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種を蒔く生徒たちは天国へと向かう





 時計は23時を示す。わたしたちは再び、『cafe naraka』へと足を運んでいた。





 水彦くん、そしてドクターにはこの件を伝えないである。水彦くんは言うまでもないが、ドクターは一応教師の一人であり、晶も巻き込んでいるわたしを許すわけがない。


 もしも見つかったら、晶のソフトプラネットで"わたし"を代用され、本物のわたしだけ処分されかねないので、いっそ天国に移住するぐらいの構えである。





「待ちくたびれたゼ。まぁ時間はたっぷりアルからヨ。それに、これが最後の晩餐になるかもしれねーしナ」





 そう言ってまたココアのカップを啜る。わたしはカウンターの前で肘を掛け、晶とはじめ(ソフトプラネット)は氷織ちゃんのいるテーブル席の向かい側に位置取っている。この時間帯でも他には誰も見当たらない。氷織ちゃんが何か"張って"いるのだろうか。





「しょーじき、ワクワクしたんだゼ?キッカケが欲しかったんだヨ。あっちにアソビにいくキッカケがよ」




 氷織ちゃんのアソビとは、海水浴だとか観光だとかギャンブルだとか、そういった類のものでは無いはずで。





「アイツらに会えるとなると、コリャ、もう、ア、HA」





 冷静になってみると、この島ではもう死者の出る確率が減るということになりませんか?






「早速、天国での生き残り方を教えてやる」






 そういって、テーブルの上にパッケージを置く。そこには『ハードプラント(外用)』と記されている。



「え?氷織ちゃんって、やっぱりここの生徒なの?」



 晶は向かいの席で問いかける。



「違ェよ。オレはただの見張り番。これは兄貴のだ」



 そっか...そういえばヒノモトとは配られているものが違うんだっけ。それにしてもやっぱり、愛されてますねお兄ちゃん。





「こいつが『ハードプラント』。そして、カドカ、お前の持ってる『ソフトプラネット』だ。この二つがありゃ、一般人でもやりあえなくはナイ」





 なにとやりあうのかはさて置いて。氷織ちゃんはそう言ってさっさと袋を破り、わたしに投げつけてきた。





「その種はな、人間の分泌、排出するものが養分なんだ。だからさっさと舐めるなり唾かけるなりシナ」



「けど、いいの?これ、水彦くんのモノじゃ...」



「アイツはもう持ってんよ。2年目だ。この学園はとりあえず毎年この種を配ってる。まだ日が浅いもんでナ」





 それでもなんとなく気が引けるけど、はじめの為だ。後でもしも帰ってこれたら水彦くんにもお礼を言おう。




 ついでに自分のソフトプラネットも開け、同時に口に放って直ぐにべっと出した。すると、やはりその成長速度は凄まじく、あっという間に片腕くらいの長さに伸びる。





「んで、わかりやすく例えるなら矛と盾だナ。ハードプラントは矛、凝縮の性質。ソフトプラネットは盾、拡散の性質を持ってる」



「部屋用とか外用ってのはあくまでいい子いい子に育て上げたならの話ダ。晶はセンスがあるゼ。この使い方ハ、戦術として大いに結構」





 目の前のはじめを指差してニタリと悪い顔をする。





「え!センスあるの!!氷織ちゃんに褒められちゃったよ!」





 センスって、つまり闘いのってことでしょ...まぁこの場合喜ばしいことではあるのか...。



「ソフトプラネットは精々、草をまとめ上げても強力なパンチだとか絞め殺すという程度、破壊行為には向かないンダ。ダカラ応用するために使う。その反対が、ハードプラント。コイツはナ、サイコーにイカしてんノ」



 氷織ちゃんはハードプラントがお好みらしい。





「試しにほい、その標識に、ハードプラントを集中させて振ってみロ」





 そう言って通路に普通の標識を突き立てる。



 わたしは自分の右手に持ったハードプラントに意識を向け、適当にそのまま、蚊を払うみたいに外へと凪いだ。






「キャ!?」「馬鹿ッお前何しやがるッ!」






 え?

 わたしは特に強く念じたわけでもないのに。


 ハードプラントは平たく鏡のような光沢を放ちながら、晶たちのテーブルのある壁に突き刺さっていた。標識は一呼吸おいてから、その場に音を立て落ちる。





「伸ばしすぎだ!キチンと制御しなきゃオレらまでミンチになっちまうだろうガ!!」





 そんなつもりは無かったのに、わたしは集中するというのが大の苦手だった。





「...お前、少し外で訓練すんぞ..ここじゃ危険ダゼ」





 ココアのカップを放り、外へ出る。わたしは壁に突き刺さったハードプラントとはじめを模したソフトプラネットを見比べてみる。

 多分、この矛と盾をぶつけたとしたら矛が圧倒出来る。


 幸い、その矛と盾をわたしが両方持ってるわけで、生徒と闘ったりするわけじゃない。ましてや売りつけに行くわけでもないし。




 晶ははじめを抱きしめながら震えてる。そんなつもりじゃ無かったんですとバラバラにしてから言っても仕方がなくなってしまうので...氷織ちゃんにご指導してもらうことにする。



 外に出ると、木々の隙間から星の粒が咲いて見える。それを切り倒せば星の粉がそこいら中に撒かれて、幻想的なのだろう。





「試しに、あの木を狙ってみろ」





 そう言って離れの大木を指差した。

 わたしは2メートルほどまで近づいて、ハードプラントを構えた。ちなみにソフトプラネットは腰の辺りにうじうじ纏わり付いている。





「軽く、でいいんだよね」




 これは前フリじゃないよ。切り倒したい訳じゃないし、正直刃物とか、血が出るのは見たくない。



 わたしはまず振りかぶらず、ゼロ距離でハードプラントを木に擦り付けてみる。すると、たちまち大木に纏わり付いた。ナルホド、切ろうという意志が無ければしなやかな鞭のように扱えるかもしれない。




「じゃあ、これならどうだ」




 わたしが振りかぶろうとする素振りにハードプラントは付いてくる。そのまま野球バットを振るようにスイングした。


 大木にスゥっと入るオト。しかし数センチ埋まる程度で、気をぬくとすぐに切れ目を柔らかく覆った。


 まだ切れ味は最高級! とまではいかないよね。流石にね。





「ハードプラントはな、日が経つごとにその質量が増えるンダ。だから薄く、長く形を保っていれば刀のようになる」


「それはお前のイメージだ。掌に自分の武器になるものを常に固めておくんだ」





 言って氷織ちゃんは自分の花柄を振り回す。武器となる、モノか。誰かと対峙する場合のチカラが、必要なんだ。わたしとはじめを、あの公園で襲った奴が、徘徊している可能性だってあるんだ。



 そうオモウと、わたしにハ躊躇う理由ノ方が、失くナッテ。







「あー、イイ。ヤッパリカドカお前、オレとイッショニアソバナイ?」






 殺気を放つ氷織ちゃんの顔を見て、我に返る。



 わたしの表情も、同じカタチをしているのだろうか。





「予定変更シテ、オレを倒してカラとか、ドウヨ」


「嫌だよ...。串刺しになんかされたくない。それに、その花柄のチカラ、わたしに効果覿面なんだもん」




 その標識に記された命令を、わたしは逆らうことが今までできなかった。それは、どういった種類の力なのか。わたしたちに配られた種とは違う種類のエネルギーを感じる。



「カドカはイイコチャンだからナ。一番心配だゼ。それに比べて晶、オマエはちょっと、アッチヨリダゼ?」



 そういって花柄が天国の方を指し示す。




「あっちって、天国のこと? アタシ、天使さんみたいってこと!!」



「マァ、そうともイエルガナ」




 ...連れてゆく者、って意味でしょ。晶はいろんな常識的なことが通用しない精神性を有している。それが吉と出るか凶と出るかは、相手次第というわけか。




「いいなぁ~~~。アタシも氷織ちゃんと遊びたいなぁぁぁぁああああ~~~」


「いイヤ、お前はもっと、オモシレェ奴らと遊べるんだゼ?」


「え! ホント!? もしかして女の子もいる? お友達になれるかな???」


「アァ、アッチにはカワイイオンナ共がワンサカイルヨ」




 鼻血が出てるよ晶...。それをはじめが全部掬い取ってゆく。ぜひ、清い付き合いを。すくなくともはじめにだけは危害が出ないようにしないと。







「ヨッシャ、ソロソロ、例のモンが出来上がる頃ダ。一旦中に入るゼ?」







 そういうと、さっさと入れと急かしてくる。晶とはじめはもう、中に飛び込んでいった。よっぽどその"例のモン"が楽しみなんだろう。





 わたしはそろそろ、聞いてもいい頃かと思う。氷織ちゃんは、いなくなった、あるいは死んでしまった『棚畑はじめ』の心当たりがあるんじゃないか。そうでなければ、天国へ連れて行ってくれるはずがない。




 それに、"ほんとうに死んだ奴"と氷織ちゃんは言った。馬鹿馬鹿しいとも、ムカつくんだとも言っていた。それは、ただそう思っているだけなのだろうか。その考えに至る理由があるはずじゃないのか。







「氷織ちゃん、はじめのことなんだけど」







 ハードプラントを下ろし、単刀直入に聞き出すことにする。







「知らねェよ」







 氷織ちゃんは店の扉を閉じた。その顔は、意地の悪いガキ大将のモノで。







「ハジメとかいうやつのことは知らねェ。それにモウ、興味もねェ。俺はお前ラを"アッチ"に送り付けるダケダ」






 もう、抑えきれないといわんばかりに、全身が震えて、花柄の標識が、再び暗黒を示した。






「アァ、モウイイカ。アンシンシテクレテイイ。オマエラニナニカスルツモリハ、ネェカラ、YO」







 落書き模様の花柄が、内側にヨリアッテ、ソノ、本来ノ姿ヲ、サラス。







「「オレタチHAナ、奈落ノジュウミンダゼ? タノシミナンダ、アノクソガキドモアイテスンノガヨォッッッ!!」」






 花柄は、並びのイイ歯型へと収まって、氷織ちゃんの口と同じ動きで、叫ぶ—————―――





「「「「「オレタチHA、モウ、飽き飽きシテタンダ。アノ糞ガクエンチョーノ、オモリノタメ、リヨウサレル? ハ、カドカチャン、オマエヲタスケテヨカッタゼッ、イイヨナァ、フタリ、"タイセツナセイト"ガ、ヌケダシチマッタンダカラヨォッ!!」」」」」





 その声は何重にも聞こえ、その高さも、声の年齢も、すべてバラバラで。





「「「「「「アリガトヨッ!! カドカチャンニ、アキラチャンッ!! オレラモ"カエル"コトニスルゼ、奈落ノソコニッ!! コキョウニ!! ブザマニモシネナカッタ、バカドモノクニニッ!!」」」」」」





 歯と歯の暗黒空間から、長くて広いぶつぶつの舌が姿を晒し、唾と悪態を、撒き散らす。





「「「「「「「俺ラ、ホントウニシンジマッタ奈落ノジュウニンイチドウヨ! 四露死苦ッッッ、イマダニイキナガラエテイル、オマエタチヲ、カンゲイスルヨ! ゲラ、ゲラゲラガラ、ヒヒHIHIひ、アハハハHAHAHAHAHAHHAHAHAHAッッッ!!」」」」」」」







 わたしたちの向かう場所は、天国と、奈落の両方らしく。







「アラタメテ、ヨロシクナ、カドカチャン」







 そういって手を差し伸べる氷織ちゃんは、やっぱり、天使という柄じゃなかったなと納得した。








「す、すごいよ!門夏ちゃん!中に、すごいのがあるよ!!」







 そういって、閉ざされた店の戸をあけ放つ晶。興奮していて、外の叫び声なんか耳にはいっていなかったようだ。




「あれ、門夏ちゃん、まだ訓練してたの?」



 氷織ちゃんはわたしの眼を見る。それは何かを強制するものでもなく、ただ、これから起こることを期待しているという純粋さで、しかしそれは闇がすべてのはじまりである世界前提の無欠さである。




「イイヤ、カドカにもオモシロイモン、見せてたんだヨ」



「えーーーー!!!!ズルい!!アタシも見たい見たいみたいいいいい!」



「アッチに着いたら幾らでもミセテヤンヨ」



「ぶううううううう」





 そういって、店内へと二人とも戻っていった。




 いましがた一方的に交わされた"奈落の住民"とのゴアイサツ以上に、面白いものがあるとは思えない。

 死んでいたのなら、奈落の底にいるかもしれないよ! ってことだろう。だから自信満々なんだ。




 水彦くんは、このことを知っていたのだろうか。10年ほど前に、離れ離れになったというのは、つまり、そういうことで。






 だから、会いたいと願っているんだ。






 わたしは、氷織ちゃんのことも守りたいなんてことを思ってしまう身の程知らずだ。





 今はまだ、氷織ちゃんとともにいることを伝えるべきじゃない。氷織ちゃんに、連れて行ってもらうまでは、我慢だ。ごめんね、水彦くん。





 自分の目的に意識を向ける。案外、標識の中から聴こえた声の中に、はじめはいたりしないのだろうか。氷織ちゃんはどのようにして現界したんだろう。はじめの最期の姿は、"死"なのか、それともソルフルの"ひとつ"の方に入るのか。





 わからない。けど、可能性のある場所に、わたしは向かうほかないんだから。





あと少しで日が変わる。その面白いモンを見たら、すぐにでも出発するのだろう。





星空を見上げる。少なくとも、あの星の一つにはじめはいないことを祈って。





『cafe naraka』へと再び足を踏み入れた。

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