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空色のカナリア  作者: 山門芳彦
第一章 旅の終わり
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現地人

 単座式四脚マキナの決闘(デュオマキナ)がアリーナで行われている。

 

 歓声と金属がぶつかり合う音が、コロシアムの地下待機場まで響いていた。待機場はコロシアムの左右対極に二つある。戦いの直前は、対戦相手と隔離されるのだ。

 その一つの待機場に一機のマキナ――――ビーストが佇んでいた。

 ある青年がビーストの殻内(コックピット)で、自身の機体の最終確認をしている。

操縦系統の確認で、レバーを引く。圧力メーターが微かに揺れて、右腕が肩から重々しく回った。順調なサインだ。オイルも忘れずに注してある。

 次に、殻内(コックピット)の足元にあるフットペダルを軽く踏み倒してから、腕の時とは違うレバーを傾ける。右前脚と左後脚が反時計回りに動き、次いで左前脚と右後脚が同様に旋回した。二脚ずつが交互に動くことで、ビーストの体は徐々に左に旋回した。逆方向にレバーを回すと、今度は右旋回した。この動きにも不備はない。

 一般的に、四脚のマキナはケンタウロスのように、四脚と左右二本の腕を有する。だが、その脚の形はビーストによって様々だ。疾駆に長けた馬型、旋回や跳躍に優れた蜘蛛型(四脚を蜘蛛のように広げる)の二つが特に多く、他にも動物を意識したものが多い。そして、この青年が乗っているビーストは蜘蛛型を基盤にして、更に独自で手を加えたものだった。


「はあ……」


 機械の順調と裏腹に、青年の気は沈んでいた。


(どうしてこうなった)


 というのが青年の心境だった。

 そう思うには時すでに遅しなのだが。


(原因は俺にあるが、分かってくれないアイツも悪い。まさかデュオマキナを仕掛けてくるとはな……)


 青年は、ある女性に仕えていた。貴族階級の名残ある女性だった。最近になって、青年はある理由で女性に暇乞いをした。彼女は青年を止めたが、聴き入れなかった。彼女を想ってのことだったからだ。だが、彼女は理解してくれなかった。そして、三日前に彼女から決闘(デュオマキナ)の申し込みが来たのだった。


 決闘は百年前の文化だ。それが、デュオマキナの登場で再興することになった。正確にいえば、首長が復活させたのだ。オリジンの民のストレス解消という理由で。


(アレは、もっと抜本的な改革をするべきだろうに)


 サーカスとはその場しのぎの享楽でしかない。労働者にとって大事なものは、明日を生きられるパンと、ぐっすり眠られるベッド。または、それを買えるだけの金だ。

 ともかく、青年は決闘の申し込みを受け入れた。彼女は、突っぱねたところで決して引き下がる女性ではない。それは青年が一番よく分かっている。


「それにしてもですよ、ジュードさん。よくもまあヴァルキリーとのデュオマキナを引き受けましたね! しかも代理人を雇わずに自分で戦うなんて、サプライズもいいところですよ!」


 ビーストの正面で作業着姿の少女が、調子よく青年に声をかけた。ジュードとは青年の名だった。高い声色が癇に触れたので、ジュードは冗談交じりに返した。


「黙ってろ。何なら、今からでもお前が乗っていいんだぞ?」

「ひいい! それはご勘弁を……!」

「いいのか? お前、これに乗りたくてオリジンに来たんだろ? もったいない」

「無茶言わないでくださいよ。私じゃビーストを歩かせるだけで精一杯ですって」


 少女は、少し悔しそうにビーストを見上げた。〈スカートの下〉のガラクタを寄せ集めて作った四脚の機体は、継ぎ接ぎだらけの古着のように、不揃いな色合いだ。さび付いた部分が所々に見られる。


「仕方ないです。今日のところはジュードさんに任せます。けど、今に見ていて下さい! 近い将来、このコロシアムで名を轟かせているのは、このエマ・オルコット十七歳ですからねっ!」


 ですからねっ……


 ねっ……


 っ……


 エマの叫びが、待機場いっぱいに響いた。


「お前、誰に向かって叫んだんだ?」

「もちろん、世界中の皆に向けて!」


だが聞いたのはジュードだけである。

 瞳を輝かせたエマの笑顔に、ジュードは「やれやれ」と呟いた。つい、後頭部を掻く。


(……なんでこんな娘を雇ったんだろうなぁ)


 エマは、一か月前にジュードの下で働き始めたばかりだ。ジュードはスラムに建てた工房で、マキナをはじめとした機械の工作と修理をしている。エマはオリジンから南に離れた国、テンショウ王国の港町の生まれで、マキナに乗りたい一心でオリジンに来たという。テンショウ王国からは、多くの出稼ぎ労働者がオリジンに来ているため、テンショウ王国の人間自体は珍しくない。他のテンショウ王国出身の労働者と同じような、薄褐色の肌と瞳、そして中性的な体型がエマの特徴だった。

 どことなく落ち着かない様子のエマは、ビーストの前を右往左往したり、操縦桿を動かすジェスチャーをしていた。ジュードには、その落ち着かない理由が分かっていた。


「そんなに楽しみか?」

「あ、当たり前じゃないですか! あのヴァルキリーですよ! 私、シャーロットさんみたいになりたくてここまで来たんですから! もうすぐ憧れの人に会えると思うと、もう嬉しくって……!」

「あぁ、そう……」


 シャーロット(あいつ)が二人いたら耐えられない――という感想を心の中にしまい、ジュードは興奮するエマを見ていた。


 シャーロット・マーキュリー。


 それが、これからジュードが決闘する相手の名前。

 その名を知らない者は、この都市にはいないだろう。

 デュオマキナにおいて唯一の女性闘士(ファイター)。高機動のマキナを、手足の如く操る様は、傍から見れば神業だ。故に「絶対勝利の女神」と呼ばれ、デュオマキナ代理人として絶対の地位を持っている。

そんな女性に、ジュードは仕えていた。そして去った。


「あいつのために、去ったはずなんだけどな……」


 どうして、わかってくれないのだろう。

 その一点だけが不満だった。

 意識を現実に戻そうと、ジュードは首を振った。操縦桿を握りなおし、今一度、計器類の確認をする。身体がこわばっているのが分かった。深呼吸をして、締め付けるような胸の痛みを取り除こうとする。それでも、ジュードは震えていた。

 ワアッと波が立つように、上の歓声が大きくなった。それから尾を引くように騒めきが続く。勝敗がついたのだろう。もうすぐ、ジュードの出番だ。


「何にしても、ここでけりをつければ済むハナシだ」


 そう、決闘とはそういうものだ。勝敗が全て。恨みっこ無し。勝てば良い。

 スタッフの一人が、ジュードに「そろそろ上がるぞ」と声を上げた。

「やってくれ」と返すと、スタッフはエレベーターのレバーを倒した。

ジュードのビーストを囲む赤線の枠が床ごと地上に昇りはじめ、狂宴の表舞台へと移っていった。

エマは笑顔で手を振った。が、キャノピー越しのジュードは、終始エマを見なかった。


(いつものことだけどね)


 とエマは分かっていた。それよりも、エマはシャーロットを見られることが嬉しかった。昂ぶる心のままに、エマはコロシアムの客席へと駆けのぼっていった。


 薄暗い地下を抜けて、光の当たる外に出た。

 狂乱。興奮。どこか浮ついた観客の喧騒は、楕円形のアリーナに立つ二機のマキナに向けられたものだ。

 両者の間隔は百メートルほど。これは、マキナの蒸気機関が駆動してから順調に温まるまでの時間を考えたものだった。大抵のマキナは、アリーナの中心に向かって渦巻き状に移動しながら加速の距離を稼ぐ。そして中心を通る最大速度で互いの武器をぶつけ合い、壊れて動けなくなった方が負けとなる。ベーゴマのようだともいえる。

 はじめ、二機のマキナは互いを睨みながら距離を詰め、マキナの加速に伴って客のボルテージが上がり、最終的に急速で激突する二機に、客は最大限に興奮するのだ。

 だがそれは、一般的なマキナの戦法に過ぎない。

 ジュードのビーストの正面、百メートル先で人の身に余る大剣を掲げる白亜のマキナ――ヴァルキリーにおいては、その悠長な定石は通用しない。

 絶対勝利の女神は、相手が迫る寸前まで、大剣を掲げる四メートルの像となって動かない。ただ相手と交わる刹那、一条の斬撃を繰り出して勝負を決めるのだ。

 ジュードはそれをよく知っていた。ヴァルキリーを作ったのは他ならぬジュードであり、搭乗者は紛れもなくシャーロット(あいつ)だからだ。

 それが気に入らない。

 シャーロットは「ヴァルキリーを使うな」と忠告したのに止めない。


「なら俺は、ガラクタを寄せ集めたこいつで勝たなければならない」


 勝てば、シャーロットがこれ以上戦わないで済む証になる。

 ジュードはビーストのキャノピーを開けた。

 ヴァルキリーのキャノピーが開くのを遠目に見た。

 アリーナの中央に、立会人が来たので最終確認を行うのだ。

 遠目の人影が、優雅に歩みを進める。揺らぐことなく、美しく流れる影。

 その青い瞳が、影の中で輝きを放つ。

 それが、シャーロット・マーキュリーという女性(ひと)の、宝石の如き輝き。

 知らずジュードの手が震える。足が、頭が、全身が震える。


「どうしたの? もしかして緊張? らしくないわね」


 対面して早々、薄桃色の唇がジュードの本心を撫でる。鋲を打ち込んだ革製のコルセットに手を当てて、シャーロットは凛と立っていた。


「ああ、反吐が出そうだ」

「相変わらず下らない返し。ねぇ、本当に戻ってこないつもり?」

「お前こそ、まだそんなモノに乗っているつもりか。俺は降りろと言ったはずだ」

「嫌だわ。あなたが造ってくれたんじゃない」

「分かって言ってるのか?」

「何を? ハッキリ言ってちょうだい」


 シャーロットは、あくまで愉しんでいる様子だった。


「命を削るな、と言ってるんだ。それを、まだこんなマキナに乗って……」

「乗るかどうかは私の自由でしょう? それよりも、私にはあなたが必要なの。もう一度、私のもとに戻らない?」


 真っ直ぐな瞳が、ジュードの心を衝く。

 譲歩しては彼女に引きずられる。戦う以上、意志は徹して通さなければならない。


「……ダメだ。俺はお前の元には帰らない。ヴァルキリーを壊して、俺の道を生きていく」

「強がり。もしヴァルキリーが壊れたら、新しいの作ってくれる?」

「あれをやる」


 ジュードは、親指でクイッと背後のビーストを指した。

 シャーロットは一瞬、呆気に取られた顔をした。

 それからいじらしい子供に戻ったようにクスリと笑うと、


「嫌よ。あんな心の通わないマキナなんて願い下げなんだから」

 

 と言って立会人に目配せした。


「よろしいですね。では、今回のデュオマキナについて最終確認をします。決闘者はシャーロット・マーキュリーとジュード・アイス。ミス・マーキュリーが勝てば、ミスター・アイスはミス・マーキュリーの使用人になる。ミスター・アイスが勝てばヴァルキリーを廃棄して、ミス・マーキュリーとの関係を断ち切る、と。

 あと当たり前のことですが改めて。デュオマキナでは火器と飛び道具の使用を禁じます。両者よろしいですね?」


 立会人は、両者に目配せをして承諾の意志を確かめた。


「良いでしょう。ではこれからデュオマキナを行います。両者、各自のマキナに搭乗を」


 二人は目を合わせてから、自身のマキナへと戻った。



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