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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第六章 旅の始まり
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束の間の安らぎ


 エマがそれに気づいたのは、目前に襲い掛かってきたグールが不意に倒れ込んだからだった。倒れたのは、その一体だけではない。全てのグールが、糸の切れた操り人形のように動きを止めて文字通り死体に戻った。リンもサヤもマルボルも、加勢した男たちも、突然の変化に啞然とした。空の明かりが消えて、周囲が一段と暗くなる。


 まさかと思い、エマたちは城の方を見上げた。すると、さっきまでそこにいた呪いの化身が蜃気楼のように霧散していた。代わりに、夜空の中心には聖を思わせる白亜の騎士が翼を広げて浮いている。


「勝った……?」


 自然、喜びを含んだ言葉が漏れる。周囲の人たちも異変に気づき、ついに誰かが叫んだ。


「化け物どもが止まった! 俺たちは生き延びたんだ!」


 一人、また一人と喜びの声を挙げる。殺意や怒りが鎮まり、人々の顔に安堵と疲れの色が出る。エマの中に張り詰めていたものも、「すぅ」と吐く息と共に抜けた。そのせいか、エマは足の力が抜けて、膝をついてへたり込んでしまった。


「メグちゃん、どうなったのかな……」


 心に生まれた隙間に、メグのことが流れてきた。その不安はじりじりと膨らみ、重石となって頭から身体を押さえつける。知らず、周りの死体たちを見ていた。市民、軍属、敵兵、子供。気にならなかった臭いが、吐き気を催すほど惨さを訴えてくる。

 故に、一瞬の喜びは仮のものだったと解した。濃厚な死を傍に、早鐘を抑えようとする心臓が生を叫ぶ。死を感じて生を覚える。この長く尾を引くだろう嫌悪と安堵の混在こそ、人間だ。片面だけで成り立つことはない。この表裏一体こそ、認めがたくもある真理。

 夜は未だ明けぬ。闇を写す瞳に、光を入れられる存在はただ一つ。


「もどらないと。まだ私は立てる」


 腿を打ち、身体に檄を飛ばす。震えを押さえてゆるりと立つ。目前に、社に続く道が伸びる。生きた者と死んだ者が埋める道。たかだか十分もない戦闘で、大した武器を持たない市民がどれだけ死んだのだろう。今のエマでは数えられない。ただ、いっぱい死んでしまった。そう思うだけ。右手の弾切れのピストルが……シャーロットのまじないが、助けてくれた。それだけ。


「みんな、どこだろう」

「エマ殿!」


 後ろから声がした。暗くて姿は見えないが、確かにマルボルのものだ。


「エマさん!」

「ご無事ですかぁ!」


 彼に続く人たちはリンとサヤだ。

自分もだが、二人も良く生き延びてくれた、とエマは思った。

 四人が集まる。互いに手を取り合い、その温もりを確かめ合う。


「一先ず、社に戻りましょう」

「怪我人の手当をしないと」

「それに、ご主人様をお迎えしましょう!」


 マルボル、サヤ、リンと思い思いに言い合う。


「じゃあ行こう。足元に気を付けて」


 最後にエマがそう言って、一同は夜道を社へと戻った。


 

 再び地上へと戻ったマギアマキナは、両眼をライトにして空中からオリジンを一望していた。プレート周辺をはじめ、工場区などでは空襲の火はまだ消えていない。ジュードは変わり果てた街を俯瞰して「痛ましい」と呟いた。煙こそ見慣れているが、これは燃えているものが違う。人間や財産が燃えて、この夜を灯しているのだ。呪詛とも、弔いとも受け取れる黒煙が、オリジンの空を一段と暗く覆っていく。

一方、屋敷の方角には火煙もなく、比較的被害は少ないようだった。メグは、社に置いていったエマとマルボルのことが気掛かりだった。


「シャーロットさん、エマ姉ちゃんたちの所へ行きましょう」

「ええ」


 シャーロットも思うところは同じようだった。ジュードも頷いて、三人を乗せた機体は社へと真っ直ぐ滑空した。



 それを、エマたち四人は遠目で認めた。二千年前の神話の体現者、マギアマキナ。塔の前に舞い降りる様を、四人以外の生存者たちもまじまじと見つめていた。白龍を制した白亜の巨人。見上げると、調和を示す緑の瞳。ふと、誰かが呟いた。


「コスモス……。あのマキナこそ、神の化身ではないか……」


 それを聞いてか、彼らの中で「コスモス……」という呟きが徐々に伝染した。呟きは息を揃え、気がつけば異口同音の唱和となっていた。

 殻内(コックピット)のハッチが開く。安らぎと昂ぶりが混じる異様な雰囲気の中で、ジュードは一人、機体から出た。左手に乗り、シャーロットの操縦で地面に降ろされる。ジュードは石畳に着地し、騒めく周囲を気にせず二人の名を叫んだ。


「エマ! マルボル!」

「ジュードさぁーん‼」


 人たちを掻き分けて、エマたち四人はジュードの前に出てきた。真っ先にやって来たのはエマだった。


「……無事で良かったです! ……メグちゃんは?」

「メグとシャーロットも無事だ。ここで降ろすのはまずいと思ってな」

「ジュード殿!」


 いつになく気を張った声をしてマルボルも来た。その後ろに、リンとサヤもいる。


「マルボルさん! それに、リンとサヤも生きていたんだな」

「私たちはおまけですか、チーフ?」


 長髪を結んでいるサヤがいじらしく言ってきた。リンも丸顔をホッと緩ませている。


「おまけなものか。いきなりの戦いだったのに良く生き延びてくれたよ」

「もちろんです。私たちは、ご主人様とチーフに鍛えられたんですから」


 そう。リンとサヤは、ジュードがシャーロットの使用人をしていた頃に雇われ、戦争の経験があるシャーロットとジュードが「もしものときでも対処できるように」と仕事の合間に戦闘の訓練を受けていたのだ。それでも、今回は未知の敵との戦い。良く生き延びてくれた、とジュードは本心から思うのだった。


「ジュード殿、これからのことですが……」

「分かってる。屋敷で話そう」


 マルボルが頷くと、ジュードは彼らにマギアマキナの手に乗るように言った。「コスモス」コールが止まない中、ジュードは人たちが集ってくる前に「行ってくれ!」と叫んだ。

 マギアマキナの左腕が再度動き、腹部まで持ちあがる。右手を被せて彼らを保護すると、機体は片膝の姿勢から両膝を屈するようにし、それを一気に伸ばして空へ飛んだ。


「マギアマキナがコスモスの化身か……」


 マギアマキナの手の中、ジュードの独言にマルボルが反応した。


「どうされました?」

「いや。唯一神の名を借りる魔導機械というのも、何だか皮肉に思えてな」

「ジュード殿、むしろ真理ですよ。このマキナは、コスモスの力を借りて動いたのですから」

「ああ。それが知れ渡れば、マギア族への差別はなくなるかもしれない」

「そうかもしれませんね。私の目が黒いうちに、そのような時代が来るかもしれません」

「きっと来る。マギアマキナとメグがいればな」

「……そうですね。我々は明るい未来を信じましょう。未来こそ、現状を変える希望です」


 マルボルの言葉は、何よりの励ましだった。始まったばかりの戦争を思えば、空虚な気休めに聞こえるかもしれない。しかし、メグの変化を見たジュードにとっては、少女が笑える明るい未来を創ることが、何よりの希望に思えた。これからのマギアマキナは、兵器でも、決闘者でもなく、未来の守護者という役割を持てるに違いない。



(お前を創ることが出来て、良かったと思うよ)


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