最後の1日
「何もしてきませんわねぇ」
ツマラナイ、という感情を顔に出しながら、リリスは呟いた。
「今日が最後の日だからな。何か仕掛けてくるなら、これからだろう」
昼休みも終わりに差し掛かる頃、リリスとマカの二人は誰もいない屋上に来ていた。
マカは昼食はミナと共に教室でとった。
その後、リリスと話をする為に屋上へとやってきたのだ。
屋上は立ち入り禁止となっている上、リリスが誰も来ないように術を施しているので、二人っきりだった。
「―で、直接サクヤを見た感想は?」
「やはりただの人間ではありませんね。しかし迂闊に近付けない雰囲気を持っています。マカ先輩は大丈夫なんですか?」
「ん~。これといって体調や気分に変化はないな。まあそもそも私はそういうのが効きにくい体質なんだ」
「それは生まれつきですか?」
「それも多少はあるが…忍耐性を付けた、というのもある。お前だって多少はそういう訓練、受けているだろう?」
「魔女は特に、ですね。薬や術の忍耐性に関しては、魔女はトップにいると思っています」
「そうか。…んっ、メールか?」
そこでマカのケータイが震えた。
見てみると、ソウマからのメールだった。
『放課後になりましたら、リリスさんと共に学校の屋上にいてください。人気がいなくなりましたら、お話します』
「ソウマのヤツが、何か掴んだらしい」
「サクヤのことですか?」
「ああ。放課後、空いているか?」
「ええ」
「なら人気がなくなるまで、屋上でヤツを待とう」
「分かりましたわ。一緒にいる方が、マカ先輩を守れますしね」
「…言葉に反して、そのニヤけた顔をどうにかしろ」
「それはすみません」
その後、二人は各々自分の教室に戻って行った。
普通に授業を受け、終えるとまた屋上に集まった。
「部活動もありますから、人気がなくなるまではしばらくかかりますね」
「恐らく夕暮れになるだろうな」
「ならマカ先輩、時間潰しにちょっと遊びませんか?」
「何をして?」
「ケータイで対戦ゲームというのはどうでしょう?」
リリスは紫色のケータイ電話を取り出した。
「充電が切れる前に、ヤツが来ると良いんだがな」
そう言いつつも、マカも自分のケータイ電話を取り出す。
「マカ先輩はどこのゲームサイトに登録していますか?」
「ええとだな…」
そうしてマカとリリスは向かい合いながら、ゲームを始めた。
―数時間後、夕日が溶けて消える頃になり、ようやく人気が無くなってきた。
「あ~、目がイタイ。遊びすぎたな」
「マカ先輩、お強いですね。でも攻撃方法とかが真っ直ぐ過ぎて、分かりやすいです」
「それでもダメージをくらっただろうが」
「ですね」
リリスは苦笑しながら、こめかみを指で抑えた。
「そう言えば、送り迎えをしているメイドたちに連絡しましたか?」
「ああ。話が終わるまで、駐車場で待機しているらしい。終わったら連絡するからと言ったんだがな」
そう言いつつ伸びをしたマカの体は、バキバキと音が鳴った。
「にしてもソウマのヤツ、いつになったら来るんだ?」
「連絡してみてはどうです?」
「だな」
マカはケータイを操作し、ソウマに電話をかけた。
しかしすぐ近くで、ソウマの使っているケータイ電話の着信音が聞こえた。
「ん?」
「お待たせしました、マカ」
扉の方を振り向くと、ソウマがケータイ電話を持っていた。
しかしその顔は苦悩の色に染まっており、またソウマの後ろには何故かサクヤがいた。
「…どうやら問題は一気に解決できそうだな」
マカは眼を細め、ケータイを切った。
「遅くなってすみません。今まで彼と話をしていたものですから」
「ソウマの知り合いだったのか?」
「いえ、正確には私ではなく…現当主のお知り合いでした」
「クソジジイ…ではなく、祖父の?」
それでもマカは疑わしげに、サクヤを睨みつける。
「マカ、落ち着いて聞いてくださいね。彼の正体を一言で言いますから」
「ああ…」
「彼は…サクヤは、あなたの婚約者候補なんです」
ソウマの言葉に、マカの体が硬直した。
そして壊れた機械人形のように、ぎこちない動きで、視線をサクヤからソウマに向ける。
「今、何と?」
「現当主が決めた、あなたの婚約者候補です。ですが正式に婚約者に決定したわけではありません。あくまでも候補の一人、ということです」
今度はスゥッ…と眼を細め、サクヤを見る。
「お前の本当の正体は?」
「申し遅れて悪かったね。名前はサクヤで間違いない。それに年齢も高校三年生。血筋としては、マカの血族の分家って感じかな?」
「分家ぇ?」
「あらまあ」
リリスは眼を丸くし、マカに声をかける。
「分家のことはご存知なかったんですか?」
「…ウチは大分枝分かれしているんだ。全てを把握はしてない」
「ええ、マカも私も知らなくて当然なんですよ」
ソウマは疲れたため息を吐いた。
「彼…サクヤさんの血族は、それこそ本家が出来上がったばかりの頃に、分家として離れていったんです。それこそ本家と合流するなんて、千年以上ぶりの話しですよ」
「「千年っ!?」」
マカとリリスの驚きの声が、キレイにそろった。
「しかし離れてはいても、同属ですからね。代々当主のみが、その所在を知っていたんです。今回のその…婚約の話は、サクヤさんのおウチから言い出したことらしいのですが…」
気まずそうに、ソウマはサクヤを見る。
「まあそう言うこと。本家から離れてしまったせいか、ウチも一族として存亡の危機に陥ってしまってね。でも一族の中でも抜きん出た能力を持つ、俺が本家入りしたら、話しは変わってくるだろう?」
そこでようやくマカは我に返り、今まで疑問に思っていたことを聞いた。
「ああ…そうだ。お前の能力を聞くのを忘れていたな。こちらの仮説としては、お前の身に流れる血の匂いだと言っているが?」
「流石だね。大当り」
サクヤは嬉しそうに笑い、両手を広げて見せた。
「フェロモン、って言った方が分かりやすいかな? 俺の身に流れている血の成分は、それに当てられたモノを自在に操ることができる。とは言え、いくつかの条件はあるけどね」
「発動の条件、か…。その中に、長持ちしないという説は?」
「離れてしまえば、その説は当たっていることになるね」
つまり近くに居続けるほど、力は持続するという意味だろう。
「じゃあ本題だ。私の婚約者候補ならば、本家で顔を見合わせれば良いだけの話し。何故こんな面倒なことをした?」
マカは真面目な顔になり、真っ直ぐにサクヤを見つめる。
「まあ自己紹介みたいなものかな? それにちょっとでも俺に興味を持ってくれたら、嬉しいなと思っていたし」
「不信感しか抱かなかったわっ!」
「おやおや。作戦が裏目に出たか」
肩を竦めるも、あまり残念そうに見えないのは、ひょうひょうとした態度のせいだろう。
「―なるほど。つまりこういうことですね」
リリスは冷静に説明した。
「ただ本家で顔を合わせただけでは、マカ先輩の記憶にも残らないでしょう。ですがこんな登場の仕方をすれば、気にかけてはいただけますもんね。それが狙いだったのでしょう?」
説明を聞いて、サクヤは眼に鋭さを宿し、リリスを見つめる。
「流石、策略を得意とする魔女だね」
「マカ先輩の血族の方には負けますわ。そうですか…マカ先輩の同属だったんですね。しかも離属していたならば、情報が集まらないはずです」
その言葉を聞き、マカは眼を丸くした。
「リリス…。お前もしかして、あれからも情報屋を使って、調べていたのか?」
「ええ、勿論。情報は多いに越したことはありませんから。しかし空振りだったようで」
そこでリリスはサクヤを見つめる。
僅かに殺気を含んだ眼差しで。
「…それに流石にマカ先輩の同属なら、こちらも下手に手出しはできませんからね」
「おっと、怖いな。もし俺がマカに何かしようものなら、キミに噛み付かれていたのかな?」
「もちろんですわ。マカ先輩を欲しているのは、何もあなた達同属だけとは限らないのですから」
「そうみたいだね。流石は本家の宝であるマカ、大事にされているねぇ」
サクヤの言葉を聞いて、マカは顔を思いっきりしかめた。
「舐めとんのか、貴様」
「まっマカ、言葉遣いが…」
慌ててソウマに止められ、ハッと我に返る。
「あっ、ああ…。それはともかく」
セキを一つし、マカは気を取り直す。
「自ら正体を明かしたということは、もう止めるということか?」
「何を?」
「座敷わらし現象を」
「…ヒドイ言い様だな」
サクヤは苦笑するも、すぐに得意げな笑みを浮かべる。
「残念だけど、今しばらくはこの生活を続けるよ。マカのこと、結構気に入ったんだ」
「はあっ!?」
「ああ…」
「やはり…」
サクヤの言葉を聞いて、マカは激昂したものの、リリスとソウマはガックリ肩を落とした。
「何か色んなものを引き寄せてしまうらしいじゃないか? 俺なら力になってあげれるけど」
「断るっ! 大体結婚なんてする気なんてない! 他の同属の女を当たれっ!」
「でも俺はキミが気に入ったし。これから改めてよろしく」
ニッコリ笑顔で言われ、マカは口を開閉させるも言葉が出ない。
なのでソウマを見る。
「―非常に残念ですが、当主が決定したことです。サクヤさんにはこれからこの学校に通ってもらうそうです」
「なああっ!」
「しかし」
ふと真剣な表情になり、ソウマはサクヤを見る。
「現時点では、あなたは離属した血族の者です。しかも婚約の話も今は候補でしかありません。あまり、でしゃばった行動は控えていただきましょう」
「分かっているよ。俺も表の世の生活が長いんでね。あまり能力は使わないことにする。けど、どうせ使っても効果ない人はいるんだけどね」
うすら笑いを浮かべながら、マカとリリスを交互に見る。
「…私にお前の能力が効かなかったのは、同じ血族のせいか?」
「確かに同属には効きにくいみたいだけど…。ここまで効かないのは多分、マカの体が始祖と近いからだと思うよ」
不意に真面目な顔になったサクヤは、腕を組んで考えた。
「俺の能力も始祖の力の一つだと言われているんだ。だから効かないのは、同じく始祖と近いタイプだからなんだろうよ」
「血族の始祖…」
呟いたマカの表情は、暗くて冷たい。
「どうやらマカ先輩の血族には、いろいろと秘密がありそうですわね」
「おっと。魔女のキミの前で話すことではなかったな」
苦笑いを浮かべるサクヤに対し、リリスは満足そうに微笑む。
「まっ、そういうこと。だからこれからは仲良くしてほしいかな?」
「…それはこれからのお前次第、だな」
そう言ったマカの両眼は、真紅の色に染まっていた。
その眼を見て、サクヤは意表をつかれたように息を飲む。
心臓よりも、自らの体に流れる血が騒ぎ出す。
「ふっ…。血族の赤眼、か。一部の本家筋と力の強いモノだけが、血族の始祖と同じ赤眼を具現化できるという話は本当みたいだね。…見ているだけでも、血がざわめくよ」
そう語るサクヤの表情は、苦しそうに歪んでいる。
「お前の眼は、染まらないのか?」
「…残念だけど能力は高くても、血族としては薄れていっている者だから」
緊張した面持ちで、サクヤは軽く息を吐く。
そして気を取り直したように、軽く笑って見せる。
「とりあえずは中間的な立場でいさせてもらうよ。マカはちょーっと微妙な立場にいるみたいだしね」
「黙れ。私がイヤなら、とっとと帰るが良い」
「それはできないな。俺も分家の長としての立場と役目があるから」
サクヤの声と表情は、真剣そのもの。
しかし次の瞬間には、泣き笑いになる。
「お互い、背負っている物が重くて暗いね」
「それはリリスも同じだろう?」
マカの視線を受け、リリスは苦笑した。
「今はどこも大変、ということですわね」
そしてマカは諦めたようにため息を吐き、眼を閉じる。
次に開けた時には、赤い色は消えていた。
「…はあ。まあ良いだろう。学校生活では普通の人間として過ごせ。ちょっとでもおかしな行動をしたら…」
「分かってる。そんなことしたら、本家の者に帰されるだろうしね。大人しくしていることを約束するよ」
「なら良いだろう。お前が中間の立場を貫くならば、近くにいることを許可しよう。リリス、お前もそれで良いな?」
「…マカ先輩が良いと仰るなら」
本当はイヤそうだが、マカの意見は変えられないことを、リリスは分かっている。
「では話しは終わりだ。ソウマ、私の意思を当主に伝えといてくれ」
「…分かりました」