種を蒔く生徒 その後
わたしは天国へ行く。
それはこの世界において、必ずしも"死ぬこと"とは限らないようで。
短いふたつおさげの、乱暴な女の子に出逢えば、簡単に連れてってもらえるらしい。
「門夏ちゃん...すごく、よかったよ...。氷織ちゃんも、もう、忘れないからね...」
この部屋、あのcafeに負けない程熱気が伝わってくる。
わたしは晶の部屋にお邪魔していた。自分の準備すべきものなんか何一つ思いつかなかったため、部屋に置いてあった『ソフトプラネット(部屋用)』と、マイフォンだけを胸ポケットに突っ込んできた(下着はナイショ)。
目の前で晶は、『ソフトプラネット(部屋用)』を悠々と使いこなしている。
部屋の間取りに、もう一つの作業場と呼べる空間をソレで仕切っているのだ。
たった今晶は、机に向かい『グロッキー!』という名のスケッチブックに"わたしと氷織ちゃん"を書きなぐっているらしい。その晶の周辺に、無数の植物が、ペンや絵の具、その他諸々を絡ませて垂れ下がっているのがチラチラ見える。
それは天井へと流れ、壁、ベッド、机、物入、本棚、入口までも植物が埋め尽くし、その光景が目に入った瞬間に卒倒しかけた(昼のこともあるし)。
本来の使い方はこのようになるんだなと感心しつつ、わたしはあまり部屋で使いたくないなんて思ったりする。
もしかしたら、部屋用としるされてはいるものの、成長しきったこの植物そのものがいつか"部屋そのもの"になるまで成長を遂げるのかもしれない。
そこまで見越して氷織ちゃんは、わたしに種を持って来させるつもりかも。
あと、この部屋を埋め尽くす植物で気になることがひとつ。晶は絵の具を持っているからか、植物の色もカラフルに彩られていて、この空間を"晶の感性"が埋め尽くしているであろうことだ。
だとすると、どうも、なんというか、赤とか黒とか肌色とか、物騒なカラーの面積が多くないでスカ、アキラサン。
「はい! ちょっと、門夏ちゃん、これ持ってて!」
そういうと、なぜか足元から一枚の画用紙を、足渡された。え、下でも描いてますの?
そこに描かれているのは、ぐじゃぐじゃに塗りつぶしてある"わたし"らしき模様で、そりゃ、足で描いたらそうなるよと言いたくなる代物だ。
「ごめんね、もう少しだからね。もぅ、氷織ちゃん、ダメ、あぁ、うちに来ないかな...」
多分晶は攻撃性能は氷織ちゃんに劣るものの、その人間性、精神性では一番破壊力を有していそうで。刃物とか持たせちゃ、ダメだ...。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~っ。よし、あとは一緒にお風呂だけかな」
...。わたしはもうインプット済みですよね。
晶は事が済んだようで、その場で伸びをする。片足がまだなにかを描いているが、それを払って静止して見せた。なんだろう。同じような光景を見たことがあるような無いような。
「よし、お待たせ門夏ちゃん!日課なんだよね、その、腕が鈍っちゃうからさ」
手元の画用紙を返すと、晶は描いたものを机の上にまとめておいた。
うん、そうだよね。漫画家になるんだもんね。今は、足も使えなきゃならないんだ...厳しい世界だ。
すこし引き攣っていると、晶は目の前まで寄ってくる。
「門夏ちゃん、やっぱり、かわいいよ。似合ってるもん」
唐突にそんなことをいう。晶はわたしの顔に両手を添えてきた。
「アタシには門夏ちゃんの事情はわからないけど、絶対守るから。助けになるから」
どうしてそこまで言い切れるんだろう。誰かを守るとか、助けるとか、わたしは自分一人のことでいっぱいいっぱいなのに。
「晶は、強いんだね」
面と向かって言うべきじゃないことは解る。けど、言わずにいられない。晶のような特別な営みを有しているわけでもない。我儘に、自分の意見を通したいがために動くわたしとは、次元が違いすぎている。
「門夏ちゃん...」
なにか返せるものもない。わたしは誰かの力にはなれない。無我夢中ではじめへと向かう意外に考えられもしない。
「いや...門夏...」
え?
頰に添えられた両の手で晶の顔の前まで持ち上げられた。ほっぺが、ちょっとイタイよ。
「晶って、呼び捨ててくれた...」
ハイ?
「ウレシイ。門夏、門夏カドカかどかカドカ門夏。ステキ」
晶の、スイッチがわからないよ...。地雷と言ってもいい...。
「ふぅ〜〜〜〜うっ。門夏、ちゃん。やっぱり、まだ早いよ。アタシは"まだ"門夏ちゃんがいい。うん、そうだ! よし、門夏ちゃん! 大好き!」
まだ早いとか、なにをどう思考すればその単語に行き着くのか。ちゃんづけの有る無しにどれだけの深い意味を持たせているのか。
「も、もちろん、門夏ちゃんは、アタシを呼び捨てていいんだよ!」
...むしろもう、ちゃんづけし辛いよ、怖いもん。ちゃんちゃん言い続ける度にどこか悍ましいもののパラメーターが上昇しそうだもん。
「晶、わかったから、すこし、苦しいよ」
「あ! ご、ごめんなさい!!」
いつのまにかわたしの膝元に植物が立ち並んでて、背中にも圧を感じたような気は、...してないことにしよう。
「ふ、ふぅ。そろそろ出よっか、門夏ちゃん。アタシ、いつでもどこでも出掛けられるように必需品は常にリュックに入れてあるんだ」
そういうと、仕切りの陰から腰まであるリュックを引っ張り出してきた。これって登山とかで使うものじゃない?
「どれくらいかかるかわからないし、あっちに行けば着るものくらいは落ちてるはず。非常食、電気にテント、浄水器とライター、お風呂セットも...あとその他諸々かな。門夏ちゃんも何か持って欲しいものあれば、任せて!」
こういった旅に慣れているようで、わたしになにが必要か、何が足りないのかすらわからないのが恥ずかしくなる。
「だ、大丈夫。わたし、最低限しか持たないし、持たせない主義なんだ...」
口から出まかせ。最低限の装備で出歩ける範囲しか行動しないだけだ。
「そうだよね。門夏ちゃん、ドクターに訓練されてきたんだもんね...流石だよ...」
確かに訓練というか、調教させられてはきた。それは外に出さないためというか、どこかへ向かう衝動を片っ端からへし折るというもので。まぁ動かず耐えることに関しては真価を発揮できるかもしれない。
「それじゃ、いくよ。"みんな"も」
そういうと、晶は自らの両足をポンポン叩いた。それを合図に晶の腕に部屋中の植物が集まってくる。そこにはもう一人分の人間の姿が出来上がってゆく。張り巡らされていた植物は"晶のカタチ"をした色とりどりの蔦人形に収まり、一緒に手をつないで並んでいる。
「この子も...わたしと同じくらい愛してくれても、いいんだよ」
...。それはまあ、置いといて。
ものを作る人間はいろんなことの呑み込みが早いらしい。まだ初日でしょ? 育つのやっぱり速すぎない? 自分をもう一体作るの? いろいろと突っ込みたい部分はあるけど、もう、いいや。なんでも起こってくれていいよ。
「う、うん...よろしくね。晶、と、晶ちゃん...」
本物は喜々とし、偽物の方は全体的にびくびくうごめいていて不気味だ。口元が歪み、それは私を歓迎するサインかもしれない。
「あ、もうすこし見繕ったほうがいいかも。ごめんね、ちょっとお化粧するね」
そういって、まず箪笥から長袖のスポーツウェアを一式取り出した。それを着せ、むき出している部分にさっさと色を含ませてゆく。徐々に晶が表面化し、そこに命が宿るのをわたしは固唾をのんで見守るほかない。
それにしても、晶が"彼女"に向かうときの仕草が、どれも色っぽい。互いに口を大きく開け、窪みに隈なく筆を入れる。首筋の陰や、指先に絡める細長い指にきれいな爪先、足首に添えるその静かな動作に、わたしの身体もくすぐったくなってくる。
「よし、一丁あがり! 門夏ちゃん、ちょっと後ろ向いてみて!」
すこし意地悪な声でそう言ってくる。わたしは入口の方を向き、そのたくらみに乗ってあげる。
「いいよ!」
自信満々に声をかけてくる。まったく小細工する時間を稼げていないけど、いいのかな? 『どっちが本物でしょうか!』とか、そんなクイズを出すんだろ。どう返してやろうかと模索しているうちに、わたしは彼女たちの方を向くと。
ちゅっ
彼女の唇と、わたしの唇が重なった。
「ナっ!?」
後退る"彼女"の表情はとても歪にぐるぐる蠢いて、触れ合った部分の色がみるみるもとの緑色へと変わる。
「どう! 門夏ちゃん、ドキドキ、した?」
わたしは何も言い返せない。触れ合った感触は、決定的な何かが欠けていて。この胸のどきどきは、単に驚いただけであって、晶に対して何か思うとか、そんなことは、ないわけで。
「び、ビックリしたよ...すごい、晶が目の前にいるみたいだった」
「そ、そう...そっか...わたしが、すればよかった...」
やめてください。
「あ、メイク落ちちゃった。そっか、他の人に触れるとそうなるんだ」
冷静だったりお茶目だったり、この子に振り回されっぱなしな気がする。
呼び捨てにしたことで、距離が近づきすぎたかもしれない。やっぱり口にすべきじゃなかったと後悔する。
晶は筆を執り、晶"ちゃん"に近づいて、なにかと悪戦苦闘しているらしい。さっさとそれで塗りたくれ。そこにはなにもないぞ。なにも躊躇う必要はないんだぞ。
なにかを諦めたのか、或いは先へ延ばしたのか、晶は筆先を唇に走らせた。先ほどの温い感触がまだ残っているのを、その筆で祓ってほしいなんて思う。
改めてメイクアップが終わると、その自分の姿に向かって語り始めた。
「このこたちはね、わたしの全部を糧にしてるんだ」
晶は愛おしそうにいうと、そこに立つもう一人の自分を抱きしめた。
「すぐ分かった。アタシが触れた瞬間、種がすぐに割れて。アタシって、代謝がいいし、汗っかきなんだ、よく走り回るし」
「それでね、汗とかよだれとか全部、この子が掬い取っちゃって。なにか描いてるときってアタシ、すぐ熱くなっていつも周り全部汚しちゃうんだ。けど、きょうはそれが無くって」
「嬉しくて、ドクターに呼び出されるまでずっと、あんまり使わないことにしてる絵の具でやりたい放題したんだ。そしたらね、いつのまにかアタシの部屋がすっかり変わってて。面白くて、ぜんぶ、応えてくれてるんだって」
「アタシ、いつも一人で、氷織ちゃんみたいな妹もいなくて。周りにも迷惑かけちゃって、役に立てる仕事もできないし。けど、この子は全部、受け入れてくれて」
「門夏ちゃんにも逢えて、嬉しかったんだ。ドクターに呼ばれなかったらアタシ、誰とも仲良くなんかなれないって、この子だけでもいいって、拗ねてたんだ。一人で走り回って、漫画が描ければそれでいいんだって」
「けど、今日だけで、こんなに楽しくて。誰かと一緒に過ごすのって、こんなにも刺激的なんだって。ドクターや水彦くんは苦手だけど...それでもみんな、アタシの好きに繋がってるんだ」
「アタシ、できることなんでもやる。力になりたいんだ。だから、門夏ちゃん、その、アタシと、ドクターに言われたからとかじゃ、なくて、その、お友達に、なってほしいんだ!」
晶は両の手をその場で固く握り、そう懇願する。
先ほどまで晶を模していたソフトプラネットが、彼女の顔を覆いつくした。
「ア、あはは。水分補給。いやァ、汗かいちゃって、ほら、すぐ熱くなっちゃうから、アタシ」
そういう声はくぐもっていて、蔦は喜びの舞を披露してみせる。
湿っぽいのは、苦手なんだけど。
「晶、わたしはね、唯一、親友と呼べる子がいるんだよ」
そう切り出した。伝えておくべきことがある。これからのこと、会いに行く人物のこと。わたしは、ソイツに逢えるなら、何を犠牲にしても、誰を犠牲にしたって、構わないってこと。
「晶は親友にはなれないよ。わたしの一番は、はじめだけだから」
それ以外は必要ない。友情も、教師も、この学園も、愛も全部、手段でしかない。
「だから、お友達にならなきゃ力になれないってんなら、そんなの要らない」
傲慢だ。何様のつもりだ。わたしは言っててやはり性根が腐っているんだと思う。わたしの体液じゃあ、種はひとつも孵ることが無さそうだ。
晶の表情は見えない。わたしの言葉はどれほど響くだろう。もしかしたら耳を塞いで、視界を覆って目の前の下種をやりすごしているかもしれない。
「わたしははじめに逢いたいだけ。それ以外のものは、邪魔くさいンだヨ」
わたしとはじめを隔てているものをすべて取っ払えたなら。今すぐにでも触れ合えるのに。
「だから、晶も本当は邪魔者なんだ。はじめ以外のもの全部、消えてなくなってほしいって、本気で思ってるんだから」
わたしは晶に殺されても文句は言えないだろうな。
「助けるとか、守るとか、愛するとか、そんな言葉も要らない。ジャマ。はじめをわたしのもとに連れてきてくれれば、ソレデイインダカラ。その子も、わたしに差し出せる?」
顔を覆う彼女のソフトプラネットに指をさす。その渦は、未だに顔から離れようとしない。
「全部、利用させてもらう。はじめ以外、何も残らなくなるまで。それが、晶ちゃんにはできる?」
彼女は震えていた。顔を覆うソフトプラネットも連動して、生き物が威嚇をしているように視える。
震える指先に、机から一本の赤鉛筆を蔦が手渡した。あァ、アレがわたしを殺めるんだろうなと察した。
もう一本、蔦が伸び、スケッチブックをわたしの顔との間に固定した。何をするつもりだろう。
そこに何かをえがく。その指先にはもう震えはない。ものの数分で描き終え、ぺんを投げ捨てたのを草がキャッチする。
「門夏ちゃん。観て」
そういうと、自分の手にスケッチブックを持ち替え、描かれたものをこちらに向けた。
そこにはわたしが今日一日で、晶の前で無様に晒したであろう姿がいくつも描かれていた。
前髪ぱっつんの現在の姿、氷織ちゃんに胸ぐらをつかまれて泣きじゃくる顔、渾身の土下座に、髪を失う前の引き攣った表情、顔を髪の毛でぐるぐる巻きにされているわたし、ベッドに括りつけられたわたし、カーテン越しに手を差し伸べるわたし、全身のヌード、傷ついて血まみれのわたし、そして、ベッドに静かに横になるわたし。
「門夏ちゃんのことが好き」
そういうと、覆われていたソフトプラネットが彼女を堂々解放する。
「あたしもう、何も見なくたって、目が見えなくっても門夏ちゃんのこと、描けちゃうんだよ」
そういって手に持ったスケッチブックをパラパラめくる。
「一日で、こんなにいろんな人を描きたくなったの、はじめてなんじゃないかな」
そこにはドクターとの一戦や、氷織ちゃんのワル顔が漫画風に描かれている。
「うん。友達じゃなくたっていい。もう、そんなこと言わないって誓う。けどね」
ソフトプラネットは再び人の姿に形を変える。
「アタシは、アタシの目的で天国に行く」
なん、だ...?
ワケが、わからない。横に並ぶ、蔦人形がなぜか、どういうわけか、"棚畑はじめの姿"を映しだす————————
「アタシは、はじめちゃんと親友になるために、天国に行く」
—――――――晶が手をつないでいるのは、棚畑はじめそのものだった。
「いいもんね! 門夏ちゃんのゼンブ、あたしが描き切ってあげるもん。見せたげよ、今日のこと全部覚えてるし、この子で再現したげよ! ふーーーーーーーーーーーんだ!!」
はじめが、目の前にいる。
「あー! 泣いたってダメだもんね!! この子はアタシのだもん! ね、一緒に探そうね~はじめちゃんもね、タノシミダネ~」
二人で手をつないできゃっきゃしている。
逢いたかった。もうここに、偽物でも、この姿形は、紛れもない、わたしの探しているはじめだ。
「あ、そうか! もしはじめちゃんに逢ったら、この子が門夏ちゃんになってもらえばいいんだ! そうすれば皆一緒だもんね~~~?」
わたしは考えるまでもなく、今日二度目になるコマンドを瞬時に入力し、その場に跪いた。
「晶ザマ、ゴノタビハボンドウニ、生意気イッデ、スビバゼンデジダアアアアアアアアっあっッッッ!!!!!!!」
氷織ちゃんの目の前で見せたものの数百倍の勢いで。貞操も、邪魔でしかないんだ。これでもまだ足りないんだ。
「なんデモしまず。晶様のだめにわだしは下着を履かずごごまで来まじた。脱げど言われれば脱ぎます。わだしをスゲッチブッグにしでくれでもがまいまぜん。どうが、一日に1分だげでいいので、手を、握らせではいだだげないものがっおねがいじまずずずズズズズズズズズズ」
わたしから噴き出す体液に"はじめ"は蔦を伸ばそうとするが、それを晶様は制し、代わりにその蔦を口に含み見せつけてくる。
「どうしよっかな。門夏ちゃん、アタシが邪魔者だって言うしなぁ~~~。レロレロ、アタシにはもうはじめちゃんがいてくれるしぃ、それにこの子はアタシの『ソフトプラネット』で、本物のはじめちゃんじゃないわけだしぃ~」
這わせた舌は次にはじめの首筋を伝い、それを狂喜するように表情を変えるはじめは、わたしのはじめじゃないのはわかるけど。
「わだしを奴隷にじでくだざい! 邪魔なのはわだしでじた!!お友達なんで、わだしに権限わありまぜんでしだあぁぁああ!! ぞの荷物を運ぶ係でもなんでもめいじでぐだざい。傍にいざぜでぐだざいいいいいずびずびずびずび」
わたしの主従階級は、ドクターの上に晶様を位置づけた。
「大丈夫だよ。荷物はこの子に持ってもらうから。あたしは命令なんかしないよ。門夏ちゃんは確か、アタシのパートナーでしょ?」
よかった...そうですよね、パートナーですもんね。晶様はわたしに酷いこと、しないでいてくれるんですね...。
「門夏ちゃんは、どう思ってくれてるの?」
「ハハァァアアアアアアアっっ、パートナーであることを毎瞬毎瞬歓びと心得、この身は晶様に捧げるため、常に供する準備は整えてございます故!」
「嬉しい。」
そういうと、晶様はわたしに伸びる蔦を制するのをやめた。
「門夏ちゃん、舌、ダシテ?」
「ハ、はひ」
逆らわず。
「舌先に、力を込めて、この子を、突いてみせて」
「こ、こほえふか?」
舌の触れた部分がやはり緑色に戻り、そのまま口の中に侵入しようとする。
「ウ、うン。今日は、ここまで」
そう言うと、はじめを制する。
「これ以上は、うん。うんウン。門夏ちゃん。悲しいこと言わないで。アタシ、力になりたいのは本心なんだよ。一緒にはじめちゃんを探そうよ。邪魔なんかしないよ。助け合おうよ。その方が絶対、会える可能性が増えると思わない?」
そうだ。一人より二人、二人よりも三人の方がいいに決まってる。ごめん、わたしが間違ってたよ。
「ゆ、ゆるひへふれふの?」
「もちろんだよ、門夏ちゃん」
よかった...
許してくれたらしい。ありがとう。これから先、晶がピンチの時は駆けつけるし、はじめを見つけられたらこうやってみんなで...
「門夏ちゃん、いこっか」
さりげなくはじめに伸ばした手を晶が代わりに握ってくる。
もう片方の手を伸ばすと、そちらも晶に遮られてしまった。
「門夏ちゃん、いこっか」
「う、うん...」
両の手を引っ張られる。わたしたちの前をはじめが先導し、リュックを背負い、ドアを開けたりと身の回りのことをすべて任せることができる。至れり尽くせりだ。
その姿がまたあの頃に重なってまた潤んでしまうが、目の前の晶に両手を塞がれているため我慢する。
わたしたちはようやく、晶の部屋を後にした。
「そ、そういえば、足でも絵を描くなんてすごいよね...。やっぱり人手不足なの...?」
あまりにも居心地が悪いため、すこし話題を変えようと思い質問してみた。
「うーん、この子たちはまだそういうんじゃないかな。駆けっこの方が好きみたいだし」
「...あ」
晶はなにか口に出してはマズイようなことを言ったのか、足を止めて固まり、手に汗が滲むのがわかる。顔も紅く、汗が流れるのをはじめがさりげなく拭う。
「あ、そ、そうだよね!やっぱり足で描くのがまだ不慣れってこと?なにかを始めたところからが0歳なんだって、その考え方、すごく為になるなぁ〜、あはは」
晶はなにも言わない。わたしはいつものお姉さん的フォローポジションへと戻ってくる。立場の変動が激しすぎるよ...。
「も、もしなにか手伝えることあるなら、わたしも手伝うよ。それに一緒にランニングも、スタミナ付けないとね!天国に行く前にへばっちゃ元も子もないし!」
今度はわたしが晶を引っ張る役回りで、全く目を合わせてくれなくなった状態は好都合である。
思考を巡らせる。彼女の足には"この子たち"と呼べるなにかがいる。そして、思い出した。もう一人、その左腕に黒竜を封印せしシスコンがいたのだった。ついでに右目だけ涙を流していたのも一人芝居が始まった原因じゃなかったか。
わたしにはまだ、知らないことがあるんだ。けど、だからなにが問題というわけでもない。晶はそれで危害を加えるつもりは無いはずだし、むしろそれによって強力な助っ人になってくれるなら願ったり叶ったりなのだ。
「すこし遅くなったけど、氷織ちゃん、許してくれるかな?」
今は必要なことに足りない脳みそを割くべきだ。今後のわたしは、氷織ちゃんがいなければ一番使い物にならない人間なのだから。よくてこの、胸ポケットに忍ばせたソフトプラネットくらいのものだ。
晶程に使いこなせるかはわからないけれど、わたしの体液で育つなら、全部注いでもいい。水も沢山飲んでおこう。
「門夏ちゃんは、やっぱり強いよ」
わたしと目を合わせて、ハッキリと声に出してそういう。
「ありがと」
わたしはなにができるだろう。戦力にならなくとも、最強の盾、とかにはなってみたいものだと想像力を働かせてみた。