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情報屋たち /アンティークショップ・カガミ

「―なるほど。彼、ですか」


リリスは双眼鏡で、マカのクラスを見た。


「見た目は特に不審な感じはありませんね。実際会ってみれば何か分かるかもしれませんが、向こうにわたしの正体がバレる危険性がありますので」


「ああ、接触は最後の手段だ。見ただけでは何も感じないか?」


「そうですわねぇ…。まあまとう空気が人間とはちょっと違うように感じます」


双眼鏡から視線を外し、リリスは顔をしかめた。


「しかしどこの者という断定はできかねます。ある程度は気配を抑えているみたいですし、わたしはこの土地の能力者にはあまり詳しくないもので…」


「異国のモノ、だものな。魔女は」


「お役に立てず、すみません。とりあえずカガミの所へ行ってみませんか?」


「お前、学校サボっても良いのか?」


「マカ先輩以上に大切なことなどありませんから」


「…薄ら寒いことを言うな。しかし今日、店は開いているのか?」


「店自体は開いていなくても、カガミはそこにいますから」


肩を竦め、笑いを浮かべるリリスに対し、マカは深く息を吐いた。


「そうか。なら行くか」


「はい」


マカはリリスを連れて、カガミの経営するアンティークショップに向かった。


住宅街の中、ひっそりと建つアンティークショップは、しかし漂ってくる臭いにマカは顔を歪める。


「…相変わらず死の臭いがヒドイな。この店で作っているわけではないんだろう?」


「ミコトには別の作業場と住居を提供しているみたいです。まあ臭いはどうにもならないのでは?」


「お前だって死体からアンティークドールを作るじゃないか」


マカの何気ない言葉に、リリスは眼をつり上げた。


「わたしのはあくまで魔女の死体です。ミコトはそこら辺の死体から作っているんです。同じにしないでください!」


「…お前の怒りのポイントがよう分からん」


リリスと話をしながら、マカは頭を抱えた。


やがて見覚えのある店の前に到着した。


「ん? 今度のディスプレイは刺繍物か」


細かくも美しい刺繍がされているストールが飾られていた。


生成り色の生地に、少し和柄な感じの赤い花が糸で縫われている。


「アラ、キレイですね」


リリスも覗き込むが、マカの表情は複雑そうな色を浮かべる。


「…良い腕をしているのは確かなんだが…何だって闇の世界に入ったんだか」


「それはやっぱり、死体の入手方法がこっちの世界でしかないからなのでは?」


「人間ではなく、動物だって良いだろう?」


「まあそこは好みによるのでは?」


「はあ~。行くぞ」


マカはドアを開け、店内に入った。


「いらっしゃいませ。…おや、マカさん。それにリリスも。珍しい組み合わせですね」


「ん? お客さん?」


店内にはカガミの他に、女性が1人いた。


しかし女性は商品を見ているというより、飾っている。


一見はひょうひょうとした感じの若い女性だが…。


「…もしかして、カガミのお抱えの職人というのはお前か? 確か名前はミコトだったな」


「おや、アタシのことをご存知で? いかにも、闇業職人のミコトと言います」


ミコトは畏まって頭を下げた。


「闇業職人…。聞いただけで、何の職業か分かるのがイヤだな」


「アハハ。すみませんねぇ。でも他に名乗りようもないので」


ミコトはケラケラと笑う。


「…しかし随分と若いんだな」


マカは眼を細め、ミコトを見つめる。


小柄なせいか、笑うと幼い印象だ。


下手をするとマカの方が年上に見えるぐらい、ミコトは若く見えた。


「アレ? そんなに若く見えます? でもアタシ、もう二十八なんですけどね」


「二十八ぃ!?」


「今日はメイクをしているんで成人はしているように見えるでしょ? これがノーメークだと中学生に見られましてねぇ。いやぁ、困った困った」


「お前……普通の人間、なんだよな?」


「一応は。でもそれもちょーっとは違うかな?」


ミコトの眼に、鋭い光が宿る。


笑みを浮かべたまま、狂気を発するところを見ると、ただ者ではなさそうだ。


「―まっ、だろうな。でなければ人間の死体を材料としたアンティーク品など作れないだろう」


「おっしゃる通りで。今日はウチの商品をご所望で?」


「ハッ! 違った!」


マカは我に返り、カガミに向き直った。


「カガミ、お前の情報屋としての仕事を持ちかけに来た」


「情報屋としての? 一体何があったんです?」


マカの申し出に、カガミは眼を丸くした。


「実は…」


マカはサクヤのことを説明した。


そして記憶の改ざんが何かの道具で行われているのではないかと、話をする。


「…記憶の改ざん、ですか。残念ながら思い当たることはありませんね。しかしどちらかと言えば、あなた達、血族ならありうる話なのでは?」


「ウチの血族でも、あそこまで大量の記憶改ざんはできん。…しかしそれなら、そういうことを得意としているモノ達の心当たりは?」


カガミはしばらく考え込んだ後、首を横に振った。


「記憶を操作する能力自体、珍しいですからね。残念ながら能力者の話は聞いていませんね」


「ここはダメか…。ならソウマの所に行ってみるか?」


「情報屋ならば、知り合いがやっています。もし良ければ、そちらをご紹介しましょうか?」


「どういう情報屋だ?」


「表ではわたしやソウマさんと同じように、店を営んでいます。まあ扱う商品は取り扱い注意物ですが…」


「同業者かっ!?」


「まあどうしても隠れ蓑としては、そういう店になってしまうんですよ。ですが情報屋としては、ウチよりも上だと思いますよ? わたしは近年この土地に来ましたが、彼は長年いますし」


「……そうだったな。カガミ、お前も元は異国のモノだったな」


マカは痛むこめかみを指で押した。


カガミは見た目でも異国のモノだと分かる容姿をしていた。


しかしリリスと同じで日本語が上手い上に、日本に馴染んでいる為、うっかり忘れそうになるのだ。


「まあ何はともあれ、訪ねて損はないだろう。場所を教えてくれ」


「かしこまりました。少々お待ちください」


カガミは店の奥へ、姿を消した。


その間、マカはキョロキョロと店内を見回す。


「…以前来た時と、全く商品が違うな。全部売れたのか?」


「あ~そうみたいです。強烈なファンがいますので」


ミコトが苦笑しながら、同じように店内を見る。


その姿を見ながらマカは声を潜め、尋ねた。


「…ミコトと言ったな。お前、自分のことを普通の人間ではないと言うが……」


「ええ、まあ。ウチの先祖が呪術師でしてねぇ。それが人の生死に関わる術を使っていたんですよ」


ミコトは苦笑しながら、近くにあったアンティークドールをポンポンと叩いた。


「その呪術師は、金と権力を持つ人間に頼まれて、そこの娘と結婚したんです。それでその家の血筋の者に、災いが起こらないよう血に術を取り入れた」


そこまで語り、ミコトは肩を竦める。


「おかげでウチの血縁者達は滅多なことでは不幸にならない。けれどその反面、人の死に多く関わりやすくなったんです」


「…人の命運と引き換えに、血縁者達は平穏を手に入れているというワケか」


マカは苦渋の表情で言った。


「ご名答。血縁者達もそれを知りつつも、呪いを解く方法を知らないんです。すでに呪術師なんて誰もやっていないですからねぇ」


「誰もコントロールすらできないのか?」


「できたら良いんですけどね。おかげでアタシみたいなモノが出てくる始末ですよ」


ミコトは元をただせば普通の人間。


しかし呪術師の術、呪いとも祝福とも言えるモノのせいで、人の道からはズレてしまったのだろう。


それはミコトだけではなく、他の血縁者も同じこと。


「お前と同じ血縁者達は、お前と同じように闇の世界で生きているのか?」


「いえいえ。アタシはマレな方です。アタシに闇業職人としての技術を教えてくれた師匠と、中学生時代に出会いましてね。そっからこっちに。他の血縁者達はなるべく普通に生きていますよ」


「お前の家族は今の職業のことは?」


「もちろん、知ってはいますがね。特に口出しなんてしませんよ」


ミコトはニヤッと笑う。


…確かに血族として呪いと祝福を受けているのならば、同族が闇の世界に入っても、何も言えないだろう。


「しかし死体を使ったアンティーク品、とはな…。同じ闇でも、もっとまともなのもあっただろうに」


「残念ながら、今の職業がアタシにピッタリなんです。それに現代、闇業職人は数少なくなっていますからねぇ。カガミにはその所有と保護をしてもらっています」


確かに現代では珍しくなった闇業職人。


狙う者も少なくない。


カガミの元へいれば確かに安全だし、作った作品も高値で売れるだろう。


材料の調達の面だって、カガミならばたやすいこと。


「互いの利害が一致している、ということか」


「ええ。アタシとカガミはお互いに利用しあっているだけです。…もっともアタシが彼を裏切れば、すぐに始末されてしまいますけどね」


最後の言葉は力がなかった。


その意味を、マカは瞬時に理解する。


利益を生み出すミコトをよそに持っていかれるぐらいならば、カガミは容赦なく潰すだろうことを。


だがそれでもミコトはカガミの元へいなければならない。


闇業職人として、生きるためには―。


「死ぬまで現役が目標か?」


「はい。できれば」


「…そうか。……って、リリス。お前はさっきから何をしている?」


「はい?」


ミコトとマカの会話に全く入ってこなかったリリス。


店内の物を物色していた。


「いえ、せっかくなので、何か買っていこうかと。マカ先輩もどうですか?」


「こんな血なまぐさいのいるかーっ!」


「あ~。臭いだけは、中々消えにくいんですよね」


ミコトは苦笑しながら、商品の臭いを嗅ぐ。


普通の人間ならば気付かないだろうが、マカやリリスのようなモノには、材料の臭いがはっきりと臭っていた。


「でもキレイですよ?」


「魔女になら似合うだろうよ」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「あっ、でも特注もお受けしますよ? 普通の材料を持ち込んでいただければ、それでお作りしますから」


「なら後で頼む。普通の物なら欲しい」


「承りました」


「お話が盛り上がっているところすみませんが、お待たせしました」


カガミが戻ってきて、メモと手紙をマカに差し出した。


「ここから少し遠いですが、こちらになります」


カガミに言われ、マカはメモに書かれた住所を見た。


「駅で二十分の所か…。今日は店は開いているのか?」


「今確認しましたが、開店しているそうです。話は通しましたので。あとその手紙は紹介状になります」


「そうか。ならコレも貸し借りということで」


マカはカバンにメモと紹介状を入れ、続いて名刺入れを取り出し、一枚をカガミに差し出した。


「私の連絡先だ。お前の要望があれば、連絡してくれ」


名刺にはマカの名前と、ケータイのナンバーにメルアドが書かれている。


「直通ですか?」


「ああ。表の人間達とはまた別の、裏の人間用の連絡先だ」


カガミは大事そうに名刺を受け取り、微笑んだ。


「これは良きものを…。ではこの名刺で、この前のマリーと今回の件を、チャラにしましょう」


「名刺一枚でか?」


マカは怪訝そうな顔をする。


「これで充分ですよ。マカさん、あなたは自分がどんなに重要視されているのか、分からないはずはないでしょう?」


「まさか売るつもりじゃないだろうな?」


カガミは慌てて首を横に振った。


「とんでもない! これは大事に取っておきます」


「…そうか。じゃあ行くか。リリス、お前はどうする?」


「わたしも行きます。ああ、カガミ。この帽子、後で家に届けてくださいな」


リリスは黒い帽子をカガミに渡した。


それは黒い糸で作られた帽子で、つばの部分が広く、麦わら帽子に似ている。


「はい、かしこまりました」


値段のことを言わないところを見ると、リリスはどうやら常連客の一人らしい。


しかし帽子を見てマカは一歩下がり、ミコトに聞いた。


「あの帽子、人毛か?」


「はい。苦労したんですよ~。アレだけの髪の長さと量、そして質が良いものって滅多にないんですから」


ひくっ、とマカの表情が歪んだ。


「…ディスプレイに飾ってあるストールは?」


「生地はそのまま絹ですけど、赤い刺繍糸の色は人間の血液です。いやぁ、あそこまで染め付けるの、大変でしたぁ」


ミコトのあっけらかんとした姿とは反対に、マカは青い顔色で額を手で押さえた。


「……そうか。ああ、ミコトにも名刺を渡しておく」


「おや、どうも。では今夜にでも携帯番号をメルアドでお知らせしますので」


「ああ、待っている。行くぞ、リリス」


「はーい。では失礼しました」


「邪魔したな」


そうして二人は店を出ていった。



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