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種を蒔く生徒


 砂浜に流れ着いた。それは地上だろうと海からだろうと、わたしには変わりがないようで。


 浜に生えていた松の陰に身を潜めた。海に背を向け日差しをやり過ごす。ちょうどクッションになる草の葉先がくすぐったい。


 今はただ、オトを聴き流してる。波の音、あの人の怒鳴る声。しゃくしゃく音を立てて種をとばす音とか。

 海に囲まれたこの島では、ここが終着点。引き返すか、振り返るか、佇むか。



 わたしは、始業式を終えた後、授業をバックレた。






 この島では、薔薇ノ木学園という名前を使い、これまでの日常を演出していた。わたしのように義務教育を終えた人間も、通うことを許されている。


 生き残った、あるいは生きることを選択した大人たちはこの島の至る所でせっせと働いているらしい(内容は知らない)。

 何かを揃えるにも店が立ち並び、不自由はあるものの、生活できないほどではない。




 更生施設というのも、主に同じ年齢層の子供同士で助け合い、成り立たせていた。そのほうが安心できたし、お互いに分かりあおうというポジティブな行動を生んだ。中にはわたしの様に不貞腐れたのもいただろうけど、そーゆーやつらはドクターにボコボコにされ、無理やり叩き起こされた。



 被災者や、わたしのような死にぞこないのケアを年間も施せるわけだから、まだ余裕があるんだな、なんて最底辺の考えを巡らしたりもする。

 けど、今はただ、猶予が与えられているということなんだ。

 いつ、誰に狙われるかもわからない。

 はじめは、ソルフルの服用でこの世を去ったわけではないからだ。


 わたしは2年前のあの後、救急隊員に見つけられ搬送、ドクターに治療してもらい、一命をとりとめた、らしい。


 その後こちらの島に連れてこられ、殆どの時間をリハビリに費やした。もう、右側に景色は映らない。

 あの日、わたしの右半身は黒い眼光の餌食となった。それによって、右目は喪失してた。これからは、左目ですべてを捉えなければ。



 右半分の髪の毛を、年間放置した。そうやって右側を覆い、隠した。今ではその伸びた髪と手を繋げるほどだ。左側は視界の邪魔になるものを排除するため、掻き上げてカチューシャで留めている。はじめの遺品だった。


 ドクターは何も言わず、しかしリハビリにおいてはスパルタンであって、わたしが塞ぐたび右側をぶん殴られた(安静とは?)。

 そちら側からの攻撃は反応できず、いつのまにかダウンさせられる。そのせいで、常に右側の警戒をする体質へと変わってしまった。


 わたしとドクターの格闘する姿はほかの被災した子供たちを元気づけるもののようで、わたしは複雑だったけど、それもいいかとおもえた。



 Doctor、わたしの、命の恩人。青黒い髪、後ろで適当にくくって、白衣をとりあえず羽織り、腕を組む。それは多分、マッスルアピールか。いつでも聴診器をつけ、その先は白衣の左胸の方へとカーブする。いつでもなにかに耳を澄ませているようで。 



...。


 つまり、何を言いたいのかというと、現在の懸念点はドクターに追い回されぶん殴られ連れ帰されることだ。痛いのは、嫌だ。


 ここに来るまでに標識が多く立ち並んでいた。この辺りは立ち入り禁止区域があるからだろう。流石にそこを越えていく勇気はないから、中途半端に、束の間で、黄昏れているわけだ。



 無意識に、右の手は髪の先を弄っている。そうしていると、落ち着けるから。



 これから先、わたしは何をしていけばいいんだろう。



 学園生活に、花を咲かせるべきなんだ。ちょうど『二つの種』とやらも頂戴して、それを育み、愛だの恋だの母性だの、目覚めればいいのか。


 右手を腰まわりの雑草に持ち替え、千切って放った。何回か繰り返して、わたしはドクターみたいなタイプになるのかもしれないと、そう思うとまた近くのヤツに当たってしまう。

 みどりが染みついた指のニオイは草の血の匂い。もう髪は弄れないなんて思う。


 だけど右手は、いつのまにかその血を毛先に塗りたくってた。



 あーあ、ダメだこりゃ。



 わたしを止めてくれるのはあの筋肉ドクターだけかよ。

 




「ね、はじめ」





 ちょうどサイレンが鳴った。時を示す音。ため息をつく。耳を塞いでも仕方がないから、鳴りやむのを待つ。





 鳴りやんだ時、もしも、そこに誰かがいたとして、その人の声が、聴きなれた声だったらいいな、なんて。





 目を閉じて、髪と両の手を繋いだ。








「ヒトリで、何してんノ?」


 甲高い声が突然頭上から発せられ、わたしは飛び上がった。



 その先に、ちょうど"彼"の手が伸びる。口を掌で覆われ、後ろの松に抑えつけられた。腰をぶった。イタイ。



「イケない。待機してろっテ、学園長サマがおっしゃられていたヨネ」


 それなら、アンタはなんなんだと言ってやりたい。


 サイレンでコイツの足音もかき消されていたのか。眼を閉じたのを見計らっていたのか。始めから、つけられてた?


 左目で、目の前の男をようやく捉える。赤い髪、伸びて、胸元で繋がってる。薄い皮膚に角張った節々。腰にしがみついた制服。上ハダカじゃん。並ぶピアス、血が、滲ンデル。



「アソぼーゼ?」



 口を抑えつけたまま、跨られた。



「ホラ、お前も、"カミワタリ"じゃん。コレ、部屋にあったロ?」



 シンプルなパッケージ。『ソフトプラネット(部屋用)』と記載されてる。



「育むことダ。学園長、いいワ。素晴らシイ。」



 カミワタリ、芸術科。ふたつに分けた学園の名称。



 げーじゅつか? わたしとおなじ、つまりオチコボレ。




 ピアス、血、勘違い野郎。




 マズい、この男。





 よりによって、カミワタリ。





「今から、サ、オマエのに、これ突っ込ンで、ヨォ。は、ハグ、ク、モ、ウゼ」



 こいつは、ヤバい。



「したらデキルだろ。アート」



 息が荒く吹きかけられる、垂れた唾が曲線をえがく。キモちワルい。

 わたしに跨ったまま手が開放された。けど、動けない。震えて、手に力がいれられない。



 パッケージを乱暴に開け放った。袋から種を取り出し、左の掌の上で見せつける。


「へェ、案外フツーじゃんヨ」

 そういうと、興奮した吐息で種が揺れる。



 パチリ、と音が鳴った。

「オイオイ、もうかヨ」



 もう既に、発芽がはじまっていた。普通の種じゃ、ないんだ。これは、何のモトだ?



「さっさと済ませよーカ」



 乾いた皮膚が太腿を這ってくる。ひどくつめたい感触が蠢くのを、ゼンブ、遮りたい、のに。


 滲む視界。ダメだ、なにも、見えない。コイツに、ヤられる。

 嫌だ。いやだ、イヤダ嫌だイヤダ、嫌ッ———————



 目を瞑ると、咄嗟に右腕が出た。



 その軌道は、黒く光るリングを偶然捉え、引っ掛かけて諸共薙ぎ払っていた。



「ィギッッてェな、このクソ女ッ」



 種を握り締めた拳がわたしの右側に叩き込まれた。その感触は、あの人のものとは比べ物にならず、一撃で顔半分を仕留めた。

 

「オモシレェわコレ」



 彼の拳は、人一倍なんてものじゃなく"腫れあがって"いた。

 それは皮膚ではなく、彼の手の内側で芽を出し成長した蔦の塊だった。

 もうすでに根を下ろし、茎を張り巡らせ左手を纏っていた。


「こんなン、もうナカからはムリだナ。普通に、ヤるか」


 肘から先はもう、ひとつの幹と化している。なにが、育むだ。一瞬じゃ、ないか。


 手のひらと広がった枝先は連動し、わたしの首から上を包んで軽々持ち上げた。そのまま松の木に固定される。脚が、着かない、腕で持ち上げない、と、モタナイ。



「楽でイイ。学園長サマサマだヨ」



 もがきながらも、不思議と顔を覆われ暗闇に包まれると、安堵しているわたしがいた。この蔦は私に危害を加えないんだ、なんて。苦しいくせやけに分析的だ。

 下を強引に剥がされていくのがわかる。そちらに抵抗する気はもう、起きなかった。




 どこで、間違えたんだろう。わたしが、馬鹿だから? 裏切ったから? 弱いから?


 やっぱり、バカだからか。



 いろんなことを、諦めた。なにかを奪われてばっかりだ。どうして。どうして。



 どうして。






 暗闇の中、似たような気持ちばかりが寄り集まってくる。




 あのヒトの、声——————————




 盲点を知れ。お前の視界は狭い。人より多く全身を使え、でないと。


 痛みが走る。わたしは身動きが取れずに後ろに倒れこんだ。




 常に気を配れ。警戒しろ。でなきゃ危うい。俯くな。しゃんとしろ。




 両腕でガードのポーズをとった。




 そうだ、それでいい。

 来ないのか? やさぐれたガキが。




 わたしは、ドクターを恨んでいた。ドクターは、わたしだけを生き返らせた。はじめを、見捨てた。いっそ、眠っていられたら、それでよかったんだと、目で訴えかける。





 こいつも、お前みたいな馬鹿相手に苦労しただろうさ。





 指先でクルクルとなにかを回している。


 それは、はじめの、




 そうだ。それで、イイ。




 悪魔の、顔。この女は、"あえて"わたしに治療を施した。そして、"あえて"はじめを見捨てたんだ。



 

「————————返せッッ」




 わたしは取り戻したかった。それが唯一のつながり。死ねない、唯一の、言い訳だから。





 思いきり、蹴りを、放っていた。





「そうだ。お前はそれでいい」






 —――――――――――――





「が、ぶっッ————」


 わたしのつまさきに、柔らかい感触の取り返しのつかない余韻が残る。不快だが、気分ハ、イイ。



 視界が開け、光が広がる。目の前のヤツはよたよた後退り、その場で蹲った。


 喘ぐ彼の周りをさっと蔦が取り囲んだ。壁ができ、それはもう一畳分くらいはある。



 ドクターに一矢報いたことはないが、取っ組み合いの成果がここで出た。

 今がチャンスだ。もう彼は動けないはず。



 下がスース―するけれど、こんなの構ってられない。周囲にはまだ誰もいない。それなら、逃げる以外、無い。





 砂を蹴った。地を這う蔦を跳ね避け、そのままコンクリートの道へ駆ける。

 






 わたしは、ここで、もう一人別の登場人物と出くわすことになるんだ。





 ちょうど道に出る浜との境目に、標識が立っていた。



 その形は、見慣れないモノで。



 赤い逆三角形の周りを、小さい子が描く花びらのような模様が連なっていた。



 それは『止まれ』の標識。



 わたしは、それどころじゃないと思いながらも、


 その指示に従って、


 足を止め後ろを、振り返って見た。




 すぐに後悔した。振り返った数メートル先に、奴はいた。



 その伸びた蔦の上で未だ蹲っているが、勢いよく向かってくるのがわかる。



 立ち止まっている場合じゃない。だけど、足はなにか特別な力で固定されていた。




 それは、わたしのほんの僅かに残った良心だっただろうか。それとも、この標識の魔力だろうか。どちらにせよ、律儀に、その標識に従ってしまっていた。







「イイコだ」






 標識の側から声がする。誰? また知らない声。それは無邪気な声質で、喜々としなんだか自慢気だ。

 



 わたしと、向かってくるヤツの間に、いつのまにかもう一本、標識が立ち塞がった。それは花柄のない普通のやつだ。




 しかしそんな(しるし)、この状況で効果を発揮するわけがない。





 ヤツは、その標を跳ね除け、わたし目掛けて突っ込んでくるッ—————————






「無視すんナ」





 足が自由に動く。拘束は解かれた? 首をこえの方に向けると、そこには何もなくなっていて。





「ルール守れボケ」





 そう言い放つのはまさか、空でギラギラわたしたちを照らす御天道様でも、ふわふわと漂う純白の群れなわけもなく。




「死ね」




 チラチラと光を遮って落ちてくる、おさげをふたつ靡かせている少女じゃあないことを、わたしは願ってる。





「イヤアアアアアアHAアアアアアアアアアアアッッッ!」






 呆気なく、命がひとつ、土へ還る。





 わたしはまた、ひとつの記憶に触れた。



 彼の腕に纏わり付いた、蔦の状態と似た説明を、どこかで耳にしたのを思い出していた。



 なんだっけ。




 そうか、ソルフル服用者の姿と似ているんだ。




 この星に溶け込むんだ。人体は痛みも苦痛もなく、この星の生命とひとつになれる——————





 目の前でヤツを串刺しにしガッツポーズを決める少女も、少女の声に大歓声が重なって聴こえるのも、彼女の手に持つ標識が歪に形を変えるのも、下半身を曝け出したまま立ち尽くすわたしも全部。




 どこかへ置いてきた、右目で捉えたわたしの妄想世界だったらなんて。




 わたしは意識を保てず、その場で昏い闇におちてゆく。






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