情報屋たち /小物屋・ソウマ
「把握出来にくいですね」
「だな。それにウチの血族も近年ではバラけているし。全てを知っている者がいるかどうかすら怪しい」
「まあそれは魔女のわたし達も同じですね。もっとも魔女は種類は少ないですけど、数は多いです」
「…本物の魔女自体も、多いのか?」
マカはジロっとリリスを睨んだ。
「それは多くはないとしか言えませんね」
リリスは肩を竦め、苦笑した。
魔女の本質が変わってきている為、リリスのような本物の魔力を持った者は減ってきているのだろう。
しかもリリスの一族は強く魔力だけではなく、その力を操る術を良く知っていた。
術に関しては、恐らくマカの血族より、リリスの一族の方が上であろう。
「ったく…。そっちの問題をこっちに持ってくるな。うっとおしい」
「こちらとしても、異国のモノに頼りたくはないんですよ。他に方法がないのですから、しょうがないじゃありませんか」
「抜かせ。栄えるも滅びるも、己の一族の問題だろう。受け入れることができず、ムダな足掻きばかりしおってからに」
忌ま忌まそうに言い放つマカを見て、流石のリリスも言葉と顔色をなくす。
「…マカ先輩って本当に容赦ないですよね。それ、血族の前でも同じですか?」
「当たり前だ。同属の前でキャラを演じたところで、得になどならん。逆に舐められるだけだ」
次期当主ということで、マカには敵が多い。
故に大人しくしているということは、教わらなかったのだろうと、リリスは心の中で思った。
「ところでこれから行くソウマさんですけど、血族のことには詳しいんですか?」
「アイツも情報屋だ。少なくとも私よりは詳しいだろう」
「信用しているんですね」
「互いに利用し合っているだけだ。いくら血縁者とは言え、そこまで甘くはない」
「甘いと言えば。マナは否定していましたが、ミツルと良い雰囲気でしたね」
リリスの言葉を聞いて、マカはふと思い出す。
「ミコトとカガミは…微妙な雰囲気だったな」
「カガミは素直じゃありませんから。ホラ、ああいうのを『好きな子ほどいじめるタイプ』って言うんですよ」
「……ミコトの苦労が眼に浮かぶ」
美しい異国の容姿をしているが、カガミはどことなく執着心が強いように見える。
そしてミコトは気兼ねなく人と接するが、カガミみたいな粘着質タイプは苦手と感じているだろう。
「いっそ哀れだな…」
逃げたくても逃げられないミコトを思うと、マカは少しだけ同情したくなった。
「でもそのパターンでいくと、マカ先輩とソウマさんの関係は?」
「ただの血縁者だ。私はヤツをそう思っているし、アイツには片想いの相手がいる」
「まっ。それって同属ですか?」
「ああ。ヤツは本命ほど手が出せないタイプでな。おかげでヤツの本命は何も気付いていない」
「まあまあ」
リリスの眼に、好奇心の色が浮かぶ。
「ちょっと興味ありますね。ソウマさんみたいな方に思われている人って、どんな方ですか?」
「それは…」
「って、マカ。何他の一族に話そうとしているんですか?」
二人の後ろから、暗く重い男性の声がかけられた。
その声の主はソウマだ。
買い物をしてきたらしく、その両手には大きな紙袋がある。
「ああ、ちょうど良いところに。今、お前の店に向かうところだったんだ」
「それは構いませんが…。それで何で話題が私の想い人のことになるんです?」
ソウマは笑顔だが、その体からは暗いオーラが立ち上っていた。
「何、たわいのない会話だ。それより真面目な話しがあるんだ。店に行っても良いよな?」
「ええ。ですがリリスさんもご一緒で?」
ソウマは警戒する目でリリスを見る。
「一応、今回の件に関しては味方だ。いろいろな情報屋を紹介してくれたしな」
マカの言葉で、リリスはにっこり微笑んだ。
「そうですか。しかし他の情報屋を頼るより、まず私を頼ってほしかったですね」
「そうおっかない顔をするな。お前を一番に外したのは、容疑者じゃないと思ったからなんだ」
「容疑者? また物騒な…。まあ良いでしょう。とりあえずお二人とも、当店へどうぞ」
ソウマはマカとリリスを連れて、店に戻った。
しかし店内にはいつもいるはずの、騒がしい3人の店員達の姿も気配もどこにもない。
「おや、三人は?」
「使いに出てもらっています。今、お茶を入れてきますから」
「ああ」
マカは慣れた様子で、テーブルセットに向かう。
しかしリリスは興味深く、商品を見回していた。
「ここがマカ先輩の血族が経営する、小物屋さんなんですね。…ふふっ、面白い物を置いていますね」
商品を一つを手に取り、リリスは怪しい笑みを浮かべる。
「買うならまず、店主のソウマの了解を得てくれ。ここではそれが条件だ」
「そうですわね。では後ほど、交渉いたしましょう」
商品を棚に戻すと、マカの隣の席に座った。
「こちらには中々来れないので、今日は良い縁ができましたわ。わたしへの貸し借りは、これで良いです」
「しっかりしているな…。まっ、コレで良いなら良いが」
「我々のようなモノだと、縁の一つ一つが重要な意味を持ちますからね。マカ先輩とは今後も深いお付き合いをしたいですし」
「今回限りで終わりたいのが、私の本音だが?」
「ふふっ。どうなるか、楽しみですわね」
マカが渋い表情で、リリスが心底嬉しそうな表情で会話をしていると、奥からソウマが出てきた。
「お二人とも、仲がよろしいようで。ですがリリスさん、マカはお譲りできませんよ?」
「アラ、それは残念」
わざとらしく首を竦めるリリスを見て、ソウマの目が僅かにつり上がる。
「今日の茶は何だ?」
「アイスグリーンティーを用意しました。お茶請けはあんみつです」
「おっ、ソウマの手作りか?」
「いえ、マミヤです。彼は和食が得意みたいですからね」
「んっ、んまい」
満面の笑みで食べ始めるマカを見て、リリスは首を傾げた。
「ここは…喫茶店も兼ねているんですか?」
「ええ、まあ…。マカの希望で、ですけど」
そう言いながらソウマは二人の向かいの席に座った。
「座敷わらしがいるようですね」
唐突に言い出したソウマの言葉に、二人はきょとんとした。
「さすが情報屋、早いな」
「あなたのことに関しては、特に。ですが本当に座敷わらしではないのでしょう?」
「学校に出る座敷わらしか…。まあアイツはそういうのじゃないだろうな」
マカは眉間にしわを寄せながら、サクヤのことを話し始めた。
そしてミツルが語った特殊な体質を持つ能力者のことを。
「…なるほど。血の力で生き物を操る能力者、ですか。確かに同属にいそうですね」
「と言うことは…」
「今のところ、私にはそういった情報はありません。時間はかかりますが、調べておきましょう」
「それと念の為聞いておくが、そういう道具もないよな?」
「記憶操作、ですか…」
しかしソウマは腕を組み、難しい顔をする。
「―正直申し上げて、無いこともないんです」
「何だと!?」
マカは眼を見開き、息を飲んだ。
「ただ…その道具ですが、確かにミツルさんが説明したような似た効力は発揮します。しかし長時間は持たない物なんですよ」
「長時間と言いますと、どれぐらいですか?」
今まで黙っていたリリスも、険しい表情で尋ねる。
「マカから聞いたところによると、クラスメート約30人近くに、そういった記憶操作をした場合、効果は3日しか持ちません。人数が多いほど、持続しにくいんです」
「それはミツルが言ったような、匂いが関係しているのか?」
「はい。ですが効果が強い分、短い時間しか効かないのが弱点です」
マカとリリスは顔を見合わせた。
「それなら…」
「尻尾を出すのは三日後…いえ、もう二日後ってことになりますね」
リリスの確信めいた言葉に、ソウマは慌てて口をはさむ。
「ですがそれはあくまでも道具に頼った場合、です。血族の能力者であれば、それ以上でしょう」
「なら話は簡単だ。後二日でクラスメートたちの記憶が戻らなければ、サクヤは能力者。戻れば道具に頼らざるおえない者ということだろう」
「確かにマカの言う通りですが、問題はそのサクヤという人物がどこのモノかと言うことですよ」
「それはソウマ、お前に任せる。後二日で正体を調べてくれ」
「…その間、学校を休まれては?」
「イヤだ。アイツが私のいない間に、何もしないとは限らない」
「逆を言えば、何もしない可能性だってあるじゃないですか」
「だが何かをした場合、私がいた方が話は早く済む。私はこの気持ち悪い状態をとっとと片付けたいんだ」
ソウマは深く息を吐き、項垂れた。
「…わかりましたよ。こちらも全力で調べておきますが、くれぐれも一人にはならないようにしてください」
「見張りの者がいるじゃないか」
「それでもあなたはチョロチョロ動きますからね」
「私はネズミかっ!」
「ああ、でしたら学校にいる時はわたしがマカ先輩の護衛役をしましょう」
リリスの申し出に、二人は眼を丸くした。
「魔女の護衛だと?」
「強力だと思いますわよ? それにもし他の人間に何かしようものなら、対処しますし」
「むぅ…」
マカは口に手を当て、しばらく考えた。
「…それで貸し借りの方法は?」
「先程の名刺をわたしにもくださいな。マカ先輩とはぜひ連絡先を交換したいと思います」
リリスは華やかな美しい笑みを浮かべるものの、マカとソウマの表情はどこかイヤそうだった。
「正直申し上げて…。私としましては、魔女のあなたを完全には信用できません」
「まあソウマさんがそうおっしゃるのもムリはないでしょう。ですがこちらとしても、マカ先輩には無事でいてほしいんです。その為なら、協力体制になっても良いのではありませんか?」
「言葉は良いように聞こえるが…。お前、ようは他勢力に私を持っていかれるのがイヤなんだろう?」
「当然です。ですがマカ先輩はいろんな方を惹き付けてしまうので、大変ですわ」
「好き好んで厄介なヤツらを惹き付けるかぁ!」
激昂したマカの怒鳴り声を、二人は耳を塞いでやり過ごした。
「それはともかく。味方としては心強いと、マカ先輩は思いませんか?」
「むむっ…」
マカは今まで、魔女であるリリスに多くの厄介事に巻き込まれてきた。
だが裏を返せば、そのぐらいリリスの実力がスゴイということだ。
敵として厄介だった分、味方となれば心強い存在にはなる。
「…本当に守る側になるだけだな? 途中で余計な野心は出さないと誓えるか?」
リリスは自信ありげに微笑み、頷いた。
「誓えます。今はとりあえず、マカ先輩の安全が第一と考えていますから」
「…ならとりあえず、契約成立だな」
「マカ…」
「お前が渋るのも分かるぞ、ソウマ。だがコイツは強い。文句なしに、な。そして残念なことに、今の私には味方が少なすぎる。一時でも魔女の力を借りられれば、これほど強い味方もいないだろう」
「諸刃の剣と思いますが…。分かりました。あなたの言う通りにしましょう。ですがこの話し、長に報告してもよろしいですね?」
「あんのクソジジィに?」
マカの顔が、女子高校生とは思えないほど、そして有り得ないほど醜く歪む。
「そんな顔なさってもダメですよ? あなたのことに関しては、特に細かく報告するようにと言われているんですから」
「ジジィめ。自分がヒマなもんだから、私のトラブルを聞いて楽しんでやがるな」
「……そこは否定できませんが」
マカから目線をそらし、ソウマは言いづらそうに言った。
「まあ報告ぐらいなら良いだろう。ついでに聞いといてくれ」
「分かっていますよ。あとリリスさん」
「はい?」
ソウマは眼をスっと細め、リリスを真正面から見つめた。
「今はあなたにマカをあずけます。しかし少しでも妙な動きをしたなら…分かっていますね?」
「ええ。今回はあくまでも守る側に徹します」
胡散臭いことこの上ないが、ソウマは受け入れるしかない。
「…では情報は入り次第、すぐに報告します。くれぐれも自ら危険に近づかないでくださいよ、マカ」
「分かっている」