挿絵をつければ話のわかりやすさがぐっと上がる
ゆっくり目を開けると、心配そうなミアンの顔があった。
「大丈夫ですか?」
昨日案内された部屋のベッドに寝かされている。
「大丈夫」
むっくりと体を起こすと、サイドテーブルに置いてある水差しからグラスに水を注いで渡してくれる。
「果実水です。レモンとミントなのでスッキリしますよ」
「ありがとう」
美味しい。
「過労と貧血だそうですよ。昨日召喚されて翌日園遊会。夕食抜きで朝食は少々、慣れないコルセットで体を締めたのもいけなかったそうです。申し訳ありません」
「ミアンが謝る事じゃないわよ。ここでは普通のドレスの着方なんでしょ。次からはコルセット無しのドレスにしてもらえれば良いし。毎回倒れる訳にいかないもんね」
「衣装室に伝えます」
そうして下さい。ごくごくと水分補給をしながらテーブルを見ると、サンドイッチが載っている。
「サンドイッチ食べても良いの?」
「はい、食欲があるのなら是非」
わーい。
と、見ると、サンドイッチの横に眉間にシワを寄せた物体が鎮座している。
「食べ物の横で難しい顔するのやめてくれる?不味く感じるから」
でも気にせず食べる。もぐもぐ。美味しい。物体がシワ寄せてなかったらもっと美味しいに違いない。
『元町希さんはエリニュス・フューリ・ブランシェルを知っているんですか?』
「希で良いわ。フルネームの大安売りはいい加減鬱陶しいから」
『希さん、エリニュス…』
「知っているというか、何というか。召喚前の世界で知っていたというか。っていうか、マナこそ私を召喚したんだから、私の世界の事を知っているんじゃないの?」
『召喚したのは魔道士ヴォルバスですし、私はセフィーロ様の使いですから知りませんよ』
とことん使えない。
「ノゾミ様、何があったのですか?宜しかったらお話し下さい」
唯一の味方のミアンに聞かれたら話した方がいいに決まっている。けれど、うまく話せるかしら。
「うーん、ちょっと複雑なんだけど」
「シンプルに、話せる事を話していただければ、お力になりますよ」
実にありがたい。どこかのポンコツ妖精と、呼ぶだけ呼んで何もしてくれない主神とは大違いだ。
「聞いてくれるだけでも気分が良いから嬉しい。ありがとう」
私の言葉に笑顔で頷くミアン。
「さっき王子達に会って思い出したんだけど、私のいた世界でグリザンテの事がゲームになっていたのよ」
「ゲームとおっしゃいますと、チェスやカードの様な?」
チェスやカードゲームはあるんだ。
「違う。何て説明したら良いかわからないんだけど、今の時点で例えになる様なものは無いと思う。ええと、子供から大人も遊べるお話を元にした娯楽って言ったら良いかな」
「例えになるものが無いのなら、その説明は混乱するので要りませんね。つまり、物語を本以外の方法で遊びとして楽しむものと捉えましたがよろしいでしょうか?」
「うん。ミアンは飲み込みが早くて助かるわ。本は一つの流れしかないけど、ゲームは遊び方によって話の内容やゴールが変わるの。物語の最後が、主人公の動きで変わっていく。登場人物とどう付き合うかで幸せになったり不幸になったり、ね」
無いものを説明するのはとても難しい。ミアンの頭の回転が早くて助かった。この世界に来てミアンに会えなかったら、五割増の話をして仲良くなっていなかったら、恐らく今頃一人で夜逃げをしていたに違いない。
救世主を素直に夜逃げさせてくれる国は無いだろうけどね。
「そのゲームというもので、ノゾミ様は私達の事を知っていた」
「ちょっと違うかな。ゲームに全員が出て来る訳では無いから。物語だって脇役なんかは『騎士が』とか『魔法使い達が』とか書かれるじゃない?私が知っていたのは、救国の乙女が召喚されて竜を倒すという大きな目標と、その流れの間で王子王女に会ったり、冒険者ギルドと共闘したり、騎士団と旅したりとかの大まかな流れ位」
流石に、『基本は乙女ゲーで、乙女が攻略対象とラブラブゴールを目指すのが一番の目的で、竜討伐はおまけです』何て言えない。
この世界では、暗黒竜復活の恐怖に脅かされているのだし、ゲームならツヨツヨパラメーターで画面の向こうの竜を倒すだけだけど、ここでは実物の竜と対峙して討伐しないといけないんだから。
わかっていたけれど、その実物を討伐する先鋒が私な訳で。暗黒竜とやらに対峙する前までに、少しでも強くなって魔法を使いこなせる様にしておかないとね。これで負けたら泣くどころか死ぬ訳だから。
「知っていた情報と実際の状況にズレはあったけど、王子王女の名前も見た目も知っていたし、グレートお蝶が出て来たからびっくりしちゃって、コルセットもキツかったから倒れちゃったみたい」
「ズレですか。それでノゾミ様が不利になる事はありますか?」
「多分大丈夫。少なくとも今のところは」
「それなら今悩んでも無駄が多いですね。それではぐれーとおちょうとは何ですか?」
あ。
そうよね、ミアンはお蝶夫人を知らないから。
テーブルの上のペンを取り、サンドイッチを包んでいたナプキンに毛先くるくるのロングヘアのイラストを描く。下手だけど雰囲気さえわかれば良い。視覚化する事が大切だ。ビジネスの基本でもあり、学習の基本でもある。
「漫画って言ってね、絵と会話ばっかりの物語があるの」
ついでなので、イラストに吹き出しをつけて「よろしくて?」と書き込む。
「これ話している内容」
吹き出しをペン先で示すとミアンがふっと笑った。
「小さな子供でもわかりやすいですね」
「そうなの。そんなお蝶夫人を見た目もっと派手にしたのがゲームに出て来るエリニュス様。ゲームの中では召喚された乙女のライバルで、優れた家柄と魔法の才能で国を救う為に大活躍しようとするの。周りにいるお蝶派の令嬢達が乙女に意地悪をしたり邪魔をして、乙女よりエリニュス様が強くなると、乙女は全部の魔力をエリニュス様に託して王国を去っていくらしいわ。私はその終わり方を見てないからどこに去るのかは知らないけど。で、そんなエリニュス様をグレートお蝶って友達と呼んでたの」
いったん言葉を切って、ミアンの様子を伺う。説明が長くなったけど、こくんと頷くミアンが頼もしい。
光る物体は、残っていたサンドイッチを食べながら『ぼえー』っとした表情でこっちを見ている。使えない。使えない上に、飯まで食うのか、こいつは。曲がりなりにも妖精なんだから、樹液とかでも啜っていれば良いと思う。
「でね、一番びっくりしたのがその友達が私を呼ぶ渾名をエリニュス様が私の顔を見て口に出した事。それが倒れた最後の原因ね。疲れてきて息苦しい所に思ってもいなかった言葉をライバルキャラクターが言ったから。それで聞きたいんだけど、エリニュス様も召喚された可能性ある?」
「いいえ、ブランシェル家は名門ですし、そのお嬢様は見事な金髪から光の淑女として小さな頃から有名です。夜会にもずっと参加されていますし、双子という珍しい出生をされていますから嫡子である事は間違いありません」
ふうむ。
「ノゾミ様が取れる手段は二つですね。こちらから動くか、あちらの動きを見るか」
「それしか無いわね。少なくともこっちから動いた方が、ましかな。向こうはグリザンテ王国の事に詳しくて、教育も魔法も身についているし、貴族だし、変な妖精ついてないし」
「ふふふ。ノゾミ様にはダブルエージェントがついていますよ。そのエリニュス様のお爺様、ブランシェル公から送り込まれたのが私なのですから!」
「実に頼りになるわ!」
私とミアンがうふふふふふふと笑い合う姿に、マナが恐怖に引き攣った顔を向けて来た。