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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第五章 決戦
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カナリア

 懐かしい記憶がそこに眠っていた。甘く、柔らかく、暖かな時の記憶。この魂はきっと、これを求めていた。人の身にとって、果てしなく思える長い間。数にしておよそ二千年もの間、この魂は、永遠の安息だけを欲しがった。久遠に消えた、この魂が経験した懐かしい過去。母親との過去を、この魂は何度積み重ねただろう。重ねる度に記憶を無くし、新たな愛を求めた。

 何故に、この魂は親の愛に飢えている?

 認めたくない真実。だが、受け入れなければならない。


 そう。


この魂の座す器は、魔術師によって創られたもの。

そして魂の源は、惑星を流れる生命の脈から掬い上げたものに過ぎない。この魂は個によって芽生えた意識ではない。集合体から、個を創り出した曖昧な物だ。

 この魂が生まれた時。魔術師は語りかけた。



――――間もなく、世界は平和になる。私は側で見守ってやれないが、君はいずれ、なんにでもなることができるだろう。君のなりたいものを見つけるんだよ。見つけたら、目一杯努力することだ。それは、時に怖いかもしれない。逃げだしたくなることもあるだろう。誰かが、君を邪魔することだってある。まあ、守ってもらえるように少しは可愛く創ったけど、目立つ者に嫉妬するのも人間だからね。でも、いいかい。誰かに守られるだけでは生きていくことはできない。守られるというのは、時には束縛と同じなんだ。飛ぶことを覚えない雛鳥はいつまで経っても飛ぶことが出来ない。君が自分の意思で歩き、空を飛ぶ鳥になろうとするなら、君は必ずこの世界の誰よりも偉大になれる。世界で最も偉い魔術師の私が言うのだから、間違いはないよ。


あの時、魂は問うた。なぜ私を創り出したのか、と。



――――人間は、大昔にこの惑星に来たそうだ。自らの母星を捨ててね。私たちのほとんどはそれを知らない。そんなことよりも、争いばかりをし続けている。皆それぞれに、何かを目指しているのだろうけど、どれも大したことじゃないよ。私が目指しているのはね、その母星に帰ることなんだよ。本当なら、私の手で銀河旅行の準備をしたかったのだがね、残念なことに、その道は絶えてしまった。レクイエムが、人間を滅ぼそうとしている。こんなのは智慧の悪用だよ。先ずは、私がそれを止めて平和を取り戻さないと。きっとその時、私は死ぬ。私に代わって、帰還を成し遂げるのは、君の役割だよ。ああ……いや、君は帰還にこだわることはない。帰還を求めたのは飽くまで私個人の夢だ。君は、君で夢を持ってほしい。借り物にこだわることはないさ。つまりだ、君を創り出したのは、君に夢を叶えてほしいからだ。無数の魂から作り上げた君の一つの魂が、君だけの物として、意志をもって生きることを私は期待したい。さあ、もう少し待ちたまえ。私の身体が死に、君が生まれる。それから後は、君次第だ。



 そう言い残して、魔術師コスモスは呪いの白龍、レクイエムを封印した。智慧の源であった太初の石と共に。この二つを他の人間に使わせないために、コスモスは命を賭したのだ。消えゆく白龍の代わりに、この魂は生まれた。コスモスが帰りたがっていた人類の母星、地球(テラ)をその名前として。 

コスモスは、テラが自分のために封印を解く場合を考えて、解除の詠唱をテラに教えていた。それは、彼女が望む未来を得るために用意された物に過ぎない。だが、怨讐によってラグナロクを発動した者たちが、テラを狙った。彼女を利用すればマギア族の復権が出来ると(のたま)い続けて。コスモスの遺志を真に知る者はテラしかいなかった。思えば彼女を守るために、どれだけの人が犠牲になったのだろう。千人、二千人……もう分らない。血飛沫も、涙も、痛みも、もう見たくない。

やがて、生を受けた喜びより、得たものを失う恐怖が増していった。魂は温もりを求めて、幼くなっていった。成長を恐れ、ある程度まで行くと、何かをきっかけにして記憶をゼロに戻した。そうして、二千年が流れていったのだ。創られた身体は、永遠に老いることはなく、テラの魂は子供のまま、自らの宿命から逃げ続けていた。

 今、テラの魂は母だった一人に抱かれている。暖かく、愛おしく、離れがたい。


『キャナリー……ずっと、ずっと、ここにいて』

『お母さま……私、怖かった。やっぱりお母さまは暖かいね』


 春の陽光のようだった。ぽかぽかと、知らぬ間に、眠りについてしまえるような。


『短い時間だったけど、今まで、ずっと私を愛してくれたんだね』

『そうよ。だから、これからもここにいていいのよ』

『……ありがとう。お母さま。愛してる。だから――――――――』


 ジンと胸に熱が灯る。身体じゅうに広がり、閉じられた目蓋が開く。

現に戻り、少女は涙を流しながらありのままの思いを笑顔で告げた。




「さようなら」





 両眼に緑の灯が点く。マギアマキナは、目覚めるや否や、両手を漆黒の天に振り上げた。


「オオオオオオォ――――――――――――――――ン‼」


 手刀にした両手を、核たる球体に目掛けて振り下ろす。球体は歪み、こぼれた遺体が地に堕ちていく。


『キャナリー…………止めて! 私の子…………!』


 声は、核の正面にある女性からする。あれは、モナド婦人の亡骸だ。


「ジュードさん! シャーロットさん! 起きて下さい!」

「――うっ、げほっ! かっ、こ、ここは!」

「ん…………! 戻って来れたわ!」

「良かった! 魂が戻ってきた! シャーロットさん! あの核を破壊して下さい!」


 合点承知、とシャーロットは、マギアマキナの右腕から銃口を出す。核はまだ呻く。


『キャナリー…………! ああ……私の可愛いキャナリー!』

「私はもうカナリアじゃない! 私はメグ! 自分の翼で、どこまでも羽ばたいてみせる!」


 マギアマキナの全身が、緑に光る。背のマントは翼へと形を変え、これまでにない魔力がこの一機に集中している。これなら、確実に決まる。いや、決めるのだ。少女はかつての記憶に誓った。


「発射――ッ!」


 シャーロットがトリガーを引く。照準は狙いを逃さない。二重螺旋の決意が、母だった妄執を狙って放つ。視界を真っ白に染める閃光。意志はどこまでも強く、最後の言葉すらかき消していく。


『キャ……ナ……』 

「さようなら、お母さま……!」


 混沌の闇が晴れていく。核は一撃の熱に吹き飛ばされ、欠片一つも残らず破壊された。

 オリジンの中央上空。呪いの白龍が去って、空に舞う翼は一つ。それは、勝利したマギアマキナの背にのみある。



 

 元の戦火と夜が、マギアマキナの足元に広がる。機体は、緩やかに地上を抜けて地下へ降り、また太初の石の元に立った。


『よくやった。我が子よ。さあ、魔神が再び核を作る前に封印を。封印の言葉もまた、君は知っているはずだ』


 微弱な魔力が、あの魔法陣から流れている。コスモスの思念は、そこから言葉を発していた。


「分かりました。魔神を封印します。

『……星巡る命よ。

   世を呪う神を閉じよ。

   世に光、

   心に真理、

   祈りに実りをもたらすは我。

   閉じよ。閉じよ。閉じよ。

   智の華啓く命の水よ。

   遍く生者に降り注ぎ、

   我らの内に潜ませて、

   荒ぶる神を眠らせよ……』」

 

 魔力が、緑の光となって、太初の石の周りに陣を描く。これで、智慧を授ける太初の石と、魔力を引き出す魔法陣は封印される。コスモスの思念もまた、再び封印されていく。


『人を呪う魔神の意志と、人を守る私の遺志は、生命鉱脈の中で表裏一体に共存している。だからこれでお別れだ。テラ……いや、メグ。二千年かかったけど、ようやく自分の足で生きていけそうだね。私はこれからも、歴史の語り部となるべく、ネティアスを巡って君たちを見続けよう…………』


 そう言い残して、彼の声は消えていった。結局、メグ以外にはどんな姿だったのか分からずじまいだった。


「社に戻ろう。みんなが心配だ」



 ジュードの言葉に、うんと頷いてシャーロットは地上へとマキナを飛ばした。


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