエの意見は根拠も具体性も無いな。そもそも、バグなど存在しないのだから。抽象的な言葉だけを与えて、後はオレに丸投げする気か?」
タローくんは煩わしそうに言う。
そろそろお互いに言いたい事を言い終えて、話し合いが平行線になってきた。どちらの意見も『根拠も具体性も無い』話だからだろう。
こうなると、少し相手の意見を受け入れなければ進展は見込めない。まあ、それでも仕方なくだけど。
私は得意げに鼻を鳴らした。
「バグが無い? 何を言いますか。百歩譲ってファンタジーがバグでないとしても、分かりやすいバグはここに居るではありませんか」
胸を張ってそう言えば、タローくんは怪訝な表情で私を見る。『ここに居る』となると、答えはひとつだろう。
「……まさか、オマエの事を言っているのか?」
「勿論。そしてタローくん、貴方もこの世界から外れた存在です」
タローくんの世界で存在を想定されて創られていないのは、別の世界から来た私と、創造主であるタローくんだ。
つまり、私たちがタローくんの世界に関わるという事は、タイムマシンで過去へと行って、史実を変えるのと同じような事なのだ。
そんな当たり前の事に、タローくんは何を言ってやがるコイツと言うような、とんでもないものを見る目で私を凝視した。
「オレやオマエを、世界に干渉させる気か?」
「そうです」
「そんな事は許されない! 世界の意志に反する!」
私が自身の発言の意味を認めた途端、タローくんは椅子から立ち上がって声を荒げた。
「世界の意志?」
「そうだ! 世界は異物を許さない! 別の世界の一部であるオマエは言うまでもなく、オレでさえ受け入れる事は無い!」
予定調和を嫌って世界の崩壊を許容しているくせに、そういう部分だけ守ろうとするとは、何とも不思議な話だ。それだけ世界の意志……在り方に忠実である事を望んでいるのか。
感覚としては、自分の作品に後から他人の手が加わるような事だろうか?
予想はできても私にはよく分からない。それでも折れる気は無く、私も応戦するように強い口調で話す。
「だからこそ、バグになり得るのでは?」
「あれはオレの不可侵領域だ! オマエだって言っていただろう! ファンタジーは侵害が許されないのだと!」
「意味が違いますよ。私は『できない』と言っているんです。貴方は『できる』と思っての言葉でしょう?」
「ああ、そうだな! オマエの言う通り、どうしようとも侵す事はできない! 世界は異物を受け入れる事は無いのだからな! しかしだからと言って、不可侵領域へと踏み込もうとする行為は許されない!」
世界に異物が関わる事を拒絶するのは、神様の総意ではなく、タローくんだけの決まり事なのだと思う。
根拠として、私の世界の神様は『実際に行って干渉してみてもいい』と言った。そして、タローくんの世界で私が転生する事を許した。
絶対にしてはいけない行為ではないのだ。
「なぜですか?」
そう問いかけると、タローくんはさっきまでの勢いを失って言葉に詰まった。
出てこようとした言葉を飲み込み、それでも何かを言おうとして口を開くが、やはり何も言わない。
タローくんは葛藤していた。きっと、それが自身の胸の内を話す事になるからだろう。
「私には言えませんか?」
「……」
信用できないのだろうか?
出会ったばかりなのだから、それは当然だと思う。だってまだ相手の事をよく知らない。自分が相手に受け入れられるのか、逆に自分は相手を受け入れられるのかも分からない。
私もそんな相手に、自分の心中を正直に話すのは躊躇うだろう。
私はさすがに踏み込み過ぎたのだろうかと思い至り、話を変えようかと思案する。
タローくんがなぜ世界の意志に忠実である事を望むのかを知りたかったが、無理に聞くような事ではない。
そうなると、タローくんを説得する事はできないので、世界への干渉は諦めるしかないだろう。遠回りになってしまうが、別の方法を考えるしかない。
私は次の言葉を探す時間稼ぎをするように、テーブルの紅茶に手を伸ばす。
そんな時だった。
タローくんが絞り出すように声を発した。
「……誰もオレの名前を呼ばないんだ」
私は予想外の出来事に内心驚きながら、タローくんへと目をやる。
タローくんは目を伏せて、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「オレがどれだけオレを世界に組み込もうとしても、世界はオレを認めないんだ」
それは私が知らなかった『世界から外れた存在』の決まりごと。
「オレは世界に存在してはいけない。そういうものだからだ。世界の意志だからだ」
それはタローくんにとって絶対的な決まりだったのだ。
「世界の意志が望むのなら、オレはそれを守りたいんだ。オレを拒んでまでそうあろうとする意志をな」
どうにもならないからこそ、神聖視する。
「あれはオレの夢だ。不可侵なんだ。オレには手の届かないものなんだ」
世界は現実に存在しているのに、タローくんにとっては世界がファンタジーであった理由。
「だったらオレの好きにしていいだろう。夢なんだから、好きに思い描いたっていい筈だ」
だから、ありきたりな予定調和を嫌った。
「それで壊れたとしても、意志に反してはいない。なるべくしてなったんだ」
叶わない夢への身勝手な反発心。
声は淡々としたものだったが、それ故に悲痛でもあった。
タローくんが世界を軽視している事が信じられなかった。神様以外の生物を見下している発言を、受け入れられなかった。
でも、決して理解できない事ではなかったのだ。それは何とも子供らしい理由だった。
全部、自分が仲間外れにされている事への当てつけだ。
私は根本的に、アプローチの仕方を間違えていたのだと気づく。
「タローくんは寂しかったんですね」
面白い想定外の世界にする事は、さして重要ではなかった。タローくんが本当に求めていたのは、世界の一部になる事だ。
ニマニマと笑みを浮かべながらひとり納得していると、タローくんの不満そうな鋭い視線が突き刺さる。
「馬鹿にしているのか?」
「違いますよ。何と言いますか……タローくんの事を理解できて、嬉しいんです」
「オマエなんかに、正しい理解が及んでいるとは思えないがな」
「それでも話してくれたじゃないですか」
タローくんは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。しかし、そんな嫌味でさえ今は可愛く思える。どう考えても、ツンデレのツンの部分だ。
そんな私の態度に調子を狂わされ、タローくんはげんなりとした表情をする。
私に胸の内を明かしてくれたのは、多分私を信用しての事ではない。会って間も無い相手に心を開くほど、警戒心が無いようには思えないからだ。
となると、タローくんは私に期待したのだ。信用できない事を承知で、話してくれたのだ。
期待に応えない訳にはいかないだろう。
「発想の転換をしましょう!」
私がそう高らか宣言すると、タローくんは不安を絵に描いたような顔をした。