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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第五章 決戦
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白龍対戦士

 マギアマキナは絶えず移動し続け、順調に白龍の側面の位置を取り続けている。このままなら、間もなく背後をとれるだろう。少し余裕を感じてか、ジュードはシャーロットの膝上に座る少女に言葉を掛けた。


「さっきは、笑ってくれてありがとうな」

「……はい」


 メグも寂しいのだろう。小さな肩は、戦いへの恐怖も相まって小さく震えている。今頃はエマも泣いてるかもしれない。


「なぁに。戦いが終わったらもっと笑ってやれ」

「は、はいっ」


 そこに、シャーロットが嫌味っぽく口を挟んできた。


「ジュードも降りれば良かったのに」

「そうはいかない。お前に何かあったら、俺以外に誰がお前を守る?」

「あなたが死んでもマキナがいるわ」


 彼女は、冗談とも本気とも聞き取れる調子で返してくる。


「不吉な冗談はよせよ。俺はもう、お前が倒れるのを見たくない」

「じゃあ聞くけど、あの時私が倒れたのは誰の責任よ?」


 これは鋭い反撃。面食らったものの慌てて取り直し、自分は男だと言い張ってみせる。


「……俺だよ。だからこそ何かあったら責任はとる。今度こそ――」


 ふと言葉を切る。何かあってからじゃ責任の取りようがないだろ、と自嘲した。が、シャーロットはジュードの内心などに全く興味を見せず、いけしゃあしゃあとその張り子を蹴飛ばした。


「それこそ杞憂だわ。だって私、あなたのマキナで死ねるなら本望だもの。だから、今のあなたに取ってもらう責任なんてこれっぽっちもない」

「――!」


 ジュードの身体がいきなり左に揺れた。マキナの動きが、横ばいから直進に変わったのだ。

白龍との距離を詰めつつ、彼女は言葉を続ける。


「それに」


 機体は再度、右腕の銃口を開く。


「あなたのマキナと私の操縦。この組み合わせに勝てない敵はいないでしょ?」


 トリガーより先に、言葉が胸を撃ち抜いた。


(やっぱり、俺は君に勝てないな)


 安らぎのような諦観。閉じていた想いが、じんわりと広がっていく。言葉として明らかでなくともいい。ただ、この暖かでくすぐったい胸の感覚を、これまでのジュードは忘れようとしていた。だがそれも、もう忘れられないだろう。その声を、その瞳を、思い出の品一つを五感のどこかで感じたとき、この想いはきっと何度でも身体の芯から甦ってくる。


「そうだな。魔神だろうがなんだろうが、俺たちなら勝てる。信じてるよ。シャーロット」

「私も信じてるわ。ジュード」


 銃口に込められたエネルギーは充分。今度は、白龍の背を撃ち抜いてみせる。


「行けぇ――!」


 大気が重く震える。魔力の塊が一直線に伸びて閃き、再度白龍の身体を貫いた。威力は前と同等。問題は当たり所の正誤である。閃光が収まり、背景が赤黒の夜に戻っても、マギアマキナは構えを崩さず、妖しく光る標的を緑眼で睨んだ。

 やはり、すぐさま貫かれた身体を埋めるように白麟が蠢く。ならば。


「埋め切れないくらい穴をあけてあげる!」


 二発、三発、四発、五発……。頭、腹、脚、翼。シャーロットは、これでもかというくらいにエネルギー弾を撃ち続けた。だが、白龍は攻撃の止んだ数秒のうちに、全身を元の状態に戻していく。


「どういうこと……メグちゃん、大丈夫?」

「私は大丈夫です。惑星からの魔力も充分に供給されています。でも……」


 どうも、単なる力比べで勝てる敵ではないらしい。


「マルボルさんたちなら、何か分かるんじゃないのか?」

「そうかも。聞いてみるしかないわね」


 指環伝いに、マルボルの元へ言葉を飛ばす。


「シャーロットです。マルボルさん、社の方は?」


 少しして老翁の言葉が殻内(コックピット)に響く。


『聞こえます。今、塔の壁画を改めて見ているのですが、どうも様子がおかしいのです。白龍の光が塔にも入っていて、画が光っています。……ん! シャーロットさん聞こえますか。古代文字で言葉が出てきました……!』


「聞こえます! それを教えて下さい!」


 シャーロットは反射的に返事した。




 塔では『戦争』の壁画の横に、緑に光る半透明の文字が浮かんできた。マルボルが急いで読み上げようとしていたが、文字が浮き上がるのが遅く、彼はじれったい思いをした。


「読めるようになってきました。……『大地と繋がる魔法陣より、無限の魔力は流れる。共に眠る大いなる意志が二つ。ことありながらこと非ず、互いが互いに(そな)わって離れることなし。蒔かれた種に水を与え、芽生えた命を太初に戻せ。さすれば大なる力が芽を伸ばす。調和であれ進化であれ、道を決めるのは芽生えた命なり。心は色なくして叶わず、色は心なくして動かず。(まぼろし)(うつつ)に表すものに色の非ざる事なきなり』とあります」

『「幻を現に表すもの……白龍のことかしら」』


 左腕の鉱石越しに、シャーロットは問うた。


「『色』とは、おそらく物質のこと。白龍は、身体のどこかに物質的な部分があるのかもしれません」

『物質……幻を現実に留める核があるかもってこと?』

「そうです。核を撃てば白龍を消せるかもしれません。それと――――」

『分かった! やってみる!』

「シャーロット殿!」


 返事はなかった。彼にはまだ言い残していたことがあったというのに。そう、壁画に現れたのは、文字だけではなかったのだ。緑に光るそれは、ある人の形をもって『戦争』の画の上に現れた。


「お嬢様…………」


 それは、テラが白龍の腹で胎児のように眠る姿だった。


「これは一体、何を意味している? ……まさか。そんなことはあり得ない。いくらお嬢様が特別な子であったとしても、二千年前の画に描かれるわけがない……! だがもしも、お嬢様が白龍の核だとしたら……」


 それ以上言ってはいけない。頭のどこかで、警鐘が鳴る。自制して抑えなければ。


「マルボルさん」


 既に遅かった。お手伝いのリンとサヤに再会出来たエマが、ついさっき塔に戻ってきていた。


「エマ殿……聞こえていましたか」

「はい。聞こえちゃいました。メグちゃんは白龍の核かもしれない、と。マルボルさん、教えてもらえませんか。メグちゃんの両親は、どうしてメグちゃんを引き取ったのでしょうか。わざわざ髪を空色に染めてまで……差別される格好をしてまで、どうしてあの子の味方になったのでしょうか……?」


 何も難しいことはない。マルボルはただ、言えることを言うまでだ。むしろ、それ以上に何ができるのだろうか。


「……旦那様と奥様は、優しいお方でした。私のような者にも良くしてくださって……それはきっと、二人が子宝に恵まれなかったことにあるかもしれません。お嬢様を拾われたとき、奥様は大変嬉しそうでした。子供として大事に育てると言って……。しかも、お嬢様は特別な御子だった。紛れもないコスモマギアの血統の御子。それが、お二人の誇りとなったのです。だからこそ、髪を染めてまでしてもコスモマギアの人間として立っておられた。コスモマギアの思想とは、長きにわたる安寧秩序の世の中を目指すこと。だからこそ、ワイズマンの軍備拡張と魔道器開発に反対し、その果てに国を追われたのです」


 そのワイズマンの目論みが魔神を呼び覚まし、今はその災厄だけが残っている。


「じゃあマルボルさん、メグちゃんの本当の両親はどこにいるんですか? モナド氏に引き取られる前のメグちゃんはどこにいたのでしょう……? いや、聞き方が違いましたね。モナド夫妻の前にメグちゃんの親代わりをしてきた人たちはどこにいるのでしょうか?」


 答えようがなかった。彼自身、真相は分からないのだ。少女との出会いは突然過ぎたから。思えば、少女と出会ってから何年経ったのだろう。戦争の直後だから五年前のことか。


「分かりません。私と出会う前のお嬢様が、一体どこで何をしていたのか。エマ殿、あなたは何が言いたいのですか」


 知らず震える身体は、エマの次の言葉を受けられるだろうか。


「マルボルさん。これは飽くまで私の、本当に他愛のない想像ですが……。メグちゃんは、本当は二千年前に生まれて、今までずっと生きてきたんじゃないんですか? 子供のまま、二千年間、延々と親を取替えながら。そして、きっと私たちが次の親代わりなんです」

「それは……」


 酷く腑に落ちる道理。生みの親が思念と化した魔術師コスモスで、ラグナロク戦争の末に彼女が創られたとしたら。惑星の生命鉱脈を糧に、永遠の動力を得ていたとしたら。彼女は何のために生まれたというのか。

 ここからではもう何もわからない。だた、少女には生きていてほしい。それだけがマルボルの思いだった。

結局、真実とは当人の心の中にしかないのかもしれない。


「エマさん大変です! 城の方から化け物が!」


 リンの小さな身体が、塔に駆け込んできた。マルボルは咄嗟に頭を切り替える。


「恐らく、呪いに呑まれた人たちがグールとなっているのです。リン殿は下がって。サヤ殿は?」

「応戦してます!」

「分かりました。エマ殿、ピストルの弾はまだ残ってますね?」

「……はい!」

「武器を持てる者は戦いを。それ以外の人は下がらせるのです。先ずは社に逃げ込んだ人たちに、そのように呼びかけて下さい」

「はいっ」


 今のマルボルは、動いて戦う方が楽だった。彼らの帰りを待っていたら、見えない不安に押しつぶされてしまう。それよりは、戦いの波に身を委ねる方がいい。


(結局、私に出来ることもまた信じることのみ……)


 社の外では、不揃いなグールの群れが人を喰っていた。そこに明確な意志はどこにもなく、ただ、抜け殻だけが妄執に取り憑かれたようにフラフラと歩く。彼らの精神は、文字通り喰われて、既に呪いの源たる白龍に取り込まれている。


「『雷光よ(ライトニング)!』」

 帳を背に、閃光が昏い敵を討つ。が、その幾千、幾万とみえる揺らめく影に、戦える限界を覚える。自分たちの命もまた、運命の少女に託されたのだ。


「お嬢様、私も信じております……!」 


 彼にはもう、それしか言えなかった。




 シャーロットはフットペダルを強く踏み込んだ。マギアマキナが、背後から白龍に接近しようと飛ぶ。


「当てずっぽうで撃っても核は分からない。もっと接近して見極めるわ!」

「シャーロット、あの白龍は呪いそのものだ。触れれば呪いを受けるぞ」

「それは逆です!」


 メグがぴしゃりと言い放つ。ジュードとシャーロットは思わず驚いて瞬きを二度した。


「『ことありながらこと非ず、互いが互いに(そな)わって離れることはない』……あれは呪いだけじゃなくて、ご先祖様の思念とも繋がっているはずです。むしろ、近づいた方が、マキナに魔力が入ってくるんじゃないんですか」

「そうなのか? メグ?」

「私の感覚はそう訴えています。感覚……? そう、感覚がする。あの白龍の中に、私と同じものがあるような気がするの」


 後半の言葉は、完全に自問自答だった。白龍との距離が詰まるほどに、メグの視界は真っ暗になっていき、ただ一点の光明だけが白龍の中心で待ち構えている気がしてならない。


「マキナ……?」


 白龍の首が振り向いた。シャーロットは、白龍の両眼を避けるように操縦桿を握った。


「どうしたシャーロット?」

「この子、勝手に動いている……? 私の操縦が利かない!」


 機体は、白龍を避けるどころか、白龍の正面に向かっていく。紅の目からは、来ると思った先刻の光線が来ない。白龍も立ち向かうどころか、マギアマキナを受け入れようとしているようだ。


「メグ! 君が動かしているんだな! 早く止めるんだ!」


 ジュードが少女の肩を揺らすものの、少女は自分にしか見えない一点の光から全く目をそらさない。ジュードから見れば、自失に陥ったようにしか見えなかった。


「メグ!」


 また、彼女の口からあの言葉が詠まれる。


「『星巡る命よ。

  汝らが求めた神を信じよ。

  世に光を。

  心に真理を。

  祈りに実りを。

  啓け。啓け。啓け。

  智の華啓く命の水よ。

  遍く生者に降り注ぎ、

  我らの内より呼び出だせ。

  妙なる神を甦らせよ……』」

 

 マギアマキナの目前で白龍の(はら)が開く。中では白の身体とは正反対の混沌と闇の色が渦巻く。これが、呪いに吸われた精神の成れの果てか。五臓六腑をぐちゃぐちゃに混ぜたよりもおぞましい死臭が、嗅覚を跨いで直接脳に危険を訴える。

 ここに入ってはいけないと、全身を巡る寒気が告げる。 

 だが、マギアマキナは二人の思惟に反して胎内に向かう。

 シャーロットが、突然来た吐き気にうずくまった。口を押さえて、吐き出すまいと必死に堪えている。


「シャーロット、肚を決めるんだ。ここで核を壊さないとオリジンが全滅する。エマも、マルボルさんも死んでしまう……」


 ジュードは、後ろから彼女の背をさする。シャーロットは荒い吐息を漏らして喘いだ。


「ぜぇ……はぁ……っ!」

「頑張れ……もう少しだからな。……メグ、白龍の核を壊すんだ。分かっているのか?」


 少女は何も答えない。機体だけが、無抵抗なまま昏い胎へと呑まれていく。

 星の無い夜空に、白亜のマキナだけが浮き立っているようだった。

 ジュードは、座席の前に出てスコープを覗いた。闇の中、ほんの一点の先に小さな物体が見える。マキナは迷うことなくその物体に向かう。物質の姿が見えてきた。何かの塊。ディテールが明らかになる。これは、亡骸の集合体だ。二十三十、それ以上の人間の身体が一緒くたに集まって、球体となっている。真正面に位置する女性の死体が、暗い目を開いてこちらを捉えているようにみえた。


「シャーロット、動かせるか? あれが核だ。白龍の核だよ!」

「うん……やってみる」


 彼女の操縦桿を握る手の上に、ジュードも手を添える。ともに倒してみるが、機体はピクリともしなかった。


「どうした……あっ! メグッ!」


 シャーロットの膝に座るメグが、死に体で項垂れていた。魔力の供給が止まったのだ。よりによってこんな時に限って。鼻孔に手を近づけたが、息がない。胸に触れても、心臓の鼓動がない。


「メグ! メグ! 目を覚ましてくれ! お前がいなかったら、俺たちが! みんなが死んでしまう! メグ! メグ‼」


 ジュードの叫びは、届かなかった。そこに、


『お母……さま……?』


 闇の空間のどこかから、少女の声がした。


『お帰り、キャナリー。私の元によく戻ってきてくれました』


 少女に応える、柔和な女性の声。ジュードとシャーロットは初めて聞くものだ。


『さあいらっしゃい。母の胸に来るのです』

「あ、あ――――」



 現に留まっていたジュードの意識は、そこで闇に飲まれた。


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