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五割増でも純日本人

「疲れた」


お城の一角。大きなベッドのある寝室と、立派な応接セットのある続き部屋に案内された私は、ふっかふかのソファに埋もれていた。

進展の無い虚しいやり取りの間、長時間そのままになっていたびしょ濡れの服もやっと着替えられて、召喚時に着ていた部屋着も『変なデザインの服』扱いされつつ洗濯してくれるらしい。

部屋着がパンツスタイルだったせいか、お勧めのドレスを断って、動きやすそうなワンピースを選んでも止められないで済んだ。

しかも、着替えの時に姿見に映った自分がマナの言った通り、しっかりばっちり五割増しで綺麗になって若返っていたのがちょっと嬉しかったりする。確かに二十代の半ばを過ぎてから、ゆるゆると無茶が出来ない自分になってるなーと自覚してはいた。なので、異世界で若返ったのは不幸中の幸と言っていいだろう。

異世界召喚なんてされないのが一番いいんだけどねー。いくら忙しくて天涯孤独でも、知らない世界で竜倒すのが仕事ですって言われるのは、ねえ。


とはいえ五割増美人になっても所詮純日本人。艶々した肩口までの黒髪と、流れる様な睫毛が囲む涼しげな黒い瞳はキラキラ輝いているけれどいまいち地味。きゅっとしまった体も日本人だけあって、日本人体型からの五割増。綺麗にした上にアンチエイジングしてあげた分異世界を救ってね!暗黒竜を倒してね!というのはギブアンドテイクとして無理があると思う。だって、竜ですよ?ゲームだったら中ボス以上の強敵ですよ?ちょっと荷が重すぎない?


「モトマチノゾミ様、お茶をどうぞ」

茶髪に茶色い瞳、二十歳位の見事なオールドメイドスタイルの女の子が綺麗なティーセットを目の前のテーブルに置いてくれる。

「ええと、ミアンさんでしたっけ?」

「ミアンとお呼び下さい。救命の乙女モトマチノゾミ様にお仕え出来て光栄です。どうぞ何でもお申し付け下さい」

おうあ。またしてもフルネーム。


「希で良いわ。私の住んでいた世界では、家族の名前である苗字っていうのと、個人の名前があるのよ。私個人の名前は希よ。ミアンさんにも家族一緒の名前があるんでしょ?」

「そうですか。私はミアン・ファイスと申します。ミアンが個人の名前になりますので、私達とノゾミ様は名前の順番が逆になるのですね。それから、ミアン、とお呼び下さい。王命でノゾミ様に使えておりますので、ノゾミ様を名前だけでお呼びするなど私には出来ません」

「了解。わかったわ」


見た目は未成年でも中身は社会人、ミアンを困らせる訳にはいかない。

とりあえず、状況を整理していかないと明日からの指針も立てられない。細かい事は後回し、ね。

チラリっとテーブルの上中央に目を向ける。

銀色の鎖でぐるぐる巻きになり、河岸に打ち上げられたマグロよろしくビッタンビッタン蠢く光る物体。

隙あらば私の黒い思い出を抉り出そうとするそいつを、昨夜見事捕獲成功したのだ。

簡単に魔法が使えるという物体の言葉通り、『物体を捕まえたい!』と願いつつ手を向ければ、どこから現れたか繊細な銀鎖がくるくると巻きつき、物体はぼてっと落下した。

その直後、王様達はフリーズし、一番最初に起動したヴォルバスさんが『乙女もお疲れでしょうから今日はここまでに致しましょう』と話を切り上げてくれたのだ。


怖がられたかも知れない。


そう言えば、物体をぶらぶらさせながら帰って来たのを見たのに、一瞬しか動揺しなかったミアンは凄い。是非味方になって欲しい。

とは言え、今の優先事項は状況の整理だ。


「さて、どんどん質問に答えてもらいましょうか?後、余計な私の秘密は話さなくて良いから。私もまだ妖精の天ぷらとか見たく無いし」

びくりっと一際大きく動いたのち、ぴたっと動かなくなる光る物体。

やっとまともに状況整理が出来そうな気がする。

ものすごく眠いけど。


一つ、グリザンテ王国のダンヴィル山脈に暗黒竜の巣がある。

一つ、グリザンテ王国は過去に大きな、危機があった時、救命の乙女を召喚した事が複数回ある。

一つ、一つ前の乙女が召喚されたのは15年前。ネギシフタバという女性で、行方不明になった第一王子と王女を救った。

一つ、ネギシフタバは事件解決数年後に消えた。元の世界に帰るという手紙を残していた。

一つ、暗黒竜を倒すために、今直ぐダンヴィル山脈に行かなくても良い。向こうが侵攻準備している状況だから。

一つ、先ずは国内の安定を図るために、近隣の賊を抑えなくてはいけない。


大まかな内容を聞いた所で、眠気が限界を迎えた。

んー、でも、なーんか引っかかるんだよね。

グリザンテ、暗黒竜、ネギシフタバ、どこかで聞いた様な、ううんと、ううううう。

ぐう。


ばふっ!しゃーっ!

「おはようございます、ノゾミ様!」

「ふぉおおおおお!眩しいっ!」

体を起こして周囲を見回す。

お洒落な広い部屋。いい笑顔でカーテンを開けるメイドのミアン。目に突き刺さる窓からの光。テーブルの上に転がる光る物体。


「夢じゃなかったかー」


ソウダヨネー。


「本日はお昼からノゾミ様の歓迎園遊会が開かれます。準備を致しますので、朝食をお召し上がり下さい」

「うわー。面倒くさそう」


流されるままに、テーブルの上の英国式ブレックファーストといった食事を取り始める。味は普通。


「でも一気に済ませてしまわれた方が楽ですよ。まとめて挨拶されないのであれば、貴族達は他の人を出し抜いてノゾミ様にお会いして、有利な立場を得ようとされますでしょうし。この部屋にずっと来客があったり、出先で次々捕まってお世辞を聞かされるのがお好きならお止めしませんが」

「出ます。出させて下さい」

「園遊会は庭で行われます。地位のある貴族や魔法研究者が次々挨拶して来るので、適当にいなして下さい」

「適当で良いの?」

「一度に覚えられる人数ではありませんし、相手は挨拶できれば満足なんです」

「ミアンはそれで良いの?私の側で仕事をするんなら、色々言われてるんじゃ無いの?誰かに有利になるように、とか」


一瞬、茶色の目を見張って、直ぐに笑顔になるミアン。

その目は細く細く眇められ、好意よりも私を値踏みしている様に見える。

一緒に仕事をする相手には、お互い信頼を持たないと話にならない。ミアンは仕事仲間では無いけれど、今はここが職場みたいなものだから、側にいる相手にずっと緊張感を持ち続けるのはきつい。

私はおとがいをゆっくり撫でる。そのまま指を止め、口を開く。


「私ね、自分にどこまでの力があるかわからないのよ」


ミアンの目は細いままだ。


「この世界に大衆食堂ってある?」


唐突な質問だったらしく、表情が軽い驚きに変わった。直ぐに元に戻ったけど。


「ございます。平民が利用する食堂もありますし、貴族専用の食堂もございます」

「ここに来る前に住んでいた国には、貴族はいなかったのよ。だから食堂と言えば誰でも食事ができるお店。勿論、高級な所もあれば、とっても安い所もあるの。で、私がしてた仕事なんだけど、誰でも安く、小さな子供からお年寄りまで気楽に入れる食堂数軒をまとめたり、新しいメニューを考えたり、食堂で働く人の問題を解決したりする事だったの」

さて、ミアンは私の味方になってくれるのか。


「何が言いたいのかって、思ってるよね」

ミアンは黙っている。

「今まで魔法なんて使った事ないし、竜なんて作り話にしか出て来ない。正直、勝手にこの世界に呼ばれて心底迷惑をしているの。何でよその世界に誘拐されて、よその人達が恐れて手を出さない暗黒竜を倒すなんて危ない事を押し付けられなきゃいけないの?この国の偉い人は頭の中にお花畑が広がってるの?召喚された人間は素直にみんなが嫌がる事をすると純粋に思っているのなら、ほんっとうにおめでたいとしか言えないわ」

一息ついて、ティーポットから紅茶を注いで一気に飲む。冷めてるし。

「だからね、私は知りたいの。ミアンが何者なのか。本当にただのメイドなのか、王様や誰かの息のかかったスパイなのか、私が逃げない様に付けられた人なのか」

言葉を切って、おとがいから指を離し、人差し指をミアンの目の前にぴっと立てる。

「実は暗黒竜側から派遣された人なのか、とかね」

細かったミアンの目がまん丸になった。

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