客席の少女
魔力だ。
少女には一目で分かった。
白亜の大きな鎧騎士は、魔力のオーラを纏っている。
〈スカートの下〉で見たようなガラクタで出来た極彩色の蜘蛛は、頑張ったけど勝てない。きっと、あのガラクタと同じように城の下に捨てられるだろう。
「かわいそう」
少女はそう呟いた。
コロシアムの観衆の波に、ポツリと降った一粒の雫。ちっぽけな存在が、ちっぽけな声が、少女だった。波に呑まれてもなお、その哀情は消えないで在る。
「おまえは悲しい?」
ガラクタ蜘蛛は何も言わない。
節足をもがれた蜘蛛がそれでも足掻くように、ただ動いている。
少女は手を組み、瞳を閉じて問いかける。
「私は悲しい。おまえは生きたい?」
周囲の拍手喝采も、今の彼女には聞こえない。
真暗にした世界の奥に、一つ熱い鼓動を感じる。
――動け!
「誰……?」
予想外の声がした。人だ。あの蜘蛛の中には人がいる。鎧騎士の中に人の魔力があるように、蜘蛛の中に人間の熱い生命がある。
(魔力を持つ者が、人間を殺そうとしている……!)
「ダメ! 殺さないで!」
少女の胸に、故郷の景色が浮かぶ。緑の野と、風と山。潮騒と、お母さまの温もり。
枯草に火をつけるように、憧憬が燃え広がるイメージ。
火は敵の影。
少女は、火を逃れてここ(オリジン)に来た。
火を消す水は、少女の一滴。
水は星の脈を巡り、力を得て膨らむ。
雫はやがて雲海となり、集まれば大河の流れに。
星を覆う海の力を、一点に寄せて注ぎ込む。
「――――!」
目を見開く。
それは高尚な術式を唱えたものでも、おぞましい呪文でもない。
少女は、ただの想いを叫んだ。
「蜘蛛よ、動け!」
コロシアムの人海から、一点の閃光が奔る。
少女の肢体がフードの下で輝き、緑色の光が天へと伸びた。
直後、群集の喝采は止み、幾つかの悲鳴が響く。
少女にそれは聞こえない。
ましてや悲鳴の内に父の驚きが混じっていたことなど、知る由もない。
緑の光は、狭い放物線の頂点に達した後、蜘蛛の機械に向かって真っ先に落ちた。
光は機械を包むと、染み入るように機械の中に消えた。
同時に、少女は青白い光の源を見た。
五感のどこでもない感覚で捉えた言葉を、少女は「聞いた」と感じた。
――私のもとに帰りなさい! ジュード!
その声の真意に気付いた時、蜘蛛の機械は既に力を得ていた。
(しまった。彼女の邪魔をしてしまった)
この女性は、彼を――。
「マギア族だ! マギア族がいるぞ!」
「……えっ?」
少女の思考は、群集の怒号に遮られた。