若返りとダブルエージェントと
次の瞬間、ミアンの微笑みがとても自然な可愛らしい笑顔に変わった。
「ノゾミ様は面白い方なんですね」
「いいえ、命が惜しいだけよ。ここで信用出来る人がいないんだから、せめて側でお仕事してくれるミアンには怯えたくないしね」
はふう、とわざとらしくため息をつく。
「そう考えると、ノゾミ様はお辛い立場ですね」
笑顔のまま、うんうんと頷くミアン。可愛いな、こいつめ。
「私は救国の乙女は召喚されたらあっという間にグリザンテ王国を救ってくれるんだと思っていました。そうですよね、ノゾミ様は子供で、私達と同じ様に怖がったりする女の子なんですよね」
ええと、中身はお姉さんと言うのもおこがましい29歳のお一人様ですが。
「いやそれなんだけど」
ここだ!今こそ私の秘密をオープンして、ミアンにぐっと親しんでもらいたい!仲良くなりたい!
「私ね、こう見えても29歳なのよ。子供じゃないから」
………。
一瞬で味のある表情に変わったミアンがゆっくりと口を開く。
「ノゾミ様の世界は、成長が遅いのでしょうか?」
なる程、そう言う理解の仕方があるのか。寿命が長くて、老けるのが遅い。
それどんなエルフ?
「そうじゃなくて、召喚された時、神様の力でちょっと、あ、13年はちょっとじゃないけど、若返らせてくれた。後、五割増し見た目を綺麗にしてもらったっぽい。自分だと、五割がどれ位なのか掴みづらいけど。29歳だと十代に比べて体力が落ちてるとか言われた。確かに10代でドラゴンと戦うのと、30歳でドラゴンと戦うのは大きな違いがあると思うし」
「そ、それは…」
「それに救命の乙女を召喚したら29歳でしたって、ねえ。29歳で乙女ですーとか、言える?」
破顔。
ミアンが声を上げて笑い出す。
「ひっ、ふふふふふっ、酷い、あははははっ、酷いですね、ふふふっ、じゅ、十代、と三十前の、あははっ、体力!体力!しかも、綺麗に!五割増し!とか!やだ!セフィーロ様!ひどっ!あはははははっ!」
何か、確認されると傷つくんだなあ。
私は大きな窓の外に目をやった。
青空って、綺麗。ふふっ、異世界でも空は青いのね。
ひとしきり大笑いしたミアンはすっきりした顔になった。
この後、お昼前から園遊会だから、準備しながら話しましょうと言って、クローゼットの中からゆったりとしたドレスを選ぶ。召喚される人間がどんな人だかわからないから、適当に標準サイズのドレスを数十着、集めて詰め込んでおいたらしい。
靴については足の大きさを確認してから、ヒールの無いショートブーツを持ってきてもらう事にした。園遊会のドレスにはハイヒールというミアンに、急に動く必要ができた時困るからという私の主張を通させてもらった。
「ノゾミ様の話が本当かどうかは私にはわかりませんが、ノゾミ様がこの世界に頼れる人がいないと言う状況はわかっているつもりです」
少しでも私のスタイルが良くなる様にと、コルセットでぎゅうぎゅうと私の腰を絞り上げつつ話すミアン。
「ちょ、ちょっと待って、これ、ギブ、ギブ、締めるの止めて。良いから、良いから、ゆるゆるで良いから」
「そうも参りません。お披露目なのですから一番綺麗に見えませんと。せっかく五割増しに、ふふっ、美しくして頂いたんですから」
ミアンさん、笑いが漏れまくってますが。
見た目美しさ五割増しの秘密を話したおかげで、ミアンと私の距離はぐっと近くなったものの、何回も思い出し笑いをされている。
「いや、本当に、私の国には基本コルセットしないから、死ぬから。若しくはパーティー中に出ちゃうから、戻しちゃうから、口からそれはもう取り返しのつかない物が出てきちゃうから!」
むう、と小さい唸り声が聞こえると同時に、腰の締め付けが緩んだ。
「仕方がありませんね、胸の下にフリルがあるタイプで誤魔化しましょう!」
バサバサと投げ捨てられるドレス達。
すまぬ、すまぬ、私が日本人ですまぬ。それでも、16歳で五割増し効果により、召喚前よりすらりとしているのだ。
「ノゾミ様がお疑いの通り、私はブランシェル大公の部下、ファイス男爵の庶子で、ノゾミ様の生活を報告する様に言われております」
「ショシって何だっけ?」
一瞬、ミアンが目を伏せる。
「正妻以外から産まれた子でございます」
拙い。
「ごめん、あんまり話したく無い事よね。考え無しだった」
反省。
「良いんです。ノゾミ様は階級の無い世界から召喚されたのですから」
「そういう国もあるんだけどね。私の国は基本みんな平等だから、階級とか考えた事も無くって。その代わり、自分で何がしたいのか、その為に何をしたら良いのか、自分にその力があるのか、何て自己責任があるけど。だから、私が言っちゃ悪い事を言ったら教えてくれると助かるわ。悪い事だらけになりそうで怖いけど」
目と目が合って、二人で笑みを浮かべる。
「ミアンは20歳位?だとすると私より年下よね。一応中身は29歳だからお姉さんって呼んでくれても良いし」
「21歳でございます。ノゾミ様が色々お話しして下さって、私も覚悟が決まりました。私も家に戻れない身でございます。私の話を聞いていただけますか?」
「勿論」
ミアンは五割増しに艶々になった私の髪の毛をセットしながら話し始めた。
「私はファイス男爵家に使用人として勤めていた母から産まれました。ファイス男爵の正妻には二人のお子様がいらっしゃいます。長男で後継のヴォイド様、長女のレスティリーア様です。レスティリーア様は22歳、私の一つ上でございます」
「あー、わかった。お姉さんは事情がわかっちゃった。私のいた国は、一夫一妻なんだけど、奥さんが妊娠中に問題を起こす旦那もいたから、ええと、ね?」
ミアンのお母様は、妊娠中の妻に相手にして貰えない男爵に手を出されちゃった訳だ。
こくり、と頷くミアン。
「その後、母が妊娠したとわかると、男爵はほんの少しのお金を持たせて母を実家に返しました。母の実家は平民で工芸を営む貧しい家です。妊娠した母を保護するどころか、母の給金をあてにしていた位ですから戻された母を責めました。母は家を追い出され、教会に保護されたのち裕福な商人の家で働く事が出来ました。私を産んだ事で乳母の仕事が出来ましたから」
ふふっと自嘲気味に笑う。
「本当に運が良かったんです。奥様も優しくて、私も同じ歳のお嬢様と仲良くして頂いて、私が12歳の時に母が亡くなっても、お嬢様の侍女として働く事が出来ました。お嬢様は商才がおありで、結婚なさらずお仕事を続けていらっしゃいます。私には『ミアンはいつでも結婚してくれて良いからね。幸せは逃しちゃダメなんだから』とおっしゃって下さって、それでも私はお嬢様と一緒にいるのが幸せだったんです」
「凄く、素敵な場所にいられたのね」
「はい」
私の髪の毛が重力に逆らう様なセットにされかけている。凄いテクニックだ。
きっとお嬢様も凄いヘアスタイルをされていたに違いない。
「救命の乙女が召喚される事になって、王様から高位の貴族に侍女の募集がされました。貴族の娘で救命の乙女に過不足なく使えられる、という条件ですが、高位貴族は自分の娘を差し出すのを躊躇いました。どんな乙女が召喚されるかわからないのですから」
「わかる。異世界人何て、訳わかんない化け物と一緒よ。どんな人間かわからないで取りあえず『世界を救う』っていう条件だけで呼び出すんだから」
うんうん。他所の店舗からあった事も噂すら聞いた事も無い、私より上のヘルプ社員が来るのだって不安だもん。大人の対応はするけど。そいつが無茶を言い出すかも知れないとなると、ねえ。
そういえばハンバーグフェア、大丈夫かなあ。
「それでも救命の乙女に取り入る機会を逃す訳にはいきませんから、高位貴族は派閥の下位貴族達に娘を選抜する様に通達したのです」
「下請けに放り投げるスタイルね」
「下請けというのが何かわかりませんが、ノゾミ様の世界には上下は無いのですよね?」
「同じ会社、ええと、例にすると商人の店と言えば分かり易い?同じ店なら仕事が出来る人が上、出来ない人が下。違う店ならお金がいっぱいあって店員も多い、大きな店が上、そこに連なる店や個人の職人が下請け」
「そうですね、そんな感じで娘を侍女にする何て絶対あり得ないけれど、救命の乙女の情報は欲しいと考えるブランシェル大公から話が降りて来て、ファイス男爵が自分の娘を差し出すのは嫌だけれど大公に取り入る機会は逃したくないと考えた結果、21年前、追い出した母を思い出したんです。庶子でも貴族の娘ですし、体裁を整えて立場を与えれば言う事を聞くと思い込んで、情報を集めて私の居場所を突き止め、意気揚々と働いていた商会の前に馬車を乗り付けて来たんです」
どこから来た、その絶対思い通りになるという揺るぎない自信は。
そしてしょっぱい。余りにもしょっぱい事実。実質人身御供。
「心の底から私が嬉しがると思っていたみたいで、商会の応接室で話を断ったら凄く面白い顔してました。顔は面白かったのですが、これが実の父かと思うと情けなくなって、そんな涙目の状態の私を見て、また自信を取り戻して『本当は泣くほど嬉しいのだな』と。その辺りからの記憶が定かではございません」
「あまりのバカにさ加減に、精神が拒否したんだと思うわ。防衛反応で」
「一緒に話を聞いていたお嬢様が、私の好きな様にして良いとおっしゃって下さったのですが、男爵が『娘を引き渡さないと商会を潰す』とバカな事を言ったので、憤るお嬢様を宥めてこちらに参りました」
「すっごく素敵なお嬢様なのね」
「はい。旦那様も奥様もお嬢様も、商会を出る最後まで『我慢はしなくて良いんだよ。他の町の支店に移っても良いんだから』とおっしゃって下さいました。私にとって大切な人達に迷惑をかけるのは嫌だったので、救命の乙女がどんな方でもお仕えしようと思っておりました。権力を持ったバカは何をするかわかりませんので」
良い話を聞かされた。男爵は死ね。
お姉さん、20代後半になってちょっと涙脆くなったんだけど、ミアンを守ってあげたいと思う。大公も死ね。
商会のみんなは栄えて生きろ。
「訂正するわ。凄く素敵なお父様ともう一人のお母様とお姉様だったのね。勿論、実のお母様も大切にしてくれた人を大切にするミアンを育てたんだから、素敵なお母様。ミアンは素敵な家族の中で育ったんだから、幸せにならないといけないわ。私に出来る事があったら言ってね。救命の乙女とかいう立場を最大限利用して、上司として頑張っちゃうから」
瞠目するミアン。
「だってそうでしょ?大切にされて来たお嬢さんを成り行きとは言え侍女としてお預かりしてるんだから、私に責任あるじゃない。安心して、それなりに良い上司として部下に慕われてたのよ。あ、本心はわからないけど、みんな良い上司だって言ってくれてた。うう、断言するほど自惚れてはいないけど、ううううう」
「いえ。ノゾミ様は誠実でいらっしゃいます」
褒められた。
「それで私は合格かしら?ミアンから見て」
「こんな面白い方が救世主とは思っていませんでした。スパイとしての立場はございますが大公の好きにはさせません。報告する内容は、ノゾミ様に相談させていただきますし、大公に言われた事はお伝えします
「それって私達の世界ではダブルエージェントっていうのよ。ドラマとかですっごくかっこいい役なんだから」
「ドラマ?ですか」
「こっちの世界では劇かな?演劇。探ってると見せかけて、実は逆に情報を奪っちゃうの」
「かっこいいですね。ダブルエージェントミアンです」
「バレない様にだけは気をつけてね。せっかく安心して話が出来るお友達が出来たんだから」
「お友達ですか?」
「ダメかな?他に信用出来る人がいないのよ。助けると思って」
ミアンが凄く良い笑顔を見せてくれる。
「仕方が無いですね。良いですよ、一人ぼっちの寂しい救世主様。それから、ヘアセットが完成しました」
「おおー」
髪の毛が見事にアップスタイルになっている。キラキラとしたビーズのついたチェーンが渡されて、これどっかで見た事がある様な。あ、テーブルの上の物体だ。
「ごめん、光る物体。昨日っから縛りっぱなしだった」
「ノゾミ様、何故突然思い出されたのですか?」
「頭の飾りと似てるなーと思って」
光る物体が、テーブルの上でびったんびったんと跳ねた。
妖精って、思ったより頑丈だったんだな。