転生ヒロインは断罪フラグを回避する!(仮)
今回は自信のある本シリーズの中でも今のところ特に力を入れてできました。
今後もあと1作、同世界、同じ舞台で作品を投稿します。
ヒロインのキャラや名前はそのまんまですが、どれが一番反響があるか知りたかったので3作パラレルワールド風に仕上げました。
【第一話】第一話は同シリーズ前作と全く同じです。
「知らない天井だ」
私は白塗りに透かし模様の入った天井を見上げて、ついに口に出してしまった。
「まあお嬢様!お熱はよくなったんですか?」
「え、だ…」
「奥様!お嬢様が!」
誰?
「おばあちゃん、奥様は母屋ですよ!聞こえませんって何度…」
「あらコルマッティ、それじゃ奥様呼んできて」
え、いやだから誰?
軽く体を起こすと、見知らぬオレンジ髪のメイド服女性がむすっとしている。
「…まったく人使い荒いんだから…」
コルマッティと呼ばれた髪をお団子にゆった女性は、小言を言いながら扉近くから見えなくなった。
このおばあちゃんと呼ばれた、同じくメイド服の女性はなんにも聞こえないのか、ふりなのか私の膝にかかっていた布団を剥ぎ取ろうとする。
さっき「熱だった」みたいこと言ってたよね?いいの、病人の布団剥ぎ取って?
まだ寝足りないせいか、それとも何もかも知らないものだらけだからか、私はすぐそこまでマジレスしそうになっている。
「お嬢様、一昨日は陛下がお見舞いにいらして絹のドレスと珍味の食材を持っていらしたんですよ?なんでも絹は厄除け、その食材は同様で体に良いと言われている代物らしくって」
「ふーん」
私はあからさまに興味がないので、適当な相槌を打つが、このメイドはせっせと部屋を片付けながら、おしゃべりを止めようとしない。
「きっと高価なものなんでしょうねぇ。私の給料の何倍かしら」
それを雇い人の前で言うか、と思ったがまあ自体が飲み込めてないうちに色々言うとボロが出そうだから我慢しよう。ただし、布団は返してもらう。
私は手を伸ばせば手が届く場所にある、羽毛布団の端を掴んでずるずる手元へ持ってきた。
「まあっお嬢様!ばあやはわかっておりますよ!もう5日も目を覚さなかったので、今日だってお見舞いにと、いつ陛下がいらっしゃるのかわからないんですからね?」
「そう、それで昨日は来たの?」
「いいえ。でも陛下ですよ?あのご多忙な王子様が職務の合間を縫っていらっしゃるんです。お嬢様の元へ。なんて“浪漫ちっく”なんでしょうね」
心なしか、このばあやと名乗る彼女の横文字が、平仮名に聞こえた。
「その王子様って…陛下って…本当に私の元へ?」
「ええ、」
「ばあや、鏡ある?」
ばあやは銀縁の手鏡を手渡し、その際にまた声をかけた。
「病み上がりもお美しいですよっあはっ」
…このおばあさん、鬱陶しい…。
にしても。
うわぁ。美少女だ。垂れ目小顔の黒髪美人だ。鏡の中に美人がいる!
いやまあ、スマホで検索したらいくらでも出てきてたから驚くことではないのだけど、これが自分ですって言われたら、なんていえばいいの?
「その陛下は次いつ来るかとか言わなかったのよね?」
「ええ、ええ。だってあの陛下ですよ、いっつもお忍びでっ!」
「ねえ婆や。私、その陛下って人と付き合ってるの?」
「ええ?」
驚いたように、にやけたように婆やは言う。
なんだかすごく恥ずかしいことを言ったような気になってすごく恥ずかしい。
「それは、お嬢様が一番よくご存知なのでは?ただ私はまだお嬢様がネクタイをしているのを見たことはありませんけど」
ばあや曰く、男女は付き合いだすとネクタイとスカーフを交換するらしいのだ。そして男の場合はそれを胸ポケットに入れる。ちょうどハンカチのように。そして両者の親も交え、婚約が成立したら指輪をつける。
どうやらこの世界では独占欲みたいなものが強いらしい。
【第二話】
聞いたつもりはなかったが、ばあやは「自分がお嬢様を7日間!7日間もお世話したんです」と言っていた。
だがこの私が目覚めたからというものは、目覚ましい回復ですぐ外へ出られるまでになった。
「ねえばあや、おすすめの場所ってある?」
私は2日もかからず、なんの記憶もなしにこの生活に慣れていた。
それもこれも両親が家族揃って国外のパーティへ出張しており、口数の多いばあやが私の日常の多くを取り持って話題に困ることがないからだ。
「おすすめ…?そうですね。王都の石像前の唐揚げ屋さんとかですかね。あそこは観光地だから他にもいろいろありますよ。あ、でもお嬢様のいらっしゃるような場所ではありませんよ」
だったらおすすめって言わないんじゃない?と思ったけど、私はばあやを上目遣いに見つめた。
「唐揚げ?ねえ唐揚げって言った?」
「え、ええ。言いましたよ。言いましたけど…まさか…」
私の頼みはそのまさかであった。
「風が気持ちいわね」
「あまり身を乗り出さないでくださいよ?」
「わかってるわよ。どんな道でもスピードはでないみたいだけどね」
私は馬車に乗って、貴族のお忍び服と言われている、絹のワンピースでおめかしをして出てきた。
「唐揚げって、たまに食べたくなるのよね」
「ええ。…え!お嬢様?以前にもお食べに?」
ばあやの驚きの先は、関心と咎めのどちらともわからないのだとこの2日で心得た。
「いいえ?あんな脂っぽいもの食べたことないわ。私はスープやシチューばかり飲んでるもの」
「ああ。そうですよね」
ちょっとした皮肉のつもりだったが、ばあやは傷付いたような、安心したような顔をした。
「賑やかな場所ね」
街はお祭りをしていた。ピエロもいたし、屋台もやっていた。楽器を使った音楽は至るところから流れているが、どれも十分に離れていてまざった不快な音にはならない。
「そうですね。ああ!あれが唐揚げ屋です」
「あれね?わかったわ」
「お嬢様!お嬢様!」
私がスタスタとスキップを混ぜたステップで人混みを進んでいくと、ばあやは焦ったようについてきた。
でも私はなにも焦ることはない。財布を持っているのもばあやだからだ。
「ばあやばあや。買っていいわよね?」
「はぁ…はい。お嬢様の頼みとあらば、ばあやは断れませんのでね。二個ぉ」
「まいどっ!」
やはり、とても賑やかな街だ。誰の足音もしない屋敷とは大違いだ。
あんなところにずっと困っていた以前の私はよく生きていられたものね。
「きゃあ!!」
その時、私は前方の女の子とぶつかってしまった。
「ごめんなさいね、まあ服に油が。どうしましょう。水は滲んでしまうわ」
「やあ!本当だわ。いやんなっちゃう、お父様に買ってもらったばかりの服なのに」
私と彼女は比較的人通りの少ないこの道に蹲って、噛み合わない独り言を言っている。
「そうよ、ぶつかってきたのはあなたなんだから弁償くらいするのが当たり前でしょう?」
「ええそうよね、おいくらかしら」
私が価格を訊こうとした時、「お嬢様、やっと見つけました」と言うばあやの姿と、「お嬢様、さっささっさと街を歩かれては困ります。少しくらいこのセバスチャンをお気遣いくださいませ」というラフな紺のベストを着た紳士的な男性の姿が見えた。
「800マルスよ」
「800マルスね、ばあや聞いていた?私、彼女の服を汚してしまったので800マルスお支払いしなくてはならないのだけど…」
「800マルス!?」
男性とばあやの声が被った。
「そんな大金っ!?」
そう言ってばあやはへなへなと私の腕に寄りかかっていく。
「ばあや?ばあや?どうしたの?」
「お嬢様!800マルスなんて冗談はいけませんよ、1,100マルスでしょう」
「いいえ合っているわ。私この服、お気に入りというわけじゃないのよ、セバスチャン。そして私、既に3時間もきているからいいのよ。正しいわ」
「なにがっ…はあ…。セバスチャンにはお嬢様の意向は図りかねます」
「いいのよセバスチャン。人間なんてそんなもんだわ。そうだ、あなた」
「はい?私ですか?あのごめんなさい、私…。ばあやによると、私、そんな大金お支払いできそうになくて」
「ああ。いいのよ。代わりに私と遊んでちょうだいよ」
「はい?」
「別に取って食ったりしないわ。いくら私がレディマームル家の一人娘でもね」
「…はい?」
やっぱりわからない。
レディマームル家ってわざわざ言うくらいだからきっと名家だったりするんでしょうけど。聞いたことないからな。
「だから私のお友達になってって言ってるの。私、あなたのこと知ってるのよ、ミャウール・テレシアス。陛下のお気に入りよね」
「はあ…」
どうしよう、私、あなたのこと知りませんなんて言えないよねこれ。
しかも私、その陛下って人のことそもそも知らないし。
「それで800マルスは…」
「ええ。一銭もいただかないわ」
こうしてばあやが目覚める前に、この協定は結ばれたのだった。
【第三話】
私は早速彼女の家にお呼ばれすることになった。
「800マルスを!どうなさったんですか、お嬢様!」
「別に。レディマームル家のお嬢さんと遊ぶだけよ」
「へ!あのレディマームル家の!」
「ええ」
私は化粧をしていた手を止めて、鏡越しにばあやを見つめた。
「何か知ったるなら今、全て言って」
「はいこのばあや、お嬢様のお役に立てるならど…」
「そう言う前置きはいいから。時間がないのよ」
「わかりました」
ばあやによると、「レディマームル家の一人娘、マリリア・レディマームルは陛下を狙う名家の娘の一人。黒字で名家の家というのを傘に着て、さまざまな女子にさまざまな言いがかりをつけて泣かせる人として有名。ただしあの艶やかなブロンズと、大きな瞳と牡丹のような存在感で“性格以外は嫁にしたい”と陛下にも言われている」らしい。
まず言わせて欲しい。
「…陛下ってクズね…」
私は口紅を拭く時、口ごもりながらそう言った。
「ですので、お気を付けください。しかしいざという時はこのばあやをお頼りください。このばあやが迫る水、槍、竹を被りましょう!」
「何言ってるの?ばあやは留守番よ、〇〇を連れていくわ」
「へ?」
美人を後ろに付けていくと、自分のステータスも上がったように見える。
決して家訓ではなく、感覚的なものだ。それが以前の私に身についていたので自然にそうしたまでだ。
「テレシアス家!ミャウール様がいらっしゃいました!」
扉の前に立っていたお兄さんが、声を張り上げて私の名前を呼び上げる。
「いらっしゃい、ミャウール様」
「お招きありがとうございます、マリリア様」
「こちらこそ、来ていただいて嬉しいわ。まさかあなたがいらっしゃるとは思わなくて、セバスチャンと賭けてたのよ?」
マリリアはそれはそれは嬉しそうに話して、ミャウールを部屋へ案内する。
「それで結果は?」
「私が負けたわ」
自分で賭けをされていたというのには、いくらか嫌な気もするが、契約を提案した当人に負けを見込まれていたというのは少し驚きだ。以前の私はそんなに信用がなかったのだろうか。
しかしその疑問はすぐに解消される。
「私ね」
優雅にバラ園を見ながら、ミャウールとマリリアはミルクティーを飲んで話していた。
先ほどからずっとマリリアが話してくれるので、私は聞き手に徹している。」
「周りの人が下品な服装だったり、身嗜みがなっていないと注意したくなるの。それだけなのよ」
マリリアは悲しげに飲み終えたティーカップの底を見つめていた。
「他にも人の言う言葉に間違いがあったら言いたくなるし、絶対に正しいと思う時はちゃんと言うことを整えてから先生に会いに行ったわ。いくらか勇気のいることだけど、私がしなければだれもきっとしないもの」
名門の一人娘。ミャウールはマリリアの小さな体に、その名が似合う風格を感じた。
「だから仮に私が間違ったことを言ったとして、それを訂正されたときには、多少言い方が強くても耐えたわ。あんまりに理不尽な事も巻かれていても、私とその人は同じことをしてるのだろうと思って受け入れていたの」
なのにね、と彼女は言う。
「…ある時ふと。時々、少し言いすぎたなって思うことがあるの。だから気をつけようとか思うのよ。だけどその時にはもう、みんな離れていっちゃっててね」
マリリアは微笑みを浮かべて、すぐ気を沈ませている。
「私ね、何度も言うようだけど、あなたが来てくれるなんて思わなかったわ。だから嬉しいの。お金で釣るなんて卑怯よね、ええ、私卑怯だわ。だけど素直に嬉しいのよ、それだけはわかってちょうだい」
マリリアはミャウールの目を、しっかりと見た。
「実を言うとね、あなたが陛下のお気に入りだとかそういうのは、ただのおまけ。話し相手が欲しかっただけなのよね、私。お友達になってくれるって言ってもらえて嬉しかったわ。それに私のこんな長話を聞いてくれるなんて、あなた、思ってたよりいい人なのね」
少しとががある言い方。だけどそれもきっと彼女の不器用さなのだと分かったら、なんだか、私はこの14歳の彼女に情が湧いてしまったようだ。
「はい、お友達、なりますよ。ちゃんと話も聞いてます」
「ありがとう」
マリリアは包んで持って帰りたいくらいいい笑顔で手を振ってくれた。私も自然と笑みを投げ、馬車に乗り込む。
夕焼けの赤い光を受けて、馬車が揺れている。
マリリアの話のおかげで今日はボロを出さないで済んだが、次回はどうだろう。なにか、なにか…。
「そうよ、日記とかないのかしら?」
「日記…ですか?」
「ええ、日記。私が付けてる日記を知らない?」
「それなら本棚の裏にあります。錠前のついた箱にありますが、暗証番号はイチイチイチイチですよ」
暗証番号まで知っているばあやにゾッとする。
「もしかして中身…」
「見てませんよ!決して去年の6月から愛読して、やはりミャウール様はお美しいと綴っていたりしませんよ、失礼ですね!」
わかりやすい人だ。あとおミャウール様は美しいって…ばあやには〇〇って子供いるんだよね?」
屋敷に帰って、私は本棚の裏に手を伸ばした。
ばあやのいう通り、オルゴールのついた木箱にロック式の錠前があった。
「イチイチイチイチ、ね」
私はバラバラなダイアルを1に並べ変える。
すると、カチッという音がして空いた。
8月7日。
陛下と会った。
失礼はなかった。
8月30日。
後輩のマレスにミャウール様と呼ばれた。
陛下は池で昼寝をしていた。
綺麗な文字で綴られてはいたが、内容は上記の通り事務的な内容だった。
ばあやが愛読していたって本当にこれを?
「つまんないの」
私は箱とこれをベッドに叩きつける。
羽毛布団に載ったわけだし、本気でやったわけではなかったので、ポスッという音がしただけだった。
そういえばそれがオルゴールであったということを思い返して、私はすぐに箱を触る。
「壊れてないよね?」
私は外傷が無いことを確認してもまだ心配になってオルゴールを流してみることにした。
ポロン、ポラン…。
綺麗な音色が部屋に響く。
そして────装飾品と思っていたオルゴールの大きな鍵盤が開いた。
【第四話】
鍵盤の中には本が入っていた。
『メインストーリー』
「メインストーリー…不思議なタイトルね」
『ミャウールは…』
最初の一文を目にして、私は自分の名前に驚いた。
「特注品?変な趣味ね」
そう口にして私は適当に読み進めていく。いくからの文の後に、王子───オウレンの名前が出てきた。
私は何時間読んでいたのだろう。
相当な時間読んでいたのだろう。
月が真上に来ていた。まだ本の中盤だが、読み進めるうちに私は以前の私の記憶を取り戻していった。
そしてそれと同時並行的に、この少女漫画風の本が私の自伝、そして未来記の役割をしているのだと予想がついた。
【今後近中のあらすじ】
マリリアが断罪イベント回避となるよう、ヒロインの特権で助けようとミャウールが奮闘する。
作者としてはこれもまた結構な自信作なので、お楽しみに。