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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第六章 旅の始まり
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選択

 戻ってきたシャーロット邸は、火事場泥棒に入られることもなく、静かだった。マギアマキナは、ガレージの外で片膝立ちをしている。内では、戦闘で使われなかったマキナを前に一同が集まり、ランプを中心とした輪になってリンの淹れた紅茶を飲んでいる。


 現状を俯瞰して見れば、今の平穏は一時のものでしかない。ジュードたちは、これからどうするのかを具体的に決めて、夜明けには行動しなければならなかった。


「出征したオリジン軍の本隊は、明け方までにはここに戻るだろう。帝国軍の主力もオリジンに近づくから、最初は全面戦争になる。が、戦力の差からいって長続きはしない。そうすれば、オリジン軍も消滅する恐れがある」

「降伏を宣言すれば、帝国軍は止まるかしら」


 問うたのはシャーロットだ。ジュードは首を横に振る。


「オリジンに国家としての機能が消滅したから、正式な降伏もできないだろうな。都市国家オリジンは、今の時点で事実上滅亡したといっていいだろう」

「オリジンは、無法地帯と化す……」

「エマ姉ちゃん、生き残った人たちはどうなるの?」


 メグの純粋な疑問が、傍らのエマを押し黙らせる。


「選択肢としては二つだ。他の国に逃げるか、ここに残るか。臨時の汽車でも出ようものなら、誰もが必死になって南のテンショウ王国に逃げるだろう。逆に、ここに残るならひたすらに身を隠すか、武器を取るかになる」


 ジュードはそう言いつつ、シャーロットの既に肚を決めた顔を確かめた。


「ワイズマンの思念が消滅したと言っても、帝国のコーネリア将軍がすぐに進軍を止めるとは思えませんな」

「じゃあ、いずれにしてもオリジンは帝国軍に占領されるの?」


 一同の沈黙が、メグの問いに肯定を示す。


「だから、ここでみんなに選択してほしい。出るか、残るか」

「私は残る」


 真っ先に答えたのは、やはりシャーロットだった。それを見てジュードも答える。


「俺も残る」

「じゃあ私は……」


 言葉を詰まらせたのはエマだ。身の安全を考えれば、故国のテンショウに行くのが最良の選択だ。しかし、オリジンから離れては、ここに来た本来の目的からも離れて行ってしまう。


「……少し考えます」


 ジュードはその迷いを咎めることはしなかった。


「私は、お嬢様に合わせましょう」


 最後に残ったメグは、目を閉じてこれまでの事を振り返っていた。少女は母だった女性の故郷を目指して、東へ行く途上でこの街に辿り着いてきた。そしてジュードたちと出会った。彼らは少女にとって新たな家族。間違いなくそう言えるが、自分は決して指図されるだけの娘ではない。


 ――――幸せに生きるのもまた使命。


 そう言ったのは少女を創り、神と祀られた魔術師だ。

ならば、少女にとっての幸せは、家族を失わないことだ。それが少女の望む道だった。


「私は、みんなが助かる道を選びたい。戦争を止めたいの。ジュード兄さま。私は、どうすればいいかな。また、シャーロットさんとマギアマキナで戦えばいい?」

「…………」


 ジュードは答えに詰まる。メグが残ってくれるなら、マギアマキナに乗ったシャーロットは生き延びるだろう。だが、圧倒的な戦力差を埋めようにも流石にマギアマキナ一機では限度がある。マギアマキナの善戦だけでは、本質的に戦争を終わらせる手段にはなり得ない。重かった口を開き、ジュードは自分が言える最良の言葉を紡ぐ。


「マルボルさん。モナド氏は、確か開戦を防ぐためにオリジンに来たんですよね」

「ええ」

「なら、仮にもその娘だったメグが、代わりとしてカムイ王国に赴くのはどうだろう。カムイ王国は土地も広大で人口も多い。国力でいえば、唯一帝国に対抗できる国家だ。前の戦争の時、帝国に穀物と鉱物資源を売っていたという話も聞いたことがある。……戦争を終わらせるなら、カムイ王国に行って国王を動かすことが最も有効な手段かもしれない」


 我ながらよく頭が回ったと、ジュードは驚いた。メグは、全身に電流が走ったかのように奮い立ち、知らず瞳を光らせていた。


「それです……! ジュード兄さま! 私、決めました。カムイ王国へ行きます! そして、戦争を終わらせてみせます!」


 決心が耳朶を震わせる。ジュードは目頭が熱くなっていた。あの時手を取った、か弱い少女の口からこんなにも凛々しい言葉が聴けるときがくるなど、夢にも思わなかった。一体、誰が少女の選択を否定することができるのだろうか。


「では、私はお嬢様と共に行きます」

「……私も。私も、メグちゃんの傍についていきます! マルボルさんと一緒に守ります!」

 エマもまた、メグの言葉で心が定まったようだ。


「分かった。リンとサヤは?」


 二人は、目を合わせて同じ志を確かめた。


「ここで戦います。ご主人様を守るのが私たちの務めですから」

「私も同じく、です!」


 シャーロットは、リンとサヤの間に入って、二人の肩に両腕を乗せた。目を合わせて、「ありがとう」と呟く。続けてこう言った。


「……となると、最後の問題はマギアマキナね」


 ジュードはそう言われて困った。マギアマキナはメグの魔力供給とシャーロットの操縦で成り立っていた。しかし、二人は分かれてしまう。マルボルもエマも、メグ自身も、マキナを操るにはいささか不安だ。


「残念だけど、ここに置いてもマギアマキナは無用の長物になってしまうわ。十分に操縦が出来るのは、私ともう一人しかいない」


 まさか。


「ジュード。あなたも行きなさい」

「それは……」


 恐らくは、最良の手段。シャーロットの主義を折らず、メグの力を活かせる選択。だが、シャーロットは、これから迫る地獄を生き延びることができるのか。


「私は大丈夫。その代わり約束して。必ず帰ってくるって」


 ジュード自身、今度こそ肚を決めねばならぬ時が来た。

 宝石のように美しい、その青い瞳が彼を見る。決してそらさない。

だから、ジュードも覚悟した。


「分かった。俺も行ってくる。だからお前も約束してくれ。必ず生き延びて再会すると」

「もちろん。私を誰だと思ってるの?」

「シャーロット・マーキュリー、無敵のデュオマキナ代理人、だろ? 君を信じてるよ」

「あなたはジュード・アイス。最高のマキナ技師。私も信じてるわ」


 もう、迷いはいらない。


「……これで決まりだ。各自最後の準備だ。出発組は、夜明け前にここを出るぞ! 今のうちにゆっくり休んでおくんだ」


 ここにいる全員が頷き、各自の行動に移った。


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