特等席の異邦人
「部屋にいるはずではなかったのか……!」
絶句したのはサンドロだった。コロシアムの高い位置にある特等席からは、全体が良く見えた。二つのマキナの戦いも、愛娘が観衆の中で魔力を使ったことも、そしてその娘がオリジンの輩に命を狙われていることも。
「マルボル!」
傍らにいる執事にアイコンタクトする。指示は、言わずとも伝わる。
「はい! お嬢様のもとに向かいます」
老執事は走り観客の渦へと駆け下りて行った。彼の姿はあっという間に特等席から見えなくなった。
「急ぐのだ!」
サンドロは、左腕に付けていた通信機器から声を掛けて念を押した。
機器は、腕輪の形をしており、魔力を通すことで遠隔からの音声通信を行う。
『かしこまりました! それと旦那様。お伝えしたいことが』
群集の騒めきと共にマルボルの言葉が腕輪に流れ込む。
「何だ?」
『ジオ・アルバトロスにご注意を! 奴は――』
「私が何だって?」
「!?」
「困りますなモナド氏。ご老人の戯言に付き合うことはないでしょう」
特等席にはジオもいた。彼はサンドロの器具を押さえつけて通信が聞こえないようにしていた。
「……首長!」
「ご息女は私が責任を持って守ります。どうかご安心を」
「現状を見てその言葉が信じられるものか。城に置いてきたはずの娘がなぜあのような場所にいる!」
サンドロの彫りの深い真剣な顔を見て、ジオは嘲笑う。
「あなたのご息女は大変活発なようだ。それに魔術師としての素養も目を見張るものがある」
「お答えください、ジオ・アルバトロス。私の理性が続くうちに!」
「単純なこと。ご息女が自身の意志で赴いたのでしょう」
「馬鹿な!」
「疑うのは自由だが、君も早くここから離れた方がいい」
「私がマギア族であることは知られていない。このまま娘を探す!」
「それはまずい。一般人ならまだしも、ヒュージマギア派の人間がここにいる場合もあるのだ。事実、お嬢様を狙っているのもヒュージマギアの連中かもしれん」
サンドロは言葉を返せなかった。
サンドロらコスモマギア派とヒュージマギア派とは水面下で決定的な対立にある。更に、マギア族は同族を感覚でさがすことが出来る。ひとたび敵と判断されれば、オリジンの民衆とヒュージマギア派の両方から嬲り殺しに合う。サンドロは砂を噛むような思いだった。
ジオが、特等席と城を結ぶ通路を指し示した。サンドロは娘のことをマルボルに任せてコロシアムを後にした。飄々と最適解を出すジオに、サンドロは嫌悪をおぼえた。