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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第一章 旅の終わり
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コロシアム


 殻内(コックピット)が熱くなる。ビーストの背後の蒸気機関がいい具合になってきた。

 深呼吸か、雄たけびか。汽笛を鳴らしてみる。観客がどよめき、パラパラと拍手が鳴る。ビーストの四脚は一歩一歩、進み始めた。例のごとく剣を掲げるヴァルキリーを舐め廻すように、じっくりと旋回しつつ加速する。

 ジュードは、メーターで機関の回転数を確認しつつ、当初の戦法を呟いて確認した。


「ビーストの特徴は小回りと跳躍。つまり向こうが斬りかかるところで跳躍して躱す……」


 これが真っ先に思いついた戦法だった。


「だが……」


 これは過去に他の蜘蛛型が挑戦して敗れた方法だった。

 空中では移動の自由が利かない。ヴァルキリーの運動能力の前には致命的だ。

ヴァルキリーは敢えて動かないだけで、本来の運動能力は優秀な戦士をそのまま大きくしたようなものだった。ヴァルキリーの足は、四本でも六本でもない、まさしく人型の二脚だった。 

二足歩行のマキナは、実現が難しい技術として知られる。四脚や六脚の場合、脚の一二本を浮かせても、複数の脚が地面に着いているためバランスを維持しやすい。しかし二脚の場合、移動の際は常に交互の脚に重心を変え続けるため、バランスが安定しない。さらに、片足を失っただけで移動が出来なくなるため、実用性に乏しいのが実情である。

そのため、大衆にはヴァルキリーが動かない理由は、技術的な都合によるものだと思われている。だが実際のところ、ヴァルキリーは何の問題もなく二脚による歩行、走行、跳躍が出来る。そして、ヴァルキリーが安定して動ける秘密を知る者はジュードとシャーロット以外にはいない。


「どうすればいい?」


 ジュードは訳もなく自問した。

 どうするのかは、もう決めている。

 やはり、跳躍して右腕のハンマーで叩く。

 威力を考えれば、それが一番だ。

 ビーストの歩みは次第に早く、小刻みに殻内(コックピット)を揺らす。

 勢いが出来たところで、ビーストが小さく跳ねた。

 歩行と違うチャンネルの操縦桿を握り、声に合わせて上下に揺らす。


「いち……」


 高く跳ねる。


「に……」


 更に高く跳ねる。


「の、さんっ!」


 ――そして、ビーストはヴァルキリーの頭上へと跳んだ。


 ヴァルキリーは剣を後ろに構えて切り払う準備をする。そして――


「喰らえ――!」


 レバーを引く。

 迫る大剣。

 だが――。


 ヴァルキリーの斬撃は、不意打ちの蒸気に隠れて空振った。

 

アリーナの中央が、ビーストの頭部から吐き出た浅黒い蒸気に覆われて、観客には二機の様子が見えなくなった。

 直後、鈍い金属音が響いた。

 どよめきが起こる。

 バッ、と黒煙から機影が一つ抜け出した。

 白亜にして流麗な四肢。

 搭乗者の精神を具現化したようなヴァルキリーが、マキナ離れした跳躍を見せた。

 が、その姿は左肩部に歪みを孕んでいた。


 ビーストのハンマーに殴られたのだ。左腕と胴体の接続部がやられたことで、ヴァルキリーの左腕は妙に生々しく蠢いた。力の伝達が上手くいってない。

 シャーロットはヴァルキリーの殻内(コックピット)で、痛みの残響に耐えるように荒い息を漏らした。


「油断した……ジュードがこんな手でくるなんて」


 シャーロットは、黒煙に潜む見えない影を睨む。


「あなたがそうするなら、私にだって手はある!」


 ヴァルキリーは、人差し指、親指、と中指から小指までをまとめた大きな指の三指からなるマニピュレーターで、右腕の剣を強く握り直し、体の正面で縦に構えた。

観客が漣のように騒ぎたつ。


 ヴァルキリーの白刃が神秘的な青白い(オーラ)を帯びて輝き出したのだ。

 煙の中からでも、その光が分かった。


「――馬鹿野郎」


 ジュードは頬を伝う汗粒にひやりとした。操縦桿を手離す余裕がない。

一刻も早く勝負をつける。それが彼女のためなのだ。

 黒煙が、風に流れて薄れていく。

 ビーストのガラクタじみた全貌が、白日の下に浮き上がる。

 ヴァルキリーは脚で地面を蹴とばし、獲物を狩る豹のようにビーストへ跳びかかった。

 青白い刀身が、音速で振り下ろされる。

 ビーストはハンマーの柄を斜に構える。

 その挙動の遅さ、比べるまでもない。

 キン! と鳴る金属音。

 受けたのではない。

 ハンマーの柄が斬られた。残光が軌跡をなぞる。

 石像のように動かないビーストの懐にヴァルキリーが隼の如く迫り、二十メートルあった距離が一メートル未満になった。

 

――あと一振りで勝負はつく。


 観客の誰もがそう思った。

 さきの袈裟斬りに次いで、とどめの斬り上げがくるだろう。

 ヴァルキリーの手首が返り、蒸気機関のエネルギーが右腕のアクチュエータに伝導される。そして斬り上げは――


「させるかっ!」


ビーストの突撃に阻まれた。

ビーストは四脚で地面を蹴り、ヴァルキリーの真正面にぶつかった。ヴァルキリーの右腕は、密接したビーストのボディに押さえつけられた。

 窮屈な姿勢となったヴァルキリーの身体を、ビーストの両腕が抱き締める形で抑え込む。 

 マキナ同士が抱き合う様は滑稽といえるが、接近戦が主となるデュオマキナでは、攻撃を防ぐ手段として有効だった。

 抑えるビーストと抗うヴァルキリー。相対する二機がギチギチと軋み合う。

 蒸気機関が回ろうと力む。だが二者の回転は、互いの敵に阻まれて滞る。

 戦いは、マキナ自体の力比べに変わっていた。体制的に、ビーストが優勢である。


「――――――!」


ジュードは殻内(コックピット)越しにシャーロットの怒鳴り声を聞いた。だが何を言っているのか分からない。


「早く降参しろ! ギリギリまで殻内(コックピット)を潰すぞ!」


 ジュードが汗を流すのは、殻内(コックピット)の熱さからだけではない。

冷や汗が背筋を伝うのは、ヴァルキリーへの恐れがあるからだ。

 圧倒的優位に立ってもなお、その恐れが抜けない。

 ビーストの蒸気機関は比較的強力なものだ。傍から見ればジュードの勝利は近い。

 だがヴァルキリーの剣は力強い輝きを増している。波打つ剣の光は、勝負を諦めていない。

強化ガラスの小さなペリスコープ越しに光が差し、ジュードは網膜が焼けるような錯覚に陥る。眩しさが最大に達した刹那――


「まさか――」


ヴァルキリーの剣が、抑え込むビーストの腕を斬り上げた。続くひと薙ぎの衝撃が、ビーストの殻内(コックピット)を揺らし、気がつけばビーストの前二脚が斬り払われていた。

 ずり落ちる胴体のペリスコープから、ジュードはヴァルキリーを見上げる。

ヴァルキリーの身体はオーラを纏っていた。それはシャーロットの青眼に似た、高貴なる(オーラ)。ただの機械が纏うことなど有り得ない。

そう、ヴァルキリーは単なる高性能機ではない。

ジュードは、先刻のシャーロットの叫びが何だったのか理解した。


「唱えたな! シャーロット!」


ジュードの怒号はヴァルキリーの白亜の装甲に阻まれて、シャーロットに届かない。

勝負が決まったとみたのか、ヴァルキリーのオーラが消えていく。

 拍手喝采。

コロシアムを包み込むのはヴァルキリーの勝利を祝う歓声。立会人も、アリーナに歩み寄っているかもしれない。ペリスコープでは見渡せない景色を、ジュードは音で判断する。

だが。この音を受け入れることは、負けを認めることだ。

 それだけは出来ない。


「動け……!」


 分かっている。

 前脚を斬られた獣に、立てる道理はない。


「動け!」


 腕を斬られた戦士に、持てる武器はない。


「動けってんだ! ここで負けたら、シャーロット(あいつ)は……!」


 ――命を削り続けてしまう。


 それを助長させたのは自分だから。

 そんな自分が許せないから。


「動けぇ! ビースト!」

 

その叫びの直後、不思議なことがおこった。


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