異邦人の少女
母は疲れて転寝し、老執事は父親に付いて行ってしまった。気がつけば、少女は慣れない城の中で自由になっていた。華美さのない部屋の窓枠の外は、白亜のサピエンティア城と、黒煙に隠れた城下街とのコントラストだった。空は二色を混ぜ合わせたような灰色だ。
部屋の白壁には鳥籠が掛けられていた。中には、手に乗せられるほど小さく、黄色い羽毛のカナリアが一羽いる。少女が母から呼ばれる愛称も、この鳥に由来するものだ。
キャナリー。
本当の名前を伏せるための呼称。その響きが、少女は嫌いだった。どうも自分には合わない気がするのだ。少女は母がそう呼ぶ度に嫌な顔をしてみせるのだが、母はそう呼んだ分だけ暖かく抱いてくれた。少女が逆らわないことを知って、やっているのだ。
モノクロームな視界に、カナリアの存在は目立つ。籠を開けて、少女は右手の上にカナリアを乗せた。小鳥は人懐っこく、初めて乗る手にも全く警戒しない。
「私も、君とおんなじ」
独り。か弱さから、大事に守られて生きてきた。
知らず、右手を強く握る。カナリアは、さっと窓枠の傍に飛んで逃げた。
「私も翼があったら…………でも、どこに飛んでけばいいのかな。ね、カナリアさんはどうするの? たとえば、この窓が開いたら……」
鍵を解いて、窓を開ける。
すると、カナリアは外へ飛んで行ってしまった。
そうだ。そうすればいいんだ。後の事なんて、考えても始まらない。
少女は思い切って、部屋を抜け出してみた。同時に、鼓膜が外の音を拾った。
……この騒ぎは何だろう。
城内の廊下は、赤いカーペットが敷かれた一本道で、壁に付けられた窓からドワッと声がする。この声ははじめて聞くものだ。
少女は、導かれるようにコロシアムと呼ばれる場所に向かっていた。